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なつきのお料理教室
 
 
 
 二人の間に流れる剣呑な空気。
「嫌だ」
 命がなつきを睨みつけている。
「絶対に、嫌だ」
 なつきは無言で、手に持っていた物をテーブルに置く。
「命、おとなしくこっちに来い」
「嫌だと言ったら嫌だ!」
「どうしても…なのか?」
「どうしても、嫌だ!」
「力尽くでも、と言ったら?」
「降りかかる火の粉は振り払う! 無闇に戦うのは良くないが、自分の身は自分で守らなければならないと兄上も教えてくれた!」
「そこまで言うか…」
 はあ、と溜息の舞衣。
 命の気持ちは非常によくわかる。だけど、一方のなつきの気持ちもこれまたよくわかる。
 あちら立てればこちらが立たず。舞衣としては、当人同士に任せるしかないのだ。因みに舞衣は、どちらの味方にもなるつもりはない。
「ふーん、騒がしいと思ったら…」
「奈緒ちゃん?」
 舞衣の背後から首を出す奈緒。玄関から黙って入ってきたのは舞衣も驚いたが、考えてみれば奈緒らしい行動だ。
「ここしばらくの間、夕飯時になると喧嘩声が絶えないって聞いてね。話によるとそれが命と玖我っぽいから、ちょっと様子を見に来たんだけど、まさか、マジに喧嘩?」
「あー、喧嘩とは違うと……思うけど?」
「命があれだけ嫌がるって、玖我は一体何したの?」
 命が奈緒に気付く。
「奈緒! 良いところに来た。助けてくれ。舞衣もこれだけは助けてくれないんだ」
「邪魔をするな、奈緒! これは私たちのプライベートな問題だ!」
「……まさか玖我、命に横恋慕? へえ、藤乃の立場は?」
「この馬鹿女! どこに目をつけている! テーブルの上を見ろ!」
 そういえば、なにやら異臭が漂っている。それも、テーブルの上から。
 ……見覚え、ではなく嗅ぎ覚えのあるこの異臭は……
 奈緒の脳裏に惨劇の記憶が蘇る。
 救急車のサイレン。女生徒の悲鳴。男子生徒の呻き。
「……玖我、まさか、料理したのか?」
「いけないか?」
「いや、いけないというか…」
「どうせ、ケーキ作りのことを思いだしているんだろう」
 どんぴしゃりだった。
「あれは、お前と命、ついでにオーファンが邪魔をしたせいだ。私一人なら、もっとマシな物を作っている!」
「はっ、よく言ってくれるね。あんた一人だったらマヨケーキとか訳のわからない物になってたよ」
 憎まれ口を一つ。
「なるほど…命は毒味係か」
「味見だ」
「毒味」
「何か言ったか?」
「別に」
「私は、舞衣のご飯が食べたいんだ! もう、なつきのご飯は嫌なんだ!」
 命が涙目で訴えていた。それを睨みつけるなつき。
「贅沢言うな! これでも、最初よりはマシになったんだからな!」
 奈緒が舞衣にむけて首を傾げる。
 舞衣は、あははと笑いながら頷いた。
「この数日、なつきは料理の練習をしてるんだけどね」
「玖我が?」
「なつきは、静留さんにご飯を作ってあげたいんだって」
「藤乃に!?」
 毒殺する気か、とはさすがに呟かない奈緒だった。
 
