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 このところ、ナカジマ家の庭には微笑みが絶えない。
 ゲンヤに次ぐ家長たるはやてが、率先して相好を崩しているのだ。
 そのはやての視線の先では、小さな男の子がシャマルに抱かれて笑っていた。
「しゃまう〜」
「ああ、ジュニアはホンマに、シャマルによう懐いてるな」
「うふふ。はやてちゃん、この子、うちの子にしちゃいましょうか」
「うーん。それもええかな。シャマルの子にしてまう?」
 成長促進の細胞を与えられているのか、幼年期の成長は早い。一年もすれば、立派な少年になっているだろう。得た栄養を無駄なく成長につぎ込んでいるのだ。
 そして少年あるいは青年で成長は一旦ストップして通常の成長速度になるはずだった。少なくとも、クローン元であるスカリエッティ自身の成長パターンはそうだったらしい。そのクローンであるジュニアが違うという道理はないだろう。
 一般の託児所に預けるには、ジュニアの持つ背景は危険すぎる。それどころか、成長中にどんなアクシデントが起こるかも想像できないのだ。
 そのジュニアが何故ここにいるかというと。
 彼の処遇を巡って責任の押し付け合いどころか怒号すら飛び合う、幹部同士の議論という名の口喧嘩に業を煮やしたはやてが、自分が預かると言い出してしまったためだ。
 かつての聖王の例からか、預かること自体はあっさりと認められた。幸い、今の情勢ではヴォルケンリッターや、今ではナカジマ六姉妹となっているチンクたちの総員に出動がかかることはない。誰かしらがジュニアの傍についていることができる。
 万が一、それでも手が足りなくなれば、聖王教会の元ナンバーズ組三人を呼び出してもいいのだ。何しろスカリエッティジュニアである。セインたち三人にも世話をする権利、あるいは義務があるだろう。
 ところがその計画は速攻で頓挫した。なにしろ、子供の世話をした経験者がいないのだ。
 ゲンヤとて、ある程度大きくなってからのギンガとスバルしか知らない。しかも女の子だ。
 医師としての知識でシャマルが責任者となってしまったのだが、結果的にはそれが正解だった。ジュニアは、すぐにシャマルに懐いたのだ。
 そんなある日、ジュニアに会うために勢揃いしたナンバーズの前に現れたのは、大泣きで走り回るジュニアだった。
「何があったんや? なんかえらい泣いてるけど」
 怪我や病気の類ではないと知ったはやては軽く尋ねた。
「そ、それが」
 ジュニアを追いかけながら、ヴィータが呆れて言った。
「シャマルのやつ、ジュニアにご飯食べさせたんだ」
「ご飯って……いや、それくらいで」
 シャマルのご飯はよく冗談の種にされているが、実際のところはさほどひどい物ではない。普通に食べられるものはちゃんと作れるのだ。
 ただ、はやての腕がかなりのレベルであるため見劣りすること。
 そして、時々本当に信じられないうっかりで料理を台無しにしてしまうために、そう言われているのだ。
「シャマル、何したん?」
「サンドイッチを作ったんです……」
「それで?」
「ピーナッツバターと間違えて、味噌を塗りました」
「……色だけやん」
 一口食べたジュニアは泣き出して、逃げ出したのだ。
「そ、そんなにひどいんスか……」
 驚くウェンディにスバルがうなずく。
「まあ、おみそとピーナッツバターの間違いはね…」
「想像すらしたくないな」
 真剣な顔のチンクに、シャマルが泣き出した。
「ひどいわ、みんな」
「……僕はザフィーラに負けたんだ……ウン、あの時はザフィーラしかいなかった、こんなうっかりさんなんていなかったんだ、いなかったんだ……」
 なにやらぶつぶつ呟くオットー。
「あ、ジュニア」
 ディエチは、転びそうになるジュニアの肩を抱いて引き留めた。
「ほら、危ないよ」
「……」
 ジュニアはディエチを見上げる。
「じえち?」
「ディエチだよ」
「じえち。じえちーー!」
 ディエチにしがみついて、また泣き出してしまう。それを抱き上げて、ディエチは頭を撫でた。
「泣かないで、ジュニア」
「じえち……」
 そのまま、泣き疲れたように眠るジュニア。
