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 スバルはじっとホログラムによるシミュレーション画面を見ていた。
「うん。やっぱりできるんじゃないかな、これ」
「……そうか?」
 半信半疑のノーヴェ。
「確かにこれで見るとできそうだけどな。実際の所はやってみないとわかんねえからなぁ……」
「でも、ジュニアは可能だって言ってたよ」
「ジュニアは時々、理論が先走ってとんでもないこと言うからなぁ……」
 ぼやくようなノーヴェにスバルは興味津々の表情で尋ねた。
「そうなの?」
「この前なんか、チンク姉のスティンガーをセッテのブーメランブレードみたいにしたら強いんじゃないか、って、試作品まで作ってたんだぞ」
「それで、どうなったの?」
「コントロールがうまくいかなくて、すっぽ抜けてオットーの首を落としかけたもんだから、ディードが激怒してた」
 大きすぎて、投げようとしたらすっぽ抜けたらしい。そして、見物していたオットーに向かっていったのだ。
「そもそも、大きすぎる対象にはランブルデトネイターが使えないってのに」
「うわぁ……ジュニア、そんな大ボケかますんだ」
「時々な。あいつ、ああ見えて結構お馬鹿だぞ。……ディエチには言うなよ。本気で怒るからな」
 一歩間違えたら、ノーヴェは自分がジュニアを生んでいたかも知れないのに。とスバルは思う。
 それを読みとったのか、ノーヴェが渋い顔になった。
「言っておくけど、そもそもあたしはドクターのクローンなんて欲しくなかったんだ。クアットロがメンテ中に勝手にやったんだからな」
 スバルが難しい顔になるのを見て、今度は逆にノーヴェが尋ねる。
「って、どうしたんだよ?」
「……ギン姉に入れられなくて良かったなと思って」
「まあ、あん時はそんな暇、さすがになかったろうしな」
 あれ、とスバルがさらに首を傾げる。
「もしかすると、ジュニアってあたしの甥になってたかも?」
「いや、その辺はあんまり深く考えなくていいんじゃないかな」
 そういうものかな、と呟きながらスバルは遊撃隊宿舎前の広場に出る。
 デバイスの調子を確かめながら、
「とにかく、やってみようよ、ノーヴェ」
「仕方ねえな。無理だったらすぐに諦めるんだぞ」
「わかってるって」
 
 ――30分後
「できた」
 喜ぶスバルに半ばあきれ顔のノーヴェ。
「……結構うまくいくもんだな」
「実は、この技の名前。もう考えてあるんだ」
「ああ、どうするんだ?」
「必殺グルグルアタック」
 一瞬の間、そしてノーヴェは叫ぶ。
「却下だっ! 大却下だっ!」
「えー」
「そんなかっこわるい名前絶対嫌だからな!」
「わかりやすくていいと思うんだけどなぁ」
「そんな名前にしたら、お前とは一生組まないからな」
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第八話
「トーレの敗北 セッテの勝利」
 
 
 
