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ローテーションN2R〜ウェンディの場合
 
 
 なんだろう、この雰囲気の重さは。
 重いというか、苦しいというか。
 逃げ出したくなるような雰囲気。
 ……なんかこの人、苦手ッス。トーレ姉やセッテみたいな感じ……
 ウェンディはその場からゆっくりと離れようとした。
「どこへ行く」
 あっさりと見つかって、鋭い口調の質問。
「え、えっと……トイレ。トイレッス!」
「急いで済ませろ。あまり時間はないのだろう?」
「もちろんッス」
「あ、そうだ」
 シグナムは肩に止まったアギトに言う。
「アギト、案内してやってくれないか。この辺りはウェンディも不案内だろう」
「あいよ」
 アギトは楽しそうに飛びながら、ウェンディの鼻先をかすめた。
「こっちだよ、こっち。イレブン」
「あたしにはウェンディって名前があるッスよ」
 追いかけながら、ウェンディが訂正する。しかし、アギトは直さない。
「11番目じゃん」
「だから、ウェンディ」
「わかったわかった、11番」
「うがーーーーーっ!!」
「はい、トイレはそこ。ていうか、あんたら、トイレ使うんだ」
「人をなんだと思ってるんスか」
「だって、あたしはルールーみたいにあんたらと一緒にいることなんてほとんど無かったもの」
「それはそうッスけど」
「早く済ませろよ、シグナム待たせてんだから」
「わかってるッス」
「逃げるなよ」
「……セインじゃあるまいし、どこから?」
「排泄物と一緒に流されていくとか」
「そんなの、チンク姉に言われてもお断りッス」
「ま、今更逃げても行くところなんてねーか」
「アギトも同じっしょ?」
「あたしは逃げる必要なんて無い。八神家の一員として、シグナムの融合騎として認めてもらっているんだからな」
「あたしだって同じッスよ。ナカジマ家の一員として、ウェンディ・ナカジマになったッス。逃げる必要は全然無いッスよ」
 ウェンディの剣幕にたじろぐアギト。
「言い過ぎたな、アギト」
 シグナムがアギトの頭を軽くこづいた。
「え? シグナム? どうして?」
「お前たちの声が大きすぎるんだ。向こうまで聞こえてきたからな、慌てて止めに来たんだ」
 そしてウェンディに向き直り、
「お前はさっさと用事を済ませろ」
「は、はいっ!」
 
 十分後、三人は路線バスに乗っていた。
 アギトは公共交通機関が珍しいのか、おとなしくじっと周囲を観察している。リインが初めてバスに乗ったときと同じだと言うことに気付いて、シグナムは心の中で失笑していた。
 そしてようやく、ウェンディが慣れてきたらしい。妙な緊張感が薄れている気配がある。
 すると、バスの中でしばらく黙っていたウェンディが、小さな溜息とともに言った。
「管理局って、思ったよりセコいんスね。まさか民間の路線バスに乗るとは思わなかったッス」
「お前たちの社会見学、社会復帰学習も兼ねてだ。とはいうものの、私も路線バスは滅多に乗らないがな」
「ボードの方が早いッス」
「任務でもないのに飛行許可を取るつもりか」
「あ、ああ、そうか。あたしらは許可なんて取ったこと無いから」
「当たり前だ。スカリエッティがそんなもの取っていたら驚きだ」
「それもそうッスね。あたしらもそんなのがあったら驚きッス」
 思いついた、と言うように目を輝かせるウェンディ。
「ああ、でも、ドゥーエ姉が適当にとってたかも」
「いくらなんでもそんなことをしていれば気付く」
 シグナムは呆れていた。
 シグナムはナンバーズとはほとんど直接戦っていない。目の前にしたのもドゥーエだけだ。
 しかし、ザフィーラとシャマルが一度は落とされたこととゼストの力からある程度の類推はしている。
 それが、これである。
 一応、チンクからは「セインとウェンディは別格と思って欲しい。一見はあれだが、能力は決して低くないのだ」とは言われているものの。
「ところで前から聞きたかったんスけど」
「……なんだ」
「シグナムさんは、八神さんの私兵なんスよね?」
「私兵……まあ、そんなようなものだ。家族と言った方が近いがな」
「家族……アタシとセインやチンク姉みたいな?」
 闇の書に関してここで話すつもりはシグナムにはない。しかし、この問いはウェンディにとっては大切なものではないのか、という気もする。
 ギンガが言っていたのだ。
「ウェンディがチンクやセインで例えるときは、本気で話していることが多いです」と。
 たしかに、家族というのはナンバーズにも特別なものなのだろう。作られた者、と言う意味では自分たちもナンバーズもそう違いはない。
「その例えなら、お前にとってのチンクやセインは、私にとってのヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リイン、そしてアギトだな」
「それじゃあ、八神さんは?」
 そこでシグナムは悩んだ。
 主、という意味ではナンバーズにとってのスカリエッティなのだろうか。いや、それは違う。仮に例えとして正解だとしても、主とあのスカリエッティを同列に置くなど、断じてできるわけがなかった。
「……そうだな……」
 例えるなら、ヴォルケンリッターの人格など考えもしなかったスカリエッティは過去の主だ。
 ならば……
 シグナムは心の中でうなずいた。
「そうだ。われらヴォルケンリッターとその融合騎がお前たちナンバーズとするならば、主は今のお前たちにとっての騎士カリムやナカジマ三佐にあたるだろう」
「へえっ、なるほど。だったら、恩人ッスね」
 シグナムはおやっと思った。ということは、ウェンディは騎士カリムやナカジマ三佐を恩人だと思っていることになる。なるほど、ギンガが元ナンバーズたちを社会復帰させようとしているのもわかるような気がする。
「それで、お前の質問とは何なのだ?」
 話題が脇道に逸れてしまい、肝心のウェンディの質問がまだ終わってない。
「ああ、そうッスね。あの、八神さんって、パパリンのことが好きなんスか?」
「パ……パ……リン?」
「ゲンヤさんのことッスよ。あたしらのパパになるんスから、パパリンッスよ」
 シグナムは少しゲンヤに同情する。
「さあな。主の私生活にまで我らは干渉するべきではないと思うからな」
 実のところ、噂は聞いたことがある。相手が相手なので、静観を決め込んでいるだけだ。
 これがろくでもない相手だったり、あるいは相手が相手でも内容が「はやてが泣かされている」だったら、ヴォルケンリッター総出撃で相手の男を袋だたきにしているだろう。
「そッスか。八神さんがママリンでもいいかと思ったんスけどね」
 ママリンは断固阻止しよう、とシグナムは心に決めた。
「あ、次降りるんじゃねえの?」
 アギトの声でシグナムは時計を見た。約束の時間には間に合いそうだ。
「次で降りよう」
「了解ッス」
 バスを降りると、ウェンディは大きく伸びをする。
「やっぱお外はいいッスね」
「騎士カリムも主はやても尽力されている。完全とは言えないだろうが、ある程度は自由にできるようになるだろう、あと少しの辛抱だ」
「シグナム?」
「どうした?」
 立ち止まったウェンディが真剣な顔でシグナムを見ていた。
「あたしらは、誰にお礼を言えばいいんスか?」
「礼?」
「カリムさんも、八神さんも、ギンガも、パパリンも、みんな、礼なんかいらないって。でもあたしらは礼ぐらい言えるんス」
「礼を求めてお前たちを助けたわけではないだろう」
「そういう意味じゃなくて!」
 シグナムはウェンディの言葉に、ある遣り取りを思い出す。
 