「おお、シャマル以外に抱っこされてんのは新鮮やな」
「あ、あの、母さん」
「ん? なんやの。改まって」
「ご飯の作り方、教えてください」
「ご飯って……ディエチ、作れるやん」
「ジュニアのための、子供用のご飯です!」
 はやてはニッコリ笑った。
「よっしゃ。任せとき!」
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第十話
「ディエチの微笑 ヴィヴィオの涙」
 
 
 
 その次元世界の惑星は見渡す限りの海洋世界だった。
 地表の99パーセント以上が海。残りが各地に点在している島なのだ。
 ヴァイスの操縦する大型輸送ヘリは、その内の一つの島に向かっていた。
 そしてヘリの中では、エリオが全員をゆっくりと見渡していた。
 これからの戦いに、明確な作戦などない。
 そのエリオの言葉に異を唱える者はなかった。
 為すべき事は至ってシンプルなのだ。
 ローヴェン、クアットロ、ハーヴェスト。この三人を倒す。コピー部隊は通常部隊で対処は可能だ。そして、フェイクマザーを使用する元凶がいなければコピーは勝手に滅びていくだろう。
 邪魔者は打ち払い、叩きつぶす。そして全力をただ三人に向ける。
 いかな小手先の作戦も、圧倒的な兵力差の前には意味がない。
 敵陣深くへ侵攻し、親玉を倒す。それしかないのだ。
 ただし、敵の出方はある程度予想できる。
 間違いなく、クアットロは出てこないだろう。全戦で戦う類の能力を持っていない。それを持っているのはハーヴェストとローヴェンの二人だ。
 ローヴェンは必ず、自分との決着をつけに来る。その強烈なまでの予感がエリオにはあった。
「先行してるガジェットからの映像が来たぞ」
 ヴァイスがそう言うと、空間にホログラムが投影される。
 思った通り、コピーが無数に蠢いている。そして、その増加の仕方から中心地はすぐにわかった。
「クアットロ。そしてキャロとルーテシアはここだ」
 とにかく敵陣を貫く。貫いて風穴をこじ開け、中身を引きずり出す。全てはそこからだった。
 少しでも中心に近づく。そして友軍が来た瞬間、そこから突破する。
「友軍が来るのか?」
「はやてさんとクロノさんやゲンヤさんが上層部を説得している」
「心強いな」
 あてにはしてない。そう聞こえたような気がしてエリオは少し笑った。
「第一撃は例のパターンで行く」
 スバルとノーヴェのメビウスシュート、ディエチとヴィヴィオの砲撃、そしてセッテ、ディード、チンクの突撃、エリオの突貫。
「ただし深追いは無しだ。表面を削るだけでいい。それをいろんな方向から続けて、弱いところを見つける。あとはそこに全力だ」
「俺たちはどうする?」
「ヴァイスさんとシャマルさんはジュニアと一緒に敵の陣営を分析してください、脆い部分があればそこに突撃します」
 エリオは一同を見渡す。
「包囲されることだけは絶対に避けろ。正面から打ち合う限り、コピーには負けない。数の差も意味はない。向こうは防御を全て攻撃に回す戦い方だ。当てれば倒せるんだからな」
 チンクはエリオの言葉にうなずくと、一同を見回した。
 もう、自分から言うべき言葉は何もない。
 隊長の言葉は皆に通じている。
「いい天気だな」
 ふと、ヘリの外を見る。
 この世界の天候はいつもこうなのだろうか。いや、今日はきっといい日なのだろう。
 何故かチンクには、確信があった。
「……ヘグルーッメフ・クァク・ジャジヴァム」
「チンク? 何か?」
「いや、なんでもない」
 とある管理外次元世界の言葉。ナンバーズを名乗っていた頃、戦闘訓練と言われて連れて行かれた先で使われていた言葉だ。勿論、エリオはこの言葉を知らない。
 その言葉を聞き取ったセッテが、チンクを見てうなずいた。セッテはトーレに教えてもらったことがあるのだろう。ああ、トーレならきっとこの言葉を覚えただろうな、とチンクは思う。
 こんな日、こんな時には相応しい言葉。これ以上の言葉をチンクは知らない。
「忘れるな。俺たちは孤立無援じゃない。援軍は必ず来る。はやてさんたちがミッドチルダにいる限り、必ず軍は来る。俺たちはその先駆けだ」
