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 遊撃隊フォワードメンバーは、キャロの守護竜であり、現在はエリオの騎竜となったフリードリヒを警戒している。
 何故かというと、噛まれるからだ。怪我をするほどではないけれど、とっても痛い。そのうえ、時々は軽く炎を吐いてくる。それがとても熱い。
 ちなみに今のところ、隊内で噛まれているトップはダントツでウェンディである。二番手にはノーヴェが続いている。
 ルーテシアはいまだに噛まれたことがない。
「それじゃあ意味がないのよねぇ……」
 どこかでキャロが、溜息をついた。
 
 エリオがルーテシアを隊長補佐に指名したときには、周囲に色々な噂が流れたものだった。中身は冗談がほとんどだが、悪質な物も二三混ざっていたらしい。その一年前にエリオがキャロと結婚していなければ、二三どころの騒ぎではなかっただろう、とエリオ自身は思っている。
 しかし実は、キャロと結婚しているからこそ色々な噂が発生したのだとは全く気付いていない。実際の所、そうなのだ。
 エリオがフリーのままなら、邪推する者は逆にいなかっただろう。能力的には、確かにルーテシアは副官が相応しいポジションなのだから。
 さらにそこから派生したのが、今ではルーテシア本人まで自称している「隊長の現地妻」説である。
 それを最初に言い始めたのは誰だかわからない。ちなみにエリオ自身ははやてを疑っている。
 少なくとも、キャロの耳に入ったのはその称号ができてからかなり早い時期だったらしい。そこでキャロは、騎竜としてエリオに従うことにしていたフリードを呼び、ゆっくりと丁寧にに言い聞かせた。
「もしエリオが浮気したら、その相手を噛んでいいよ。むしろ噛みなさい。たっぷりと。丹念に。がじがじと。むしゃむしゃと。痛く痛く。あと、死なない程度に炎も吐いていいから」
 当初は、何の他意もなくやたらとスキンシップをするウェンディがほぼ毎日噛まれていた。
 あれは浮気じゃないッス、とのウェンディの根気強い説得をフリードは理解した。そして次に噛まれたのはノーヴェ。
 あれは格闘訓練。とノーヴェは説明する。スバルも一緒に説明したのでフリードは落ち着いた。
 それなのに本命であるはずのルーテシアは、まだ一度も噛まれていない。これについては、隊員たちも不満を隠そうとしない。
 噛まれていない理由としては、
 一、ガリューが怖い説。
 二、ルーテシアが上手く隠している説。
 三、エリオが噛むなと命令している説。
 四、白天王が怖い説。
 五、ルーテシアがとっても怖い説。
 の五つが今のところ有力である。ちなみに、浮気をしていないとは誰も思っていないらしい。
「いいから一度噛まれてください」
 そして全員の嘆願を、ルーテシアは無視し続けている。
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第四話
「悔い改めよナンバーズ」
 
 
 
