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許されざる者
 
 
 静かだ。
 昼飯の時間だというのに誰一人として姿を見せない。
 組織というのは、大概においてタイムスケジュールがきっちりと決められている。数多くの人間が好き勝手に動いていては統制がとれないためだ。ここ機動六課もその例外ではない。
 昼食の時間であれば、それなりの人数が揃うはずなのだ。
 特にフォワード連中。エリオとスバルが昼食を抜くとは考えられない。
 何かあったのだろうか。
 せっかくの、あんかけ皿うどんが冷めてしまう。
 とりあえず、俺は作り終えたあんを保温庫に入れておく。固麺はなんとでもなるが、問題は量である。
 スバルとエリオの食欲を見越して大量に準備しているのだ。余ったものを残りの職員で始末するなんて、とてもじゃないが無理なのだ。最悪、夕食に回すしかないんだが。昼食と夕食のメニューが一緒だなんて、ゾッとしないのだが。
 どうしたものかと考えていると、メカニックの数人が連れ立って食事に来る。
「今日の昼定食は何?」
「いつもとAとB、それから日替わりは二種類。お薦めはあんかけ皿うどん」
「じゃ、それ三つ」
「あいよ、あんかけ三つ。ところで、なんかあったのか? フォワード連中が誰も来ないんだが」
「ああ、なんか騒いでるけどな。ヴァイスかアルトならわかるんじゃないか? あいつら、フォワードの誰だったかと古い馴染みらしいから」
「おう。わかった。ほれ、皿うどんあがったぞ。持っていってくれ」
 ヴァイスなら話はしやすいが。ここはアルトに聞くのが男の性だ。誰だってそうするだろう。
 そのアルトからは、衝撃の情報がもたらされる。
「ティアナが、なのはさんに撃たれたぁ!?」
 なにやら慌てて食事にやってきた彼女を捕まえた俺は、かなり素っ頓狂に叫んでいたと思う。
 確かに、なのはさんの教導は厳しい。見ているだけで悪夢を見そうなくらい厳しい。だからといって、理不尽ではないと思っていたのだが。そもそも、一般市民の命を託すのである。多少の厳しい教導は当たり前だと俺は思う。
 それとも、ティアナがよっぽど馬鹿なことでもやったのだろうか。
 言われてみれば、どこか危ういというか、生き急いでそうな雰囲気はあったような気がする。それでも、愚か者には見えなかったのだが。
「大声出さない。別に戦ったって訳じゃないよ? なんだか、ティアナが突っ走っちゃって、なのはさんに怒られたって感じなんだけど」
「なんだ、撃たれたって言うから銃殺刑にでもされたのかと」
「動乱時代じゃないんだから」
 動乱時代とも呼ばれる管理局黎明期には、そんなことも決して少なくなかったというのが定説だ。
「いやいや、なんだか最近きな臭いからさ。なんか、でっかい大砲作ってんだろ? 陸は」
「ああ、そうみたいね。って、なのはさんやティアナと関係ないでしょ」
 アルトは座ると、フォークを手に取った。
「で、今日のお薦めは?」
 ちなみに、俺はキッチンからアルトの席まで出向いている。サボっているわけではない。食前のジュースを運ぶという重大な使命を果たしたところだ。ちなみに、食前のジュースは女性にしか付かない。ただしスバル除く。奴にジュースを運ぶにはバケツが必要だ。
「あんかけ皿うどん」
「……他には?」
 皿うどん嫌いなのか。
「海鮮パスタ&特製ホットサンド。サンドの具はベーコンポテト」
「パスタのほう頂戴。それからアイスレモンティーとデザート。デザートは食べた後でね」
「デザートなんて昼食メニューにゃないぞ」
「なんかあるでしょ?」
「や、あるけどさ」
「情報代」
「……しっかりしてんな」
 そのままフォワードは誰一人として現れず、結局、あんかけ皿うどんはほとんど夕食に回すことになった。さすがにそのままだとまずいので、名称だけは「本格堅焼きうどん」に替えておく。
 海鮮パスタと特製ホットサンドは少し手を加えて、海鮮ドリアと変わりピザにそれぞれ転生。俺って料理の天才。
 夕食の仕込みを終えると俺は、キャスター付きワゴンに大量の弁当パックを乗せる。
 かなりの重さのそれを押しながらえっちらおっちらと廊下を歩いていると、通りすがりのフェイトさんが怪訝な顔でこちらを見ているのに気付いた。
「えっと……。トランザさん? 何をしているの?」
「差し入れですよ」
「どこに?」
「医務室ですけど」
「あ」
 俺のやりたいことに気付いたのか、フェイトさんはニッコリと頷いた。
「よろしくお願いします」
