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 ルーテシアは自分に問うていた。
 どうして、私はこんな目に遭っているの?
 愛する人を私から奪った、憎い女のために?
 私を騙して連れ回していた、機械仕掛けの半人間たちのために?
 助けて、お母さん。
 助けて、エリオ。
 助けて、ガリュー。
 助けて、ゼスト。
 助けて、セイン、ウェンディ、オットー、ディード、ウーノ、トーレ、ノーヴェ、ディエチ、チンク、セッテ。
 助けて、エリオ。
 助けて、キャロ。
 エリオ……エリオ、エリオぉぉおお!!!
 痛いよ。痛いよ。
 やめてよ、お願い。
 やめて、クアットロ。
 やめて、ドクター。
 痛いよぉ、痛いよぉ。
 やめて、やめてぇ。
 どうすれば、やめてくれるの?
 ………
 うん。なんでもやる。だから、お願い。やめて。
 転送魔法……座標……ロストロギア……
 わかった。わかったよ。だから、やめて。
 もう嫌なの、痛いのは嫌なの。嫌。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌
 痛痛痛痛痛痛痛痛嫌痛痛痛痛嫌嫌痛痛痛痛痛痛痛痛嫌嫌痛痛嫌痛痛嫌嫌嫌嫌痛嫌嫌嫌
 
 クアットロは、心底おかしそうに笑っていた。
「あら♪ もう壊れちゃったのかしら、このお人形さん。とんだ安物ですねぇ。メガーヌ・アルピーノともあろう御方が、安物を掴まされちゃったんですねぇ」
 頷くハーヴェスト。
「脆いものですね、人間など」
「だけど、親子揃ってドクターの実験道具になれたなんて、名誉なことですわ♪」
「さてと、そろそろ僕の言うことを聞いてくれるかな。可愛いルーテシア。僕のお人形さん」
 二人の言葉を引き取るように、ローヴェンが薄く笑った。
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第九話
「ガラスの人形が砕けるように」
 
 
 
