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 車椅子に乗ったセインは呆然と三人を見上げ、そして絶句していた。
 セインは、騎士カリムを驚かそうと思ってここまで迎えに出たのだ。そう、単純な、彼女らしい悪戯心で。
 だから、わざわざ頼んでまでウーノに車椅子を押してもらっている。よりによってナンバーズ長姉であるウーノが遊撃隊で出迎えれば、さしものカリムも驚くだろう、そう思ったのだ。
 拘置所にいるはずのウーノの身柄についてはエリオが、そして今はティアナが保証してくれる。そもそも、自分が一緒にいるのだから大丈夫だ。セインは、自分はもうカリムにはそれなりに信用されていると信じている。
「お久しぶりです。シスターシャッハ、騎士カリム」
 そう言ってニヤニヤ笑いながら正面玄関へと迎えに出た瞬間、セインは絶句した。いや、絶句したのはセインだけではない。ウーノも同じだ。車椅子はぴたりと止まっている。
 絶句した二人に、シャッハは涼しい顔で告げた。
「何を驚いているのですか。騎士カリムの来訪はあらかじめ伝えてあったはずです。シスターセイン、だから貴方は騎士カリムを出迎えに来たのでしょう?」
 教会を出てしばらく経つのだが、シャッハやカリムにとっては一度でも教会に所属していたセイン、ディード、オットーはいつまでもシスターだ、と言うことらしい。
「は、はい」
 セインはようやくそれだけを答える。
「それから、はじめまして。ウーノさん。貴方もそうなのでしょう?」
「は、はい」
 珍しく言葉が途絶えるウーノ。この状況では、何故シャッハが自分を見て平然としているのか、などという疑問は愚かなものだろう。
 カリムとシャッハの二人に斜に挟まれるように立っていた男が、そんな二人の反応を見て微笑む。
「ははは。なるほど、これだけでわざわざここへやってきた甲斐があったというものだな。まさか、君たちのそんな顔が見られるなんて」
「な、なんで……」
 セインの当惑した口調に、男は首を傾げる。
「親が娘に会いに来るのに、なにか理由がいるのかい? セイン」
 そして男は、セインの車椅子に手を伸ばし、押し始めた。
「さ、ウェンディたちの所に案内してもらえるかな?」
「そんな、車椅子まで!?」
「気にすることはない。私だって、たまには身体を動かしたくなることもある」
「言っておきますが、あまり調子に乗りませんように」
 シャッハは、スカリエッティに冷たく釘を刺した。
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第十二話
「エースの帰還」
 
 
 
 スバルは叫ぶ。
「ごめん! ギン姉! ノーヴェ!」
 その瞬間、赤と黒、そして白の閃光が舞い降りる。
「何やってやがる! あきらめてんじゃねぇっ!!」
 え? と見上げようとしたスバルの身体を引きずりあげる力。そして、放たれる魔力。
 ディバインバスターを真っ向から打ち消し、その余力で地面のコピーを吹き飛ばす砲撃。
「あ……」
 目の前に、ギンガとノーヴェが浮いていた。いや、二人の身体は別の二人に抱えられている。
「ヴィータさん……はやてさん……」
 そして、スバルは自分の身体を抱える姿を見た。
「遅れてごめん」
「なのはさん!」
「うん。久しぶりだけど、挨拶は後だね。行くよスバル」
「はいっ!」
 エースオブエース高町なのは。スバルが最も尊敬し、追い続けている人。そして、未だに管理局最強魔道師の一人と呼ばれる魔道師でもある。
「はやてちゃん、ヴィータちゃん、三人をお願い」
「わかった、任せて。リイン、行くで!」
「ハイです!」
「任せとけ! なのは!」
 ユニゾンイン
 黒い翼をまとい、はやてはシールドを最大に張り巡らせる。
 その後ろで、ヴィータは三人を抱えていた。
「スバル、ありゃいったい何なんだよ」
 ヴィータはなのはと合流して各地のフェイクマザーコピーを潰してきた。しかし、ここまでのコピー群を見るのは初めてなのだ。
「なのはさんのコピーです」
「マジかよ。すげえ数じゃねえか」
「そやけどヴィータ、コピーはどこまで行ってもコピーや。なんぼ数揃えたかて、本物にはどう足掻いても勝てへん。それをきっちり教えてあげよか」
