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ワタシノ傷痕
(2)
 
 
 
 
 何もかも終わったのだ。
 ダイアナが敗れたとき、清姫に破壊されたとき、遥が消えたとき……
 全てが終わったと思った。
 何かもおしまいだと思った。
 仮にそれが自分の世界だけだとしても、それが世界の終わりでも別に構わないと思った。
 不思議と藤乃会長への憎しみはなかった。というよりも、憎んでもどうしようもない。
 会長を倒したとしても、遥は戻らない。遥が戻らないのなら、会長を倒す意味など無い。
 もう何も残っていない。それならそれでいい。
 世界から意味のあるものが失われたのなら、世界に意味なんて無い。意味なんて無くていい。
 滅びるのなら勝手に滅びればいい。
 自分はもう、滅びている。
 残された腕章を抱きしめて、雪之は奇妙な誇りに震えていた。
 最後の最後で、遥ちゃんは会長を見返すことができたんだ。いや、会長を超えたんだ。と雪之は信じていた。
 歪んだ愛に狂った会長を、しっかりと遥は諭した。HiMEの力などない遥が、最強とも思えるチャイルドを駆使する会長に一矢報いたのだ。
 流石だと、雪之は言いたかった。
 それでこそ、遥ちゃんだよ。私の大好きな遥ちゃんだよ。いつも前だけを見て進んでいける、眩しい遥ちゃんだよ。
 ワタシノ遥チャンダヨ
 
 気が付くと、そこに遥がいた。
「?」
 何がなんだか判らない。そんな言葉を体現したような顔で回りをキョロキョロと見回している。
「いったい…」
「遥ちゃん…」
「雪之?」
 後から判ったことだけど、理事長の力でHiMEの力が復活し、チャイルドと共に失われたはずの人々も復活することができたのだ。
 そして、雪之は呼ばれた。最終決戦の場へと。
 舞衣と命のいる場所へ。
 黒曜の君のいる場所へと。
 戦いは終わり、今度こそ全ては終わった。
 そう、全ては終わったのだ。
 チャイルドは消え、同時にHiMEの力も消えた。
 学園は立ち直り、全ては元に戻るかに思えた。
 だけど雪之には、それらもどうでもいいことだった。
 ただ、遥がそこにいるというだけでいい。自分の中に生まれたそんな気持ち、いや、それはきっと今までもあった気持ち。ただ、気が付かなかっただけ。
 それが、二つの気持ち。
 一つは――
 もう、失いたくない。わずかな間でも遥を失っていた時間は、雪之にとって単なる虚無の時間だった。二度とあんな想いはしたくない。
 二度と遥を失いたくない、離れたくない。
 そして、もう一つ――
 