「キャロ・モンディアル、今、戻りました」
 キャロがいつもの巡回から戻ると、隊支部でもある出張事務所の受付から、お客さんが来ているという連絡が入る。
「お客さん?」
 キャロがこの世界に来てからは短くない。六課を離れてからはずっとこの世界で暮らしているのだ。最初の頃はエリオがいたが、今はエリオはミッドチルダへ戻っている。結婚するときも、キャロはこちらの世界で自然保護隊の仕事を続けると宣言していたのだ。
 エリオに異存はなかった。だから、形としてはエリオの家はこちらの世界にあり、ミッドチルダへの単身赴任中ということになっている。
 そんな事情なので、キャロへのお客はそれほど珍しい話ではない。六課時代の仲間が来ることもあれば、今のエリオの同僚が何かのついでに寄っていくこともある。
 余人から見れば奇妙かも知れないが、ここに最も立ち寄ることが多いのはルーテシアだったりする。二人が親友であることは、ルーテシアとエリオの間の噂とは全く関係がないのだ。
 こちらで見つけて使役を始めた巨大鳥を事務所裏手の飼育小屋に入れると、キャロは客の待っているという応接室に直行した。
 エリオからは、誰が来るという連絡も受けていない。ということは、遊撃隊のメンバーではないということだ。それでキャロの所に来るというと……
 ……フェイトさんかな? それともティアナさん?
 二人とも執務官である。特に、今のフェイトは特佐でもある。単独行動や極秘行動は当たり前と言っていい。
 応接室に入った瞬間、キャロは自分の予想が飛んだ筋違いであることを知り、次いでポカンと口を開けた。
「や。キャロ」
 エリオがゆったりとソファに座っている。
「どうしたの、エリオ? 休暇?」
「いや、ちょっとした事件に駆り出されて、この近くに部隊を展開させることになってね。空いた時間に顔を見に来たわけさ」
 出会ったときに比べるとかなり精悍になった夫の雰囲気。
 勝利の数だけ誇らしく、敗北の数だけ逞しくなった姿。それでも、自分に向けている微笑みは全く変わっていない。
「やっぱり、単身赴任は寂しい。会えるときには会っておきたいよ」
「ふーん。ルーちゃんやスバルさんたちがいても?」
「あ。まさか、疑ってる?」
「そういう訳じゃないよ。でも、寂しくはないでしょ?」
「まあね。チンクたちだっている。でも肝心のキャロがいない。これは大問題だ」
 うふふ、と嬉しげに笑いながらキャロは尋ねる。
「お昼ごはんは済ませたの?」
「いや、まだだよ。あ、勿論、隊の方には外で済ませると言ってきたけどね」
「じゃあ、一緒に食べようか」
「ああ」
「近くに美味しい食堂があるの」
「うん。行こうか」
 事務所を出ると、キャロはすぐ横の公園に入っていく。
「こっちが近道なの」
 疑いもなく、エリオはついていった。
「あ、そうだ。食堂の前に」
 キャロはなにやら呟いた。
「どうしたんだ?」
「ちょっと、喚んでみたの」
 背後から羽ばたきの音。振り向いたエリオに見えたのは、巨大な怪鳥。
「取りのように見えるけれど、この地方に生息している巨大獣でね。名前はサルトゥール」
「ふーん」
「炎は吐かないけれど、毒液を吐いて獲物を捕る肉食獣で、フリードにも劣らない戦闘力だよ」
「どうして、こんなのを? もしかして、食堂は遠いのかい?」
 キャロはケリュケイオンを掲げる。
「食堂なんてないよ。あと、一つ質問。貴方、誰?」
 エリオは笑った。
「エリオ・モンディアルだけど、どうしたの? キャロ」
「うん。別に、名前はどうでもいいんだ。貴方が私の夫のエリオでないことはすぐにわかるから」
「だけど、エリオなんだよ」
 エリオの笑みは消えない。しかし、何かがその奥で蠢いている。今のエリオはそれを隠そうともしていない。
 キャロはデバイスを動かさず、しかし視線が揺れる。
「まさか?」
「いやいや、最初のエリオは死んでるよ、それは間違いない」
 エリオはさらに笑った。
「だって僕は、エリオ・モンディアルとしては三番目だからね」
 衝撃とともに烈風が辺りを襲う。
 一瞬目を背け、次にキャロが見たものは……
 首を撥ねられた巨獣と、禍々しい紅に染まった槍を構える偽エリオの姿。
 その槍は、ストラーダに酷似していた。
「これが僕のデバイス。名付けてストラーダ・ローヴェン」
 