「まかせてください。食事関係のことなら」
「うん。これからもお願いするかも知れないけれど」
 いくらでもどうぞ。フェイトさん、こうして見てるとやっぱり綺麗だなぁ。恋人いるのかな……。
 なのはさんとちょっとアレの方向って噂もあるけど。どうなんだろ。
 いや、いかん。俺にはシャマルさんという歴とした目標が。
 その辺りの煩悩を振り払いつつ。でもやっぱりちょっとだけ楽しく妄想しつつ。俺は医務室へ向かう。
 医務室の前に置かれたベンチに座っている女の子が一人。
「ちわ、本日開店デリバリーストア、ハイパー六課食堂です」
「え?」
 きょとんとした顔で俺を見ているのは無限胃袋娘。世を忍ぶ仮の名前はスバル・ナカジマ。
「あの。トランザさん?」
「なにか?」
「デリバリーって……シャマル先生に?」
「いーや」
「もしかして、ザフィーラに?」
「まさか」
「じゃあ、誰?」
「押し売りデリバリーだ」
 俺はスバルの座っているベンチの上に弁当パックを広げて置く。中身はあんかけ皿うどん。保温パックなのでまだ暖かい。
「どうせお前さんのことだから、昼から食ってないんだろ」
「あたしは……」
「お前が腹減らして待ってても、ティアナは喜ばないだろ?」
 スバルは困ったように俺を見ている。
「それこそ、非常呼集でもかかったらどうする気だ? ティアナの分まで頑張るんだろう? だったらしっかり食っとけ」
「ありがとう……ございます」
「よし、いいから食っちまえ。お前さんもエリオの奴も昼飯に来ないから、余ってしょうがないんだ。責任持って食ってくれよ」
「はいっ!」
 最初はおずおずと。やがて元気よく。そんな食べる様子を見ていると、いつの間にか俺はスバルの話を聞く立場になっていた。
 ティアナが頑張っていたこと。撃たれた理由。なのはさんの怒った理由。
 勿論、それは全てスバルからの一方的な視線だ。スバル自信もそれきちんとわかっているのか、弾劾口調ではない。ティアナをこんな目に遭わせたなのはさんへの不信は多少あるのかもしれないが、それは表面には出していないようだ。しかしどちらにしろそれは、なのはさんたちが考えることだろう。
 大いに食べて話して、さらに食べて、スバルの顔色は目に見えて良くなっていった。実のところはティアナもそれほど大きな心配はないと、俺は思う。本当に重傷ならば、ここよりも設備の整った病院に連れて行っているはずなのだから。
 そして俺は空容器を抱えて去る。はずだったのだが……。
 スバルの話を聞いているうちに一つの疑念が生じてしまったのだ。
 もしかしてティアナは……。
「なあ、スバル。これは門外漢からの的はずれの言葉だと思ってくれていいんだけどさ」
 俺は、ポットのコーヒーを注ぐとスバルに手渡した。そうしておいて、横に座る。
「なんですか?」
「食堂でサンドイッチを注文したとするだろう?」
「ん? うん」
 スバルは首を傾げている。
「『こっちのほうが旨いから』って、店の者が勝手にパスタ持って来たら、客は怒っていいと思うんだ。たとえそのパスタが本当に美味しくても」
「トランザさん。それって……」
 手を挙げて、スバルの言葉を制する。
「俺が料理を教えるとしてさ、スープの作り方を教えているのに、勝手にドリア作って出してきたら、俺は怒る」
「でもっ!」
「ごめん」
 俺は即座に頭を下げた。
「多分、俺の言う事なんて、戦い方もロクに知らない馬鹿野郎の戯言なんだろうな。済まなかった、馬鹿言って」
「馬鹿なんて思わない、あたしも考える。ティアがどうすれば良かったのか。なのはさんにどうして欲しいのか」
 本当にいい連中だ。
 つくづく、八神には勿体ない連中だよ。
 俺は心の中で溜息をつくと、別のパックを置いた。
「軽目のサンドイッチとサラダが入ってる。ティアナが目を覚まして、腹が減ってるようならこれを。ま、朝から晩まで寝てちゃあ、腹も減るさ」
「ありがとう」
「お前さんが食うなよ?」
「食べないよっ!」
「怪しいもんだ」
 俺は笑いながらキャスターワゴンを押してその場を後にする。
「あ、トランザさん!」
 向こうから、血相を変えて走ってくるのはエリオだ。ティアナの見舞いにしては様子が……
「トランザさん、たいへんですよ!」
「どうした、エリオ」
「食堂で大騒ぎです」
「なんで!?」
「昼食と同じメニューだって、みんな怒ってますよ」
「げっ、気付かれた」
「気付……かれた?」
 あ、エリオの視線が軽蔑を含んだような気が。
 ……さてどうするか。
 俺は言い訳を考えながら、食堂へと急ぐのだった。
 
