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六課を訪問した日
 
 
『ここが機動六課やねんな』
『そうや。ここや』
 若い夫婦が、六課本部の建物を見上げていた。
『そやけど、ホンマにおっきいなぁ』
『建物の見た目は、ウチらの世界とあんまり変わらへんね』
『そやな。そやけど、人が雨風凌いでッつう基本的なことは、どないな世界でもそないに大きうは変わらへんのと違うかな』
 建物を見上げる若夫婦の様子は、まるで田舎からクラナガンに出てきたばかりの観光客のようだった。カメラを持っていれば、今にも六課の本部を撮り始めかねない。
 二人は決して美男美女というわけではない、どこにでもいる平凡な顔だちだ。しかし、互いに自分の配偶者を平凡とは思っていないことが二人の態度からわかる。
 夫は妻を、妻は夫を自分にはできすぎた相手だと思っている。そして、心から大切に思っている。それが二人の態度には表れていた。
 その仲睦まじい様子を、離れた場所から一人の美女が微笑ましく眺めている。
 そしてまた、別の二人が若夫婦の横を通り過ぎようとしていた。
 
「ここに、なのはが?」
「ええ。この時間だと、訓練中かしら」
「訓練? ああ、ビデオレターでもそんなことを言っていましたわ。教え子の成長が楽しみで仕方ないって」
 高町桃子は、ここまでの案内を買って出てくれたリンディ・ハラオウンに軽く頭を下げながら、再び建物を見上げる。
「だけど、こんなに地球とそっくりだとは思いませんでした」
 桃子の言葉に、若夫婦の夫がおいおいと手を振る。
『それ、僕がさっき言うた』
『ええやないの、別に。同じ事言いはったかて』
『そやけどな、希美さん』
『光くんはツッコミ過多やから。高町さんに失礼やよ。あんなにはやてちゃんがお世話になってるのに』
『ごめん』
 頭を下げる光。それが合図になったかのように、同じタイミングで正面入口から現れる三人。
 桃子は、その三人に目を向けた。
「あ、お母さんたち、来てたんだ。リンディさんも」
「母さん。時間より、少し早めに来たんだね。桃子さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。リンディ提督は、ついこの前に映話でお会いしましたね」
 なのは、フェイト、はやての三人だった。
『はやて!』
 希美は、大声ではやてを呼ぶ光をたしなめる。
『光くんあかんよ。大きな声は』
『……堪忍』
『ウチかて、声が届くもんやったら叫びたいのに』
『そやな。無い物ねだりはやめとくわ。僕らは、あの子の姿が見られるだけでも幸せもんやしな』
『うん、わかってるんよ。それはわかってるんよ。そやけどな……』
 声の震える希美を抱きしめる光。その二人の肩を三人目が抱きしめるように触れる。
『さあ、お二人とも、顔を上げてください。それほどの時間はとれないのですよ?』
 光と希美は顔を上げ、美女に向かって頷いた、
 そして、桃子と話しているなのは、リンディと話しているフェイトの横で、ぽつんと立っているはやてに近づいた。
『聞こえへんやろけど、はやて。お父さんらはずっと見てるんやで』
『ウチら、ずっと応援してたんやから。はやてにはええ友達もおるし、安心してるんよ』
 美女が、二人の背後に立つ。
『主はやて。ご健勝そうで、何よりです。私の後継者は上手くこなしているようで安心しました』
 はやての頭上に舞っていたリインフォースツヴァイが、何事かに気付いたように一点を見つめた。
 そして、しばらく空を睨みつけていると、光と希美に向けた視線の焦点が合い始める。
「どしたん? リイン?」
「はやてちゃん、そこに何か……」
 リインフォースはツヴァイの能力に頷き、そして念話で語りかける。
(すみません、ツヴァイ。しばらくの間、目をつぶっていてはくれませんか)
