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鬼じゃないもん
 
 
「ただいまですぅ。蒼星石も一緒です」
 いつものように窓から帰ってくる翠星石。最近ジュンの部屋の窓は開いていることが多い。翠星石が帰ってくるたびに窓を破られて、その度に修繕を頼まれる真紅がさすがに命じたのだ。
 今では部屋にジュンがいるときは閉まっているが、誰もいないときは開いているのが当たり前になっている。
「お邪魔します」
 翠星石と蒼星石がカバンの中から出てくると、ジュンのベッドの下からピンクと白の丸いものが突き出て震えている。
「なんですか、これは」
 ぽこん、と蹴っ飛ばす翠星石。
「やめなよ、翠星石。どう見ても雛苺じゃないか」
 二回目を蹴ろうとする翠星石を、慌てて止める蒼星石。
 雛苺がジュンのベッドに頭を入れて、お尻だけ出して脅えているのだ。
「まーた、しょーもないことで怖がってやがるですか、このチビは」
「ううう、だって、恐いのぉ」
 翠星石は鼻で笑いながらやれやれといった風に肩をすくめる。
「今度はいったいなんなんですぅ?」
「あのね、あのね、鬼が来るの」
「鬼? 鬼ってなんです? 蒼星石は知っていますか」
「鬼……ああ、おじいさんに聞いたことがあるよ。日本の民話に出てくる妖怪で、身体が凄く大きくて、ものすごく力持ちで凶暴なんだ。人を食べてしまう鬼もいるんだって」
「人を!?」
 蒼星石の言葉にショックを受ける翠星石。
 雛苺はさらにベッドにじたばたと潜り込んでいく。
「恐い! 恐いのっ! 鬼恐いの!」
「ひ、人を食いやがるなんて、翠星石はぜーんぜん恐くないのです。で、でも、蒼星石が怖がるといけませんので、翠星石は蒼星石についていてやるです。感謝するですよ?」
「あの、翠星石? 僕は平気…」
 蒼星石の言葉を途中で打ち消す翠星石。
「あーあーあー! わかったです、蒼星石! そんなに恐いならこの翠星石がついていてやるですよ、安心するです!」
「だからね、翠星石、僕は…」
「あーあーあー! そんなに恐いですか! しゃーねーですねぇ、ついててやるです!」
「だから、すい…」
「あーあーあー!」
「何を騒いでいるの!」
 ジュンに抱きかかえられた真紅がやってきた。
「あ、蒼星石、来てたのか」
「こんにちは、ジュン君」
「チビ人間! 翠星石だって帰ってきたのにどうして無視しやがるですか」
「お前、たまには蒼星石と入れ替わってこい。ああ、そうすると向こうに迷惑か」
「キーッ! 何言いやがるです! チビ人間の分際で」
 何を、と続けようとするジュンの顔に、真紅の髪が当たる。
「お止めなさい、ジュン。翠星石もよ。せっかく蒼星石が遊びに来てくれたのに。みっともない真似はお止めなさい」
 ん? と震えるピンクの物体を見つける真紅。
「どうしたの? 雛苺」
「鬼、恐いの」
「鬼? 鬼ってなんのこと?」
「あれ? 真紅も知らないの?」
 蒼星石が同じ説明をもう一度。
「初耳だわ。そういうものがこの国にはいたのね」
「え? 鬼って……」
 実在しないだろう、と言いかけたジュンは黙ってしまう。
 考えてみれば、目の前で人形が動いて喋ってあまつさえ食事をするのだ。鬼くらいいてもいいような、いや、まだ鬼の方がいてもいいような気がする。
「真紅、鬼は日本の民話に出てくる存在で、実在している訳じゃないんだよ」
 蒼星石が説明しようとすると、ジュンは言った。
「…でも、そうとばかりは言えないかも知れない」
「ジュン君?」
「蒼星石、お前らローゼンメイデンのことだって、ただのフォークロアだと思っている人は多いんだ。真紅が動かなくなったとき、僕はお前らのことをネットで調べてみたんだ。ローゼンの人形の物語をネットにあげている人たちはいたよ。でもそれはあくまでも物語であって、実在しているとは信じていなかったよ」
「そんな……それじゃあ、鬼は実在するかも知れないっていうのかい?」
「少なくとも、可能性くらいは考えてもいいんじゃないかな」
「な、何を言いやがるです! 鬼なんているわけねえですよ! 第一、チビ苺はそんな話、誰から聞いたです。どうせチビ人間が出鱈目言いやがったに決まってるですぅ!」
「雛苺、鬼の話なんて、誰に聞いたの?」
「うう……テレビで見たの」
 怪奇特集でも見たのか。それともホラーか。もしかすると昔話か。
「雛苺、テレビの中で言うことが全て本当だとは限らないわ。作り事もあるのよ」
「でもね、のりも鬼のことを言ってたの」
「のりが?」
 少なくとも、のりはドールズに嘘を教えたことはない。
「のりなら……ジュンと違って信憑性はあるわね」
「待て、真紅。どういう意味だ」
「深い意味はないわ。それで雛苺、のりはなんて言ったの?」
「来年のことを言うと鬼が笑うって」
 ああ。とジュンは納得した。それはただの諺だ。
「鬼が…」
「笑いやがるんですか?」
「…ということは、少なくとも笑い声の聞こえる範囲にはやってくると言うことだね」
「近いわね」
「油断ならない野郎です」