「先駆け? いいや、本隊だね。あたしたちだけで終わらせてやるんだよ!」
 ノーヴェが拳を打ち付けると、ディードとセッテがそれぞれの獲物を試すように持ち上げた。
「その通りです」
「我々は進む。三人を倒すまでは」
「倒せるのなら、倒してしまってもいいさ。誰も困らん」
 全員がうなずく。
「そろそろ、着地するぜ? 地上組はさっさと支度しろよ」
 ヴァイスの言葉を合図にエリオとスバル、ノーヴェ、ディエチ、チンクが支度を始めた。
 空から出るのがセッテとディード、ヴィヴィオ。ヘリに残るのがジュニアとシャマルである。
 それぞれがそれぞれの方法で戦闘に臨もうとしている。
「ヴィヴィオ、落ち着いてね」
 ディエチが声をかけていた。
「あたしはすぐ下にいるし、シャマルさんもジュニアも傍にいるから」
「大丈夫だよ。私だって……私だって、ママみたいになってみせるって決めたんだから」
「ダメだよ」
「え?」
 予想外のディエチの言葉に、ヴィヴィオの表情が硬くなる。
「ヴィヴィオはなのはさんじゃないよ」
「ディエチ?」
「ヴィヴィオはヴィヴィオだから。なのはさんみたいになろうと思わなくていい。ヴィヴィオは、ヴィヴィオになればいいんだよ」
「私が……私に……?」
「Lady, She is right. You are not Your mother.」
 デュアルストライカーの相槌に笑うディエチ。
「ほらね」
「私は、私か……。うん」
「それじゃあ、後でね」
 ディエチはヘリを出た。
 地上組が全員出ると、ヘリは再び上昇していく。
「セッテとディードが出たら行くぞ。スバル」
「わかってる。途中まではチンクも一緒だね?」
「ああ、よろしく頼む」
 辺りを見回したエリオが顔をしかめた。
「しかし、素直には行かせてくれそうにないな」
「当然だろう。妨害は想定済みだ」
 チンクの言葉に苦笑する。
「そりゃあ、そうだ」
 その言葉を待っていたかのように、突然フェイクマザーが出現した。
 本拠地らしき場所を中心にして集まったコピー群。それを前にしたエリオたち。そしてさらに、その背後に出現するフェイクマザー。
「魔法反応はありませんでしたよ!」
 悲鳴のようなジュニアの叫びが通信機を通して聞こえる。
「魔法じゃない。手品だな」
 エリオはフェイクマザーが地下から現れるのを見ていた。単純かつ古典的な伏兵。地面の穴である。
「挟撃はごめん被るが……」
「背後の敵を討てばさらに伏兵がある、と考えるべきだな」
 チンクの分析にうなずくエリオ。
「セッテ、ディード、ディエチ、ヴィヴィオは今現れた敵を迎撃。残りは計画通り!」
 空への伏兵は、魔法かISを使わなければ不可能である。空で部隊を展開すれば、伏兵にあうことはない。
 間髪入れずエアライナーとウィングロードが発動する。
「ストラーダ、セットアップ!」
 チンクとエリオは、それぞれノーヴェとスバルの後ろについて駆け始める。
「表裏一体!」
「メビウスシュート!」
 飛び降りる二人、一瞬の間を空け、
「セッテとディードの突撃分、カバーしきれるのか?」
「カートリッジには余裕がある」
 ストラーダにカートリッジをたたき込むエリオ。
 メビウスシュートによって開けられた穴へ、スティンガーを投擲するチンク。
 ISランブルデトネイター
 エリオは爆発の余波冷めやらぬ中へ躍り込む。ストラーダを腰だめに構え、腰を落として一気に時計回りに薙ぐ。
「紫電一閃!」
 電撃を帯びた横薙ぎの穂先が、掠っただけでも対象を吹き飛ばすほどの力とともに周囲を圧倒する。飛ばされたコピー機人は放電を浴びせられたかのようにギクシャクと踊りながら、次々と粉砕されていく。
 以前の紫電一閃とは違い、明らかに一対多を想定して練られた技であった。
 そしてさらに、
「うぉおおっ!!」
 エリオの魔力が電撃へと変換され、
 THUNDER RAGE
 電撃が片側の機人を根こそぎ吹き飛ばす。
 エリオの立つ位置を中心にできた空間。まるで真空状態に吸い寄せられるように集まるコピー機人。
 キリがない。
 そう判断したエリオはチンクに合図して跳ぶ。
 SONIC MOVE
 発動寸前にチンクはエリオの手を取った。
