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奈緒となつきと……子猫と静留
 
 
「奈緒なら、授業には出てないぞ」
 昼休み、命の言葉に顔をしかめる舞衣。
「またなの? 悪い癖ね…。あおいちゃんがしばらくいないからって…」
「放課後で構わないのなら、私が様子を見てきてやろうか?」
 昼食を共にしていたなつきが言う。
「舞衣は、どうせバイトがあるんだろう?」
「いいの?」
「アイツのことなら静留も気にしていたみたいだしな」
「あ……なるほど、藤乃さん絡みなワケね」
「…なんだ、その納得した眼差しは」
「だって、ねえ?」
 舞衣がすっと指を差す。なつきの食べているお弁当箱に。
「なつきっていつの間に、お弁当が作れるようになったの?」
「こ、これは…静留が…その…毎朝、持たせてくれるんだ」
「そういうのは普通、愛妻弁当と言います」
「あ、愛妻!?」
「藤乃さんが作ったんでしょう? なつきのために」
「そ、それはそうなんだが」
 慌てるなつきと笑う舞衣の間に命が入る。
「そうか、それは愛妻弁当というのか」
「命、お前まで…」
「だったら、これは舞衣の愛妻弁当なのか?」
 空の弁当箱を掲げて、無邪気に尋ねる命。
「はいーっ? ちょっと命、なんでそうなっちゃうわけ?」
「舞衣は、私のためにお弁当を作ってくれているのだろう?」
「そ、それはそうだけど」
 くっくっくっ、となつきは笑いを堪えるふり。
「そうかそうか、舞衣は命のことがなぁ…」
「なつき! 何言い出すのよ」
「静留が私のために作った弁当が愛妻弁当というのなら、舞衣が命のために作った弁当だって愛妻弁当になるじゃないか」
「あのねえ、私と命の関係は、なつきと藤乃さんとは違うのよ!」
「……お前、絶対何か勘違いしてるだろう」
「ふーん。勘違いかなぁ…」
「第一なぁ、それを言うならお前と命は同棲までしている仲じゃないか! 私と静留は別々に住んでるんだ!」
「寮の規則なんだから仕方ないでしょ、好きで一緒に住んでいる訳じゃないんだから」
 がつんと殴られたような顔で、命は舞衣を見た。
 しまったと舞衣は思うが、時既に遅し。
「舞衣…舞衣は、私と一緒にいるのが嫌なのか?」
「え? ち、違う、そういう意味じゃないわよ、命」
「舞衣は、私のことが…」
「大好きだから、ね、命」
 ケラケラと笑うなつき。
「ほら見ろ。人のことが言えるか?」
「もぉ…勘弁してよ…」
「まあ、人のことをあまりとやかく言うのは良くない、ということだな」
 奈緒の事は頼まれておく、と言いながら、なつきは二人と別れる。
 
 
「いい子いい子でちゅねぇ、よちよち」
「はーい、こっちでちゅよ〜、上手上手」
「美味しい? いっぱい食べなよ」
「おいでー、はいはーい」
 子猫を抱えて、頬ずり。そして甘い声を出しながら子猫にキス。
「可愛いねぇ〜。ずっとここに住めたらいいのにねぇ」
 子猫を持ち上げて赤ん坊にするように高い高い。
「アンタもここにいたいよねぇ、ニャーちゃん」 
 と、ここで奈緒が固まった。
 子猫の向こう。部屋の玄関。そこには、ひきつった顔で笑いを堪えるなつきの姿が。
「な…奈緒……?」
「玖我…」
 よりによって。よりによって玖我なつき。
 命や舞衣ならまだ良かった。黙っていてくれるだろう、いや、玖我だって言いふらしたりはしないだろう。言いふらしはしないだろうが……
 一番知られたくない相手が玖我なのだから、玖我が直接見てしまっては意味がない。
「あー、すまん。取り込み中だったようだな…」
「見たのか?」
「何も見てない。休みがちだから様子を見て欲しいと舞衣や静留に頼まれていただけだ。うん、私は何も見ていない」
「…本当に?」
 これで帰れば良かったのかも知れない。帰れるのなら、だ。
「何も見てないから安心しろ…」
 奈緒、となつきは言いたかったのだ。奈緒、と。
「…にゃお」
 噛んでしまった。しかも最悪の方向に。
「玖我ーーーーーーーーー!!!」
「落ち着け、奈緒! 今のはわざとじゃない、不幸な事故だ!」
「喧しい! アンタの記憶、この場で消してやる!」
「無茶言うなっ!」
「問答無用!」
 にゃあ?
 とたとたと子猫が、二人の間に入った。
 二人の動きが止まる。
 にゃあにゃあ
「……可愛いじゃないか」
「……当然だ。私が見初めて拾った子猫なんだから」
「……」
「……」
 子猫を見ている二人の目がどんどん和んでいく。
「猫…可愛いな」
「そうだな、猫…」
「なあ、玖我」
「なんだ?」
「寮は、ペット禁止なんだ」
「そうか……。え? それじゃあ、この子をどうするんだ」
「アンタ、藤乃と仲がいいよね?」
「……まさか、お前。静留に寮則を変えさせるつもりか」
「玖我なら藤乃を説得できるでしょ?」
「しかし……」
「子猫、可愛いよね」
「う……」
「可愛いよね?」
「くっ……」
 ほら、と子猫を抱き上げて、なつきに渡す奈緒。
「う…ううっ……」
「ほらほら、玖我。素直になれば?」
「か、可愛い。ああ、可愛いよっ! しかし、いくら静留でも寮則を変えるのは無理がある。それに、静留が言い出せば、間違いなく珠洲城は反対するぞ」
「その件ならなんとかできる。というより、なんとかする」
「……だとしても、すぐには無理だ。寮則の改正は今日明日でできるようなものじゃないだろう」
「少しくらいならここで隠れて飼うわよ。幸い、あおいはしばらく留守だからね。それに、世話をする人間も増えたことだし」
「私のことか!?」
「嫌なの?」
「いや、そういうわけでは…」
「じゃあ決まりだ。早速お願い」
「何をだ」
「この子の餌。もう無いのよ。買ってきて」
「……わかった」
「はい、これ、メモ」
 
