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ローテーションN2R〜ディエチの場合
 
 
 
 早朝、まだ薄暗い内から厨房に入っているディエチに、普段なら一番早起きなチンクが声をかける。
「おはよう、ディエチ。今日は早いな」
「あ、チンク姉、おはよう」
「朝食の準備か? 今朝はウェンディの番だったと思うのだが」
「いいよ、別に。どうせ、ついでだしね」
 ついで、という言葉にチンクは少し考えて、すぐにあることを思い出した。
「そうか、今日はディエチの番だったな」
「うん。お昼には、ギンガが迎えに来るよ」
 多分スバルも、と付け加える。
「またスバルも来るのか、珍しいな。姉上は、我々の更正の担当でもあるから時間はとれるだろうが、スバルは時間を取るのも大変だろうに」
「あたしがお願いしたことがあるんだ。会いたい人たちがいたから」
 施設の外には知り合いなどほとんどいないはずだった。隔離施設にいるドクターや姉妹、そして教会に身元を預けられている三人の姉妹は別だが、前者にはまず面会は不可能。後者ならばスバルに頼む必要はない。
 そしてそれ以外のナンバーズ時代の知り合いなど、さらに少ない。ルーテシアとアギトくらいだろう。
 思いついた名前を口にしようとしたとき、チンクの背後からけたたましい声が聞こえた。
「あーーーーーーーーーーーっ!!! あたし、また寝坊した!?」
 ウェンディが全速力で厨房に駆け込んできた。
「ご、ごめん、ディエチ」
「大丈夫。ウェンディは寝坊なんてしてないよ」
「へ? でも、ディエチとチンク姉が……」
「姉は目が覚めたから顔を出しているだけで、ディエチは自分の用事のついでに朝食を準備しているだけだ。安心しろ」
「良かったぁ」
 へなへなと崩れ落ちるウェンディ。チンクはその大袈裟な様子に苦笑する。
「それほど気に病むようなことでもあるまい」
「当番をミスると、ギンガがうるさいッス」
「ウェンディ。それはミスではなくて、サボったときだろう」
「う。そ、それは……」
 図星らしく、ウェンディは小さくなって食器棚の方へ。
「ディエチ、皿を出すッスよ。メニューは何スか?」
「パンとハムエッグ。それに、サラダとリンゴジュースだよ」
 テキパキと皿の準備を始めるウェンディ。チンクもそれを手伝い始める。
 結局この日は、一番最後に姿を見せたノーヴェをウェンディが「お寝坊さんッスね〜」とからかって始まることになった。
 