(……誰です? ……!!??)
(気付きましたか。そう、私です)
(どうして……)
(微弱な力を貯めて、わずかながらでも姿を現すことができるのです。実際には、これは真の私ではなく、残留する想いなのでしょうが)
(でも、そこの二人はいったい……)
(姿を見て、何事か気付きませんか?)
(姿って……)
 希美がツヴァイにニッコリと笑った。
『初めましてやね。貴方も、ウチらの娘みたいのものやね』
(ええっ!?)
 その気配にツヴァイは覚えがあった、いや、覚えがあるどころの話ではない。日常で接しているこの気配は、紛れもないはやてのものだ。
 しかし、はやてとの微妙な違いも感知できる。つまり……
(はやてちゃんのお母さんとお父さんですか!?)
『お』
 光が手を挙げて挨拶した。
『ちっちゃいお嬢ちゃん、初めまして。といっても、僕らは君らのこと結構見てたんやで?』
(見てたんですか?)
『見た見た。って言うても、大きい方のリインが見せてくれたんやけどな。君が生まれた辺りからかな。それまでのことは彼女から聞いたし』
(は、初めましてです。はやてちゃんにはお世話になってるのです)
『君らこそ、はやてのためにいつも頑張ってくれておおきにな』
 有り体に言えば、リインツヴァイははやてを尊敬している。その尊敬するマイスターの両親が突然目の前に現れたのだ。
彼女に言わせれば、緊張しない方がどうかしているだろう。
「リイン、さっきからどしたん?」
 そしてはやてからすれば、ツヴァイはただ落ち着きなく辺りを見回しているようにしか見えない。
『お嬢ちゃん。僕らのことははやてには黙っといてな』
『光さんの言うとおりにしてください。私たちがここにいることを主はやてには内密にしてくれませんか』
(でも……)
「リイン?」
『はやては僕たちの姿を見ることができへんのや。そやのに教えられるわけ、ないやろっ!』
 光の言葉にツヴァイは目を見開く。
(そんなのって……)
『貴方は優しい子ですね。けれど、それだけでは乗り越えられない壁がここにはあるのです。生と死の壁を安易に乗り越えてはならない。貴方達はそれを学んでいるはずでしょう?』
 先代リインフォースの言葉は。痛いところを突いていた。死を乗り越えようとして、壁を越えようとして生まれた悲劇を何度も見てきたのではないのか。
 かつてのフェイトとプレシアもそうだったと聞いている。
 二つの壁の狭間で苦しんだゼストと、その生を共に生きたアギト。
 乗り越えてはならない壁がある。ただ、向こうを見ているだけに留めなければならない壁がそこにある。
「な、なんでもないですよ、はやてちゃん」
「落ちつきないなぁ。もしかして、お腹へったんか?」
「ち、違うですよ。リインはちゃんとごはんを食べたです」
「うんうん、わかったわかった。ほな、食堂いこか。そろそろ時間やし」
 はやては、話に夢中な四人に向き直る。
「立ち話もなんやし、中に入りましょうか。軽い食事も用意させてます」
 自分たちの立っている場所を思い出して、四人はそそくさと移動を始める。
「はやてちゃん、いつの間にそんなもの準備してたの?」
「んー。それが、なのはちゃんのパティシエール師匠が来るなら是非会わせてくれってトランザさんに頼まれてなぁ。本人、昨日から泊まり込みでデザート仕込みしてたわ。腕を認めさせてやるって息巻いてたで」
 そこまで言って、はやては桃子に向き直る。
「あ、トランザさんって言うのは、六課の名物コックさんです」
 なのはが頷いていた。
「トランザさん、料理には五月蠅いものね」
 六課の名物コックの人柄を桃子に説明しながら、一同は正面玄関を抜けていく。
 その姿を見送る三体の非実体。それは、別の世界では“幽霊”と呼ばれているかも知れない。
『では、そろそろ行きますか。それほど長い間はここにおれません』