 チンクはちらりとルーテシアを見た。この状況でも、一瞬の隙をつけば転送魔法で逃げることはできる。未知の場所への転送は事実上不可能だが、ヘリの置いてある場所は当然わかっているのだ。既知の場所への転送が不可能な距離ではない。
 ところが、チンクの進言のタイミングを待っていたかのようにルーテシアが言う。
「今、インゼクトたちから連絡が来た。ヘリが破壊されている」
 ヘリがないとしても、転送に支障はない。しかし、ヘリを破壊した者がそこにいるということだ。下手に転送すれば敵包囲の真っ直中と言うことになりかねない。それでは、転送先がないも同然だ。
 そして、ヘリを最初に調達した位置、管理局の駐屯他は遠すぎる。転送でこの人数を運ぼうとすれば、発動まで時間がかかりすぎる。そのうえ、一度に全員は転送ではない。
 しかし驚くべきはそこではない。今の情報の別の意味にチンクは気付いた。
 ヘリの破壊は今。つまり、上の三人とは別働隊がいるのだ。
 その三人は、一同を見下ろしていた。
 その三人が見た目だけの存在だとは誰も思っていない。仮に本物の八割の力だとしても、こちらに勝ち目はないだろう。
(ディエチは砲撃準備。ガリューは合図でディエチを担いで洞窟へ戻って)
 ルーテシアが密かに念話で指示を始める。
(合図でオットーはレイストームで土塊を巻き上げて。チンクはデトネイターで地面を打つ。その二つを煙幕代わりに、総員直ちに洞窟まで撤退)
 逃げの体勢だった。不本意だが、この状況では仕方がない。
 さらに言えば、洞窟の中では閉じこめられたも同然だろう。おそらく入ってきた側からは、ヘリを破壊した別働隊がやってくるはずだ。
 チンクはそれを問うた。
(構わない。考えがある)
 ルーテシアがそう答えたので、その策に素直に乗ることにして、チンクはオットーと自分の位置を確かめる。
「開始!」
 合図と同時にインゼクトの大群が洞窟から姿を現した。
 なのはたちを取り囲み、攻撃するでもなくまとわりついている。
 その隙に洞窟へと走る一同。殿のガリューが抱えているディエチはすでにイノーメスカノンを起動させていた。
「ディエチ、広域砲撃。対魔法ジャミングを」
「バレットイメージ、アンチマギリンクチャフ」
 AMCはAMFに比べると効果は劣るが、その分広範囲で、なにより大がかりな発生器が必要ない。何よりもこの場合、ディエチのISを利用として簡単に散布できるのが大きい。
 カノンによる実弾砲撃と同時に全員が洞窟内へ。その寸前、チンクとオットーがそれぞれ地面を砕く勢いでレイストームとランブルデトネイターを起動。
 相手の魔法砲撃を多少なりとも制限し、しかも地下に逃げる。ジャミング圏外からの精密砲撃を通せるだけの有視界もない。これでもなお追ってくるつもりならば、むこうも地上に降りるしかない。ただし、地上戦になればこちらの戦力は数倍に跳ね上がる。もともと、空中戦を想定したメンバーではないのだ。
「急いで奥に!」
 走る一同。本物のなのはの砲撃なら、岩盤の一枚や二枚あっさりと抜いてしまうことはわかっている。ここに立ち止まっていてはいい的になるだけだ。
 このまま戦いに持ち込むとすれば、接近戦に持ち込むしかない。チャフ散布下なら、ガリューは魔法を制限されたフェイトを止められるかもしれない。残るはやてとなのは相手では、接近戦なら充分な勝機がある。
「ガリューは後方を監視。ディエチは前方を観測」
 ガリューの感覚は追跡者を捉えず、ディエチはヘリのあった側から接近してくる反応を発見する。
「タイプは?」
 ディエチは溜息のように息を吐いて、答える。
「……戦闘機人。ノーヴェと同じタイプのようです。数は10」
「ナカジマ特佐の資料と繋がったな」
 チンクの呟きに、オットーがうなずく。
「やっぱり、量産していたね」
 密閉された環境での戦いには、ノーヴェが最も適しているだろう。投入する戦力としては間違っていない。
「ノーヴェ十人か」
「間違いなく、強化されているよ。ノーヴェの出力じゃない、これは」
 ディエチの言葉は続いていた。
「あと、量産された疑いがあるのはセッテとあたし。ただ、飛行タイプも砲撃タイプも洞窟の中にまで入ってくると思えないから、外で待ってるかもしれない」
「構わない。オットー。プリズナーボックスで全員を囲んで」
 ルーテシアが全員を集めて中央に立つ。そして、召喚印を描く。
「地雷王!」
 無茶だ。とチンクは叫びかけて、プリズナーボックスの存在に気付いて口を閉じる。
 確かに有効だ。洞窟内の敵は全て落盤で潰されるだろう。しかし、本来なら対象を封じる檻として使われる力場をシールド代わりにするとは。
 轟音とともに崩れていく内壁。
 このまま埋もれてしまったとしても、プリズナーボックスの中なら心配はない。もう一度、ルーテシアが地雷王を呼べばあっさりと抜け出すことができるだろう。
 さらにこの状態なら、自然の岩盤がシールドとなって、なのはの砲撃でもそう簡単に抜くことはできない。
 チンクたちは、落盤の響きに安心すら覚えていた。
 