 
 事の起こりは一週間前。
「ごちそうさま」
「お粗末さまどした」
 夕食の後片づけを始める静留を、なつきはじっと見ている。
「なぁ、静留」
「なんどすか?」
「こうやって、いつもいつも食事を作ってくれるのはありがたいんだが…」
「なんぞ、食べたい物でもありますの? 言うてくれたら、ウチはなんでも作りますえ」
「い、いや、静留の作るものは、私は何でも好きだ。美味しいし、それに…その…何というか…」
「おおきにな。ウチかて、なつきのために作るんやったら、張り合いがありますもの」
 運びかけていた皿を置くと、静留はもう一度座り直して、なつきの顔を正面から見る。
「そやから、これはウチが好きでしてることやさかい、なつきが遠慮することはなんもおへんのどす」
「遠慮じゃない。そんなのじゃないんだ」
「ほな、なんですの?」
 静留は微笑んだまま、首を軽く傾げてみせる。
「いつも食事を作ってくれるのがありがたい。感謝してるんだ。だから…」
「だから…?」
「その、感謝の気持ちを見せたいんだ。ただ、どうすればいいのか…」
 感謝したい相手に感謝の仕方を聞くというのもおかしな話かも知れない。けれど静留は、なつきのこの不器用さを愛している。だから、このなつきの言葉は本当に嬉しかった。
「そうどすな……ウチがなつきにして欲しいこと…」
 たくさんある。たくさんあるのだけれど、それは口にしてはいけないことがほとんどだと静留にはわかっている。口にしたら最後、この関係は消えてしまう。
 だから、口にはできない。
「…特にこれと言って、思いつきませんわ」
「何か、あるだろう? 私にできることが」
 仰山ありすぎて困りますわ、と言いたいのを静留は必死で堪えていた。
 あれとか、これとか、それとか、思い切ってあんな事やそんな事、あかん、学生にはちょっと早いんとちゃうやろか、そやけどなつき、ウチはなつきとやったらどないなことでも出来ますよって、我慢なんてしたらあきません、なつきがしたいと思うことやったら、ウチはなんでも受け入れるえ……。
「……静留?」
「……はい?」
 なつきの言葉で自分がどこかにトリップしていたと気付く静留。
「あ、いややわ。なつきの気持ちはほんまに嬉しいけど、いざ言われてみると何にも思いつかへんもんどすなぁ」
「そうか。私も、言い出すのが急すぎたかな」
 そこでなつきの視線がテーブルの上に止まる。
「そうだ、静留。私が食事を作るというのはどうだ?」
「なつきが?」
「ああ、いつもいつも、静留にばかり食事を作ってもらっているから、たまには私が作って、静留に食べさせたいんだ。いや、食べて欲しいんだ」
 狙っているのかどうなのか、どちらにしてもなつきにこんな風に言われて断るなど、静留には不可能だ。ここで断ったら、それは藤乃静留ではない。ただの才色兼備な京都弁だ。
 つと、静留の目に涙が浮かぶ。
「し、静留?」
「あら? どないしたんやろ。ああ、これは嬉し涙どす。なつきの気持ちが嬉しゅうてウチ、思わず泣いてしもうたんやね。我ながら、情けないどすな」
 ハンカチで目元を拭くと、静留はきちんと座り直した。
「そしたらなつき、なつきの言葉に甘えて、ご馳走にならせて貰います」
「ああ、楽しみに待っていてくれ」
「ふふっ、えらい楽しみやわぁ」
 
 その翌日。
「頼む、舞衣。私に料理を教えてくれ!」
 開口一番のなつきの台詞に、舞衣ははい?と応える
「……どうしたのよ、なつき」
「舞衣の料理は、私が知る限りに三番目に美味しいと思う。だから、私に作り方を教えてくれないか、簡単な物で良いんだ」
 えらく具体的な順位だった。
「なつき、何を言うんだ。舞衣のご飯は一番美味しいぞ!」
 命の褒め言葉に、なつきは一瞬考えて頭を下げた。
「そうか。そうだな、命。すまない舞衣。でも私にとっては……」
「んー。別に良いよ。一番と二番の人、何となく想像がつくしね」
 訳知り顔で笑う舞衣に、なつきは何故か頬を染める。
「そ、そうなのか?」
「どうせ、一人は藤乃さんでしょう?」
「なんでわかるんだ」
「……多分、誰でもわかると思う」
 もう一人はなつきが小さいときに亡くなった母親だけど、これは二人とも口にしない。
 舞衣の疑問は一つ。教えるのは一向に構わないけれど、どうして静留に習わないのか。
 これになつきは素直に答え、舞衣は納得した。命も納得した。
 ついでに命はこう言った。
「世話になった人に礼をするのは良いことだ。だから、私にもできることがあったら言ってくれ、なつき」
 そして命は毒味…もとい、試食係に無事就任したのだ。
 ちなみに、命は三日でギブアップした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 約束を違える気か、となつきに痛いところを突かれた命は、ペコペコと謝っている。
 そこまでやられると、なつきも強くは言えない。
「ちょうど良い。奈緒、夕食を食べていくといい」
「ごめん、アタシもう帰る」
 既に逃げる体勢だった奈緒に、なつきが冷たく言う。
「奈緒が協力してくれないからご飯が作れなかった、と静留に言おうかな。怒るだろうな、静留は…」
「あ、アンタねーーーー!!!!」
「ま、まあ、奈緒ちゃん、一食浮くと思えば」
「アタシは命懸けで食費を浮かすつもりはない!」
「大丈夫よ、ほら、命は生きてるじゃない」
「生きてるから大丈夫って、それは既に料理じゃないでしょー! 第一、殺しても死なないような野生児と私を一緒にするなぁ!」
 笑うなつき。
「似たようなものだろ? 静留に二度も惨敗してまだ生きてたのは奈緒、お前だけだ」
「ま、待て、待て。そ、そうだ、鴇羽、アンタが教えているんでしょう? 責任上、貴方が試食するのが筋じゃないの!」
「あ、私、今日はもう食べ終わったから」
「舞衣は私に料理を教えるときは、いつも食事を済ませているものな」
「なに、安全策とってんだよ!!!! っていうか玖我、アンタ、鴇羽の態度がおかしいと思いなさい!」
「すまない、奈緒」
 命がいつの間にか奈緒の後ろに回っていた。
「私は、舞衣のご飯が食べたいんだ」
「アンタまで……」
「大丈夫。なつきのご飯は、とーっても個性的だぞ」
「サイッコーに聞きたくない形容詞ね」
「すまない、奈緒」
「……わかったわよ。いくらなんでも、材料は鴇羽が選んだんでしょう? 毒が入っているわけはないわよね」
 舞衣は返事をしない。
「ちょっと待て、返事はどうした」
「……料理の奥深さを、なつきに学んだわ」
「待て」
 なつきが強引に奈緒を座らせる。
「さあ、試食だ、存分に食べてくれ」
 
