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乾杯
 
 
 勝手知ったる無限書庫。
 その書庫本館から繋がる渡り廊下は、小さな別館に繋がっている。
 ちょうど手頃な山小屋程度の別館は、宿泊施設であった。
 とは言っても、使っているのはほとんど一人。いや、その一人のために準備されている施設だと言い切ってもいいくらいだろう。
 その証拠に、施設内部には私物が散乱している。知らぬ者が見れば単純に、独身男の住む一室に見えるだろう。
 そんな部屋まで歩を進めて、クロノは立ち止まる。そして部屋の入口で露骨に、何処かわざとらしく顔をしかめた。
 
「まったく。相変わらずとはいえ、暗い部屋だな」
 
「灯りは充分に点けているつもりだけどね」
 
 部屋の主は、クロノの嫌味にも気付かないように朗らかに返した。
 
「そうか。だったら、部屋の主の心が暗いんだろう」
 
「ふーん。この部屋が暗く感じるなんて、もう老眼が始まったのかい? エイミィさんも大変だね」
 
 肩を竦めながら言葉を返すのは部屋の主というより、この無限書庫全体の主と言っていいだろう。
 無限書庫司書長、ユーノ・スクライアである。
 
「それでも、人間の言葉だけは生意気にも上手くなっていくようだな。フェレットの分際で」
 
「しつこいね。いつも同じ事ばかりで。自分の言ったことももう忘れているのかかい? あー、こりゃあ本当に老化が始まっているみたいだな」
 
「しつこいのはどっちだ。未だにフェイトが君と結婚した理由がわからないよ」
 
 その言葉で、戸棚に向かっていたユーノがゆっくりと振り向く。
 手に持った二つのグラスをテーブルに置き、
 
「ああ、僕が悪かった、ごめんなさい」
 
 さらにゆっくりと、はっきりと、楽しそうに笑みを浮かべて、
 
「クロノ義兄さん」
 
 そう、ユーノが言い終えたか言い終えないかの内に、鋭い音と共に立ち上げられるクロノのデバイス。
 
「よし、ゆっくりと後ろを向くんだ。いや、抵抗してくれないか。逮捕の際に抵抗したためやむなく制圧、ちょっとしたミスで死亡ということにしておくから。なに、減俸三ヶ月ぐらいで収まるさ。罪状は詐欺でいいな。フェイトを騙して結婚した罪だ」
 
「やだなぁ、義兄さん。そんなに怒るなんて」
 
「……先月入った新しい司書は、結構な美人らしいな」
 
 ユーノの動きが止まる。
 そこに擬音を当てはめるとすれば、ピタリというよりギクリ。
 
「実は彼女、母さんの教え子でもあるんだ」
 
「え。リンディさん、教師だっけ?」
 
「正式な教師ではないが時々、臨時講師として頼まれることがあるらしくてね」
 
「へ、へえ。さすがリンディさんだね。えーと、さて、クロノ。実はとっておきのワインがあってね……」
 
「彼女から聞いたけれど、司書長がとても親切で、親身に教えてくれるらしいよ」
 
「誤解は良くないよ。クロノ」
 
「いやいや、僕だって、まさかスクライアにその人有りと言われた司書長殿がパワハラとセクハラの混合技を極めているとは思っていないさ」
 
 ははは、と乾いた笑いを浮かべながら、ユーノはケータリングの保温BOXから料理を取り出す。
 
「さて、冷めない内に食べようよ」
 
「僕は疑わないとも。僕はね」
 
 ユーノは結婚してから知った、フェイトの嫉妬深さの方向性を。
 いや、ユーノは浮気はしない。だから嫉妬深さなど可愛さの一種のような物だ……と思っていたはずだった。
 因みに、万が一ユーノが浮気していたとしてもフェイトは別に暴力には訴えないだろう。ザンバーモードで斬りかかったりすることはない……はずだ。
 ただ、ひたすら泣く。そして周囲に訴える。
 その代わりにユーノのもとへ事実確認に現れるのはエリオ、キャロ、シグナムである。これは非常に困る。
 エリオはまだいい。事態の沈静に動いてくれる。ユーノの言い分もちゃんと聞いてくれる。問題は残る二人である。
 キャロとシグナムはどう足掻いてもフェイトの味方だ。それも、多分に依怙贔屓的な。
 さらに、事態を無責任に面白がるはやて。最近ではそこにセインとウェンディが加わった。
 
