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 ドゥーエは目を開いた。
「ドゥーエ姉様」
 クアットロの顔が目前に見えている。
「……クアットロ?」
「はい。お姉様」
 ああ。そうか。そうなのか。
 記憶は残っている。レジアスを殺し、そしてゼストに殺された記憶。
 そう。殺されたはずなのだ、自分は。
「私は、どうしてここに?」
 クアットロはこれまでに起こったことを、ゆっくりと説明し始める。その説明を、ドゥーエは素直に受け入れた。
 ドクターとナンバーズによる決起は機動六課により失敗し、自分以外のナンバーズは全て捕らえられた。
 今の自分は、クアットロによって作られたコピーなのだ。
 そのためのロストロギア〜複製器〜だとクアットロは言う。
 このロストロギアを利用して地下で勢力を増し、いずれドクターを迎えて再起を図るのだと。
「素晴らしいわ、クアットロ」
 ドゥーエの答えに、クアットロは感激した。
「ドゥーエ姉様なら、わかってくださると信じていました」
「勿論よ、クアットロ。貴方の本心を知るのは私だけ」
 
 目覚めて一ヶ月後、ドゥーエは新しいコピーを作り出す。
「ドゥーエ姉様、何を……」
 クアットロはフェイクマザーの横に立つ自分自身の姿に、訝しげに尋ねる。
「何故、私のコピーを?」
「それはね、クアットロ」
 ピアッシングネイルがクアットロを貫いた。
 避けることすら思いもつかず、棒立ちのまま切り裂かれるクアットロ。
「ドゥーエ……姉様?」
「貴方、オリジナルでしょう? コピーの気持ちなんて、わからないわよね?」
「ねえ……さ……」
「オリジナルはいらないの。ドクターも、ナンバーズも」
「……ドゥ……エ……」
 コピークアットロが平然と、オリジナルの前に立つ。
「安心してくださいな、貴方の恨みも怒りもぜ〜んぶ、このクアットロがもらってあげますからぁ」
 倒れるクアットロ。コピーは笑い、倒れた姿を足蹴にする。
「ああ、だけどぉ、つまらない想いは、あの世とやらに持っていってくださいね。私は、いりませんから〜♪ ドクターとか、姉妹とか……あと」
 もがくクアットロの手を、コピーは踏みにじる。
「息子、とか」
 やがて動かなくなった姿をそれでも足蹴にして、ようやく落ち着いたクアットロはドゥーエの元へと戻る。
「落ち着いた? クアットロ」
「はい。ドゥーエ姉様。それで、これからどうなさるおつもりですの?」
「少なくとも、姉妹やドクターの解放なんて冗談じゃないわ」
「同意ですわ」
「そうね。私たちがこのロストロギアを使えば、相当なことができるのではないかしら? 例えば、蹂躙とか」
 笑うドゥーエ。
 クアットロも我が意を得たりとばかりに頷き、そして笑った。
 ……でも、ドゥーエ姉様。女王は、クアットロ一人でいいんですよ?
 その願いは、数日後に果たされることになる。
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第十三話
「世界の中心で」
 
 
 
