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ヴィータの初恋
 
 
 久し振りの海鳴市。
 辺りをうろうろと歩き回りながら、ヴィータは見知った風景を探していた。
 流石にこれだけ経っていると知っている建物も少ない。
 はやてが元々住んでいた家は既に処分されていて、今では別の建物が存在してている。
 ゲートボールのグラウンドも整地されて、ちゃんとした公園になっている。
(ヴィータ、遊びに来たのではないぞ)
(わーってるって、ザフィーラ。そう堅いこと言うなよ。久し振りの海鳴なんだぞ)
(主との合流の時間は忘れるな)
(だからわかってるって)
 なんだかんだ言っても、ザフィーラは自分に甘いことをヴィータはよく知っている。ああ見えて、狼は子供に弱いのだ。もっとも、自分は子供に見えているだけで子供ではないのだが。
 そう、見た目は子供。この外見だけはいつまで経っても変わらない。夜天の書のプログラム変更のせいで多少は変わったのかも知れないが、実際の時の流れからすると無視できるほどの変化だろう。
 ……じっちゃんたち、元気なのかなぁ……
 ゲートボール広場が無くなった今、どこかに集まるところはあるのだろうか。
 それとも…
 ヴィータは首を振った。
 それは考えたくない。
 集まる場所が無くなっただけで、どこか別の場所で元気にやっているに違いないのだ。
 深く考えることをやめて、記憶の景色と今の景色を照らし合わせる作業に戻る。
「本当に、変わっちゃったんだなぁ…」
 はやての車椅子を押して通ったスーパーマーケット。
 通る度にシグナムが中を覗いていた瀬戸物屋。
 じゃれついてはザフィーラを困らせる犬を飼っていた角の家。
 シャマルと良く立ち話をしていたお姉さんが働いていたコンビニ。
 何も残っていない。
 普段はほとんど意識しないときの流れ、いや、そもそもこれだけの時間を連続して生きるのは始めてかも知れない。
 かつては、闇の書を急いで完成させては、その回の生を破壊されていたのだ。
 時の流れを身近に感じるというのは、こんなに興味深いモノだったのか。
 ヴィータは風景の観察に夢中になっていった。
 だから、最初は男のことも気にならなかった。
「……八神…ヴィータちゃん?」
 名前を呼ばれ、思わずヴィータは振り向く。
「ヴィータちゃん……な訳ないか。でも……似てるよな」
 いかにも仕事帰りといった感じの男が、驚いた顔でヴィータを見ていた。
 ……あ
 見覚えがある。と言うより面影がある。
 ヴィータはいつも、近所のお爺ちゃんお婆ちゃん達のゲートボールに混ざっていた。その中でただ一人、ヴィータと同じくらいの年格好の子供がいたのだ。勿論、ヴィータとは違って向こうは本物の子供だったのだけれど。
 確か、名前は……
「浅見……」
 呟いてからしまったと思った。名前を知ってる理由がない。名前を知っているということは、知り合いと言うことではないか。
「やっぱり! やっぱりヴィータちゃんなのかい!」
 男が驚いた顔で駆け寄る。
 違う、と言いかけてヴィータは何も言えないことに気付いた。
 何を言えばいいのか。
 年をとらない自分と成長した男。
 魔法を知っている自分と何も知らない男。
 外の世界の住人である自分と管理外世界の住人である男。
 すぐに男は気付くだろう。
 ここに立っている存在の奇妙さに。男とは異質の存在に。
「ヴィヴィオ、こんな所にいたのか」
 別の声にヴィータは振り向いた。
 人間の姿をとったザフィーラがこちらに向かって歩いてくる。普段より少し年上に見える姿、その目は男を威嚇するように睨みつけていた。
(ヴィータ、聞こえとる?)
(はやて?)
(今来たところやけど、状況はだいたい判ったから。ザフィーラと一緒に、私の言う通りにするんやで)
(わかった)
(ほな……、まずはザフィーラからや)
「ウチの娘が何か?」
 ザフィーラはそう言うと、ヴィータを自分の背後に守るようにして立ちはだかる。
 
