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 ラボの中心の作業台に置いた残骸を前に、ジュニアとチンクは顔を見合わせていた。
「どう思います? チンクさん」
「確かに似ているな。これはドクターの使っていたガジェットなのか?」
 二人が見ているのは、ルーテシア一行を襲ったコピー戦闘機人たち、彼女らに付き従っていたガジェットの残骸である。そのガジェットは、JS事件で使われた物と同じタイプとしか見えないものだった。
「戦闘機人とは違って、データさえあればガジェットの製造自体はそれほど難しい物ではない。コピーする必要はないだろう」
「その意見には賛成ですけれど、問題はこの中なんですよ」
「中だと?」
「ええ。以前フェイトさんに、JS事件で捕獲されたガジェットの中には父さんの署名があったと聞きました。チンクさんは知っていますよね?」
 ジュニアの言葉に、チンクは少し懐かしそうな顔になった。
「ああ……そうだったな。ドクターは自分の製造物に署名をするのが好きだった。ウーノ姉様やクアットロは署名に最後まで反対していたが、トーレだけは賛成していたんだ。戦う相手に名乗るのは悪くない、と言ってな」
 つまり、スカリエッティが作ったガジェットであれば署名をされているということになる。もっとも、スカリエッティに罪を被せるためにしくんだということも考えられないではないのだが。
 それに署名があったとしても、そのガジェットが過去にスカリエッティによって作られたものだというだけで、現在進行形の事件に関わっているという証明にはならない。
「その署名が、消されているんです」
「消されている? 最初からなかったわけではなく、消されているのか?」
「ええ。わざわざ、書いた後から削って消した形跡が残っているんです」
「しかし……消す必要などどこにある? ドクターが作ったガジェットだとしても、当たり前すぎて隠す意味などない。証拠隠滅の必要性などないだろう」
「これは、メッセージなのかも知れません」
「署名を消したのがメッセージ? 私たちへのか?」
「例えば、父さんの作った物を使いはするが関係はない、とか、かつての関係者だけど今は縁が切れている、とか」
「推測に過ぎないな」
「ですから、父さんとのつきあいの長かったチンクさんを呼んだんですよ。何かご存じかと思って」
「つきあいと言われても困る。あの頃の私は、盲目的にドクターに従っていただけだからな」
「あの人は、そうは言ってませんでしたよ?」
「あの人?」
 チンクは顔をしかめて厳しく言う。
「騎士ゼストの世話をしたのは単なる任務だ。ジュニアといえど、下世話な勘違いはやめてもらおう」
「いえ、僕が言っているのはゼストさんではなくてルーテシアさんのことなんですが」
 そもそも、ジュニアはゼストに会ったことなどない。というより、ジュニアが生まれる数年前にゼストは死んでいるのだ。
「勘違いにしてもひどいですね、チンクさん」
 チンクの口がポカンと開いた。みるみるうちに頬が赤くなっていく。
「わ、私は、別に、その……」
「誰にも言いませんよ、僕は」
「すまん」
「でも、そこで見ているヴィヴィオとディエチさんについては僕は知りませんから」
「なっ!?」
「あ、それじゃあ僕、ルーテシアさんに呼ばれてるんで、ディエチさんと出かけてきますから」
 そそくさとその場を後にするジュニアを目で追うようにして振り向いたチンクに、困ったように笑って誤魔化すディエチと、ニヤニヤと笑って手を振るヴィヴィオが見える。
「チンク姉。あの、あたしは、その、何も、聞いてないから」
 それだけ言うと、ディエチはジュニアの後を追って行ってしまった。
 後にはヴィヴィオとチンクだけが残される。
「……はやてさんの所だったかな」
「何がだ、ヴィヴィオ」
「アギトって、はやてさんの所にいるんだよね。ちょっと、アギトに聞きたいことがあるんだ。例えば、昔のこととか」
「……悪魔か、お前は」
「悪魔でいいもん」
 ここにヴィータがいれば間違いなく青ざめて、「……お前、実はなのはと血が繋がってるだろ」と言っていたに違いない。
 チンクはただ、大きく溜息をついただけだった。
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第七話
「殺戮すべき世界」
 
 
 
 指定された場所は、事実上廃棄処分にされたに等しい、無人の次元世界だった。いや、無人なだけではない。この次元には今後も入植の予定はないのだ。資源調達先として選ばれたこの世界、採掘されきった地表は荒れ果てて生き物の気配すらない。
 草一つ生えていない荒野。呼吸できるレベルの大気があることすら不思議に思えるほどの、気の滅入る荒涼とした景色が広がっていた。
 事前にはなったインゼクトの情報によれば、この周囲に警戒すべき物は何もない。