 
 
 
 
 夜勤のない日は、いつも同じように家に帰る。
 二人の面倒を見ていつものように寝る。
 そして俺は、二番目の姉さんの夢を見た。
 
 夢の中で姉さんは裏切り者――ギル・グレアムを問いつめていた。
「どうして? どうして見逃すんですか。闇の書の主が現れたんでしょう!?」
「すまない。シェビー君。しかし、聞いて欲しい」
 俺は、二人のやりとりを眺めていた。
 ああ、これは夢だけど夢じゃない。あの日の現実の繰り返しなんだ。
 俺は、その場にいた。
 俺は、裏切り者と姉さんのやりとりを見ていたんだ。
「私が間違っていたんだ。何も知らない彼女を犠牲にするわけにはいかない」
 裏切り者はしゃあしゃあと言う。当時の俺はただ、姉さんとそいつのやりとりを見ているだけだった。
 だけど、今は違う、今の俺なら言える。
「ギル・グレアム、あんたは老いぼれた自分の身惜しさに俺たちを裏切った卑怯者だ」
「彼女は……何も知らなかったんだ」
 彼女は何も知らなかった?
 何も知らない?
 リンカーコアを集めさせていたのに?
 リンカーコアを抜かれた魔道師がいるのに?
 守護騎士が、命令も受けずにリンカーコアを集めていたというのか?
 主が命令していないのに勝手に他人を襲ったというのか? 
 自分たちの意志で、魔道士を襲ったというのか。闇の書によって生まれた、人工生命体ごときが。使い魔にも劣る人造生命が。
 あり得るのか、そんなことが。いや、あり得ようはずがないではないか。
 もし、そんなことが実際に起きているのだとしたら、守護騎士は自我を持っていることになる。
 だとすれば、より危険な存在ではないか。それを無視するのは、殺人鬼を野に放つのに等しい行為ではないのか。
 それを貴方は見逃すのか。
 その事実から貴様は目を閉じて耳を塞ぐのか。
 俺は知っている。グレアムが何をしていたか、そしてこれから何をするか。
 
 父と姉を同時に喪い途方に暮れていた頃の俺たちの前に、一人の女性が現れた。
 彼女がグレアムの使い魔であると知ったのは後日であるが、彼女……いや、グレアムは俺たち以外の家族にも極秘に接触していたらしい。
 その家族たちの共通点は、「一家の誰かが闇の書の犠牲になっている」ということ。
 しかし、全ての犠牲者家族に会ったわけではない。
「失礼だが、先に色々と調べさせてもらった」
 すぐにわかったことだが、グレアムはリンディ・ハラオウンには連絡を取っていなかった。
「彼女が私に賛同してくれるとは思えなかったからね」
 今の俺は、その意見に納得できる。
 グレアムは、「闇の書」への復讐を企んでいた。そして、その計画に賛同する者を密かに集めていたのだ。
 一人では無理だ、とグレアムは言った。そして、真に復讐を志す者でないとこの計画には参加できないとも。
 なぜなら、一人の人間を陥れなければならないからだ。一人の人間を贄に捧げ、闇の書と共に葬らなければならないのだから。
 疑問はあった。自分の復讐のためとはいえ、見ず知らずの人間を陥れることなど許されるのだろうか?
 どんな人間を陥れようと言うのか。
 もし、贄となる人間が喜んで闇の書を利用するような者であれば、憂いなく天誅を下せるではないか。
 その逆であれば、改めて闇の書を奪回すればよい。本人が闇の書を使わないのであれば奪回は容易だろう。
「ならば、我々は立ち上がるべきだろう。我々のためではなく、亡くなった我らの友や親族、亡くなるべきでなかった人たちのために」
 一人のその言葉がきっかけだった。その言葉を待っていたかのように遺族たちはグレアムの計画に賛成した。
 そういえば、あれは誰だったのだろうか。
 俺が覚えているのは、奇妙な仮面を被っていたということだけ。本人は、怪我のせいだと言っていたのだが。
 そして時は過ぎ、俺は知った。
 再び召喚された守護騎士が、リンカーコアを集め始めたことを。
 新たな主は、誅するに相応しい存在だったのだ。
 それは、喜ぶべきことだった。
 
