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 シグナムはフェイトと合流して、フェイクマザーの設置されている拠点を潰して回っていた。
 どの拠点にも、決まってセッテ、ノーヴェ、ディエチの量産型が配備されている。そこで出た結論は、この三タイプは新たに製造されたものではなく、フェイクマザーによるコピーだというものだった。
 
「いくぞ、アギト」
 レヴァンティンの一振りで、シグナムを取り囲むように動いていたセッテタイプは次々と燃え尽きて撃墜されていく。
 その戦果を確認し、アギトとのユニゾンを解除するシグナム。
「さっすがシグナム。パチモンナンバーズなんか敵じゃねえっ!」
「……劣化コピーとはいえ、脆いものだな。質より量とは、誰の企みかは知らんが、つまらんことを考えるものだ」
 その言葉に軽くうなずいて同調しながら、フェイトはシグナムの横に並んで浮かんだ。
「アギトとユニゾンしたシグナムとは、私も戦いたくないけれどね」
「へっへー、そりゃそうだろ」
 アギトが胸を張るのを見て、フェイトは微笑む。
「模擬戦でも、私はシグナム一人で手一杯です」
「謙遜だな、テスタロッサ。それを言うなら、私はまだお前の真ソニックフォームを間近で見たことはないぞ? あれならどうなんだ?」
 シグナムの言葉が終わると同時にフェイトは飛んでくる二つの気配に気付いた。
「来たよ。これでシグナムの期待には応えられるのかな?」
「だといいが」
「ここには、ボスがいるみたいだね」
「……二対二か。どうする?」
 シグナムが聞いたのは対応策ではない。もっと単純に、戦う相手を尋ねているのだ。
「シグナムは?」
「私としては、主の偽者は見過ごせんな」
「それじゃあ、決まりだね」
 フェイトは前方の宙に浮かぶ二人を見た。
 六枚翼の一人。そして、白いバリアジャケットの一人。
「存分にやれ」
 そこでアギトが笑った。
「お、テスタロッサの旦那さんの昔の恋人じゃん! よおしっ、やっちまえ!」
 がくん、と体勢を崩すフェイト。
「あ、あ、アギト?」
「あれ? 違ったの?」
「えっとね、ユーノとなのははそういう関係じゃなくて……、そもそも、あれはなのはじゃないし……」
「そうか? いろいろと噂は聞いているぞ」
「……帰ったら、ユーノに確かめるよ」
「来たぞ」
 シグナムはアギトを連れてその場から回避する。同時にフェイトも、砲撃を回避する。
 ディバインバスターを回避した二人。フェイトはそのまま、コピーなのはへと向き直る。
「そうやって、良くも悪くも人の話を聞かないところだけは、なのはにそっくりだね」
 SONIC MOVE
 高速移動で飛んでいく姿をシグナムは見送った。
「では、私たちも行くぞ、アギト。主を詐称する痴れ者など、放っておく訳にはいかん」
「合点!」
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第五話
「セインの覚悟 ウェンディの意地」
 
 
 