 それでもルーテシアは、転移魔法を発動直前の状態で待機させていた。何か異変が起これば、すぐにこの場から去ることができる。
 さらに、すでに喚びだしてある地雷王がルーテシアの背後に待機している。地雷王は地面と地中からの異変を即座に感じ取ることができる能力を持っているのだ。これで今のルーテシアは上下四方、どの方角からの接近にも対応できる状態になっている。
 正面遠く、岩陰の向こうから約束の相手は現れた。
 ゆっくりと歩いてくる姿は本当にエリオによく似ている。とルーテシアは思った。しかし、決定的な何かが違う。内面にある物を映し出すのが顔だとするならば、その顔が全く違う。
 造作は同じ。形は全く同じ。しかしなにかもっと、根本的な何かが違うと感じられるのだ。本物とコピーとの違いとも、また違う。
 しかし、そこには何故か妙な懐かしさも感じられた。まるで、過去にどこかで会っていたような。
「君は一人かい? ルーテシア」
「貴方は違うの?」
 ローヴェンは無言で手を挙げた。先ほど現れた岩陰から、キャロを載せた車椅子を押すノーヴェのコピーが姿を見せる。
「キャロは一人では歩けないからね。補助が必要だ」
 インゼクトがキャロの周囲を舞う。
「キャロを調べる必要はない。キャロを操ってなどいないよ」
「だったら、調べても構わないのでしょう?」
 ローヴェンは無言で肩をすくめ、ルーテシアはインゼクトによる走査を続けた。
 走査したデータは、離れた場所に隠れているジュニアの元に送られ解析されている。ジュニアによる解析ならば、そう簡単に騙されることはないだろう。
 即座に解析結果がアスクレピオスに送られてくる。
「薬物反応無し。脳波正常。外部から操作されている形跡無し」
(ジュニア、貴方の意見は?)
 ジュニアは念話が使えないが、互いのデバイスであるアスクレピオスとグンツェグ=ローヴェンを媒介にして、密かに会話を飛ばすことはできる。
(ここで見る限り、キャロさんは精神操作の類は受けていません)
(わかった。待機していて)
(了解)
 ジュニアはインゼクトからのデータを常時デバイスでモニターしている。こちらの情報も逐一チェックしているはずだ。万が一の場合に備えて、ジュニアは転送魔法の魔法陣上に待機してもらっている。
 何か事があればすぐに逃走できるのだ。それに、ジュニアにはディエチが一緒についている。不用意に近づいたものはあっさりと狙撃されるだろう。
「車椅子は、キャロ一人でも動かせるの?」
「もちろんだ」
「キャロ、こっちに来て」
「待ちたまえ。そちらの約束が果たされていない。キャロは君と交換のはずだ」
「約束は守るわ」
「転送魔法の使い手にそう言われても困る。せめて、君の足下からは魔法陣を消してくれないか」
「キャロがこちらに来てから。せめて、今の距離の半分はこちらに近づいて」
 キャロさえ取り戻せばそれでいい。ルーテシアはそう考えていた。
 キャロは遊撃隊のメンバーではない。しかし、自分は違う。キャロは犠牲者名簿に入るべき存在ではないが、自分は違うのだ。。
 自分は、犠牲になることなど部隊に入った時から織り込み済みだ。自分が犠牲になることを恐れていては、前線に出ることなどそもそもできないではないか。
 二者択一ならば、エリオはキャロを選ばなければならない。自分を見捨てなければならない。それが夫妻というものではないのか。
 そしてエリオのためならば、自分は見捨てられても構わない。それがエリオのためになると言うのなら、自分はいっこうに構わないのだ。
 どうせエリオとキャロに救われなければ、あの場でクアットロに使い潰されていた身である。その二人のために捨て駒になるというのなら十二分に本望だ。
「交渉の始まり、と言ったところかな」
 ローヴェンは困ったように頭をかき、ふとその動きが止めた。
「ルーテシアお嬢様!」
 その隙を狙ったようにどこからか声が聞こえる。
 それはローヴェンとルーテシアのちょうど中心。何もない地面からの突然の声。
「お嬢様!」
 ISシルバーカーテン
 解除された偽装の向こうには、満身創痍の姿が。
 引きちぎられたばかりのコードを身体にまとわりつかせ、あたかも実験対象とされていた場所から逃げ出してきたような。そして、まだ血の滴る真新しい傷も見受けられる。
「……助けて……ください」
 ルーテシアは、あまりに予想外な人物の出現に一瞬言葉を失った。
「クアットロ……」 
 そう呟きかけ、咄嗟にアスクレピオスを構える。
 違う! ナンバーズの所に、いや、クアットロの所にいた経験がルーテシアに警告していた。これは違う。クアットロが自分に助けを求めるなど、あり得ない。しかも、このタイミングはあまりにもわざとらしすぎるではないか。
 そして瞬時に悟る。
 クアットロの狙いは自分ではない。騙されないためにルーテシアが連れてきているはずの人物。解析力を誇る人物。
(ジュニア! 来ては駄目! 罠!)