 看守と呼ぶべきなのか、それとも単なる監視人。あるいは、管理局が呼んでいるのに合わせて、係員と呼べばいいのか。
 今となってはどうでもいいことだった。
 どう呼ぶにしろ、その男はすでに死んでいる。
「助けてくれ!」
 そう叫んではいたが、それに従う義理などトーレにはない。せめて「一緒に戦おう」と言われたのなら、少しは気持ちも動いたかも知れない。しかし、男にはそこまでの気概はなかった。監視対象に無様にも助けを請うのが、男の最後の行動だった。
 そんな人間など、トーレは助けようとは思わない。ましてや、助けてくれと言いつつ拘置室の鍵すら開けられなかった男である。
 開けるつもりはあったのだろう。砲撃の直撃を受けるまでポケットを必死に探していたのだから。
 男の死を確認すると、トーレは無言でドアを蹴り破った。
 その気になればこの程度の力はある。無理矢理拘束されていたわけではない。敗者の理として従っていただけなのだから。
 建物の外に出てみると、軌道拘置所から惑星地表へ降りるための連絡艇が残されていた。襲撃者の姿はどこにもない。
 つまり、降りてこいということか。トーレはそう判断すると連絡艇に乗り込んだ。
 地表に降りる前に連絡艇から飛び降りて、飛行にうつる。
 上空から見えるのは、戦闘機人の集団だ。それも、虫酸が走るほど統制のとれていない、まさに烏合の衆だ。
「こんなガラクタ連中を集めてどうするつもりだ」
(ガラクタ連中とは聞き捨てなりませんわ、トーレ姉様)
(クアットロか。やはり、生きていたのだな)
(あら、ばれちゃってました?)
(少なくとも、私はお前がそう簡単に死を選ぶとは思っていない。ウーノとドクターもそうだろう)
(つまんない)
(で、何の用だ。まさか、私一人の身のためにこれだけのガラクタを集めたとは言うまいな)
(トーレ姉様を迎えに来たのですわ)
(今更、この私にお前の傘下に入れと言う気か)
(だけど、チンクちゃんたちみたいに、管理局の傘下に入るつもりもないのでしょう?)
(当然だ。私は管理局に負けたつもりなどない。フェイトお嬢様に負けただけだ)
(それはあまりよろしくないと、クアットロは思うんですぅ♪)
「ならば、どうする」
 トーレは落下の途中で止まり、声に出して尋ねた。
「……さすが、トーレ姉様」
 トーレの目前の空間が揺らめくと、クアットロの姿が出現する。
「久しぶりだな、クアットロ」
「ええ。トーレ姉様。お久しぶりです」
「ドクターの指示ではないはずだが。何を考えている?」
「変節したドクターなど、ドクターではありませんわ」
「そうか。別のドクターを旗印にしたか」
 トーレの理解は早い。その早さに、クアットロの表情がやや曇る。
「何でもお見通しですのね、さすがはトーレ姉様」
「妹の考えることだからな」
 クアットロの笑みが消えた。
「そうやって、姉様ぶるのも、今日までですわ」
 無言でうなずくトーレに、クアットロはさらに言い募る。
「たかが個体の戦闘力ごとき、どれほど凌駕しようとも戦術なくてはただの無意味。それをさも重要な能力だと言い張り、あげくにはAMF下で魔道師に敗れる凋落ぶり。本当に、役立たずな人!」
 トーレは何も言わない。
 ただ、クアットロを静かに見つめている。
 ……ドゥーエ。お前の言ったとおりになったな……
 
 
「クアットロは誰にも従わないでしょうね」
 ドゥーエの言葉に、トーレは即座に言葉を返す。
「そうか。ドクターにすら従わないと言うのなら、処分するほかないが」
「トーレ。それは短絡に過ぎるわ」
 ウーノの言葉にトーレは眉をひそめる。
「これは、ウーノの言葉とも思えんな」
 三人の中では、最もスカリエッティの身の安全を願っている長女である。
「クアットロは、故あればドクターにすら牙を剥く。ドゥーエはそう言っていると理解したが。ウーノはそれでいいのか?」
「ドゥーエがいる限り、ドゥーエがドクターに従っている限り、クアットロは造反などしないわ。そして、ドゥーエはドクターに造反などしない。違うかしら?」
「当然ね」
 ドゥーエはうなずいた。
「チンク以降の妹たちは、私たちと違ってドクターの因子を受け継いではいない。だから、場合によってはどうなるかわからない。だけど、クアットロの場合はそれとは違うのよ」
「管理局に造反するドクターの意志。その部分が最も濃くクアットロには受け継がれている」
「だから、反抗はあの子の癖みたいなもの。大目に見るしかないのよ。それに造反が即牙を剥くということにはならないわ」
「ドゥーエは、クアットロには甘いわね」
「……妹ですもの」
「私の妹でもあるのよ」
「私もだ、ドゥーエ」
「ええ。それは、わかってる」
 