 しかし、グレアムは裏切ったのだ。
 
 守護騎士とその主を時空管理局に迎え入れ、己の勢力拡大の駒としたハラオウン家に尻尾を振る。それがグレアムの選んだ道だった。
 その恥ずべき所行、プライドの欠片もない愚行に俺は絶望した。
 寛大にも罰を免れたグレアムは故郷でもある管理外世界に隠遁し、クロノは新たな「闇の書の主」をその配下に収めた。
「闇の書ではない。夜天の書である」
 ただの言葉遊びに過ぎない、そのようなペテンにも等しい主張を認めるのが、管理局の掲げる正義だったのか。
 親父と姉さんが命を捧げた管理局のあり方なのか。
 新たな主の覚醒を待ちながら、正しき天誅が為されることを信じて病床に伏せ、そしてこの世を去ったお袋はいったい何だったというのか。
 残された俺と次姉は、何を信じて生きていけばいいのか。
「私が間違っていた」
 違う、グレアム。間違っていたのは貴方じゃない、貴方はただ、卑怯なだけだ。卑劣である自分に正直なだけだ。
 英雄と称されたまま引退するという欲望に勝てなかった、卑小な存在というだけだ。
 間違っていたのは俺であり、お袋であり、次姉だったのだ。貴方を信じた俺たちが、間違っていたのだ。いや、愚かだったのだ。貴様を信じるべきではなかったのだ。
 
 姉さんはグレアムの言葉を留め、何かをつぶやいた。
 その言葉に反応したのかいきり立つ使い魔を、グレアムは自ら抑え、再び頭を下げる。
 姉さんはそれを無視して、ゆっくりその場を去った。俺は生まれたばかりのバードを抱いたまま、姉さんについていく。
 俺たちにできることはそれほど多くなかった。父母を喪って生きていくこと。借金を返すために働くこと。
 借金は、書類上は俺一人の肩に掛かる形になっていた。次姉の嫁ぎ先に迷惑はかけられない。
 姉の夫は、俺たちの復讐への想いをそれなりに理解してくれていた。そして色々な形で、次姉は俺を助けてくれていた。
 俺は足掻いていた。いつの日にか復讐を果たす。その想いだけが俺を支えていた。
 俺は可能な限りの手段で情報を集めた。あらゆる伝手を頼り、調査費用を絞り出し、数年かかってようやくわかったのは、八神はやての名前と顔だけ。
 それでも、俺はある種の満足を覚えていた。復讐する相手の顔を知ったことによって、恨むべき相手に初めて形が生まれたのだ。
 
 
 
 
 