「遅いですわよ、お嬢様」
 クアットロが駆ける。その手は咄嗟に姿を現したジュニアへと伸び、
「母……さん?」
 呆然と呟くジュニアの身体を切り裂いた。
「クアットロっ!」
 一歩出遅れたディエチの叫びにクアットロは笑う。
「あら? ディエチちゃん、ますますつまらない子になっちゃったのねぇ」
「ジュニアッ!」
 転送魔法をルーテシアは発動させようとする。
 SONIC MOVE
「ああ、遅いよ」
 デバイスによる打撃がルーテシアを地面に叩きつけた。
 避けられるはずだった。いくら超速と言ってもルーテシアの魔法発動の方が早いはずだった。
 クアットロとジュニアに気をそらされていなければ。
「クアットロっ!!」
 ディエチがイノーメスカノンを近接射撃用にモード変換する寸前、再びクアットロの姿が消える。
「……母……さん?」
 切り裂かれた腹を押さえ、膝をついてジュニアは呟いた。
「どう……して?」
「どうしてって、いらない子ですものぉ」
 虚空から響く声。くすくす笑い。
「追跡の目を少しでも誤魔化すために捨てていった絞り滓ですものぉ。まあ、管理局の物好きが拾ったみたいだけどぉ、何に使ってたのかしらぁ。あ、それとも、物好きなのはディエチちゃん?」
「黙って!」
 叫び、辺りに銃弾をまき散らすディエチ。
「それ以上、言わないで!」
「あら、なあに、ディエチちゃん。そこのお馬鹿さんな出来損ないは、ディエチちゃんの可愛いペットなのかしらぁ。だったらごめんなさいねぇ」
「なんで……なんで……」
 ジュニアの身体から地面にしたたるのは、血だけではなかった。
「母さん……母さんに……」
 ジュニアが母と呼ぶ戦闘機人の声は、あくまでも冷たい。
「ねえ、そこのお馬鹿さん。やめてくれません? 私としては、貴方が私のお腹にいた時期全てが忘れたい過去なの。策とは言え、貴方みたいな出来損ないがお腹にいたかと思うと気持ち悪くて」
「やめてクアットロ、お願い。ジュニアは、ドクターの子供でもあるんだよっ!」
 ディエチの悲痛とも言える訴えに、クアトロのものではない笑い声が重なった。
「はあ? そんなやつ、僕は知らない。もっとも、知りたくもないけれど?」
 ルーテシアを叩き伏せ、デバイスを突きつけたままのローヴェンが、吐き捨てるように言う。
「そもそも、僕はまだ子供なんて作ってないしね」
 ディエチはローヴェンを見た。そして、押さえつけられたままのルーテシアもローヴェンを見上げる。
 二人の瞳に、徐々に理解の色が広がっていく。
「貴方……」
「嘘……」
「僕はエリオ=ローヴェン。あるいは……」
 響く笑い。ルーテシアにもディエチにも覚えのある笑い方。自分に絶対の自信を持った者だけが浮かべることのできる、狂気すら孕んだ笑み。
「ジェイル・スカリエッティ」
 
 ローヴェンに対するルーテシアの姿に、クアットロはこぼれる笑みを抑えることができないでいた。
 インゼクトによる偵察は無視していればいい。ただ、気になるのはキャロを調べているインゼクトの群だった。
 ルーテシアの能力では、キャロの外見は別として中までを調べることはできないはずだ。インゼクトの探査能力が未知数だとしても、ルーテシアの方にはデータを解析する能力がない。
 少なくとも、ナンバーズとして一緒に過ごしていた時期のルーテシアを考えればそのはずだった。あれから成長したとはいえ、知識の基本はクアットロやドクターが教えていたのだ。
 しかし、考えるまでもなかった。少なくとも、ルーテシア以上の解析力を持った人材は遊撃隊にいる。
 探す時間は限られている。だが、燻り出すのは簡単だろう。
 どうせ世話をしたのは元六課の連中なのだから、ジュニアは感情とやらに左右されるに違いない。それを揺さぶってやればいいのだ。
 幸い、自分はジュニアにとっては「母親」だ。吐き気を催す関係だが、それを利用しない手はない。