 トーレは静かに、クアットロを見つめていた。
 やがてクアットロの面罵が尽きた頃、静かに尋ねる。
「それで、お前は誰だ?」
 返事を待たず、トーレの質問は続く。
「私と話をしているのは確かにクアットロだ。だが、そこに立っているお前はクアットロではない。クアットロのホログラムをまとっているお前は誰だ」
「……やっぱり、トーレ姉様。いいわよ、ハーヴェストちゃん、後は任せるわ」
 クアットロの言葉と同時にその姿は消える。いや、クアットロのいた場所には別の戦闘機人の姿があった。
「はじめまして。トーレお姉さま。ラストナンバーズのハーヴェストと申します」
「ラストナンバーズ……?」
「ナンバーズ最後の二人。その内の一人になる予定です」
「それはやめた方がいい」
「はい?」
「クアットロと二人きりになるのに耐えられる者などそうはいない。そんなお人好しはディエチくらいだ」
「クアットロ様の悪口は許しませんよ」
「ああ、今のは、ディエチを褒めたつもりだ」
 言葉を終えたトーレが突進するよりも早く、ハーヴェストは後退し、急速に降下していく。
 替わって上がってくるのはセッテタイプの群、ライナーズ。
 その動きを支援するかのように、ディエチタイプの援護砲撃が始まっている。
 ISを発動しようとして、トーレは背後の気配に気付いた。
 別の者が、地上の別の場所から上がってきたのだ。その地点には、次元移動用のプラットフォームがあったはず。つまりは、今ここを訪れた者がいる。
 考えるまでもなく、その気配には覚えがあった。
 振り向きもせず、トーレは言う。
「ディードか。見ての通り先客がいてな。お前の相手はしばらく無理だ」
「構いません」
 ディードは無造作にトーレの背後につく。
「よろしければ、応対を手伝いましょうか?」
「ふむ。そうだな、身内の気安さだ。頼もうか」
「はい」
「互いに、近接に特化した身だ。砲撃組を最初に潰すぞ」
「了解です」
 ISライドインパルス
 ISツインブレイズ
 二つのISが発動し、二人の戦士は急降下をかける。
 
 通信を終えると、クアットロはモニターを覗き込んだ。
 部屋に閉じこめられているキャロとルーテシアが映っている。
「ルーお嬢様、御気分はいかがですか?」
 その声に気付いたのか、キャロが辺りを見回しクアットロの名を呼ぶ。
「ごめんなさい。そちらからの音声はカットしているから、口を動かしているのはわかるけれど、何を言っているかわからないの」
 部屋に充満しているのは絶え間なく響くルーテシアの悲鳴、キャロの哀願の叫びだった。
「やめて止めて! お願い!! ルーちゃんが死んじゃう!!!」
 金属製の、まるで拷問用にも見える椅子に固定されたルーテシア。その頭に被せられた拘束具は両目を覆っている。そして、その拘束具からは純粋かつ膨大な苦痛が神経に直接送られているのだ。
「キャ……ロ……大丈夫……だか……ら」
 ルーテシアの言葉にクアットロは笑う。
「大丈夫なら、苦痛のレベルを上げましょうね」
 さらなる悲鳴が響いた。
 その瞬間、キャロはモニターをにらみつける。
「……聞こえてる……聞こえてるじゃない!!」
 返ってきたのは、クアットロの哄笑だった。
 笑うクアットロの肩を叩くローヴェン。
「まだ壊さないでよ」
「ルーお嬢様がこの程度で壊れるものですか」
「ま、百歩譲っても殺さないでよね。二人ともだよ」
「わかってますわ。あの二人の価値なんてヴォルテールと白天王の召喚主だってことくらいですから」
 クアットロがラボのモニターに目をやる。
「新しい召喚主が生まれるまでは、生かしておきますわよ」
「あと、ルーの転移魔法も忘れないでよ」
「そちらは、時間の問題ですわ。ランダムでいいのなら」
「ランダムだから、いいんだよ」
 言いながらローヴェンはキャロとルーテシアのモニターを見る。
「いい声だ。もう少し艶っぽくてもいいかな」
「別の拷問に切り替えます?」
「それもいいけど、それはエリオたちを倒してからの話だな。あいつの目の前でやってやろうよ」
「まずは手足を落として……」
 うっとりとクアットロは歌うようなメロディで言う。
「愛する者が嬲られるのを見せつけられて……」
 ローヴェンがそれに続いた。
「失意と絶望、憤怒にまみれて……」
「惨めに死んでいく……」
「ああ……」
 肉体的な愉悦を感じているかのように、クアットロの身体が微かに震えた。暖かな吐息が漏れ、震えた身体が弛緩する。
「素敵……」
「まったくだね」
 弛緩したクアットロの身体を受け止めるようにローヴェンは手をさしのべた。
 その手が、クアットロの背筋から腰へと降りていく。
 ふと、クアットロの手がモニターの音声レベルに触れる。
 響き渡るのは、ルーテシアの絶叫とキャロの哀願。
「最高のBGMだ。いい選択だよ、さすがだね、クアットロ」
「ありがとうございます、ドクター」
 口づける二人。そしてクアットロの喘ぎがルーテシアの悲鳴、キャロの叫びに重なる。
 狂った三重唱は、ローヴェンには天の調べと聴こえていた。
 