 殺気立つ戦闘機人二人が、エリオに殴りかからんばかりに詰め寄っていた。
「もうこれ以上は我慢できねえ! あたしは一人でも行く。あんたがなんと言おうと、あたしがオットーとウェンデイの仇を討ってやる!」
 ノーヴェが言うと、ディードが首を振った。
「断りなど必要ありません、ノーヴェ姉様。私たちは私たちで行くだけです。このような臆病者の意見など、耳にする価値もありませんし、その必要すらありません」
 ノーヴェの剣幕の前には、スバルが立ちはだかっている。
「落ち着いてよ、ノーヴェ。ローヴェンの居場所だって、まだわかってないんだよ。どこに行くつもりだよ」
 止めようとするスバルの手を、ノーヴェは冷たい視線で振り払う。
「スバル、お前にはわかんねえよ。あたしたちの想いなんて」
「なんでだよっ!」
 ノーヴェが一瞬怯むほどの勢いでスバルが叫んだ。
「どうしてだよっ! そりゃあ、ノーヴェよりはウェンディとのつきあいは短かったよ。オットーとのつきあいはもっと短いよ。でも、ウェンディはあたしの妹だし、オットーはあたしにとっても大事な仲間なんだよ!!」
 ノーヴェは怒鳴り返していた。
「それでも、おまえにはわかんねえよっ!!」
「ノーヴェ!」
「うるせえんだよっ!」
 そして、ディードの前には、
「駄目だよ、ディード。落ち着いて。お願いだから」
「例え陛下のお言葉でも、これだけは譲れません」
 ヴィヴィオが断固とした表情で両手を広げていた。
「ディード、陛下じゃないよ……ヴィヴィオだよ。ディードとオットーにたくさん遊んでもらったヴィヴィオだよ……」
「だったら、私に命じてください。陛下と一緒に遊んでいた、優しかったオットーの仇を討てと、憎むべきハーヴェストを、ローヴェンを、クアットロを討てと、この私に命じてください、聖王陛下の名においてオットーの仇を討つべしと、命じてください。私の命に替えても、恩命を果たしてご覧に入れます」
「嫌だよ。そんなことできるわけないよ。だって、それは、ディードに死ねって言うのと同じだよ」
「では、そう命じてください。私は一向に構いません。オットーと同じ場所へ行くことができるのなら」
「行っちゃ駄目なんだよ!」
「行かせてくださいっ! お慈悲を、陛下!」
「二人ともいい加減にしないか!」
 背後からの一喝に振り向くノーヴェ。
「かって、姉の教えたことをもう忘れたのか、ノーヴェ。部隊における規律は何よりも重要だと教えたはずだな。お前のやっていることはただの独断専行だ。ウェンディやオットー、トーレがそれを喜ぶと思うのか」
「だけど、チンク姉……あたしは、悔しいんだ。ウェンディも、ガリューも、ルーテシアも……今度はオットーまで。みんな……いなくなっちまう……」
「お前がいなくなれば、残された者はさらに哀しい。スバルもギンガも、そして父上も母上も同じだ。私だってそうだ。それがわからんお前でもないだろう」
「でも……」
「仇は討つ。絶対にだ。しかし、それは今ではない。そうですね、隊長」
 チンクの最後の言葉はエリオに向けられていた。そして、チンクの登場にも振り向かず、ただ俯いていたディードが顔を上げた。
「仇を討つんですか?」
 同時にスバルとヴィヴィオもエリオを見ていた。二人の目が、ディードと同じことを尋ねている。
 エリオは無言で五人を見渡す。
「仇討ちはしない」
 その言葉にノーヴェはガンナックルを稼働させ、振りかぶった。
「ざっけんなぁあああっ!!!」
「だが、決着はつける」
「なにぃ?」
「倒し、捕らえ、裁判にかける。俺たちは管理局の部隊だ」
「てめえっ! ルーテシアとキャロが……フェイトが殺されても同じ事が言えるのかよっ!」
「ノーヴェっ!!」
 チンクが咄嗟にノーヴェの前に出た。しかし、その頬を叩こうとした手がエリオに捕まれる。
「隊長?」
 エリオは自分を見上げたチンクに答えず、ノーヴェを見据えていた。射抜くような鋭い視線がノーヴェを捉える。
「そうだ。言えないかもしれない。だがノーヴェ、もし最悪の事態になって、俺が復讐だけを考えるようになったら。俺が奴らを殺すことしか考えないようになったら……構わないから俺を殺せ、殺してでも止めてくれ」
