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ご飯を食べよう
 
 
 そっと、奈緒は辺りを伺う。
 誰もいない。少なくとも見える範囲にはいない。
 バイク置き場になつきのバイクがなかったことは既に確認済みだ。しかし、なつき以外の者に発見されても厄介なことになるのは目に見えている。
 もう一度、奈緒は辺りを確認した。
 やはり、誰もいない。
 奈緒は三度確認すると、ようやくマンションのエントランスホールに足を踏み入れる。
 そして、集中管理のドアフォンを押す。
「藤乃? アタシだけど?」
「結城さん? よぉ来はったね、今、鍵開けるさかいな」
 ドアが開くと、奈緒はゆっくりと中に入っていく。そして。玄関ホール左のエレベーターへと。
 静留となつきの住む部屋へと。
 ただし、今夜はなつきはいないはず。勿論、奈緒はそれを判った上でここに来ている。
 
 
 おかしい。となつきは思った。
 静留の様子がおかしい。何か隠し事をしているような気がする。
 でも、自分に隠し事をするような静留ではない、となつきは信じている。
 しかし、おかしいものはおかしい。具体的には食材の話。
 ある日、用事で一晩留守にしてみると、お気に入りのマヨが無くなっている。なつきは、静留がまたもや「なつきの健康のためどす」などと言って処理したのではないかと思って尋ねてみた。
 すると静留は一瞬「あ…」と驚いた顔をした。もし静留がわざと処分していたのならそんな顔をするわけがない。第一、今までは隠すことはあっても捨てることはなかったのだ。なつきが甘えるようにお願いすると、「もぉ、なつきにはかないませんなぁ」と苦笑しながらも嬉しそうに、どこからか取りだしてくるのだ。
 それがないということは、つまり本当に失念していたことになる。
 あるいは、静留以外の誰かが始末したのか。
 あの部屋に自分と静留以外の者が入ることなどない。いや、確かに舞衣や命が入ったことはある。しかしそれはなつきも静留も一緒にいるときに客としてだ。静留がなつきの留守中に誰かを招き入れるなど考えられない。
「私のマヨはどこに行ったんだ?」
「堪忍な、なつき。料理に使おうとして、うっかりダメにしてしまいましたんや。今度、新しいマヨさんを買うてくるさかいな、今日の所は我慢しよし?」
「そうか。それなら仕方ないが…」
 とは言ったものの、ヤッパリ静留の反応はおかしい。静留がなつきにもすぐにわかるほど動揺するのだから、よっぽど驚いたということなのだろう。
「ああ、そうだ。マヨは急がなくていいぞ、静留」
「どういうことですのん?」
「明日も夕飯はいらないんだ。前に……一番地を調べていた頃に世話になった奴と会う約束をしているんでな」
 
 
 エレベーターに乗る前にもう一度辺りを警戒する奈緒。
 誰もいない。
 いくらあの玖我なつきが鈍感と言っても、奈緒がここにやって来るのはこれで数度目だ。気付かれ、いや、怪しまれていてもおかしくはないだろう。自分だとは思われていなくても、藤乃の元を誰かが訪れていることには薄々感づいているかも知れない。
 しかし、それが自分だとばれなければいいのだ。
 さらにもう一度辺りに気を配ると、奈緒はエレベーターに乗った。
 目当ての階のボタンを押し、箱が上がっている間に荷物を確かめる。
 ついでに買ってくるように頼まれたものはきちんとカバンの中に入っている。
 そして奈緒がエレベーターを降りた頃――
「まさか…あいつ…」
 玄関ホール端、昼間にだけ常駐している管理人室へと繋がる通路の影から姿を現したのはなつきだった。
 まさかとは思っていた。
 自分のいない間に奈緒が来るなんて。
 いや、きっとこれは何か事情があるのだ。そうだ、そうに違いない。
 今、家に帰っていけばきっと何でもなかったと言うことがわかるのだろう。
 たとえば、舞衣が夕食のおかずを作りすぎたので自分と静留にお裾分けしようと思った。そして舞衣は命に届けるように頼んだ。命は命で何かのっぴきならない用事ができたので奈緒に頼んだ。命の頼みなら、奈緒も断りにくかったのだろう。
 そうだ。そうに違いない。そうに決まっているのだ。
 なつきは自分に、無茶苦茶な言い訳を納得させながらエレベータに乗り込む。そして上がる。
 すぐに自分と静留の部屋の前。
 ノブに手を伸ばす。鍵はかかっていない。
 そうだ。鍵がかかっていないと言うことは邪なことをしているというわけではないのだ。他人に見られて困ることをしているというわけではないのだ。
 良かった。
 さらなる無茶な理屈でなつきは自分を納得させた。
 大丈夫。奈緒と静留は別に悪いことをしているわけではない。
 だけど、ドアを思い切り開いたなつきの口から出た言葉は…
「奈緒! 貴様! 何をやっている!」
「なつき!?」
「玖我!?」
 土足であることも忘れて勢いよく飛び込んだなつきが見たものは……
 