 ストラーダローヴェンについた血を振り落とすと、偽エリオは何かを考えるような顔をした後、おもむろにうなずいた。
「そうだね。僕自身もエリオローヴェンと言えるかもしれないね。では、ローヴェンと呼んでもらおうかな」
 偽エリオ……ローヴェンは言う。
「動くと刺すよ。さすがに殺しはしないけれど、腕、いや、足一つくらいは失っても仕方ない。その程度の覚悟はあると思ってほしい。だけど、腐っても僕の妻だ。できれば五体満足で連れ帰りたいんだよ」
 ローヴェンはさらにそう言うと、ストラーダローヴェンを構えたままキャロに近づく。
「忘れないで欲しいんだけど。私の夫は貴方じゃないわよ」
「では、ミッドチルダにいるのが君の夫だと?」
「ええ」
 キャロの返答は硬い。
「あの男が君の夫。それを忘れているのは、僕だけじゃないと思うよ」
 ストラーダローヴェンの逆の先端が、キャロの胸元を乱暴についた。
「例えば、ルーテシア・アルピーノとか」
 ローヴェンをにらみつけるキャロ。
「もしかすると、あの男も君の夫であることを忘れているかもしれない。そうだね……三日に一度、いや、一晩くらいは」
 ストラーダの先端が赤く鋭く光る。
「君も忘れたらどうだい? ミッドチルダにいる不義理者のことなど」
「三流以下のゴシップ紙でももっとマシな記事を書くと思うけれど。正直に言いなさいよ」
 キャロはケリュケイオンに意識を集中する。
「人質を取らなければ、僕は本物には勝てません。って」
 同時に魔法弾がローヴェンを襲う。
 しかし、ローヴェンは微動だにせず、ただストラーダローヴェンを左右に振るだけでキャロの魔法弾を相殺してしまう。
「人質などは必要ない。僕はまともにやり合っても、あの偽善者には勝てるよ」
「私を人質にするくせに?」
「ああ、誤解があるね」
 ローヴェンは肩をすくめた。
「君を連れ去る理由は一つしかない……飽きたんだよ、戦闘機人と元レリックウェポンには」
 ニヤリ、と嫌な笑い。
「たまには普通の女が抱きたくなるんだ。そうだね、例えば……親に捨てられた竜召喚師とか」
「ふざけ……」
 言い終える前に、キャロの身体が宙に浮いた。いや、浮かされた。
 衝撃がキャロの下肢を折り曲げるように叩き、身体が横回転して地面に叩きつけられる。
「……一つ言っておく」
 ストラーダの先端が、キャロの襟を引っかけ、持ち上げる。
 襟を引かれ、首が絞められたようになったキャロは咳き込みながら相手を睨んだ。
 ……折れた?
 ストラーダで横殴りにへし折られたのだ、とキャロは激痛とともに理解する。
「別に、ダルマでもいいんだよ、僕は」
 両手足を落としてでも連れて行く。それは脅しではなかった。ただの事実の宣言にすぎない。
「そう」
 だから、キャロはそう答えた。
 こちらも事実の確認。
 仮にそうなったとしても、気持ちは変わらない。と。
「それでこそ、いい女だよ」
 ローヴェンはより愉快そうに笑う。
「でも、ヴォルテールは呼ばない方がいい。そりゃあ、ヴォルテール相手だと、僕だってかなり苦戦するかもしれない」
 だけど、とローヴェンはニッコリ微笑んだ。
「ヴォルテールでは、守れないよ」
 その言葉を合図としたかのような轟音。
 そして聞こえよがしの命令をデバイスで通信する。
「ハーヴェスト、キャロの上司見つけて捕獲、ここまで連れてきてほしい。それから、クローラーズ、ガンナーズ、ライナーズの出撃準備だ」
 さらに、ローヴェンは続ける。
「君にわかりやすく言ってやろうか。クローラーズはノーヴェ、ガンナーズはディエチ、ライナーズはセッテの、それぞれ強化改良型量産戦闘機人だ」
「ノーヴェ……ディエチ……セッテ?」
 何故? とキャロは問おうとする。
 何故、ここにナンバーズであった者の名前が。
 しかし次のローヴェンの問いで、その疑問はキャロの念頭から去る。
 ヴォルテールは多数を短期間で沈黙させられるのか、とローヴェンは問う。否の答えを待つまでもない、簡単にわかることだった。
 キャロは、ヴォルテール召喚によってローヴェンを倒せるかもしれない。しかし、多数の戦闘機人に襲撃されている人々を全て救うことはできない。
「お待たせしました」
 一人の女がミラとタントを両手に捕らえてやってくる。
「紹介しよう、彼女の名はハーヴェスト。最強にして最新のナンバーズだ」
「ナンバーズ!?」
 またも、ナンバーズであった。
「何故……」
 しかし、そんな疑問よりも先に、キャロは捕らえられた二人を見た。命こそ保ってはいるが、重傷には違いない。
「……ミラさん……タントさん……」
 キャロの言葉に、ミラとタントは首を振る。
「気にするな……こんな連中…」
「人の女に軽々しく話しかけないでほしいな。本当に田舎者は礼儀を知らないね」
 ストラーダがタントの喉を突いた。咳き込み、血を吐くタントの姿にミラは叫ぶ。
「命は取らないよ。キャロ次第だけどね」
「どうする? キャロ」
「ごめんなさいっ! タントさん! ミラさん!」
「そういうことだから」
 キャロは力無くうなずいた。違う方向へ曲がった足のためか、おびただしい汗をかいている。
「後から捜査に来る連中に伝えろ」
 嘲りを隠そうともせず、ローヴェンは地に投げ出された二人に言う。
「キャロ・モンディアルの身柄は、ルーテシア・アルピーノと交換だとな」
 
