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アリカの質問
 
 
 食堂で。
「ねえねえニナちゃん」
「なによ、アリカ」
「百合って何?」
 ブフォッとニナは飲んでいた茶を吐いた。
 オトメたる者の行動ではない。ニナはすぐに居住まいを正すと周囲を見渡した。
 今のニナの不手際に気付いているのはエルスのみ。他の生徒は誰も気付いていないようだった。
 あ、トモエがこちらを見ていたような気がするけれど、リアクションがないところを見ると違うのだろう。
「貴方ねぇ、どこでそんな言葉覚えてくるのよ」
「んー。なんだかバイト先でね、言われたんだよ。『嬢ちゃん、やっぱりガルデローベにゃあ、百合が多いのかい?』って」
「アリカ、そのバイトやめた方がいいわよ」
「なんで?」
「なんでって……ねえ、エルス」
「う、うん。私もそう思うよ、アリカちゃん」
「だからぁ、百合って何なの?」
「……えっと……」
 ニナはエルスに目で応援を求める。
 エルスは笑顔で首を振る。
「ニナちゃん、エリスちゃん!」
「……知らない」
 ニナの吹っ切れたような答えに、エルスは目を丸くする。
「え? 知らないの?」
 きょとんとした顔のアリカ。彼女にしてみれば、ニナは何でも知っている成績優秀な友人なのだ。
「そう。知らないの」
「そっか。ニナちゃんでも知らないことはあるんだ。よーし、じゃあ誰か他の人に聞いてみるよ」
「え? ちょ、ちょっと、アリカ、待ちなさい!」
「じゃあ、後でねっ」
 駆けだして行ってしまうアリカ。食事の途中だったニナはそれを追うわけにも行かない。
「あの子、誰に聞きに行くつもりかしら」
 せめて、ナオお姉さまなら。お姉さまなら、アリカの素っ頓狂な質問にもそれなりに誤魔化してくれるだろう。
「……学園長や補佐に聞きに行ったりして……」
 エルスの呟きは、ニナの心を凍らせた。
 よりによってガルデローベでもナンバーワンのガチカップルに聞きに行くのは、はっきり言って自殺行為だ。
 考えてみればアリカはあれでシズル様には可愛がられている。そして、アリカの知る限りのこの学園での才女と言えば、シズル・ヴィオーラしかいない。というわけで、アリカがシズルに聞きに行っても不思議はない。
 
「あの、シズルさん」
「あら、なんどすの? アリカさん」
「あの、あの、百合って何なんですか?」
「百合……」
 シズルの目が妖しく輝く。
「ふーん。そないなことが知りたいんどすか?」
「はいっ」
「そしたら、今はちょっと時間がないさかい、夜にウチの部屋まで来てもらえるやろか?」
「え? 部屋まで?」
「ちょっと、説明に時間がかかるよって、ウチの部屋でゆっくり教えよ思います」
「いいんですか?」
「気にせんでええんよ、他ならぬ、アリカさんのためやもんね」
「じゃあ、お邪魔します」
「ほな、お風呂の用意して待ってます」
「え? お風呂?」
「何でもありません。こっちの話どす」
 
「なんて事になったら、どうしたらいいのかしら」
「ニナちゃん、さすがに考えすぎだと思う」
 頭を抱えるニナに、エルスは肩を叩く。
「大丈夫だよ。いくら何でもそんなことないと思う」
「あ、いたいた。ニナ」
 名前を呼ばれて顔を上げると、他でもないナオお姉さまが。
「あんたたち、いったい何の話してたの?」
「もしかして、アリカが行きましたか?」
「んー。百合って何だ、なんていきなり聞きに来るからびっくりしたわよ」
 よかった。誤魔化しの一番上手い人に聞きに行ってくれて本当に良かった。とニナは心から思った。
「面倒くさいから、シズルかナツキに聞きに行けって追い出したけど」
 ニナの口から魂が飛んだ。なにしてくれやがりますかジュリエットさん。
「いいじゃない別に。シズルに食べられたってオトメの資格を失うわけじゃなし。第一、それが問題になるならウチの学園長はどうなるのよ」
 それ以前に万が一そんな状態になったらトモエがぶちギレる。アリカの命が本気で危ない。
 しかし、そんなことなど彼女たちは知らない。
「そういう問題なんでしょうか?」
「いいんじゃない?」
 そう言ってから、ナオは何かに気付いたようにニナとエルスを交互に見る。
「どうかしましたか?」
「いや、アリカちゃんが目覚めちゃったら、どっちが餌食になるのかなぁ、と思って」
「はいっ!!!???」
 青ざめるニナ。
「だって、今ここでアリカちゃんが好きな子って言えば、ニナかエルスのどっちかでしょ? まさか、マシロ様ってこたぁないだろうし」
 自分を抱きしめ、ふるふると頭を振るニナ。
「い、嫌です。そんなことになったら部屋替えを申請します」
「あ、私は、アリカちゃんなら……あんまり嫌じゃないかなぁ……」
「エルス!!!???」
「あ、ごめんなさい。ニナちゃんのことも大好きだよ」
「そうじゃなくてっ!!」
「ニナちゃん」
「エルス、貴方、目が潤んでるわよ。何? その目は何?」
「ほっほぉ。よし、エルス、やっちゃいなさい」
「お姉さままで!?」
 