 集束された魔力が禍々しい輝きとともに大きく膨れあがっていく。
「誰が一番? 空? 地面? それくらいは選ばせてあげる」
 コピーなのはの瞳がギラギラと光っていた。獲物を弄ぶ獣の瞳の色が、魔力の輝きを照らし返している。
 その輝きに照らされながら、ジュニアは立ちつくしていた。
「…………嘘だ、こんな……こんな集束が可能なんて」
 ディエチにスターライトブレイカーを撃たせるための研究は重ねた。戦闘機人テンプレートからの集束手段も発見した。しかし、今目の前で行われているシークエンスは、ジュニアの考え出した手順を遙かに凌駕している。
 分析機器を兼ねたデバイスから繋いだディスプレイ。そこに映し出される数値は、間違いのない事実をジュニアに突きつけている。
 コピーなのはが集束しているのは戦場に散った魔力の残滓だけではない。明らかにそれ以上の魔力を収集している。その収集先は、コピーフェイトとコピーはやて、そして倒された量産戦闘機人。
 おそらくは、瀕死の者の魔力を直接集めている。。
 ジュニアは理屈を理解した。過去、ヴォルケンリッターによって行われたリンカーコア収集では、シャマルの旅の扉による強奪を除けば、持ち主を倒す必要があった。持ち主を一旦弱体化させなければならないのだ。
 弱体化すれば、リンカーコアは抜けるのである。それを利用したのが、コピーなのはによるSLB魔力集束だった。リンカーコア自体は抜かずに、魔力のみを利用。
 そして、不完全とはいえディープダイバーの解析。これも、今のジュニアには不可能と言っていい。
「…………欲しい」
 無意識に、呟いていた。
 欲しい。あの力が、否、あの知識が欲しい。
 心のどこかが痛切に叫んでいる。
 欲しいなあ!
 あの知識が欲しいなぁ!
 あのコピーが欲しいなぁ!
「欲しい……あの力が……」
「ジュニアッ!」
 ノーヴェの声がジュニアを現実に戻す。その瞬間、ジュニアは己の思いに怖気を覚えた。
 同じだ、と感じたのだ。父である、スカリエッティと同じだと。
 偏執的に求める知識欲。全てに優先する知識への渇望。倫理すら置き去りに、無情なまでに求める知識。それが、スカリエッティたる、「無限の欲望」たる所以。
 自分は、それを否定しているのではなかったのか。
 自分は、決別したのではなかったのか。
「しっかり掴まってろ!」
 全速で走るノーヴェが、すれ違いざまにジュニアを担ぎ上げる。
「あの砲撃馬鹿の圏内から一歩でも遠くに逃げる!」
「でも、皆が!」
「あんたがいりゃあ、死なない限り直せるだろっ!」
「でもっ!」
「うるせえっ! 妹が命懸けて意地張ってんだっ! 姉はよぉ! 応えてやんなきゃ、なんねえだろっ!!」
 命? 懸ける?
 ジュニアはその時初めて気付いた。ノーヴェが叫び、泣いていることに。
 そして見た。
 限界まで加速したライディングボード。
 空気を切り裂くように一直線に飛んでいく蟲の姿。
 魔力塊に突撃する二人の姿を。
「ウェンディ……? ガリュー……?」
 
 ドーターズが突然操作できなくなったことにチンクは気付いた。
 乗り手の意志を離れ、ウェンディが直接操作しているのだ。
「まだ、戦えるッスよね」
「ウェンディ、お前」
 チンクは何かを見た。ウェンディの表情の中に、何らかの決意を。
「あたしがいなくなっても、他の皆がいれば、まだ戦えるッスよね」
「何考えてんだ」
 ノーヴェも気付いていた。その言葉が、ややかすれる。
「おい、ウェンディ」
「ノーヴェはジュニアを頼むッス。あたしは、あれを止めてみせるッス」
 返事を待たず、ライディングボードが加速する。
 逆方向へ、なのはから逃げる方向へと飛び始めるドーターズ。それに掴まった形のチンクは、為す術もなく運ばれていく。
「ノーヴェ、ウェンディを止めろ!」
「……チンク姉、逆の立場なら、あたしは止めてほしくない。チンク姉だって、一緒だろ」
「ウェンディ!」
 叫ぶことしかできない。空を飛べない自分の性能を、チンクは初めて恨んだ。
 ドーターズは戦場を駆け、姉妹を離脱させようとしている。
 ディエチを乗せ、オットーとディード、ルーテシアの囲みを数体を犠牲にして破り、別の数体がセインへと向かう。
 圧倒的多数に囲まれて傷を負った双子とルーテシアはほとんど動けず、ディエチもそれは同じだった。動けるのはノーヴェとチンクのみ。しかし、ノーヴェはジュニアを脱出させるために走っている。
 スバルとエリオはそれぞれ、コピーはやてとコピーフェイトの呪縛から離れることができないでいる。
 せめて、セインを。
 チンクはスティンガーを構えた。
 一瞬でいい。わずか一瞬動きが収まれば、セインを捕らえているセッテタイプを破壊できる。
 チンクの動きを、セインは把握した。
「チンク姉! 構わないからやってくれっ! 手の一本や二本、吹き飛ばしてくれていいからっ!」
 逡巡の時間はない。チンクはスティンガーを投擲する。
 ISランブルデトネイター
 爆発の中から、セインを捕まえたドーターズが飛び去っていく。そのセインの姿にはあるべき四肢の一部がないことを、チンクの目は捉えていた。
「すまんっ……セイン」
 