 陸士108部隊本部で、ゲンヤ・ナカジマは頭を抱えていた。
 事件そのものの対処にではない。事件は解決している。
 よくある、というよりも最近になって増えた詐欺事件だ。ただの詐欺ならばゲンヤが出張る必要もないのだが、人死にも発生している。さらにこの詐欺グループ自体が、口封じに被害者を始末していた例も少なくないと言うのだ。
「それで、どうなんだ?」
「二桁は行ってますね」
 被害金額ではない。被害者総数、しかも死亡者のみの総数だ。
「……機密詐欺か……」
 管理局の関わる事件には、事件内容そのものが極秘資料とされるものもある。ロストロギアや別次元世界、それも管理外世界が関わるとどうしてもそうせざるを得ない時があるのだ。
ゲンヤもその点は理解している。
 しかし、それによって困るのは捜査側ではない。機密の壁によって捜査ができなければ極端な話、それを扱える部隊に丸投げしてしまってもいいのだ。 
 本当に困るのは、被害者である。下手をすれば、自分の身内の死んだ理由さえ教えてもらえない場合があるのだ。
 それを悪用しているのが、近年急増している魔道師詐欺であった。
 簡単な話、前述の機密によって隠されている事件の全貌あるいは一部を「教える」「調査する」と言葉巧みに近寄り、それなりの報酬を前払いさせると逃走するのだ。
「あー、こいつら、『闇の書事件』専門でやってたようですね」
 ゲンヤが八神はやてと知り合うのはこの翌年である。もっとも、知り合ったからと言って軽々と「闇の書事件」について教えてもらうわけではないのだが。
「……痛いところ突きやがるな」
 詳細こそ知らないが、それがいわば、「海」の汚点になりかねなかった事件だということは知らされている。
 「海」に反感を持つ「陸」内部での噂を聞けば嫌でも知ってしまうだろう。
「被害者はどこまで裏とれてる?」
「……今、ホトケさんの遺族の所へ聞き込みに行かせてます」
 闇の書による被害者の遺族とその夫。
 調査料という名目で大金を巻き上げられ、それに気付いて詰め寄ったあげく、詐欺グループに殺されたのだ。
 不幸中の幸いは、夫婦の息子と娘が殺害現場にはいず、存命であると言うことだけだろう。
 ゲンヤが大きく溜息をつくと、それを勘違いしたのか部下が慌てて付け加える。
「すぐに連絡が取れた遺族は、妻のほうの弟で、トランザ・ティアックと言います」
 
 
 
 
 
 ティアナは元気を取り戻したらしい。
 何があったかは深く詮索しない。食堂仕切りの俺が詮索してどうなるものでもないだろう。
 ただ、元気を取り戻したこと自体は喜ばしいのだ。
 なぜなら、ティアナの調子に比例するようにスバルも元気をなくすため、食材が余るのだ。それは困る。
 足りないのは保存食や冷凍食品でどうにかしても、余ったものの処理はどうしようもないのだ。ザフィーラに余り物を食わせようとするとヴィータが激怒するし、そもそもザフィーラ一頭の食べる量など多寡が知れている。
 だから、ティアナが元気を取り戻す=スバルの食欲が戻るのは大歓迎だ。
 なんでも旨そうに大量に食うスバルは、食堂スタッフの女神とも呼ばれているのだ。彼女の食いッぷりはまさに無限胃袋。スタッフ一同のテンションも上がるってもんだ。
 そんなある夜、朝食仕込み中の所に突然ティアナが顔をだしてきた。
「あの、お願いがあるんですけれど」
「なに? 夜食か? 皿うどんならすぐできるよ」
「あ、そうじゃなくて」
 自分で作りたい、とティアナは言う。
「ああ……アクセとかその辺より、食い物が一番喜びそうだもんなぁ、あいつは」
「そうなんですよ。一応、同じ年頃としては複雑な……って、ええええ!?」
 突然叫ぶティアナに、俺は目を丸くして尋ねた。
「どしたの、ティアナ」
「どうして、スバルのことだって……」
「……いや、スバル以外だったらこっちが驚いてるぜ?」
「あ……」
「いや、お前さん、というかここの女性陣って、こっちが心配になるくらい男っ気無さ過ぎ。いいのかそれで?」
「大きなお世話ですよ!」
「キャロやヴィータは見た目がアレだからしょうがないとしても、シグナムさん、フェイトさん、なのはさん、お前さんにスバルに……あああっ! 勿体ないだろ!!」
「確かに男っ気が少ないのは認めますけど。なのはさんには彼氏がいるみたいですよ?」
「初耳だ」
「ユーノ・スクライアさん。無限書庫の司書長だそうです」
「うわ、エリート?」
「多分……」
 ティアナはそこでふと首を傾げた。
「今、シャマル先生の名前が出ませんでしたね……え? もしかして、シャマル先生には彼氏が?」
「候補者ならいる」
「誰ですか?」
 この辺りはティアナも年頃の女子である。目が輝いているじゃないか。
「俺」
「は?」
「うん。だから候補者」
「……」
「どした?」
「あ、お願いがあるって言ってましたよね、私」
「言ってたね」
 ちょっと待て。俺の宣言はスルーか。
「ピザの作り方、教えてください」
「条件がある」
「なんですか?」
「俺がシャマル先生の彼氏候補だという噂を流してくれ」
「誰も信じないと思います」
「なんで!?」
「トランザさん、ヴィータ副隊長とつきあってるんじゃないんですか?」
「……俺はちっちゃい子に興味はない」
 ていうか、なんだ、その噂は。
 まあ、言われて考えてみれば、確かによく話しているな、脚立の一件以来。
「その噂、ヴィータも知ってるのか?」
「知らないと思います」
「忠告しておくけど、それ本人に知れたら、グラーフアイゼンの染みにされるぞ」
「心に刻みつけておきます。だけど、あたしからも一つ忠告を」
「おう」
「副隊長の前で『ちっちゃい子』なんて言ったら、トランザさんがアイゼンの染みに……」
「うおっ!?」
 染みとまでは行かなくとも、「富士山」一ダースくらいは要求されそうだ。気をつけよう。
 互いの身の安全を祈りつつ、俺はティアナにピザの作り方をレクチャーすることを約束した。とは言っても訓練をサボらせるわけにはいかない。
 結局、簡単なレシピを書いて渡すことになった。一から作らせるのは論外である。
「前もって言ってくれれば、生地の用意とオーブンの準備くらいしてやるよ」
「ありがとうございます」
「おっと、ただし、忙しい時は空気読んでくれよ」
「はい」
 
