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藤乃静留は反省しない
 
 
「堪忍な…」
 毒気が抜かれたとはこのことだった。
 雪之も奈緒も、静留のその一言で殺気を削がれてしまったのだ。
 それに、今はそんなことを言っている場合ではない。諸悪の根元、媛星すなわち黒曜の君を倒すべき刻なのだ。
「会長。そのお話はいずれ改めて」
「藤乃。アンタ、覚えてなさいよ?」
 二人の想いは期せずして一致していた。
 今は打倒黒曜。静留への恨みつらみは一旦棚上げ。
 そして二人は、というよりHiME戦隊は無事媛星を破壊、黒曜の君を倒したのだ。
 そして、全てを終えたHiME達は、風華の地に一旦集結していた。
「最後にウチの懺悔、聞いてもらえますやろか?」
 懺悔と言うからにはシスターの出番なのだろうけれど、何故かシスターは一同の後の方に陣取って、前に出ようとしない。
 業を煮やした奈緒の「別に必要ないでしょ」の一言でシスターの存在は無視することになった。
「ホンマに、悪いコトした思てます、菊川さんにも、奈緒ちゃんにも」
 ちょっと待ちなさい、と奈緒。
「なんでアタシはちゃん付けなんだ」
 その問いに、静留は不思議そうに首を傾げた。
「そやかて、かいらしから…」
「アンタ反省してないでしょ?」
「……言い直します。雪之ちゃんと奈緒ちゃん…」
「そういう問題じゃなくてっ!」
「そ、そうです。ちゃん付けは遥ちゃんだけで…」
「アンタも違うッ!」
 シャキーンと奈緒のエレメントが出た。
「まあ落ち着きなさい、奈緒ちゃん」
 見るに見かねて口を出す碧。
「藤乃さんの話を最後まで聞こうよ」
「オバサンは黙って…」
 碧のエレメントが登場と同時に奈緒の喉元に突きつけられる。因みに碧はニッコリと笑っているが目は笑っていない。余談だがこの時、命は奈緒との今生の別れを確信したという。
「奈緒ちゃん? 藤乃さんの話を最後まで聞こうよ? 私の言うこと、間違ってる? 少し頭冷やそうか?」
「間違ってません。最後まで話を聞きます。冷静になります」
「んー。わかればよろしい」
「おおきに、杉浦先生」
「はいはい。ちゃっちゃと続けてね」
「実は……この際どすから、きっちり謝っておいた方がええやろかって…」
「は? なに? まだ何かあるの?」
 奈緒と雪之は互いの顔を見合わせる。
「アタシのママのこと…」
「遥ちゃんのこと…」
「玖我をてごめにしたこと」
 おおおおっ、と事情を知らないメンバーの目がなつきに向けられる。
「待て、奈緒。てごめってなんだ、てごめって」
「あ、じゃあ同意だったんだ、そういうプレイだったのね、ごめん」
「違うわーーーーーーーーーーー!!!」
 絶叫するなつきをよそに、
「てごめって何だ、舞衣。お米の仲間か?」
「はぁ……何かあったとは聞いてたけれど、そんなことがあったとはね。……ごちそうさま」
 命と舞衣のやりとりに逆上気味になつきが突っ込む。
「そっちも! ごちそうさまってどういう意味だ!! 私は惚気ている訳じゃないっ!」
「そやったん? なつき? それやったらそれで早う言うてくれたら、ウチかてあんな無粋な真似は…」
「静留! お前本当は反省してないだろっ!!」
「何言うてますの? ウチはきちんと反省しとります。次こそは、誰にも邪魔されへんようにしようって…」
「計画を練り直すなっ!」
「なつきのいけず…」
 放っておくと話が進まない、というよりも静留が楽しんでいる、と見て取った碧が続きを促す。
「実は……」
 
 
「ごきげんよう、シスター」
 珍客に紫子は目を細めた。
「まあ、藤乃さん。今日はどうしたのかしら?」
 静留が教会を訪れるといえば、生徒会の用事しかない。少なくともその日まではずっとそうだった。
「今日は、ウチの用事でよさせてもらったんどす」
「なにかしら?」
「実は、シスターに貸してもらいたいものがあるんどす」
「教会にあるものでしたら何でも言ってください。迷える子羊を導くのもシスターの大事な務めですわ」
「そうですか」
 ホッとしたように、静留は微笑んだ。
「ほな、聖ヴラスを」
 沈黙と驚愕、そして静かな笑みが辺りを支配する。
 藤乃さん…、そう言いかけたシスターの唇はしかし、開くことはなかった。
 無意味なのだろう。
 何故、藤乃静留が聖ヴラスのことを知っているのか。
 それを問うことは無意味なのだろう。
 紫子は決して問わなかった。
 何故、石上は自分に近づいたのか。HiMEであることをどうして知ったのか、それとも知らずに近づいたのか。
 知らなかったのだと、紫子は信じたい。HiMEであることを知ったのは後付けだと、紫子は信じている。
 根拠など必要ない。
 信じれば、それは真実。
 だから、今回も同じ事。静留が聖ヴラスのことを知った理由などどうでも良かった。大事なのはただ、今、静留がそれを知っていると言うことだけ。ただ、一つだけ。
「貸し借りができるようなものではないのでしょう?」
 ならば静留もHiMEなのだろう、紫子は悟った。だから、チャイルドについて説明することもない。
「そうどすな…。せやけど、力を借りることはできますなぁ?」
 何をさせようと言うのか。
「私が簡単に貴方に力を貸すとでも思っているのですか?」
「ウチは、シスターを信じてます」
「そんな…」
「誰かを蹴落とすため、誰かを傷つけるためやったら、ウチかてこんな言い方はようしません」
 その言葉に対する反応を待つように、静留はそこで言葉を切った。
「…玖我さんのため?」
「敵いませんなぁ…。気付いてましたんか?」
 あくまでも静留の笑みは絶えない。
「せやけど、なつきのためでもあらしません。強いて言うんなら、ウチの…ウチの我が侭のためどす」
「何をするつもりなの?」
「聞いたからには、力を貸してもらわんことには、割が合いませんえ?」
「懺悔を聞く度に秘密を漏らすようなシスターなど、おりませんわ」
「ほな、これはウチの懺悔やね?」
 静留の笑みが消えた。
「真面目に懺悔させて貰います。これが、ウチの我が侭どす…」
 
