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ローテーションN2R〜ノーヴェの場合
 
 
 
 食事中、ふと壁掛けのカレンダーに目をやったウェンディが言った。
「およ? そういえば明日は、ノーヴェの番ッスね」
「え、あ」
 ノーヴェはとっさに腕を組んで首を傾げる。
「あ、明日? えっと、何の日だったかな。うん、何の日だったかな。忘れちまったよ。なんだっけ?」
「え? 覚えてないの?」
「だから何の話だよ、ウェンディ。あたしは何の話だか全然わかんねえよ」
「楽しみにしてたと思ってたんスけどねぇ」
 ウェンディの言葉に立ち上がるノーヴェ。
「な、何言ってやがる! なんであたしがあんなおっさんのところに行くのを楽しみにしてるんだよっ!」
「……ノーヴェ、よく覚えてるじゃないか」
 ディエチの静かな指摘に、ノーヴェは一瞬凝固した。
「い、いや、別に覚えていたわけじゃ」
 姉妹たちのやりとりを静かに眺めていたチンクがスプーンを置いて言う。
「ノーヴェ、おっさんとは何だ。仮にも私たちの引き取り手、養父なのだぞ」
「……ごめん。チンク姉。でも……」
 ニヤリ、とウェンディが笑う。
「うーん。ノーヴェは照れ屋さんッスねえ」
「誰が照れてんだっ!!」
「ひょっひょっひょっひょ〜。そういうのを照れてると……」
「ウェンディもいい加減にしろ」
「へーい」
 
 
 毎日というわけではないが、数日毎のインターバルを置いて、元ナンバーズ現ナカジマ四姉妹は一人ずつこの施設を出て外泊することになっている。
 具体的にはナカジマ家。
 名目としては「外泊研修」。さすがに全員が同時というわけにはいかない。今の段階では一人ずつ順番の外泊が精一杯なのだ。
 
 
「別に、楽しみになんてしてたわけじゃ」
 翌日、迎え(公的には「護送」)に来ているギンガとスバルの前で、まだノーヴェはぶつぶつと文句を言っている。
「ノーヴェ。そんなに嫌ならあたしが替わろうか?」
 ディエチがおずおずと切り出した。
「え?」
「だから、嫌なら順番を替わってあげるよ」
「え、えっと、それは……良くないだろ。ちゃんとルールは守らなきゃ」
「うん。それもそうだね」
「どうしたの? ノーヴェ」
 その様子を見ていたスバルが不思議そうに言うと、ウェンディが笑い出す。
「照れてるんスよね、ノーヴェは」
「うるせえっ! あたしはこんな外泊嫌なんだ! そもそも、どうしてお前がそこにいるんだよ、担当はギンガだろ!」
「休みが重なったから、あたしもたまにはつきあってみようかと思って。せっかく姉妹になるんだから」
 現在、スバルは一人で職場近くのマンションに住んでいる。
 マッハキャリバーがあるのだから、実家からでも通えないわけではない。しかし、災害救助という職務を考えると、やはり普段は近場に住んでいた方が何かと都合がいいのだ。
「ノーヴェ、本当に嫌なのかなぁ」
 ギンガについて行くノーヴェの後ろ姿を見ながら、寂しそうに呟くスバル。
「すまないな。スバル」
 その背後から、チンクが声をかけた。
「しかし、あまり気に病む必要はない。ノーヴェはああいうやつなのだ。素直な物言いは苦手だが、あいつも本当に今回の外泊を楽しみにしていた」
「そうなの?」
「もちろんだ。ああ、スバルは……」
 言いかけて、チンクは口を閉じる。
「なに?」
 スバルが尋ね返すと、チンクは少し言いづらそうに口を開く。
「スバルは、私の言うことが信じられないのか? こう見えても私は、お前の……その……」
 おほん、と咳払い。
「姉なのだからな」
 驚いて、やがてニッコリと笑うスバル。
「ありがとう、チー姉」
「ちーねえ?」
「ギンガ姉さんがギン姉だから、チンク姉さんはチー姉」
「ギンガがギン姉なら、チンク姉はチン姉じゃないんスか?」
「ウェンディ、それはちょっと……」
 ディエチに袖を引かれ、ウェンディは退場していく。
 呆れたような目でそれを見送ると、チンクはもう一度小さな咳払い。
「妙な邪魔が入ってしまったが、とにかくノーヴェのことなら心配はいらない。姉が保証する」
「うん。わかった」
 