 奈緒が三日ほど学校を休んでも、いつものことなので誰も気にしないのだった。
 
 そして一週間。
 なんとか形にはなった。食べられる物が作れるようになった。基本は物にした。
「あとは、メニューね」
 舞衣も、満足そうに言う。
「ああ、何が食べたいか、聞くつもりだ」
 下手に考えるよりも、静留の希望を聞いた方が良い。静留なら、なつきに無茶な注文はしないだろう。
 なつきと舞衣は、静留の元へ向かった。
「あら、なつき……と舞衣はん。どないしはったん?」(ウチのなつきと、何してはるの? 舞衣はん?)
 字幕が見えたような気がして、舞衣は軽く寒気を覚える。
「静留、この前の話、覚えているか?」
「ああ、なつきがウチにご飯を作ってくれはるって話どすか? 勿論、覚えてますわ」
「実はこの一週間、舞衣に料理の基本を習っていたんだ」
「まぁまぁ、それは舞衣はん、おおきにな」(ふぅん。それやったら、仕方あらへんけど…)
「それで、静留。希望のメニューを聞きたいんだ」
 メニューを一緒に聞いておけば、何かとアドバイスがもらえるだろう、そう考えて舞衣を同伴しているのだ。
「そやね、ウチもあれから考えたんよ。何が食べたいか、何をなつきに作って欲しいか」
 静留は嬉しそうに手を叩いた。
「そしたら、ウチがなつきに作って欲しいもんがありましたんや」
「何でも言ってくれ。いや、その、あまり難しいものはちょっと……」
 くすくすと静留は笑う。
「判っとります。ウチがなつきに無茶な注文したことありますか? ……あの時以外で」
「ば、馬鹿、お前…」
 舞衣は聞かなかったフリをすることにした。
「ウチがなつきに作ってほしいんは……」
「なんだ?」
「おにぎり」
「そうか、それなら……って、おにぎり?」
「ええ、おにぎりどす」
「おにぎりって、ご飯をこう…」
 ジェスチャー付きでなつきは尋ねる。
「握ってと言うか、両手で丸めて作る、あのおにぎり?」
「他に、どんなおにぎりがありますのん?」
「だって、静留。そんなの料理というか……」
「ええんどす。ウチは、なつきの握ったおにぎりが食べたいんどす」
「でも……」
 言いかけたなつきの手を、静留がそっと握りしめた。
「この、なつきの柔らこうてええ匂いのする手で握ったおにぎりが、ウチは食べたいんどすえ?」
 そのまま静留は、なつきの手を優しく持ち上げて自分の頬に触れさせる。
「なつきの手で握ってくれたおにぎりは、きっと美味しいと思いますよって」
「静留…」
 なつきの手が静留の頬にピタリと合わせられた。
「おにぎりなら、材料の準備はいらないだろう?」
「ええ、お米はちゃんと二人分研いでるさかい、いつでもよろしおすえ?」
「行こうか、静留」
「行きましょうか、なつき」
 去っていく二人。
 ぽつんと残される舞衣。
「私……なんだったんだろ……」
 とりあえず、お詫びの意味も込めて命と奈緒にご馳走しなきゃ…と考えながら帰路につく。
 
 翌日、両手に包帯を巻いた姿で登校してきたなつきに、舞衣
と命は絶句した。なつきの横には、一晩泣き明かしたように目を腫らした静留が付き添っている。
「炊きたてのご飯があんなに熱いものだったとは……」
「堪忍な、堪忍な、なつき。ウチさえあんなこと言わんかったら…」
 
 
 
 通りすがりの奈緒が爆笑し、コンマ1秒で静留にはり倒されたのは、また別のお話。。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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