 セッテはオットーの来訪を冷静に受け止めた。
「どうして私の所へ?」
 オットーは正直に状況を話す。
「そう。だけど誰か来ようとも同じ。私はトーレに従う。管理局にも、貴方達にも従わない」
「そう言うと思っていた。だったら、これから一緒にトーレの所へ行こう。ディードが先に行っている」
「私はここから出てもいいの?」
 出られるのか、とは聞かない。その気になれば、出ること自体は難しくないのだから。
「許可は取る。いや、必要ないかも知れない」
 オットーが言い終えるよりも早く、建物全体が揺れた。
「何が起きているの?」
「攻撃を受けているのだと思う。多分、ディエチタイプの一斉砲撃」
「ディエチタイプ?」
 オットーが答えようとすると、拘置監視室からの連絡が入った。
「こ、攻撃を受け……」
 連絡が途絶え、すぐに別の声が。
「……セッテ? 聞こえる? 先ほどの攻撃で部屋のロックが開いているはずよ。私は監視室にいる。監視員は死んだわ。貴方は脱出しなさい」
 それは、同じ拘置所にいるウーノの声だった。
「ウーノ姉様は?」
「私は飛行できないから、一緒では貴方が逃げられない。いいから逃げなさい」
「ウーノ姉様。状況を」
「オットー? なら話が早いわ。多数の敵がここに近づいています。セッテを連れて脱出しなさい」
「嫌だ」
「オットー、長姉である私の命令よ。逃げなさい」
「僕はもうナンバーズじゃないよ。僕は、管理局遊撃部隊に所属するオットー二等空士。ウーノ姉様は僕の姉だけど、命令は聞けない」
「セッテ、貴方なら聞いてくれるわね」
「命令には従います」
「それなら…」
「しかし、私に命令できるのはトーレだけです」
「二人とも、いい加減にしなさい」
 セッテが無言でインターコムを殴りつけた。
「敵対する者がいるなら、排除する」
「賛成だ。行こう、セッテ」
「ウーノ姉様の話では、敵の陣営を知っているようだが?」
「君の偽物、ディエチの偽物、ノーヴェの偽物がいる」
「わかった」
「これ」
 オットーが差し出したのは四本のブーメランブレード。
「君が協力するならこれを渡せと、エリオが」
 セッテとオットーは地上との連絡艇格納庫へと走った。
 乗り込んだ二人はすぐに軌道から離脱する。空戦可能空域にはいると、オートパイロットを拘置所へセット。セッテが最初に飛び出した。
 ISスローターアームズ
 外へ出ると同時にセッテは二本を投擲。一番近い群の先頭の二機をたたき落とす。
 オットーはライナーズの半分近くがガンナーズ、つまりディエチタイプを抱えてるのを確認した。その一斉砲撃が先ほど拘置所を襲ったのだろう。
「……あれが、私のコピー?」
「まがい物、劣化コピーといった方がいい」
 オットーは宙へと身を躍らせる。そして、次の光景に顔をしかめた。
 何の逡巡もなく、ライナーズがガンナーズを抱えていた手を離したのだ。落ちていくガンナーズ。この距離ではいくら戦闘機人でも助からない。確かに、これでライナーズは空戦が可能になる。しかし……
 オットーの逡巡を余所に、セッテはすでに戦闘を開始していた。
 ライナーズ、セッテタイプが構えたブーメランブレードは、投擲する前に次々とへし折られていく。セッテの両腕はブーメランブレードを投擲し、それが返ってくる前に次の二つを投擲する。事実上、四本同時の投擲と替わらないのだ。
 それをかいくぐった者には、すぐに自分を取り戻したオットーのレイストームが唸る。
 総崩れになって地表へ逃げるライナーズを追うと、敵の戦術が変わった。
 地上に残されていたガンナーズの砲撃をメインに、数の減ったライナーズが周囲を囲む。そして、地上から最短距離で上がってくるのはノーヴェタイプであるクローラーズ。
 砲撃で動きを封じて、包囲を縮めていくつもりだろうか。
「私が包囲を破る」
「僕は中から潰していく」
 セッテはブレードを投擲すると、それに併走するように飛ぶ。
 手持ちのブレードで障害物を叩き伏せ、両脇を高速回転で飛ぶブレードが障害物を切り裂く。
 包囲を抜け、振り向くと手持ちのブレードを再び内側へと投擲し、ここまで併走してきたブレードを掴む。
 包囲を崩され、セッテに向いたライナーズの背後をレイストームが叩く。そのオットーの視線は前に向いたまま、右腕だけが背後に向けられている。その顔は、セッテの方には向けられない。
 すかさず、クローラーズの矛先がオットーへと向く。しかし、ライナーズに撃ち込まれたレイストームの光条はそのまま軌道を変え、クローラーズの上昇を待ち受けていたかのようにオットーの足下に展開する。
