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許されざる者
 
 鍋を仕込みつつ、店内の掃除を始める。
 それが一段落つくと、今度は明日の料理の下拵え。とにかく、夜明け前にできることは全部終わらせる。これで、明日の開店前が多少は楽になる。
 そしてようやく帰宅する頃には朝。店で作っておいた弁当を二つ抱えて家に着くと、バードがファインを起こして服を着替えさせていた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「おう。ほら、今日の弁当」
 正確には俺は二人の叔父さんだが、お兄ちゃんと呼ばせている。おじさんと呼ばれると、なんとなくおっさんになったような気分になるからだ。
「行ってきます」
「よし、行ってこい!」
 二人を見送ると、ようやく俺の就寝時間がやってきた。
 おやすみ。
 
 ……眠れない。
 考えることが多すぎる。
「なあ、トランザ、いい働き口があるんだけどな」
 俺は、今働いている店のオーナーから新しい働き口を紹介されていた。
 オヤジさんが俺たちのことを心底心配してくれているのはわかってる。甥と姪のために店の材料を少々くすねても、笑って見逃してくれるいい人だ。
 独り身の俺が小さな子供二人と借金を抱えて必死でやりくりしてることもわかってくれている。
 そのオヤジさんが言うのだから、本当にいい働き口なのだろうと思う。
「新しくできる役所の飯炊きの仕切りだよ。うちなんぞ場末のメシ屋より、よっぽど出世だぜ。給金だって全然違うんだ」
 でもな、オヤジさん、ありゃ役所じゃない。あれは機動六課って言うんだ。それに、あそこの部隊長は……
「テレビで部隊長さん見たけど、素朴そうな可愛らしい娘さんだったぞ。俺が若けりゃ、ほっとかないね」
 知ってるさ。八神はやてだろ?
 でもな、オヤジさん、やめといたほうがいい。素朴? 可愛い? とんでもない。
 八神はやてって女に見た目で騙されちゃいけない。
 あれは血に飢えた四人の狂騎士を従えた女。またの名を、闇の書の主。
 あのクソ女は、俺の親父と姉さんの仇、闇の書を従えている偽善者だ。
 なんで、そんな奴が管理局でふんぞり返って部隊長なんかやっているのか。
 それに関しては、クロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウンにも文句がある。
 クロノの父でありリンディの夫ぶるクライド・ハラオウンを殺されて、どうしてあの二人は黙っていられるのか。
 言いたくはないが、今も関係者が生きている闇の書の事件の中での最高位の被害者はクライド・ハラオウンだ。それは誰もが認めるだろう。
 その遺族が八神はやてを許すと広言しているのだ。いや、それどころか、風の噂では管理局の有志に殺されそうになったところを救ったらしい。
 ふざけるな。
 父親を殺されて黙っている息子、旦那を殺されて黙っている女房。あんたら、正気か?
 俺は親父が好きだった、姉さんが好きだった。
 二人の死んだ理由を作った闇の書は絶対に許せない。
 騎士たちが許せない。
 その主が許せない。
 俺はあの二人のように考えることなどできない。
 俺の考え方は、おかしいんだろうか?
 そんなことを考えている内に俺は眠っていたらしい。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 俺を起こすのは、学校から帰ってきたファイン。
「これ、先生がお家の人に持って行けって」
 大事そうに封筒に入って、封までされている。
 開いてみると…………
『授業料値上げのお知らせ』
 マジかよ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「あ、なんでもない」
「ファイン、学校嫌いだよ。だから行かなくても平気だよ」
 ファインは賢い。手紙の内容に心当たりがあるのだろう。
「学校、辞めてもいいよ」
 嘘付け馬鹿野郎。暇さえあれば友達の話ばっかりしてるじゃねえか。
 くそっ。
 お前みたいな子供がそんなこと気にしてんじゃないよ。俺がみっともないじゃねえか。
 