 食事中の二人だった。
「……な、奈緒? 静留?」
「あ、あの……こんばんわ」
「なつき、おかえりやす」
「あ、あのな、何やってるんだ、奈緒」
「……えーと、お先にいただいてます」
「なつきも夕ご飯まだやろ? ちょっと待っててな。すぐに用意するさかい」
 しどろもどろななつきと奈緒。いつものようにマイペースな静留。
「あ、ああ、すまないな、静留」
 言いながら座ろうとして、
「て、そうじゃないだろ! なんでコイツがここにいるんだっ!」
「コイツとは失礼ね。アタシは藤乃に呼ばれて来たんだからね」
「静留に呼ばれた? 静留? どういう事なんだ?」
 静留は涼しい顔でおみそ汁を温めなおしている。
「どうもこうもありません。結城さんの言うとおりですわ。ウチが呼んだんやから」
「なんで。一人が寂しいんなら、舞衣や命がいるじゃないか。なんでよりによってコイツなんだ?」
 奈緒がニヤリと笑う。
「ああ、それ、アンタのせい」
「私のせい?」
「そ、アンタのせい」
 
 
 一ヶ月ほど前、奈緒は偶然で静留に会った。
「ちょうどええわ。結城さん、ウチでご飯食べません?」
「は? どうしてアタシが。それに、玖我がいい顔しないでしょ」
「なつきは留守なんどす」
「いや、それはそれで身の危険を感じるから…」
「なんもしません。ご飯を食べてもらうだけどす」
「藤乃は、どうしてアタシにご飯を食べさせたいわけ?」
「それがなぁ…」
 いつもの静留となつきの夕食風景――
「なつき、そろそろ夕ご飯にしましょうか」
「ああ、いつも済まないな」
「何言うてるの。一人で食べるより二人で食べた方が美味しいやろ?」
「いや、そういうことじゃなくて、いつもお前にばかり作らせてて…私もちゃんと料理ができるようにならないとな…このままじゃ困る」
「どうしてですの? なつきの食べるもんやったら、ウチがちゃんと作りますよって」
「……いつまでも?」
「ええ、いつまでも、どす」
「本当に、いつまででもいいのか?」
「いつまで作ってて、ええの?」
「……静留が構わないのなら、いつまでも」
「それ、ウチと一緒にずっとおるっていうことやと思ってええの?」
「静留の作るご飯なら、ずっと食べていたい…」
「なつき…」
「静留…」
 この辺りで奈緒がブーイングして、静留は回想の語りを早めた。
「今日のおかずは、中華風にしてみたんえ? どうやろか」
「うん、美味しそうだ」
 にゅる
「なつき?」
「なんだ? 静留」
 にゅるにゅる
「その、手に持ってるものどす」
 にゅるにゅるにゅる
「ああ、マヨネーズだけど? 静留も使うのか?」
 にゅるにゅるにゅるにゅる
「ウチはいりませんけど……」
「そうか」
 にゅるにゅるにゅるにゅるにゅる……
 そこまで語ったところで、静留は感情が高ぶったのか絶句する。
「ウチが何を作っても、最後は全部マヨネーズ味になってしまう……」
 