 一瞬たじろいで行き先を変えようとしたクローラーズを、先ほど投擲されたブーメランブレードが襲った。予想外の方向からの攻撃に打ち砕かれるクローラーズ。
 セッテを追ったライナーズを狙ったのはオットー。そして、オットーを狙ったクローラーズを襲ったのはセッテ。襲撃者は反撃を受けたわけではない。自ら、仕掛けられた罠に飛びこんだのだ。
「セッテ、僕は地上の砲撃班を叩く」
 返事を待たず、オットーはその場でひっくり返った。頭を下に、自由落下にさらなる加速をつけて降下していく。
 通りすがりのレイストームが、クローラーズを砕く。
 コピーである限り、いや、基本的な戦術のない相手など、どれだけのパワーやISがあろうとも敵ではない。オットーはすでにそれを悟っている。戦いに逡巡はない。
 ガンナーズの砲撃を潜り抜け降下していくと、その横をセッテがさらなる高速で通り越した。
「セッテ?」
「高速機動による一気殲滅は、私の方が上手だ。オットーは追撃を落とせ」
 通りすがりにそれだけを言うと、セッテはさらに速度を上げた。それでもガンナーズの砲撃を避け、地上寸前で直角に近い急転回、そのまま地面と平行の状態でガンナーズに近づき、ブレードを振るう。
 オリジナルのディエチと違ってジュニアの改良したイノーメスカノンを持たないコピーには、接近戦の武装はない。セッテにとってはかごの中の鶏を撃っているようなものだった。
 一方オットーはセッテに抜かれた位置で滞空し、降下してくるクローラーズ、ライナーズに向かってレイストームを突き上げる。
 コピーによるブレード投擲は全てレイストームに弾かれ、クローラーズのエアライナーも破壊されていく。
 ……オリジナルのブーメランブレードやエアライナーなら、こんなに簡単にはいかないんだろうな……
 勝利の興奮よりも、コピー部隊への虚しさだけがオットーの胸に募る。
 ……正面からの戦いなら、きっと管理局の普通の部隊にも負けてしまだろうな……
 コピー部隊の存在意義とは何なのだろうか。本当に、数だけで勝負するための、消耗部隊なのだろうか。
 少なくとも、ドクターは自分たちをそう考えていなかった。失ってもいい手駒だとは考えていたかも知れない。だけど、少なくとも個性を殺した量産化には着手していなかった。それは時間の問題だったのかも知れない。だけど、少なくとも実行はしていなかった。
 少なくとも……
 オットーは機械的にレイストームを打ち続けた。次々と落ちていくライナーズ、クローラーズ。
「終わった」
 横にセッテが並んで、ようやくオットーは思いを中断する。
「ウーノ姉様を迎えに行く」
 拘置所へ向かうまでもなく、連絡艇が降下してきていた。
 二人はそれをエスコートにするように並び、一緒に着地する。
 降りてきたのは、当然のようにウーノだった。
「姉様、ご無事で」
「まさか、妹二人に直接反抗されるとは思ってなかったわ」
「僕とセッテはこのままトーレ姉様の所へ行きます。ウーノ姉様はどうするの?」
「このままここにいてもいいけれど、下手すると島流しのままね。体よく忘れられてしまうかも知れないわ」
「隊長なら、保護してくれると思いますが」
「プロジェクトFの残滓に保護を求めろ、と?」
 ウーノは言って、すぐに首を振った。
「ごめんなさい。貴方にとっては、隊長ね」
「管理局へ出頭するのなら、相手を選んでください。ハラオウン提督かナカジマ特佐なら、悪いようにはしないと思います」
「可能なら、このままドクターの所へ行きたいのだけれどね」
「それは、許されないでしょう」
「貴方はディードと毎日会えるのに?」
 オットーは言葉に詰まる。そこへセッテが追い打ちをかけるように言った。
「管理局に尻尾を振った甲斐はあったようですね、オットー」
「そうだね」
 しかし、オットーはセッテの言葉に答えた。
「それだけの価値はあると思っている。僕にとってのディードには、それだけの価値がある」
 セッテがブレードを構えるように持ち上げる。と、ウーノが二人の間に入り、オットーの頭を抱いた。
「また、ごめんなさいを言わないとね」
「姉様?」
「私もセッテも、貴方とディードに嫉妬しているだけ。ドクターやトーレに会うことができないから」
 セッテはブレードを降ろすと、その言葉を否定するように小さく首を振る。その様子に、ウーノは優しく笑った。
「セッテ。オットーと一緒にトーレの所へ行きなさい」
 