 ガリューは飛んだ。高速直線移動に限れば今のガリューはフェイトよりも早い。
 そして、ほとんど同時にウェンディのボードが同じ位置に到達する。
 コピーなのはの目前。SLBによって集束した魔力塊に振りかざされるデバイスの間近。
 ガリューの腕がデバイスを止めた。
「こざかしい虫けらっ!」
 砲撃シークエンスに入ったために膨大な魔力が術者であるコピーなのはをアシストしている。それはガリュー単独では止められない。
 ウェンディが身体ごと、デバイスと魔力塊の間に入った。
「撃たせないッスよ! 絶対に!」
 ガリューが吼え、デバイスに触れていない左手を高々と上げる。
 ウェンディはその行為を理解した。
 ……押し離せ!
 ライディングボードを盾に、魔力塊を地面へと押しやるように身体を伸ばす。ガリューの手がそこに重なり、二人かがりで魔力塊を押しやろうとする。
 もう、間違えない。
 ウェンディは誓っていた。
 自分は馬鹿だった。あの日、クアットロがモニターの中で断じたように。でも、今は違う。
 もう、間違えない。二度と、為すべき事を間違えない。
 ティアナに敗れた理由も、今ならわかる。単純なことだ。自分たちが間違っていたから。ティアナは間違っていなかったから。
 だから、もう間違えない。だから、もう負けない。
 たとえ個人としての自分が負けても、自分たちはもう負けない。
 魔力塊の波動がウェンディの全身を貫くように蝕む。
 苦悶の声が漏れた。
 ガリューも同じように苦しんでいるのが見える。
「ガリューも……もう間違えないッスね。ルーお嬢様に間違えさせないんスよね」
 ガリューが頷いたような気がして、ウェンディは微笑んだ。
「虫けら! ジャンク! 負け犬が! どうして、邪魔するのっ!!」
 コピーなのはの叫び。狂気にも似た眼差しに、ウェンディは笑った。
「あんたが……間違ってるからッスよ」
 デバイスと魔力塊を繋ぐプラズマ状の力場が伸び始める。
 魔力塊は、ゆっくりと降下を始めていた。同時に、凄まじい衝撃が、内に籠もる衝撃がウェンディとガリューの身体の中をかき回す。
「間違っているから……それを教える力があるから……戦うんスよ」
 痛みを痛みとも感じなくなった自分の身体を、ウェンディは不思議に思った。
 もう、口が動かない。それでも、身体は動く。
 目が見えなくても、身体は動く。
 ドーターズから送られてくる映像はまだ見えていた。
 どうして、皆は泣いているんだろう。SLBを防いだのだから、喜べばいいのに。
 ……みんな、根が暗いッスよ。もっと明るくするッス……
 ……ここまでやってもまだ動ける。さすが、ドクターッスね……
 ……チンク姉、ノーヴェ、ディエチ、オットー、ディード……スバル、エリオ、ルーお嬢様……勝つッスよ……
 ……ジュニア、もうあたしを作ろうなんて、思わなくていいっすよ……
 ……クア姉や騎士ゼストに、会えるのかなあ……
 ……ドゥーエ姉様に会うのは楽しみッスねえ……
 ……あ、ボード壊しちゃった……ティアに譲っ……
 最後に聞こえたのは、ガリューの吼える声。ウェンディにはそれが、勝ち鬨に聞こえた。
 
 地上に落とされた魔力塊は、小規模な爆発とともに消え去る。
「うぉああああああああああああああっ!!!」
「あああああああああああああああああっ!!!」
 呪縛の解けたストラーダとリボルバーナックルの前に、魔力を使い切ったコピーはひとたまりもなかった。
 二人のコピーを振り切り、エリオとスバルは走った。
「コピー一組でこの成果。弱いね、エリオ、スバル」
 その姿を前に笑う、コピーなのは。
 次の瞬間、その身体は文字通り溶けていた。
 