「エリオ……?」
「その言葉。ノーヴェではなく私が受けましょう」
 セッテが姿を見せた。
 ディードによって連れ帰られたセッテは、当面ここにいることを約束していた。相手と場合によっては戦力となることも承諾しているのだ。
 見ようによっては殺意にも思える鋭い視線が、エリオに向けられている。
「トーレは言った。私たちが勝利すればそれはトーレの勝利だと。だから、私はトーレの勝利のために貴方の指揮下に入ろう。そして、貴方が私たち姉妹の想いをないがしろにしたときは、私が必ず貴方を殺す」
「結構だ。その条件に従って俺の、いや、遊撃隊の指揮下に入って欲しい」
「了解した」
 そしてセッテはつかつかと、ディードとノーヴェの間に歩いていく。
「ノーヴェ、ディード。死んだ姉妹の仇を討ちたいのなら、指揮には従うべきです。トーレとオットーを倒した相手に、単騎で勝てるつもりですか? 策はあるのですか?」
 戦力として考えれば、セッテの存在は頼もしい限りだ。ウェンディ、ガリュー、オットー、と空戦系ばかりが欠けたバランスも少しは改善できる。
 そして、セッテにとってのトーレとは、ディードにとってのオットーに等しい。それがわからないディードではなかった。
「……わかりました」
 肯定するディードの言葉に、ノーヴェも渋々振り上げた拳を降ろす。
「しかし、隊長。敵の潜伏している場所をどうやって見つけるつもりですか」
 チンクの言葉に、エリオは頷いた。
「策はある。少し、待っていてくれ。それから……」
 エリオはケーシェンでの事件を一同に思い出させる。
「出動自体はあるかも知れない。準待機のままでいてくれ」
 やや強引に、エリオは解散命令を出していた。
 不本意ながらも去っていく一同を見送ると、エリオは壁に掛けられている写真に目を留めた。発足時に撮った写真だ。
「……ウェンディ、ガリュー、オットー……」
 そしてキャロ、ルーテシア、トーレ。
 机を殴りつけようとして、思いとどまった。それでも、やりきれない想いは消せない。荒々しく、椅子に座り込んで天井を見上げる。
 もう泣き言は言わない。そう誓ったはずだった。自分に誓ったはずだった。隊長として、皆を率いるリーダーとして。
「エリオ」
 視線を降ろすと、スバルが居残っていた。
「スバルさん?」
「ほんの少しだけ、六課を思い出しちゃおうよ」
 スバルが微笑んで、エリオの横に立った。
「エリオ、大きくなったよね」
 そして、座ったままのエリオを抱きしめる。
「シャマルさんみたいな事はできないし、ましてや、フェイトさんになんて、あたしはなれない。だけど、これくらいはできるよ。だから今は遊撃隊の隊長じゃなくて、六課のエリオに戻ってもいいよ」
 エリオの手が、スバルの背に伸びた。
「スバルさん」
「うん」
 抱きしめられ、エリオは自分がそのころに戻っていくのを感じていた。
 まだ、何もできなかった頃。誰も救えなかった頃。今ならわかる。あの時、ルーテシアを救ったのは自分ではない。キャロであり、ガリューであり、ルーテシア自身だったのだと。
 自分一人では何もできない存在だったのだ。きっと、今も。
 救ってみせる。そう誓ったはずなのに。
 守ってみせる。そう誓ったはずなのに。
「……みんな、自分の想いで戦っている。それを一人きりで守るなんて、エリオの傲慢だよ」
 責めているのではない。スバルの口調は優しかった。
「ウェンディだって、オットーだって、守りたいものがあるから戦ったんだ。負けるために戦ったんじゃない。あたしだって同じ。守りたいものがあるのなら、同じように戦うよ」
 強く抱きしめ、そのまま時間が流れていく。
「……これ以上は、キャロに怒られちゃうからね」
 スバルは身体を離した。エリオは座り込んだまま、照れているように俯いている。
「あたしは、エリオのお姉ちゃんのつもりだからね」
 エリオは笑った。
「それって……」
「当然、ウェンディよりもノーヴェよりも、下の弟だよ」
「やっぱり」
 親指を立てて、笑って部屋を出るスバル。
 スバルが自分の部屋に戻る前に食堂に寄ったとき、非常招集がかかった。
 