 落盤の響き。いや、明らかにそれは別のものだった。
 落盤とは違う、別の破壊音。
「間違いありません。この音は砲撃の着弾音です。しかも、イノーメスカノンに酷似しています。おそらく、あたしの量産型」
 やはり、ディエチをベースとした量産タイプもいるのだ。
 しばらくの間、全員が着弾音に耳を済ませていた。
「向こうも、AMCを撃ち込んでいるようです」
 ルーテシアの転送魔法封じだろう。
 行く場所もないというのに念入りなことだ、とチンクは呟く。
「ガリュー、チンク、気付いた?」
 ルーテシアの問いに二人はうなずく。
 着弾音の散らばりから考える限り、こちらの位置は特定されていない。地下洞窟全体に対して撃ち込んでいる様子なのだ。しかし、洞窟にはまだ息のあるノーヴェタイプだっているはずなのだ。
 チンクが忌々しげに言う。
「奴ら、味方への誤射は気にしていないようだな」
「目的は私たちの焙り出し。少し、我慢して」
「我慢はできる。しかし、我慢してどうするのだ? 時間が経ったからと言って諦めて下がっていくような相手とは思えないが」
 ガリューが力強く唸る。
「そう。ガリューの言うとおり。エリオは私たちを見捨てたりしない」
 チンクがガリューを見上げた。
「ガリューとルーテシアの言うこともわかるが。助けに来るとすればスバルだろう。救助はお手の物だからな」
 本物相手ならまだしも、コピー相手なら本隊と合流すれば勝てる。誰もそれを否定しない。
 出力の高さなど、問題ではない。こちらには、本物がいるのだ。
「でも、エリオが来る」
「いや、スバルだ」
 ディエチとオットーは二人のやりとりを呆れた目で見ている。ガリューもチンクもルーテシアも、互いのお気に入りを贔屓しているようにしか二人には見えないのだから。
「あたしは、ジュニアだと思うよ」
「僕は、ディード」
 そして互いを呆れて見る二人。
「どうしてそこでディードなの?」
「ディエチはジュニアを過大評価している…」
「オットーこそ、ディードに頼りすぎているよ」
「ディードは頼るに値する。少なくとも、ジュニアよりは」
「ジュニアはドクターのいい部分を受け継いでいるんだよ」
「何やってるんだ、お前たち」
 気がつくと、二人の言い争いを面白そうにルーテシアとガリューが、困ったようにチンクが見物していた。
「なんでもない」
 五人は警戒を解かずに、それぞれの方法で周囲に気を配ることにした。連絡がないのを不審に思った本隊が捜索に来るとすれば、ここに来るのはただ一人。
「はーい」
 案の定、それほどの時間を待たずに声が聞こえる。
 プリズナーボックスの向こう、地面から見えるのは指が一本。もちろん、セインのものだ。
 一部解除した場所から入るセイン。
「あいつら、やたらめったら撃ち込んでるよ。こっちの位置はバレてないみたいだけど。物量に物言わせて、不格好な戦い方だね」
「そっちの作戦は?」
「そのことで確認したいんだけど。こっちが見つけたのはノーヴェタイプとディエチタイプ。セッテタイプはいないみたい。何で空に逃げなかったの?」
 五人は顔を見合わせた。
「私たちの確認した戦力はまだある。高町なのは、フェイト・テスタロッサ・スクライア。そしてはやて・ナカジマのコピーだ」
「げっ。管理局三大魔女!? 嘘でしょ?」
「嘘じゃない。そもそも、ディエチやノーヴェの劣化コピーだけなら、こんな所に逃げ込んでない」
「あー。どっちにしてもジュニアの言う通りか」
 頭をかいて腕を組み、セインは座り込んだ。
「ディエチとチンク姉、私に掴まって。隊長の所に行くから」
「待て、私たちだけか」
「沈むだけなら何とかなるけど、結構長い距離を潜ったまま戻ることになるから。全員一度には無理だよ」
「AMCを何とかすれば、転送魔法でヘリのあった位置までは戻れる」
 ルーテシアの指摘に、わかってると言うように手を振るセイン。
「そのふりをするつもり」
「ふり?」
 チンクが聞き返すと、セインが首を捻った。
「うん。AMCの無効化を狙う振りをするって。そうすれば、向こうは転送可能地域の制圧に重点を置くだろうから、それを叩く。そういう作戦」
 