 ディードは内心舌を巻いていた。
 模擬戦の経験はある。トーレの強さも知っていた。いや、知っているつもりだった。
 しかし、これほどとは……
 ディードの出る幕などなく、ガンナーズ、ライナーズ、クローラーズが粉砕されていく。まさに鎧袖一触の勢いだった。
 トーレのISライドインパルス相手に、攻撃どころか守勢一方、いや、防御の動きですらついていくことができないのだ。
「少し、実戦の勘が鈍ったかもしれん。やはり、実戦に勝る訓練はないな」
 残存兵力をまとめる敵陣営を眺めながら、トーレはディードに語りかけていた。
「それで、他の者の調子はどうなのだ。チンクやノーヴェは?」
「皆、元気です。チンク姉様は、私たちの小隊長として実戦指揮を執ることが多いですね。ノーヴェは相変わらずですが、元気にやっています」
「そうか。今の部隊とは、水が合っているのだな」
「元ナンバーズが全員所属している部隊ですから、部隊指揮という意味では以前とあまり変わりがないのでしょう」
「元気にやっているのならそれでいい。指揮官が替われば、戦う相手も替わる。それは仕方のないことだろう」
 それに……、とトーレは続ける。
「あいつらは私と違って、戦い以外のことも多く知っている。私と同じ道など歩むことはないのだ」
「セッテも……ですか?」
「そうだな」
 トーレはあっさりと答えた。
「セッテは私よりもお前やオットーに近いはずだ。教育担当者が私だったのが、あいつの不運かもしれんな」
「そうでしょうか?」
 トーレがディードの問いに答えるより早く、二人は咄嗟にその場からそれぞれ別方向へ散った。
 二人のいた空間を薙ぐように通過する光条。
「レイストーム?」
 その発射源をディードは見た。懐かしい、ナンバーズのボディスーツに身を包んだ姿。
 ハーヴェストが、無造作に立っていた。
 トーレがディードの前に出る。
「ディード。下がって、オットーとセッテを待て」
「トーレ姉様?」
「生涯一度ぐらい、妹を守って戦うのもいいだろう」
 不吉な物言いに眉をひそめるディード。しかし、トーレは半ば無理矢理にディードを下がらせてしまう。
「一対一である必要はありませんよ?」
 薄笑いを浮かべたハーヴェストが両腕を左右へ伸ばす。
 ISレイブレイズ
 右手首から派生した光条が弧を描き、ハーヴェストの頭上を越えて左手へと吸い込まれていく。そのまま光条は消えず、弧の形をした力場が残された。
「レイブレイズ、アークモード」
 膨れあがる弧はきっかり半円の形を保って回転し始める。半円の弧は次第に、伸ばした両腕を直径とする球の外殻へ。
 球形に注意を奪われるトーレを見計らっていたかのように、クローラーズの一人が背後から襲う。