 そのころアリカは、ナオに適当にあしらわれて、困った顔でうろうろしていた。
 聞いてみろと言われても、学園長も補佐も見あたらないのだ。
「どうしようかなぁ」
 別に急ぐ内容ではないのだけれど、気になったものを調べたくなるのはアリカの性だ。
 とりあえず、学園長を捜してうろうろと。
 どこにもいない。
 もしかして用事で学園外に出ているのだろうか。だとすると見つけようのないわけで。
「困ったなぁ……」
「どうしたのですか? アリカ」
 人のいない裏庭に出たところで、聞き覚えのある声にアリカは振り向く。
「あ、ミユさん」
 そうだ。ミユさんなら何でも知っている。それに、何でも教えてくれるいい人だ。
「ねえねえミユさん。聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか? 私にわかることでしたら何なりと」
「百合って何?」
「百合……ですか? 植物の百合ですか?」
「んー。そうじゃなくて」
 バイト先で百合、と言われたことまでをアリカは素直に話した。
「そんなことがあったのですか」
「ミユさんなら、百合ってなんだか知っているよね」
「確かに、知ってはいますが」
「ねえねえ、教えて」
 ミユに詰め寄るアリカ。
「百合とは……」
 言いかけたミユの動きが止まる。
「どうしたの?」
「いえ」
 ミユの中で自我と使命が揺らいでいた。
 ……百合。百合。百合。百合!!!!
 ……詳しく教えるべきでしょうか
 ……求められているデータは与えるべきです。詳細に。
 ……実践も含めて教えるべきです
 ……アリカが
 ……いけません。私にはアリッサお嬢様が
 ……許してくださいます。アリッサお嬢様の血を引いた御方なのですから。
 ミユの視界にアリカとアリッサがダブる。
「……アリカは、私のことが好きですか?」
「え? どうしたの? ミユさん」
 アリカは笑った。
「もちろん、大好きだよ?」
 ……よし行け!
 ミユの中でなんかおかしなプログラムが起動した。恐るべし、シアーズの科学力。
「では、百合のなんたるかを私がアリカに直々に」
「わーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 ミユの腕の中から消えるアリカ。
「何者ですかっ!」
「な、な、何やってるのよ貴方は!」
「どういうつもりですか、ニナ・ウォン」
 アリカを抱えてダッシュしたニナが、息を喘がせて立っている。
「はぁはぁ、貴方ねぇ、今アリカに何しようとしてたの? この変態!」
「アリカを抱えてハァハァしている貴方に言われたくありません」
「これは単に息が切れているだけ」
「怪しいものです。オトメを目指そうともあろう者がその程度で息が切れるなど」
 さっきまで、妙に瞳を潤ませていたエルスと、面白がってけしかけつつカメラを準備していたナオから逃げていた。そのせいで息が切れているのだ。とは、さすがに言えないニナだった。
「とにかく、ここはお引き取りください」
「私は、アリカに百合のなんたるかを教えなければならないのです」
「そんな妙な使命感は捨ててください」
「誰かが正しい知識を伝えなければならないのです。もし、シズル・ヴィオーラに騙されでもしたら……チエ・ハラードの餌食にされでもしたら……」
 そんなことはない、と言えない自分がニナは情けなかった。
 ……ガルデローベっていったい……
「どうしたの? ニナちゃん。離してよ」
「ああ、ごめんなさい、アリカ」
「なんだかおかしいよ? ニナちゃんも、ミユさんも」
 わかってない子羊が一匹。
「とにかく、貴方は部屋に帰ってなさい」
「えー。でも百合の意味が」
「それはもういいからっ!」
「はーい。それじゃあ、ミユさん、またね。ニナちゃんも後でね」
 手を振りながらぱたぱたと駆けていくアリカの姿を、二対の目が追いかける。
 ほっこり
「……ニナ・ウォン、貴方は今、ほっこりしていましたね?」
「え?」
「アリカを目で追いながら、ほっこりしていましたね」
「何を!」
「長年アリカをストーキング……もとい、見守ってきた私の目は誤魔化せませんよ」
「何が言いたいの」
「貴方にも、資格があると言うことです」
「資格……」
「アリカに百合を教える資格が」
「いらない! そんなのいらないからっ!」
「謙遜。ですか」
「違う。絶対に違う! 私には、お父様という……あ、いや、あの……」
「……言い淀みましたね」
「いや、あの、でも、血は繋がっていないとはいえ父親を……ね?」
「やはり、アリカに想いを持っているようですね」
「違うからっ! そういうのはエルスの役目。私じゃないからっ!」
「なんと……」
 ミユの瞳が珍しく開く。
「……早くも三角関係ですか?」
「人の話を聞けーーーーっ!!!!」
「話はわかりました」
「わかってない! 絶対わかってないから!!」
 その場から逃げ出そうとするニナをあっさり捕らえるミユ。もともとオトメと正面から戦って勝てるミユである。ニナが敵うわけがない。
「これまで代々のシアーズの血筋を見守りながら、私は悩んでいました……男なんて子孫繁栄以外には必要ありません。だったら、女同士で子孫が作れないのは人類の最大の欠点です」
 ニナじたばた。
 しかし逃げられない。
「ならば、子を為すときだけ男になればいいのだと気付きました」
 ニナのじたばたが強まる。なにやら身の危険を感じているらしい。
 しかし逃げられない。
「幸い、シアーズの科学力を使えば性転換など容易いこと」
 ニナのじたばたMAX。
 しかし逃げられない。
「アリカに百合を教える役目は譲ることなどできませんが、アリカに子を為すのは私の力では無理なのです」
 じたばたじたばた
「ニナ・ウォン」
 じたばたじたばた
「往生際が悪いですよ」
 
 
 
 
 その夜。世界の人口から女性が一人減って、男性が一人増えた。
 か、どうかは定かではない。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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