 俺は、六課で働くことに決めた。
 オヤジさんのコネなのか、俺の就職はあっさりと決まる。
 
 
 なにこれ。
 どこの大食いチャンピオン大会ですか?
 いやいや、おかしいだろ、あれはおかしいだろ。
 どう見ても子供だよ。バードと同じくらいの年だよ。なんであんなに食えるの。
 それからあの女は何? どこの化け物だよ、無限胃袋だよ。
 いや。お代わりってあんた。準備してる訳ねーだろ。
 いいか、今日そこでメシ食ってるのはあんたたちスターズとライトニング、合わせて八人だ。
 なんで速攻で三十人分が無くなってるんだよ。
 こら、赤毛チビ女、何がデザートだ、アイスだ。待て。それは違う。業務用バケットごと持っていくなぁ!
「返せ。こっちも予定があるんだよ!」
「けちけちするなよ、いいじゃん、これくらい」
「うるせっ! これは全員の分だ。独り占めすんじゃねえっ!」
「じゃあ、それを八つ持ってきてくれ」
「……総務に言って、給料から差っ引くぞ」
「飯代、別会計になったのか?」
「食い過ぎなんだよっ! 昨日の晩、経理の子が泣きながらそろばんデバイス弾いてたぞっ!」
「それ、本当ですか?」
 なんか、金髪が泣きそうな顔してやって来た。
「あのな、フェイト。こいつの言うこと本気にするなよ」
「でも、泣いてるって……」
「んなわけねえだろっ! あたしらの使ってるカートリッジに比べりゃ飯代なんて端だよ! 第一、本当に問題ならはやてがちゃんと言ってくれるって!」
 はやて? なに、あいつ、部下に呼び捨てられてんのか。人徳無しかよ。こりゃ愉快だ。さすが犯罪者。
「それはそうだろうけど。やっぱり人の分まで食べるのは良くないと思……」
 金髪、もといフェイトが言いかけたところで、俺はテーブルの様子に気付いた。
「食いたきゃ食え!」
 俺のいきなりの大声に、赤毛チビとフェイトがきょとんとする。
「食えるなら食えばいい。俺が言ってるのは、他人の分のアイスまで食うなってことだけだ。あるものを食うことに文句はねえよ」
 俺が二人に向かって言っているわけではないことに気付いたらしいフェイトが、俺の視線を追って、あ、と小さく声を上げる。
 そこには、お皿を抱えてしょげた顔の赤毛少年。
 俺は赤毛少年に向かって言い続ける。
「だから、食えるなら食えばいいんだよ。それとも何か、俺の飯がまずくて食えないとでも?」
「いえ、美味しいです!」
 ここの言い争いが聞こえて、赤毛少年は慌てて食べるのをやめたらしい。
 いや、俺も悪かった。けれど、食えばいいんだよ、子供なんだから。
 子供に腹一杯飯を食わせられない大人ほど情けないものはないからな。
「だったら食え。それとももう腹一杯か」
「えっと……」
「エリオ、正直に言っていいんだよ?」とフェイト。
「まだ、食べられます」
「よし、食え。材料はあるから作ってやる。ちょっと待ってろ」
「あ、あたしもお代わり!」
 そこの無限胃袋短髪女はちょっと空気読め。
 あ、オレンジ頭のツインテールに殴られてる。仲良さそうだな、あいつら。
 ちなみに赤毛少年の名前はエリオ、赤毛チビはヴィータ、無限胃袋はスバル、ツインテールはティアナというらしい。
「本当に美味しいです」
「世辞はいいからよ、食え食え」
「本当ですよ」
 エリオとか言う子は、なかなかに素直なようだ。
 考えてみると、ウチの二人もリンカーコアが優秀だったらこんなことしてるんだろうなぁ。考えると恐ろしいときもあるが、それがミッドの常識ってやつだ。
 才能もコネも何にもない奴がミッドで出世する早道は生まれ持ってのリンカーコア。誰だってそれくらいは知っている。
 ちなみに俺のリンカーコアはお粗末以外の何者でもない。ただ、「炎熱」の魔力変換資質があるので、野外炊飯では火種がいらない。
 ……笑うな。本気でその程度しか使い道がないんだよ。
「みんな、食べてるね」
「あ、部隊長」
「はやてちゃん」
「あたしもついでに食べていこうかな。すいませーん」
 俺は周囲を見渡した。俺しかいない。そりゃそうだ。少なくとも今日は、そんな大人数の食事は予定されてなかったんだからな。料理人だってまだ揃っていない。
「品切れです」
 エリオとスバルが真っ青になったのを見て、俺は慌てて言い添える。
「い、いえ、違います、あります、ちゃんとあります」
 そうだよな。二人からすれば、自分が部隊長の分まで食ったってことになったらシャレにならん。
 俺は、虫とか鼻くそとか精液とか、その手のものを混入する誘惑に耐えながら食事を用意した。
 自分の自制心を恨めしく思ったのは、これが初めてだ。
 