 溢れ出るように増殖するコピーの群れ。それは軍と呼ぶにはあまりにも無秩序な群だった。有象無象の群れと呼ぶしかない集団だった。しかし、その破壊力だけを考えるなら、そこらの軍隊などは足元にも及ばないだろう。まさに、触れるもの全てを喰らい尽くす軍隊蟻のような集団なのだ。
 接近戦は問題外、絶対的な量差の前に圧倒されて終わるだろう。アウトレンジからの砲撃で数を減らすしかない。しかしそれも、決して安全策ではないのだ。
 どこからか転送されてくるフェイクマザーは、出現と同時に辺りにコピーをまき散らす。そして、その地区は致命的打撃を受けることになる。
 ガンナーズの砲撃。ライナーズの制圧。クローラーズの蹂躙。
 転送を封じてしまえば侵攻自体があり得ない。それは当然の発想だろう。しかし、全ての街に転送魔法の対応策を用意することは事実上無理だ。ならば、出現と同時に部隊を派遣して初期の内に叩いてしまうしかない。それが管理局の迅速に取り得た唯一の対策だった。
 初期対応の遅れによる犠牲は仕方ない。いや、現実にそれを取り戻すことは不可能なのだ。
 その事実は管理局の情報統制にもかかわらず一般市民の間に広がっていく。
 見捨てられる。一般市民の反応はただその一つに収斂されていた。
 最初はほんの小さな火種。しかし、見捨てられるという恐怖と不満は徐々に広がっていく。火種が大火災となるのも、時間の問題だろう。
 この瞬間も、フェイクマザーの転送はどこかで行われているのだ。
 その一つの対応が今、遊撃隊に任されたところだった。
 駆けつけたスバルとノーヴェが先頭に立っている。
 フェイクマザー周辺に密集するコピー群を二人は睨みつけていた。
 まずは、スバルが動く。
「行くよ、ノーヴェ!」
「おうっ!」
 ウィングロードが伸びると、その横をエアライナーが追走する。疾走するスバルは右へ、対応するノーヴェは右へ身体を傾け、それぞれの足場も傾き始める。
 傾きはすぐに限界を超え、二人はほとんど地面と垂直になった力場の上を疾走していた。
「表裏!」
 スバルの合図にノーヴェが声を被せる。
「一体!」
 ウィングロードとエアライナーのそれぞれ裏が重なり合い、一体化する。そして、力場の真ん中を軸に横回転。捻れた道が螺旋のように延びていく。
「メビウスシュート!」
 リボルバーマグナムとガンナックルがうなり、二人の前に立ちはだかる全てを巻き込むように弾き飛ばす。
 メビウスシュートは敵陣へとぶつかり、蠢いていたコピーたちを弾き飛ばし、小さな空間、すなわち突破口を開く。
 スバルとノーヴェは一旦別れ、左右に散りながらそれぞれの塊へ切り込み続ける。
「バレットイメージ、ボム」
 二人の強引にこじ開けた空間で、撃ち込んだディエチの弾丸が破裂する。
「ディバインバスター!」
 そして、ヴィヴィオによるなのは譲りのディバインバスターが炸裂。爆発の衝撃が収まった瞬間にチンク、ディード、セッテが突っ込んだ。
 ランブルデトネイターが制圧空間をさらに広げ、ブーメランブレードとツインブレイズが屍の山を築きあげる。セッテとディードは、まるで互いに見せつけるかのように撃破数を競っていた。敵を葬った数こそがトーレへの、そしてオットーへの手向けになると言わんばかりに。
 そして、制圧した空間をエリオが駆け抜ける。
 その反対側、それぞれ半周して背後へ回ったスバルとノーヴェが再びメビウスシュートを展開する。
 前後からの挟撃。ストラーダによるフェイクマザーへの一撃。それで終わりだ。
 フェイクマザーさえ破壊すれば敵の増殖はない。残るは掃討のみとなる。
 フェイクマザーの残骸を確保し、スバルとノーヴェに合流しながら、エリオは隊員の様子を確認した。
「掃討……の命令まではいらないか」
 セッテとディードの手は止まらなかった。何も言われずとも、残ったコピーを駆り立てている。
「中止命令の方が無茶だろうな」
 ノーヴェが訝しげに言う。
「本当に、こうやっていて敵の居場所がわかるのか? 目星はあるのか?」
 エリオの答えを待たず、ノーヴェは拳を苛立たしげに残骸に打ち付けていた。
「このまま続けば、消耗するのはこっちだろ。疲れ果てたところに本体が出てきたら、あっさりと負けちまうぞ。ああ、あたしは待つさ。チンク姉が待てって言うのならいつまででも待ってやる。だけど、ディードとセッテは長くは待たねえぞ」
「長く待つなら、失敗だ。こちらの負けは確定する」
「失敗って、何かやってるのか?」
「あのルーテシアが、むざむざ捕まりに行っただけだと思うか?」
 ノーヴェは首を傾げる。ディエチとジュニアからの話を聞く限り、想定外の展開のために捕らえられたとしか思えないではないか。
「俺は、ルーテシアを信じている。そのうえ、キャロも一緒なんだからな」
「だけどさ」
 ノーヴェは、誰もが気付いていながらあえて口には出していないことに言及する。
「フェイクマザーの転送、見覚えのある魔法だぜ?」
「ルーテシアがAMF下にいない証拠だな」
 即座に答えるエリオを、信じられないものを見た目つきで眺めるノーヴェ。
「お前、そこまでわかってるのに……ルーテシアが寝返ったとまでは言わねえけど、明らかに強制されているんじゃねえのか。いったい、何をされてるんだよ!」
「敵がスティンガーを使ったら、お前はチンクを疑うのか?」
 ノーヴェは二の句が継げなかった。
 エリオの言うとおりだった。
 ノーヴェがチンクを信じるというのなら、エリオがルーテシアを信じてはならない理由などない。
 
