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歯科検診
 
 
 風華学園ではこの時期に、小中高の一斉歯科検診が行われる。一斉と言っても当然この規模では一日で終わらせることは不可能なので、数日掛けて行うことになっている。
 校外から検診のための歯医者がやってくるのだけれど、その手伝いをしないかと、奈緒はシスター紫子に頼まれた。
「やだ。面倒くさい」
 奈緒の即答。
「深優、アンタやれば? アリッサちゃんの検診のお手伝いができるんじゃない?」
「ごめんなさい。お手伝いは中等部と高等部だけなの。もう小等部は決まっているのよ」
 口を開いた深優がもう一度口をつぐむ。
 わかりやすいな、と奈緒は思う。
 数日後、結局深優が手伝うことになったと知って、奈緒は言った。
「アンタも大変ね」
「何が大変だというのですか?」
「断っても良かったんじゃない? アリッサちゃんの診断ができる訳じゃなし」
「私は歯科医ではありません。検診は専門家に任せた方が得策です。勿論、その結果如何によっては適切な行動を選択します」
「ま、そこまで気張らなくても、別に虫歯が一本や二本あったからって死ぬ訳じゃなし」
「お嬢様の健康管理は私の役目です。私がいるかぎり、お嬢様の体調は常に万全に整えられていなければならないのです」
 
 
 ……これはこれで、ええもんどすなぁ…
 静留は幸せだった。
 歯科医の助手がこれほど甘美な経験だったとは。
 可愛い女の子の口の中に指を差し込んで弄くり回してもどこからも文句が出ない、いや、それどころか感謝され、あまつさえバイト料まで出る。
 因みに、医療行為をするわけではないので素人でも構わないのだ。
 静留は心から思っていた。
 こんなにいい出来事があっていいのか。
 正直、最初は高等部の検診を手伝うつもりだった。
 なつきに泣いて止められた。
 頼むから馬鹿な真似はやめてくれ、と。
「どないしょうかなぁ…」
 と考えているとなつきはついに、
「お前、菊川や舞衣の口の中を弄りたいのか!」とややキレ気味に叫んだのだ。
 …嫉妬!? これは嫉妬やね!? なつきがウチに嫉妬してるん!?
 その衝撃を静留は生涯忘れることがないだろう。
「堪忍なぁ、なつき。ウチが間違うとったわ。そやけど、もうお手伝いすることは決まっとるんや」
 だから、中等部を手伝う。と言った瞬間、またなつきが切れた。
「奈緒か! 奈緒なのかっ!! よりによって奈緒なのかっ!!」
 泣き始めたので流石の静留もおろおろと否定するしかなかった。
 とりあえず、なつきの嫉妬があまりにも可愛らしいのでこれからも折を見て嫉妬心を煽ろう、と静留は心に誓った。
「わかりました。なつきの頼みやったらウチは何でも聞きますよって」
 小等部を手伝う。これならなつきも何も言わないだろう。
「そうか。わかった。せいぜい頑張ってくれ」
 その時は静留も、残念だとは思いながらも「今回は単なるバイトとして働こう」と思ったのだ。
 ところが。
 静留の大誤算があった。
 小等部の生徒であろうと可愛い者は可愛いのだ。
 並んでいる生徒の中にアリッサ・シアーズの姿を見たとき、静留は心静かにガッツポーズを思い浮かべたものだ。
 ……天使がいはる…
 シアーズとか、エセHiMEとかは静留にはあまり関係がない。そもそもアリッサはなつきを苛めてない。
 なつきと直接やり合った奈緒相手ですら「かいらしい」と言い切る静留である。直接やり合っていないアリッサに対する遺恨など全くない。
 一方アリッサは、医師の隣で準備している静留を見て少し首を傾げた。そして、深優の言葉を思い出していた。
「いいですか、お嬢様。現在我々はワルキューレとは敵対していません。しかし、直接相対した鴇羽舞衣には注意してください。無用な心配かも知れませんが念のためです」
 鴇羽舞衣とは何度か会ったけれども、怨恨があるとは思えなかった。
 しかし、それに続けて深優は言った。
「それから、別の意味で注意するべきは藤乃静留です。彼女に対しては決して二人きりにならないことを強くお奨めします。お嬢様は可憐すぎるのです。美しすぎるのです。可愛らしすぎるのです。キュートすぎるのです。強く抱き締めたいほどに……」
 延々と続く褒め言葉が終わると、深優は最後にこう締めた。
「いいですか。藤乃静留の甘い言葉には心を許してはなりません」
「…うん。わかった」
 でも、さすがにこの状態で甘い言葉云々というのは関係ないだろう、とアリッサは思う。
 それが、甘かった。
 ムニッとアリッサの頬を掴む静留。
 痛くはない。優しく摘んでいるのはわかる。
「…何をするの?」
「ほっぺたをムニムニしてます」
「人の顔で…遊ばないで」
「遊んでるんと違います。愛でてるんどす」
「愛でるのは…駄目」
「勿体ないわぁ、こんなにかいらしのに。それとも、深優さんやったらええの?」
 赤くなるアリッサにあらあらと微笑む静留。
「ホンマにかいらしぃわぁ。そやけど、ウチは今日はお医者様の助手ですさかい、そない警戒せんでもええんよ? おとなしゅう、お口をあーんしてな?」
 アリッサの不審の表情は変わらない。だけど、仕方なく口を開ける。
「はい、良くできました」
 口を押さえる振りをして、
 唇に触ったり。
「ぷにぷにして柔らこいわぁ…」
 舌に触ったり。
「うふふ、温くて柔らこうて…指なんてまだるっこしゅうて……」
 綺麗に揃った歯を撫でてみたり。
「きれいに洗てるね、ああ、深優はんはこの歯を毎日磨いてあげてるんやねぇ…」
「あひっははひふんへひはへるお…(アリッサは自分で磨けるよ)」
 半分呆れ顔の歯科医がミラーでアリッサの口の中を覗く。その診断をカルテに書き込む静留。さすがに深優の世話は行き届いていて虫歯は一本もないようだ。
「はい、アリッサちゃん、お口閉じてええよ?」
 ぱくり
 何故か静留の指をくわえているアリッサ。
「いややわ、ウチとしたことが、指を抜くんが遅れてしもうて」
 どう見ても故意である。
 アリッサは心から思った。
 …藤乃静留は鴇羽舞衣より怖い。別の意味で。
 そして、次の瞬間の早業には歯科医はおろかアリッサも気付かなかった。
 静留は、アリッサの口内を調べるのに使われたミラーをポケットにしまい込んで、隠し持っていた新しいミラーと取り替えたのだ。
 そして翌日。
 教会の裏で静留は約束の相手を待っていた。
「待たせましたね」
 静留が待っていたのは深優だった。
「いいえ、このくらいなら大丈夫どす」
 深優が小さな包みを差し出した。同じような包みをやはり差し出す静留。
「手筈通りのものです」
「そしたら、こちらも」
 首尾良く包みを交換した静留は、軽く会釈するとその場を去った。
 
 こうして、なつきに使われたミラーとアリッサに使われたミラーは無事交換されたのである。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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