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ワタシノ傷痕
(5)
 
 
 
 ダイアナに勝ち目はない。
 かつての戦いを知るものならば、口を揃えてそう言っただろう。
 対チャイルドを想定して作られたアンドロイド、深優・グリーアの戦闘力はダイアナを凌駕する。
 しかし…。
 笑い声が響いた。
「それが貴方達の切り札なの?」
 雪之――遥が贋者と呼んだ雪之の笑い声。
「チャイルドに唯一対抗できる存在を、私が忘れていたと思ったの?」
「覚えていたからと言って、戦闘力に変化はありません。今のダイアナでは私には及ばない」
 深優の左腕が再び変化する。
「…深優・グリーア。貴方に、私と戦う意味があるの?」
「ない。しかし、チャイルドの存在は驚異だ。排除する必要がある。特に、それが本来の主以外に操られている場合」
「私は、菊川雪之よっ!」
「私には違いは認められない。しかし、少なくとも玖我なつき、藤乃静留、そして珠洲城遥の三名がお前を贋者だと断定している。私は三人の…正確には珠洲城遥の鑑定を信用する」
「……遥ちゃん……」
 雪之が遥を見る。
 なつきが、遥を護るように立ちはだかる。すると遥が咎めるように言った。
「玖我さん?」
「いいから下がっていろ。少なくとも、私と静留はHiMEの力を知っている。それなりの心づもりはあるんだ」
 食い下がろうとする遥の前に、さらに立ちはだかる静留。
「あれは菊川はんと違いますのやろ? せやったら、珠洲城はんが慌てて出る必要ありませんよって」
 雪之が遥を見ていた。
 遥は見た。
 雪之の唇が動く。
 …ヤッパリ、ステルンダネ、ハルカチャン…
 咄嗟に俯いた遥を叱咤するようなタイミングで、しかし深優へとなつきは叫ぶ。
「来るぞ! 深優!」
 飛来する触手を華麗に避ける深優。避けながらも、いくつかの触手を切断していく。
 ダイアナの攻撃は、全く功を奏していない。それどころか触手を繰り出すたびに数本を失っているのだ。
 結果は見えた。あとは時間だけ。
 誰もがそう思う。そのはずだった。
「見えた…」
 続ける雪之の言葉に、深優の動きが止まった。
「アリッサ・シアーズ……可愛い寝顔ね」
「お嬢様!?」
「アリッサちゃんの居場所がわかったの。ねえ、深優さん。貴方は強いけれど、今のダイアナの動きを完全に止めるまでどれくらいかかる? 五分? 三分? アリッサちゃんは、ダイアナの触手相手に何分保つのかしら? 三分? それとも一分も保たないかしら?」
「脅迫ですか」
「取引。ただの取引よ。貴方は黙って見ているだけでいいの。元々、そんな連中に借りなどないのでしょう? 私は、貴方とアリッサちゃんに手を出す気は全くないの。私の邪魔さえしなければ別にいいのよ」
「それを脅迫と言いますのや」
 今度は静留が笑い出した。
「ダイアナの能力…遠隔探査、遠隔攻撃。それこそ、直接戦ったウチが忘れたと思うてはるの? もっとも、あの時はあまりにも力の差がありすぎて、能力なんて見る間もあらしませんでしたけどなぁ」
 ニッコリと笑う。
「アリッサちゃんが触手に巻かれるより、深優はんがダイアナを倒しはるほうが、早いと思いますえ?」
「そんなハッタリ…」
「ニセモンの菊川はん。ダイアナの力でよぉ見ておくれやす」
 雪之が静留を、そして深優を睨みつける。
 その表情はすぐに驚愕へと変わった。
「あ……あ……」
「見えますか? アリッサちゃんの隣に誰がいはります?」
「……尾久崎晶……美袋命……」
 絞り出すような呻き。そして血走った眼差しが静留を睨みつけている。
「その二人やったら、HiMEの力がのうなってても、あんじょう戦いますやろ?」
 静留の笑いが深まった。瞬間、雪之の表情に怯えが混じる。
「少なくとも、あんさんが殺されるまでは、アリッサちゃんを護りますえ?」
「……あ……あ……」
「続けてもらいましょか? 深優はん」
 雪之は絶叫した。
「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!」
 静留は、何か面白いモノでも見るような目で雪之を見ていた。
「アンタなんて、アンタなんて!!! 馬鹿な女を騙して自分のモノにして! 騙したのに受け入れられて!!! どうして、どうして、どうしてアンタだけぇっ!!!」
「おお恐。振られた女の八つ当たりは、醜いどすなぁ…」
 とん、と何かが静留の胸を突いた。
 思わずよろける静留。
「…それ以上雪之をバカにするなら、私が相手になるわよ」
 静留を突き飛ばした遥が、雪之に向かい合うように立っていた。
「珠洲城…はん?」
 なつきが静留に駆け寄った。遥は、背後の静留を完全に無視している。
「ゴメンね、雪之。また忘れてたみいね、私」
 深優は、成り行きを見守るように立ちつくしていた。
 遥は一歩、雪之へと近づく。
「雪之を助けるのは、深優さんでも藤乃さんでも玖我さんでもないんだよね。私の役目だった」