 ようやく二人は落ち着いた。
 やはり、数日のタイムラグは必要だった。あまりにも多くのことが起きすぎたのだ。
 それでも、何とか日常には戻れる。壊れた建物や街の修繕には時間がかかるとしても、人は元気を取り戻している。生徒達は戻ってきている。いくらでも、やり直しはきくのだ。
「大変ね。これから、忙しくなるわよ」
 中身とは逆の嬉しそうな口調で、遥は腰に手を当てていた。
「雪之、風華学園を絶対元通りにしてみせるのよ」
「うん」
「騒ぎの最中はあのぶぶ漬け女の暴走で何もできなかったけれど、これからは汚名挽回してみせるんだから」
「遥ちゃん、汚名返上、名誉挽回だよ」
「細かいことはいいのよ! まあ、どちらにしても、執行部だけじゃ手不足だから、生徒会にもガンガン動いて貰わないとね」
「あ……」
 雪之は言いかけて、口を閉じる。
「どうしたの、雪之」
「あの、遥ちゃん。でも、生徒会って…」
「…ああ、そのこと。詳しい話は鴇羽さん達に聞いたけど…」
 会長は暴走していたHiME、藤乃静留。
 副会長は他の誰でもない黒曜の君、神崎黎人。
 雪之でなくとも不安になるメンバーだろう。
「いいんじゃないの? 要は、正気じゃなかったんでしょう? 特に副会長は、完全に別人だったそうじゃない。いわば、心神喪失で無罪放免よ」
「さすが遥ちゃん、心が広いんだ」
「当たり前じゃない。優柔不断な連中だったかも知れないけれど、それなりに優秀な人たちなんだから、こういうときこそびしびし働いて貰わないと」
 良かった、と悦びつつも、雪之には一抹の不安があった。
 今、遥が出した名前は一人だけ。
 もう一人の名前はないのだ。そして、もう一人に対する感想こそが、雪之が気になっている部分なのだ。
「…強いて言うなら、問題はぶぶ漬け女…藤乃会長ね」
 黎人とは違う。静留は、この事件が起こる前からなつきに対して行動を起こしていたのだ。それをHiME事件のせいにすることは難しいだろう。
「許せない部分は、あるわね」
「玖我さんの…ことなの?」
 雪之の問いに、遥は重々しく頷いた。
「やっぱり、あんなことは…」
「玖我さんの弱みにつけ込んだのは、褒められた話じゃないわよ」
 けれど、と遥は続けた。
「当の玖我さんは不問に付すと言っているのよ。少なくとも、大袈裟に騒ぎ立てるつもりはないって。それに、会長もそれなりに反省はしているみたいね」
「え? 遥ちゃん、それじゃあ…」
「会長が誰を好きになろうと、それは自由でしょう? 相手が玖我であっても同じ事。同性愛の気があるから罰するなんて、どこの旧態独裁国家よ。そもそも、不純な交遊でなければ恋愛自体は自由。違う?」
「うん。そうだよね、遥ちゃん」
 遥は、次々と今後のビジョンを述べ、雪之はそれらに賛同した。
 結構な時間が過ぎて、二人は夕食を共にする。
 珠洲城家で雪之が食事を振る舞われるのは、最近では珍しいことではない。遥の方にも「振る舞っている」という意識はない。
 雪之と一緒にご飯を食べる、というのが遥にとってはあまりにも自然体で、不自然さを全く感じていないのだ。そしてそれは、雪之の側にも言えることだった。
 食べ終えて、お風呂に入って、そして泊まっていく。この流れも二人にとっては今さらと言ってもいいほど自然な流れなのだ。
「でも、びっくりした」
 お風呂で、雪之が言った。
「なにが?」
 頭を洗っていた遥が首を傾げる。
「遥ちゃん、もっと藤乃さんのことを嫌がっているのかと思ってた」
「……個人的なことで?」
「うん」
「さっきも言ったけれど、あの女がどんな性癖を持っているかなんて、どうでもいいのよ。そもそも、性癖で人をとやかく言おうなんて思わないから。問題はあるけれど、当の玖我さんが何も言わないのなら、私に言うことは何もないわ。それに…」
 遥は肩をすくめる。
「玖我さんも、満更じゃないかも知れないし」
「え…」
 見えているんだ、と雪之は思った。
 遥ちゃんにも、私と同じ物が見えているんだ、と雪之は思った。
「まあ、玖我さんみたいにがさつな人を好きになるような人なんて、そんなにいないと…」
「遥ちゃん…」
「え? なに? どうしたの、雪之?」
 遥はシャワーでシャンプーの泡を洗い流す。
「遥ちゃんは、藤乃さんが玖我さんを好きになっても、おかしいと思わないの?」
 湯船から出た雪之が、遥の横に座るような体勢で尋ねる。
「ええ。マジョリティだとは思わないけれど、マイノリティが悪だとも思わないわよ?」
「遥ちゃん、私…」
 雪之?と声を掛けながら、閉じていた目を開くと、遥の目の前に雪之がいた。
 文字通り目の前に。
 そして、さらに近づく。
 唇が触れた。
「…ゆ…き…!」
 押し倒すように、雪之の身体が遥にのしかかる。
 遥は抵抗をしない。雪之はそう思った。
 
 
「どうして?」
 ただ一言、遥は尋ねた。
 その口調で、雪之は自分が何をしたかを理解した。
 騙しですら、ない。
 ただ、力に任せただけ。
 慌てて身を起こした雪之が見たのは、遥の冷たい視線だった。
「遥ちゃ……」
 雪之に続けて遥が身を起こす。
「どうして? 雪之?」
 愛してる。と言いたかった。
 好きだ。と言いたかった。
 次の瞬間、雪之は違う言葉を吐いていた。
「ゴメン……ごめんなさい…遥ちゃん…」
「…そう…そうなの」
 数秒の沈黙が、雪之には数時間に感じられた。
 不意に立ち上がる遥。雪之に背を向けたまま、軽くシャワーを浴びなおして、湯船に浸かる。
「それなら、私は忘れる。何もなかったの」
 遥の声は平静だった。
「私は忘れるから。雪之も忘れなさい」
「…うん」
 また、違う言葉を吐いていた。
 忘れて欲しいわけじゃない。
 雪之は遥に忘れて欲しいわけじゃない。
 何でも良かった。
 怒られてもいい。
 蔑まれてもいい。
 憎まれてもいい。
 嫌われてもいい。
 だけど、忘れて欲しくない。
 自分との行為の印を、遥の中に残したかった。
 遥との行為の証を、自分の中に留めたかった。
 ただ、それだけのことなのに――
 
 その日から雪之にとって、遥との会話は二律背反となった。
 遥との会話を望む自分。
 遥との会話を重いと感じる自分。
 どちらも自分だった。
 拒まれた自分だった。
 
 だから、憎い。
 受け入れられた、あの人が憎い。
 受け入れた、あの人が憎い。
 藤乃静留が憎い。
 玖我なつきが憎い。
 
 
 
   −続−
 
 
 
 
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