 二人が包囲から抜ける瞬間、その向かい、フェイクマザーを中心とした反対側でスバルがディバインバスターを放つ。
「一台沈黙! 次行くぜ!」
 再びのメビウスシュートで周囲を蹴散らしながら帰ってくるスバルたちに合流する二人。
「チンク、ここ、任せていいか?」
 エリオの唐突な問いに、しかしチンクはうなずいた。
「任せろ」
「頼む」
 エリオはその場から飛び出し、地面に降り立つ。
 それを待っていたかのように並んでいるのは、コピーフェイトたち。
「ここは一対一だと思っていたが」
「せめて母親もどきにいたぶられるんだ。感謝しろ」
 コピーフェイトたちの中心で、ローヴェンが微笑んでいた。
「僕は、確実に勝ちたいんでね」
「別にいいさ。正々堂々は求めてないよ。お前の中にそんな思想があるとも思っていない」
「よく知ってるな」
「スカリエッティの持っていたまっとうな部分は、全部ジュニアの中さ」
「弱い部分がな」
 二つのストラーダが向かい合う。
「彼はただの残り滓だよ」
「俺はそうは思わない」
「なるほど、仲のいいことだ。さすがは、残り滓同士」
「プロジェクトFの残滓か? それは言われ飽きたよ」
 ローヴェンは笑った。
「また気付いてなかったのか?」
 エリオはストラーダを握り治す。
「戯言だろ、どうせ」
「はははっ。フェイト・テスタロッサと同じ、電気の魔力変換資質を自分が持っていること。それが偶然だと、まさか本気で思ってたのか?」
 放電が空中を走る。
 オゾンの匂いが辺りに充満し、二人を囲み始めていたライナーズが次々に破壊されていく。
「……僕の方が資質は上のようだな」
「何が言いたい」
「シンプルなことだ。僕は君の……そしてフェイト・テスタロッサの完成形なんだよ」
 コピーフェイトが動いた。
「母親もどきに嬲られて、死ね」
 
 敵陣営の層の薄い場所を見つけ、撃ち込み、斬り込む。
 一旦外へ出ると、今度は外側から同じ事を。
 そして次はまた内側から。
 それを繰り返すだけで、面白いように敵影は減っていく。
 そして、その一団に指示を出しているのはヴィヴィオだった。
「反転!」
 囲みを破ったセッテとディードが、今し方突破したばかりの敵陣へと振り向き、その背後から強襲する。そして、そこへ撃ち込まれるヴィヴィオとディエチの砲撃。
「ヴィヴィオ、方位056マーク4」
 ISによる観測データを告げ、ディエチは自分の標的を狙う。視認距離ではヴィヴィオはディエチには及ばない。遠距離砲撃はディエチの観測に頼った方が命中率は高いのだ。
「ターゲット発見、破壊する」
 セッテがブーメランブレードをフェイクマザーに投擲する。
 また一つ破壊されるロストロギアのコピー。
 その様子をヘリの中からシャマルとジュニアが見ている。
「気になるわね」
「ええ」
 二人は周囲の状況と戦況表示板を順に睨み続けていた。
「奴ら、狙いはなんでしょうか」
 次々と敵が落とされていることに間違いはないが、その攻撃パターンは一向に変わる気配がない。
「これじゃあ、突破されるためだけに出てきたようなものです。まるで、シューティングゲームだ」
「ゲームのように経験値が稼げれれば良かったのにね」
「稼ぐ?」
 ジュニアは、シャマルの軽口に何か引っかかっていた。
「ジュニア、モニターを見て」
 ディエチからの連絡にジュニアはモニターを見た。コピー機人に成り代わるように姿を見せたのはコピーはやてとコピーなのはだ。
 瞬間、ジュニアは戦況表示板に周囲のセンサー結果値を照らし合わせる。
「……ディードさん、セッテさん、ディエチさん、ヴィヴィオ! 固まっちゃ駄目だ!」
 ジュニアの見たデータを横から覗き込んだシャマルは、数秒遅れて事態を理解した。
 コピーとの初バトルの再来だった。落とされたコピー機人を贄としたスターライトブレイカー。そのためのコピーなのはである。
 しかし、この時点でのジュニアはまだ気付いていなかった。本来のフェイクコピーの力にしては、コピーの数が少ないこと。
 それには理由があった。クアットロはフェイクマザーのプログラムを書き換えていたのだ。
 量を減らし、質を上げること。外見を少しでも似せるために。具体的には、少しでも長い間、ヴィヴィオを動揺させるために。