「へへっ。はやての言うとおりだ」
「でも、数が……」
「ああ? 数だけで勝てるなら、あたしらはいらないだろ?」
「来るで、ヴィータ!」
「おうっ!」
 ライナーズとクローラーズの襲撃に、ヴィータはグラーフアイゼンを握り直す。
「とっとと片づけて、シグナムたちと合流だっ!」
 
 ライナーズが、不完全ディープダイバーを解除して一気に数十倍に増える。
 一瞬にして空間を覆う敵機。
「剣閃烈火!」
 レヴァンティンが燃え上がり、それ自体が巨大の炎の剣と化す。そして、炎の剣がさらにその炎熱を広げながら空間へと叩きつけられた。
 火竜一閃
 わずか一撃にて大多数が撃墜される一群。残った数機も、ヴィヴィオとフェイトによって個別に撃墜されていく。
「強くなったね、ヴィヴィオ」
「うん。ディエチさんのおかげだよ」
 そのディエチは、地上でジュニアに応急処置を受けていた。
 ディエチ、ジュニア、シャマル、ヴァイスは、墜落したヘリの残骸を盾とするような形で陣を作っている。
「ディエチさん、これで砲撃戦には参加できますけど、くれぐれも無理はしないでください。接近戦は厳禁ですよ」
「努力する」
「努力じゃなくて、駄目なものは駄目なんです」
「ありがとう、ジュニア。でも、あたし一人が休むわけには」
「僕はもう、誰もいなくなって欲しくないんです」
 その声の調子に、ヴァイスの怪我を見ていたシャマルが振り向く。
「ジュニア?」
「僕の力じゃ、ウェンディさんにも、オットーさんにも、トーレさんにも何もできなかった。だからもう……だから、嫌なんだっ!」
 ディエチは、ジュニアの身体を自分に思い切り引き寄せた。
「……ディエチ……さん?」
「だったら戦ってください。そして、あたしを戦わせてください。あたしはもう、死ぬためには戦わないから。生きるために、ジュニアを護るために、勝って、生き残るために戦うから」
 ディエチは、引き寄せたジュニアに語りかける。
「そして、諦めないでください。ウェンディたちのこと。まだ、終わってません」
 なすがまま、真っ赤になって抱かれているジュニア。
「あたしは絶対に死なないから。ジュニアが一緒にいてくれる限り、必ず生きるから」
「おい、あれ!」
 ヴァイスが示した先、セッテとディードが先を争うようにクローラーズを切り捨てている。そしてその先、こちらに近づいてくる点は……
「ザフィーラ!」
 セッテとディードも怪我人を背負ったその姿に気付くと、すぐさま迎えに駆けつける。とんぼ返りでそのまま陣まで戻った二人の腕の中には、それぞれキャロとチンクが抱かれていた。
「なんて……こった」
 二人の惨状に思わず呻くヴァイス。
 キャロは苦痛に歪んだ表情のまま意識を失い、両足はあらぬ方向に曲がっている。チンクに至っては、四肢を失っているのだ。
「何をやってる?」
 そのチンクを床に安置して静かに尋ねるセッテに、ディエチはようやく自分がジュニアを抱いたままでいることに気付いて慌てて手を離す。
「……ディエチ姉様、この非常時にいったい何をなさっているんですか……」
 ディードの冷たい視線に、ディエチは思わず謝った。。
「ご、ごめん……」
 ジュニアはチンクの状態を診ると、すぐにディードに向き直った。
「ディードさん、チンクさんの両手足、残った部分を切り落としてください」
「え?」
「中途半端に循環機能が生きていると、不純物が体内に取り込まれる危険があります。キリのいいところで切ってしまった方がいいんです」
 説明に、ディードの理解は早かった。
「わかりました。場所を指示してください」
 チンクの制服を脱がせ、足の付け根と両肩に印を付けるジュニア。
「切断口はすぐに処置しますから。我慢してください、チンクさん」
 ジュニアは自分のデバイスをセットアップすると、ディードの行動に備える。
 一方、シャマルはキャロとルーテシアを手早く診察する。
「どうなんだ? シャマル」
 ザフィーラの問いにシャマルは唇を噛みながら首を振る。
「ここでできることは何もないわ。キャロちゃんの足もすぐには無理よ。処置はされているけれど、これはただの痛み止め。治すための処置じゃないわ。それに飲まされているのはただの薬じゃなくて、魔法効果が込められている。この薬を抜くには専門の施設が必要よ」