 後ろ手に縛られたルーテシアが、転送魔法を強制的に発動させられていた。
 発動する度に、準備されたフェイクマザーが一つ一つ消えていく。
 転送魔法の発動、その前後だけ痛みは消えるのだ。
 確かに魔法自体は封じられていない。しかし、大規模な魔法を使うほどの精神集中は事実上不可能だった。今のルーテシアにできるのは、せいぜいインゼクトを呼び出す程度だろう。白天王どころか、地雷王ですら今は呼び出せない。
 そして、キャロはただ放置されていた。キャロに痛みは与えられていない、ただし、召喚魔法を使おうとすれば話は別だ。ルーテシアと同じ苦痛に苛まれることになる。つまり、自らの意志で苦痛を呼び込まなければならないのだ。今のキャロは、自らの意志でヴォルテールを喚び出すことはできない。
 そして、今のキャロには、何の危険もないのだ。ただ、牢獄から出られないだけ。命の危険は何もない。だから、ヴォルテールが現れることはない。
 切り札である召喚竜、召喚蟲のない二人には、ここからの脱出の術はない。
 キャロはただ、ルーテシアの苦痛を少しでも減らすための世話をするしかなかった。
 そして、その様子を楽しそうに見ている三人。 
 クアットロがルーテシアの状態をローヴェンに伝えている。
 予想通りと言うべきか、ルーテシアは命じられた以外の魔法を使っていた。
「とはいえ、この程度の魔力だと、召喚できるのはインゼクトのみですわ。脱出には使えません。考えられるとすれば、情報の流出だけどぉ……。どう思う? ハーヴェストちゃん?」
「魔力が微弱すぎて、召喚できる時間も限られます。情報など伝える暇はないでしょう。そもそも、インゼクトは情報を伝達する機能などほとんど持っていません」
「召喚先は?」
 ローヴェンの問いに、ハーヴェストが答える。
「多くは遊撃隊ですが、精神集中が難しいようで、ランダムに召喚先が散っていますね。遊撃隊以外には複数回召喚された場所はないようですが」
「無様なあがきねぇ。諦めの悪いお嬢様だこと♪」
「また一つ、ロストロギアが転送されました」
「あら♪ また一つ、街が消えるのね」
「そろそろ管理局側も対処を覚えてきているようです」
「じゃあ、パターンを変えようか。次は、はやてとなのは、それからガンナーズのコピーだ。全魔力を砲撃に替えて、最後はSLB」
「転送一回で街が一つ。楽な話ですわね♪ ただ、苦しむ姿か見られないのが残念ですわぁ」
「連中を始末した後なら、いくらでも見られるさ。今は消耗させておこう」
 