『大きなったはやてを見ることができたんや。それだけでも、来た甲斐が……』
 突然の衝撃に光は絶句した。そして、希美は思わず光にすがりつく。
 凄まじい速度で飛来したものが、玄関横の広場に激突するほどの勢いで着地したのだ。
『あれは……』
 リインフォースは呟き、絶句した。
「リインフォース! いるのだろう!」
「水臭えだろっ! 声ぐらいかけて行けよ!」
「姿を見せろとは言わないけれど、話を聞いて!」
「我らとて、主の御尊父と御尊母には拝謁したいのだ」
 烈火の将が、紅の鉄騎が、風の癒し手が、青き狼が呼びかけていた。
『ああ……』
 希美がゆっくりと光から離れ、シャマルたちに向かって歩き出す。
『希美さん?』
『光くん、ウチらのはやてちゃんを今まで守って、育ててくれはった人たちやで? それを無視するなんて、できるわけないやん』
『……ああ、そやったな。僕としたことが、えらい不義理するとこやったわ。おおきに、希美さん』
 希美を止めるために一度はあげたリインフォースの手が降りる。
 こんな二人だから、そしてこの二人の娘だから、主はやては自分を救えたのだ。そして、ヴォルケンリッターを救えたのだ。
 今更、それを否定することなどできようか?
 二人の後を追うように、リインフォースは歩き出した。
 そして、三人はヴォルケンリッターの前に立つ。
「……わかります、姿は見えなくとも、主と同じ気配を感じます。そして、お二人の後ろの懐かしい気配を」
 シグナムが跪くと、残る三人も同時に跪く。
「我らヴォルケンリッター、いかなる時も主はやてのために。御尊父と御尊母の前に再び誓います」
「はやてちゃんはとってもいい子です。お父様とお母様の心配なんてありません。はやてちゃんは正しくまっすぐに、誇りを持って生きています。私も、はやてちゃんと一緒にあることを誇りに思っています。そしてその心を守り抜くと誓います」
「我らが仕えるに値する、そして我らが仕えるべき最後の主。我らが命、魂に懸けて守護の誓い果たさんとここに宣言する。
我は主はやての盾として生きんことを」
「……あたしは、皆みたいな誓いの言葉なんて言えないけれど、でも、これだけは言える。ありがとうございます。はやてを産んでくれてありがとう。あたしがはやてと会えるようにしてくれてありがとう」
 希美と光の手が、騎士たちに触れようとする。しかし、その手は虚しくすりぬける。
 それでも、二人にはわかった。心が伝えられたことを。
 そして四騎士も知った。心が伝えられたことを。
 心を繋げるのに触れることが必要なのか。物理的な接触が必要なのか。言葉が必要なのか。
 否。
『はやては幸せやね。貴方達に出会うことができて』
 
 翌日、一晩を宿舎でなのはたちと過ごした桃子とリンディは帰っていく。フェイトとなのはは、その二人を次元転送ポートまで送っていくのだ。
 フェイトの車に乗り込んだ四人を見送りながら、はやては奇妙な感覚を覚えていた。
 そして、ツヴァイと二人残ったところで呟く。
「……なんでやろ?」
「どうしたですか?」
 ツヴァイの言葉にはやては微笑みながら首を傾げていた。
「うん。なんでやろ。私も、お父さんとお母さんに会ったような気がする」
 ツヴァイは少し黙り、そして言う。
「きっと、はやてちゃんのお父さんとお母さんもどこかで見てたですよ」
「そっか?」
「そうなのです」
「そやな。そしたら、見られて恥ずかしゅうないようにせなあかんな」
「だったら、とりあえずはやてちゃんはセクハラをやめるべきですぅ」
「それとこれとは話が別や」
「な、なんでですか!」
 二人の楽しげな会話が、風に乗ってどこかへ流れていった。
 
 
 
あとがき
 
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