「部隊が地下に逃げたということは、敵側に空戦能力の高い者がいるはずです。さもなければわざわざ地下には逃げないでしょう。地上戦ならまず引けを取らないメンバーのはずですよ。で、こっちはAMCを無効化すると見せかけます。多分それには抵抗してきません。向こうはルーテシアさんの転送魔法の目的地、ヘリのあった地点を完全制圧に来るでしょう。そこを叩いてください」
 ジュニアの言葉に、エリオはうなずく。
「確保に来ない場合は、そのままAMCを無効化すればいいわけだな」
「そういうことです」
「というわけだ。セイン、伝えてくれよ。魔法、科学含めて連絡が取れないんだ。秘密のラボには絶好の場所だよ」
 時々、このような場所がある。第97管理外世界では「富士の樹海」「バミューダトライアングル」などと言われるような場所だ。
「了解」
 しばらく待つと、ディエチとチンクを連れたセインが戻ってくる。
「あと二往復だね」
 ガリューは大きいので一度に一人がせいぜいだ。ルーテシアとオットーは同時に運べる。しかし、プリズナーボックスで地下の場所を確保していることを考えれば、当然最後に運ぶのがオットーということになる。
「急いでください。セイン姉様」
 それがディードにはやや不満だった。
「わかってるって。オットーのことはお姉ちゃんに任せな」
 再び潜っていくセインと入れ替わるように、ジュニアが姿を見せた。
「ディエチ、これを使って」
「それは?」
「AM中和弾頭。AMCを物理的に無効化する溶液を散布するようになってるんだ」
「戦いが続けば、これでは無効化できないAMシリーズが生まれるのでしょうね」
「そのときは、さらにそれを無効化するものを作るよ」
「キリがない」
「あるよ」
「ジュニア?」
「デバイスやスペックのコピーは作れるけれど、心のコピーは作れない。だったら、心で勝てばいいさ。心だけは絶対に真似できないんだ」
 ジュニアは自分自身を指さす。
「クローンで人格はコピーできない。僕とフェイトさんがそれを証明している。複製でも同じだと思うよ」
 エリオが手を叩いて全員の注目を集める。
「フェイトさんたちのコピーは予想外だったが、なんとかするしかないな。次にセインが戻ってきたら作戦開始だ」
「エリオ」
 スバルが眉をひそめていた。
「気になるんだけどね」
 三人のコピーが姿を消していること。スバルが言いたいことはエリオにもすぐわかった。
「人格を持つ者の完全コピーは作れない。それはフェイトさん……それにノーヴェだってその証明だ」
 ノーヴェはクイント・ナカジマではない。そしてそれを言うのならスバル・ナカジマも、そしてギンガ・ナカジマも。
「何かを企んでいる。それはわかる。だけど……」
 エリオはストラーダを握りしめる。
「劣化コピーのなのはさんになら、スバルさんは勝てるでしょう?」
「本物に劣るフェイトさんになら、エリオは勝てるよね」
「残るがまがい物のはやてさんなら、あとは楽勝ですよ」
 スバルは力強くうなずいた。
 
「バレットイメージ、AMニュートライザー」
 ISによる観測。
 ディエチは空を見た。
 セッテタイプが動く。こちらに気付いた。いや、気付かせたのだ。
「総員展開」
 エリオの号令で、まずウェンディが飛んだ。ライディングボードに乗り、別のライディングボードを後ろに従わせている。
「ISエリアルレイブ」
 ウェンディの瞳が輝き、二台目のライディングボードの先端が開く。
「行くッスよ、ドーターズ!」
 内部から現れた十一台の小型ガジェットが散開する。
 ウェンディのISの深化。それは、複数の飛行物体を同時に操ること。
 一台一台が、あたかも別の者に操られているように独自に作戦行動を取るのだ。本人も含めて十二台。
 ドーターズに混ざるようにして飛んでいるのはガリューとディードだ。
「対空砲は気にしなくていいッス。こっちには、地対地砲撃の名手がいるッスからね。砲撃戦は任せて、ぱちもんセッテに集中ッス!」
 ガリューが唸り、ディードがうなずいた。
 今、地下に残っているのはルーテシアとオットー。その二人を守ろうとする限り、ガリューとディードに敗北はない。
「竜魂召喚!」
 竜騎士エリオの、ただ一つだけ使える召喚術。
 吼えるフリードの姿が、騎乗に相応しい白銀の竜へと変化する。
「行くぞ、フリード!」
 竜騎士が地を蹴った。
 