「ノーヴェも言っていたが、やはり、こちらの手を煩わすための罠も兼ねているようだな」
「ザフィーラ!」
「すまん。失言だ」
 しかし、ザフィーラの言葉ももっともだった。ヘリという輸送手段を失った今では、怪我人の搬送にあてられた人員の分だけ、戦闘員が減ることになるのだ。
 実際に殺されそうになる直前で助けられたチンクを別として、少なくとも、この状況でルーテシアとキャロを生かしておいた意味など敵側にはない。あるいは、キャロの死によって起きるかも知れないヴォルテールの暴走を恐れたのか。
「どっちにしろ、このまま消耗戦を続ければ不利になるのはこっちよ。なんとかして、大本を叩かないと」
 ジュニアがチンクの処置を終え、ルーテシアとキャロの様子を確認しながら言う。
「クアットロ、ローヴェン、ハーヴェスト。この三人を捕らえれば向こうは指導者を失います。そうなればフェイクマザーの破壊は容易です」
 大まかにスバルたちの現況を伝えるザフィーラ。
「……スバルとノーヴェの話では、地下に基地があるらしい。それも、ゆりかごのような内装だという話だ」
 ゆりかご。という言葉に一同が反応する。
「まさか、ゆりかごまでコピーが可能だというのですか?」
 ディードの問いに、ジュニアが頭を捻る。
「理論的には可能だけど、実際問題としてその価値があるかどうか……。ゆりかごをコピーしたというよりも、ゆりかごを参考にした新施設だと思った方がいいんじゃないかな」
「新施設? 基地の内装にゆりかごを利用するのか?」
「さあ。しかし、考え込む時間はないようですね」
 ディードとセッテは再び空へ向かう構えを取る。ザフィーラも二人に従うように飛ぼうとする。
「ディエチ、ヴァイス、援護射撃を頼むぞ」
「わかってる」
「旦那。精々、お嬢ちゃんたちを助けてやってくれ」
 ザフィーラは地を離れる瞬間、ヴァイスにうなずいて見せた。
 その表情が微かに変わる。
「シャマル、すぐに地上から離れろ!」
 
 ……風?
 エリオは、頬を撫でる冷たい風で目を覚ました。
 身体を起こして辺りを見回す。
「ここは?」
 見覚えのない殺風景な風景。どこまでも続いているような岩肌と、どんよりと曇った、それでいて妙に明るい空。他には何もない。
 ローヴェンもいつの間にか消えている。それどころか、ここはさっきまで戦っていた場所ですらない。
 何もない世界に、ただ風だけが吹いている。
「ここは、どこなんだ?」
 エリオは立ち上がった。その瞬間、目眩のような違和感が全身を覆う。
 身体が軽い。軽すぎる。
 今この瞬間にも、風に吹かれてどこかへ飛ばされそうな感覚だった。
 その場で立ちつくし、じっと自分の手を見下ろす。
「なんなんだ、これは……」
 またも違和感が。
 エリオは自分の身体を見下ろした。
 腕。足。腰。胸。
 違う。これは違う。自分ではない。
 いや、自分だ。しかし……
 これはあの頃の……、六課にいた頃の、幼い自分ではないか。
「なんで……」
 女の子の声が聞こえる。
「フェイトさん!」
 忘れるわけがない、これはキャロの声。
「どうしたの、キャロ?」
「これから、どこへ行くんですか?」
 いつの間にか、目の前に二人が立っていた。
 エリオには気付かないように仲良く話している二人は、紛れもなくキャロとフェイト。しかも、二人ともが六課の頃の姿だ。
「これから行くのは、機動六課。新しいお仕事の場所なんだよ」
「私も行くんですか?」
「うん。新しいお家ではキャロも一緒に暮らすんだよ。私がお仕事に行っている間は、お留守番よろしくね」
 しかし、二人の会話は記憶とは違う。そんな事実はなかったはずだ。キャロはたった一人で六課へ来て、そしてエリオと出会ったのだから。フェイトと暮らしていた過去などない。
「フェイトさんと二人だけのお家なんですね」
「寂しい? でもきっと、なのはやはやてはすぐに仲良くしてくれるよ。寂しいのは最初だけだよ。それに、フリードもいるんだし」
「あの、前にお話を聞いたエリ…」
「やめて」
