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蛙薔薇さま(ロサ・ケロン)誕生
「前編」
であります!
 
 
 薔薇の館にいるのは、祐巳と可南子だけ。
 今日は花寺の面々が、両校合同の歳末ボランティアの件で打ち合わせに来ている。祥子さまは瞳子ちゃんと一緒にそちらへ。
 そして令さまと由乃さんは部活からまだ抜けられない。
 志摩子さんと乃梨子ちゃんは、職員室で先生方と簡単な打ち合わせ。
「祐巳さま、お茶のお代わりはいかがです?」
「ありがとう、可南子ちゃん」
 立ち上がる可南子ちゃん。歩き出すと…
 ぶぎゅるっ
 足下の異音に顔をしかめる。
「なんの音?」
「さあ。でも、今何かを踏んだような…」
 足元を見る可南子ちゃん。けれども何も見えない。
「確かに、感触はあったんですけど」
 可南子ちゃんが足を止める。
「なにかありますね。目には見えていませんけど」
 手を伸ばし、触れる。
「か、可南子ちゃん、危ないものだったらどうするの」
「なにか丸くて柔らかいですね」
 持ち上げて、ついバスケットボールの要領で放り投げる。
「ほげーーーーーーっ!!」
 壁に叩きつけられた目に見えないものが悲鳴をあげる。
「あら?」
「あらって…可南子ちゃん…。一体今のは?」
「生き物みたいですね」
「明らかに喋ってたような…」
 二人の前にぼんやりとした緑色の球体が現れる。
 球体の姿がはっきりと見え始めるに連れ、それは二頭身としか見えない存在だとわかってきた。
「いきなり踏んだと思ったら次はバスケットボール! これが天下のお嬢様学園と名高いリリアンの乙女の仕打ちでありますかっ!」
 丸くて緑色の二等身が、なにやら激高している。
「我が輩、ボールではないであります。どちらかというとジム…ん? ジオンで言うとグフ? ドム? はたまたゲルググ…」
「えっと…ごきげんよう…あの…どなたですか?」
 習慣とは恐ろしいもので、つい祐巳は普段の挨拶をしてしまう。
「ふむ…ごきげんようであります。我が輩はケロロ軍曹。地球侵略部隊ケロロ小隊の隊長であります」
「地球侵略…」
 可南子ちゃんが呟くけれど、祐巳は首を傾げる。
 どう見てもそんな事ができそうな姿ではない。どちらかというと、可愛いカエルもどきだだ。
「ここはただの学校だよ?」
 リリアンがどうなろうとも地球全体には全く関係ないような気がする。
「あ、いや、本日は地球侵略部隊としてではなく、ケロン軍地球駐屯部隊としての治安維持活動に来たのであります」
「治安を乱しに来たようにしかみえませんが」
「あーん? この、やたらでかいポコペン人はヒジョーに反抗的でありますな」
 可南子ちゃん、ケロロをダンクシュート。
「うきいいいい! 我が輩が悪かったであります。きぃーーーゃああああっ!」
 辛うじて立ち上がるケロロ。
「うう、ひどいであります。我が輩は、この建物付近に敵性異星人が潜伏しているとの情報を得て、やってきたのでありますのに…」
「敵? 敵って、地球人とは違うの?」
「よくぞ聞いてくれました。この宇宙には原始的なポコペン人などが想像もできないほどの知的生命体が存在しているのであります! われわれケロン人も、その中の一種族に過ぎないんであります」
「で、そのケロン人とやらが何故ここに?」
 可南子ちゃんは冷たく聞く。
「ですから、敵性異星人の潜伏を…」
「どこにいるの?」
「現在調査中であります」
「一人っきりで? 仲間とかいないのね」
「失礼な! 我らケロロ小隊は五人一組のメンバーで」
「嘘くさいわね」
「我が輩、嘘つきではないでありますっ!」
「じゃあ五人の所属と階級と名前をいってみなさいよ」
「我が輩が隊長のケロロ軍曹、そしてギロロ伍長、タママ二等兵、クルル曹長、ドロロ兵長で構成されているんであります」
「なるほど」
 可南子ちゃんは祐巳に向き直ると言った。
「と言うわけで祐巳さま、こういうのがあと四匹、リリアンをうろついているそうです」
 愕然とした表情のケロロ。
「あんた、騙したね! 見事な誘導尋問だよっ! くぅぅ、恐るべしリリアン。これほどのものとは…。我が輩、重要機密を聞き出されてしまったであります」
「いや、あの、今のって誘導尋問になるのかなぁ…」
 ははは、と力無く笑う祐巳。ケロロを冷たい目で見下ろす可南子ちゃん。地面に膝をついて屈辱にうちふるえるケロロ。
 三者三様の姿だった。
 