 が、逆にそれを待っていたかのようにトーレがインパルスブレードをたたき込む。さらにその身体を、その突進力を利用してハーヴェストへと投げつける。
 高速回転する光条に触れた、と見た瞬間、クローラーズの身体は切り刻まれ四散する。
 高速回転の刃に包まれた球体が少しずつ、動き始めていた。
 球体形態による突撃。トーレはハーヴェストの技をそう判断した。
 確かに、巻き込まれれば無事では済まないだろう。それは今のクローラーズを見れば一目瞭然だ。
 逆に考えれば、近づかなければどうと言うことはない。しかし近づかなければ、球体を解除して光条の力場を撃ち込んでくるだけのことだろう。
 トーレは下がる。すると案の定、光条が撃ち込まれてきた。
 紙一重で避ける。そしてアークモードに入る前に懐へ飛び込んでインパルスブレードを展開させる。それで終わり、のはずだった。
 ISライドインパルス
 動き出す瞬前、右脇腹に激痛。それは切り裂かれるダメージだと身体が覚えているものだ。
 やり過ごしたはずの光条がまるでエアライナーのように実体化し、長大な刃となってトーレの脇腹に食い込んでいる。
 致命的なダメージではない。致命的なものとなる一歩手前、紙一重のところで刃は止められていた。
 ディードのツインブレイズに。
「……なるほど、レイストームとは違うようだな」
 レイストームとエアライナーの性質を併せ持ったISだろうか。
「レイストームと同じと言った覚えはありません」
「そうだな」
 トーレがディードを突き飛ばすように飛んだ。
 ディードの制止も無視するように、全速でハーヴェストへと向かう。
 光条の一撃をかわし、二撃、三撃。ハーヴェストは四撃目を出さずにアークモードから球状の力場を作る。
 トーレの狙い通りだった。
 最初の球状力場でトーレは確かに見た。アークモードの回転軸が両腕であることを。つまり両腕自体は動いていない、そして力場に守られていないのだ。
 ……外側から両腕の軸を狙えば、刃の高速回転は止まる。
 止めてしまえば、懐に入った側の勝ちだ。脇腹の痛みなど、今は問題ではない。
 ハーヴェストは動かない。トーレから近づくのならばそれを迎え撃つ体勢だ。その力場の形状を考えるのならば、それを最高の手とするはずだった。
 トーレが球体に接近した。その右腕のインパルスブレードが立ち上がり、唯一回転しない手を狙う。
「お馬鹿さん…」
「!?」
 呟きを聞いたトーレの動きはすでに止まらない。
 回転軸が動いた。いや、両腕は回転軸などではなかった。両腕の位置にかかわらず、刃の力場は回転を続けるのだ。長さを変え、角度を変え、刃自体の形状を変化させながら高速回転は続く。
 そして、ハーヴェストが動いた。トーレを回転に巻き込む方向に。
 金属を、肉を切り裂く嫌な音が辺りに響いた。
 