 キャロの言葉をフェイトが押しとどめる。それは、エリオが初めて見る、あまりにも冷酷なフェイトの表情だった。
「その名前は出さないで、キャロ。思い出したくないの。そもそもあの偽者はそんな名前じゃないもの。可哀想な亡くなった子供の名前を、アイツが盗んでいたのよ」
「え……」
「罪もない子供の命と名前を盗み、私の遺伝子を盗んで生まれた、プロジェクトFの末裔。滅ぼされても仕方のない存在……」
「フェイトさん……まさか……」
 立ち止まるフェイト。
 その手には、いつの間にかバルディッシュがハーケンフォームで握られている。まさに、死神の鎌が。
「うん。だからね、私が偽者を滅ぼしたんだ」
 フェイトの瞳に映る自分の姿をエリオは見た。
「……フェイト……さん」
「まだいたんだ。しつこいね」
 振り下ろされるバルディッシュに切り裂かれる己の肉体を、エリオは感じていた。
「騙したんだ!」
 キャロが叫んでいた。
 いつの間にか大人になったキャロが、切り裂かれたエリオを糾弾するかのように指さし、叫んでいた。
「貴方だけが、本当のフェイトさんの子供だった! 私を騙して、フェイトさんを騙して!」
「キャロ……」
 エリオは手を伸ばす。
 その手に突き立てられるナイフ。
 横に立っていたルーテシアが、二本目のナイフを構えていた。
「私には、お母さんがいる。貴方とは違う。実のお母さんすら騙した貴方とは違う」
「君が、僕を殺したんだ」
 エリオがいた。本物のエリオ・モンディアルが、切り裂かれ地に落ちたエリオを見下ろしていた。
「ちが……う……」
 騙したかったわけじゃない。
 殺したかったわけじゃない。
 ……違う
 フェイトさん。キャロ、ルーテシア、そして……エリオ。
 ……違う。違うんだ、話を聞いてくれ……
 エリオの訴えは言葉にならない。
 言葉を届けられることもなく、再びエリオは一人になった。切り裂かれ、身動きすらできない身体は地に放られ、ただ朽ちていく。
 ……違う。
 声にならない。
 ……違う。
 それでもエリオは叫ぼうとした。
「つーかさ、お前さん、何がしたいんだよ」
 どこかで聞いたような、しかし聞き覚えのない声が聞こえた。
 
 アクセルシューターの誘導弾が次々とコピーをぶち抜いていく。
 続けて、上空からのショートバスターの連発。
「……くっ」
 しかしコピーの数は一向に減らないどころか、逆にその数を増している。
「なのはちゃん、このままやったらキリがあらへんよ。消耗戦になったら、バックのある向こうが有利や」
「うん。だけど……」
 はやてとの短い会話の中でも、次々と生まれるコピーたち。砲撃特化を選択するためか、現れるのは全て、なのはのコピーだ。
「はやてちゃん、広域効果魔法で一気に頼める?」
「あたしも時間を稼ぎます」
 スバルがはやての横に並ぶために展開させていたウィングロードを伸ばし始める。
「あたしも、もう行けるぞ」
 意識を取り戻していたノーヴェが横に並んだ。
「無理したらあかん……て、言える状況や無いな」
「無理は承知です」
 スバルとノーヴェは腕を合わせる。
「ノーヴェ、メビウスシュートで地表すれすれに走って、コピー連中を削る。行けるね?」
「おめえにできて、あたしにできないことがあるわけないだろ」
「そうだった」
 拳を打ち付け、スバルが走り出す。そしてノーヴェも。
「行くよ、表裏一体!」
「メビウスシュート!」
 螺旋の力場が二人を運び、そこへ迫り来るライナーズを撃ち落とす鉄の球体は、ヴィータのシュワルベフリーゲンだ。
「あたしのことを忘れてんじゃねえぞ!」
 叫ぶヴィータのグラーフアイゼンがギガントフォルムに変わる。そしてそのまま地に向けて振り下ろされる鉄の伯爵。
「受けろッ!」
 GIGANT HAMMER
 ノーヴェとスバルが通り過ぎてから生まれるコピー群の頭上に叩きつけられる大打撃。地を震わせる打撃に、さすがのコピー速度も鈍った。
 その間隙に、はやての呪文の詠唱が終わる。周囲に発生していた四個の立方体が、それぞれの魔力を高め、
「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹」
 ATEM DES EISES