「そうね。気を付けないと」
 もしもし? とジュンは聞きたいのを堪えていた。
 のりの言葉はドールズには無条件で受け入れられているらしい。
「鬼は恐いぞ」
 だったら、もっと受け入れてもらおう。
 ジュンは心の中でニヤリと笑い、精一杯沈痛な表情で話を続けた。
 鬼は、とっても力が強い。
 残酷で、非情で、冷酷で、乱暴で…
 知っている限りの鬼の恐い話を片っ端から並べ立てる。
「ちょっと待って」
 蒼星石がようやく何かに気づいたらしい。
 ジュンはホッとすると同時にガックリした。さすがは蒼星石。常識を弁えて…
「来年のことを言ったのに気付くっていうことは、もう、既にそばにいるってことじゃないの?」
 ちょっと待て、蒼いの。
 ジュンのツッコミも聞こえずに騒然となるドールズ。
「のりが教えてくれなければ気づかないところだったわ」
「気を付けよう」
「本当に油断ならない野郎です」
「恐いの、鬼、恐いの」
 馬鹿馬鹿しくなって、ジュンはドールズを置いて階下に戻ろうとする。
「どこへ行くの、ジュン。得体の知れない化け物がいるかも知れないと言うのに、下僕が主人から離れてどうするの」
「あのなぁ…」
 その瞬間、翠星石の叫び。
「きゃあああああああああ!!!! 窓の外に何かいるですぅ!」
 確かに、窓の外に影が。それも、かなり大きな。
「レンピカ!」
 蒼星石が鋏を振り立てた瞬間、窓が開く。
「はーい。お久しぶりかしら!」
 じゃきんっ
「あら、金糸雀」
 大鋏を突きつけられた金糸雀が、傘を広げた姿勢のまま窓枠で固まっていた。
「な、な、な、なにかしらっ!」
 真っ青な顔で固まっている金糸雀に、蒼星石は謝った。
「…ごめん。金糸雀」
「蒼星石、先にレンピカを戻したほうがいいと思うですぅ」
 固まってしまった金糸雀を降ろして、これまでの経過を説明する一同。
「鬼なんて、聞いたこと無いかしら…。みっちゃんはそんなこと教えてくれないかしら…」
「みっちゃんさんは金糸雀をとても大事にしているから、恐い話はしないんだよ」
「そうかしら…」
 この騒ぎの間に、ジュンはとっとと階下に降りている。
「とにかく、鬼とやらの詳しいことがわかるまではみんな固まっていた方がいいわ。金糸雀も、それでいいわね」
 こっくり頷く金糸雀。
 五人はそれぞれを確認する。
「戸締まりをきちんとしておくです」
「それから、のりに話を聞きに行くわ。雛苺、しっかりしなさい。私たちが一緒にいるわ」
「う、うん、がんばるの」
 がたん、と窓の外で音がした。
「ひっ!」
「あ、安心するかしら、今のは多分、風の音かしら」
「風の音じゃなかったです」
「ネコだよ、ネコ」
「ネコの方が、鬼よりはマシかも知れないわ」
「ヒナは、ネコさんとは仲良しなの」
 がたんがたん
「窓を誰か叩いているような…」
「気のせいよ、気のせい。早くのりの所に行きましょう」
 恐いのか、誰も窓のほうを見ていない。
「真紅、早くドアを開けるです」
「急かさないで、翠星石」
 真紅はステッキをドアの取っ手に引っかけようとするがうまくいかない。ジュンがいれば、ドアを開けることなど造作もないのだけれど。
 がたんがたん
「窓が、窓が!」
「見ちゃダメです、蒼星石!」
「鬼なの、鬼なの!」
「真紅、早く開けるかしら! 早く!」
「わかっているわ!」
 がたんがたんがたん
「風です、風です!」
「そ、そうだよね、風だよね、風」
「風かしら」
「風なの、風なの!」
「ジュン! 聞こえていたら早く来てドアを開けて頂戴!」
 がたん
 これは、窓の開いた音。
「ひっ!」
「鬼!」
「鬼かしら!」
「鬼なのっ!」
「きゃああああああああ!!!!!!!」
 五人は振り向きざま、手近にあるものを投げつけた。
 
 
 
 …………
 水銀燈は、病室の窓で黄昏れていた。
 別に、好かれているとは思っていないけれど。
 諸手をあげて歓迎されるなんて思ってなかったけれど。
 でも、まさか、窓から入った瞬間、挨拶すらしない前にあんな目に遭うとは…
「鬼!」
 そんな風に呼ばれて、物を投げられて追い出されるなんて……
 いいわよ、別に。
 ふん、だ。
「どうしたの? 水銀燈」
 めぐが背中越しに声をかけてきた。
「なんでもないわ」
「…泣いていたの?」
「まさか。この私が涙を? 馬鹿言わないで」
「そうね。水銀燈は強いものね」
「ええ、勿論よ」
「水銀燈が泣くなんて、おかしいわよね」
「当然よ」
「鬼の目にも涙…とは違うわね」
 その瞬間、水銀燈の時間が止まった。
「…めぐまで」
「え?」
「めぐにまで言われた……」
 泣きながら飛んでいく水銀燈。
「え、え、え、え、え、水銀燈!? 水銀燈!?」
「鬼じゃないもん! 鬼じゃないもん!」
「水銀燈! 水銀燈ーーーーーっ!!!!」
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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