 ほんの一瞬でいいのだ。自分に気を取られてジュニアが姿を見せれば、大いに手間が省かれる。
 だから、クアットロはあえて姿を見せた。
 もう、自分が生きていることが公になっても構わない。ルーテシアさえ手中に収めれば、予定の作戦は完遂できるのだから。
 ジュニアが「母さん」と呼びかけた瞬間、クアットロは必死に感情を抑えていた。
 ……ああ、なんて……
 ……なんて、お馬鹿なの……
 笑い出したい、嘲りたい衝動を必死に堪え、クアットロはジュニアを攻撃した。
 死んだドゥーエから唯一受け継いだピアッシングネイルで。そして、軟らかい肉を切り裂く感触に一瞬、クアットロは陶酔する。
 年若き者を切り裂く愉悦にその頬は緩み、ディエチの悲痛な叫びはその悦びを加速する。
 ……なんて素敵……
 この瞬間のため、自分はここにいる。虐げ、嘲り、精神を打ち砕くために。
 そのため今まで存在していたのだと、今は言える。
 ぶれすら起こしている記憶の中で、クアットロは思う。
 自分の屈辱を。恨みを。
 屈辱の数年を。
 あの日、ゆりかごで高町なのはに撃ち破られ、次に気がついたときは拘置されている状態だった。
 ISは封じられていない。しかし、管理局が封じたつもりになっていることには気付いていた。なら、思わせておけばいい。どちらにしろ、厳重な監視状態での脱出は論外だった。シルバーカーテンの幻影も、「幻影を使っている」ということを知られている前ではほとんど意味がないのだ。騙してこその幻術である。しかも相手は六課だ。
 その状況で逃げ出したとしても、今度はたった一人で六課全員を相手にすることになる。それはさすがのクアットロも避けたかった。
 今のクアットロはすでに、ドクターに見切りをつけている。というよりも、次世代のドクターに託す目算をつけている。すなわち、体内に仕込まれたドクターの「種」であった。クアットロは体内の「種」を三つに分離し、「処置」を受ける際にその内の一つだけを犠牲にした。
 当時のクアットロは機会を待つことにした。追われることなく脱出する方法を探しながら。
 その機会は、マリアージュ事件の直後に訪れる。ギンガの差し入れたワインで、ドクターはドゥーエを追悼した。
 ギンガの意志か、同じワインがウーノ、トーレ、セッテ、そしてクアットロにも届けられたのだ。
 届けた係員……キューブはこう言った。
「……せめて対面くらいはさせてやっても良かったんだろうけどな」
 その瞬間、クアットロの頭には脱出のシナリオが生まれたのだ。仮に失敗したとしても、自分にデメリットはない。
 クアットロは、体内に仕込んだ「種」の一つを成長させることにした。
 運ばれた病院で、クアットロは逃げた。外ではない。下へ。地下へ。何かを隠しているはずの場所へ。
 目当てのものがなければ、これはただの中絶手術と逃走失敗に終わるだけの話。しかし、クアットロは目当てのものを見つけた。クアットロの知る管理局ならば、必ず保管しているだろうと予測できたもの。管理局内部でも秘密にするために、あえて専門の保管施設ではなく病院の一部に隠されていたもの。
 いわゆる、管理局の「闇の部分」が保管しているもの。
 そして、戦闘機人の出産というイレギュラーが起これば自分が運ばれるであろう場所。管理局が密かに、戦闘機人のデータを蓄えている場所。
 その場所に、それがある。ドゥーエの遺体が。
 クアットロは遺体を奪い、手を加え、爆破した。
 管理局はそれをクアットロの遺体と思いこんでいたのだ。
 戦闘機人が自爆した場所で発見された、戦闘機人の死体の欠片。いったいそれを誰が、別の戦闘機人のものだと判断するのだろうか。例えどれほど綿密な調査が行われていたとしても、それは戦闘機人の死体であることに間違いはないのだ。そして、ドゥーエとクアットロの身体の細かな違いなど、スカリエッティ以外の誰が知るというのか。
