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許されざる者
 
 
 
 六課の建物が燃えていた。
 俺は、瓦礫の中に座り込んでいた。身体中から力が抜けているのが自分でもわかる。
 そして俺の周囲には無数の屍。どれもが、六課の制服姿だ。
「嫌っ! 嫌ぁ!! エリオくん! エリオくん!!」
 キャロが泣き叫んでいる。
 彼女も血まみれで、右腕が満足に動いていないのが遠目でもよくわかるくらいの重傷だ。それでも彼女は、倒れて動かないエリオの身体にすがりつくようにして泣き叫んでいた。
 そしてキャロは顔を上げる。
 その顔は俺を見ていた。初めて見る、キャロのその表情。
 酷く歪んだ、憎しみ。
「何故……ですか?」
 問いは、俺に向けられていた。
「どうして! どうして!!」
 逃げようとして、足が動かない。
 何かが俺の足にしがみついている。
 視線を下ろすと、そこにはティアナがいた。
「どうして……」
 血まみれの腕が、俺の足首を掴んでいる。
「ヴィヴィオちゃんが連れて行かれた……どうして?」
 知らない。俺は何も知らない。
「どうして?」
 焼け焦げた屍が問いかける。
 シャリオが、アルトが、ルキノが。
「……あんた、何やったんだ?」
 デバイスを砕かれ、両手を喪ったヴァイスが尋ねる。
「どうして、こんなことを?」
 静かな声でグリフィスが言う。身体から離れた首だけの姿で。
 俺じゃないっ! 俺がやったんじゃない! 俺はただ……
 重い音がして、二つの身体が俺の目の前に投げ出された。
「……どうして?」
 生気を失った虚ろの目は俺を見ることもなく、フェイトはそれだけを呟き、がくりと首を垂れた。
「何故なの?」
 なのはの全身は、まるで元からそうであったかのように真っ赤に染まり、レイジングハートがその腹に突き立てられていた。
 二人の問いに、俺は応えない。いや、答えられない。
 俺のせいじゃない。六課を襲撃したのは俺じゃない。
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
 別の二人が俺に頭を軽く下げた。
「貴方のおかげで、この作戦はうまくいきました」
「ありがとうございます。貴方には手を出さないように言われています。早く逃げてください」
 俺には何故か二人の正体がわかっていた。ナンバーズだ。六課と敵対する戦闘機人たち。
 二人の手が動くと、断末魔の悲鳴が上がる。
 俺はなのはとフェイトの血しぶきを浴びていた。
 違う。俺はこんなことを望んでなかった。俺が望んだのは……
「これで、満足なんか?」
「アイツだ!」
 振り向いたところにあの女が立っていた。俺を追いつめた女。俺の父親を殺した女。姉を殺した女。
 その後ろに並ぶ四つの影。
 俺は叫び、ナンバーズに手を伸ばした。
「アイツを殺してくれ! 頼む。アイツらだ! 俺が殺したかったのはアイツらだけなんだ!」
 八神はやてを。
 ヴォルケンリッターを。
 