 エリオはストラーダを正眼に構えた。
 愚直に、真正面に。ローヴェンへ向けて一直線に。
 ただ、一直線に。
 そして地を蹴る。
 小手先の技など今は必要ない。己のデバイスと力、そしてこれまでに培った自分自身を信じるだけ。
「ローヴェンっ!」
「無駄な足掻きっ!」
 ローヴェンは嘲りの表情をあからさまに、苛立たしげに吐き捨てる。
 エリオの突進はただの自暴自棄。そうとしか思えないではないか。
 実につまらない愚かな男だ、とローヴェンは思った。
 全ての技が破られたエリオによる、自棄になった突撃。それだけがエリオに残されたものだというのか。ならば、それを嘲笑うなという方が難しいではないか。
 そのような結末を選んだ相手に苛立たしさを覚えるのも仕方ない。しかし、選んだものは仕方ない。それなら、最も簡単にあっさりと終わらせよう、とローヴェンは考える。
 一つのデバイスでいなし、一つのデバイスで撃つ。それで終わる。
 だが……と、ローヴェンは冷静な部分で考える。エリオにどのような隠し技があるかはわからない。いや、仮にないとしても今叩きつぶすべきだ、と判断する。
 だから、身体を引く。そして電撃をあびせる。
 THUNDER RAGE
 エリオは避ける素振りすら見せない。しかし、ローヴェンの放った電撃、デバイスの先端より放たれた電撃は、ストラーダが周囲に纏う電撃に相殺されていく。
 ならば、とデバイスを構え直すローヴェン。
 そして、気付いた。
 何故だ。何故エリオが来ない?
 この距離の突撃ならば、すでにエリオと自分のデバイスは先端の届く距離のはず。何故、届いていないのか。
 単純な答えだった。
 ローヴェンは後退していた。エリオの突撃を目にして、無意識に後退していたのだ。
 静かな、しかし激しい情念がローヴェンを瞬時に灼いた。
 何故、逃げる必要がある?
 何故、恐れる必要がある?
 何故、僕は退いている?
 ローヴェンは一歩出る。
 ここで終わらせるために。ここで、決着をつけるために。
 エリオは進んでいた。その槍を、ローヴェンは凝視する。
 一の槍でいなし、二の槍がエリオを貫くべきなのだ。
「……終われ、偽者」
 ストラーダを振り払う一の槍。
 瞬間、ローヴェンの時間が止まった、ような気がした。
 左右へのぶれが一寸たりともないストラーダ。それはただ、ローヴェンに向けて進むのみ。
 ただ、一直線に。
 ただ、愚直に。
 ただ、一心に。
 ただ、一意に。
 ローヴェンは見た、ストラーダよりも速く、エリオの視線が、己を貫いているのを。そしてその視線を追うように突き出されるストラーダ。
 技量よりも、魔力よりも、何よりもエリオが貫いたもの。
 ただ一つの想いをストラーダに込めて。
「エリオーっ!!」
 槍を構え、狙った的を貫く。それが、エリオの想いの全て。勝利すら、この戦いの意義すら、今のエリオにはない。純粋に槍を振るう、一直線に、一心に。
 ローヴェンの一対の槍は、エリオを止める力を持たなかった。いや、ローヴェンの想いが、エリオを止められなかった。
 魔力ダメージがローヴェンの胸元を貫き、リンカーコアが悲鳴を上げる。
 ローヴェンは、文字通りその場から吹き飛ばされる。
 もんどり打って地面に叩きつけられ、それでも残った力で両足を大地に刻む。
「……今のは……」
 聞くまでもない。わかっていることだ。
 今のは、ただの槍の一突き。ミッドチルダの魔法ではない。古代ベルカの技でもない。ただ、一人の男の想いを込めただけの槍。
 激痛に胸を押さえ、消えていくリンカーコア魔力に歯ぎしりをしながらエリオを睨みつけるローヴェン。
「……この期に及んで……魔力ダメージだと……」
 震える膝を崩すことなく、ローヴェンは立つ。
 デバイスにも頼らず、己の二本の足で。
「ふざけるな……殺せ……それが勝った者の権利だ……義務だろうが……」
「お断りだ」
 ストラーダを杖にして辛うじて立った姿勢のまま、凄みのある笑みを浮かべるエリオ。
 確かに、ローヴェンは倒したかも知れない。しかし、それ以前に受けていたダメージが回復したわけではないのだ。気力と体力を出し切って、立っていることすら覚束ない今のエリオでは、コピー群に勝てるかどうか。
「……っ! フェイト! クローラーズ! ライナーズ! ガンナーズ!」
 呼応するようにエリオを取り囲むコピー群。
「君が殺せないのなら、僕が殺す。君を……」
 コピーディエチの砲撃が始まる、その寸前。
 業火が周囲を薙いだ。
 BLAST RAY
 雄叫びをあげるフリード。そして業火の合間を縫って駆け寄ったスバルがエリオを抱き上げる。同時に、上空へ逃れようとしたライナーズを頭上から大地へと叩きつけるノーヴェとギンガ。そして瞬時の攻防の後、全員が空へと飛び上り戻った瞬間、入れ替わるようにしてフレースヴェルグの砲撃が放たれる。
 消し飛ぶコピー戦闘機人群。
 辛うじて残ったコピーフェイトの一団はエリオたちを追う。しかし、その前にヴィータとなのはが立ちはだかる。
「おらぁっ!」
 グラーフアイゼンを振りかざすヴィータを援護するように、なのははアクセルシューターを放つ。
「フェイトちゃんのコピーなんて、絶対に許さないの!」
 スバルは、一旦フリードの背にエリオを預け、ノーヴェ、ギンガとともにはやてに並ぶ。
「エリオ、大丈夫か?」
「……はやてさん?」
「ようやったな、後はゆっくり休んどき」
「ローヴェンを……捕らえないと……」
 エリオは、フレースヴェルグから辛うじて身をかわしたローヴェンに気付いている。
「わかってる。向こうも逃げるんは無理や。コピーフェイトちゃんをヴィータとなのはちゃんが倒したら、すぐやろ」
 エリオは改めてなのはとヴィータの戦闘に目をやる。
 親友を揶揄するような存在が許せないのか、なのははまさに鬼神のごとき強さを見せつけていた。
「あ、アレはちょっと違うと思う。フェイトちゃんも多分、コピーなのはちゃん倒すときはノリノリやと思うよ?」
「え? それって……」
「エリオはようわかるやろ。他人事やないし」
「あ、ああ……」
 なんとなく、エリオはこの場から逃げ出したくなった。
「よくわからないんですけど?」
 スバルが顔一杯の「?」で尋ねる。
「それはなスバル。ルー子とキャロみたいなもんや。とっても仲良しさんやけど、それとこれとは別、ってやつやな」
「……あ、もしかしてユーノさん?」
「正解」
「なのはさん……引きずってるんだ……」
 複雑な笑みを浮かべるスバル。
「本人は、認めてへんけどな」
「……ノーヴェと義母さんだって似たようなもんじゃないですか……」
「ん? なんか言うたか? ギンガ」
「いえ、別に」
 ノーヴェが無言でギンガを睨むと、ギンガは涼しい顔で素知らぬふり。
「ノーヴェ。そろそろだよ」
 スバルが注意を引き寄せ、全員の視線が下へと向く。
 ヴィータが、クローラーズの最後の一人を文字通り殴り飛ばしたところだった。
 その瞬間、地面が揺れた。
 
 フェイクマザーの複製限界量を試すかのように次々と生まれるコピー。
 しかも、全てがなのはとディエチ、砲撃に特化したコピーだけである。
 さらに、どれもが生まれた瞬間に砲撃を開始する。肉体の限界も、魔力切れも、何も考えずに全力で撃ち込まれる砲撃。
 そしてそれは力尽きるたびに、コピーによるスターライトブレイカーのための新しい糧となるのだ。
 フェイトとシグナムの指示のもと、全員が凄まじい乱撃に対してシールドを張っている。さすがにザフィーラとシャマルを要するグループであり、今のところは砲撃の一切が障壁を通らない。しかし、このままでは時間の問題であることも確かだった。
 通常砲撃だけではない。このまま手をこまねいていれば、コピーによるスターライトブレイカーが来るのだ。それも、砲撃手の命を全く考えないからこそ出せる、とんでもない大出力のものが。
「このままだと、時間の問題だよ」
「エリオたちと合流して一旦撤退するか?」
 ローテシアとキャロの救出という最初の目的は果たしている。
「一応は隊長の指示待ちですけれど、僕は反対ですよ」
 ジュニアは断固と告げる。
「ここで痛み分けになれば、戦力がアップするのは向こうです。この戦いで得たデータで、向こうは新しいコピーを投入するだけですよ。決着をつけるなら今です」
 確かにその通りだった。決戦を伸ばして有利になるのはこちらではないのだ。
「ローヴェンは隊長が倒していると信じます。あとはクアットロを見つければ、こちらの勝ちなんですよ」
 ジュニアは、クラールヴィントとグンツェグ・ローヴェンの間を赤いケーブルのようなもので結んでいた。そしてそこに、ヴィヴィオのデュアルストライカーとディエチのイノーメスカノンを繋ぐ。
 四つのデバイスが、一つに繋げられていた。
「準備はできてます。あとは砲撃位置が特定できれば……」
「ザフィーラ、スバルは地下がゆりかごに似てると言ったのね?」
「ああ。確かに言った」
 スバルは数少ない、ゆりかごに直接侵入した一人だ。そのスバルが似ていると言ったのだから信憑性は高い。
 しかも、敵のトップとされているのはクアットロである。スカリエッティを除けば最もゆりかごに詳しい者と言ってもいいだろう。そして、かつての戦いでもゆりかご自体の性能は十二分に証明されているのだ。
 聖王がいなければ完全起動しないのは大きな弱点だろうが、戦艦としての利用でないのならば話は別だ。極論を言うのなら、「基地を一から作る」、「ゆりかごを任意の場所にコピーする」、どちらが楽かということだろう。
「何らかの形でゆりかごを、というより、以前の戦いで作ったゆりかごのコピーを使っているのではないか?」
 確かに、以前の戦いで使ったものならば、内装も自分たちの使いやすいように改造されていたはずだった。
 そして、それならクアットロの居場所の見当もつく。かつての戦いでクアットロのいた場所だ。
「位置が特定できれば、その切り札で撃ち抜けるか?」
 ザフィーラの問いに、ジュニアは即座に答えた。
「わかりません。しかし、やってみる価値はあります」
「撃ち抜く可能性もある、と言うことか」
 その瞬間、地面が揺れた。
 