 威嚇弾を撃ち終えるとディエチは横へ飛んだ。さっきまでいた位置に砲撃が集中するのがわかる。空へ上がっただけではなく、地上にも残っているとようやく気付いたのだろう。
 ……遅いよ。
 ディエチが感じているのは敵に対する優越感と、過去の自分に対する少しの悲しみ。
 ナンバーズと呼ばれていた頃の自分は、今のコピー連中ほどに愚かだったのだろうか。だとすれば、鎧袖一触で高町なのはに敗れたことにも納得がいくというものだ。
 コピー連中は数を頼みに撃ち込むだけで、砲撃から自分たちの位置が割り出されることにも無頓着なようだった。だったら、この場でその事実を徹底的に教育してやればいい。
「バレットイメージ、ノーマルカノン」
 予測した敵砲撃位置へ一撃。さらに移動して、二発。
 後の二発は、相手が取るであろう回避パターンを予測して、その位置に撃ち込んでいる。当たらずとも近くに着弾していれば、向こうは回避にも神経をとがらせることになる。
「バレットイメージ、マルチプルカノン」
 弾頭を多弾頭に変え、またも移動して砲撃。一撃一撃の威力は低いが、逃げ道なしの砲撃によるプレッシャーの嫌らしさは自分でもよくわかるつもりだ。
 案の定、砲撃が止んだ。その隙にディエチはさらに移動する。
「イノーメスカノン、サイレンスモード」
 狙撃仕様に変形するデバイス。
 両目の視界内に狙撃用のスコープが現れる。そこから、体勢を立て直そうとしている量産型たちが見えた。
「……無様だ」
 経験値の不足を、ディエチは嘆いた。
 やはり、データの継承と蓄積が全てではないのだ。たしかにそれを使えば訓練の効率は高くなる。しかし、完全ではない。
 そのとき、何かが囁いた。
 おかしい。スコープ先にいるのは確かに戦闘機人だ。しかし、何かがおかしいのだ。
 妙な違和感がある。
 まるで、その部分だけ何枚もの絵を重ねたように。空間が膨らんでいるように見える。
 
 易しすぎる。スバルはウィングロードを疾走しながら、その違和感を考えていた。
 弱すぎるのだ。
 セッテの量産型。ノーヴェの量産型。確かに弱くはない。それどころか、観察によれば出力は高い。これらが量産されれば管理局にとっては脅威だろう。しかし、元のノーヴェたちと比べると明らかに弱いのだ。
 これがコピーの弱さだというのなら、確かになのはたちのコピーも大したことはないのかもしれない。
 しかし、それでもスバルの感じた嫌な予感は消えなかった。
「なんなんだよ、こいつら」
 ウィングロードと併走するエアライナー。ノーヴェがスバルに語りかける。
「なんだよ、こいつらの弱さ。確かに数はうっとうしいけど、これじゃあ、あたしたちじゃなくてもそれなりの部隊で何とかなるぞ」
「スバル! ノーヴェ! 固まるな、散れ!」
 エリオが叫んだ。
「エリオ、見つけた! 座標送るッスよ!」
 ウェンディのドーターズからの直接通信を受けるエリオ。
「スバル! フォロー頼む!」
 SONIC MOVE
 フリードを巻き込んだ高速力場をエリオは形成する。
 そして、送られてきた座標に向けて急上昇。
 後を追うスバル。戦闘機人モードを解放し、通常以上の速度でウィングロードを駆けている。
 二人の視線が真上を向いたとき、黄金の雷が天より一直線にエリオを襲う。
「さすがに!」
 正面から落ちてきたフェイトのデバイスを受け止めるエリオ。
「バルディッシュまではコピーせずか!」
「何言ってるの、エリオ? 私と戦うの? エリオが?」
「生憎、親子喧嘩をしたことがないんでね! 替わりに殴られてもらおうかっ!」
 その横を駆け抜けるスバル。
「任せたよ、隊長!」
「当然っ!」
 ザンバーをはらいのけ、穂先を常にフェイトに向けながら、エリオは叫ぶ。
 スバルは目標に向かい走る。
 黒の六枚翼の魔道士へと。
 DIABOLIC EMISSION 
「……遠き地にて、闇に…」
「させるかーっ!」
 はやての詠唱を断ち切る拳。
 呪文の詠唱の時間を稼ぐ。それが三人が退いた理由、とエリオは判断し、三人の姿を探していたのだ。
 そして、フェイトとはやての姿を見つけたことになる。
 振動拳
 スバルに容赦はない。相手はコピーとはいえ、あの、元六課部隊長にして夜天の主、はやて・ナカジマである。
 だからこそ、スバルは己が持つ最大の打撃を初撃とした。
 しかし……
「え?」
 スバルの拳は、あっさりとはやての身体を貫いていた。
 おびただしい量の血しぶき。瞬く間に赤く染まるスバルの身体。
 そして同時に、ストラーダもフェイトの身体を貫いていた。
「何故……?」
 防御力皆無。バリアジャケットはフェイク。防御魔力は一切使われていない。
 それが、それぞれスバルとエリオの手に残った感触だった。
 非殺傷設定とはいえ純粋な物理的打撃となるスバルの拳、エリオのストラーダを、単なる衣服と身体が受けきれるはずもなかったのだ。
「な……んで……?」
 その瞬間、血まみれの敵が二人をそれぞれに抱きしめた。
「……相変わらず…スバルは…抜けてるな」
「エリオ……まだまだ…甘いね」
「はやてちゃん、フェイトちゃん、ありがとうね。それから、ライナーズ、ガンナーズ、クローラーズも」
 なのはの声。
「……みんなの力、たくさんもらえるね」
 STARLIGHT BREAKER
 全ては、この集束のために。
 
