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この子の七つのお祝いに
 
 
 お腹が痛い。
 なんだろう、この痛みは。生まれたから始めての痛み。
 殴られた痛みでもない。知っている限りのどんな痛みでもない。訓練でも実験でも、未だに経験したことのない痛み。、
 ……痛い。
 ウェンディはお腹を押さえてしゃがみ込んでしまった。
 痛いよ。痛いよ。
 痛いよ。
 お腹が痛いよ。
 
 
 
 老朽化のため取り壊しを間近に控えたステーションビルがあった。普通なら、そこでの営業は休止のはずだ。ところがオーナーは何を考えたのか、法的に休止を命じられるぎりぎりまでビルの閉鎖に許可を出そうとしなかった。
 確かに商業的な面から見れば休止はかなりの痛手だろう。しかし、閉鎖にはそれだけの理由があるのだ。
 オーナーは今回、手痛い教訓を得ることになった。それが無責任なオーナーにだけ与えられるペナルティなら良かったのだろうが、世の中はそういう風にはできていない。
 建物の一部の壁が薄利、崩落。
 衝撃によって一部の飲食店から発火。運の悪いことに火の周りは早く、たちまちのウチのビル一帯が火災に包まれたのだ。
 知らせを受けた特別救助隊はすぐに現場へと向かう。しばらくするとN2Rにも出動要請があり、ギンガがこれを受けた。
 
 
 災害救助は始めてではない。それは自分で選んだ道だ。ナンバーズで身につけた技能を少しでも正しい方向に生かすには最も手っ取り早い方法だろう。
 いつも通り、と自分に言い聞かせて、ウェンディはライディングボードを操る。
 背後には、エアライナーで追いかけてくるノーヴェの気配。
 その気配を確認したところでチンクからの、全員にちゃんねるを開放した通信が入る。
「“ウェンディとノーヴェは左右に分かれて、生存者を確認次第救助。ディエチは支援準備で待機、指示があり次第消火活動を開始。私は地下の生存者を捜す。それからギンガ、可能なら教会に連絡して欲しい”」
「“連絡自体は可能だけど、用件は?”」
「“オットーとセインの力が借りたい。崩落しそうな建物の緊急補強にはオットーのISが有効だ、さらに地下に閉じこめられたりした者がいた場合、セインのISが必要になる”」
「“すぐに手配しましょう”」
 さすがはチンク姉。
 ウェンディは心から信頼できる指示に従い、ノーヴェと別れて左へと進む。
 ライディングボードのモニターには生存者を示すビーコンが点滅している。
「お、こっちッスね」
 ゆっくりとボードを進めると、確かに人影が見える。瓦礫に埋まっているように見えるが、なんとか潰されずにいるようだ。
 ただ、挟まれてしまって動くに動けない状況なのだろう。
「“こちらウェンディッス。生存者一名を目視。救助に向かいます”」
「“こちらノーヴェ。フォローは必要か?”」
「“うーん。今のところ大丈夫みたいだよ。必要なら申請するッスよ”」
 ウェンディはボードから降りて要救助者に向かう。
 声を掛けると反応はある。やはり、回りの状況から逃げられなくなった一人なのだろう。
 これだけの崩落事故である。動けなくなるのは仕方がない。なにしろ、安全地帯が全く不明なのだ。どこを歩いても、床が崩れそうに思える。
「そのままじっとして…」
 声の方向へ行きかけ、ウェンディは一瞬歩みを止めた。
 二人いる。
 要救助者は二人。しかも、一人は重傷を負っているらしい。この距離からでも血が見えている。
 そして、もう一人はまだ幼い子供、というより赤ん坊だ。
 ウェンディは再び歩き始めると、要救助者の状況を再確認する。。
 落ちてきた天井に足を挟まれ、それでも何とか赤ん坊は守りきったのだろう。子供は無傷に見える。
 駆け寄ったウェンディは辺りに目を配った。戦闘機人の力なら足の上の瓦礫は撤去できるだろう。その程度のレベルだ。
 しかし、それによって別の瓦礫が倒れてこないとは限らない。そうなってしまえば救出どころか自身も巻き込まれかねない。
 要救助者の女性はウェンディの姿に気付くと、赤ん坊を抱きしめ、ウェンディに渡そうとでもするように手を伸ばす。
「お願い。この子を…」
「安心して、きっと助けるッスよ。だけど、貴方も一緒に逃げないと」
 赤ん坊を躊躇なく受け止め、それでもウェンディはその場から動かない。
 そして気付いた。
 要救助者は結局三名だ。おそらくもう一人は、母親の腹の中にいる。
「この子だけでも…」
「う、動かないで! 大丈夫ッスよ、絶対助けるッス! “こちらウェンディ。至急応援を求む。要救助者は妊婦”」
「お願い。わたしはどうでも、お腹の子だけでも」
 それは無理だ。妊婦を無視してお腹の中の子だけ救出など。
 だけど、無理だとは言えなかった。いや言わせてもらえなかった。
 命すら危うい重傷の彼女からは、ウェンディに有無を言わせないだけの気迫が漂っているのだ。
 だから、ただウェンディはこう言った。全員を救ってみせると。
 お腹の中の子と一緒に助けると。
 そう言い聞かせながら、ウェンディの中の冷静な部分が考えていた。
 これが、母親というものなのか。女性でも妻でもない、「母親」と呼ばれるものなのか。
 自分には全くわからないモノだ。これまでも、そしてきっとこれからも。
 同じ戦闘機人とは言っても、ギンガやスバルとはまた違う。自分たちは完璧に戦闘用なのだ。
 だから、ナンバーズには出産はできない。愛し合う相手がいたとしても、決して子供は産まれないのだ。
 