 笑い声が響く。嘲りと絶対の自信、それなのに、初めて聞く者には愛嬌すら感じさせる笑い。
「皆さん、お疲れ様で〜すぅ♪ そんな皆さんの努力を灰燼に帰すのは、クアットロもとっても心苦しいんですけれどぉ、仕方ないんですよ、皆さんが頑張りすぎちゃったんですから」
 地響きにタイミングを合わせたように立体映像が浮かび上がる。
 エリオたちの前。ジュニアたちの前。そしてその周辺に。何十ものクアットロの姿。
「……クアットロ、体制を整え……」
 言いかけた瞬間、血を吐き、胸元を押さえるローヴェン。
「な……に?」
「あらぁ、まだいたんですか? 役立たずは、スターライトブレイカーの肥やしにでもなってくださいね?」
「……クアッ……トロ?」
 何故? そう問いたそうなローヴェンの表情を見下ろしたクアットロの哄笑が響く。
「お馬鹿さん。ドクターのクローン胚、本当に貴方が最後だと思っていたの? プロジェクトFの成功例のクローンが作られないとでも思っていたの? ねえ、貴方やハーヴェストの後釜なんて、その気になればいくらでも作れるのよ?」
「僕は……?」
 虚ろな目が、クアットロの映像を見上げていた。
「それじゃあ、僕は……」
「さあ?」
「え? 待って……クアットロ……クアットロ、僕は……僕は……!」
「ばいば〜い♪」
 ローヴェンのデバイスが爆発し、持っていた手が一緒に弾ける。
 悲鳴を上げることもなく、ローヴェンは地に崩れた。
「クアッ……ト……」
 スバルがノーヴェの制止を振り切って走り出す。フリードに乗り、その後を追うエリオ。
「ローヴェン、デバイスを捨てろ!」
 ローヴェンは降下するエリオを見た。
 虚ろだった表情に軽く驚きがはしり、そして心底おかしそうに笑った。
「ああ、君は……心底……馬鹿だったんだな」
 デバイスを自らの胸に押し当てる。
「君に救わ……れるよりは……マシだ………クアットロ!」
「は〜い♪」
「ローヴェン!」
 手を伸ばすスバル。その手を避け、うずくまるローヴェン。その胸元で一つ残っていたデバイスが爆発、血と肉片が辺りに散る。
 さらなる哄笑が響いた。
 哄笑に反応するように、同じ声が違う場所で同時に呟く。
「シャマルさん、ディエチさん。クアットロの居場所がわかりました」
 ジュニアが、そしてスカリエッティが。
「……ウェンディ? 彼らは、誰と戦っているんだい?」
「ドクター?」
 訝しげなウーノの声に、スカリエッティはドーターズの一つから送られている映像をまじまじと見つめる。
「ふむ。他の者ならまだしも、ウーノ、君まであれをクアットロと誤認していたのか」
「どういう意味?」
 ティアナが尋ねる。
「あれは私たちの知っているクアットロではない。そして、フェイクマザーは複製を行うロストロギア。答えは明白ではないかね?」
「影武者……」
 呟いて、ティアナは首を振って自らの言葉を打ち消す。
 幻影使いに、影武者など必要ない。
 逆の立場なら、自分は影武者など使わないだろう。確実に信用、そして利用できる幻影があるというのに、影武者をわざわざ仕立てる必要はない。
 しかも、ナンバーズが全員騙されるレベルの影武者だ。
「我々はフェイクマザーへの存在を知っていた。しかし、過去の事件において我々はフェイクマザーを無視していた。使い道がなかったのだよ、マリアージュのようにね。その理由はなんだと思うかね?」
「はっきり言ったらどうなの?」
「そんな義理はないよ、ランスター執務官殿。私は、娘を治療しに来ただけだからね」
「とにかく、この情報は向こうに伝えます」
 苦々しげに言うティアナ。
「好きにしたまえ。しかし、それがわかったからと言って戦況に変化はないと思うがね」
「あそこにいるのがクアットロでないとわかれば、ジュニアが憂いなく戦えるわ」
 通信回線を開くティアナ。
「きっと、ディエチやノーヴェたちもね。貴方が思っているより、あの子たちは優しい子よ」
 スカリエッティは、ゆっくりとティアナに振り向いた。
「褒められて礼を言うべきなのかね、生みの親としては」
「貴方を褒めたわけじゃない」
「だが、礼は言わせてもらうよ」
 勝手にしなさい、と言うように、ティアナは肩をすくめる。しかし頭の中では、フェイクマザーをスカリエッティが利用しなかった理由を考えている。
「マリアージュを戦力としなかったのと同じ理由ですね」
 ウーノが、ティアナに助け船を出すようにスカリエッティに尋ねた。
「マリアージュは制御することが難しすぎます。敵陣に送り込んでの殲滅には向いていますが、戦術的行動を取ることはほぼできません」
 これまでの戦いを見ていればわかる。
 コピーされた戦闘機人、魔道師。どれもがまともではなかった。大量複製だけを念頭に置いたような現在のコピーなのはコピーディエチに至っては、発狂していると判断されても仕方がないほどのものだ。
 つまり、コピークアットロも大元は同じはず。
 いや、それならば余計に、コピーを作る意味などないはずではないか。
「それでも、あの子はコピーを作ってしまったのかもしれない」
 ティアナはギョッとした目でスカリエッティを見る。何故か、スカリエッティの声が悲しんでいるように聞こえたのだ。
 何故そんなことがわかるのか、と尋ねることが、ティアナにはどうしてもできなかった。
 スカリエッティは、そのティアナの思いを見透かしたように続ける。
「ただの想像に過ぎない。それだけの、ことだよ」
「ただの想像かも知れませんけど」
 奇しくも同じ瞬間に、同じ言葉をジュニアは発していた。
「本当に?」
「ええ。あとは、ゆりかごの内部構造さえわかれば」
