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鉛筆
 
 
 フェイトが帰ると、なのはとヴィヴィオが向かい合わせにテーブルに座っていた。
 ヴィヴィオがなにやら、なのはの手元を見つめて目を輝かせている。
「うわぁ、凄い、なのはママ」
「そうかな? だけど、なのはママのママも、同じ事をしてたんだよ」
「ふーん」
 なのはママのママと言えば、翠屋の桃子さん。はて、なにかヴィヴィオが驚くような芸を持っていただろうか? 
 フェイトはただいまの挨拶も忘れて、そっとテーブルに近づく。
 近づくと、なのはが手元に刃物を持っているのがわかる。
 なにか、果物でも切っているのだろうか。それともデザート作りか。それなら、桃子さんと同じ事というのもわかるし、現になのはの作るデザートは絶品だ。こればかりは、はやての料理に心酔しきっているヴィータも認めている味なのだ。
 しかし、デザートだと「何を今更」な話でもある。
 フェイトは心の中で首を傾げながら、さらに近づいた。
 ようやく、何をしているかがわかる。それと同時に、ヴィヴィオが気付いた。
「あ、お帰りなさい、フェイトママ」
「ただいま、ヴィヴィオ、なのは」
「お帰りなさい、フェイトちゃん帰ってきたなら言ってくれればいいのに」
「なにか、なのはがやっているから。邪魔しちゃ悪いかなと思ったんだよ」
「ああ、これね。ヴィヴィオの色鉛筆だよ」
「色鉛筆なの? クレヨンはどうしたの?」
「あー、クレヨンは……」
 ヴィヴィオがうーと呻いてしょげかえる。
「クレヨンって、基本、どこにでも落書きできるよね」
 なのはの言葉に、フェイトは部屋中を見渡す。落書きどころから埃一つ無い。
 いくらハウスキーパーのアイナさんが優秀だとは言っても、埃はまだしも落書きまで消し去ることは無理だろう。しかし、部屋の中にそれらしき形跡はない。
「いや、フェイトちゃん、部屋じゃないの」
「部屋じゃないって……なにか物?」
 それなら大したこと無いではないか、とフェイトは思う。
「物というか、人というか、狼というか」
「え……」
 フェイトは理解した。
「ザフィーラ……?」
「うん」
 フェイトは絶句した。
 ザフィーラのことだから、ヴィヴィオから逃げるのは簡単この上ないはずだ。
 フェイトは念話に切り替えた。
(なのは。もしかしてザフィーラ……)
(うん。ヴィヴィオがしっかり捕まえていたから、逃げるに逃げられなかったって……)
(うわ……)
 フェイトはその光景を想像して頭痛を覚えた。
 ヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣ザフィーラを身動きできないように拘束するなど、自分となのは二人がかりでも極めて困難だろう。子供というのは恐ろしい。
(あとで謝りに行かないと……)
(はやてちゃん笑ってたけど、ちょっと顔がひきつってた)
(うん。それは仕方ないと思う)
(明日、オフィスでね。ちゃんと謝ろうと思うの)
(途中でお店によって、超高級骨付き肉買っていこうか)
(そうだね)
 念話から通常会話に戻す。
「それで、クレヨンから色鉛筆に換えたのね」
「色鉛筆なら、書けるところは限られるからね」
 少し間があいて、フェイトは最初の疑問が解消されていないことに気付く。
「それで結局、なのはは何をやっていたの?」
「鉛筆削りだよ?」
「色鉛筆を?」
「うん」
「鉛筆削り、なかったっけ?」
 考えてみれば、鉛筆自体使わないので鉛筆削り機があるわけがない。執務官という職業柄、確かに筆記具は多用するが、それは鉛筆ではない。ボールペンか万年筆、その類である。
「あるけれど、こっちの方がいいから」
 なのはは手元のカッターナイフを持ち替える。
「手で削った方がいいの」
「そうなんだ?」
 なのはのことだから、手で削った方が書きやすいとか、何かそのような理由があるのだろう、とフェイトは自分を納得させた。
「ヴィヴィオの使う物だから、私が削ってあげたいの」
 フェイトの予想となのはの返答は違った。フェイトはテーブルに座って、なのはの鉛筆削りの様子を観察することにした。
 どうも慣れていないように見える。果物を剥いたりするのとは勝手が違うのだろう。
「こだわるんだね」
 フェイトの言葉に特に意味はなかった。ただ、ヴィヴィオの使う物にこだわるなのはが好ましく見えた。それだけのことだ。
「そりゃあ、こだわるよ」
 予想に反して、強い口調の答え。
「鉛筆を削って欲しかったんだ、私も」
「なのは?」
 