 ノーヴェの支援が間に合い、救助は滞りなく進んだ。病院に運ばれた妊婦自身も赤ん坊も無事だという報告を受けたとき、ウェンディは心からホッとしていた。
 要救助者の無事を聞けたときは、自分もそれなりに捨てたものではないと思うことができるのだ。助けたのが三人同時なら、その嬉しさも三人分だろう。
 一週間ほど後、助けた妊婦から入院先に面会に来てくれないだろうかと言われたとき、ウェンディは首を傾げた。
 きちんとお礼が言いたい、と言われても…
 どうして自分なのか。手柄はチンクやギンガである。自分はただ、他の者が来るまでの時間を稼いでいただけだ。
 それでも、先方がウェンディをご指名なのだとスバルが機嫌良く言う。
 傍についていてあげたのだから、充分にえらいことだとスバルは言い、皆も納得している。
 スバルは一緒に行かないと知ったウェンディは猛抗議したが、緊急出動もありえる部署なのにそんなに人数を割けない、と言われてしまうと何も言えない。
 
 訪れた病室には、当たり前だが助けた妊婦がいた。一緒にいるのは夫だろうか。
 ウェンディのおかげで二人目の子供が無事生まれそうだという。
 それは良かった、と定型の返事を返しても、ウェンディには何となく実感がない。子供が生まれるということがよくわからないのだ。
 ただ、出産という行為に関しては凄いとは思っている。視線が自然と、膨らんだお腹に向けられていた。
 すると、妊婦がウェンディの手を取った。
 え? と訝しい顔になるウェンディ。その手は、妊婦の腹へと持って行かれる。
 不思議な手触りだった。服の上からでも何か人間の皮膚ではないものに触れているような気がする。
 そして言われるまま、ウェンディは耳を膨らんだお腹に当てる。
 赤ん坊が動いているのがわかった。
 
 ここに、一つの生命がある。
 人間の女性がそこに宿すことのできる命がある。
 人に作られし命。それは、自分たちとは違うニュアンスだ。
 自然に育まれるべき命。恵みを受けた命。望まれた命。祝福される命。
 鈍痛が自分の腹部に広がったような気がした。
 痛みを隠して、ウェンディは微笑む。産まれてくる子供に祝福の言葉を残し、恩人への言葉を受け取って。
 
 痛みが大きくならず、ただし消えもしない。いつまでも腹の中に鈍痛が残っていた。
 
 痛い。お腹が痛い。
 この痛みは……
 ああ。そうだ。ここにもいたんだ。命が。自然でなくても、恵みを受けなくても、そこに命がいた。
 子供を作れぬ戦闘機人の腹の中に、子供は確かにいたのだ。
 ドクターのクローンが。
 この痛みは生まれなかったクローンの痛み? 命を奪われたクローンの痛み?
 だとすれば、この痛みを受け入れよう。
 自分は気付いてしまったのだから。命を奪ったことに。
 
「……ごめん」
 
 お腹が痛い。だけど、自分は生きている。命を長らえている。
 
 自分たちは子供を産めない。今となってはその真似事もできないのだろう。
 クローンを腹に仕込むなど、まともな人間のやることではないのだから。
 もう二度と……
 
 いつの間にか、腹の痛みは消えていた。
 
 その代わりに、ウェンディは泣いている。
 失ってしまったもの……あらかじめ失われていたものの大きさに気付いてしまったから。
 
         
 
 
あとがき
 
 
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