「止めてくれないかなぁ、怒ったキャロって結構恐いんだよ? はやてなんか、さらにその上から火に油注ごうとするんだから」
 
「ギンガを呼べばいいだろう。今や、ヴィータやゲンヤ・ナカジマと並んで八神ストッパーの三巨頭だ」
 
「そんなことしたら、スバルやノーヴェにまで色々知られるじゃないか。二人に知られるってことは、ヴィヴィオやアインハルト達にも知られるってことなんだぞ!」
 
「ああ、そういえば君は昔、ヴィヴィオにもモーションかけていたな、このロリコン野郎」
 
「義妹によからぬ想いを抱いていた人に言われたくないなぁ。あ、フェイトに近づかないでもらえます? お義兄さんキモイですから」
 
「そういうのをゲスの勘ぐりって言うんだ」
 
「でもお風呂覗いたよね」
 
 今度はクロノの身体が硬直する。
 
「あ、あれは事故……」
 
「え? 本当に覗いたことあるの? うわ、それは引くなぁ」
 
「……いずれ君とは決着を付けようと思っていたんだが」
 
「いいよ。確か今のところ、六十七勝六十四敗で、僕の方に分があったと思うけど」
 
「捏造は止めてもらおうか。僕の六十六勝六十五敗のはずだ」
 
「細かいことを気にしているから、老けるのも早いんだよ」
 
「よしわかった表に出ろ」
 
「冗談。君を傷つけたらフェイトにもエイミィさんにも怒られる」
 
「同じ言葉を返してやるよ。フェイトやエイミィが止めなかったら、とっくに君をミッドチルダから叩き出している」
 
 大きく一つ、これ見よがしのわざとらしい溜息と共に、ユーノはボトルを手に取った。
 
「じゃあ、こっちで勝負でいいね」
 
 ボトルの向こうには、何故か大量に準備されているグラス。
 
「望むところだ」
 
「言っておくけれど、こう見えて僕はかなり強いよ」
 
「覚悟の上だ」
 
 やがて二人のグラスにたっぷりと注ぎ終えたユーノがボトルを置く。
 
「万が一、本気で戦ったとしても、負けるつもりはないけどね」
 
「どうせ、馬鹿の一つ覚えのバインド設置だろう。まったく、進歩がないな」
 
「それに関してはどっちもどっちだろう。君の戦法だって、見る限り進歩は全くないじゃないか」
 
「フェレット相手に新戦法なんて必要ないね」
 
「何時までも古いやり方引きずってるのは君らしいけどね」
 
「引きずるのは、お互いに得意じゃないか」
 
「ああ。それこそ、お互い様だ」
 
 吐くように言い捨てるとユーノは口を閉じ、グラスの中身を一気に煽る。
 空のグラスを叩きつけるように置くとクロノを睨みつけ、
 
「そうだ、お互い様なんだ。僕ら二人とも、まだ引きずっているんだから」
 
 同じくクロノもグラスを空にすると、ユーノの手元のすぐ隣にグラスを音高く置いた。あたかも、ユーノの同じ行為に挑むかのように。
 
「だから、ここに来た」
 
「知ってるさ」
 
 ボトルを傾け、グラスに中身を注ぎ、またもや一息で空けてしまう。
 一連の動きは、まるであらかじめ繋げられていたように滑らかだ。
 
「フェイトに聞いた。君がエイミィさんに聞いたように」
 
「フェイトは笑ってたか? それとも怒ってたか?」
 
「エイミィさんと一緒だよ。……もう、受け入れているさ」
 
「最低だ」
 
 クロノが飲み終えグラスを床にたたきつける。
 砕けたグラスの欠片の上に、ユーノが自分のグラスを叩きつける。
 
「ああ、最低だ。僕も、君も」
 
「未だに引きずってる」
 
「多分、明日も、これからも」
 
 一言ごとにグラスは空になり、空になると叩きつけられ、その度に新しいグラスへと酒は注がれる。
 
「僕らは、ずっと裏切ってる」
 
「そして、許されてる」
 
「慈悲深い妻を持って幸せか?」
 
「責め苛まない妻を持って不幸か?」
 
「幸せじゃないと罰が当たる」
 
「わかってるじゃないか、だったら何故君は」
 
「何度も言わせるな、僕たちは同じ穴の狢だ」
 
 二人が同時に呟く。
 
「同じ馬鹿野郎だ」
 
 だから、
 二人は杯を合わせる。
 二人は乾杯する。
 二人の共通の想い出に。
 二人の共通の裏切りに。
 
 二人の、初恋の、相手に。
 顔も知らぬ、彼女の婚約相手に。
 
 
 
 三ヶ月後、高町なのはは結婚する。
 友人一同の祝福のもとに。
 
 
 
あとがき
 
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