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コスチューム
 
 
 
「ママ、駄目っ! 駄目だってば!」
 奈緒は必死だった。
 ママを止めなければならない。なにがなんでも、ここで止めなければならない。これ以上は、いくらママとはいえど無茶だ。
「いいじゃないの、奈緒ちゃん。ね? お願い」
 だけど、弱々しく頼まれると奈緒は何も言えない。他ならぬ、大好きなママの頼みなのだ。
「で、でも、そんなの…」
「……奈緒ちゃん、ママのお願い、聞いてくれないの?」
 言葉に詰まる奈緒。こんな言い方をされると、止めようとしている自分が悪者に思えてくる。
 ママは本気だ。それは目を見ればわかる。しかし、奈緒も本気で嫌がっている。
 互いに本気なのだ。
「奈緒ちゃんって、ママが入院している間にそんなに冷たい子になっちゃったの? …あんなに可愛い子だったのに……。それとも、ずっと一緒にいられなかったからママのことが嫌いになっちゃったの?」
「そ、そんなことない! そんなことないよ、ママ! 大好きだよ、ママ!」
「だったら、ママのお願い、聞いてくれるわよね?」
「う…」
 情熱たっぷりの視線から目を反らす奈緒。しかし、反らしたのが逆に仇となり、見たくないものが視界に入ってくるのだ。
 黒のサテンにフリフリ修飾。正式には違うのだけれど、一般には「ゴスロリ衣装」として知られる服がそこにある。
 思わず視線を逸らすと、今度はチャイナドレス。その隣にはアオザイ、チマチョゴリ等々の民族衣装の列。
 各種様々なコスチュームが所狭しと並べられている。
「ママね、こういうのが夢だったのよ」
「こういう……着せ替え、というか衣装が?」
「そう。そうなのよ、奈緒ちゃん」
 奈緒が産まれたとき、とっても嬉しかった。だって、女の子が産まれたら綺麗な服を着せてあげたいと思っていたから。
 ママはそう切々と語る。
「でもね、ママは…奈緒ちゃんが本当に嫌なら、無理矢理着せようとは思ってないの」
 それなら、と奈緒が言いかけると、
「…そうよね、奈緒ちゃんが小さな時ならまだしも、今は嫌よね。……ああ……小さい奈緒ちゃんと一緒にいたかった……ごめんね、入院していたママを許してね…」
 奈緒の口から出るはずの言葉が瞬時に変わった。
「着る」
「え?」
「着るから」
「奈緒ちゃん?」
「じ、実は、こういうの着てみたかったんだ、うん…多分…」
「本当に?」
「勿論よ、ママ。さあ、最初は何を着ようかな」
「ああ、奈緒ちゃんならわかってくれるって、ママ信じてたのよ」
「ま、まあね」
「ちょっと待って、着替える前に準備しないと」
 何か妙な言葉が聞こえて、奈緒は咄嗟に聞き返す。
「ママ? 準備って?」
「写真よ、写真。カメラにビデオに…ちゃんと買っておいたのよ」
「……保存するの?」
「当たり前じゃないの。奈緒ちゃんの晴れ姿なのに」
「ママ、成人式じゃないのよ?」
「それくらいわかってるわよ。成人式にはこんなレンタルじゃなくてちゃんとしたオーダーメイドにしてあげるから。どっちがいい?」
 ゴスロリとチャイナを両手でかざすママに、奈緒は力無くゴスロリ衣装を指さした。
「わかったわ。じゃあ成人式の日はこれをオーダーメイドでね。ラメでも入れて派手にしようかしら」
「今日着る服じゃないの!?」
「今は成人式の話よ」
「いらない、それはいらないから!」
「でも…」
「振袖! 成人式は振袖! ヤッパリ日本人なら振袖よ、着物!!!」
「あら、奈緒ちゃん和服派? 洋服より和服?」
 凄い勢いで首を縦に振りながら、奈緒は慌てて着物派になった。正直着たいわけではないけれど、成人式にノコノコとゴスロリやチャイナ(しかもラメ入り)を着ていくよりはマシだ。
「そうか……和服か……」
 なにやら納得した様子で手を叩くママを、奈緒は憔悴しきった顔で見つめている。
「とにかく、今、それを着るんだよね?」
「そうそう。そうよ。さあ奈緒ちゃん、着てね」
 ゴスロリ衣装を渡され、奈緒は自室に力無く引っ込む。
 まあ、確かに衣装自体は可愛いかも知れない。材料もチープなコスプレ用素材ではなく、確かなモノだ。ママの見る目に間違いはない。それは認める。
 だからといって嬉しいわけでもなく、気乗りしないままにゆっくりと服を着替えていると、玄関のチャイムが鳴った。
「え? ママ、誰?」
 こんな時に客なんて……と慌てて耳を澄ましていると、
「どうも、ご注文のピザです」なんて聞こえる。
 ママがピザを注文していたのだろう。そう言えばどこかに電話していたような気もする。
「これ着たまま、ピザ食べるのかな?」
 これだけ装飾の多い服である。汚さずに食べられるだろうか?