 そして俺は、夢から覚める。
 
 人は慣れる。どんなことにだって人は慣れる。人とは、そういう風に出来ているのだ。
 俺は、自分が六課の生活に慣れていることに感謝していた。
 心とは別に身体が動くのだ。
 どれだけ心が揺れていても、俺の身体は慣れた仕事を続けている。いつものように食事の支度をし、厨房を仕切る。
 言葉にすれば実に単純な仕事内容だ。
 それでも、俺はこの六課での仕事が好きだった。八神の本当の姿とは無関係だと信じていた六課の連中が好きになっていた。
 だから、俺なりに誠意を尽くしていた。それが、裏目に出たのだろう。
 惰性で身体を動かしていた数日は、何も知らない人間が見ても、どこかおかしいように見えていたらしい。
「あの、トランザさん?」
 だから、ティアナもそうやって話しかけてきたのだろう。
 その背の向こうでは柱の陰に隠れているつもりだろうか、エリオとスバル、キャロの姿も見える。
「どうした?」
「なにか、ありました?」
 よりによって、フォワードの中でも一番精神的には不安定そうな彼女に言われるとは、俺は相当参っているように見えているのかも知れない。
「ああ、大したことじゃない。ウチの姪っ子の調子が悪くてな」
 当たり障りのない、プライベートではあるが隠すまでは行かないような答え。
「え、大丈夫なんですか?」
 ティアナの心配は本物だった。
「いや、快方には向かっているんだ。だから深刻なものじゃないんだがな……いやあ、自分でもこんなに親馬鹿だとは思ってなかったよ」
「……甥とか姪とか……」
「ん?」
「兄弟とか姉妹とか、心配するのは当たり前です。馬鹿なんかじゃありません!」
 あまりに剣幕に俺は呆気にとられ、ティアナを見つめていた。
「あ」
 我に返ったらしくティアナは口を閉じて、助けを求めるように背後を振り向く。
「あ、あのさ」
 ティアナに替わって前に出てきたのはスバルだった。
「よくわからないけど、元気出してよ。トランザさんが元気ないと、ご飯も美味しくないし」
 確かに。メシを不味くしちまったのは、そりゃあ料理人失格だな。
「ああ、悪かった。詫びと言っちゃあなんだが……」
 俺は冷蔵庫を開ける。
「試しに作ってみたデザートの試食を四人ほどに頼みたいんだが……」
 そして十人分のデザートが、一瞬でなくなるのだった。
 俺は決意していた。悩んでいても仕方がない。
 俺の立ち位地はとうに決まっているのだ。ただ、それを忘れてしまっていただけ。
 八神はやてへの復讐。これだけは、何が起ころうとも外せない。例え、何を犠牲にしても。
 それを忘れなければいい。そこがぶれなければ、俺は俺でいられる。
 ティアナたちとのやりとりも今のままでいい。
 八神の真の姿を知っているはずなのに、その姿を許容しているなのはとフェイト。八神の一派であるヴォルケンリッターたち。シグナム、ザフィーラ、シャマル、そしてヴィータ。
 彼女たちの罪はなるほど重いだろう。
 だからといって、スバルたちに何の罪があるというのか。あるはずはない。ただ、運が悪いだけなのだ。まともじゃない上司のところに配属されたという不運。
 そして、その不運を是正する力など俺にはない。俺は復讐を完遂するだけ。完遂しなければならないのだ。
 六課の機密を売ることによって情報を得た俺に、戻る道などない。
 それは古代ベルカだったろうか、それともミッドの古いことわざだったろうか?
「降りるつもりがあるのなら、龍の背には乗るな」
 そのことわざの通り、今の俺は、龍の背中に乗っているのだ。力のない者は、降りてしまえば食い殺されるだけ。必死にしがみついていなければ振り落とされるだけ。
 俺は信じている。俺が、龍を屠ることのできる槍を手にしていることを。同時に焼き殺されても俺に悔いはない。龍を屠れるのなら、それで構わない。
 
 
「なんでえ、久しぶりに顔出したと思ったら、頼み事なんてよぉ」
「オヤジさんしか、頼める人がいなくてね」
「そりゃあいいけどよ」
 俺は、オヤジさんに一枚のディスクを渡す。中にはパスワードとネット上のアドレスが入っているだけ。そこを覗けば、俺の今までの行動が示されたテキストデータがダウンロードできるようになっている。
「迷惑かも知れないけど」
「水くせえこというな。ちゃんと預かってやるよ」
 俺に何かあったとき、このディスクはファインとバードの成人を待って、彼らに渡されることになる。
 保険のつもりはない。結局の所、俺も誰かに見ていて欲しいのだろう。俺のやり方を。
「頼むよ」
「ああ、任せとけ」
 