「まったく、どうして私が……」
 ブツブツと言いながら、それでもメモの内容通りのものを買い物カゴに詰めていくなつき。
「牛乳……は判るとして……インスタントラーメン? トイレットペーパー? 烏龍茶のペットボトル? ポテチ? おにぎりセット? セブンイレブンの白くまくん?」
 
「買ってきたぞ、奈緒」
「ああ、そこに置いて」
 早速牛乳を皿に入れる奈緒。
「なあ、奈緒?」
「ん、なに?」
「とりあえず言われたとおりのものは買ってきたが……牛乳は判る。キャットフードも判る。トイレットペーパーも何となく判る。ラーメンと烏龍茶とおにぎりセットと白くまくんって何だ?」
「私の餌」
 なにか今、無茶なことを言われたような気がして、なつきは尋ね返した。
「なに?」
「だから、私の夕食。つまり、晩ご飯。あ、白くまくんは風呂上がりに」
「……お前な…。まぁいいか…。ほら」
 なつきの差し出したものを、奈緒は不思議なものを見るようにして受け取らない。
「何それ」
「レシート。キサマの食い扶持は自分で払え」
「なに、アンタ、猫ちゃんからお金取る気? 鬼畜?」
「お前の分だ!」
「先輩、ごちになります」
「待て、どうして私がキサマの分の夕食代を払わなければならんのだ!」
「生徒会長の親友が真っ向から寮則破っているってバレたらマズイよね?」
 ニヤリ。そんな擬音が聞こえたような気がして、なつきは一瞬怯む。
「まあまあ、アタシだって無茶な要求はしないよ」
「奈緒、キサマ……」
「可愛い猫ちゃんに会えると思えばいいじゃない。ねー、猫ちゃん」
「くそっ……いいか奈緒、子猫に免じて、少しぐらいなら目をつぶっておいてやるからな。調子に乗るなよ」
「子猫ちゃ〜ん、なつきおばちゃんが怒ってまちゅよ〜」
「誰がおばちゃんだ!」
 
 それでも、なつきは奈緒の部屋に頻繁に通うようになっていた。
 奈緒が拾ってきた猫は、滅多にないほど人間になつく、とっても可愛らしい猫だったのだ。
 
「なつきが、また早退?」
「ええ、そうなんです。なんだか、先週から早退が多くて…」
 通りすがりに静留に呼び止められた舞衣が、なつきの最近の出席状況を伝えている。
「奈緒も、良く休んでるぞ」
 命がいつものように横から嬉しそうに報告する。
「あら、結城はんも? どないしたんやろか…ウチのところにもあんまり姿見せへんし…」
「そういえば藤乃さん、なつきに奈緒ちゃんの様子を見に行って欲しいって…」
「ああ、確かに言いましたなぁ。そやけどウチが心配なんは、結城はんだけやのうて、HiME全員のことなんどす。やっぱり、仲間のことは心配やさかいな…」
「藤乃さん…」
「あら、いややわ。ウチ、なんか自慢しとるみたいで」
「そんなことないですよ。立派です」
「おおきにな。とにかく、なつきと結城はんのことは、ウチが直接聞いてみますよって」
 