 
 
 
 
 数日すると、さすがにこの大量メシにも慣れた。何を出してもうまいうまいと喜んでくれるのは料理人としてはやっぱり嬉しい。大量に食ってくれるのだって、作り甲斐があるというものだ。
 そして日が過ぎるうちに、連中とはよく世間話もこなすようになっていった。
 最初は役職で呼んでいたのだが、リラックスしたいから普通に呼んでくれと謂われると断れない。いつのまにか隊長はなのはさんフェイトさんに、そしてそれ以外は皆呼び捨てに代わっていた。
 その、なのはさんが突然厨房を訪れたのは、夕食の片づけの最中だった。
「トランザさん。お願いがあるの」
「なんです?」
「四人分のお弁当を用意して欲しいの」
「スターズの四人ですか?」
「ええ。スバルのは多めにね」
 さすが隊長。よくわかっている。
「まあ、別にいいですけれど、いつです?」
「明後日の朝練の前にください」
「オッケー。じゃあ、おやつに甘いのオマケしとこうかね」
「ありがとうっ!」
 エースオブエースというのはもっと厳つい、「たまたま何かの手違いで女性ホルモンを持ってしまった男」みたいな奴だと思っていたのだが、食堂で話している限りは普通の女の子だ。
 俺の趣味じゃないけれど、世間一般では充分美人の部類だろう。ライトニング隊長のフェイトさんも美人だ。六課というのは顔で選んでないか、と思う。
 この二人が仲むつまじく歩いている姿はかなりの目の保養だ。つい、見物料を払いたくなる。
 まあ、一番の美人はシャリオさんに決まってるけどな。食堂に来るたびに、俺は彼女の姿に癒されるのだから。
 ほら、今日もやってきた。
「シャリオさん、何食べます?」
「えーと、今日は……」
「シャーリーもお昼ごはんですか?」
 なんか、ちっちゃいのが飛んできた。一瞬俺は殺虫剤を探すが、よく見ると違う。
「リイン曹長も一緒に食べます?」
「勿論です。コックさん、リインはサンドイッチがいいですぅ」
「よし、あんたを挟もう」
「だ、駄目です、コックさん! リインは美味しくないですぅ!」
「ちょうどいい大きさなんだがなぁ」
「駄目ですよ、トランザさん。リイン曹長を食べたら」
「……しようがない。シャリオさんに免じて見逃すか」
「ふぅ……。シャーリーは命の恩人ですぅ」
 リインフォースツヴァイ。いい子なんだよな、何であんな奴についているのやら……
 その翌日、俺は同僚からグリフィス・ロウランに関しての話を聞いた。
 …………六課の副官というエリートで、提督の息子で、容姿端麗成績優秀物腰柔和。
 そして、シャリオさんの幼馴染みにして彼氏有力候補。
 よし、グリフィスの食事に毒を入れることにする。
 と思ったが、シャリオさんが本気で悲しんだら困るのでやめた。
 まあ、あんな綺麗な人だしな。頭いい人だしな。眼鏡ッ子だしな。
 彼氏の一人や二人な。そりゃいるさ。いるとも。ああ、いるさ!
 
 
 
 
 