 
「ウチの娘が何か?」
 男は、何か答えかけて、口を閉じた。
 よく考えれば、今の自分はただの変質者と言われても仕方がない。いきなり小学生に名前を呼びかける、見ず知らずの三十男なのだ。
 男親が厳しい目で睨むのもよくわかる。
 しかし……
 少女は自分の名を呼んだ。二十年ほど前ここにいた少女とよく似た少女が。
 男はもう一度男親を見た。
 鋭い、まるで威嚇する猟犬のような目。いや、話に聞く狼の目とはこういうものなのかも知れない、と男は思った。
 だが、どこか優しい目だった。
 鋭くはあるが、怒っているわけではない。確信はないが、そんなふうにも思える。
「い、今……」
 情けないが、声の震えは止まらない。
「ぼ、僕の名前を呼んだよね?」
 少女が父親を見上げた。父親は頷く。
「そうか、貴方が浅見か。ヴィータから聞いたことがある。写真も見せて貰ったが……確かに面影があるな」
「それじゃあ、貴方は」
「ヴィータは私の妻だ」
 
 
「ヴィータは私の妻だ」
(ちょっと待て! ザフィーラ、どういう事だ! なんで私が…)
(主のご指示だ。落ち着け。ただの芝居だろう)
(う……あ……あ、そか……)
 歯切れの悪い返答に、再びはやてが介入する。
(今のヴィータはヴィータと違うよ? ヴィヴィオやからね?)
(はやてぇ、どうしてヴィヴィオなんだよ)
(咄嗟に他の名前なんか思いつかんかったんや。別に悪い名前と違うし)
「……それじゃあその子は、ヴィータちゃ……いや、ヴィータさんの娘さんなのか」
「その通りだ。貴方…浅見さんの話は妻から聞いたことがある。子供の頃の遊び相手だったそうだな。写真もよく見せて貰ったよ。娘も貴方を見て、写真を思い出したんだろう」
「ヴィータさんは来てるんですか?」
「いや、私と娘だけだ」
「そうですか…」
 男は、自分に言い聞かせるように一つ頷いて、ニッコリと笑う。
「それにしても、本当にそっくりですね。一瞬、本人かと思いましたよ。いや、そんなことはないのはわかっていますけれど。あの頃のままの姿でいるなんてね…」
 ザフィーラは軽く頭を下げ、ヴィータを連れてその場を去ろうとする。
 すると、ヴィータがザフィーラの手を振り払った。
(どうするつもりだ、ヴィータ)
(ヴィータ?)
(ごめん、はやて)
「あのさ、もしかしておっちゃんは……わた……お母さんのことが好きだったの?」
「そうだよ。お父さんには悪いけどね」
 素直に答える男。ザフィーラは少し遅れたタイミングでヴィータの手を取った。
「さ、帰ろう」
「うん」
「あ、待って」
 男はザフィーラに制止されないようにか、早口で一気呵成に言う。
「今では僕も家族を持っている。だけど、初恋の相手は君だった。それは今でも僕の誇りだ。君と知り合えたこと、君を好きだったことは死ぬまで忘れない」
 ヴィータは動かない。ザフィーラも同じく動きを止めていた。そして男の言葉を制止しようとする気配もない。
「……と、君のお母さんに伝えて欲しい」
(ヴィータ、早う帰って来)
(ごめん、はやて、あと、ちょっとだけ)
(ヴィータ!)
「ありがとう」
 ヴィータは男に頭を下げる。
「その気持ちは凄く嬉しい。けど、ごめんなさい」
 男とヴィータの視線が合った。
「……と、お母さんなら言うと思う」
 しばしの間が空き、男は一言、そうか、と呟く。
 そして男は再びザフィーラに向き直ると深々と頭を下げた。
 
 
 二人が合流地点に向かうと、はやてが先着して待っていた。
「さ、行こか」
「あの、はやて」
「ん? なんや、ヴィータ」
「ごめんなさい」
「……ちゃうよ。謝るんは私の方や。さっきのは私が間違っとったんよ」
「人間とは…不思議なものですね」
 ザフィーラが言う。
「我々のような存在を理解しようとはせず、それでも、彼らにとっての不可思議は平然と受け入れる。理解と共存が別物のように振る舞うとは」
「私もそうやよ?」
 言われて始めて気付いたように、ザフィーラは驚いた顔を見せる。
「確かにそうでした。最初は、我らを理解せずとも受け入れてくださった」
 少なくとも、この世界の人間とはそういうものなのだろう。
 主だけではない。高町なのはとて、ユーノ・スクライアの存在をあっさりと受け入れたのだ。
「良い世界なのですね」
「ザフィーラ」
 はやては大袈裟に溜息をつく。
「気付くん、遅すぎやわ」
 そして三人は、任務へと向かった。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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