 再び揺れる地面。
「さっきから……」
 言いかけて、シャマルは絶句した。
「これって……」
 全員が同じものを見る。
 盛り上がる地面。いや、盛り上がっているのは地面ではない。
 肉の山が盛り上がっている。
 すでに人間の体を為していないコピーが横への膨張の限界に達し、縦方向へと増え始めたのだ。
 そこにあるものは、すでに人間の戯画化ですらなかった。
 肉の塊。目も耳も、口すらもない。デバイスを構える腕すらない。
 まるで、アイスの山にスプーンを刺しているように。肉の山に突き立てられた簡易デバイス。それが積み上げられていくのだ。
 すでに肉山の麓では自重によって潰されていくものもいる。
 肉汁と体液、不完全な血液のような腐汁。全てが入り交じった汚臭が辺りに漂い始める。
 コピーという言葉で表現することすらおこがましい。そうとでも言いたくなるような、肉の塊に過ぎない存在。おぞましく狂おしく、呪われた生命が混沌を作り出していた。
 なおも恐ろしいことに、それでも肉塊は呪文を唱え、デバイスは砲撃を撃ち出す。
「さっさと撃ってしまいましょう」
 ディードが青ざめた顔でジュニアに言う。それほどまでに、地上の風景はおぞましく変貌しているのだ。
「ジュニア! シグナム!」
 主の声に、シグナムはややホッとした表情で出迎える。
「ジュニア、状況は?」
 ともに戻ってきたエリオに、ジュニアは手短に現況を説明する。
「それでクアットロの居場所は?」
「なのはさん! レイジングハートにゆりかご艦内のデータは残っていますよね?」
「あの時の? うん。消してないから、残っているはず」
 スカリエッティとの最終決戦で、クアットロを探して艦内に放った探索球。そのデータはそのままの形で、レイジングハートの中に残されている。
「スバルさん、マッハキャリバーのデータをください。さっき地下に侵入した位置を特定します」
 ジュニアは自らのデバイスと二人のデバイスを繋ぎ、データを転送する。
「クアットロは、ゆりかごの中の管制区間にいます」
「何故わかるんだ?」
 はやてが頷いた。
「そっか。他の場所におるなら、立体映像を出す意味がないんや」
「そうですよ。分かり切った場所にいるから、それを悟られないために立体映像を出しているんです。隠れているのなら、僕たちにわからないところにいるのなら、映像を出す必要は全くないんです」
 ディスプレイ上に、一点が示される。
「クアットロの居場所はここです。ここを、撃ち抜きます」
「間に合うの?」
 なのはの視線は、クアットロのいるはずの方に向けられていた。
 その場所に輝く、魔力光。
 それはコピー版スターライトブレイカーの集束。
「隊長」
 ジュニアの言葉に頷くエリオ。
「君に一任する。撃ち勝て」
 ディエチとヴィヴィオの二人が並び、それぞれのデバイスを構える。
 クラールヴィントを構え、旅の鏡を発動するシャマル。
 二人とシャマルの間にジュニアが入った。
 コピーの砲撃が激しさを増し、ザフィーラ、シグナム、ヴィータがシールドに全力を傾ける。
「戦闘機人のテンプレート、魔道師のリンカーコア。二つに共通するものがあります」
 それは意志の力、とジュニアは言う。
 意志の力がテンプレートやリンカーコアから引き出す力を増幅するのだと。
 それは、それこそがスカリエッティが「生命のゆらぎ」と呼んだものだということを、ジュニアは知らない。
「奴らが死をエネルギーとするのなら、僕たちはそれに反するもので対抗します。力を貸してください。そして、力を借りてください。僕たちを知る人たちに」
 手を差し出すジュニア。その手は、それぞれのデバイスを示している。
「言うまでもないよ」
 フェイトがバルディッシュをエリオのストラーダに重ねる。
「ね、エリオ」
「はい」
 二人は、デバイスをジュニアに差し出した。
 グンツェグの赤い糸で繋がる二つのデバイス。
 バルディッシュ、ストラーダの前に旅の鏡が生まれた。
「クラールヴィントのプログラムを、それぞれのデバイスでエミュレートしています」
 レイジングハート、そしてシュベルトクロイツをはじめとして、デバイスが次々と並べられていく。
 デバイスの数だけ、旅の扉が発生する。
 ジュニアとシャマルを焦点とした楕円周状に配置された旅の鏡へと、そしてその向こう側へと、グンツェグの赤い魔力糸が伸びていく。
 シャマルの膝が震える。ザフィーラが周囲の気配に気付いた。
「砲撃にジャミングが混ぜられてるぞ! 魔力が低下する!」
「大丈夫、続けて、ジュニア」
 シャマルは答え、それを見たはやてがリインとのユニゾンを解除する。
「リイン! シャマルにユニゾンや!」
「ハイですぅ! 行くですよ、シャマル」
 シャマルの騎士甲冑の色が変わる。そして、やや薄れ始めていた旅の鏡のイメージが、瞬時に鮮明なものへと変化する。
「リインちゃん、がんばって」
「頑張るです!」
 無数の次元へと開かれた旅の鏡。その演算がリインとシャマルに要求されていた。
 はやてが、フェイトが、なのはが目を閉じる。
 ……お願い。力を貸して
 そして、全員が同じ事を祈った。
 シャマルは、それぞれのリンカーコアが開き、輝くのを感じた。そこから流れ込んでくる魔力が体を熱くする。
 そして、ジュニアもまた、テンプレートから流れ込む力を感じていた。
 複色のリンカーコアの輝きがシャマルの頭上に現れ、ジュニアの頭上には各自のテンプレートが発現する。
 チンクのテンプレートが、ノーヴェのテンプレートが、ディード、セッテ、ディエチの。そしてウェンディ、オットー、セインのテンプレートが。
 