 それからクアットロは、二つの偽装を行った。
 一つは、自らがドゥーエの死体と化すこと。
 クアットロが自爆したことを知った「闇」はすぐにドゥーエの遺体をチェックした。そこにいたのは他でもないクアットロなのだが、ISにより誤魔化されてしまうことになる。その後、クアットロは密かに「闇」の主要メンバーを暗殺、自由の身となった。主力のほとんどを失っていた「闇」の残存メンバーなど、クアットロにとってたいした相手ではなかったのだ。
 二つ目は、スカリエッティの「種」を残すこと。それによって、自分の死をより明確なものに偽装できると考えたのだ。
 クアットロの中にはすでに三つ目の「種」が準備されていた。残された二つ目の「種」は、今では「ジュニア」と呼ばれている。
 今のクアットロにとってのドクターの真の後継者は、エリオのクローンの中に移植されていた。いや、エリオの身体が使われていると言うべきなのかも知れない。
 今のクアットロにとっては、「ジュニア」はただの出来損ない。逃亡を補助するための囮に過ぎなかったのだ。
 
「……エリオのクローン……」
 ルーテシアの呟きに、ローヴェンは肩をすくめた。
「君たちは知らないんだ。この身体の本当の意味を」
 そして、腹を押さえたままうずくまるジュニアに向き直る。
「無様だな……同じ遺伝子の持ち主とはいえ、優等クローンと劣化クローンとではここまで差が出るのか」
 ディエチはイノーメスカノンを構えたまま動けないでいる。
 傷を負って動けないのはジュニア。ドクターの子であり、クアットロの子。自分なりに大切に育てたつもりだった。想いを込めて、ともに過ごしていたはずだった。皆が、ジュニアを愛していた。
 ドクターの頭脳と、ドクターにはなかった素直さと優しさを持った少年を皆が愛していたはずだった。ディエチも同じはずだった。
 しかし、今、目の前には別のドクターがいる。クアットロとともに。
「ディエチちゃん。一緒に来るつもりなら、今からでも遅くないのよ?」
 クアットロの姿がローヴェンの隣に現れる。
「温かく歓迎するわ、また一緒に、ドクターをお手伝いしましょう?」
「ディエチ……!」
 ルーテシアがローヴェンから目を離さずに言った。
「ウェンディをあんな目に遭わせたのは誰?」
「別にいいじゃない、あんなお馬鹿さんどうなろうと」
 クアットロの言葉に、ディエチは逆に落ち着いた。
 悩む必要などないのだ。すでに、戦いは始まっていて、自分の立つ位置すら決まっているというのに。
「答えは決まっているよ、クアットロ。あたしは、ジュニアの味方だよ」
 イノーメスカノンは明らかにクアットロとローヴェンに向けられていた。
「ルーテシアとキャロを離して。さもなければ、今すぐ撃つよ」
「本当に、つまらない子ねぇ、ディエチちゃん」
「そうかもしれない。だけど、これだけは譲れないんだ」
 クアットロは動かない。ただ、ディエチを哀れむように見つめている。
「私が何も知らないと思っているの?」
「覚えているよ、クアットロ。知っているふりは得意だったよね」
「管理局に敗れて飼い犬になる。それは仕方ないかもしれないわよ? だけど、喜んでしっぽを振ることはないと思うんですけどぉ?」
「使い捨ても考慮に入れた消耗部隊。それが君たち遊撃隊への管理局上層部の評価だ。そして、六課を指揮していた八神はやても、エリオの親代わりだったはずのフェイト・スクライアも、君たちとともにナンバーズを撃ち破った高町なのはすらも、何故遊撃隊の指揮を執らない? 君たちは、見捨てられている。それに気付かないほど愚かではないだろう?」
 ローヴェンの言葉は続く。
「ただ使い潰されていくのが望みか? だったら、拘置されたままであることを由としているトーレたちの方がマシじゃないか?」
 そこまでして、守るべき世界なのか?