 遊撃隊本部地下。
 セインは、日課となった面会に来ていた。
「ウェンディ。ジュニアがドーターズとボードの修理を終えたよ。早く使ってあげないとみんな寂しがってるよ」
「ガリュー。お嬢様はまだ見つからないんだ。だけど、エリオは絶対に見つけ出す。そしてあたしたちで絶対にお嬢様を助け出す。だから、あんたも早く直って迎えに出なきゃ駄目だよ」
 そして、新しく並んだ二つのポッドへと。
「オットー。ディードもセッテも、貴方のおかげで無事だよ」
「トーレ姉様。お久しぶりです」
 ハーヴェストはオットーとトーレの身体を残したまま帰っていった。
 それが密かに回収され遊撃隊に届けられたのは、ディードがセッテを連れ帰った翌日だった。二人の身体を届けたのは、他でもないウーノだった。
 そしてウーノはおとなしく投降した。管理局にではなく、遊撃隊に。
 セインは、車椅子を押しているウーノに振り向いた。
「ウーノ姉、もういいよ」
「それじゃあ、ラボに戻りましょうか。ところで、貴方の身体はいつ治してもらえるの?」
「ポッドに入ればすぐに治るんだろうけど、あたしは自由の身でいないと拙いから」
「クアットロに捕らえられるかもしれないから?」
「そう。クア姉があたしを捕まえて本物のディープダイバーをコピーできるようになったら、今以上にたいへんなことになりかねないからね」
 ポッドの中では、襲撃を受けたときにどうしようもない。意識さえ保って自由の身でいれば、逃げることに徹したセインが捕まる心配はないと言っていいだろう。。
「そろそろ……」
 言いかけたウーノが止まる。
「どうしたの、ウーノ姉?」
「ガリューさんが呼んでるわよ」
「え?」
 セインはガリューを見上げた。特に今までと変わったところなど見受けられない。
「よく見なさい」
「よく見ろって言われ……あ」
 動いている。目が、いや、瞼が動いている。そもそもガリューには人間と同じ意味での瞼は必要ない。しかし、強烈な光から目を守るためのカバーとして、外骨格による可動膜が存在しているのだ。
「あれはいったい……」
「あの頃、お嬢様は内緒話をよくしていたものよ。ガリューさんとの他愛のない内緒話をね」
 ウーノは思い出すように目を閉じた。
「私もドクターも気付いていたわ。きっと、ガリューさんも私たちに気付かれていることを知っていたでしょうね。内緒だと思っていたのはお嬢様だけ」
「あの瞼が?」
「暗号の一種よ。瞼を動かす回数がその暗号になっている」
「お嬢様がそんなことしてたんだ」
「よく悪口を言っていたわよ」
「え? 誰の?」
「さあね。眼鏡とかチビとか、根暗双子とか能天気とか、いったい誰の事かしら」
「うわぁ……」
「ドクターは面白いから放っておけって……ああ見えて、ルーテシアお嬢様には甘いところがあったから」
 ということは、今のガリューは何を伝えようとしているのか。
「何かの数字……ああ、座標ね、だけど、データが足りないわ」
「ガリューは、どっからそのデータを」
 セインはルーテシアの昔の様子を思い出そうとしていた。ルーテシアが遊んでいたと言っても、ウェンディや自分がちょっかいを出していた記憶しかない。一人で遊んで……
「……インゼクト?」
「そう。インゼクトの数を暗号にしていたのよ。お嬢様は、クアットロの目を盗んでインゼクトを召喚していたようね。それも、何度も。私たちが見ていないうちにここに現れていたようだわ」
「だけど、召喚がばれてないわけないと思うけど」
「ばれてもいいのよ。インゼクト自体には何もできないのだから。苦し紛れで召喚して、時間切れで何も伝えられずに消えた。そう思っているでしょうね。あの子のことだから」
「だけど、暗号はインゼクトの数そのもの……」
「そう。これで、クアットロの鼻をあかしたことになるのかしら?」
 ならなければならない。セインはそう思った。
「だけど、データが足りないわ。それに、ここにばかり召喚していたら、いくらクアットロでも怪しむでしょうね」
「余所に召喚すればいい。お嬢様の知り合いなら、いくらでもいる。その人の目の前に現れたインゼクトの数だけ聞けば、暗号は解けるんでしょう?」
「ええ」
 二人は、ラボへと急いだ。
 ジュニアは直ちに各所に連絡を取る。
 フェイト、はやて、なのは、そしてティアナ、騎士カリム、ゲンヤ、次々と報告されるインゼクトの目撃証言。
 ウーノは、これだけあれば特定できると断言した。
 そして、一つの座標が導き出される。
 帰還したエリオに、その座標は早速伝えられる。
 エリオはすぐにその座標を本部に送った。
「出動準備だ。全員、出るぞ。シャマルさん、一緒に来てくれますね?」
「勿論。向こうでは、きっとはやてちゃんも合流するわ」
 セッテとノーヴェが待ちかねたように隊長室に姿を見せる。
「わかってる。命令待ちだ。事が事だけに、俺たちの部隊だけで出張ることはないだろう。できるだけ正面に回してもらえるようにはするつもりだから、待っていてくれ」
 そして数時間後、本部からの命令が下される。
 