 そして世界には、助けを求める祈りを聞く者がいた。 
 
 ――管理局陸士本部
「……聞こえましたか?」
「ああ、聞こえた。何かやるとは思ってたが」
 ゲンヤは頭をかいた。魔法を使えない自分だが、理解はできる。
 いや、理解すら必要ない。
 はやてが力を貸して欲しいと言っている。それだけで、充分ではないか。
「……好きに使え、はやて」
 ゲンヤはゆっくりと目を閉じ、目の前の空間から伸びてきた赤い糸に触れる。
「及ばずながら、俺だって」
 しゃちほこばって立ち上がるカルタス。
「馬鹿、座ってろ。リラックスしてろ」
「あ、はい」
 
 ――管理局遊撃隊本部
「スバル、絶対勝ちなさいよ」
 ティアナは赤い糸を握りしめ、自分の中のリンカーコアを意識した。
 もっと強く、もっと早く、もっと激しく!
「シスターシャッハ?」
「はい、わかっています」
 カリムとシャッハも、赤い糸を握りしめる。
 ガリューの入っている生体ポッド、ウェンディ、オットー、そしてセイン。それぞれが赤い糸を握りしめる。
「……ジュニア、頑張るんだよ」
 
 ――教会
 一人のシスターが慌ててシスター長に報告をしている。
 イクスの手に、いつの間にか赤い糸が巻き付いている、という報告だった。
 ……スバル、負けないで
 
 ――第97管理外世界
「フェイト、わかったよ。エイミィもリンディも応援するからね」
 アルフは赤い糸を握りしめる。
「フェイトちゃん、ファイトだよ」
「クロノは何をしているのかしら、こんな時に。頼りない息子ね……」
「あー、クロノ君は、もう前線じゃないから……」
 
 同時刻、とある豪邸にて。
「なんだかわからないけど、なのはたちの頼みなら!」
「もちろんだよ」
 見る者全てが振り返るような美しい女性が二人。
 一人は赤い糸を握りしめ、拳をふりあげている。
 そしてもう一人は微笑みながら、やはり赤い糸を握りしめていた。
 
 同時刻、とある喫茶店にて
「なのは……」
「大丈夫だよね、なのはなら」
「当たり前だ」
 近所でも評判の仲のいい家族三人は、揃って手のひらに置かれた赤い糸を見つめている。
 
 同時刻、ドイツ某所にて
「なのは、がんばれよ……」
 精悍な青年の目は森へと向けられているが、その目はどこか遠くを見つめていた。
「なのはちゃん……」
 その隣に立つ、美しい女性もまた、同じく。
 そして二人の手には、赤い糸が。
 
 同時刻、イギリス某所にて
「お父さま」
「ああ、これが彼女への最後の援助になるかもしれんな」
 海峡を渡る冷たい風に、二人の妙齢の女性は目を細めた。
「まだまだですわよ、お父さま」
 車椅子を押す二人、そして車椅子に乗せられた老人の手には、赤い糸が。
 
 ――無限書庫
 ユーノは無言で祈っていた。拳に赤い糸を結びつけながら。
 妻の無事を。
 そして初恋の人の無事を。
 
 ――ミッドチルダ各所
 グリフィスは、クロノとともに出撃許可を求めて奔走していた。
 シャーリィとマリエルは、ティアナの元へ向かう途中だった。
 アルトとルキノは、ヴァイスが持ち出したヘリを誤魔化そうとしていた。
 そのときヴェロッサが、メガーヌが、ラグナが皆、同じものを見た。
 
 そして誰もが、全ての祈りを込めて赤い糸を握りしめた。
 
 ――旅の鏡は道を開く
「う……う……」
 リインの身体が小刻みに震えていた。
 通常のユニゾンではない。変則的な、そして大容量の魔力のパイプ役なのだ。異常なまでの負担が小さな身体にかけられている。
 それでも、通常の空間ならば可能なはずだった。そうでなければ、ジュニアはこの策を取らないだろう。しかし、不必要なまでの高濃度のジャミングがかけられているのだ。それだけ負担は大きくなっている。
 だが、負けるわけにはいかない。
 ……リインちゃん、無理はしないで。私に負担を回してくれていいのよ。
「大丈夫……です」
 シャマルは魔力の一部をシールドに回している。リインの負担が減れば減るほど、シールドも薄くなるのだ。
 シールドが破壊されれば無数の砲撃の餌食になるのは見えている。それは絶対に避けなければならない。
 ……それが貴方の限界なの?
 リインの肩に、誰かの手がかけられる。
 ユニゾン中の自分に触れられる者などいない。リインは意志の力を必死に振り絞った。
「誰です?」
 いや、それは無駄な質問だった。質問の寸前、リインは答えを知ったのだから。
 風になびくようにリインの頬をくすぐる銀の髪。そして、燃えるような真紅の瞳。
 ……貴方の限界はそんなものではないでしょう?
「あ……あ……」
 ……力を出しなさい。貴方の……いえ、私たちのマイスターのために
「はいっ!」
 懐かしく温かい祝福の風が、ツヴァイを包み込んでいた。
 
 ――旅の鏡は道を開く
「アギト、まだ行けるか?」
「当たり前だ! シグナム、あたしに遠慮なんかしてんじゃない! あたしの力、好きなだけ使ってくれ!」
 元々、シールドを張るのは柄ではない。進み、破壊し、焼き尽くす。それが烈火の剣精の力であり本性だ。敵を倒し勝ち取ること、それが融合騎としてのアギトの力だ。
 しかし、護るべきことをアギトは知っていた。
 ルーテシアを護ったゼストとガリューの誇りは、間近で見ていたアギトが一番よく知っている。
 誰かを護ること、護り抜くこと。時には己を捨ててでも何かを護ること。それが、アギトにとっての二人の教えだった。
 護りたい。
 ルーテシアを。この人たちを。
 ゼストの分まで。
 だから、限界なんてない。
 ……そうだな、アギト
 誇らしげな声が聞こえた。
 ……皆を護ってくれ。お前なら、できる
 アギトは振り向こうとしなかった。
 ただ、呟いた。
「任せてくれ、旦那」
 背後ではない、どこか遠くの空に向かって。
 アギトは決して認めない。その呟きに涙が混じっていたことなど。
 