 ジュニアから状況の予想を知らされ、ディエチは撤退予定のの方向に気をやる。離れた場所で、セッテとディードも同じ方向に目を一瞬留めた。
 撤退に問題はない。決断を下せばすぐに向かっていける方向だ。何の障害も現時点では存在していない。
「撤退に問題ない」
 3人はほとんど同時に答えるが、ヴィヴィオの返事だけはない。
「ヴィヴィオ?」
 ディエチはヴィヴィオのいるはずの空を見上げる。
 そこには、デバイスを構えたまま動かない姿があった。
「ヴィヴィオ!」
 バインドか? とディエチは思った。しかし違う。ヴィヴィオの周りにはいかなる魔法の反応もない。
 ディエチはISと連動した目でもう一度ヴィヴィオとその周辺を観測する。
 状況は変わらない、ただ、敵群が迫りつつあるだけ。
 そして気付いた。今、ヴィヴィオに対するように近づいているのはコピーなのはだということに。
「……助けて、ヴィヴィオ」
「……ママ? なのはママ?」
「違うの。私はコピーなの……でも、ヴィヴィオ……なのはママだよ」
 同じ声、そして同じ顔。
「助けて、ヴィヴィオ」
 ゆっくりと近づくコピーなのは。
「なのはママ……」
「戦いたくない、こんなの嫌……ヴィヴィオと戦いたくなんかないよ……」
「ママ……」
 ヴィヴィオは、構えていたデュアルストライカーの頭を垂らしてしまう。
 この場の意味を、ヴィヴィオは忘れた。今目の前にいるのは、助けを求めているのはなのはママ。その想いだけが膨れあがっていく。
 すでに戦意は失われつつあった。
「Lady! Hold me, Please hold me!!」
「駄目! ヴィヴィオっ!!」
 ヴィヴィオに語りかけるコピーなのはにさらに背後、離れた位置でデバイスを構えるコピーはやてに斬りかかるセッテ。しかし、次の瞬間、コピーなのはがデバイスを構えた。語りかけながら、コピーは砲撃の準備を整えていたのだ。
 ディエチがイノーメスカノンを垂直に傾ける。その視界の隅にアウトレンジから入り込む、金色の死神。
 ディエチは金色の存在を心から振り払う。今心に留めるべきは、ヴィヴィオの安否のみ。
「逃げて! ヴィヴィオ!」
 重なる別の叫び。
「逃げて! ディエチ!」
 ……ごめん、ジュニア……
 ディエチはコピーなのはを撃つ。同時に無防備となったディエチの身体に食い込む黒の刃は、コピーフェイトのデバイスだった。
「糞野郎!」
 わずかに遅れ、ヴァイスの狙撃がコピーフェイトを吹き飛ばす。
 そして、目の前のコピーなのはによる避けられない砲撃をその身に受ける直前、別の砲撃によって散っていく姿を目の当たりにするヴィヴィオ。
「ママ!」
 反射的な叫びとは逆に、心は「違う」と叫んでいる。自分を狙ったコピーはママではない、と。そして、自分を救ったディエチが刻まれる姿を、次の瞬間目の当たりにすることになる。
 叫びにならない悲鳴をあげ、ヴィヴィオは急降下した。
「ヴァイスさん! ヘリを!」
 ヴァイスの狙撃が呼び水になったように、ライナーズの残存機人がヘリを襲う。
 ディードが咄嗟にヘリのフォローに入り、ヴァイスとシャマルも攻撃に転ずる。そして、ジュニアは主のいないライディングボードを構えていた。ジュニアのデバイスでもライディングボード単体のみの操作は可能なのだ。
 今にも飛び出しかねないジュニアを抑えるシャマル。
「ディエチの所へはヴィヴィオちゃんとセッテが行くわ。貴方が飛び出しても、被害を増やすだけ。落ち着いて、戦況を考えなさい」
 何も言わず、ジュニアは唇を噛みしめた。
「シャマル先生よっ! こっちもそろそろ保たねぇ! ヘリを降りるぞ」
 ヴァイスがバックパックを持って操縦席から姿を見せる。
「着地はしない、いい的になるだけだ。地表近くまでは自動で行くから、そこで飛び降りるぞ」
 そして外へ向かい、
「ディード! 俺たちが降りてもしばらくヘリといろ! こっちの準備ができるまで奴らを引きつけてくれ」
「わかりました。でも、そろそろ難しいです。コピーの砲撃が集まってきました」