 
 セッテが状況を把握するのに二秒。戦場ならば命を落とすに充分な遅延だ、とトーレに指摘されていただろう。
 しかし、セッテは理解してしまった。もう二度と、トーレに注意されることも、訓練を受けることもないであろうことを。
 血飛沫を上げて宙に舞うトーレの姿を、セッテは目の当たりにしていた。
 オットーの言葉など耳に入らない。ディードの姿も見えなかった。
 ただ、セッテは飛んだ。一直線に。トーレへと。
 その身体を抱き留め、一歩でも遠く、一瞬でも早くその場から離れようとする。
「……セッテ?」
「黙っていてください。安全なところまで運びます」
「……そんなものはない」
「お願いです、黙っていてください」
「……やめ」
「トーレは黙って!!」
 トーレは見た。セッテの頬に流れているものを。
 そして、何故か自分の頬が緩むのを感じていた。
 ……ああ、セッテ。お前はやはり、私などよりももっとディードたちに近いのだな……私は、お前の心を殺してしまっていたのだな……
「……済まなかったな、セッテ」
「お願いです……トーレ……黙ってください。それ以上……喋らないで」
「いいんだ。もう……」
「嫌!!」
 トーレは、セッテの手に力が込められているのを感じた。何故、こんなに温かいのだろう。ただの手のはずなのに。ただの、戦闘機人の手のはずなのに。どうして、これほど温かいんだろう……
「トーレは、死にません。私が守ります」
「心強いな……」
「だから、今は休んでいてください」
「セッテ……」
「はい」
「もし私が負けても、お前が勝てばいい。お前が勝てば、それは私たちの勝利だ」
「トーレは負けません」
「負けただろう、フェイトお嬢様に」
「再び戦えば勝ちます」
「そうか。そうだな……。勝てるな」
「はい」
「お前が、ディードやチンクたちと手を取れば、負けることなどあり得ない」
「私が手を取るのはトーレだけです」
「駄目だ。これは、私からの最後の教育だ。姉妹と手を取り合うことを考えろ。考えたうえで別れるのはお前の自由だ」
「トーレ、私は……」
 セッテは言を止めた。突然、トーレの身体が軽くなったと感じたのだ。
「トーレ?」
 トーレの身体から何かが抜けた。なにか、大事なものが。目には見えないが、トーレを為す大事なものが。
「トーレ!」
 立ち止まってしまうセッテ。
 その両脇にディードとオットーがつくと、強引に引きずるようにして飛び始める。
 面白そうに見ていたハーヴェストがそこで動いた。
「ディード。セッテ姉様とトーレ姉様を」
「オットー、あんなの相手に一人で行くなんて考えないで」
「言ったはずだよ。僕は、ディードを守る」
「二人なら、勝ち目があるかも知れないのよ」
「僕はあの人を倒すためには戦わない」
 オットーの唇が、ディードの額に触れた。
「ディードを無事逃がすことができれば、それは、僕の勝利だ」
 オットーがディードを突き飛ばす。
 ISレイストーム
 プリズナーボックス発現
 ディードとセッテが結界の中に封じ込められる。そしてその結界の中には一つの施設も一緒に封じられていた。次元移動用のプラットフォームである。
「早く逃げて。僕が保っている間に」
「オットー!」
「僕も、トーレ姉様と同じだよ。ディードが勝てば、それは僕たちの勝利だ。だから、いずれあの人を倒して欲しい。それは、今じゃなくても……」
 ハーヴェストの光条がオットーの腹部を貫く。
「……いいんだ……」
「オットー!!」
 オットーは振り向き、両手を掲げた。
 レイストームの光条が放たれるが、ハーヴェストの光条にあっさりとたたき落とされ、あるいは消失されられていく。
「ごめん、ディード。早く行って。長くは保たない……」
 レイストームを放つたびに打ち消され、攻撃しているはずのオットー自身が消耗していく。
 そしてその合間にオットーの身体を貫く幾多もの光条。
 がくんと尻餅をつくオットー。すでに両足は膝から先が消えている。
 即座に殺してディードたちを追う、その発想はハーヴェストにはなかった。いや、その必要がないのだ。
 どのナンバーズであろうと勝つ。それはハーヴェストの自信ではない。ハーヴェストにとっての単なる事実だった。
 だから、無理に追いかける必要はない。自分の邪魔をした者を嬲り殺しにする。無様に命乞いをさせることができればこれに勝る喜びはない。それがハーヴェストの、いや、ローヴェンの、クアットロの、思想なのだ。
 そしてそれを、オットーも望んでいた。
 時間がかかればかかるだけ、ディードたちは容易く逃げられるのだから。
 だから、オットーは微笑んでいた。
 見る者がいれば気付いただろう。それは、トーレの最後の微笑みにそっくりだったと。
 
 
 
 
 
  次回予告
 
 
 
ジュニア「世界は、思ったよりも簡単に崩壊していく。広がるパニック、燃えさかる街、泣き叫ぶ人々」
スバル「必ず止めてみせる」
ノーヴェ「全力を尽くして」
チンク「思うままにはさせない」
ディエチ「あたしたちは進む」
ディード「オットーの力も」
セイン「ウェンディの力も」
ヴィヴィオ「皆の力を集めて」
エリオ「決着をつける」
ジ「次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS 第九話『ガラスの人形が砕けるように』 僕たちは進む。IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 

なかがき

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