 着弾とともにたちまち凍り始める地表。凍った地面ではさすがにコピーの動きも止まる。
 広がる白銀。
「……やったか?」
「はやてっ!」
 悲鳴のようなヴィータの叫びに、はやてとなのははその示す方向を見る。
「な……なんなの……」
「なんやて……」
 氷結した地の向こう。いや、氷結よりも速いスピードで広がっていくそれは、紛れもないコピー群。
 コピーによって埋められる地は、島全体に広がろうとしていた。
 そして、そこに見える大きな輝き。
「はやてちゃん、ヴィータちゃん、避けて!」
 見えたもの自体への警戒心よりも、なのはの緊迫した口調に二人は慌てて回避行動を取る。
 その空間ごと削ぎ取るように、空気を貫いて通過する一条の魔力。
「今の……」
「スターライト……ブレイカー……」
「なのはさん!」
 凍った地表で、スバルとノーヴェが何かを囲んでいる。
 当面の攻撃の心配はないため、三人はギンガを連れたまま地表に降りる。
「見てください、コピーたちを」
 死んだ、いや、溶けていくコピー群。
「……ジュニアから聞いた。コピーのスターライトブレイカーは、オリジナルのものとは違う。生きている者からリンカーコア魔力やテンプレート魔力を強引に奪い、命すら奪って魔力を集束するって」
 ノーヴェが言うと、スバルは何かに気付いたようにハーヴェストがいた場所を見る。
 その身体は、半分溶けていた。
「……ハーヴェストまで?」
 ハーヴェストは、自分を見ているスバルに気付くとにたりと笑った。
「は……は……私など、いくらでも……コピーで……きる。私の命……が、クアットロ……様のた……めになるのなら……私は……」
 がくりと肩が落ち、ハーヴェストは空を見上げるように崩れ落ちる。
「……クアットロ様のた……め………………………………嫌! 死にた……くない助……けて……スバル、ノー……ヴェ姉様、誰か……降伏する……死に……たくない」
 ノーヴェは拳を固め、虚ろになりつつあるハーヴェストの目前に突きつけていた。
「ふざけるな! お前がオットーを、トーレを殺したんだろうが! チンク姉をあんな風に……」
「助け……て……死……にた……くない……苦し……いの……痛い……」
「ふざけんじゃねえよっ!」
 数歩下がり、ガンナックルを構える。
「てめぇは……てめえはっ!!」
 動きかけたスバルを止めるなのは。何か言いたげなスバルに首を振るはやてとヴィータ。
「どっちにしろ、あそこまでいったら、もう誰にも助けられへんよ。たとえ、ジュニアでも」
「死……ニた……ク……なイ……いタイ……」
 ハーヴェストの目には紛れもない恐怖と苦痛の色。
「おネ……ガ……い、助……ケて……苦シい……ノーヴェ……ねエサマ……痛イよ……」
「う、うぁあああああああっ!!!」
 地面にたった一つ残った拳を叩きつけるノーヴェ。
「畜生! 畜生!! ちくしょぉぉおおっ!!!」
 やおら立ち上がり、スバルの肩を掴む。
「頼む……スバル。振動破砕で一気に、苦しまないように、やっちまってくれ」
 ノーヴェは俯いた顔を上げようともしない。
「あいつも……ナンバーズ……あたしの妹なんだ……せめて、最期くらいは」
 スバルはうなずいた。
 
 シャマルは辺りの様子に気付くと咄嗟にジュニアを抱き上げた。
 地上には、コピーなのはが次々と生まれてきている。ザフィーラの説明と全く同じ現象だ。ならば、次に来るのはディバインバスターの乱射だ。
「シャマルさん、僕より、チンクさんたちを!」
 新たに生まれ、地表に蠢くコピー群。そして同時に、力を失い落下していくコピー戦闘機人。
 それが幸か不幸か、その隙にシグナムたちも含めた全員が一旦集まることができた。
 しかし、自力で飛ぶことができるのはシグナム、フェイト、ザフィーラ、シャマル、セッテ、ディード、ヴィヴィオの七人。飛ぶことができないのは怪我人のルーテシア、キャロ、チンク、そしてジュニアとディエチ、ヴァイスの六人である。
 飛行可能なライディングボードはあるがあくまで砲撃用に持ってきているだけで、これを乗りこなして飛ぶことができるのは、今のところウェンディだけである。
 地上に残れば助からないだろうというのが全員の一致した見解だ。シールドを最大限にすればしばらくは保つだろうが、そんなものは時間の問題に過ぎない。
