日溜まりの雀たち
ディエチのISヘビィバレルには、射撃制度を向上させるための照準機能も含まれている。
簡単に言えば、人よりものがよく見えて声がよく聞こえるのだ。
そのディエチが、庭先でじっと固まっている。
「ディエチ? 何をやっているのだ?」
ナカジマ家に来てからこっち、妹たちの同行には人一倍気を遣っているチンクが声をかけたのも当たり前だろう。
「チンク姉? 静かに」
声を潜めるディエチに、チンクは思わず歩き方まで変える。
足音を消して忍び寄る、夜間戦闘時の歩行法として習ったものだ。
「どうしたというのだ、ディエチ」
つられるように声を潜めて、チンクは尋ねた。
「あれ」
ディエチの示す方向に目をやるチンク。
「この距離なら、チンク姉でも見えると思う」
「あれは……」
言いかけて、ディエチの行動の理由に思い当たり、声を閉ざすチンク。そして、ディエチの横に並びながら、彼女に向いて頷いてみせる。
ディエチはニッコリ笑って、うなずき返した。
「ディエチ、チンク姉、なにやってるの?」
アイスクリームのバレルカップと大きなスプーンを抱え、不思議そうにやってきたのはスバルだ。
「あ、スバ……」
言いかけてチンクはバレルカップに目をやった。
「食べ過ぎだ」
「いつもこのくらいだよ?」
「また、ギンガに怒られるぞ」
「ギン姉だって、これくらいは食べるよ」
「……姉妹揃って食べ過ぎだ」
ややムッとして何か言いかけたスバルはディエチとチンクの妙な格好を見て、自分がここに近づいた理由を思い出した。
「だから、何やってるの?」
「あれ」
ディエチがそっと指さす先には……
「あ」
「スバル、静かに。気付かれないようにな」
「警戒されたら、逃げてしまうよ」
声を潜める二人。そしてスバルも声を潜めて、
「うん。わかった」
固まって、一カ所を見つめる三人。
少しすると、ノーヴェが通りかかる。
三人に気付かず通りすぎようとして、ふとした拍子に目を向けってギョッとした顔に。
さらにチンクの姿を見つけて複雑な表情。
「何やッてんだ、ハチマキ、チンク姉、ディエチ」
「しっ。静かにしろ、ノーヴェ」
いきなりチンクに言われ、ノーヴェはうろたえる。
「え、あの、チンク姉?」
「静かにするんだ。ほら、こっちに来てよく見てみろ」
チンクがやや強引にディエチとの間を空けて、そこにノーヴェを招き入れる。
ちょっとためらいながら、それでもしっかりとチンクに頬をピッタリつけて、ノーヴェは隙間に入り込んだ。
「ほら、ノーヴェ、あれ」
ディエチが指し示した先。ノーヴェは最初、何がなんだかわからなかった。じっと見ているとやがて、
「ああ、あれ……」
「静かに見てるんだよ」
「可愛いね」
スバルが言うと、ディエチが頷く。
「ああいうのは、更正施設では見れなかったな」
「ドクターの所でも、見られなかったよ」
「そうだな……」
チンクが溜息のような、苦笑のような息を漏らす。
「だけど、いいものだな」
三人は、チンクの言葉に頷いた。
ウェンディは姉妹の姿を探していた。
暇な時はライディングボードで空を縦横無尽に駆けめぐるのが一番なのだが、スカリエッティの所にいた時と違って今は、ただ飛ぶだけのことにもわざわざ許可が必要なのだ。
その代わり、許可さえ取れれば撃墜される心配をせずに堂々と飛ぶことができるのだけど。
しかし、今は暇なのだ。
退屈しのぎに何かしようかと思って姉妹の姿を探しているのだけれど、誰も見つからない。ギンガは発見したけれど忙しそうにしているので、声をかけるのは憚られる。
「暇ッスね……」
今のウェンディたちは管理局預かりで、事件毎に駆り出される身分である。特に何もない時は、呼びだれることもなく暇なのだ。正式な職員というわけでもないので日常業務もない。
「ノーヴェ? ディエチ? スバル? チンク姉?」
呼びかけても返事はない。
「おかしいッスねえ。出かけたわけでもないのに……」
ナカジマ姉妹は全員在宅。出かけているのはゲンヤだけだ。
なにやら普段見たことのないスーツを着ているので、怪しいと思って尾行しようとしたらギンガに殴られた。
「ギン姉で良かったよ。シグナムさんやヴィータさんに見つかったらもっと大変だよ」
どうしてゲンヤの外出に、八神はやての所のヴォルケンリッターが関係してくるのかがウェンディにはわからない。わからないけれど、説明するスバルの顔が真剣だったのでウェンデイは自粛した。
騎士ゼストを倒したシグナムと、ゆりかごを撃墜したヴィータである。そんな二人に本気で怒られるのは、絶対に嫌に決まっている。
「みんなどこに……」
庭先に出たウェンディの足が止まる。
庭先に植えられた一本の木。聞いたところによるとスバルとギンガが初めてこの家に来た頃に植えたものらしい。その木を囲むように作られている花壇。と言っても今は何も植えられていないので雑草が少し生えているだけなのだけれど。
花壇にできた日溜まりに雀が集まっているのだ。
ちゅんちゅんと集まっている雀は、まるで押しくらまんじゅうをしているように。
「雀……」
一瞬、驚かして蹴散らしたら面白いかも、という想像が頭をよぎるが、止めにした。雀を虐めてどうするというのだ。
それよりも、日溜まりに集う雀を見ている方がいい。
こうしてみると、なかなかに可愛らしいものだ。
じっと見ていると、雀を見ている四組の視線に気付く。
ウェンディとは別の方向からディエチ、チンク、スバル、ノーヴェが雀を眺めているではないか。
「……あんなところに」
ウェンディは雀を驚かさないように大回りして、四人に合流した。
「ふう……」
自宅の持ち帰ってまで処理していた事務仕事を終え、ギンガは大きく伸びをしながら庭に出た。
「あら?」
見えているのは五人のお尻。
五人とも何かに夢中で仲良くくっついて、こちらの気配に気付く様子もない。
その向こうに見えるのは、身を寄せ合っている日溜まりの雀なのだけれど、ギンガは雀よりももっと微笑ましくて可愛いものを見つけていた。
妹たちが気付くまで、ギンガはニコニコとそれを眺めていたという。