 ガンナーズの集中砲火がヘリに浴びせられている。この段階で撃墜されていないのが不思議なほどだった。さらには、クローラーズがヘリに向かってエアライナーを伸ばしているのだ。
「わかってる、とにかく、一秒でも時間を稼いでくれ」
 一分もしない内に、三人はヘリを飛び出した。その後を追うようにディード。誤魔化して時間を稼ぐ以前に、ヘリそのものが炎上を始めているのだ。これでは囮にはならない。
「撤退場所があるのなら早く移動を。この数を食い止めるのは限界に近いです」
 数体のコピーセッテと同時に斬り結びながら、振り向かずに叫ぶディード。
 三人は急いであらかじめ目的としていた岩陰へと向かう。戦闘が始まる前に、ヘリを軽くするために補給物資を投下した場所だった。
 ボードとストームレイダーの射撃で応戦しつつ下がる三人。シャマルはシールドで二人を守り、ときには敵の射線上に無造作に姿を出した敵にバインドを仕掛け、同士討ちを誘っている。
「くそっ」
 悪態をついたヴァイスの目に映るのは、六枚翼と金色の髪。
「ここでこの二人かよ……。先生?」
「なんです?」
「俺、先生、ディード、ジュニアの順であってるかい?」
 何の順か。それは聞くまでもない。
 ヴァイスが尋ねたのは純粋な力関係。
 損耗しても良い順番だった。
「ええ」
「だったら、ディードをジュニアにつけて、俺らはこの辺りに縛り付けてもらおうか」
「ヴァイスさん? 何を」
「今度は守る。そう言ってるんだ。なぁ、先生」
 シャマルは笑った。
 コピーフェイトとコピーはやてが正面から飛んでくる。
「ストームレイダー! すまねえが最後までつきあってくれよ!」
「Yes, Master」
 ディードがその横に立つ。
「二人より三人の方が生き残る確率は高い」
「だったら、三人より四人だ!」
 ジュニアがボードを構えていた。
「……人がせっかくかっこつけてるのに、台無しにしてくれるな、おめえら」
「どうせなら、四人でかっこつけましょうよ」
「ジュニアの意見に賛成」
 シャマルは三人の背後を庇うように立つ。
「四人で頑張りましょう。はやてちゃんが増援部隊を引き連れてくるまで」
 コピーフェイトのデバイスが黒の刃となって唸りをあげる。
 そして、コピーはやては呪文の詠唱を始めた。
 
 コピー群の中心近くの地面に見つけたハッチは、明らかに地中へと続いている。
「あからさまに罠臭いね」
「でも、コピー連中がここから出てきたのは確かに見た」
「出入り口には間違いないが、罠もある、と思った方がいいな。単純だが効果的なのは、閉鎖環境での挟み撃ちか」
 チンクの言葉にノーヴェはうなずいた。
「あたしとスバルがここを固める。ここからは何人たりともと通さねえ」
 閉鎖空間での戦いに特化しているのがチンクのISだ。突入役が当たるのは当然と言っていいだろう。
「いや、二人が突入しろ。ここは私が守る」
「チンク姉、いった……」
 ノーヴェが口を閉じて構える。その寸前、スバルが飛来した何かを振動破砕で弾き飛ばしていた。
 いきなりの振動破砕。それを使わなければならない、とスバルに感じさせたものがあるのだ。そしてその勘は正解だった。
「今の……咄嗟で振動拳を使ってなかったら、多分右腕持って行かれてたと思う」
「……触った感触はレイストームでいいのか?」
「うん。かなり近かった」
「そうか。セッテとディードの報告通りだな」
 スバルとノーヴェはフロントアタッカーの位置に。そしてチンクがガードウィングの位置に。
 誰の指示でもない。三人がそれぞれの特性を考えると、自然とその位置に収まったのだ。
「なるほど。今のが戦闘機人殺しの“振動破砕”ですか」
 コピー群をかき分けるようにして姿を見せるハーヴェスト。
「しかし、弾くのが精一杯のようですね」
「……トーレとオットーの仇!」
 ノーヴェが走ると、即座にスバルが併走する。
「表裏一体!」
 叫びが合図だった。無意識に二人は呼吸を合わせ、ウィングロードとエアライナーを展開する。
「メビウスシュート!」
 ISレイブレイズが発動し、ハーヴェストはその場を動こうともせずに迎え撃つ。
 回転球から放たれる光条が二人の螺旋道を回避し、その背後へと吸い込まれるように消えていく。そして力場に併走し、メビウスシュートよりも早くスバルとノーヴェの背中に近づいた。