 
 家に入っても、ノーヴェは落ち着かない様子だった。
 考えてみれば仕方がないのだろう。普通の家というものをノーヴェたちは知らなかったのだ。落ち着けという方が無理だ。
 しかし、更正施設を出た後は嫌でもこういう世界に慣れなければならない。普通の家の普通の暮らしを知るのも更正教育の一環なのだ。
「ここが、普通の家か?」
「普通よ? 父さんのお給料だったら、このくらいの家に住んでいてもおかしくないもの」
「経済の話じゃねえよ」
「じゃあ、なに?」
 ギンガが真面目な顔で尋ね返す。
「普通の家に、戦闘機人がいるかよ」
「いるじゃねえか、ここに」
 何言ってやがる、と続けた伝法な調子の声に、ノーヴェは背筋を伸ばす。そしてギンガとスバルは、
「あ、お帰りなさい」
「お、なんでぇなんでぇ、今日はスバルも帰ってたのかよ」
「えへへ、ただいま、父さん」
「おう」
 そしてゲンヤは再びノーヴェに視線を戻し、
「えーと、ノーヴェだったな」
「あ、あ、そうだよ」
「なに緊張してんだ、おまえさんは」
 ノーヴェの脇を通りながら、ゲンヤがポンと頭を撫でる。
「ま、楽にしてゆっくりしろや」
 上着を脱ぎながら、自分の部屋へと向かうゲンヤの後を追うギンガ。
「父さん、上着は脱ぎ捨てないでっていつも言ってるでしょう? もぅ、今日はノーヴェもいるのに」
「ギン姉も大変だね」
「ん? これでも普段はスバルがいないから半分の苦労で済んでるのよ?」
「う……。ごめんなさい」
「冗談よ。さ、ごはんの支度すませるから手伝って」
「うん。じゃあノーヴェ……ノーヴェ?」
 三人で一緒にやろう、と言いかけたスバルの言葉が止まる。
 ノーヴェは固まっていた。ゲンヤに頭を撫でられたまま、固まっているのだ。
「……ノーヴェ?」
 顔を真っ赤に染めたノーヴェは動かない。というより動けないのかもしれない。
「男の人、苦手? でも、ドクターやゼストさんと一緒にいたんだよね?」
 スバルは首を捻るが、わからない。
「もしかして、父さん?」
 そして即座に、
「あはは、それはないか、さすがに。父さんだもんね」
 年の差的に、とスバルは言いたかったのだけど、ノーヴェには通じていないようで。
「血は繋がってない!」
「え?」
「は?」
 スバルとギンガの当惑と不審の混ざったまなざしに、ノーヴェは首を振る。
「え、えっと、あたしの遺伝子情報はほら、あの、おっさんのとは全然違うから。あたしは、ほら、ハチマキたちと一緒な訳で……!!」
「それは知ってるけど。そのあたしが、父さんの娘なんだから、ノーヴェだって娘でいいんだよ? それに、どっちにしても養子になったわけだし」
 ギンガが、スバルの肩を叩く。
「スバル。夕飯の支度は私たちだけでやってしまいましょう。ノーヴェは、父さんを呼んできてくれるかな?」
 慌てるノーヴェ。ギンガはニッコリと笑ってその反論を封じる。
「多分、先にお風呂だろうから、お風呂が終わってからね」
 
 
 自分は何をしているんだ。とノーヴェはつくづく思った。
 何でこんなところ……風呂場の前……で待機しているんだろう。
 中からはお湯の流れる音。
 夕飯の支度からは外されてしまっている。というより、支度を手伝えといわれても皿を並べるくらいが関の山だ。
 こんなとき、他の三人ならどうするのだろう。
 チンク姉やディエチなら、あっさり夕食の支度を手伝っているのだろう。
 チンク姉にできないことなどない、とノーヴェは固く信じている。ディエチなら、素直に言われるまま手伝うだろう。
 ウェンディは……
 ……あのバカは、「パーパりーん」などと言いながら「背中流すッス」と乱入しかねない。
 もしそんなことをしようものなら、問答無用にガンナックルでぶん殴る。あと、蹴りまくる。
 何故って?
 ……失礼だからだ。せっかく養女にしてくれた相手に失礼だからだ。更正施設を出るきっかけを作ってくれる相手に失礼だからだ。他の理由なんてない。強いて言うなら、ウェンディがバカだからだ。
 他の理由なんてない。
 ないと言ったらないっ! あるわけないっ!
「誰かいるのか?」
 頭の中で誰かと会話していると、ゲンヤの声が聞こえた。
 だてに陸の偉いさんではない。こちらの気配を感じたのだろうか。
「返事がねえってことはノーヴェか。何やってんだ、んなとこで」
「待ってるんだよ」
「俺をか? ま、いいや。石鹸とってくれねーか? どうやら切らしちまってたみてえだ。どこにあるかはギンガに聞いてくれ」
「わかった」
 台所に行くと、ギンガはすぐに石けんを出した。それを受け取ろうと手を出すノーヴェを不思議そうに見つめている。
「別にいいわよ? 私が父さんに渡すから」
「あたしが、頼まれたんだ」
 少しの逡巡。
「うん。父さんは気にしないだろうしね。ノーヴェが渡していいよ」
 石けんを渡すと、再びギンガは台所に戻っていく。
 脱衣所のドアを開けて、ノーヴェは浴室のドアを見る。
「ここに、置けばいいのか?」
 ドアの向こうに声をかけると、答えはすぐに返る。
「おう、頼む」
 石鹸を置き、ノーヴェはしばし佇む。
「何してんだ? なんか珍しいものでもあるかい?」
「別に……」
「だったら、出てくんねえかな。照れちまう」
「あ、あの」
「なんだい?」
「お風呂から出たら、すぐに夕食だって、ギンガが」
「ん、わかった」
 湯をちゃぷちゃぷと書き混ぜる音。
 ノーヴェは無言で立ちつくしている。
「なあ、ノーヴェ」
 沈黙を破ったのはゲンヤだった。
「年寄りは長風呂が好きってのは定番だが、さすがにこれじゃあ、ふやけちまう。話があるなら、メシの時にしてくれねえかい?」
「……ごめん」
 ノーヴェは駆け出すようにして脱衣所を出た。
 ドアを閉めたと同時に、背後でゲンヤが浴槽から出てくる音がする。
 