 それが、俺がオヤジさんの姿を見た最後になった。
 
 夢の中で、なんど俺は六課の連中の死体を眺めたのだろうか。
 何度、ティアナたちに詰られたのだろうか。
 何度、キャロの激しい視線に晒されたのだろうか。
 
 細かく引きちぎられた欠片の睡眠と止めどなく続く悪夢が、俺の体力を奪っていた。
 微睡むたびに、細かいところは違えど似たような夢で起こされる。六課が襲撃され、俺一人残し全滅するという夢で。
 実際には、誰一人死んでいない。怪我人が出ただけだ。
 まんまと六課の隙をついたナンバーズはヴィヴィオを連れ去り、六課の施設を壊滅させた。人を傷つける目的ではない、逃げろ、と宣言して。
 中途半端な奴らだ。
 俺は笑おうとしてみた。うまくいかない。
 ナンバーズの甘さの結果、ヴォルケンリッターである二人が生き残った。それを俺は悲しまなければならない。
 奴らが傷ついたことを、俺は笑わなければならない!
 ナンバーズに敗れたことを、俺は嘲らなければならない!
 それなのに。
 それなのに。
 それなのにっ!
「……何故、殺さなかったんだ……」
 ただ、呟くしかなかった。
 安堵している自分を呪うしかなかった。
 シャマルやザフィーラが怪我で済んだことにホッとしている自分が確かにそこにいた。
 ナンバーズの襲撃に驚いている自分がいた。
 無茶苦茶な話だった。
 八神を陥れるために、陸が六課の情報を欲しがっている?
 俺はそう思っていた。いや、俺が勝手に想像していたのだ。そして、俺が自分に言い聞かせるために思いついた逃げ口上に気付いた連中が、うまく話を合わせていたのだ。
 ナンバーズ?
 こんな馬鹿な話があるか?
 俺が情報を流していたのは、ナンバーズなのか。それとも、俺と直接会っていた彼女も、利用されていた一人なのか?
 六課壊滅の日まで、俺はそれに気付かなかったのだ。
 そして、六課は壊滅した。
 皆は傷ついた。
 ヴィヴィオは、虫の化け物に連れ去られた。最後までアイナさんは抵抗しようとしていたが、抵抗しきれるはずもなかった。
「逃げて」
 その現場で、化け物の主人らしい召喚魔道師の少女は言った。
「人を殺す気はドクターにもナンバーズにもないから。抵抗しないなら殺さないよ。早く逃げないと、危ないよ」
 さらにそこに、ナンバーズの一人が姿を見せたのだ。
「速く逃げなさい。建物の破壊による被害から逃げ遅れても責任は持てないから」
 そして、彼女は俺の方を向いた。
「私は、ナンバーズのディードです。トランザ・ティアック、貴方だけは確実に逃がすようにと、ドゥーエ姉さまから言われています」
「は……」
 俺は間の抜けた言葉を返すしかなかった。
 スタッフは全員避難。その言葉に従い逃げた。途中で、ヴィヴィオを抱いたアイナさんと合流し、シャリオさんたちとも無事合流できた。
 しかし外へ出ようとした俺たちはガジェットに足止めされ、虫の化け物と召喚魔道師、ナンバーズに制圧されている。
 それなのに、どうして、俺が?
 俺は青ざめていただろう。当たり前だ。この状況でそう言われれば、周囲が俺をどう見るか。
「どういう……こと?」
 シャリオさんが惚けたように呟いた。
 ディードと名乗ったナンバーズは、その言葉を気にも留めていない。
「情報提供者の安全は守る。それがドゥーエ姉さまとの約束のはずです。それを果たします。私が貴方を安全な場所まで連れて行きます」
 俺は頷いていた。悟ったのだ。俺が情報を流していた相手の正体を。
 俺は、ナンバーズに……スカリエッティの一味に情報を流していたのだ。
 スパイ。と誰かが呟いた。
 俺は、顔を上げることができなかった。俺に向けられているはずの全員の視線が怖かった。
 いや、手はある。俺に残った手が二つある。
 一つは、このままディードに連れられて安全なところまで逃げること。
 その足で、ミッドチルダを出てしまえばいい。しかし、俺は犯罪者として追われることになるだろう。
 いや、スカリエッティが勝利すれば?
 俺は、新しい世界に受け入れられることになるのか?
 その世界で八神を糾弾できるのか?
 できない。
 何かがそう告げた。八神の糾弾はできるだろう。しかし、それを行うのは俺じゃない。新しい世界のお偉いさんの仕事になるのだろう。  
 ならば。
 もう一つの方法を俺は咄嗟に考えていた。
 穴はある。しかし、俺が直接八神を糾弾できる方法はこれしかない。 
 心は決まっているはずだった。俺はすでに、龍の背中に乗っているのだ。
 二度つばを飲み込んで、俺はようやく言う。
「結構だ。俺は六課に残る」
「良いのですか?」
「ああ」
「わかりました。では、失礼します」
 立ち去るディードたちを見送りながら、俺は三度、つばを飲み込んだ。
 振り向いて、燃え落ちつつある壁を見る。ここにいる誰の顔を見ても、予定した言葉が出せなくなるような気がしていた。
「部隊長だけに全てを話す用意がある。逃げるつもりはない。それでも俺を拘束するつもりなら、好きにしてくれ」
 殺気だった叫びが聞こえた。一歩間違えれば、俺はここで私刑のあげく殺されるのかも知れない。
 俺に向かってデバイスを向ける者。拳を振り上げる者。涙を流している者。恨みと憎しみの声をあげる者。
 俺は抵抗の素振りも見せず、ただ立っていた。
 そして、制止の声で叫びが止んだ。
「……君は、自分が何をしたかわかっていて、言うんだな」
「勿論ですよ。グリフィスさん」
 建物の中から足を引きずって現れたグリフィスに向かって、俺は投降のポーズを示す。
「君を拘束している余裕はない。勝手についてきてくれ」
「わかりました。その前に、身の安全を保証してください」
「聞いたとおりだ! 彼への手出しは固く禁じる。彼は大事な証人だ」
 周りに通達を終えたグリフィスは、俺を睨みつける。
「ナンバーズによる、六課襲撃の!」
 