「アイス、例のやつな」
 この注文が来たと言うことは……。
 俺は辺りを見回した。やっぱり、誰もいない。いや、平隊員は誰もいない。なのはさんがフェイトさんとなにやら話し込んでいるだけだ。あれはデートではないと思う。
「わかった。ちょっと待ってろ」
「急いでくれ。スバルたちが来ちまう」
「……なんでだ?」
「いいから早くしてくれよ!」
 別に何を食べようとも個人の勝手だと思う。
 スバルやエリオの超盛り(大盛りなどという言葉では足りない)を見れば、ヴィータのアイスなど可愛いものだと思うが。
 どうも、アイスを嬉しそうに食べているところを部下に見られるという状況が気に入らないらしいのだ。
 しかし、俺は気にくわない。他人に迷惑をかけない範囲で食いたいものを食って何が悪いんだ。
「ほら、スペシャルギガ盛り、命名『富士山』だ」
「な、なんだこりゃあ!」
 悪いが、なのはさんの故郷にあるという喫茶店のスペシャルメニューをパクらせてもらった。
 業務用バケットのアイスを、そのまま三つ積み重ね、バナナやらリンゴやらミカンやらプリンやら、あらゆるデザートを周囲に侍らせた究極のギガ盛りアイスだ。
 いやいや、これはもうギガじゃない。ペタ、いや、エクサ盛りアイスだ。
 驚いたか、ヴィータ。
 ……なんか嬉しそうだな、おい。
「……トランザさん、スプーン後二つと小皿ください」
 いつの間にやら、気付いたフェイトさん参加。やっぱ女の子だね、嬉しそうだよ、なのはさんまで。
 富士山を綺麗に平らげた頃にはキャロとティアナとスバルまで参加していたこの不思議。
 ていうか、エクサ盛りを合計二つ追加注文されてしまったんだが。
「あ、エリオ君、遅かったね」
「じゃあ、もう一つだ。すいません、トランザさん、富士山二つ追加で」
 スバルがまた追加する。ってさらに二つかよ!
 お前ら、管理局の大食い部隊だろ。実戦部隊じゃないだろ実は。余剰食糧を極秘裏に始末して食料価格を適正化する部隊だろ。
「あー、美味しかった」
「たまにはこういうのもいいですね」
「みんな頑張っているから、今日くらいは大目に見るけれど、普段はちゃんとしたものも食べないと、すぐにバテるよ」
「そうだね、なのはの言うとおりだよ」
「スバル、聞いてる? あんたのことよ?」
「あははは。大丈夫だよ、ティア。ごはんはちゃんと食べるよ、今から」
 ……なんか言ったか? 無限胃袋女。
 さすがに一同も引いている。
「そうですね」
 ちょっと待て、エリオ、お前もか。
 って、期待の目で俺を見るな。今から飯の用意かよ。
 ま……こんなこともあろうかと、準備はしてあるんだがな。
 もう、慣れたよ。お前らの無限胃袋には。俺はお前らのエンゲル係数がとっても知りたい。
 ほら、パスタとサラダだ。今日はこんなところでいいだろ、さすがに。
「私も頼む」
 ああ、シグナムさんか。デザートには参加してなかったね。
「あと、こいつの分もな」
 足下を示すシグナムさん。
 そこにいるのはザフィーラ、六課の番犬、もとい、番狼だ。
 しかし、誰がこんなところで狼飼ってるんだ? もしかして誰かの使い魔なのかねえ。
 とにかく俺は、ザフィーラのために骨付き肉を準備する。
 くわえた皿を引きずっていくザフィーラ。あの賢さはやっぱりただの狼じゃない。そもそも、言葉がわかっている節があるしな。やっぱり誰かの使い魔だろうか。
「いつも苦労をかけているな」
「え? ちょ、ちょっと、何言い出すんですか。シグナムさん」
「いろいろ、工夫してくれていると聞いている」
 食事のことだろうか。まあ、できるだけ温かいもの、できるだけ旨いものってのは、メシ食わせる人間としての基本だからな。
「おかしな時間に食事を頼むこともあるだろうに、嫌な顔一つせずにやってもらっているからな」
「シグナムさんたちは、戦うのが仕事みたいなもんでしょう?」
「ん? ああ、そうだな」
「俺は、そんな貴方達に飯を食ってもらうのが仕事です。貴方達が手を抜かないのに、俺が手を抜くわけにはいきません」
 実際は、八神はやて配下と聞いて、適当にやろうと思っていたのだが。一度訓練を見たときに俺は、そんな風に考えていた自分をぶん殴りたくなった。
 よく考えれば、八神はやてとこの人たちは単なる上司と部下だ。あの女の悪行にここの隊員は関係ないのだ。
 隊員たちは真剣に任務を考えている。見ているだけでゲロを吐きたくなるような過酷な訓練を続けているのだ。
 だったら俺のできることってなんだ。精々旨い飯を楽しく食ってもらうこと。それしかないじゃないか。
「生意気かも知れませんけど、俺だってプロですよ。貴方達とジャンルは違うけど、六課所属のプロですよ」
「そうだな。済まなかった。だが、当たり前のことに感謝しても、悪くはあるまい?」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、やり甲斐がありますよ。二番目にね」
「二番目? そうすると、一番目は?」
「そりゃあ、『旨い』って言ってくれることですよ」
「そうか。だが、それは容易いことだぞ。ここの食事ならな」
 いい人だ、シグナムさん。いい女だし。強いし。巨乳だし。
 まあ、一番の美人はシャマルさんだけどな。
 シャリオさん? 誰それ。
 