 
(美しい……)
 ドロロは銀杏並木の中、ただ一本だけ存在する桜に心を奪われていた。
(孤高にして優雅、しかしそれは決して孤独ではない。見事な桜の姿でござるな…。拙者もこうありたいものでござる)
「桜が好きなんですね」
「全てにおいて、まことにこの国の自然に相応しい樹木でござるよ…え?」
 振り向くドロロ。油断していたとはいえ、気配を消していた上に、ケロン軍のアンチバリアーを展開していたのだ。ポコペン人に見つかる道理はない。
「春になれば、見事な花を咲かせるわ」
 一人の少女がドロロの隣で桜を見上げている。
(美しい…)
 珍しい事に、ドロロは少女の姿を気に留めていた。
「今はまだ、その姿が見られないけれど」
(声はモア殿とそっくりでござるな)
 妙に冷静にその場を分析するドロロ。
「その時には、もう一度いらして下さい」
「…喜んで伺わせて頂くでござるよ」
「志摩子さん? 誰と話してるの?」
 もう一人、別の少女が姿を見せた。こちらにはドロロの姿は見えていないようだ。
「乃梨子。いいえ、別に誰かがいるわけでは……そうね、何も見えないけれど、ここに誰かいて、桜を見ているような気がしたの」
 志摩子さん、と呼ばれた少女はドロロのいる辺りを掌で示す。
「まだ花も咲いていない桜を美しいと思える人は、素敵な人だと思うのよ」
「ふーん」
 乃梨子はドロロの前にしゃがみ込むと、少し間違った方向に語りかける。
「ごきげんよう。私、二条乃梨子」
「乃梨子?」
「志摩子さんがいると思うなら、ここには間違いなく何かがいるんだよ。桜の精霊とか、妖精さんみたいなのが」
「まあ」
(妖精か…だとすれば、拙者はずいぶん無粋な妖精でござるな…。そろそろ拙者は退散…)
 その時、ドロロの目が何かを捉えた。
 志摩子の背後、乃梨子の肩の上。
「御免!」
 アンチバリアー解除。
 構えた刀が閃くと、二つの物体がそれぞれ真っ二つとなり、地に落ちる。
「…盗聴器……地球のものでもケロン軍のものでもござらん。…やはりケロロ君の言うとおり、ここには敵性異星人が…」
 二人の少女の驚愕の視線。ドロロはしまったと思うが後の祭り。
「あ、いや、失敬。拙者、怪しい者ではござらぬ」
「か、カエルの化け物…」
 慌てる乃梨子の肩に手を置き、志摩子はゆっくりとドロロに向かって進む。
「志摩子さん!」
「大丈夫、乃梨子。さっきも言ったけれど、花も咲いていない桜を綺麗だと思える人に、悪い人はいないと思うから」
「その前にどう見ても“人”じゃないよ、それ!」
 ドロロは、近づいてくる志摩子の姿に刀を収め、片膝をついた。
「かたじけない。拙者、ドロロと申す者でござる」
「ごきげんよう。私は志摩子と言います」
「志摩子殿でござるか」
「はい。ドロロさん」
 