 二人は、猫を真ん中に置いて幸せそうに遊んでいる。
「あー。そうだ、玖我」
「なんだ?」
「そろそろキャットフードが…」
「キャットフードだけなら買ってきてやる」
「あと、唐揚げ弁当と…」
「猫は唐揚げ弁当を食べない」
「それなら心配ない。私の分だ」
「だから、キサマの食う分など買ってこないと言っているんだ」
「なつきおばちゃんはケチでちゅねぇ〜」
 子猫を抱き上げながら奈緒が言う。
「おばちゃん言うな。それと、その子を独り占めするな」
「ここで飼ってるんだから私の猫だよ」
「餌代はほとんど私持ちじゃないか!」
 にゃあにゃ?
 首を傾げるようにして可愛らしく鳴く子猫に、二人の表情は一気に和らいだ。
「可愛いなぁ」
「ホントに…」
「二人して、何してはりますの?」
 ドアから聞こえる冷たい声。
 思わず猫を背後に隠すなつき。奈緒もなつきを庇うように両手を広げる。
「静留、どうして」
「鴇羽はんに聞いてな、結城はんの様子を見に来たんやけど…なつきもおったんやね……」
「そ、そうか、舞衣に…」
「で、二人して何してはりますの?」
「い、いや、別に」
「結城はん?」
 ゆらり、と静留が動く。
「待て、静留。奈緒は…」
「なつきには聞いとりません。ウチは、結城はんに聞いてますんや」
 静留の睨みに、一応なつきは免疫がある。勿論、奈緒に免疫はない。
「だからな、静留、話を…」
「なつき。今日はまた、えらい結城はんを庇うんやね?」
「庇ってるワケじゃ…」
「なにか、隠してはるね?」
「別に…」
「ウチに隠し事?」
 にゃあ
「…なんやろ、今の声。にゃあ、ってなんやろ? なあ、なつき?」
 静留の目が恐い。とっても恐い。
「……すまん、奈緒」
 子猫を差し出すなつき。
「玖我、アンタ!」
 なつきに食ってかかろうとした奈緒だが、なにやらヒンヤリとしたモノを感じて動きが止まる。
「……ふーん。二人して、この子を隠してたんやね?」
「…藤乃?」
「なつきは、結城はんとの間に、こんな可愛い子を隠しとったんやね?」
 何か違う。
 間違っていないような気もするけれど何か違う。
「ウチには内緒で結城はんと……」
 確かに静留の言うことは間違っていない。でも何かニュアンスが違うような気がする。
「ウチには内緒でも……結城はんには……」
 いつの間にか、二人に再接近している静留。
 蛇に睨まれたカエルと言うか、清姫に食らいつかれたジュリアと言うか、とにかく二人は動けない。
「これが鴇羽はんなら諦めもつきます。鴇羽はんは、なつきの親友どすからな……せやけど、なんでよりによって結城はんなんやろか……?」
 なつきが突然、奈緒の肩を抱いた。
「仲直りしたんだ」
「はぁ?」
 子猫が繋げる薄さ極まりない縁。それが奈緒の認識だった。
 ……玖我? アンタ…
 ……奈緒。話を合わせないと殺されるぞ。静留に
 ……マジ?
 ……もう忘れたのか、あの時のこと。
 なつきが絡んだときの静留の恐ろしさ。奈緒の脳裏にその恐怖が蘇る。
「仲直りしたんだ。なぁ、奈緒」
「そ、そうそう。実はしたの。ねえ、玖我」
「仲直り……どすか?」
「そう」
「この子猫は仲直りの証のプレゼント」
 ……奈緒! キサマ…
 ……それぐらい我慢しなさいよ
「嫌やわ、それならそうと言うてくれたらええのに」
 途端に消えていくプレッシャー。奈緒となつきは無意識のうちに止めていた呼吸を再開する。
「い、いや、静留を驚かせようと思って」
「せやけど、寮則ではペットは禁止ですえ?」
「そのことなんだけど、なんとかならないかなぁ…」
「委員会にかけてみることくらいはできるやろけど、確証はできませんえ?」
「充分充分。なぁ、奈緒」
「うんうん。充分よ。ねえ、玖我」
 
 
 何故かあっさりと通る寮則変更議案。
「なんや、えらいあっさり通りましたなぁ」
 気合い充分で会議に臨んだというのに、拍子抜けした静留の言葉に、なつきも頷く。
「まあ、いいじゃないか。珠洲城だって、何が何でも静留に反対したかった訳じゃないんだろ」
 何故か、奈緒は笑っていた。
 
 
「遥ちゃん、ありがとう」
「別にいいけど。雪乃、次は捨て猫なんて拾っちゃ駄目だって、貴方のお友達にくれぐれも言っておきなさいよ。猫に小判、なんだから」
「ありがとう、遥ちゃん。でも、それ意味わかんないよ…」
 
 
 
あとがき
 
 
 
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