 高町なのはは、手のかからない子供だった。何でも自分でやってしまい、兄や姉どころか父や母にも手をかけさせないきちんとした子供だった。
 それは、両親が喫茶店を開いていたことも関係するのかもしれない。
 両親からの世話を必要最小限に抑え、自分でできることは自分でやってしまう。そして、自分でできることの幅をどんどん増やしていく。高町なのはとは、そんな子供だった。
 だからといってなのはは、自分の境遇を寂しいとは思っていなかった。世の中にはいろいろな人がいると言うことを、なのはは知識としてではなく、生まれつき知っていたのだ。
 それはフェイトにもよくわかる。大なり小なり、フェイトも自分で自分の面倒を見なければならない子供という意味では似たような境遇だったのだ。
 だけど、高町なのはは子供だった。子供であるなのはにとって、母親は重要だった。
 けっして、桃子が子育てに関して手を抜いていたわけではない。惜しみない愛情を与えていたし、なのはもそれを感じていた。ただ、絶対的に時間という物が不足していた。
 簡単に言ってしまえば、なのははもっと母親と一緒にいたかったのだ。
 ただ一つ、なのはにとってその時間があった。母親を独り占めできる時間。
 父親の方針で、なのははシャープペンシルという筆記具を最初は使わせてもらえなかった。
「きちんとした字が書けるようになるまでは、鉛筆だけで字を書きなさい」
 それが父の教えだった。
 だからなのはの筆箱には、鉛筆が入っていた。そしてその鉛筆を削っていたのが母の桃子だった。桃子が鉛筆を削る時間。それはなのはにとって待ち遠しい時間だった。
 その時間だけは、母親を独占することができるのだ。
 母親の手元で削られている鉛筆を見ながら、なのはは学校での出来事を話す。そんなとき桃子は、わざとゆっくり削りながらなのはの話を聞くのだ。
 
「だからヴィヴィオの鉛筆は私が削るの」
 六課の教導の間、スターズ隊長としての任務の間、ヴィヴィオとは離れていることも多い。だけど、この鉛筆を削っていればヴィヴィオとはいつも繋がっていられる。
 この鉛筆をヴィヴィオが使っている限り、どこかで繋がっているのだ。
「うん。よくわかったよ、なのは」
 フェイトは微笑んでいた。
 母親との思い出が羨ましい、という想いもある。
 だけどそんなことよりも、桃子さんの傍で必死に話をしている小さな頃のなのはの姿。それを想像するだけで、フェイトは心の中がほんわかとしてくるのだ。
 
 翌日、六課のオフィスでなのはが小休止を取っていると、昼食を終えてから姿を消していたフェイトが姿を見せた。
「なのは、お願いがあるんだけど」
「どうしたの? フェイトちゃん」
「これ、お願いできるかな」
 フェイトが出したのは、数本の真新しい鉛筆。
「なのはが削ってくれる鉛筆なら、私だってヴィヴィオみたいに頑張れると思うんだ」
 一瞬鉛筆とフェイトを見比べて、そしてなのはは微笑んだ。
「うん。喜んで、フェイトちゃん」
 
 
 
 
 目撃していたスバルが、鉛筆を探して六課内を走り回るのだけど、それはまた別のお話。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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