 そして数日。
 遊撃隊本部、隊長室――
 エリオはデスクの前に座り込んでいた。
「隊長、被害報告ができました」
「……ああ、そこにおいてくれ」
 左手を吊ったルーテシアが、書類をエリオの机に置いた。その後ろには、チンクが付き従っている。
「キャロのことですけれど」
「……気にしなくていい」
「しかし」
「気にしなくていいと言ったんだっ!」
「わかりました」
 ルーテシアは静かに答える。そして、左手を吊っていた包帯を外した。
「ルーテシア?」
「私は、隊長補佐だから」
 エリオは、訳がわからないといった顔になる。
「隊長が指揮を執れない状態になったとき、指揮を執るのは私」
「どういう意味だ」
「仮に隊長が行方不明になれば、私が指揮を執ります」
「行方不明……?」
 エリオの表情が奇妙に歪む。
「隊を捨てて妻を救えとでも?」
「では、妻を捨てますか?」
「……考えさせてくれ」
 チンクが二人の間に入った。
「隊とキャロ、両方を救うつもりはないのですか?」
「……そんな力はない。僕には」
 チンクの表情がやや険しくなる。
「私の知っている中で最も偉大な騎士にも、そんな力はありませんでした」
 騎士。そう言った瞬間のルーテシアの厳しい視線を、チンクは甘んじて受けた。
「貴方なら、彼を超えられるかも知れない。そうも思っていたのですが」
「僕は、そんなに強くない」
「失望させられた……というより、私の期待が大きすぎたのでしょうね」
 二人は、座り込んで立てないままのエリオを置いて部屋を出ていった。
「……僕は……僕は……」
 エリオはただ、呟いていた。
 
 部屋を出たルーテシアは、通路の反対側に見えた影に気づき、その正体がわかると頭を下げた。まるで、お願いしますというように。
 それに対して、わかったと言うようにうなずく影。
 あえてそのやりとりには触れず、再び歩き出したルーテシアにチンクは告げる。
「できるなら、貴方の昇進を見たくはありませんが」
「同意する。だけど、とりあえずやれることを。チンク、すぐに資材課を突っついてデバイスの修理機材を。必要なら、押し込んで奪ってきて」
「了解。それから」
「なに?」
「しばらくは状態復帰が主目的です。正直に言って、補佐が表立って行動する必要はありません」
「それで?」
「手続きなどは私がやります。ガリューの所へ行ってください」
「……でも」
「ルーテシアお嬢様」
 チンクは、久しぶりにその呼びかけを使った。
「姉の言うことは、素直に聞くものです」
「姉? チンクが、私の?」
「僭越ながら、それに似た感情を抱いていました。いえ、今でもそうかもしれません。ご迷惑でしたか?」
「ううん」
 ルーテシアはしゃがみ込むと、チンクの胸元に頭を置いた。
「ありがとう、チンク姉」
 
「あの時は、そこにチンク姉がいて、あんたと私はここでチンク姉を見てたんだよね」
 セインは物言わぬ妹に語りかける。
「だけど、あの時はチンク姉は意識があって……時間はかかるけれど必ず直るって……」
「セイン姉様、それ以上は……」
 セインの乗った車椅子を、ディードが押している。
 二つ並べられた生体ポッドの一つには、辛うじて回収できたウェンディの残骸が納められている。
 奇跡的に頭部が残っていたことが、一同に微かな望みを生んでいた。
「帰ってくるよね……ウェンディ。あんたのことだから、普通の顔して能天気に帰ってくるよね」
 セインは、生体ポッドの横に横たえられたドーターズの頭を、唯一残った右手で撫でる。
「この子たちだって待ってるよ」
「セイン姉様、そろそろ出ましょう」
 ゆっくりと、セインは振り向いた。
「そうだね。私がここにいてもウェンディに何もできない」
「セイン姉様。そういう意味では……」
 ディードは、何かを噛みしめるように唇を強く結んだ。
 そして、セインは言う。
「ジュニアの所に行こうよ。それからディード、お願いがあるんだ」
 