「私とルーテシア、キャロは残していけ」
 意識を回復していたチンクが告げる。
「馬鹿なことを言わないで」
 フェイトの言葉を無視して、チンクはセッテとディードに告げた。
「ジュニアとディエチ、ヴァイスは戦力になるが、我々は単なる足手まといだ。議論の余地はない。我々を捨てていけ。これは姉からの命令だ」
「ジェイル・スカリエッティ・ジュニアの名において、その命令は却下だ」
 ジュニアがチンクの前に立つ。
「そんなことをすれば、僕たちとクアットロやローヴェンに何の違いがあります? 属している陣営が違うだけの、似たもの同士の争いですか、これは?」
「しかしジュニア、考えてください。他に手があるのなら、私だってそれを選びたい」
「駄目です」
「ヴォルケンリッターの将として、ザフィーラとシャマルの分まで言わせてもらうが……」
 シグナムがジュニアの肩を叩く。
「我ら全員が飛ぶか、我ら全員が残るか。二つに一つだ」
「言い出したら聞かないんだろうな」
「あまりお前と話したことはないが、よくわかっているようだな」
「ふん、トーレにそっくりだ」
「前に、ディードにも同じ事を言われたな」
「だが、代案がなければ自己満足に過ぎんぞ」
「それはわかっている」
 何かをデバイスで計算していたジュニアが、ディエチとシャマルに声をかける。
「こうなったら、切り札を使いましょう。あれならコピーを一掃、おそらくは地下にあるフェイクマザーまでダメージを通せるかも知れません」
 全員がジュニアを見た。
「ヴィヴィオにも手伝ってもらえるかな?」
「いいけど……何を?」
「ヴィヴィオは、スターライトブレイカーが撃てるの?」
「え?」
 ジュニアは一同を見渡した。
「シャマルさんのレアスキル旅の鏡を利用した広範囲集束による、ディエチさんの戦闘機人式スターライトブレイカー。それが僕たちの切り札です」
「それじゃあ……」
「うん。可能なら、ヴィヴィオには従来の方法でスターライトブレイカーを撃ってもらう。二段構えの砲撃だ」
「でも、砲撃シークエンスが間に合うの?」
「間に合うのか、ではない」
 ザフィーラがヴィヴィオの頭を撫でた。六課の頃とは逆に。
「間に合わせるのだ。お前ならできる」
 そして、騎士甲冑の籠手の位置を直した。
「ヴィヴィオとシャマルは、ディエチとジュニアを抱えて飛べ。我らは砲撃までの時間を稼ぐ」
 コピーの呻きが周囲に満ちあふれる。
 フェイトはディフェンサープラスを地上に残る四人の周りに張った。
「長くは保たないかも知れないけれど、チンクとルーテシア、キャロをお願い」
 ヴァイスが親指を立てる。
「任せてください」
「……こうとわかっていれば、ユーノを引っ張ってくれば良かったかな」
 ユーノは、クロノと一緒に管理局への働きかけを行っているはずだった。無限書庫司書長としてのユーノの政治力は、今ではクロノ以上のものがあるのだ。しかし、今のフェイトが求めているのはバインドとシールドに特化した魔道師としてのユーノの力だ。
「後悔しても始まらん。持てる力で勝負するしかあるまい。行くぞ、テスタロッサ」
 シグナムがレヴァンティンを抜いた。セッテとディードもそれぞれの固有武装を手に取る。
「はい」
「ちょっと待つッスよ!」
 いきなりの声に、チンクの目が見開かれる。
 ディードが愕然と振り向いた。
「……ウェンディ!?」
 
 ウェンディは大きな欠伸をした。
 退屈なのだ。何もすることがない。
 いや、それ以前に自分はいったいここで何をしているのか。
 いや、それどころではない。何故自分はここにいるのか。
 いや、ここはどこなのか。
 ただ、白い空間がどこまでも広がっている。
「ウェンディ」
 呼ばれて振り向くと、驚いたことに次女がいる。
「ドゥーエ姉?」
「あら。会ったこともないのに覚えてくれているの?」
「クア姉のところに写真があったッス。あれ? ドゥーエ姉がいるってことは……」
「私もいるぞ」
「僕もいるよ、ウェンディ」
「トーレ姉に、オットーまで」
 ウェンディは複雑な顔で苦笑する。わかってしまった。
 突然、記憶が戻ったのだ。