 二人の問いに、ディエチは即座に答えていた。
「知らない。あたしにはそんなことはどうでもいい。エリオがどう考えているかなんて、あたしは知らない。八神はやてもフェイト・スクライアもあたしには関係ない。だけど、あたしはジュニアを守る。ジュニアが遊撃隊にいるのなら、あたしも遊撃隊にいる。それだけだよ」
 そして、もう一つの望みを叶えるために、とは、今は言わない。
 言葉を止めたディエチへ挑発するように微笑みかけながら、クアットロはジュニアに向けて指を伸ばす。
「だったら、その出来損ないに聞こうかしら? 貴方は、どうしてこんな世界を守るの? 遺伝子提供者への面当てかしら?」
「……父さんのことか? クアットロ」
 ジュニアの言葉に、クアットロは首を傾げる。
「あらん、もうお母様とは呼んでくれないの? 愛しのジュニアちゃん」
 腹を抱えたまま、ジュニアは顔を上げる。その表情は強ばって、凄惨とも言える笑みが張り付いていた。
「……あんたの子宮より、豚の子宮の方がマシだったかもね。まあ、試験管代わりにはなったみたいだよ、あんたの臭い胎内でも」
「……笑えない、冗談ね」
「事実だもの」
「殺すわよ?」
「だったら、ローヴェンに頼むんだね。自分の手を汚さないのが好きなんでしょ? 嘘付き。自分の手を汚さないんじゃない、汚したくても汚せないんだ、弱すぎて。あんたは、ナンバーズの出来損ないだもの」
 ジュニアは笑った。まるで、スカリエッティのように。
「あんたみたいな出来損ないを二度と母さんなんて呼ぶか! 僕が次に母さんと呼ぶとすれば、たった一人だけだ!」
 ジュニアの手が、側に立つディエチの手を掴む。
「……女の魅力ではウーノさんに劣り、戦力としてはトーレさんに劣り、工作員としてはドゥーエさんに劣る。そして策士としては六課に負けた事で明白だ! 僕が出来損ないなら、あんたはそれ以下だ。そんな人が僕の母さんのわけがない」
「…………せいぜい、吼えてなさい。今の内に」
「……怒れば、ディエチさんに撃ち殺される。だから動けない。今なら、ルーテシアさんがいるからディエチさんは手を出さない。だけど、僕が狙われれば話は別。ルーテシアさんを見捨ててもディエチさんは僕を助けるためにあんたを容赦なく撃つ」
 賛同するように、ディエチはイノーメスカノンを揺らした。
「それが怖いから、あんたは動けない。なるほど、さすがは父さんの因子を受け継いだ中でも一番の役立たず。父さんが見捨てるわけだ。とんだ臆病者だよ!」
 突然、哄笑が響いた。
「くっくくくくっ、口では我らが女王の負けだ。出来損ないと言っても、さすがは僕と同じ遺伝子の持ち主だな」
「あーん、ローヴェン、意地悪ですわ」
 ローヴェンの笑いが、クアットロに普段の調子を取り戻していた。
「だが、君たちを救いに来る者がいないのは動かしようのない事実だよ。ウェンディとガリューを失い、今またルーテシアも失う君たちを誰が助けるんだ?」
「簡単なことだよ」
 ジュニアはローヴェンをにらみつけるように言う。
「なのはさんも、フェイトさんも、はやてさんも助けには来ない。必要がない。僕たちが助けを求めていないからだ」
「この状況で?」
 ローヴェンが嘲るように唇をゆがめる。
 ジュニアの身体が上がる。腹を押さえた状態で、ぞれでも胸を張ろうとしていた。
「僕たちは自分の力で立ち上がる。どんなときでもだ」
 自らに言い聞かせるように一語一語をはっきりと、ジュニアは宣言を続ける。
「ギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、万が一それでも、どうにもならないとき……」
 ジュニアがしっかりと立った。
「助けを呼ぶのはそのとき、そのときただ一回だけだ。いいか、うぬぼれるなよ、出来損ない。僕はお前たち相手に一歩も下がらない」
 ローヴェンの笑みが消える。
「いいさ、ディエチに撃たせてごらん?」
「はい?」
 首を傾げるクアットロに、ローヴェンは言う。
「ディエチが高町なのは以上の砲撃を撃てるというのなら、撃たせてごらん? 僕のシールドが、ディエチの砲撃をこの距離で防げるかどうか。助けを呼ばないという力がどれほどのものなのか」
「撃てますよ」
 ディエチは静かに告げた。意地もてらいもなく、ただ、事実を告げる淡々とした口調で。
「今のあたしなら、あの時のなのはさんと同じ砲撃ができる」
「ふーん?」
「クアットロにはわからない。ローヴェン、貴方にも絶対にわからない。あのとき、ドクターやクアットロの計算ではあたしの砲撃がなのはさんを圧倒するはずだったのに、それでもあたしは負けた。今なら、あたしにはその理由がわかるから」
 バレットイメージ、ノーマル。
「なのはさんの強さは簡単、ただヴィヴィオのためだけの強さだったから」
 チャージ レベルMAX
「ジュニアのためなら、あたしはなのはさんのように砲撃ができる」