 ルーテシアと入れ替わりに入ってきた姿に、エリオは反射的に立ち上がった。
「シャマル先生」
「いいわよ、隊長は座っていて」
「連絡なんてなかったのに…」
「受付には口止めしたのよ。ナカジマ特佐の特命だって言えば、あっさり了承してくれたわよ。はやてちゃんが特佐になってから、こういう役得が増えて少し楽しいかしら」
「それは…」
「言っておくけど、はやてちゃんの特命は本当。頼まれて、医局長としてここに来たのよ」
「しかし、僕やジュニアは無傷に近い。怪我をしたのは戦闘機人とガリューだけですよ」
「……」
「どうかしましたか?」
「また、“僕”に戻ったの?」
 エリオは、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「僕は……僕です」
「隊長職はそんなに重荷?」
「……負けました。あっさりと」
「報告は聞いたわ」
「僕たちには調査は期待されていない。だから、六課の時のロングアーチのようなスタッフもいない。バックアップスタッフもほとんどいない。戦うためだけの部隊です。それなのに、その戦いに負けたんです。何もできずに」
「まだ、隊長になるには早かった?」
「……きっと、そうなんですよ」
「貴方が選んだ道ではなかったの?」
「僕は、はやてさんにはなれなかった。僕には、部隊を率いるなんて無理だったんだ! 僕のせいで、ガリューとウェンディとセインが……!」
 突然、シャマルの手が上がる。エリオが反応するより早く、その手がエリオの頬を打つ。
 乾いた、大きな音。
「落ち着いて、エリオ。貴方がはやてちゃんになれなかった? 当たり前でしょう? 貴方、九歳の時何をしていたの? 六課にもまだいなかったわね? はやてちゃんはね、九歳の時、すでに私たちヴォルケンリッターの主、夜天の王だったの。しかも、望んだわけでもないのにね。今の貴方と一緒にしないで」
 平手を張られ、痛みよりも呆気にとられた顔のエリオに、シャマルは指を突きつけた。
「貴方は、九歳頃の八神はやての足元にも及んでいないの。わかる? 独りよがりでは隊長職なんてできなくて当然。なんのためにルーテシアがいるの? スバルがいるの? ジュニアがいるの? チンクだって、貴方よりは経験を積んでいるのよ?」
「それは…」
「三人の被害がそれほどひどいことなの? 無傷で作戦を完遂することが貴方にとっての隊長の資格なの?」
「でも、これだけの損害を」
「いい加減にしなさい! もう忘れたの? 私たちのいた六課は一度壊滅的打撃を受けた。そのとき貴方は、部隊長は部隊長に値しないと思ったの?」
「そんなことはありません」
 即答だった。
 遊撃隊の隊長となってから、あの頃の部隊長と自分を比べなかった日などなかったと言っていいだろう。六課こそが、自分の目指す部隊のあり方なのだ。
「じゃあ、あの時貴方は何を考えていたの? 負けたことを悔やんでいたの?」
「強くなりたい、そう思ってた……。ルーテシアを救いたい、フェイトさんを、キャロを守りたい。みんなを守りたいって」
「だったら、今、貴方の部下は何を考えてるの? 貴方への不満? ガリューとウェンディが、セインが、貴方を恨んでいるとでも?」
 口を開きかけて、エリオは俯いた。
 猛烈な羞恥に襲われたのだ。
 自分は、隊員の何を見ている? 何も見ていない。ただ、負けたことを恥じて、自らの力量の未熟を悔やんで、隊長としての資質の不足に歯がみしていただけだった。
 後悔は、隊長の責務ではない。
 何故、隊員の思いを受け取ろうとしないのか。
 シャマルの言外の問いかけを、エリオは恥じた。
 