 
(ここは…刀剣戦闘の訓練所か?)
 ギロロは、剣道場を発見していた。
(ふむ、あの女、なかなかやるな…。刀剣戦闘に限定すれば夏美とタメを張る、いや、勝るかもしれんな)
 後輩達に稽古をつける令の姿をしばし観覧するギロロ。
 少しして、同上の隅っこに一人でいる由乃を見つける。
(なんだあいつは、一人で…。懲罰中か? …いや、どうやら新兵、途中入隊か。なるほど、訓練プログラムについていけず、一人だけ別扱いとなっている訳か)
 どうやら、剣道はギロロの趣味にかなりあったらしく、珍しい事にずっと観察を続けている。
 しかし、部活動はいずれ終わる。
 令が引き上げるのを見て、ギロロも一旦この場を去ろうとした。
 その時、
「何考えてるのよ! 令ちゃんは!」
 いつの間にか外に出ていた新兵が、人気のない所でなにやら叫んでいる。
「そもそも初心者の私にこれだけの量をこなせなんて、これはもうイジメよ、イジメ。リリアンにあるまじき失態だわ! 黄薔薇さまの癖に何を考えてるのよ、まったく!」
(ロサ・フェ……? ポコペンの別地方の言葉のようだが…暗号名か?)
「何やってんのよ、由乃。練習はもう終わったの?」
 令が姿を見せる。
(この女、新兵の知り合いか)
 そして、この後、ギロロは信じられないものを見る。
「無理!」
「え?」
 由乃がタオルを令に投げつける。
「こんなの無理に決まってるじゃない! 自慢じゃないけど、私はつい一年前まで病院のベッドに年の三分の一くらいいたんだよ! こんなハードな練習無理だって!」
「だから、練習が無理だと思ったら剣道部は辞めるって約束…」
「そんな事思ってない!」
「え? だって今…」
「無理に決まってるけれど、無理だとは思ってないから止めなくていいの!」
「由乃…言ってる事が無茶苦茶だから…」
(こ、この新兵、誰に逆らっているんだ!)
 上官には絶対服従をモットーとする根っからの軍人気質なギロロからすれば、信じられないどころかあり得ない現象だった。
「どうしてわかってくれないのよっ! 令ちゃん!」
「わからないよ、由乃」
(あいつもあいつだ。あんなに失礼な新兵は懲罰房行きものだぞ!)
「令ちゃんのバカッ! 私の気持ちも知らないでッ」
「言ってくれなきゃわからないよ、由乃」
(…刀剣戦闘の腕はなかなかだと思ったが、所詮ポコペン人、この程度のヘタレか)
 立ち去ろうとしたとき、ギロロの勘が何かの接近を告げた。
(ちぃっ、こんな時に…)
 ケロン軍正式突撃銃を構えるギロロ。だが、引き金に指をかけた瞬間、その目前に閃光が一閃。
 令の竹刀が、どこからか飛んできた小型無人機を弾き飛ばしていた。
「令ちゃん?」
「なに、これ。とにかく由乃は伏せて!」
 小気味よい音と共に、次々と令の竹刀に弾かれては落ちていく小型機。
 しかし、多勢に無勢、小型機の数は多すぎた。
 それでも、令は由乃を背中に守り一歩も引こうとしない。
「令ちゃん…」
「由乃、できるだけ小さくなって、私が合図したら、部室に向かって全力で走るんだ」
「でも、令ちゃんが…」
「私は大丈夫」
 小型機が様子を伺うように滞空し、その数が増えていく。
「由乃、それじゃあ…」
「令ちゃん、後ろにも!」
 いつの間にか囲まれている。
「くっ…」
 由乃を庇うように抱きかかえる令。
「数が…くそっ…」
「仕方ない、援護するッ!」
 ギロロの銃が火を噴いた。
「え?」
 驚く令。
「質問は後だ! 今はとにかくそいつを守りたいんだろう! 貴様の心意気に免じて、援護してやると言ってるんだっ!」
「……。誰だかわからないけど、ありがとう!」
「そうと決まれば、敵に集中しろっ!」
「ああ!」
 
 
(クーックックックッ。なるほど、ここが乙女の園って訳か。盗撮ビデオ、高く売れそうだぜ…)
 クルルは頭から任務を無視している。と言っても彼の場合はそれが日常なのだが。
「なに?」
「う…」
「こ、これは…」
「…クーックックックッ」
 少しして、憮然とした顔で屋上にたたずむクルルの姿があった。
「……どういうことだ。盗撮ポイントには全部先客がいるじゃねえか」
 しかも仕掛けられていたのはポコペン人の旧式カメラ。そんなものは簡単に除去できるのだが、既に発見されている盗撮スポットを奪うのはクルルのプライドが許さない。
「…しかし、俺を先んじることのできるポコペン人なんぞ…623ぐらいしかいないはずなんだが…」
 人の声。クルルはアンチバリアーのスイッチを入れる。
「…というわけで、誰かが触った形跡があるのよ」
「誰かって、蔦子さんの領域に触れる事のできる人なんて、リリアンにはいないと思うけど」
「一番怪しいのが、真美さんか三奈子さまなんだけど?」
「私じゃないし…三奈子さまは写真よりも記事の方だから」
「うーん。まさか部外者とは思えないし…。生徒でもないとしたら…もしかして学校のほうで調べ始めたかな」
「調べられても困る事はないんでしょう?」
「まあね。あそこにしかけてあるのは、全部盗撮封じであって、盗撮するためのものじゃないからね」
 クルルはぴくりと頭のアンテナを動かす。
(そうか…この女か…なるほど、セットしてある機材を動かさなければ盗撮ができない。しかし動かせば、自分以外の何者かが盗撮に来た事がわかる。犯人は、まさかそれが盗撮自体を目的にしたものではないとは思わない。犯人の存在を確定するための罠だとは思わんだろうな。…このポコペン人、なかなかやるじゃないか。クーックックックッ)
 蔦子はカメラのファインダー越しに辺りを見る。
「うーん。やっぱり風景自体は嫌いじゃないけど、写真は撮りたくないなぁ…真美さん、一枚いい?」
「あのね…」
「あれ?」
 蔦子はカメラを降ろして回りを見渡す。ついで、ファインダー越しに。
「どうしたの、蔦子さん」
「うん…」
 クルルはカメラのレンズをまともに見ている自分に気付いた。
(原始的な光学記録式カメラだからな、ファインダー越しだからと行って俺が見えてるわけがな…)
「貴方、何者?」
(!?)
「ファインダー越しだと、何故か見えるのよね」
「クーックックックッ、見えたものは仕方がない…忘れてもらおうか」
 アンチバリアーを外し、二人が驚いた隙に頭のアンテナから記憶消去電波を発生させる。
「なにこれ!」
「ギャアアアッ!」
 倒れる二人を見届けると、クルルは屋上から姿を消そうとする。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい」
「…タフだな、お前。それに、記憶が消えてないのか?」
「そう簡単に、こんないい記事忘れないわよ」
「面白そうな連中だな、ポコペン人にしては」
「じゃあ取材、受けてくれる」
「あ、写真もね」
 真美に続いて、蔦子も立ち上がる。
 呆れたように肩をすくめ、クルルは頭を掻いた。
「ポコペン人の潜在能力ってのは本当に怖いもんだな…クーックックックッ」
 
