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じろにも
 
 
 今日はなのはが遅番の日。そしてフェイトは早番。今は追っている事件もなく内勤が続いているので、早番の日は堂々と早く帰ってくることができる。
「たまにはいいよね」
 呟くのも当然で、執務官ともなれば定時退勤など夢のまた夢、それどころか急な出張の一ヶ月や二ヶ月あっておかしくないのだから。
「……そりゃあ、なり手も減るよね」
 仕事がキツイのでなり手がいない。なり手がいないので少ない人数でフル稼働。仕事がきつくなる。
 悪循環である。
 幸いなのは、従事している人間の質と士気の高さ。執務官という職業に、良い意味でプライドを持った人間の集まりだと言うこと。
 そうでなければ、フェイトとてとっくに異動願いを出している。クロノ辺りに泣きつけば速攻で受理されるだろう。
「ただいま」
 ちょっとネガティブ入り始めた思いを振り切って、フェイトは玄関の鍵を開く。
 鍵は閉めていたけれど、ヴィヴィオとザフィーラが中にいるはずだ。ザフィーラは、六課が解体した後も時々こうやって遊びに来てくれている。もちろん、ヴィヴィオに対しては相変わらず「大きな狼さん」だ。
 ヴィヴィオの面倒を見てくれるホームヘルパーのアイナさんは今日はいない。その代わりにザフィーラが昨夜から来ているのだ。
「じろにもー!」
 不思議な声。
 フェイトは立ち止まり、首を傾げた。
 何を言っているかはわからないけれど、これは間違いなくヴィヴィオの声。
「じろにもー!」
 また聞こえてくる。
 二度聞いても、やはりヴィヴィオの声。
 間違えようがない。
 じろにも? フェイトの知っている限り、ミッドチルダにも地球にもそんな言葉はない。いや、少なくとも、フェイトの知る範囲では、そんな言葉はない。
 もしかすると、古代ベルカ語だろうか。ザフィーラが教えているのだろうか? いやいや、ザフィーラはヴィヴィオにとってはただの大きな狼さん。言葉を教える以前に、喋るだけでビックリしてしまうだろう。
「ヴィヴィオ?」
 ただ、言葉から感じる雰囲気は楽しそうではある。慌てて呼び止めるような雰囲気ではない。だから、フェイトは特に急ごうとはせずにヴィヴィオに呼びかけるだけに留め、コートを綺麗に折りたたむと、玄関脇のコートクローゼットに入れる。
「じろにもー!」
 どうやらヴィヴィオは謎の「じろにも」に夢中なようで、フェイトの帰宅にも気付いていないようだ。
 よく耳を澄ませてみると、「じろにもー」の後には何かが落ちた鈍い音がする。床と言うよりも、ベッドの上に落ちたような音。
 フェイトは荷物を持ったまま居間へ向かおうとして逡巡する。
 ヴィヴィオが何をしているのかは知らないけれど、遊んでいるのは間違いない。声が非常に楽しそうだ。
 邪魔をするのが悪いような気もしてきた。とりあえず、荷物を置いて、買ってきた物を片付けてからでも良いだろう。
「じろにもー」
 ぼすん
 まだ聞こえている。
「じろにもー」
 どすん
 これまでとは違う音。
「あう」
 違う言葉も聞こえた。
「うう。ちょっと間違えたね。うん、ヴィヴィオは大丈夫だよ、ザフィーラ」
 何が起こったのか。
 フェイトは耳を澄ませた。愛娘と一緒にいるのはザフィーラだ。彼が一緒なら、危険でないことは保証済みなので安心はできる。
「駄目。続けるの。ザフィーラはじっとしてるの」
 どうやらザフィーラも、見ているだけではなく関わっているらしい。
「逃げちゃ駄目!」
 しかも、ザフィーラは嫌がっているらしい。
「痛くないもん!」
 痛い? これは聞き捨てならない。いったい、二人で何をしているのか。 
「ヴィヴィオ!?」
 居間へ駆け込むフェイト。
「あ、フェイトママ。お帰りなさい」
 そこにはヴィヴィオとザフィーラ。床に置かれた大きなクッション。まだヴィヴィオが来る前に、なのはとフェイトが枕代わりにしていた物だ。
 そして何故か、ヘルメットを被っているヴィヴィオ。このヘルメットは、ティアナが一度遊びに来たときに忘れていったものだ。
「えーと。何をやっているのかな? ヴィヴィオ」
「んーとね、じろにもごっこだよ」
「じろ……にも?」
「うん。ぶたいちょーが教えてくれたの」
「あ、はやて来てたんだ」
「お昼ごはん一緒に食べたの」
 ヴィヴィオの言う「ぶたいちょー」とは、他ならぬ元機動六課部隊長、八神はやてのことである。
 はやてが教えた? いったい何を……。
 ザフィーラを見る。
(すまん。テスタロッサ。主が何か余計なことを教えてしまったようで)
 念話が来た。
(ザフィーラのせいじゃないよ。それにはやてのことだから本当に危険なことを教える訳じゃないだろうし)
 そんなことより、一体はやてはヴィヴィオに何を教えたのか。
(ふむ。そういえば、地球からバニングス経由で大量のDVDを届けさせていたような)
(アリサから?)
 アリサやすずかから、地球の物を送ってきてもらうのは、はやてには珍しいことではない。
 なのはもフェイトも地球には実家があるが、はやては実家そのものはあっても誰も住んでいないのだ。何か送ってもらうためには友人に頼むしかない。
 勿論、フェイトやなのはに話せば、いや、直接高町家やハラオウン家に話せば、あるいははやてならグレアムに話せば快く送ってきてくれるのだろうが。
(何を送ってきていたの?)
(荷物自体を見ていないからなんともいえん。しかし、その日から暇を見ては何かの映像記録を見ているようだ。あれは、地球で言うところのDVDではないかと思うが)
 念話を続けていると、ヴィヴィオが動いた。
 すっくと立つとザフィーラによじ登り、
「じろにもー!」と叫んでクッションに飛び降りる。
 ぼすん
「え?」
 フェイトは目の前の愛娘の行動に目が点になった。
「なに? それ」
「じろにもごっこだよ?」
「……じろにも?」
「兵隊さんが、飛行機から飛び降りるんだよ。ヴィヴィオは、ザフィーラから飛び降りるけど」
 正確には「ジェロニモ」。それが、米軍空挺部隊が空挺降下するときのかけ声であることをフェイトは知らない。
 勿論、はやての購入した地球製映画DVDの中に戦争物があった事も。
「じろにもー!」
「なんで?」
「フェイトママとなのはママも、ヘリコプターから飛び降りるときは『じろにもー』って言うんだって、ぶたいちょーが言ってたよ」
 言いません。
 
「じろにもー」
 
 ヴィヴィオは楽しそうに飛んでいた。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
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