 そして俺は、ここに連れて来られたのだ。
 グリフィスがどこかから指示を受けた後、俺に目隠しをしてここまで連れてきた。指示を出したのは八神なのだろう。
 ここがどこなのかはわからない。しかし、普通の拘禁室でないことはわかる。内装はないに等しいが、どう見ても普通の部屋だ。
 もっとも、それでもドアに鍵がかけられていては俺にはどうにもできない。
 数日の間、俺はただ悪夢に苛まれているだけだった。
 そして今日、複数の足音が近づいてくる音で、俺は寝転がっていた床から身体を起こした。
 重いドアが開く。
「部隊長、ここはどこなんですか?」
 シグナムとリインを連れた八神に、俺は先に尋ねた。
 ドアの向こうには、ヴィータの姿も見える。 
「そういう話は、後にしよか」
「勿論です。部隊長」
 俺は心底困った顔を作る。
「部隊長にだけ明かさなければならない話があります。今日の襲撃に関することです。これを聞いてくだされば、俺の疑いは晴れるはずです」
「いったい…」
 シグナムを制止する八神。俺は申し訳なさそうな顔を作る。
「すいません。シグナムさん、これを貴方に聞かせていいかどうかは、内容を知った上で部隊長に判断してもらわないと」
「わかった。シグナム、ちょっと下がって。ドアは開けといてええな?」
「鍵を閉めろとまでは言いませんが、閉めてくださった方が有り難いです」
「そういうことや、シグナム」
「わかりました」
「部隊長、リインフォースもですよ」
「リイン」
「ハイです」
 シグナムの肩に止まるようにして、リインはドアの向こうへ行ってしまった。
「これで、話せるはずやな」
「ええ。盗聴がなければね」
 俺は部隊長の耳元に話しかけるように身体を動かす。
 警戒したのか、八神はやや身を逸らして俺から逃げるような体勢になっていた。当然だろう、今の俺は裏切り者だ。
 しかし、八神は忘れている。いや、魔道師は殺意を感じると咄嗟に相手のデバイスや魔力に注意を向けようとする癖がある。
 俺は、魔道師ではない。だから、魔力などは使わない。
 だが、男の腕力があれば八神程度は殺せるのだ。
 俺の両手が、八神の首に伸びる。
 死ね。
「あ、こういうことか」
 灼熱が俺の両手と顔面を焼く。
 次の瞬間、俺は痛みに絶叫しながら床を転がっていた。
 直ちにドアが開き、リインとシグナム、ヴィータが入ってくる。
「早速、役に立ったようだな、アギト」
「……シグナムの頼みだからやったけど、なんなんだ、こいつ?」
「はやてちゃんを裏切った悪者です」
 何故だ。リインフォース以外にこんなサイズ……八神の上着の中に隠れられるサイズ……がいるなんて!?
「……リイン、鎮痛してやり。このままやったら、話もできへん」
 魔法による麻酔で痛みは消える。俺は、息を荒げたまま八神を睨みつけていた。
「残念やね。トランザ・キット。いや、トランザ・ティアック」
 そうか。ディードの言葉は、やはり覚えられていたのか。
 トランザ・キットは俺の名前。ただし名字は母方のものだ。そして、日常生活で使っている名前。六課に就職する時の書類にもこの名前が記されている。
 トランザ・ティアックが、俺の本名だ。この名前を知っているのは、組織の者だけだ。つまり俺が情報を渡していた相手と、ナンバーズ。
「主はやて。ティアックとは……まさか……」
「スティング・ティアック。シグナム、お前がクライド・ハラオウンの前に殺した男の名前だよ」
 シグナムの表情が、面白いように変わった。
 本当に、上出来なプログラムだ。
「トランザ、お前は……あの男の息子……なのか」
「直接殺した男の名前でも調べたのか? 墓参りでもしたのか? 物覚えがいいんだな。ああ、プログラムだものな!」
「……すまん」
「謝って済むのなら、俺も謝るぜ? だから、八神を殺させろ。同じ条件だろ? お前は俺の親父を殺した。そして謝罪した。
よし、それなら俺もお前の主を殺す。それから謝罪する。公平な取引だよな? 違うか?」
「主はやてに罪はない!」
 そんなことは知っている。しかし、本当にそうなのか? 本当にそう信じているのか?
「だったら、なんでてめえらを飼ってるんだよ! 便利なプログラムはもらいます。だけど罪は引き受けません、てか!?」
「はやては関係ねえだろっ!」
 叫ぶヴィータを、俺は睨みつけた。
「黙ってろよ、プログラム。人間様の会話にしゃしゃり出てくるんじゃねえっ! シグナム、てめえもだっ!」
 そして八神に向き直る。
「あんたが、不自由な足を治すために闇の書を蘇らせたんだろう? そして、この殺人鬼プログラムどもを改良して麾下に収めた。そのうえ、どうやったかグレアムまで手懐けやがった。さらにはフェイト、なのは、クロノ。次はスバルか? ティアナか? エリオか、キャロか? それとも、まさかのナンバーズかい?」
 ヴィータが跪いていた。
「やめろよ……もう、やめてくれ……」
「誰が口を開いていいと言ったんだ? プログラム」
「私のことは何言うてもええ、せやけど、この子たちをプログラム言うな!」
「ああ、そうやって手懐けたのか。なるほどねえ」
「ひどいです、はやてちゃんが何をしたって言うんですか」
 新たに混ざった声の主を、俺は冷ややかに眺めていた。
「黙ってろ、八神に作られたお前らの言うことがまともに聞けると思うか?」
「じゃあ、ヴォルケンリッターでもバッテンチビでもない本物の古代ベルカ式融合騎のあたしなら、いいんだな」
「……なにもんだ、お前」
「言ったはずだ。本物の古代ベルカ融合騎、アギト様だよ。何があったかは知らねえけど、一つだけは言えるね。今のあんたは、反撃できない相手をいたぶって遊んでる最低の人間だよ。同じ目なんだよ。実験体をいたぶって遊んでいた連中の目と」
 