 二つの集束の輝きは、競うように膨れあがっていく。
 しかし、立体映像で浮かび上がるクアットロは笑っていた。
 勝利の確信に、強者の論理に浸った笑み。
 そうだろう。
 二つの輝きには一見してわかるほどの差があったのだ。
 無限に生まれ死んでいくコピーを力とした輝きは、ますます広がりそして眩しくなっていく。
 ディエチとヴィヴィオの前の輝きは、それに対抗こそできても勝利はあり得ない。その程度の輝きなのだ。
「まだだ……まだだ……」
 複数のテンプレートを同時に頭上に展開させながら、ジュニアは死の輝きを睨みつけていた。
 死に負けてはならない。あれは、陰の輝きだ。絶対に負けてはならない。生ある者として。生きていく者として。死を乗り越えてこその生者なのだ。決して、負けてはならないのだ。
「ウーノ、頼むよ」
 モニターを眺めながらウーノのISに自らのデバイスを繋げたスカリエッティは、呆れたように呟く。
「……確かにユニークではあるが、洗練されているとは言い難い醜い式だな」
 ……解析している?
 スカリエッティは、展開中のジュニアの魔法式を解析している。さらにあろう事か次の瞬間、とある式がドーターズを経由してジュニアに示される。
「改良式だ。それを使えば、効率は上がる。今すぐ書き換えたまえ」
 ジュニアは一度睨みつけると、その方程式をデバイスに取り込んだ。
 その瞬間、ヴィヴィオとディエチが驚いたように声を上げる。
 集束の輝きが劇的に増したのだ。そして、二人はデバイスの耐久限界を試すような駆動を必死で押さえつける。
 ディエチはイノーメスカノンを抑えながらヴィヴィオを見る。凄まじいばかりの魔力流入はデバイスの不安定を招き、このままでは精密な砲撃は難しい。精密な照準など必要とされない高出力砲撃ではあるのだが、不安定な砲撃は避けたいのが砲撃手としての本能でもある。
「ヴィヴィオ、ストライカーをもっと強く保持して」
「やってるよ!」
 悲鳴のような声。
 ……力が足りない
 ヴィヴィオは歯を食いしばり、ストライカーを構え直そうとする。
「……お願い」
「力を……」
 今にも消え失せるような小さな、しかしはっきりとした意志を込めた声。
 チンクは咄嗟に、自分の両脇に寝かされている二人を見た。
「キャロ? ルーテシア?」
 BOOST UP POWER
 ストライカーとカノン。二つのデバイスが目に見えて安定し始める。それを握るディエチとヴィヴィオにはわかった。背後から送られてくる、魔力のブーストが。
 ケリュケイオンとアスクレピオスが起動しているのだ。
 しかし首だけで振り向いた二人が見たのは、かぶりを振るチンクだった。
「二人とも気を失っている。今のが精一杯だったんだ」
 ただ頷いて、二人は再び前を向いた。
「ヴィヴィオ、もう大丈夫だね」
「はい」
「キャロとルーテシアが支えてくれる。きっと、他の人たちも」
 デバイスを温かいと二人は感じていた。それは物理的な熱ではない。リンカーコアではない、テンプレートでもない。
 それは、二人を支える心。
「感じるよ……なのはママのパパ、ママ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、アリサさんやすずかさん、エイミィさん、ゲンヤさん……」
「……応援してくれてるんだ……あたしたちを」
 集束の輝きが増していく。
 クアットロの哄笑はしかし、二人を嘲笑うかのように響き渡っていた。
「無駄な足掻きですよぉ。無限の複製の前に、どんな抵抗ができるというのかしら?」
「できるかどうかじゃない」
 エリオは叫ぶ。
「俺たちは抵抗する」
 客観的な判断を、誰もがとうに捨てていた。
 ここで敗れれば、後はない。
 ここで倒せなければ、次はない。
 敵はこれから強大になるだけなのだ。
 今この瞬間だけが最初で最後の機会なのだと、誰もが理解していた。
 ストライカーを握るヴィヴィオの手に自分の手を被せるなのは。
 はやては、ディエチの手に自分の手を重ねた。
「ヴィヴィオ、落ち着いて。ヴィヴィオなら、上手くやれるよ」
「ディエチ、あたしがついてる。皆、どこまでも一緒やよ」
 フェイトがはやてとなのはの残った手を握る。
「負けないよ。絶対に」
 
 ――旅の鏡は道を開く
「あの子は、このうえまだ私に厄介をかけるつもりなのね」
「また、そんなことを言って。嬉しそうな顔をしてますよ」
「私が? まさか」
「お嬢様は、どうなさるのですか?」
「助けるよ」
 当たり前のことを聞かないで、と幼い声が憤然とした口調で言う。
「失礼しました。では、全員一致ですね」
「私は賛成していないのだけれど?」
「言われなくても、わかりますよ」
 使い魔は主人の名前を呼び、主人の娘の手を取った。
 プレシアの手が、エリスの手が、アリシアの手が赤い糸を掴む。
 