 ガリューとともに、コピーなのはのSLBを阻止した記憶。
 ということは、向こうの方に微かに見えているのはガリューなのだろうか。こちらが姉妹ばかりだから遠慮しているのだろうか。
「あいつら、そんなに強かったんスね」
 しかし、チンクやセイン、ジュニアの姿はない。完璧な負け戦というわけではないのだろう。それだけでも、自分がここに来た価値はあった、とウェンディは誇らしげに思う。
「お前と一緒にするな。私とオットーはコピーごときには負けん」
「う。ひどいッス、トーレ姉」
「だったら、次は上手くやるんだな」
 いいながら、トーレはドゥーエの横に並んだ。
「次って?」
「お前とオットーには次がある。だから、うまくやれといっているんだ」
「トーレ姉は……」
「私は、もういいんだ。伝えるべきことは全てセッテに伝えた。もうやることは残ってないからな。それに、自分が戻りたいからと言って戻れるわけでもあるまい」
「でも」
「しつこい。それに、ドゥーエ一人にクアットロの面倒を押しつけるのも可哀想だしな」
 トーレは笑った。
「ああ、一つだけ。ウーノにはゆっくり来いと伝えてくれ。あいつがこっちに来るときは、ドクターと一緒か、その後でないと許さんとな」
 薄れていく周りの景色。
 ウェンディはトーレに向かって手を伸ばす。その自分の手も透けていくのが見えた。
「トーレ姉! ドゥーエ姉!」
 去り際に二人が振り向いた。
 写真でしか見たことのない顔。
 訓練の厳しい表情しか見ていない顔。
 二つの顔が、優しく笑っていた。
「二人の分まで……!」
 全てを言う前に、ウェンディは自分の身体が消えるのを感じた。
 
「……ウェンディ!?」
 ディードたちの視線の先には、意志ある者のように宙に浮かぶ8体のドーターズ。そして、ジュニアが脇に置いたはずのライディングボード。一体のドーターズには、送受信機とスピーカーが据え付けられている。
 どうやら、ドーターズだけでこの世界へ飛ばされてきたらしい。
「ただいまッス! まだ身体は不完全ッスけど、ドーターズを操るには問題ないッスよ」
「どうして……」
「そんなことより早く! キャロとルーテシアはボードに乗せて、後の人はドーターズを使って飛ぶッス」
 元々、ドーターズは飛行不可のナンバーズが飛行できるように設計されていたものだ。いわば、これが本来の使い方になる。
 ドーターズ二つとライディングボードでチンクたち三人を飛行させる。ディエチとジュニアはそれぞれ一つ、ヴァイスはおっかなびっくりでドーターズにしがみついている。
「それから、ジュニアに話があるみたいッス」
「話? 誰が?」
「とにかく替わるッス」
「いったい……」
 スピーカーから流れてくる、ナンバーズには聞き慣れた声。
「……ウェンディの身体の再生に時間がかかるのはわかる。しかし、脳に損傷がない者の意識を呼び覚ますこともできずに私の後裔を名乗るのかね、未熟者。オットーに至っては、フレーム自体は無事じゃないかね。単なる心停止をこうも容易く死に結びつけるとは、本当にこの私の知識を受け継いでいるのか疑わしいものだ」
「……父……さん?」
 ジュニアとディードはそれぞれ別の意味で絶句した。
 スカリエッティの声が、すぐにティアナの声に替わる。
「エリオ、スバル、いる? スカリエッティは騎士カリムとシスターシャッハが身柄を確保しているから安心してね! 好きなことはさせないようにちゃんと見張ってるから!」
「えーと、よろしく、頼むね、ティアナ」
「フェイトさん!? いたんですか!」
「ドクター! トーレは!」
 セッテが送受信機にぶつかりかねない勢いで話しかける。
 スカリエッティが静かに答えた。
「セッテ……ここにトーレはいないよ」
「……そうですか」
 セッテはうなずいた。
「トーレの意志を私は継ぎます」
「ああ。きっと、トーレも喜ぶだろう」
 セッテの肩に手を置くディード。セッテはその手を振り払うこともなく、顔を上げた。
「心配はいらない」
「セッテ、貴方がナンバーズの実戦リーダーよ」
「ディード?」
「トーレの意志を継ぐのなら、そうなってもらわなければ困るわ」
「そうだな」
 チンクが横からうなずく。
「経験不足は周りの者がいくらでも補える。ここの隊長を見ていればわかることだ」
