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その場所で…
 
 
 ここはどこ?
 遥は周りを見渡した。
 風華学園。そうとしか思えない光景が広がっている。しかし、そんなわけがない。自分は今、雪之に別れを告げたばかりなのに。
 藤乃静留に敗れた雪之に。HiMEの戦いに敗れた雪之に。
 見慣れた風景。だけど、どこかが違う。
 遥はゆっくりと辺りを見回した。自分の中の違和感が気になっている。
 ふと、視線が固定する。
 そうだ。あんな所に病院がある。あの場所にそんな物はなかったはず。つまり、ここは風華学園ではない。
 では一体……。
「それは、ウチから説明した方がええんやろね」
 また、聞き覚えのある声。そして蘇る記憶に、遥は呟いた。
「……ぶぶ漬け女っ!」
「珠洲城はんと菊川はんには、えろう世話になりましたなぁ」
 チャイルド清姫を使って、雪之のチャイルドダイアナを倒した女。そして、遥を消した女。
 何故、藤乃静留がここに。
 言葉にせずとも、静留には遥の疑問がわかったようだった。
「ウチは、なつきの想い人になれましたんや」
「そう。玖我さんも結局は誰かに負けたのね」
「ええ。ウチの清姫が、なつきのデュランを倒しました」
「貴方、まさか…」
「そやけど、ウチの清姫はデュランに倒されましたんや」
 つまりは、相討ち。
「そして、珠洲城はんも知ってのように、ウチの想い人はなつきどす」
 話しているうちに、遥の頭に様々な情報が新しく流れ込む。
「……そういうこと」
 遥は納得した。ここは、チャイルドと共に消えたHiMEの想い人達の場所。風華学園の姿を模しているのは、想われ人のほとんどが学園関係者であったためだろう。
「謝って済むことやとは、よう言いませんけれど」
 静留は静かに頭を下げる。
「珠洲城はん。ほんまにすいませんどしたな」
「謝る必要はないわよ」
 遥にもわかっていた。HiMEの運命がわかってしまえば、こうなるしかないということがよくわかる。
「私が消えずにいるっていうことは、雪之が他のHiMEの想い人を消すっていうことなんでしょう?」
 それは、恨みを引き受けるということ。勝者は、常に敗者の恨み、呪いを背負わなければならない。それが、勝つということなのだ。そんな運命を雪之に背負わせるくらいなら…。
「雪之にそんな馬鹿な真似はさせられないわ」
「そうどすな。ウチかて、なつきにそないな真似はさせとうありません」
 だから、戦った。残されるのがただ一人ならば、なつき以外のHiMEを全て排除したかった。恨みを全て自分が引き受けて散っても良かった。呪われても良かった。それがなつきのためだと、静留は信じていた。
 いつの間にか、男達三人の姿はない。遥と静留の様子を見て席を外したのだろう。
「貴方、そうやっていつまでも謝り続けるつもり?」
 だとすればやめなさい、と遥は言うつもりだった。
「多分、珠洲城はんで最後やろね」
 微かに俯いて笑う静留の頬に、遥は気付く。
「どうしたの? まるで誰かに殴られたような跡よ?」
 静留は仰ぎ見るようにして病院を示す。
「あそこにいはる人に、殴られましたんや」
「病院って……」
 また、流れ込んでくる知識。
「……結城奈緒のお母さん?」
「仕方あらへんと思うてます。珠洲城はんに殴られても、ウチはなんにも言えません。そやから、なつきにだけは、何もせんといてほしいんどす」
「はあ? どういう意味よ」
「ウチを恨むんは仕方あらへんと思います。気の済むようにしてくれはって構いません」
 それは……。
 そう言いかけて、遥は気付いた。
 玖我なつきには藤乃静留。藤乃静留には玖我なつき。
 二人は、想い人と共に存在している。
 ただ、二人だけが。
 遥は俯いていた顔を上げた。静留の顔が見える。
 想いを返すこともできずにここに送られた自分。それなのに、静留だけが今も想いを伝え合うことができる。
 理不尽。不公平。負の感情が膨れあがる。
 それでも、静留はその負の感情の矛先を自分一人に絞ろうとしている。ここに来て、まだなつきを護ろうというのか。
 想いの繋がった人を護る。それは負担などではない。それが特権だと、わかっているのか。それがどれほど贅沢なことなのか。
 それをどれほど自分が望んでいるのか。
「……だったら…」
 自分でも怖気をふるうような声が出た。
「望むとおりにしてあげるわよっ!」
 静留の顔が見える。そして、その顔へと向けられた自分の手が。拳が。
“遥ちゃん! ダメッ!”