 スバルが背後の気配に気付き、強引に技を解除、振動破砕の拳を振るう。同時に、ノーヴェは回転球にガンナックルで射撃。
 光条を退け、着地と同時にスバルは振り向くと再びノーヴェと並び、今度は地上を駆け始めた。
「左!」
 叫ぶスバルに合わせ、ノーヴェは右へと走る。自分を挟むように別れた二人にハーヴェストの注意が向いた直後、打ち合わせのなかったチンクが動く。同時にスバルがディバインバスターの準備。
 チンクはスティンガーを投げつけ、そのまま前進。
 ISランブルデトネイター
 回転球の表面が爆発。そしてそこへスバルがディバインバスターを放つ。しかし、突っ込もうとしたノーヴェは表情をゆがめ躊躇する。
「無傷なのかよっ!?」
 もう一度、と叫びかけたノーヴェはおぞましい感覚に身をよじる。瞬間、空間が削られた、ような気がした。
 ノーヴェは見た。いや、何も見えない。あるべき位置からそれはなくなっている。
 ノーヴェの左腕が。
 そこには、笑うハーヴェストの姿。そして宙に舞う、切り飛ばされた自らの左腕。
 高速で急接近した回転球が斬り飛ばした左腕だとノーヴェが気付くのは、数瞬の後だった。
 
 ディエチを抱きしめるヴィヴィオを、セッテは見下ろしていた。
「……逃げますよ、陛下」
「ディエチが……」
「置いていっていいよ、ヴィヴィオ……ううん、置いていって。さあ、セッテ」
 セッテはちらりとディエチを見ると、ブーメランブレードを構え直した。
「私は、トーレを失った。もう、これ以上は嫌だ」
「……駄目だよ、セッテ。陛下を助けないと」
「二人とも、助ける」
 ヴィヴィオはディエチを担ぎ上げた。
「ごめんね、ディエチ。私が馬鹿だったから……」
「違いますよ、ヴィヴィオは優しいだけ。それを利用したクアットロが汚いだけ……」
 コピーの知恵ではない。クアットロの策だとディエチは確信している。
「だから……」
「黙って、ディエチ」
「……ここでヴィヴィオが負けたら、あたしが無駄に死んでしまう」
「ディエチは……死なないよ」
 その言葉に、ディエチは笑みを浮かべていた。
「いいの。ヴィヴィオを守れたから、あたしは満足」
「どうしてっ!」
「あたしは誓っていたから……ジュニアが大きくなる姿を見て、ようやく気付いたの……あたしは、なのはさんに取り返しのつかないことをしてしまうところだった……だから、ヴィヴィオを助けるの。あの時の自分が許せないから……」
「許してる……もう、そんなのとっくに許してる! 私も、なのはママも!」
 ディエチは微笑んで、首を振った。
「ありがとう……でも、私が私を許せないから」
「駄目! ここでディエチがいなくなったら、私が、ジュニアに取り返しのつかないことをしてしまうんだよ!」
「ジュニアに……」
「ディエチは、ジュニアのママなんだからね!!」
「私が……ママ?」
 なんて温かい言葉なんだろうか。とディエチは思った。
 ああ、そうか、そうなのか。
 強いはずだ。
 高町なのはは、この気持ちを抱いてゆりかごに向かってきたんだ。
 自分やクアットロが勝てなかったわけだ。
 勝てるわけがなかったんだ。
 だから……
 ジュニアがママと呼んでくれるのなら……
 ……生きなければならない。
 視線を上げると、セッテが飛び立つところだった。そして、ヴィヴィオがデュアルストライカーを構えている。
「……ディエチには、指一本触れさせない」
 コピーの群れ。十重二十重に囲む群れ。
「……イノーメスカノン、ファランクスモード」
 生き延びねばならない。
 ディエチは、立ち上がった。
「数が多いね……」
「今、減らします」
 聞き覚えのある声と同時に、雷が降り注ぐ。
 Thunder Fall
 ヴィヴィオが振り向いた。
「……あ、………」
 金色の雷、あるいは疾風の雷神。
 その名は、フェイト・テスタロッサ・スクライア。
「よく頑張ったね、ヴィヴィオ、ディエチ」
「フェイトママ!」
「お前が援軍か」
 セッテが睨みつけるようにしてヴィヴィオに並んだ。
「うん。セッテもありがとう」
「ありがとう?」
「ここまで、一緒に戦ってくれて」