 待機命令
 すぐにエリオは理由を尋ねた。
 その答えも即座に返ってくる。
 
 要は、作戦の邪魔ということだった。
 座標地点は幸運なことに無人世界。ならば次元航行艦隊で軌道上から艦砲射撃。それでおしまいだと上層部は判断したのだ。
 終わるわけがない、とエリオは判断した。おそらく、向こうでははやてやクロノが同じ事を具申しているに違いない。
 ゆりかご戦のときも、次元航行艦隊の派遣を察知して、その展開よりも早く軌道上に出るという作戦をとっていたのだ。今回に限り次元艦隊の存在を忘れているとは思えない。
 確かに、向こうも自分たちの居場所がすでに知られたとは思っていないだろう。しかし、艦隊の展開にどれほどの時間がかかると思っているのか。クアットロとローヴェン、そしてハーヴェストがフェイクマザーの一台を持って逃走すれば、それで全てが振りだしに戻るのだ。拠点破壊はこの際どうでもいいのである。
 やるべき事は中心人物の、そしてフェイクマザーの確保である。
 しかし、エリオは本部からの命令の中に言外の答えを聞き取っていた。
「遊撃隊の戦闘機人が、クアットロのように裏切らないとどうして言えるのか?」
 あまりにも単純すぎて、エリオには答えられない。答えるとすれば、エリオに言えることはただ一つ。
「彼女たちは信用できます」
 それだけなのだ。
「妻と恋人を捕らえられている隊長の意見を簡単に信用しろと?」
「君たちは、監視下に置かれているのだよ?」
「勝手な出撃は反乱と見なす」
「名目は待機だが、事実上の謹慎と思ってくれて構わない」
 疑いは今に始まったことではない。その兆候はすでに気付いていた。
 補給があからさまに遅れていた。細かい作戦には支障がないが、ローヴェンとの決戦と考えるのならば充分な補給は必要だった。
 まずは、デバイス用のカートリッジがない。そして燃料も底をついている。言ってしまえば、備蓄の食料すらほとんどない。修理用の資材はドーターズとボードの修理で使い切っている。残っているのは戦闘中応急用の資材だけだ。
「買い物に行くか」
 ここまで来て逆に口調から緊張感の消えたエリオの言葉に、スバルは笑う。
「あ、あたしはチョコポット」
「……ま、食料もいるな」
 チンクが首を振った。
「冗談はさておいて、金で買えるものは何とかなるとしても、カートリッジはどうにもならん」
 シャマルはカートリッジを作れるが、基本的にベルカ式対応である。純正ミッドチルダ式デバイスのヴィヴィオにとっては使いづらい。そのうえ、個人では量産にも限りがある。
 さらにディエチのようにデバイス化した武装には、カートリッジがそれなりに必要になっている。どうしても数をそろえる必要があるのだ。
「資材だって、市販されているものは使いにくい。そもそも、買いに行けば監視員とやらにバレバレだ」
「関係ねぇ。今すぐ出撃だ。補給があろうがなかろうが、あたしは行くぞ」
 ノーヴェとセッテは新しい戦闘服を着込んでいた。
「これ以上待てという指示には従えません。ハーヴェストの居場所がわかったのなら、私は行きます」
「セッテ、ノーヴェ!」
 ウーノの言葉でも、二人は首を振らない。
「例え、ウーノ姉様の言葉でもです」
「あたしは反対だよ。復讐する。だけど、それは自殺するって意味じゃない」
「ディエチ、てめぇ!」
 ディエチは引かなかった。
「ノーヴェ。ウェンディやオットーは、貴方に死んで欲しいと思っているの? 違うよ、仇を討ってほしいのと死んで欲しいのとは違うよ」
「……いいさ。てめえは大事なジュニアと恋人ごっこでもしてろ。あたしは誰がなんと言っても行くからな!」
「相変わらずお馬鹿さんねぇ」
 笑い声が聞こえた。
 誰もいない部屋の隅。
 姿を消すことのできる相手、全員が一人の敵を同時に想像する。
「クアットロ!」
 多種多様の武装が同時にセットアップされる。
「ちょ、ちょっと待った。ごめん、驚かせてごめん。ノーヴェが相変わらずだから、つい、ね」
 声に気付いたスバルが駆け寄った。
「ティア!」
 部屋の隅、オプティックハイドを解いたティアナが立っていた。
「やっほー!」
 飛びついてティアナの手を取り、振り回しかけて、スバルは制止される。
「ストップストップ! あたしはギンガさんじゃないんだから、あんたに本気で振り回されたら死んじゃうわよ」
「あは、ごめん。でも、ティア、どうしたの?」
「こっちの状況を聞いてね。補給物資持って駆けつけたわけ」
「補給物資って、ティアが?」
「まさか。建前上補給しないって訳にはいかないでしょう? 補給は準備していたけれど、輸送のミスで届かなかったっていうシナリオが準備されてたわけ。だから補給物資だけを頂いてきたのよ」
「ああ、それで……」
 スバルはそこでようやく、ティアナの後ろで所在なさげに立っている男に目を向けた。
「ヴァイスさんも」
「……スバル。お前、ティアナが何も言わなかったら最後まで無視する気だったのか?」
「あ、いや、そんな、それは別に」
「人がせっかく危険な橋を渡ってヘリ飛ばしてきたってのによぉ…」
 ヴァイスのわざとらしい嘆きを余所に、ティアナはエリオに詰め寄った。
「とにかく、ヘリに積んでる荷物をとっと降ろして。カートリッジに資材、食料、必要になりそうなものはたいがい持って来たわよ」
「ありがとうございます。しかし、どうやって?」
 監視されているというのはハッタリではない。ヘリの出入りすらも見張られているはずだ。
「補給物資は書類の操作で何とかなったわ。その辺は本部付きのグリフィスさんが何とか誤魔化してくれているはずよ。あとは、得意技でね」
「ティア、そんなに?」
 思わず驚きの声を上げるスバル。ヘリ一台が監視の目を隠れて飛ぶ。そこまでの幻術をティアナが使えるというのは初耳だ。
「敵を欺くにはまず味方から。あたしの幻術の限界は、例えスバルやエリオでも教えられないわよ」
 肩をすくめて、エリオはジュニアに補給のチェックを命じた。
「これで準備は整った。礼を言いますよ。あと、できればお願いが…」
「ヘリなら置いていくぜ」
 ヴァイスが答える。
「元々そのつもりで半分かっぱらってきたようなもんだ。好きに使ってくれ。優秀なパイロット付きだぜ」
「パイロットって、ヴァイスさんが?」
「当然じゃない」
 ティアナが言い、ヴァイスがうなずく。
「待ってください。これは俺たちの戦いです。お二人にはそんな命令は出てないでしょう?」
「おい。それを言うなら、おめえらだって出撃命令は出てないだろうよ」
 呆れたように言うヴァイスに、ティアナが続ける。
「監視がついているのは本当よ。のこのこ出撃したら、反乱扱いで帰る場所がなくなってるわよ」
「それじゃあ、どうして補給なんか」
「言ったでしょう? 敵を欺くにはまず味方から」
 まさか、とスバルは呟いた。
 ウーノがうなずく。
「なるほど。戦力にならない私とセインだけが残り、出撃しないメンバーにすぐ臨時休暇を出せば、執務官の負担はかなり減らせますね」
「さすが、スカリエッティの秘書さんだ。わかってらっしゃる」
 ヴァイスはわざとらしく恐ろしげに言う。そして、ティアナは誇らしげに胸を張った。
「早く支度しなさい。あんたたちの帰るところは、私が守ってあげるから」
 