 さらなる輝きが一同を照らすように広がっていく。
 確認のためにデバイスのモニターを見たジュニアは、思わず口走っていた。
「いったい、どこに繋がっているんだ……」
 ノーヴェがそれを聞き咎める。
「どこって……ジュニアがわかってないのか?」
「……僕が行き先を指定する訳じゃない。僕たちの内の誰かが助けて欲しい人、そうでなければ僕たちを助けたいと思う人、旅の鏡は自動的に取捨選択しているんだ」
「どうやって、そんなの見つけるんだよ」
「言い方を変えるよ。心が繋がっている人だ」
「それで、いったいどこに繋がっているの?」
 モニターを覗き込んだセッテが尋ねる。
「虚数空間だ。それ以上は僕にもわからない。リインも、父さんの式も、僕が予想した以上の出力を叩きだしている。そこから先は全くの未知だ」
「大丈夫なのかよ!」
 ノーヴェの言葉に、それでもジュニアは微笑んだ。
「僕には、自分の式よりももっと信用できるものがある」
「なんだ、そりゃ」
「心。僕たちの心だ。式では出せない心があることを僕は知っている。僕自身がその証明だ。僕がジェイル・スカリエッティになりきらないこと、それが心の証明だ!」
「その心の力、ぶちかましてやろうぜ」
 エリオがジュニアに並ぶ。
「スペックだけじゃないってことをね」
 その逆隣にはスバルが。
「リンカーコア集束フル出力、行くですよ!」
 リインの合図に、全員が身構えた。
 ジュニアがデバイスを纏った拳を握りしめる。
「テンプレート全開!」
 さらに、新たな四つのテンプレートがジュニアの頭上に開いた。
 力の奔流がジュニアのデバイスを経由し、ディエチの集束球へと流れ込んでいく。
 セッテが、チンクが呻く。
 ノーヴェが、ディードがテンプレートを凝視していた。
「ウーノ姉様」
「……トーレ!」
「……! ドゥーエ姉……」
「ドクター!」
 震えるジュニアの身体。あまりにも強大な力が負担となり、ジュニアの体を震わせている。
 まるで、消防車の放水をたった一人で受け持っているようなものだった。強大な力がジュニアの精神を翻弄するように荒れ狂っていた。
「くっ……う……」
 そして。
 ……貴方なら、できる……
 クアットロの哄笑が止まった。
「何故っ!」
 悲鳴のような声があがる。
「今更っ!!」
 全員が見た。
 ジュニアの頭上に輝く、最後のテンプレート。緑の輝き。
 ……貴方なら、制御できる……
「……クアットロ……」
 ディエチが呟く。
 ジュニアは拳が優しく握られるのを感じた。
 それは、初めての感触。
 それは、母の感触。
 ……御免ね、何もできなかった……
「母……さん……?」
 ……せめて……
 その瞬間、ジュニアは理解した。
 目の前に立ちはだかる敵の正体を。
 クアットロの名を奪った者の正体を。
 そして、
「ヴィヴィオっ! ディエチっ!」
 二人は悟る。
 今がその時だ。
「スターライト!!」
「ブレイカー!!!」
 全てのリンカーコアが燃え上がる。
 あらゆるテンプレートが身を焦がさんばかりに輝く。
 質量すら伴うような光の嵐が二つ、星さえ焼き尽くす勢いで激突した。
 コピーの悲鳴があがる。無から生み出され、命を吸われ、それすらも無駄に終わった魂の悲鳴が。怨嗟と喜悦の混じった、消滅と解放の悲鳴が。
 光の嵐が別の嵐を巻き込み、気象現象と見紛うばかりの渦が大地に叩きつけられた。地面が削られるという表現よりも、消し飛ばされるという表現がそこには相応しいだろう。
 事実、一つの島の半分が消えたのだ。
 奇妙な静けさが、残った島を支配していた。
「……ロストロギア、コピー、ともに反応無し」
 シャマルが周囲を走査する。
「終わった……?」
 呟いたノーヴェに、ジュニアは首を振る。
「まだですよ」
「でも反応が……」
 ジュニアはそれに応えず、ゆっくりと下降していく。そして、他のメンバーも。
 やがて地面につくと、ジュニアはコピークアットロがいたはずの場所へと歩を進める。
 そこにはただ、無惨な破壊跡だけが残されていた。
「いないか……」
 振り向いて戻ろうとした喉元に突きつけられるピアッシングネイル。
 解除されるIS、シルバーカーテン
 コピークアットロが姿を見せた。
「どれほど敗れようとも、私がいれば、再起はできるんですよ。複製器はまだあるんですから」
「無理ですよ」
 涼しげな顔で、ジュニアは言う。
「貴方を、ディエチさんが狙っています」
 言葉通り、ディエチはイノーメスカノンを狙撃モードにして構えている。
「あらぁ、ディエチちゃん、貴方にジュニアちゃんを見殺しにできるのぉ?」
「できないよ」
 ディエチもまた、平静のままに答える。
「だけど、ジュニアはクアットロの息子なんだ」
「知ってますけれどぉ?」
「ジュニアはついさっき、お母さんに贈り物をもらっているんだよ」
 ISシルバーカーテン
 ジュニアの姿が消え、ディエチの横にその姿が現れる。
「同じISを、発動できるようになったんだ」
「殺……」
 コピーの顔が憤怒に歪む。
「姉さんの仇」
 呟いたディエチのカノンの銃弾が、コピーの額を貫いた。
 
 
 
 病院の裏には小高い丘があり、緑の木々が茂っていた。
 丘を登りながら、ルーテシアは風を感じていた。
 事件が終わってから一週間。両足を折って入院しているキャロの見舞いにやってきたのだけど、その当人がいない。
 病室にいるはずのキャロはいないのだ。両足が折れているとはいえ、車椅子を使えば一人で動くことはできる。そもそも、歩くことにこだわらなければ魔法で飛行すればいいのだ。それだけなら足はいらないだろう。
 ルーテシアは、キャロの気配を探っていた。
「ここだよ」
 やがて、一本の木の陰に座っているキャロが声をかけてくる。
「ルーちゃんからは逃げられないからね」
「うん。逃がさないよ」
 ルーテシアは、答えるとキャロの横に腰を下ろす。
「病室にいないの?」
「……エリオが……来るから」
「貴方の夫よ」
「うん……でも……」
 キャロはぽつりぽつりと、ローヴェンに捕らえられていた時のことを話し始める。
 エリオがクローンであることに嫌悪を抱いた自分に、エリオの妻でいる資格はあるのだろうかと。
 しかし、ルーテシアはあっさりと答えた。
「そう。それじゃあ、エリオは私がもらう」
 キャロは何も言わない。
「キャロがそういう気持ちなら、私は堂々とエリオにアタックするから。私は、キャロと違ってエリオに近いもの。私は、貴方よりもクローンのエリオに近いから」
 スカリエッティによってレリックを埋め込まれた、実験体だった自分。親に捨てられたとはいえ、ただの人間であるキャロよりも、エリオには近い存在だろうと言っているのだ。
「そうかも、しれないね」
 俯いていたキャロは顔を上げる。
「そうだよ。キャロには、結局エリオは相応しくない。ただ、フェイトさんに一緒に引き取られていただけ。兄妹のような関係を、恋愛と勘違いしていただけ。キャロは、エリオの勘違いを利用しただけ」
「勘違いじゃない!」
 キャロは叫んでいた。
「私は、エリオのことが好きだった! だけど……でも、もう、エリオの顔が見られないの。私は、エリオの生まれを侮辱しているから」
「見なくていい。貴方の分まで、私がエリオを愛するから」
 ルーテシアは立ち上がり、キャロを冷たく見下ろした。
「だから、キャロは正直に言えばいいの。ローヴェンのところで何があったのかを。まだ、エリオには言ってないのでしょう?」
 キャロはルーテシアを見上げる。
「言えないよ。……エリオのようなクローンになりたくないと思ったなんて、言えるわけないよ」
「だったら、別に構わない。私たちの目の前から消えて。二度と、エリオと私の前に姿を見せないで。さよなら、キャロ」
 ルーテシアはきびすを返すと、キャロから離れようとする。
「……嫌だよ」
 背後からの小さな声に、ルーテシアは足を止めた。
「そんなの、嫌だよ」
 ルーテシアが振り向くと、キャロが自分を睨みつけているのが見える。
「嫌だ。エリオと二度と会えないなんて、嫌だ」
「キャロの身勝手」
「身勝手でいいよ!」
 叫びながら、キャロはルーテシアに手を伸ばす。
「でも、私はエリオが好き! 好きなの! それは変えられないの!」
「貴方は、クローンは嫌なんでしょう?」
「関係ない! クローンであろうがなかろうが、エリオはエリオだから!」
「だったら、それでいい。それを本人の前で言えばいい。貴方は自分の言ったことに怯えているだけ。それをエリオに見せることもできないで一人で悩んでいるだけ」
 キャロの目が大きく見開かれる。
「……ルーちゃん?」
 キャロは見た。ルーテシアの肩に止まるインゼクトを。
「まさか……」
「うん。エリオがずっと見てたよ。ジュニアにお願いして、インゼクトの見たもの聞いたことをモニターに映してる。それをエリオに見せているはずだよ」
「キャロ!」
 全速力で駆けて、息を切らしているエリオがそこにいた。
「キャロ! 俺は、俺だろう!? クローンであろうがなかろうが、俺は俺だ! 君がそう言ったんだろう!?」
「あ……」
 ルーテシアは、小さな溜息をつくと、その場を後にした。
 何をやっているんだろう?
 エリオを奪うチャンスかも知れなかったのに。
 だけど、わかっていた。
 自分はエリオが好きだ。だけど、キャロのことも好きなのだ。
 そして、一緒にいる二人が一番好きなのだ。
 自分は、一人でもいい。
 ――三十分後。
 遊撃隊本部に戻ったルーテシアは、仏頂面で食堂にいた。
 その理由は、同じ食堂の隅にいる二人だ。
「これ、美味しいはずッスよ。ガリューにも食べられるものを作ってもらったッスからね」
 ウェンディが、ガリューに飲み物のようなものを勧めている。
 ガリューはおとなしく、されるがままにウェンディの歓待を受けているようだ。
「ガリューの故郷について調べたから、あれで合ってるはずだ。アイツにとっちゃご馳走間違い無しだぜ」
 嬉しそうに言いながらルーテシアの前にコーヒーを置く食堂主任。六課の食堂でも主任を務め、解散後には市井に引っ込んでいた彼トランザを遊撃隊にスカウトしたのはエリオとスバルだ。今ではエリオやスバルの飲み友達でもある。
「余計なこと……」
「なんか言ったか? ルーテシア?」
「なんでもない。私にも、何か出して」
「ん。……もしかして、ウェンディに嫉妬してるのか? 死線を一緒に潜った仲だって言ってたけどな」
「注文には素早く応じなさい」
 ルーテシアはむすっとした顔で食堂の別の方向を見る。
 なんとなく、コピーフェイトをなのはが嬉しそうに砲撃していた、というのは冗談でも何でもないような気がしてきた。
 