 
 結局、夕食の席では何も言えなかった。
 一度だけ、ゲンヤが訝しげな視線を向けてきたけれど、ノーヴェは何も言わなかった。
 夕飯が終わると、互いの近況の話。ノーヴェにとっては、施設での姉妹の様子を話すだけのこと。さらには将来の話、いずれ施設を出た後の身の振り方。
 どう問われても、ノーヴェには明確なビジョンは出てこない。というより、管理局で働くという道しか思いつかないのだ。それ以外の道は見えないというよりもわからない。
 管理局なら、少なくとも戦闘機人、元ナンバーズとしての力は重宝される。必要以上に力を隠すこともない。
 認めるのは業腹だが、スバルと同系統の力なのだから同じような任務はできるだろう。
 そんな、ノーヴェにとってはあまり建設的とは思えない話をしているうちに結構な時間は過ぎていく。
 そのうちに、寝る時間が迫ってくる。
「大変だよ?」
 スバルがお風呂に入り、ゲンヤが寝室に戻ったところでギンガは突然言う。
「父さんはそういうことには鈍感だから」
「何のことだよ」
「見ていればわかるわよ。でも、父さんから見れば、私たちはクイント・ナカジマの血を引いた実の娘みたいなものだから」
「血は繋がってない」
 ノーヴェの答えは同じだった。
「年の差もあるしね」
「関係ない」
「気づいてる? 私も貴方と同じ条件だって」
「同じって……お前……」
「父さんから見れば私も貴方もただの娘」
「違うね」
 ノーヴェの言葉に、ギンガは目を大きく見開いた。
「あたしは、あの人を父さんなんて呼ばない」
「え?」
「チンク姉やディエチ、ウェンディがどう呼んでも、あたしは絶対に父さんなんて呼ばない。父さんになって欲しい訳じゃないんだ」
 ノーヴェはつかみかかるようにギンガに詰め寄った。
「お前は、父さんって呼んでるじゃないか。諦めてるんだ。だから、あたしはお前とは違う」
 その手を振り払い、逆につかみかかろうとしてギンガはやめた。
「そうかもしれない」
「だったら……」
「だけど、ライバルは多いわよ?」
 面白がるような響きが、ギンガの口調にはあった。そう、いつの間にか本音をズバリ話していることにノーヴェは気づいていないのだ。
「多いと言うよりも、とびっきりの凄いライバルが」
「なんだよ、そりゃ」
「六課の部隊長だった人」
 げ、とノーヴェは呟いた。
 八神はやて。知らないわけがない。
 一人でトーレ、セッテを倒し、ドクターを捕らえたフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
 単身ゆりかごに乗り込み、ディエチとクアットロを撃破、あげくに聖王まで倒してしまった高町なのは。
 その二人とともに、管理局三悪魔(命名・セイン)として恐れられている八神はやてである。
 さらには、子飼いの私兵としてヴォルケンリッター〜オットーを捕らえたザフィーラ、シャマル。騎士ゼストを倒したシグナム。破壊不可なはずのゆりかごを破壊したヴィータ〜を擁するのだ。
 凄いとかそういう問題ではない。
 身震いのようなものを感じたが、それは武者震いだとノーヴェは思いこむことにした。
「あれ?」
 そこでようやく、ノーヴェは何かおかしいと気づく。
 よく見ると、目の前にはニヤニヤと笑うギンガの顔。
「あ……」
「気づいた?」
「忘れろ! 忘れろ!」
 そこにいるのはほとんど毎日顔を合わせる更正担当官、さらには想い人の娘である。
「忘れろ! いいな! 忘れろよ!」
「どうしよっかなあ」
「頼む、忘れてくれ!」
 ギンガに平身低頭頼み込むノーヴェ、などという珍しいものを目の当たりにした風呂上がりのスバルが、ぽかんとした顔で二人を見ていた。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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