 
 
 
 
 休暇の日は、基本的に家でごろごろしている。正直、遊びに行く金もない。勿体ない。本当に貧乏なんだから仕方ない。
 はっきり言えば、食費や光熱費の節約のために 出勤したいくらいだ。事実、俺はバードたちと重ならない休日はだいたい返上している。
 なんと言ってもただメシはでかい。しかも評判まで良くなるんだから。
 しかし、この休暇は別である。遺族の会からの連絡を待っているためだ。
 またの名を、「闇の書の主を許さないの会」、あるいは「名前を変えても逃がさないの会」という。
 ここからの情報は本当に有り難い。おかげで、八神はやての情報が手にはいるのだ。もっとも、どこまでが本当でどこまでがガセかは調べようがない。
 少なくとも、六課部隊長という話は本当だったが。
 
 ノックの音。
 外へ出ると、玄関先に一枚の紙。
 そこに書かれているのは落ち合う先。
 まだるっこしいと感じることもあるが仕方がない。はっきり言って、この遺族の会は違法組織に近いのだから。
 リンディ・ハラオウンが所属している「遺族会」とは全く違うのだ。
 向こうは、「不幸な事故で亡くなった遺族を偲び、皆で手を取り合って頑張ろう。そして夜天の主としてかつての『闇の書』を更正利用する八神はやてを影ながら応援しよう」というコンセプト。
 こっちは、「八神はやてを一生許さない」がコンセプト。
 はっきり言ってしまえば、俺は前者に属する連中は頭がおかしいと思っている。もしくはいわゆるDV配偶者が死んで、感謝している連中か。
 そして連中は、俺たちを「単なる過激派」だと思っている。そりゃあ向こうには、名門ハラオウンの後ろ盾があるからねえ。
 世の中は、そういう風にできている。
 俺は身支度をして、指定された場所へ向かう。途中で尾行を撒くためにいくつかの不審な行動も取った。
 大きなホテルに入ってうろうろした後裏口から出たり、交通機関を利用するふりして出発寸前に降りたり。
 ちなみに魔法による追跡は、俺が今の段階で明確な犯罪容疑者だと立証できない限り不法行為である。もし俺が実際に犯罪者だとしても、魔法による尾行が明らかになった段階で俺の無実は保証されたも同然なのだ。さすがに現行犯逮捕は別だが。
だから操作側がよほどの馬鹿か、それとも犯人側がよほどの馬鹿か、そのどちらかでない限り、魔法による尾行は行われない。
 結局、この日の成果はなかった。ただ、今後手に入る予定の情報を教えてもらっただけだ。
 八神はやて配下、ヴォルケンリッターと呼ばれる連中の名前と顔写真、現在の所属の情報が入手予定らしい。
 やつらもさすがに表には出てきていないだろうが、蛇の道は蛇なのだ。
 きっと、見るからに悪党面してるんだろうな。六課のフォワードなんかとは大違いなんだろうな。
 俺の親父を殺したのは、その中でも剣を使う奴だと聞いた。なんの咎もない親父を殺しておいて、何が騎士だ。
 騎士の誇りってのは、シグナムさんみたいな人のためにある言葉だ。なんであんないい人が、八神はやてなんぞの部下なのか。局勤めはたいへんだ、本当に。
 
 
 
 
 