 
 静留の話が中途半端に終わる。
「そんなことがあって、ウチはシスター紫子のことも知ってましたんや。黙ってて堪忍な?」
 確かに、本意ではなかったにしろシスターの行動でHiME戦隊は空中分解したのだ。せめて聖ヴラスの幻覚投影能力を知っていれば騙されていなかったかも知れないのに。
「シスターの秘密を明かすには、ウチの秘密も明かすしかあらへんから…」
 それだけは、静留がもっとも避けたかったことなのだ。今となってはその事情も皆にはわかっている。共感するかどうかは別として、事情そのものは理解しているのだ。
「藤乃さんのやったことが正しいことだとまでは言わないけれど……どちらにしろ何らかの形で私たちはつぶし合いをしていたはずなのよ。それが、HiMEの運命だったんだから」
 碧の言葉に舞衣は頷いた。
「会長だって、シスターだって、皆が憎くてやったわけじゃない。そうでしょ?」
「いえ、ウチとなつきの邪魔をする野暮天は今でも許しませんけど」
「えっと……会長、本当に反省してる?」
「勿論どすえ〜」
 絶対してない、と一同の半分くらいは確信した。
「それで、結局、シスターに何をお願いしたんですか?」
 詩帆が直接尋ねている。
「あ、それ、私も気になる」
「そ、それは……」
 静留をチラ見しながら慌てている紫子。
「それは、藤乃さんと内緒にすると約束しているので…」
「内緒なんて言われるとますます気になるんだけど……」
「どーせロクなモンじゃないでしょ」
 奈緒が鼻で笑いながら言う。
「聖ヴラスの幻覚能力で、玖我のダミー出せとか、そんな所じゃないのぉ?」
「なつきの姿は見慣れとりますから、今さら幻覚やなんてアホらしゅうて…」
「あーあー、ごめんなさいねぇ。気が付きませんで」
 奈緒はふてくされて座り込んでしまう。
「何だか知らないけれど、そんなにいい物ならまたちょくちょく出して貰えば?」
「いえ。ウチはもう生で拝見させてもろたから…」
 眼福どした。と何故か拝んでいる静留に、雪之がああ、と呟いた。
「……あれから今までの間に藤乃さんが生で見て嬉しかったモノって……」
 ピクリ、となつきが反応する。
「待て、菊川」
「それって、あの夜の…」
「落ち着け、菊川。それ以上は駄目だ」
「玖我さんの…」
「菊川ーーーーーー!!」
「裸っ!」
 うわわわわわわわわと叫んで誤魔化そうと無駄に体力を使うなつき。
「妥当な線ね」
「うん。予想通りというか、予定調和というか」
 冷め切った奈緒と舞衣の会話になつきは肩を落とす。
「貴様ら、そんな目で私たちを……」
「いや、アンタじゃなくて藤乃だから」
「会長さん、なつき相手だとちょっとねぇ……」
 にこにこ笑っている静留。
「そないに言われると照れますわぁ」
「照れるな。だからお前反省してないだろ」
「まあまあ、なつきちゃん。そう尖らずに。好きな相手のヌード想像するなんて、そんなにおかしな事でもないじゃない。ちょっとチャイルドの力で立体化しただけじゃない? ねえ、藤乃さん?」
 フォローになっているのかなっていないのか、よくわからない碧の言葉になつきは複雑な顔を見せる。
「……しかし…」
「でも結局、見られたどころの話じゃないわけだし……」
「菊川ーーーーーーーーーーーー!」
「ご、ごめんなさいっ」
 結局、静留の謝罪を一同は受け入れる。といっても、釈然としていなかったのは主に奈緒と雪之の二人なので、この二人さえ納得すれば良いわけだった。
 
 そこで話は終わった。
 
 
 
 後日――
 
「武田先輩、元気ないみたいっすね」
「おお、楯か。いや、何か最近夢見が悪くて。なんというか、封印していた嫌な記憶が蘇るというか……、でも同時にいい記憶も蘇ってくるような……」
「なんだかよくわからないですね」
「俺にもよくわからん。わからんが、嫌な夢は見る」
「で、どんな夢なんです?」
「それがな、藤乃に捕まって脳味噌掻き回されるんだ」
「怖っ!」
「なんか、シスターも一緒にいてなぁ」
「うう、嫌なコンビだ……。それで執行部長までいたら無敵じゃないですか」
「流石に珠洲城はいなかったが…。とにかく二人がかりで何か俺の脳味噌調べてるんだよ。変な馬みたいなのがいて…」
「訳わからん夢ですね」
「藤乃が夢の中で言うんだよ、嬉しそうに『これで武田さんの記憶を幻影投影。ついでに羨ましすぎる記憶を消す』とか言ってるの」
「なんですか、先輩の記憶って」
「それが思い出せないんだよな……。なんかものすごくいいものを見たような気がするんだが…」
「いいものねぇ…」
「玖我に関係あるような気がする…」
「はぁ…」
 HiMEに関係ある話だなと楯は思った。
 だから、忘れることにした。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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