 
「我らは主に限りない恩を感じています」
「そう言ってもらえるのは嬉しくないこともないんやけど、なんか違う」
「主……?」
「家族のために何かやるんは当たり前やろ? 恩とか、そんな言葉で言う必要はあらへんよ。家族を助けるんは当たり前や。そんなん、わざわざ言葉にすること違う」
 主はやてはそう言うと、微笑んだのだ。
「そやけど、おおきにな、シグナム。そう言ってもらえると、やっぱり嬉しいわ」
 家族。主はやてにとっての家族という言葉がどれほど重い意味を持っていたか、そのときのシグナムは気付かなかった。
 しかし、今ならわかる。
 家族を持つことの無かった主にとっての「家族」の重要性が。
 
 
「それなら、家族になることだ」
「家族……?」
「……ディードに何かあったら、お前はどうする?」
「それは……あたしにできることがあれば助けるッス」
「どうして?」
「どうしてって、妹だから……あ……」
「礼を言われるために、ディードを助けるわけではあるまい?」
「うん……」
「セインやチンクが、ノーヴェがお前に礼を求めたか?」
 マナーとしての礼のことではない、とウェンディにもわかっている。
「ない……」
「それなら、そういうことだ。礼を言う替わりに、早く家族になるんだな」
「家族……」
 アギトが飛び飽きたのか、ウェンディの肩に座る。
「あたしは、今は八神の家にやっかいになってるけど、ルールーとは家族みたいなつもりだぜ。旦那とルールーと、ずっと三人でいたんだからな」
「あたしだって、パパリンやスバルやギンガや、ディエチやチンク姉やノーヴェと一緒に……ティアナだって!」
「ティアナはカンケーねーだろ」
「あるッスよ。きっと」
「そうなのか?」
「親友と書いてマブダチっす」
 いったいウェンディはこういう言葉をどこで覚えてくるのだろう。
「別に、強敵と書いて友、でもいいっすけど」
 うむ。それはいい言葉だ、とシグナムは思った。
 強敵と書いて友。実にいい言葉だ。テスタロッサにも教えてやりたいものだな、とシグナムは心密かに誓う。
 そう考えているうちに、目的地が目前に。
「ここだ」
「ここが、ナカジマ家……」
 ウェンディにとっては初めての場所。これまでも外出許可は取っていたけれど、不思議と偶然が重なって来ることのできなかった場所。
 ようやくその場所を訪れることができるようになった外出日。だけどギンガもスバルも任務で動けなくて、それでも保護観察中のナンバーズに付き添うにはそれなりの戦闘力が必要だと言われると、ゲンヤでは心許ない。
 たまたま非番だったシグナムがその役目を買って出たのだ。
「ここで家族になるんスね」
「そうだな」
 突然、ウェンディは走り出した。
 慌てて後を追うシグナム。
「シグナム!」
 アギトの言葉にシグナムは軽くうなずいた。
 わかっている。今のウェンディに悪意はない。
 ウェンディはすぐに足を止めた。家の前、玄関先で。
 シグナムを待っている。
「ウェンディ?」
「……ふっふっふっ」
「?」
「ナカジマ家へようこそッスよ、シグナム!」
 勝ち誇ったウェンディの表情に、シグナムは呆気にとられ、そして苦笑した。
「ここがあたしの家族の家だから、シグナムを迎えるのはあたしの役目ッス」
「そうか。お前の……家か」
 シグナムはうなずいた。
「そうだな。確かに、お前の家だ」
 そして姿勢を正す。
「では、失礼してよろしいか? 家人よ」
 満面の笑みで、ウェンディは答えた。
「もちろんッス」
 二人は、玄関のブザーを押した。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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