 ヴィヴィオはデバイスをじっと眺めていた。
 レイジングハートとバルディッシュのそれぞれ一部を受け継いだデバイス、デュアルストライカー。
「行けるよね、ストライカー」
「Yes,Lady」(はい、お嬢様)
 早く、ストライカーにmasterと呼ばれたい。それがヴィヴィオの密かな目標でもあった。今のところヴィヴィオがマスターであるのだが、その力が充分ではないためか、未だにLadyと呼ばれているのだ。
「まあ、お父さんとお母さんのマスターがそれぞれなのはさんとフェイトさんだから、その辺りはシビアかもよ」
 と言ったのはシャーリィである。
 ヴィヴィオは戦いに出向く前にデバイスに語りかけているのだ。
「残れ」
 とエリオには言われた。
「おそらく、この戦いでは君を守る余裕はない。だから残れ。ティアナさんやセインと一緒に、俺たちの場所を守っていて欲しい」
「私は、遊撃隊の一員じゃないんですか?」
 もし、戦力として足手まといになる、その判断なら残して言ってくれて構わない。いや、残されるべきだろう。しかし、例え一撃でも相手に放つ砲撃を増やすことができるのなら、連れて行って欲しい。
 ヴィヴィオはそう訴えた。
 エリオはただ、うなずいて配置を伝えた。
 ディエチと二人での砲撃支援である。後方支援ではない。その余裕などこの人数ではあり得ない。砲撃支援の後、近距離射撃に切り替えて突入するのだ。
「行こう、デュアルストライカー」
「Lady,You win with me」
「うん」
 ヘリに乗り込むのは、ヴィヴィオが最後だった。
 すでに、要員以外は全員建物から退去している。このヘリと新しい補給物資は、退去した者たちにも内緒だ。
 ティアナとヴァイスもヘリに乗り込む。ティアナはギリギリまで幻影でヘリを隠した後、すぐにここに戻ってきて隊員の幻影を発生させるのだ。戻ってくるためのバイクもきちんと用意してある。
 一方では、ウーノとセインの見送りにエリオが応対していた。
「ティアナさんの幻影だけでいつまで保つかはわからない。ちょっとでも疑いをもたれて中に入られたらアウトだからな」
「そのときは、私に幻影を被せてもらえれば何とかします。それに音声だけなら誤魔化せますから」
 そう言うとウーノはエリオと同じ声を出す。驚くエリオ。
「それに、視察をお願いしてあるからその間は時間が稼げるよ。まあ、これは、ウーノ姉のアイデアだけど」
「視察だって?」
「騎士カリムにお願いしたんだよ。あと、うまくいけば陸からゲンヤさん、海のハラオウン提督も。露骨に身内で回すのは拙いかも知れないけれど、直接見られるよりはマシだからね」
 ウーノがエリオの手を取った。
「エリオさん。偽のドクターと、偽のナンバーズを止めてください」
 偽のドクターはわかる。しかし、偽のナンバーズとは…
「姉妹をあっさりと殺してしまうような女を、私は姉妹とは思いません」
「ハーヴェスト一人……じゃないんですね」
「偽のナンバーズは、二人です」
「わかりました」
 
 ヘリの存在は、すぐに知られた。いや、元々隠す意志はない。
 そんな時間はないのだ。
 ローヴェンは笑う。こんなに楽しいことはない。まさか、正面から雌雄を決するなんて。
「コピーの転送は中止だ。全配置で迎撃に回せ」
「切り札はどうします?」
「当然、準備だ」
「わかりましたわ」
 クアットロを準備に向かわせ、ローヴェンはストラーダを手にした。
「ハーヴェスト、出るぞ。お前の標的はわかっているな?」
「私はナンバーズを狩るために作られました」
「そう。僕は……そうだな、おぼっちゃまと決着をつけるか」
 
 
 
 
 次回予告
 
ディエチ「あの時、あたしたちがやってしまったこと。その本当の罪に気付いたのは、ジュニアと出会った後だった。
 なのはさんにとってのヴィヴィオの存在の重さは、きっと私にとってのジュニア以上なのだろうと気付いてしまった。
 だから、私は嬉しい。私はやっと、罪を贖うことができるのだから。
 あたしは誓っていた。生涯に一度は、ヴィヴィオを助けてみせる、と。
 今が、そのときなんだ。
 ジュニア、お別れです。
 次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS 第十話『ディエチの微笑 ヴィヴィオの涙』 僕たちは進む。IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 

なかがき

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