 そうだ。
 俺はその言葉を待っていた。
 そして、恐れていた。
 だから言葉を積み重ねていたのだ。決して反論を許さない言葉を。被害者だけが被害者故にぶつけることのできる言葉を。
「それでも、俺の父親を殺したのがヴォルケンリッターであり、その主が八神はやてだという事実は絶対に替わらない」
「だったら、どうだって言うんだよ。復讐しようとして失敗した。違うか?」
「失敗か……その通りだよ。俺の復讐は失敗した。この状態から、反撃なんて夢のまた夢だ」
 あっさりとしたものだった。
 最初から、予想はしていたのだ。
 どのみち、俺がどう転んでも対抗できる相手ではないということも。
 みっともなく足掻いて、嫌な思いをさせる。その程度が俺には精一杯なのだから。
「一つだけ言っておく。俺は死ぬまで復讐を諦めない。それが嫌なら、俺を殺してくれ」
「他に、道はないんか?」
「ない」
 わかりやすくシンプルに。ただそれだけでいい。
 覚悟を決めるとは、こういうことだ。
 八神、俺を殺せるか?
 それとも、俺に殺されるのを待つか?
 今更、新しく罪を重ねるのが嫌だなんて言い出すなよ?
「JS事件は解決した。私らが黙ってたら、貴方を罪に問う者はおらへんよ?」
「あんたと一緒にするな。俺は自分の罪から逃げるつもりはない。あんたを逃がすつもりもない」
 覚悟は決めている。そう言っているはずだ。
 さあ、さっさと殺してくれ。
 それができないのなら、死んでくれ。
「……シグナム、ヴィータ。トランザを連行するで。リイン、バインドや」
「ハイです」 
「必要ない。それくらい自分で歩いていける」
 部屋を出た俺は、そこが六課指定の病院の地下だということに気付いた。
 そうか。六課壊滅で隊員たちが運び込まれたのがここなのだろう。俺が説得に応じていれば、今日まで入院していたということにされるわけだ。
 俺の前を歩くのはシグナムとアギト。横にはヴィータ。後ろからついてくるのが八神とリイン。
 俺は、階段の前の人影に気付いた。
 フェイトが立っている。
「トランザさん。はやてが何をしたか知っているんですか?」
「聞く気はない」
「しかし」
「俺が誤解していたとしても、聞く気はない」
「それって……」
「俺の誤解が解ければ、父さんと姉さんは生き返るのか?」
「……エリオとキャロも悲しんでいました。スバルも、ティアナも」
「じゃあ教えてやってくれ。スターズの副隊長とライトニングの副隊長が、昔は殺人鬼だったって」
「それは二人の意志じゃないでしょう!?」
「俺は、八神を殺したい。ヴォルケンリッターに復讐したい。それだけのために今まで生きてきたんだ」
「そんなの、おかしいですよ」
「ああ。俺はきっと、おかしいんだよ」
 フェイトは一瞬うつむき、そして意を決したように俺を見た。
「私も昔は犯罪者でした、それでも……」
「そうかい」
 俺はフェイトの言葉を途中で断ち切り、嘲るように笑う。
「だったら、高町なのはもさぞや立派な犯罪者だったんだろうな」
 絶句するフェイトに背を向けると、
「甥と姪がいるんでしょう? あの子たちはどうなるんですか」
「それは、二人の親が死んだ原因に言ってやれ」
「え……」
「八神はやてだよ」
 無言になったフェイトの前を通り、俺は階段を上がる。
 ファインとバードがどうなるのか。今の俺には想像もできない。
 二人には、普通に生きて欲しい。俺のことは忘れてくれればいい。
 絶望して、お前たちを棄てた男のことなど。
 