「駄目なら、脱げばいいか…」
 鏡を見ながら髪飾りを付けて、それなりに整えて。
 好きな衣装ではないけれど、どうせならヤッパリ可愛く綺麗に格好良く。
「ふーん、結構似合うかな?」
 満更でもない気分で部屋を出る。
「ママ、ピザが……来て……る……」
 ピザではなく。
「おおーっ。奈緒、可愛い服だな」
 ピザを口いっぱいに頬張りながら手を叩く命がいた。
「命?」
 奈緒は瞬時に思った。つまり、命がいるということは保護者気取りの……
「!!! …あ、お邪魔してるわね」と一瞬絶句した後、申し訳なさそうに目を反らして言う鴇羽。
 そして………
「なんだ、その恰好」
 お腹を抱えてゲラゲラ笑い始める玖我。
「玖我っ! アンタ………」
 さらにそして、つまり。
 玖我がいるということは……
「あら、かいらし恰好やね、奈緒さん」
 …藤乃!
「な、な、な………」
 あまりのことに言葉を失う奈緒に、舞衣がさらに申し訳なさそうに言う。
「えーとね、あおいちゃんから呼ばれてきたんだけど……」
 瀬能あおい。
 でも、何故。
 辺りを見回しても葵の姿はどこにもない。
「奈緒ちゃんがお友達を一人も紹介してくれないから、ママ、奈緒ちゃんのルームメイトさんに尋ねたのよ。そうしたら、こちらの方々が一番親しいって………」
 ママの言葉に奈緒は目の前が暗くなるかと思った。
 一歩譲ったとして、命はいい。いや、確かに命は友達だ。数少ない友達だ。
 そして、その保護者然としている鴇羽舞衣も仕方ない。百歩譲って諦めよう。
 でも、どうして玖我なつきと藤乃静留。HiME同士だということはあおいは知っている。でもそれだけだ。
「なんで、玖我と藤乃が…」
 奈緒の小さな呟きは、舞衣には聞こえていたようだった。
「それが、消去法らしいよ?」
「消去法?」
「奈緒ちゃん、命以外に友達いないから、HiMEの中から選んだらこうなるって。なつきとは喧嘩友達みたいに思われてるみたいよ?」
 そう言われると反論のしようもない。確かに、他の誰を呼ぶと言われても返答に困る。
 いや。
 いや、いや。
 そもそも呼んだのは誰だという話だ。
「ママ、どうして…」
 そう。呼んだのはママしかいない。奈緒が呼んでいないのだから間違いはない。
「だって、せっかくの奈緒ちゃんの晴れ姿、お友達にも見て欲しいでしょう?」
 開いた口がふさがらない。顎が落ちたかと奈緒は思った。落ちた顎は、もう二度と見つからないどこかの深淵までいったに違いない。それくらい、開いた口がふさがらない。
「うん、なかなか似合っているぞ、奈緒」
「そうそう。似合ってる似合ってる。本当にぴったりだ、奈緒」
 同じ事を言われているのに、命だと苦笑で返したくて、なつきだと殺意まで覚えてしまうのは何故だろう。
「ホンマ、よう似合うてますわ。奈緒さん、そないな恰好やとホンマにかいらしわ。ウチ、おかあはんの気持ち、よぅわかります」
「あ、ありがと…」
 言ってしまってから、奈緒は自分の行為に驚いた。
 …なんでアタシ、藤乃に礼なんて…
「相変わらず、静留相手には素直だな。奈緒」
 妙に険のあるなつきの言葉。ところが、静留が意外なことを言い出す。   
「それはそうですやろ? ウチと命はんは、素直に思うたままを言うてるだけですもの。なつきの言葉は、少し嫌味が混じっとります。そないなの、言われたほうは敏感にわかるんよ?」
「静留? お前、奈緒の肩を持つのか?」