 ローヴェンの姿勢は変わらない。ルーテシアにデバイスを突きつけたまま、ディエチに対して斜に構えている。
 クアットロが、いつの間にかローヴェンの横に寄り添うように並んでいた。
「ディエチちゃん、本当にその気になってるの?」
「クアットロ、もう貴方の舌先三寸ではどうにもならないんだよ」
「舌先三寸かどうか……」
 ディエチが突然飛んだ。ジュニアを抱きかかえ、後方へと。
 砲撃に備え、身構えるクアットロとローヴェン。しかし、ローヴェンはシールドを展開しなかった。
 ディエチの飛んだ先、その地面にある魔法陣を見たのだ。
「ルーテシアを抑えろ!」
 クアットロに指示を出したローヴェンがソニックムーブを発動、二人に迫る。
 しかし、一瞬早く転送魔法が発動されていた。
 デバイスは転送された後の何もない空間を薙ぐ。ローヴェンは即座に振り向いてそのまま、クアットロを振り払おうとするルーテシアに標的を替えた。
「舐めるなっ!」
 雷撃を全身を浴びせられ、ルーテシアは悲鳴も上げずに昏倒する。
 やや余波を浴びたクアットロは、それでも微笑んでローヴェンに目を向ける。
「……あの二人を逃がすのは、織り込み済みではありませんでしたっけ?」
「ルーテシアを捕らえたことと僕の正体、そして我らが女王クアットロの復活」
 ローヴェンは槍を捧げるように構えた。
「その三つを出来損ないどもに伝えることができるなら、手足をもぎ取るぐらいはやっても良かったんだ。ディエチも含めてね」
「やっぱり、私は王女なんですかぁ。そうすると、王様は、貴方になるんですよね?」
「言うまでもない」
「ふふ、素敵ですわ。ところで、これはどうします?」
 昏倒したままのルーテシアと、地に伏せて動けないキャロをクアットロは指さした。
「勿論連れて帰るさ。嫌だというなら、殺さない程度に壊してあげようよ」
「二人とも、嫌だとは言ってくれないんでしょうね。つまらないわぁ」
「いずれは壊すよ。徹底的にね。それまでは、我慢することだ」
 
 ミッドチルダ西にはケーシェンと呼ばれる街がある。クラナガンほどではないがそれなりに栄え、商業施設の多い、西の都とも呼ばれている都市である。
 その都市の中心部にある倉庫が、数週間前から貸し切りになっている。借り主は最初に一度訪れたきり戻ってくる様子がない。もっとも、レンタル料は前金でもらっているので管理人の手を出す領分ではない。
 しかし、その日はさすがに様子がおかしかった。気味の悪い騒音と砲撃音が絶え間なく響いているのだ。
 それでも管理人は何も言わない。なぜなら、最初の砲撃によって命を失っているから。
 倉庫を中心とした無差別の魔法砲撃は都市中心部に深刻なダメージをもたらしていた。物的被害だけではない、人的被害も莫大なものとなっているのだ。
 まず、倉庫の外壁がいきなりシールドのようなもので囲まれた。そしてシールド表面に、人一人が入れるほどの大きさの半球の力場が多数発生した。
 その後、表面全体をみっしりと覆った半球状の力場は一斉に割れた。
 瞬間、凄まじいばかりの破壊が始まったのだ。
 
 PLASMA SMASHER
 DIVINE BUSTER
 HRæSVELGR
 
 三種類の砲撃が街のいたるところを襲った。一撃ではない。複数、いや、数十の砲撃が街を襲ったのだ。殺傷設定の砲撃は、建物だけでなく人の命もあっけなく消し去っていく。
 数秒で、都市中心部は地獄と化した。
 不幸中の幸いは、この砲撃が本当にランダムに行われていたことだろう。狙い打ちされていれば、生存者はゼロであったろうから。
 辛うじて最初の数秒を耐えた人々は自らの僥倖に気付き、神に感謝した。次いで、周囲の状況に気付き、嘆き恐怖した。
 そして砲撃の主を目にした者は、そのほとんどが嘔吐した。
 そこには、ぶるぶると震える、百近い数の赤みを帯びた肉塊があるだけだった。その肉塊には、デバイスのようなものが突き立てられている。
 だれも、それが何であるかを理解することができなかった。しかし、一つだけは理解できた。
 それが、砲撃魔法を発動させた「モノ」だと。
 クアットロに尋ねれば、彼女は言うだろう。
「たった一つの魔法、それも適当にむやみやたらと発動させるだけなのに、どうして人の形が必要なんですかぁ?」
 それは紛れもなく、コピーなのだ。
 高町なのはの。
 フェイト・スクライアの。
 はやて・ナカジマの。
 魔法のためのリンカーコア、デバイスを保持する部位、それ以外の不必要な部分を全て削られた姿。
「はやてちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、頑張ってくださいねぇ〜♪」
 そう言いながらコピーのデータを入力するクアットロに、ローヴェンは大笑していた。
 その望み通りコピーは任務をやり遂げた。そして数分と保たずに死んでいく。生存のための器官すら、コピーには用意されていなかったのだ。