 雪之の声が聞こえたような気がして、左手が拳を振るう右手にかかる。
 殴りかかった自分の右手を止める左手。それは滑稽な仕草だっただろう。
 それでも、手は止まった。止めたのは自分ではない、と遥は思った。止めたのは、自分を止めることができたのは雪之だけだ。
「…貴方をどうにかしたところで、雪之に会える訳じゃないのよ」
 それ以上に、ここで手をあげてしまえば自分の中の雪之にももう会うことができなくなるのではないか、と遥は思った。
 何か言いかけた静留を手で制し、遥は静留に背を向ける。
「貴方はそうやって、玖我さんを護り続けるの?」
「そのつもりどす。ウチがおる限り、どんな手段を使うてもなつきは護って見せます」
「そう。玖我さんは貴方に護って欲しがっているのね」
 静留の答はない。遥は、そのまま一歩を踏み出した。
「私は、雪之を護らない。雪之なら、自分を護ることができると信じているから」
「珠洲城はん?」
 静留の口調が微妙に変わった。それでも、遥は振り向かない。ただ、静留から離れるように歩き出す。
「結局、藤乃静留は玖我なつきが信じられないのね」
「待ちぃ!」
 それほど大きくはない、しかし充分に鋭い叱責のような声。
 静留の言葉からきっかり二歩進み、初めて遥は振り向いた。
「なにかしら? 藤乃さん」
「ウチは、なつきを信じてます」
「そう。私も、雪之を信じているわ」
 それがどうしたの? と遥は言外に尋ねる。
「だったら、藤乃静留は藤乃静留が信じられないのね」
 静留は答えない。
「図星? つまり、貴方は自分に自信がない」
 言葉を失った静留に、遥は言葉を重ねていく。
「そんなに、怖いの? 玖我さんのことが…いえ、玖我さんに見捨てられることが」
「……珠洲城はん。珠洲城はんは菊川はんに見限られてしまう…そんな風に思うたことはありませんの?」
「あるわけないじゃない」
 キッパリとした答え。
「何があっても私は雪之を見捨てない。雪之だって、何があっても私を見捨てない」
「そないなこと…」
「私は信じてるわ! 例え、雪之がどう思っていようとも関係ないの。私が、私を信じる雪之を信じているんだから」
 言葉の矛盾、そう指摘することが小賢しいと感じてしまうほどの、清々しいまでの断言だった。
 そして自分の言葉で、遥は気付いた。いや、周りを見る目が変わったと言うべきか。
 遥の前にいるのは藤乃静留。しかし、そこにいるのは遥の知っている静留ではなかった。
 いつも腹立たしいまでに冷静で、悔しいけれど認めざるを得なかった才女の静留ではない。
 なつきを攫い、常軌を逸していた静留とも違う。
 どちらの静留にしても自信に満ちあふれた、自分の行いに一点の迷いもない姿だった。
 しかし、今そこにいる静留は、眼差しが揺れていた。何かに脅えるように、震えているようにも見える。
 互いの想いが戦いの中でわかったのではなかったのか。互いが互いの想い人だとわかったのではなかったのか。
 いや、だからこそ……
 人は何かを手に入れた瞬間から、それを失うことを恐れ始めるという。
 ならば静留はそれを恐れているのだろう。手に入れた物を失うことを。そして、確実に失われるであろう事を。
 あのまま消えていれば、想いは永遠のままだったのだろう。しかし、二人はこんな形であれ再び存在してしまった。
 あの想いを繋げたままでいられるのか。なつきの想いが偽だとは静留も疑ってすらいない。しかし、それは永続するものなのか、それとも一過性のものなのか。
 確かめることを、静留は恐れていた。
 同じ事を、遥は恐れない。遥には確固たる自信があった。根拠、当惑、疑惑、そんなものはない。ただ、信じている。単純に、一直線に、そして力強く。
「貴方だって、玖我さんのことを信じればいいでしょっ。自分が好きになった相手を、自分が信じなくて誰が信じるのよ」
 雪之と二度と会えなくても、そんなことは関係ない。遥は絶対に雪之を信じる。ただそれだけのことなのだ。
「そない簡単に…」
「信じりゃいいのよっ!」
 遥は静留の言葉を遮り叫ぶ。
「うだうだ言ってるんじゃないのっ! もし信じて失敗したからって、なんだって言うのよ! 簡単だろうが難しかろうがやることは一つしかないでしょ! 違う?」
 遥は気付いた。
 何かがおかしい。
 辺りの風景が消えていく。
 これは……
 
 
「遥ちゃん!」
 雪之が泣いていた。
 遥にしがみついてわんわんと泣いている。
「……雪之?」
 見覚えのある風景。ここは雪之の部屋だ。
「遥ちゃん、帰ってきてくれた! 帰ってきてくれたんだね!」
 帰った。と言うことはここは元の世界。
 そうだ。今まで…
 今まで……
 思い出せない。
 雪之のチャイルドが敗れて、自分が消えることになった。覚えているのはそこまでだ。
 何か、大事なことがあったような気がする。
 だれかと、何か大事な話をしていたような気がする。
 親しい人。ほんの少し、愛しい人。親しさと愛しさ、そして憧れを感じていたような気もする。妙な仲間意識も。
 だけと、泣きじゃくる雪之の姿を見ていると、そんなことはどうでもいいことだと思えてくる。
「雪之……もう泣かないの」
「でも、でも、遥ちゃん…」
「雪之…」
 そう。雪之がここにいるというのに、何を考えることがあるのか。
 遥は、そこにいることを確認するかのように、雪之をしっかりと抱き締めた。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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