 散歩をしていると、転がった岩の下に血まみれの八神はやてが挟まれていた。
 昨夜の雨で地盤が脆くなっていて、崖から崩れた大岩に挟まれたのだろう。咄嗟のことで、ご自慢の魔法も役には立たなかったという訳か。
「……トランザくん?」
 力無い目の八神が俺に気付く。そして、俺が誰であるかを認識すると瞳に輝きが蘇った。
「ああ、部隊長?」
「よかった……誰か、呼んでくれへん?」
「自力脱出は無理そうですか?」
「あかん。なんかこの辺りの土に変なもん混ざってる……。魔力が使えへんのよ」
「なるほど。少しでも、動けませんか?」
「足に……なんか刺さってる。石や思うけど……動かれへんよ」
「全然動けません?」
「そやから、そう言うてるやん」
「どれくらい保ちそうですか?」
「トランザくんが、誰か呼んで来てくれるくらいは」
 八神は笑っている。俺という知り合いが現れたことで、助かったと思っているのだろう。
 俺は辺りを見回して、ちょうどいい大きさの棒きれを見つけた。魔法は使えないが、魔法を使えない小娘を殴り殺すくらい、俺にだってできる。
「あかんて。そんな棒くらいじゃこの岩は持ち上がらんよ。そや、ヴォルケンリッター呼んで。私の守護騎士や、何でもやってくれる」
「何でもやってくれるんですか?」
「うん。私のために人も殺すしリンカーコアも盗ってきてくれる。おかげで、子供ん時の病気も治ったんや」
「死ねよ」
 俺は棒きれを振り下ろした。肉を打つ嫌な音。
 八神の悲鳴があがる。
「なにするんやっ!」
「なにって……殺すに決まっているじゃありませんか」
 こんな機会は二度とない。魔法の使えない無力な八神はやて。その命は俺が握っている。
 このまま殴り殺してしまえば、崖崩れのせいになって事故で処理されるかもしれない。
 今なら、俺は八神を殺すことができる。親父と姉さんの無念を晴らすことができる。そして八神が死ねば、ヴォルケンリッターも一緒に消えるはずだ。
「殺すって……どうして?」
「……貴方が、闇の書の主だから」
「え?」
「俺の親父と姉さんは、闇の書の守護騎士に殺された」
「なんのこと?」
「クライド・ハラオウンが死んだ時だ!」
「そんなん、知らん」
 八神の目は冷たかった。
「私は知らん。私と関係ない話やん。あんたのお父さんなんか知らん。お姉さんなんか知らん。私には関係ない」
「闇の書の主だろうが!」
「便利なデバイスやん。手に入れたんはラッキーやったけど、あんたのお父さんは関係ない」
「闇の書の主として責任をとれ」
「あんたはアホか」
 岩が砕けた。
 傷一つない八神が立ち上がる。
「私は古代ベルカ式総合SSランク、そして機動六課部隊長やで? 下っ端魔道師の一人や二人と一緒にせんといて。
私はレアスキル持ちの特別待遇なんよ? 闇の書くらい、もろうてもええやん」
「ふざけんな!」
 棒を振り上げた俺を、狂騎士の剣が貫いた。
「え?」
 四本の剣が俺の身体を切り刻む。不思議と、痛みは感じない。
「八神様、遅れて申し訳ありません」
「遅すぎや、私を誰やと思うてるの?」
「我らヴォルケンリッターが女王、八神はやて様にあらせられます!」
 化け物のような外見の厳つい騎士が四人、八神に侍っている。
「この不敬者をどうされます?」
「殺してええよ、どうせ、リンカーコアの欠片もない半端者やろ? 弱すぎて餌にもならへんわ」
 ふざけるな。そう叫ぼうとする声が出ない。
 不気味な騎士が、俺に一歩踏み出した。
「仇を討ってくれないのか?」
 誰かの声に、俺は振り向く。
 そこには、親父の生首が。
 