 生き残った人々は、腐るように溶けていく肉塊を呆然と見つめていた。
 
 事件を知った管理局は、各地でフェイクマザーの捜索を開始した。隠されているものを事前に発見すれば悲劇は避けられるのだ。
 エリオも、会議室に全員を集めて事件の報告書を読んでいた。
「……これか……」
 同じものを読んでいたチンクがうなずく。
「間違いない。フェイクマザーを転送で送りつけられれば、陥落しない都市などないだろう」
 ルーテシアの転送魔法を使えば、フェイクマザーを好きな場所へ送り込むことができる。
「すいません。あたしが……」
 ディエチの言葉を制止したのはセインだった。
「ルーお嬢様は覚悟してたんだ。ディエチのせいでもジュニアのせいでもないよ」
 ルーテシアは、事後報告の形で自分の行動をエリオに伝えていた。
 キャロが救えず自分も連れ去られた場合は、ローヴェンのアジトの位置をなんとしてでも伝える。それが、ルーテシアの伝言だった。
「クアットロにもう一人のジュニア……か」
「オットーとディードが戻り次第、全員で集まってくれ。二人の報告を聞いてから、今後の方針を伝える」
 訳のわからないディエチに、ヴィヴィオが告げる。
「二人は、セッテとトーレの所に行ったの」
「セッテとトーレの?」
「貴方達のコピーを作れっていう上からの命令は隊長が拒否したけれど、もしかしたらセッテやトーレのコピーを作ることを強行するかも知れない。だからオットーとディードが話をしに行ったの。この期間だけでも遊撃隊の保護下に入るようにって。二人が受け入れるなら、許可ははやてさんが何とかするって」
 確かに、トーレとセッテの戦力は魅力的だ。二人のコピーを必要と考える者も出てくるのだろう。今回の戦いでも、二人が協力してくれれば、と考えないでもないのだ。
「ウーノのコピーは戦力としては意味がないし、ドクターのコピーはいらないだろうしね」
 ディエチはヴィヴィオに礼を言うと会議室を出た。
 医務室に向かうと、シャマルがジュニアの手当を終えたところだった。
 シャマルは、はやての手配でしばらくは遊撃隊に常駐するらしい。
「医療部門と、作戦面でのジュニアの補佐と考えてくれていいわ」
 私は前線に立つことはできないから、と言って、せめてシグナムかヴィータちゃんが戻ってくれればもう少しお役に立てるのにね、と肩をすくめる。
「まさか。シャマルさんをここに常駐させてくれるように頼んだのは僕ですよ」
 腹の包帯を確かめながら、ジュニアは事も無さげに言う。
「ちょうどいい。ディエチさんも聞いてください」
 デバイスから、ホログラムを展開するジュニア。三人の真ん中に、とあるデータが提示される。
「これが、僕たちの切り札です」
 シャマルが絶句し、ディエチは目を丸くした。
 
 ディードはその光景に息をのんだ。
「ディードか」
 無言のディードに背を向けたまま、トーレは声をかける。
「見ての通り先客がいてな。お前の相手はしばらく無理だ」
「構いません。よろしければ、応対を手伝いましょうか?」
「ふむ。そうだな、身内の気安さだ。頼もうか」
「はい」
 ディードはトーレに寄り添うように背後についた。
「互いに、近接に特化した身だ。砲撃組を最初に潰すぞ」
「了解です」
 トーレの向こうに見える、異形のコピーの群れ。地を這うもの、空を舞うもの、砲撃を放つもの。それらは行動とISで辛うじてノーヴェタイプ、セッテタイプ、ディエチタイプだと判断できるに過ぎない。外見では、判別は無理に等しい状態だった。
 ディードは知らず、これはケーシェンを破壊した三人のコピーと同じコンセプトによるナンバーズコピーなのだ。ただ破壊だけを考え、自らの生存を全く考慮しない兵器。ある意味では、ナンバーズの完成型だろう。
 
 ISライドインパルス
 ISツインブレイズ
 
 二人は、異形の群れの中へと飛び込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
  次回予告
 
トーレ「もう一度、セッテに訓練をつけてみたかったのだがな」
セッテ「機会はいつでもあります」
ト「気の長い話になりそうだ」
セ「すぐにトーレのいる場所へ辿り着きます。少しだけ、待っていてください」
ト「それは許さん。セッテ、おまえに頼みがある」
セ「なんですか?」
ト「フェイト・テスタロッサを越えろ。お前なら、できるだろう」
ト「セッテを頼む、オットー」
オットー「それは僕でなく、ディードに頼んで。僕は、もう……」
オ「次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS 第八話『トーレの敗北 セッテの勝利』 僕たちは進む。IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 

なかがき

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