 シグナムが笑った。
「なるほど。エリオも反面教師にはなれるか」
 
 エリオは、一人の青年と向き合っていた。
「つーかさ、お前さん、何がしたいんだよ」
 どこかで聞いたような、しかし聞き覚えのない声が聞こえた。
「……なんだと?」
 辛うじて、声が出る。
「半端な男だな」
 誰だかわからない。しかし青年の口調は確実にエリオの神経を逆撫でしている。
「まったく、情けねえよな。大の男が。初恋の人が母親だったって、それがどうしたっての」
「お前!」
 大声が出た。そして、身体が起きあがる。
「んだよ、起きられるじゃねえか」
 エリオは自分の身体を見た。いつの間にか現在の自分の姿に戻っている。
「フェイトだっけ? 母親のように思ってたんだろ? それが実際の母親だった。何がまずいんだ?」
「誰だ、お前」
「てめえの半端さ加減にど迷惑してるもんだよ」
「なんだって?」
 細身の青年が傷だらけの迫力ある顔でエリオを睨みつけていた。細身と言っても、痩せているというよりも引き締まったという雰囲気だ。
「お前さんがフェイトの遺伝子的な子供だとして、誰がどう困るんだ?」
「それは……」
 エリオは言葉を出せなかった。確かに、ショックな出来事だった。それは間違いない。しかし……
「その程度で落ち込んでる場合か? お前の親が誰であろうと、お前に何の関係がある?」
「俺の親は……」
「捨てられた身だろ」
 身体が竦む。未だにこの言葉を聞く度に身が竦むのを覚えるのだ。
「お前のやりたいことってのは、親を捜すことなのか?」
「違う」
「フェイトって人に認められたいから、デバイス担いで戦ってるのか?」
「違う! いや、昔はそうだった。六課に入ってすぐの頃はそうだったかも知れない」
 だが、違う。いつの間にか、エリオは目的を変えていた。
 キャロのため、ルーテシアのため。
 そして今は……
 キャロのため? 違う。
 ルーテシアのため? 違う。
 何のため?
「言葉を恐れるな。誤解されてもいいじゃねえか。言いたいやつにいは言わせておけ。お前さん、何のために戦うんだよ」
「……護るため」
「え?」
「護るためだ」
「何を? 管理局を護るのか?」
 どうでもいい。場所などどうでもいい。
 護るモノがある。いや、護りたいモノがある。
「俺は護りたい。形は変わっても、言葉は替わっても、人を護りたい。護るべきモノがあるなら、それを護りたい!」
「だったら、お前のやることってなんだよ」
 ローヴェンを倒す。
 いや、違う。
 護ること。己の道を。
 貫き通すこと、己の意志を。
 青年は大袈裟な、わざとらしい溜息をつく。
「気付くの、遅すぎるんじゃねえか? 苦労するぜ、まったく」
 そして、エリオも気付いた。
「すまん。遅かった」
「そうだ。遅かった」
「それでも、俺についてきてくれるか?」
「んなこと聞くなよ。当たり前だろ。俺はそのために生まれたんだぜ?」
「ありがとう」
「礼より先に、やることがあるだろ」
「ああ」
 エリオは立ち上がる。
 何も持たない手を掲げ、そして叫んだ。
「来い! ストラーダ!」
 青年は拳をあげて応える。
「Jawohl!」
 
 エリオは目を開いた。
 二つのデバイスを構えたローヴェンが肉薄している。
 その切っ先が胸元に触れる寸前、エリオは自ら飛んできたストラーダをつかみ取る。
 ストラーダがローヴェンのデバイスを弾いた。
「ローヴェン!」
「今更、足掻くな!」
「足掻くさ! 何度でも!」
 
 
 次回予告
ジュニア「今、一つの戦いが終わろうとしている。たった一つの戦いが。それがどんな戦いであろうと、それは最後の戦いなんかじゃない。戦いを永遠に止めることなんて、僕たちにはできないのかも知れない。だけど、それを止めようとする意志がある限り、僕たちは進み続ける。
 次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS 第十三話、最終回『世界の中心で』 IRREGULARS ASSEMBLE!」
 

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