「そうやなくて、なつきの言うことが少し失礼すぎるんどす。そもそも、ウチらはこのお宅に招待されてお邪魔してますんやで? ウチらからそんな物言いしてどうしますの?」
 正論である。奈緒は心の中で頷きながらなつきを睨んでいた。
「……わかった。済まなかったな、奈緒。だからそう睨むな」
 険は取れていないけれど、一応謝っている。
 とりあえず、この場は収めることにしよう、と奈緒は思った。藤乃が、いや、ママが見ている場だ。
「しかしだ」
 なつきは言葉を続けた。
「その恰好は何なんだ? これは疑問としておかしくないと思うぞ? どうしてそんな恰好を?」
「別にええやないの。よう似合うてるし、なによりかいらしし」
 玖我はしつこい。しかし、疑問を持つのは当然だ。奈緒はそう思いつつも何かいいわけを考えようとする。
 が。
「……ママの趣味」
 ああ、となつきが呟く。
 そして同情の混ざった哀れみの目。ただし、その眼差しの半分以上は笑いが込められている。いや、半分以上というよりも大多数。
 奈緒の中で何かが切れた。
 無言で部屋に戻ると、慌てるママの声を無視して携帯を取り出す。
「ママ、これ!」
 首を傾げるなつき、舞衣が慌てて言う。
「なつき、もしかして、この前の…!」
「この前? ……ああっ!」
 それはなつきの中で「学園生活思い出したくないこと殿堂入り」の出来事。つまり、HiME戦隊結成記念カラオケ大会をケータイで撮った画像。
 なつきが止める間もなく、奈緒はそれをママに見せた。
 反応が遅れてしまったなつきだが、最初の驚きが終わった後はさほど慌てる様子はない。
 過去の画像をいくら暴露されたとしても、今現在リアルタイムで面白いモノを見せられているんだから我慢してやろうじゃないか、という余裕である。
 あら、と興味津々な様子で携帯画面を食い入るように見つめている姿を見ても、なつきは別に動じていない。
「ふーん。みんなこういうの好きなんだ?」
 へ? となつきが問う間もなく。
「そうなの、玖我先輩も鴇羽先輩も美袋さんも!」
「奈緒!?」
「奈緒ちゃん?」
「そうなのか? なつき、舞衣?」
 慌てる三人にトドメ。
「奈緒さん、ウチのこと忘れたらあきませんえ?」
 ちょっと待て。と何も言わなくてもなつきの表情が雄弁に物語っている。
「なつきが好きなもんは、ウチも大好きどす」
 小さな声で、
「マヨさんは別どすけど」
「私はそんなことが好きだなんて…!」
「良かったぁ!!!」
 なつきの言葉を打ち消す、ママの嬉しい悲鳴。奈緒はその影でニヤリと笑う。
 ……一人じゃあ、落ちないわよ?
「多少のサイズの調整は効くようになってるのよ、さあ、遠慮しないで!」
「え、あの、ちょ……、ま、舞衣から、舞衣からだよな!」
「はいーっ? なつきがご指名じゃないの? きっぱり覚悟しなさいよ」
「私も着替えるのか?」
「ほな、なつき、一緒に行きましょか〜」
「静留、お前! …ま、待て待て!!」
 
 
「みんな本当によく似合ってるわぁ」
 とりあえず、ママが上機嫌なのはいいことだ。
 うん。いいことだ。
 奈緒は自分にそう言い聞かせることにした。
 相当頑張って、言い聞かせることになったのだけれど。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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