 
 瞳子は祥子さまと一緒に会議室を後にした。
 祥子さまの男嫌いはかなりマシになっているし、しかも今回は祐巳さまの弟を始めとした花寺生徒会一同。必要以上に緊張する相手ではない。
 それでも念のため、人当たりのいい瞳子が祥子さまに付き添っていたのだ。
 瞳子にしてみれば、祐巳さまが行かないのは何故だろうと問いたいのだが、そうなると今度は薔薇の舘に可南子さんと二人きりで残る事になってしまう。それはお断りだった。
「あ、あの…」
 あまりの事に、瞳子は祥子さまの隣にいる事も忘れて「ギャッ」と叫んでしまう。
 祥子さまも驚いたようだが、つい一時間ほど前、前置き無しに日光月光コンビと鉢合わせしたときよりは落ち着いている。
 どうも祥子さまは、男よりは「単なる得体の知れないもの」のほうが平気らしい。
「小笠原さんと松平さんですよね?」
 顔を見合わせる二人。
 少し経って、瞳子は思い出した。
「…西澤さまのぬいぐるみですわ」
 ああ、祥子さまもうなずく。
「そういえばこんなのがあったかしら」
 二人は以前、小笠原家と同等の資産家である西澤家のパーティーに招待された事がある。
 そこの一人娘、西澤桃華が持っていたぬいぐるみが、今目の前にいる二頭身のオタマジャクシもどきにそっくりだったのだ。
 してみると、あれはぬいぐるみではなかったのか。
「やっはり覚えていてくれたんですぅ。僕の名前はタママですぅ」
 タママはそう言って頭を下げる。
「モモッチの家で見たから、多分覚えてくれていると思ったですぅ」
 ちなみに目撃後、別部屋で「てめえ、ばれたらどーすんだょっ! しゃしゃり出てくるんじゃねえよっ!」と裏桃華に折檻された事は言うまでもない。
「実は、ここに敵性異星人が隠れているって軍曹さんが言ってるですぅ」
 はあ、と瞳子は生返事。
 何となく流されてしまったけれど、なんでこんなナチュラルに宇宙人と一緒にいるんだろう。
 祥子さまはニコニコしてタママさんと話している。男でさえなかったら本当になんでもいいんですか、祥子さま。
「そう、タママさんの隊長はケロロさんというのね」
「はい。僕は軍曹さんを尊敬しているんですぅ」
「きっと素晴らしい隊長さんなのね」
「はいですぅ」
 話しているうちに薔薇の館に着き、いつものように扉を開ける。
 祐巳さま、可南子さん、そして緑色の丸いもの…多分ケロロが談笑している。
「クスクス…いやですわ、祐巳さま」
「ゲロッゲロッゲロッ♪ 可南子殿も祐巳殿もそれは良いアイデアであります。こうなったら我が輩も一肌脱ぐでありますっ」
「そうだね、可南子ちゃんも軍曹も一緒に行こうよ」
 楽しそうな三人。誰もこちらに気付いていない。
「あら、可南子ちゃんと楽しそうね、祐巳…」
「軍曹さん…あんなポコペン人の女達と…」
 瞳子は見た。
 二つの嫉妬心が燃え上がる瞬間を。
 そして三つ目も。
「…可南子さんたら、ただの留守番の分際であんなに祐巳さまと楽しそうに…」
 
 こうして、出会ってしまったケロロ小隊と山百合会。
 果たして、ケロロ達はなんのためにリリアンに現れたのか。
 そして、乃梨子と志摩子につけられた盗聴器とは?
 由乃と令、ギロロの運命は!?
 新聞部にインタビューされるのかクルル!
 
  −続−
 
 
 
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