「私は……」
「この事件が終わって、それでも私と戦いたいというのなら、私はいつでも応じるよ。だけど今は、一緒に戦って欲しい」
「わかっている」
「ヴィヴィオ、ディエチを運んで。セッテ、一緒に飛べますね?」
「どこへ?」
「ジュニアと合流します。向こうにも、助っ人が行っているはずだから」
 
 燃え上がるコピー群。
 シャマルは当然だというように胸を張る。
「さすがね。だけど、来るのが遅いわよ、将」
「文句があるのなら、私は帰るぞ」
 ヴォルケンリッター烈火の将、シグナムがレヴァンティンを鞘に収めながら言った。
「凄い……これが、ユニゾンしたシグナムさん」
「ジュニア、シャマル、体勢を立て直すぞ。テスタロッサと合流して、押し進む」
「はやてちゃんは?」
「主は援軍の編成に手間取っているらしい。束縛のない私たちの方が手っ取り早かったというわけだ」
「これで勝てる、それ程甘くはないでしょう?」
「当然だな」
 当たり前のように、シグナムはヴァイスに答えた。
「量の優劣は変わりません、それに……」
 シグナムはジュニアの視線にうなずいた。
「軍師の見解に相違を唱えるようでは、シャマルとは長年つきあえないからな」
「どういう意味よ」
「そういう意味だ。さあ、ジュニア、掛け値ない意見を頼む」
「ハーヴェストやローヴェンに勝てますか?」
「その質問は撤回するべきだな」
 シグナムが再びレヴァンティンを構えた。
「ここを切り抜けることができるかどうか。まずはそこからだ」
 ライナーズ、ガンナーズ、クローラーズ、そしてコピーフェイト、コピーはやてが再び増殖している。コピー戦闘機人に至っては、あからさまに不完全ディープダイバーをかけて、密度を増しているのだ。
 一人倒せばその数倍が押し寄せる。
 まさに、見える空間のほとんどが敵の姿だった。
「では、行こうか、ディード」
「はい」
 
 チンクの策にノーヴェとスバルは乗った。
 幸か不幸か、鋭利に切り裂かれたためにノーヴェは左腕を失ったショックが少ない。ただ、使えなくなっただけ。しかし、戦力のダウンは否めない。そこでチンクが、策があると二人に告げたのだ。却下する理由など全くない。
 いつの間にか下がってハッチを開けていたチンクに従い、二人はハーヴェストから距離をとる。
「二人とも、ハッチの内側に入れ。私が合図したら飛び出すんだ」
「よくわかったよ、チンク」
「……すまんな、スバル」
「何言ってんだ? 二人とも」
 ノーヴェが入り、スバルが続いた。
 そして、チンクはハッチを閉める。
(……すまん、ノーヴェ)
 心中でそう言うと、チンクはハーヴェストに向き直る。
「……ヘグルーッメフ・クァク・ジャジヴァム」
 とある次元世界の誇り高き戦士の言葉を、チンクはまた呟いていた。
 勝てるあてのない相手にも決して怯むことなく立ち向かい、戦いでの死を名誉と考える戦士集団の言葉。
 ふと、チンクは空を見た。
 ……ああ、いい空だ
 ……今日は、死ぬには良い日だ
 
 
 
 
 
 次回予告
 
チンク「私は罪深い。クイントを殺した私を、スバルとギンガは姉妹として認めている。私にとってそれは、あまりにも甘美な針のむしろだった。
 詰ってくれた方が楽だったのかも知れない。
 憎んでくれた方が楽だったのかも知れない。
 しかし、私を憎む者はいなかった。私を詰る者や誹る者から私を守ろうとしたのはスバルでありギンガであり、父上だった。
 私はいつの頃からか悪夢にうなされるようになった。
 ノーヴェ、お前にはそれを知られたくなかった。私は、お前の前では頼れる姉でいたかった。
 それも、これまでだ。
 クイント、これでやっと私は、貴方の元へ謝りに行けるのだな。
 次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS 第十一話『チンクの夢 ノーヴェの現実』 僕たちは進む。IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 
 
 

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