 ルーテシアとオットーを最後に救出したセインが見たのは
すでに開始されてる戦闘だった。それはいい。わかっていたことだ。
 しかし、次の瞬間セインはわが目を疑った。自分たちに向かってきたノーヴェタイプに向かい直った瞬間、それは分裂したのだ。
 ISディープダイバー
 不完全なディープダイバー。
 使用者が潜行できる対象はただ一つ。同じISを発動させた者だけ。
 ディープダイバーを発動させた者は、互いに重なることができる。一人に見えたのが一気に数人に、場合によっては十数人に増えるのだ。
 一気に十数倍に増えた敵戦力。圧倒的な数が突如立ちはだかった。セインは、改めて自分のISの特殊性を思い知った。だから、絶対に敵にこの能力を与えてはならない。
 自分のクローンをあれだけ犠牲にしたとおぼしき勢力が手にしたのは、この不完全なディープダイバーなのだ。これ以上のものを与える必要などない。
「オットー。セインを守って」
 ルーテシアは即座に理解していた。敵が欲しているのはセインの能力である、と。
 ISレイストーム
 発生した力場がノーヴェタイプをはじき飛ばす。しかし、数が違いすぎた。数人がセインを取り囲む。鞭のようなものがセインの手に巻かれた。
 セインは即座に悟った。鞭には、ディープダイバー無効物質が混合されている。この鞭で捕らえられては脱出はできない。
 TODES DOLCH
 ルーテシアの召喚する黒のダガーがノーヴェタイプを貫いた。
 展開するエアライナー。ノーヴェタイプの標的がセイン一人からルーテシアを含めた二人に変わる。そして、空からセッテタイプが。
 一対一の勝負ならコピーは敵ではない。しかし、圧倒的な数の差がある。
 セッテタイプが鞭をノーヴェタイプから受け取った。
「オットー、私はいいから、セインを追って」
 言ったルーテシアが、ノーヴェタイプの蹴りを受けきれずにシールドごと飛ばされる。
 オットーの視界を覆うようにエアライナーが乱舞した。
「邪魔だよ」
 レイストームを全開に、オットーは空への道を開く。しかし、飛びかけた足首を誰かが掴んだ。そのまま引きずり降ろされると、目の前にブーメランブレードが迫っていた。
 あえてしゃがみ込むことで辛うじて避けるが、逆にそれは、ノーヴェタイプの攻撃圏内に入り込んだということである。
 無数の蹴りが、オットーを襲った。
 
 現在状況をチンクは見た。
 地上には蹴散らしたはずのコピー部隊が無数に増殖している。二つの塊が見えるが、それぞれの核はディエチ、ルーテシアとオットーだろう。
 頭上には、今まさに最強の砲撃を放とうとするコピーなのは。
 セインを連れ去ろうとしているセッテタイプたち。
 そして自分たちもまた、増殖した無数のセッテタイプに囲まれている。
 圧倒的な敗北。
「まだッスよ、チンク姉」
「あたしたちは、まだ戦える!」
 ウェンディとノーヴェがチンクの横に並んでいた。
「……ああ、そうだな」
 チンクは、前方斜め上、白い魔道師をにらみつける。
 コピーなのははその視線を真っ向から受け止め、笑う。
「自分たちの馬鹿さ加減、悔い改めるといいの。ナンバーズ」
 デバイスが、ひときわ輝いた。
 
 
 
 
  次回予告
 
ウェンディ「難しいことはあんまり考えたくないッス。今が楽しかったらそれでいいッスよ」
セイン「今の生活、楽しいんだ?」
ウ「楽しいッスよ。あたしは、みんなでいられて嬉しいッス」
セ「うん。お姉ちゃんもそう思う。だけど、何かを我慢しないといけないときもあるんだよ。中には、我慢しても手に入らない人だっているんだからね」
ウ「……そんな人を一人でも減らすために」
セ「え? ウェンディ、なんか言った?」
ウ「え? 別に、なんでもないッスよ」
 
セ「次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS第五話『セインの覚悟 ウェンディの意地』 僕たちは進む IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 
 
なかがき
 
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