 
 
 
 
「ファイン、バード。今日から、ここが二人の家やと思ってな」
 
 私にできることは、なんにもない。
 二人の両親や、トランザを生き返らせることなんて、私にはできへん。
 私にできることは、せめてこれくらい。
 みんなは、反対した。
 養育費を出すだけで充分ではありませんか、とシグナムは言った。
 私は、皆を説得した。
 小さい子に家族が必要なことは、私が一番よう知ってる。
 私の自己満足。クロノ君やユーノ君は厳しく、耳の痛いことを言うてくれる。私にも、それはわかってる。
 ゲンヤさんは、私の思うままにしたらええと言うてくれた。その代わり、何があっても受け止めるという約束もさせられた。
 幸い、二人は仲良うしてくれた。ヴィータやリインとは、すぐにうち解けたようやった。
 私にはまた、家族が増えたんや。
 
 
 
 
 
 兄さんは死んだ。
 僕と妹が八神家に引き取られて一年後に、刑務所で自殺した。
 そして僕は、昔兄さんが世話になったというおじさんから、兄さんの残したデータディスクを受け取った。
 中身だけを見て、僕はデータディスクを捨てた。指定されたアドレスに残されていた内容を僕は覚え、同封されていたパスワードで記録を消去した。細かい記録など意味はない。僕にとっては、兄さんを殺した相手が問題だった。
 自殺? 兄さんが自殺?
 嘘だ。僕にはわかっている。自殺に見せかけて殺したのだと。
 そして、僕たちを取り込もうとしているのだと。なんて、傲慢な人たちなのだろう。
 僕はただ、忘れないようにした。
 刻が過ぎて、はやてさんが結婚した。相手は、ゲンヤ・ナカジマという管理局員だ。
 連れ子であるスバルさんが、僕と妹を見て複雑な顔をしていたのを覚えている。
 聖王教会で挙げた結婚式ではディードという綺麗な人が、何故か僕たちを親身に世話してくれた。なんでも、ディードさんのお姉さんが、死んだ兄さんにお世話になったらしい。何度聞いても、その内容は教えてくれなかったのだけれど。
 そして今日は、はやてさんが病院から帰ってくる日だ。
 ゲンヤさんとの間にできた子供。
 今では僕たちも八神家の一員のようなものだけれど、これで本当のはやてさんの子供ができたことになる。
 だけど、この赤ちゃんがいなくなったら、はやてさんは悲しむだろうな。
 家族を殺された哀しみをようやくわかってくれるのかな。
 お金の力で育てたくらいで、どうしてその哀しみが相殺できると思ったんだろう。
 僕にはまったくわかりませんよ、はやてさん。
 兄さん。ようやく、貴方の無念が晴らせそうです。
 
「ねえ、はやてさん。僕にも赤ちゃん抱かせて?」
 
 
 
 
 
 絶対に許さないよ。
 八神はやて。
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
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