 絶叫とともに跳ね起きた俺を、誰かが押さえつけていた。
「落ち着け!」
「落ち着いてちょうだい」
 何かが俺の視界を封じる。いや、周りが歪んで見える。
 これは……そうだ……魔法だ、治療魔法の一種、これまでにも何度か受けたことのある……精神安定の……
「落ち着いた?」
 ゆっくりと目を開けた俺は、シャマルさんの顔を見上げていた。
 横たわったまま周囲を見渡すと、ここは六課の医務室だ。
 つまりは全て、夢だったと……
「……すいません。俺はいったい?」
「脚立から落ちて、頭を打ったのよ」
「脚立?」
 ……そうだ。思い出した。
 食堂外側の外壁、その二階部分に登って、排気ダクトを調べていたのだ。料理の臭いがおかしいと聞いたので、何かあるのではないかと調べに行ったわけだ。
 そして脚立に乗ってあがり、降りようとしたら脚立がなかった。あると思いこんで足を置いたところが空中で、そのまま真っ逆さま。
 なんで落ちた? というか、脚立がどうしてなくなっていた?
「ごめんなさい」
 そして、なんでヴィータがここにいる? そして謝る?
「ヴィータちゃんがね、脚立が出しっぱなしだと思って片づけたんですって」
 ああ、なるほど。ってお前の仕業か、おいっ!
「本当にごめん」
「悪気はないのよ」
「……あったらなのはさんに言いつけますよ」
「それくらいは覚悟してるけど……」
 いい覚悟だ。さすがスターズ副隊長は伊達じゃない。
「あの、できれば、はやてには内緒に……」
 安心しろ、俺からあいつに話しかける気は全くない。
 しかし上司とはいえ、ヴィータのこの怯え方を見ると、そうとう悪辣なんだろうな、あいつは。しかしそれでも名前呼び捨ては変わらないヴィータ。
 アイツがいかに部下に嫌われているかよくわかる、心温まるエピソードじゃないか。
「誰にも言わないよ。安心してくれ」
「本当に?」
「俺は子供に嘘はつかない」
「子供じゃねえっ!」
「あ、そういう次元の種族なの?」
「ま、まあ、そんなとこだ」
「……すまん。エリオやキャロみたいに、実年齢も低いと思ってた」
「あたしは、お前より年上だ!」
「マジ!? ごめん、本当ごめん!」
 何故か怪我させられた方が謝っているこの不思議。
「それで、トランザ君はどうなの? 何か身体に不調は?」
「え? いや、頭を打ったみたいだから、先生を見てもらえれば」
「そうじゃなくて」
 シャマルさんが真剣な顔で俺を見ている。
「今回以前のこと。もしかしたら、六課に来る前かも知れないけれど、なにかあったの? ものすごくうなされていたわよ?」
「……俺、何か口走ってました?」
 シャマルさんはヴィータと、足下を交互に見る。そのときようやく俺は、足下にザフィーラがいることに気付いた。
 ザフィーラって、シャマルさんの使い魔?
「別に二人がいてもいいですよ。言ってください」
 ザフィーラも勘定に入れると、シャマルさんが微笑んだ。
「『親父、ごめん』って言っていたのよ」
「ああ」
 わかりやすい。実にわかりやすいぞ、俺。
「ああ……俺の親父は管理局にいたんですよ。それで、時空犯罪者に殺されてしまって。……夢の中で仇を討とうとしていたんですよ。ところが、夢の中ですら俺は魔道師でも何でもなかったわけで……。勝てませんでした」
「ごめんなさい。立ち入ったことを聞いて」
「いえ。いいんですよ。先生はカウンセリングもするんでしょう? 逆に、話すことができてこっちの気が軽くなりました」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
 俺は時計に目をやった。うわ、まずい、もうこんな時間だ。
「すいません。そろそろ行かないと仕込みが……」
「ああ、ええ、行っていいわ。もし軽くても吐き気や目眩を感じたらすぐに連絡して」
「わかりました。それじゃあ」
「お、おい」
 医務室を出た俺についてくるように駆けてくるヴィータ。
 俺は立ち止まって、振り向いた。
「お詫びはもう…」
「いや、そうじゃなくて」
 ヴィータは真剣な眼差しである。
「さっきの話に出た時空犯罪者って、あんな夢を見たってことは捕まってないんだな?」
「捕まってないどころか…」
 詳しい話をするわけにはいかない。一応はあれでもヴィータの上司だ。
「どっかの世界で、無罪同然の立場でのほほんと暮らしているだろうな」
「な!? そんなのありかよ! だって、それって、お前……」
「悔しいさ。悔しいよ! ……俺になのはさんやフェイトさん、お前くらいの力があったら……だけど、俺はただの料理人なんだよ! デバイス一つ満足に使えないんだ!」
「あたしが手伝ってやる」
「え?」
「もし、そいつが見つかったら、あたしが絶対に手伝ってやるからな!」
「ヴィータ……」
「あたしで足りなきゃ、シグナムだって、なのはだって、フェイトだって! フォワード全員引っ張っていっても手伝ってやる!」
 俺は何も言えなかった。
 なんで、こんないいやつがあんな奴の部下でいるんだよ。
 管理局そのものが間違っていると思ったことなんてない。だけど、どんな組織にだって腐った奴はいるんだ。腐った奴を上司に持つことは不幸かも知れない。
 だけど、それでもヴィータはこんな風でいられるんだ。
 八神はやてのような偽善者がどれだけ腐っていても、ヴィータのような奴はまだまだ管理局にいる。俺はその事実に安心していた。
 
 
 
−続−
 
なかがき
 
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