 
「そういうこと。藤乃だって、たまにはちゃんとしたご飯をちゃんと食べて欲しいでしょ。そういうことよ」
 ふう、と大きく息を吐いて、奈緒はなつきを睨み直す。
「わかった? アタシだって、好きでご飯食べに来てる訳じゃないんだからね。藤乃に頼まれて仕方なく…」
 首を傾げる静留。
「ふーん。そやったんや? 結城さん。なんや結構嬉しそうにいそいそと来てはったように見えてたんやけど……」
「だ、誰が嬉しそうなのよ。藤乃、アンタいい加減なこと言ってんじゃないわよ!」
 なんだ、うれしかったのか、となつきは思った。
「ママだってまだリハビリ入院が続いているし、アタシ一人だと外食ばかりだし……食べさせてくれるんならなんだってありがたいわよ」
「ええ? よう聞こえませんでしたけど…」
「だから、アタシ一人だと外食ばかりだって」
「そこやのうて、その後どす」
「その後って……」
 むう、と奈緒は口をつぐむ。
「もう一ぺん、言うておくれやす」
「……食べさせてくれるんなら、なんだってありがたい…」
「え?」
「だから、ありがたいって」
「結城さん、素直やね」
 ニッコリと微笑む静留に、顔を赤らめた奈緒は慌てている。
「馬鹿言うなっ」
「照れてる顔もかいらしわ」
「だーかーらー、アンタはなんですぐにそう言うことを…」
「静留ッ!」
 奈緒と静留の間に無理矢理割り込むなつき。
「私が悪かった」
「なつき?」
「確かに、静留の気持ちを考えてなかったかも知れない。だけど……」
 静留が手をあげて、なつきの唇に触れる。
 何故かムッとする奈緒。
「ええんよ。なつきの気持ちは誰よりもウチがようわかってるから」
「……アタシ、帰るからね」
「奈緒?」
「二人で仲良くマヨご飯でも食べてなさいよ」
 そのまま帰ろうとした奈緒の肩を掴む静留。
「結城さん。せっかくやから、食べていっておくれやす」
 半分力尽くで、奈緒は座らさせてしまう。
「で、なんでこうなるのよ」
 奈緒がゲッソリと呟いた。
 奈緒の向かいに座っているのは静留。
 静留の隣に座っているのはなつき。
「どうして三人雁首並べてご飯食べなきゃならないわけ?」
「食べたくないなら無理に食べなくてもいいんだぞ、奈緒」
「こうなったら食べるわよ。マヨ狂いのアンタにはわからないかも知れないけれど、藤乃の料理はマジで美味しいんだからね」
「美味しい物にマヨをかければ美味しさの二乗でもっと美味しくなるじゃないか」
「なるかーっ!」
「奈緒、お前はマヨのなんたるかがわかっていない」
「わかりたくない。絶対にわかりたくない、そんなもの」
「失礼な奴だな! マヨは健康にも美容にもいいし栄養満点の完全食なんだぞ!」
「そもそもメイン食材じゃないでしょうが!」
 静留はそんな二人のやりとりをニコニコと眺めながら、なつきのお茶碗にご飯をよそっている。
「藤乃! アンタも暢気にご飯よそってないで、何とか言いなさいよっ! そもそもアタシを巻き込んだのはアンタでしょ!」
「だから、そういう言い方をするなら無理に食べに来なくてもいいと言っているんだ」
「玖我、アンタもアンタでしょ。藤乃に申し訳ないと思わないの? さっきのしおらしい態度は何だったのよ!」
「なつきは、なつきが美味しいと思う方法で食べたらええんよ。なつきにウチの作ったご飯を食べさせたいと思うんは、ウチの我が侭なんやから」
「……おかわり」
「え?」
「だから、ご飯のおかわり」
 茶碗を差し出しながら、奈緒はなつきを睨みつけている。
「アンタは好きにすればいいわよ。アタシはちゃんと藤乃の作ったご飯を食べるから」
「私だって食べている」
「だったらマヨを抜きなさい、マヨを」
「それは私の勝手だ」
「アンタいい加減にっ!!」
「まあまあ」
 立ち上がりかけた奈緒の鼻先に突きつけられるお茶碗。
「はい、おかわりどす」
「ありがと…」
 機先を制されて、奈緒は思わずお茶碗を受け取って座り込んでしまう。
「あ…」と奈緒は思ったけれど時既に遅し。タイミングが悪すぎる。
 場の主導権は一瞬で静留に移ってしまった。
「これはウチの独り言やさかい、二人は別に気にせんでもええから」
 そして……
「ウチはなつきのことを好いてます。好いてる、いう言葉やったら全然足りへんくらいに」
「せやけど、それとご飯のことはまた話が別どす。やっぱり、きちんと食べてもらえへんのは哀しいんどすわ」
「結城さんがウチのことをそういう風に言うてくれるのはえろう嬉しいことです。でも、ウチにはちゃんとわかってます」
「なつきはなつきなりに、努力してくれてはるんやて。最近、マヨの量が、少し減ってますもの」
 奈緒はなつきの顔を見た。
「そうなの?」
「黙ってろ、奈緒」
「……アンタもアンタなりに気を使っているわけだ」
「悪いか」
「…別に。なんだかんだ言って、アンタ達そういうカップルなんだ、と思っただけよ」
「ほっとけ」
「言われなくても、誰が好きでこんな所に顔ツッコむかって言うの。アタシは誰かと違ってノーマルなんだから」
 そこでなつきはニヤリと笑った。
「その割りには、嬉しそうに静留の誘いに乗ったんだよな」
「誰がよっ。そもそもアタシに話を振ったのは藤乃だってば!」
 そこで首を傾げるなつき。
「それにしても、なんで貴様なんだ。偶然会ったにしろ、別に貴様を誘わなくてもいいだろうに」
「アンタのマヨ狂い知ってて、藤乃の知り合い。その条件に合うのがアタシだったわけ。別にご飯食べさせるだけなら鴇羽や命でもいいんだけど、あの二人だと変に張り切って、『藤乃先輩のためになつきのマヨ狂いを直すぞー』って言いかねないでしょ? その点アタシは、アンタや藤乃がどうなろうと知ったこっちゃないし」
 確かに。そういう部分はある。最近の舞衣は、巧海に手がかからなくなった分だけ色々なことに手を出そうとしたがるのだ。
「なるほどな、消去法か」
「そういうこと」
「それだけやありませんけどな」
 微笑みながら、静留が食卓に着く。
「結城さん、なつきの次にかいらしさかいに」
 ケホ、と奈緒が小さくむせた。
 笑うなつき。
 
 
 もしかしたら、これはこれで、まあ悪くないのかも知れないな、と奈緒は思った。
 
 
あとがき
 
 
 
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