 
 ディエチが彼女に会うのはこれが初めてというわけではない。
 事件当時にはスコープ越しに一回。そして直接一回。
 事件が終わった後は数回。ただ、こちらから会いに来たのは初めてだ。そして、ナカジマ姓を得てからも。
「無理を聞いてくれてありがとう、二人とも」
「いいよ、別に気にしなくても。そんなに難しい事じゃないし。ただ、お休みをあわせるだけのことだったんだから。それに、六課の時と比べるとお休みはかなり取りやすくなっているんだし」
「ディエチのお願いで動いたのはほとんどスバルだったしね」
 更正施設にディエチを迎えに行ったスバルとギンガは、そのまま三人で移動、別のもう一人をこの喫茶店で待っている。
「ううん、それでも、感謝している」
「それに、私も久しぶりに会いに来る理由ができて嬉しいかなって」
「スバルも? ああ、そうか」
 ディエチはうなずいた。
「スバルは、あの人に師事していたんだったね。ノーヴェとチンク姉、セッテとトーレ姉みたいに」
「そうだよ」
「あたしも、クアットロとはそうだったのかな」
「うーん、どうなんだろ」
 ノーヴェとチンクはわかる。今の二人を見ていてもよくわかる。自分とギン姉とはまた違った、しかし紛れもない姉妹だなと二人を見ていると思う。セッテとトーレも、伝え聞く話からするとそうなのだろう。
 クアットロはよくわからない。直接対峙したことはないけれど、伝え聞く話だけでもディエチの姉とはちょっと思えないのだ。伝え聞いているのが話半分だとしても、ディエチの師事する相手としてふさわしいようにはスバルには思えなかった。
 ギンガは、困ったように首を傾げている。
「お待たせ、ギンガ、スバル、ディエチ」
 三人が待っていた相手が姿を見せる。それは高町なのはだった。
 三人がなのはに挨拶をすませると、今度は四人で動き始める。
「お昼ごはんまだでしょう?」
「あ、あの、なのは…さん」
「どうしたの、ディエチ」
「お願いしていたことは……」
「うん。大丈夫。すぐに会えるよ。ご飯の前の方が良かったかな?」
「いえ、あの、実は……」
 なのはは、ディエチが大事そうに持ってる紙袋に気づいていた。
 まさかイノーメスカノンではないだろうが。いや、それだと紙袋が小さすぎる。
 ディエチが中身を説明しながらそれを紙袋から取り出したとき、一番驚いた表情を見せたのはスバルだった。
「お弁当……」
「スバル、そんなに驚かれると、困るよ」
「ディエチにお料理の心得があること自体が、私としてはびっくりだけど」
 なのはの言葉に、ディエチは少し笑った。
「チンク姉は料理ができないし、ノーヴェとウェンディはそもそもやろうともしないから。あたししかいないんだ。もっとも、朝食ぐらいなら皆、なんとか作るけどね」
「お昼や夕食は、ちゃんと施設で出るんでしょう?」
 なのはの問いにはギンガがそうだと答える。
「だけど、時々作ってますよ」
 ナンバーズだった頃から料理は作っていた、とディエチは言う。
 すると、今度は全員の視線がディエチに集まった。
「考えてみれば当たり前だけど、なんだか意外」
「そうね。そりゃ、ナンバーズだって食事は必要だし、スカリエッティが食事を準備する図って言うのも想像できないもの」
「あの、あたしはドクターにお料理を習ったから」
「ええっ!」
 なのはが叫んだきり絶句する。
「ドクター・スカリエッティがお料理……」
 ギンガも頭を抱えていた。
「想像しにくいことこの上ないですね」
「他に作る人がいなかったんです。姉たちは皆忙しくしていましたし、セインやウェンディ、ノーヴェに任せるわけにはいきません。セッテは論外でしたし。オットーとディードはお互いのための食事なら準備したかもしれませんけれど」
 事件に関する尋問でも聞いたことのない初耳だった。とは言っても、事件の詳細を知るための尋問で食事当番など聞くわけはないのだけど。
「えーっと、そうするとディエチが12人分を作っていたわけ?」
「いいえ」
 首を振るディエチ。
「ゼスト様やルーお嬢様、アギトさんがいるときは16人分でした」
「一人多いよ?」
「ガリューさんです」
「ガリュー、普通の食事もするんだ……」
「頭数が多いと、煮込みや汁物は美味しく作れるから助かる」
 なんだかものすごく庶民的な一言だった。
 殺伐とした事件の裏でも、そんな風に過ごしていた時があったのだろう。
「それじゃあ、今夜のご飯もあたしが作ろうか?」
「えー。いいなあ、ギン姉……」
 悔しそうな顔のスバル。今夜は勤務シフトがあるのだ。だから、せっかくのディエチのごはんを食べることができない。
「お願いしようかな。父さんもきっと喜ぶわ」
「お父さんも……? うん。あたしが作るよ」
「じゃあ、晩は決定ね」
 そうなると、再び話題はお弁当に戻る。
「お弁当というよりもおやつと言った方がいいかもしれませんけれど。聖王陛下に召し上がっていただきたいと思って」
「あー、ディエチもそうなんだ?」
「え?」
「セインやオットーたちもそう呼ぶことがあるけれど、ヴィヴィオはヴィヴィオだよ。聖王陛下って呼ばれるのは、ヴィヴィオも好きじゃないと思うの」
「そうなんですか? では、どうお呼びすれば……」
「ヴィヴィオでいいの」
「ヴィヴィオ、ですか」
「うん。その方が喜ぶから」
「わかりました」
 夜間勤務があるから、と言ってその場を去るスバルに別れを告げ、三人はなのはの住むマンションへ向かう。
 ディエチが今日、会いたいといった相手はなのはではない。会いたかった相手は高町ヴィヴィオだった。
「一度きちんと会って、謝罪しておきたかったんです」
 ディエチのその言葉を、なのはは受け入れた。
 そして、マンションへ向かう道でもう一度ディエチは自分の意志を告げている。
「ウェンディだって、ノーヴェだって、チンク姉だって、同じ気持ちのはずです。いえ、セインもオットーもディードも。ルーテシアお嬢様だって、ガリューさんだって」
 それ以上の名前の羅列を、なのはは求めない。
 それ以上の名前を出せば嘘になる。それはディエチにもよくわかっていた。
「前も言ったけれど、ヴィヴィオは謝罪なんて望まないと思う。だけど、ディエチがそう言いたいというのならそうすればいいと思う」
 自分がやったことを謝るのなら。となのはは付け加える。
 ギンガはディエチの表情を見た。ディエチはなのはの言葉に俯いてしまっている。
「誰かの分まで謝るなんて、誰にもできないよ、そんなことは」
「それは……」
「償う意志のない人の罪を、罪を償おうとする人が引き受ける必要はないの」
 あえて名前を出さないのは、なのはの優しさだろうか、とギンガは思った。
 ディエチにとっては、姉なのだから。
「だけど、それはディエチの自由なのかもしれないね」
 なのはは立ち止まる。
「自分のものでない誰かの罪まで背負うのはおかしな話かもしれないけれど、それがもし自分にとって大事な人のためだったら、背負ってしまうものなのかもしれない」
 罪も運命も輪廻も、何もかも背負って走り続けていた人を知っているからね、となのはは続ける。
「でも、その人は一人で背負っていたわけじゃないよ。かけがえのない大事な人たちと一緒に背負っていたんだよ」
 皆で一緒に、大罪と運命と輪廻を背負っていた人たちがいる。
 背負うためにまた新しい宿命を背負って、それでも背負うことをやめない人たちがいる。
「なのはさんがそこまで言うのなら、凄い人なんでしょうね」
 何故かそこで、なのはは首を傾げて微妙に微笑んだ。
「ディエチのお義母さんになるかもしれない人だけど……」
 ギンガの目が少し険しくなった。
「え? お義母さん?」
「ナカジマ三佐がお義父さんなわけだから……ね」
「え、ええ?」
「ん、なんでもない。さ、着いたよ」
 何の変哲もない、強いて言えば平均よりは少し高級なマンション。だけどもここには高町なのはの住居がある。すなわち、ヴィヴィオの居場所。
 ディエチは、持っていた包みを無意識に背負い直す。
「心の準備はいい?」
 楽しそうに、少し悪戯っぽくなのはが言う。
「はい。いつでも」
 その答えにギンガが苦笑した。
 そしてディエチは、マンション正面玄関に一歩踏み出した。
 
 
 ディエチはヴィヴィオに約束させられた。 
 また、必ずおやつを作って持ってくること。なのはとフェイト、そしてユーノの分も含めて。
 そしてディエチは、その約束を喜んで果たすと言ったのだった。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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