 六課の任務は滞りなく進んでいるようだった。時々落ち込んでいる連中も見かけるが、おおかたにおいて連中は明るく、士気も高いようだ。
 今日はデバイスリミッターの一段階解除。
 そう、シャリオさんが嬉しそうに言う。
 要は、フォワード新人連中のレベルが上がったと言うことらしい。
 俺は喜ぶ連中の顔を想像していた。
 普段の昼食時から、
「なのはさんに一撃入れた」(バリアの上から)
「副隊長のハンマーを避けきった」(一発だけ)
「フェイトさんに追いついた」(走っているフェイトさんと、空を飛んだ自分)
 などと、一挙一動で大騒ぎしているのだ。
 それがレベルアップしたというのだから、どれ程喜ぶことか。
「四人とも喜んでるでしょう」
「勿論。私も腕によりをかけてデバイスをチューンするわよ」
「じゃ、俺も腕によりかけてご馳走でも作ろうかね」
「いいんじゃない? 喜ぶわよ。皆、素直だから」
「よぉし、エリオとスバルの食べっぷりだからなぁ、こりゃあ面白そうだ」
 
 そして……
 
「うわぁ、どうしたの、今日のご飯。凄いご馳走だよ」
「本当だ、あの真ん中の大きいお皿って……」
「俺特製のあんかけ皿うどん。そっちはケーキ」
「どうしたの?トランザさん、誰かのお誕生日?」
 目を丸くしているなのはさん。いやいや、鈍感すぎでしょ、隊長殿。
「何言ってるんですか。祝いですよ、祝い」
「祝い?」
「あ……」
 フェイトさんが目を泳がせる。
 あれ?
 なんか俺、暴走してる?
「あの、トランザさん……?」
「はあ?」
「今日はご褒美で、フォワード全員休暇なの」
「ふーん。休暇か、それはあいつらも喜ぶ……」
「だから、みんな夜まで帰ってこないの」
「は?」
「だから、ご飯はこんなにいらないの」
 なんですと?
 ちょっと待て、そんなの初耳………って、あ、俺に伝える義務なんかないわな……
「食べようよ、なのは。美味しそうだよ」
「う、うん」
 フェイトさんがテーブルに座って、むりやりなのはさんを座らせる。
「きっと、すぐにシグナムたちも来るよ」
 言葉通り、シグナムさんがヴィータとシャマルさんと一緒に姿を見せる。
「どうした、テスタロッサ、急に呼び出すなど。見たところ、何もないようだが」
 呼びだした? あ、ああ、念話か。
「し、シグナム、お腹減ってるよね。ヴィータも、シャマルも」
「テスタロッサ?」
「減ってるよね!?」
 フェイトさん、必死だな。シグナムさんが気迫に押されている。おお、珍しいものが見れた。
 
 そして…………
 
「いや、これは確かに旨い」
「おいしー!」
「残念だねぇ、スバルもティアナも、エリオもキャロも」
 ヴァイス、アルト、ルキノ、シャリオさん、グリフィスまで。
 手すきの者が入れ替わり立ち替わり現れてはご馳走を食べていく。足下ではザフィーラも。
 ま、エリオたちには食わせてやれなかったけれど。これはこれで……。
 そう、悪くない。
 
 
 
 
 
なかがき
 
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