 道化。
 改名すべきかも知れない。
 無限の解析者〜アンリミテッド・アナライザー? お笑いだ。
 スカリエッティの後裔? 不遜以外のなにものでもない。
 きっと、何かの間違いだったのだ。どこかに欠陥があったのだ。クローニングの過程にミスがあったのだ。さもなければこんな低脳は生まれない。
 敵は、スカリエッティの持っていた戦闘機人データをどこからか入手している。この点に関しては自分も同じ立場だ。しかし、敵はジュニアのさらに上を行っている。
 そしてなのは、はやて、フェイトのデータを入手している。おそらくは、フェイクマザーでコピーを作れるほどに揃ったデータを。
 さらには、ディープダイバーを不完全ながらも解析、コピーに仕込んでいる。
 そして、次が重要だった。
 コピーなのはのSLBである。
 ジュニアがディエチにSLBを撃たせるために改良したのは、テンプレートからの集束である。しかし敵は、死亡した者のリンカーコアやテンプレートからの集束を可能としているのだ。
 それはジュニアの力量を完全に超えていた。
「僕は、自分で思っていた半分も優れてなどいなかったんだ」
「ジュニア、元気を出して」
 宿舎に帰ってきてからずっと、ディエチは傍についていた。
「ごめん。ディエチさんのデバイスを修理しないとね」
「そんなことは後でもいい。貴方が元に戻るのか先」
「……元に?」
 ジュニアは笑った。
「これが、元々の僕だよ。父さんに遙かに及ばないのはわかってた。でも、ナンバー2ですらなかったんだ、僕は」
「やっぱりここか」
 部屋のドアが開き、ディードの押す車椅子に乗ったセインが姿を見せる。横に立っているのはヴィヴィオだ。
「ラボにも自分の部屋にもいないと思ったら、ディエチの部屋とはね」
「セインさん……」
 ジュニアの言葉を無視して、セインはディエチをにらみつける。
「甘やかしすぎだよ、ディエチ」
「セイン、そんな」
「ジュニアは甘えている。どうせ、自分はドクターに及ばないとか、コピーを作ったやつに及ばないとか、考えてるんだろ」
「事実じゃないですか。僕が及ばないのは、事実じゃないですか」
「そうだよ」
 セインはジュニアに残った手を伸ばす。
「悔しいんだろ。自分が負けたのが。ディープダイバーを先に解析されたのが悔しいんだろ」
 ジュニアはセインをにらみつけていた。
 ディエチは、ジュニアを守るように間に入る。
「どうしたの、セイン。そんなこと言うなんて」
「ディエチ、引っ込んでて」
「だけど」
「引っ込んでなさい!」
 セインの言葉に、ディエチが激高する。
「セイン!」
「ディエチ、引きなさい」
 ヴィヴィオが冷たく言った。まるで、ゆりかごの中にいたときのように。
 思わずディエチは一歩下がり、無意識に恭順の姿勢を取っていた。
 ジュニアは同じく姿勢を変えそうになったが思いとどまる。
 今のヴィヴィオは見習い隊員ではない。聖王の血を引く者として、言葉を発しているのだ。だからこそ、ディエチが無意識にも従ってしまったのだ。
「ジュニア、提案があります」
「陛下……」
 ジュニアは自然にそう言っていた。
「貴方の父親が私に行った処置。同じ事が貴方にはできますね」
「陛下!?」
「聖王の力が必要なのです」
 聖王ヴィヴィオならばコピーなのはと拮抗、いや、圧倒することができる。
「加えて、ジュニアにはもう一つの力が必要だね」
 セインは首筋を見せつけるように顎を上げた。
「ディード、お願い」
 ISツインブレイズ
 ディードが双剣をセインの首筋に当てる。
「ジュニア、私の命をあげる。私の身体を好きに解析して。ジュニアなら、ディープダイバーを完全再現できるはず」
「セイン!」
 ディエチの悲鳴のような声。
「わからない? 何者かは知らないけれど、ディープダイバーを不完全ながら解析再現した者は、私のクローンをあれだけ殺しているんだよ。あれだけ殺して、ようやくあんな不完全な再現しかできないんだよ」
「……それは、セインさんの能力は偶然の産物みたいなものだから、クローンしたからって能力までコピーできる訳じゃない」
「問題はそこじゃないよ。それに、私は完全にディープダイバーの能力を持っている。私を解剖すれば、解析して再現できるかも知れないんだよ」
 ヴィヴィオが言葉を続ける。
「私の聖王の力、そしてセインのディープダイバーの再現。これならジュニアは確実に勝てるよ」
「嫌だ」
「何が嫌なの」
「嫌に決まってるじゃないか! なんで、セインさんを解剖しなきゃならないんだ。どうして、ヴィヴィオをまた苦しめなきゃならないんだ」
「勝つためだよ」
「だけど、それは違う!」
「だったら!」
 セインが声を張り上げる。全員の注目が集まった。
「負けたことを悔しがる必要なんてないだろっ! あいつらの戦い方を見ればわかるだろっ、命なんて何とも思ってない。味方であろうと敵であろうと、殺すことを何とも思ってない。殺して有利になると思えばあっさりと殺す」
 ディードが双剣を退いた。
「だけど、ジュニアは殺しません。ジュニアが選んだのはそういう道なのでしょう? それなら、最後までその道を進むべきではないですか?」
 セインは車椅子の背もたれに全身を預け、天井を見上げた。
「それに、信じてる。ジュニアなら、あいつらより上だって」
「買いかぶりすぎです」
「そんなことないよ」
 ディエチがジュニアを背後から抱きしめていた。
「あたしは、ジュニアを信じてる。あたしたちも、信じてる」
「私もね」
 ヴィヴィオが力強くうなずく。
「エリオお兄ちゃんがいて、ルーちゃんがいて、スバルさんがいて、ジュニアがいて、皆がいて。管理局一の部隊なんだからね。ママたちには劣るけど」
「私は、必要なかったかしら?」
 突然の声に、五人の視線が集まる。
「はやてちゃんに言われて、駆けつけたんだけど?」
 白衣の姿が戸口に立っていた。
「メンタルケアが必要ならお手伝いに、と思ったんだけれど。もう、必要ないみたいね」
 シャマルはそう言って、微笑む。
「それじゃあ、いつも通りにしましょうか?」
 ヴィヴィオがうなずいて、しかしすぐに首を傾げる。
「いつも通りって何?」
「旅の鏡の解析よ」
 しばらく前から、シャマルに対してジュニアが依頼していたのが、旅の鏡の解析調査協力依頼であった。数度の調査はすでに済ませている。
「一応、今日の約束だったのだけれどね」
 さすがに、今日という日の調査はキャンセルだろう、とシャマルは言った。
 しかし、ジュニアは否と言う。
「せっかく来てもらったのだから、調査はします。予定よりは短くしますれど」
「今すぐ?」
「勿論。時間は無駄にはできませんから」
 