 遥の肩を背後から掴むなつき。
「止めろ、珠洲城! 相手が判っているのか?」
 遥は立ち止まった。しかし、戻ろうとはしない。
 なつきは言葉を続けていた。
「いいか、ただの不良学生やチンピラなんてレベルじゃないんだ。生身の普通の人間がまともにやり合えば……死ぬぞ?」
 首だけで、遥は振り向く。
 その視線が静留に、そしてなつきに。
「HiMEだったかしら? それが、何? それがどうしたの? 玖我さん、貴方、あそこにいるのが藤乃さんだったら、深優さんに任せるの? 力がないからって、深優さんに任せてしまうの?」
「それは……」
「それに、力とか命とか、そんなことよりもっと肝心なことがあるのよ」
 遥は視線を元に戻す。
「雪之はね、私に『助けて』って言ったのよ! だから、私が助けないで誰が雪之を助けるのよ!」
 そして、遥は深優に顔を向ける。
「貴方も! 手を出したら承知しないわよ! 余計なことしたら、教会だろうがシスターだろうが、関係ないんですからね!」
 少し気押されたように、それでも冷然と深優は頷いた。
 さらに進もうとする遥になつきは手を伸ばす。その手を止めたのは、静留だった。
「なつき、やめとき」
「でも、珠洲城は…」
「忘れましたんか? なつき」
 HiMEの力は、想いの大きさ。想いこそが力。
「珠洲城はんは、清姫を自在に操ってたあの頃のウチに勝った、唯一の人なんよ?」
 なつきもその場は見ている。
 ダイアナを撃破し、消えていく遥が静留に対して一歩も引かなかったこと。
「あの時、心の底では思うてましたんや……外からはどない見えてるか知りませんけれど……最後の一番大事なところ…根っこの部分では、ウチは珠洲城はんには勝てへん…。珠洲城はんを負かすことは出来ても、負けたと思わせることはウチにはできへんのやろね…」
「静留。お前まさか、わざと菊川を……」
「さあ? せやけど、ウチは菊川はんの方はあんまり好きやありませんえ? 菊川はん、ウチがウチの中で嫌うてる部分に似すぎどす…」
「……そうかもな。だけど、その部分があるから、珠洲城は菊川を……。それに私だってお前を…」
「え? なつき、今、なんて?」
「なんでもないっ!」
 頬の赤みを振り払うように大袈裟に身体を回すと、なつきは深優に合図した。
「深優、静留。私たちは珠洲城をバックアップするぞ」
「了解した」
「了解どす」
 三人は、遥の後に従うように歩を進める。先頭は、あくまでも遥。
 雪之を救い出すために、遥が行く。
 雪之は、その歩みを呆然と見ていた。
「どうして……遥ちゃん…ドウシテ…」
 ダイアナが震え出す。そして、ダイアナの中央、触手が集まっていた部分が一段と激しく震えている。と、押し出されるように生まれる人型の何か。
 触手に丁寧に絡め取られた姿は、まぎれもない雪之だった。
「…雪之……」
「……遥ちゃん…助けて…」
「うん。判ってる。判ってるよ。だから、もう少し待ってるのよ」
 最初から姿を見せていた雪之が、触手に絡めとられた雪之に並ぶ。
「…遥ちゃん…もう、遅いよ…」
「何が遅いのよ。雪之はそこにいるじゃない」
「忘れて欲しくなかった……ただの傷痕でもいいから……忘れられたくない…」
 遥は理解した。
 ああ、そうだったのか。
 雪之の哀しみが判った。悪いのは誰でもなかった。自分だ。遥はそう理解した。
「……だって、忘れるしかないじゃない……」
 雪之の絶叫が響く。
「嫌! 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌っ!!」
 雪之の想いが、ダイアナの共鳴が響く。無数の幻影が生まれ、無数の雪之が、静留が、なつきが、遥が叫ぶ。
「私は忘れるから、雪之も忘れなさい」と遥が。
「なつきはウチを受け入れてくれたんどす」と静留が。
「あんなことがあったが、私は静留のことが好きだ」となつきが。
 その中央で泣いている雪之。
「遥ちゃんの中に、残りたいのっ!」
 無数の触手が突然実体化する。深優のブレードも圧倒的な数の前では、焼け石の水の状態だ。
 遥の名を呼びながら、なつきと静留が走る。
 無数の触手が棍棒のように遥の立つ位置を薙いだ。そして衝撃と共に宙に舞う遥の身体。
 深優は触手の対応に追われ、なつきと静留とて生身の身体ではどうすることもできない。
 
 その瞬間――
 
 何かが、大地を駆けた。
 何かが、触手と遥の間に立ちはだかった。
 
 大地を駆け、宙に浮いた遥を捕らえ、優しく降ろしたモノ。
 無数に飛来する触手を防ぐ盾となり、三人を護ったモノ。
 
「ああ……来てくれたのか」
「お久しゅう。元気でおりましたんか?」
 デュラン、そして清姫がいた。
 想いはHiMEの力。そして、チャイルドの力。
 遥の想いに呼応した二人のHiMEが、再びチャイルドを召喚する。
 
 
 
   −続−
 
 
 
 
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