 
「ここからは、僕一人で行くよ」
「うん。待ってるから」
 ディエチはジュニアを見送ると、待合室の椅子に腰掛けた。
 あの戦いが終わっても、何も変わらなかった。
 遊撃隊に対する管理局の扱いも、ほとんど変わっていない。
 エリオたちはあまり気にしていないようだが、今でもほとんど「戦闘に特化した便利屋」扱いなのだ。
 今回のFM事件(と呼称されることになった)は、一般の目にはほとんど触れていない。被害そのものは決して小さくはなかったが、解決に至る道は一般人とは遠い場所で行われていたのだから。
 そう考えれば、ドクターや自分たちはかなり目立っていたのだな、と今更ながらにディエチは思う。
 ただ、一般局員の目はかなり変わったような気がする。
 なにしろ、かつての六課の英雄たちも巻き込んで解決した事件なのだ。エリオやスバルは事情を知る者からは一目置かれるようになったし、自分たち元ナンバーズに対する嫌がらせも、以前に比べれば随分減っている。
 それでも、大きな変化はない。
 自分たちは、消耗部隊。限りなく不正規部隊〜イレギュラーズに近いのだ。
 ただ、変わった面もいくつかある。
 一つは、セッテが遊撃隊にいること。
 ドクターとウーノは再び拘置所に戻る道を選んだが、セッテは更正する道を望んだ。FM事件での功績を買われ、自分たちに比べれば身柄預かりの期間はかなり短くすんだようだ。身元引受人は、フェイトが名乗りを上げているらしい。
 そして、後は細かい変化。
 ジュニアは、ISを使えるようになったことで前線に出る機会が増えた。とは言っても、単独行動は禁止されている。
 変化は間違いなくあるのだ。それが望むものであろうとなかろうと。
 
 近況報告などはとうに終えていた。
 それが終わってしまえば、話すことなどさほどない。
 ジュニアは時計を見た。
 どうせそろそろ、面会時間は終わる。
「では、そろそろ失礼します。お父さん」
 立ち上がったところに、声がかかった。
「わかっているはずだ」
 スカリエッティの言葉に、ジュニアの足が止まる。
「いずれ、君が道を踏み外すときが来るだろう」
「貴方は、道を踏み外したことを認めているんですね」
「世界の目で見るのなら。私は道を踏み外しているのだろう。しかし、私は常に、私自身の世界の中心にいるつもりだ。私から見れば、道を踏み外しているのは君たちだよ」
「僕には僕の、貴方には貴方の世界があり、中心がある。だけど、それは絶対的なものじゃない。他人の世界を破壊してまで固執するものじゃない」
「一人の世界ではないさ。私にはナンバーズがいた。今はウーノがいる。君には誰がいるんだ? 君には共に道を踏み外すものがいるのか? 世界の中心を同じくする者がいるのか? ディエチたちは君に従うのか」
「僕は信じています。僕が道を外れたとき、彼女たちなら僕を諫めてくれるだろうということを」
「ウーノたちは、私を諫めるべきだったのかな?」
「わかりません。僕と貴方とでは、スタートラインが違いすぎる。その意味で、僕はひどく恵まれているんです」
「そうだな。しかし君は、いや私たちはこの世界では、どこまで行ってもイレギュラーな存在でしかいられない。それは生まれ落ちた瞬間からの呪いなんだよ」
「もしこの世に呪いがあるのなら」
 ジュニアは再び歩き始める。
「神の恵みも同時にあるはずでしょう、お父さん」
 去っていく背後に、愉快そうな笑いが聞こえた。
 ジュニアは、スカリエッティの笑い声を聞きながら、面会室を後にした。
 待合室に戻ると、ディエチとチンクが待っている。一緒に来たのはディエチだけのはずなのに、と思っていると
「迎えに来ました。非常招集です」
「何があったの?」
「管理外世界で隠匿されてた戦闘機人プラントを、セッテたちが見つけたと報告が」
 拘置所を出ながら、ジュニアは所内では禁じられているデバイス通信を起動した。
「ジュニア、チンクとディエチと一緒に、直接向かってくれ」
 通信機の向こうで、エリオが全体通信に切り替える気配がした。
「全員出動!(IRREGULARS ASSEMBLE!)」
 
 
 
 

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