 ルーテシアは生体ポッドの中のガリューを見上げていた。
 身体の左半分を失ってはいるが、生体反応は消えていない。 この程度でガリューは死んだりしない、とルーテシアは信じている。いや、この程度どころが、ルーテシアにとってのガリューとは絶対に死ぬことのない、いつだって頼りになる戦士なのだ。
「ガリューは、少しお休みしているだけだよね」
 ガリューには聞こえている、とルーテシアは信じていた。
 いつだって、ガリューは傍にいた。呼べばどこにでも駆けつけてくれた。
 守ってくれた。守り抜いてくれた。
 ゼストよりも、きっとエリオよりも。
 ガリューのいない自分なんて、想像もつかない。いつだって自分の隣にはガリューがいると思っていた。
「私はまだ、ガリューがいないと何もできないんだよ。ガリューがいないと駄目なんだよ。だから、お休みした後はまた帰ってくれなきゃ駄目なの」
 答えはない。静かな空間に、生体ポッドの稼働音だけが響いている。
 ルーテシアはガリューをもう一度見上げ、隣のウェンディを見た。
 あのとき、ウェンディはガリューと心が通じていたように見えた。ガリューの意思表示なんて、ウェンディには何一つわからなかったはずなのに。
 どこか、心がうずくのがわかった。まるで、エリオと一緒にいるキャロを見ている時のように。
「きっと、また来るよ」
 振り向いたルーテシアは、開いたドアから入ってくる光に目を細める。
「ルーテシア?」
「スバル?」
 スバルはルーテシアの眩しそうな顔を見て、慌ててドアを閉める。
「あ、ごめんなさい」
「どうしたの? スバル?」
「ガリューさんとウェンディの様子を見に来たんです」
 放心状態だったスバルをルーテシアは見ている。
 事実上の生身だったコピーはやてを、戦闘機人の力で文字通り貫き砕いたこと。さらに、それが罠だったこと。そして、そのためにウェンディとガリュー、セインがこのような状態になってしまったこと。
 ある意味では、スバルはエリオ以上に自分の身を責めていたのだ。
「落ち着いたのね」
 スバルはやや寂しげに微笑んだ。
「教会まで行って来ました」
 ルーテシアはうなずく。
 スバルは、イクスに会いに行ったのだろう。そして、語ったのだろう。
「もう、大丈夫。あたしのやるべき事は、あの子が思い出させてくれた」
 スバルには、スバルの想いがある。守るべきものがある。
 ガリューにも、ウェンディにも、セインにも。
 そして、ルーテシアにも。
 それは、命より重いのかも知れない。
 いや、重いのだ。
 確実に。 
 
 
 
 
 
 
 
  次回予告
 
エリオ「守りたいと思った。弱い自分を打ち消したいと思った。全てを作り替えたいと思った。強くなりたいと思った。生まれ変わりたいと思った。意志を貫きたいと思った」
ルーテシア「そんな貴方を追いかけたいと思った。一緒に歩けなくてもいい。後からついていくだけでいい。ずっと、そう思ってた。貴方と、貴方の隣を歩くあの人。二人を後ろから見ていればいい、そう思ってた。こんな風に見守ることは、あの人にはできない。そう信じてた」
エ「次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS第六話『エリオの偽善 ルーテシアの高慢』僕……俺たちは進む。IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 
 
 
なかがき
 

第四話に戻る    第六話に続く

 
 
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