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ジャンボパフェ再び
 
 
 気まずい沈黙が辺りに流れる。
「えーと…これは……」
 令が辺りを見回した。
「見ての通り、パフェよ。ちょっとアイスクリーム多めだけれども」
「あの…由乃さま、これは何かの冗談…」
「いいえ、瞳子ちゃん。これは冗談でもなんでもないの。ここのあるのはアイスパフェ。そして私たちはこれを食べるために集まったの」
 令と瞳子は顔を見合わせる。
「集合時間はとうに過ぎているわ。遅れてくると思うけれども、溶けるといけないから食べ始めましょうか」
「そういう問題なの? 由乃」
「いいの。食べ始めるわよ。さあ、瞳子ちゃん、フォークと小皿を回して」
「は、はい」
 令は目の前に置かれた巨大な物体をまじまじと見つめる。
 業務用アイスクリームというのがある。
 紙でできたバケツのような容れ物に入っているリットル単位のアイスクリームを見たことがある。焼き肉食べ放題や、バイキングのお店に行くとデザートコーナーによく置いてある業務用のアレだ。
 それが目の前にむき出しで置かれている。
 七つほど。
 バニラ三つを縦に積み重ねて、その四方に置かれた四つはチョコアイスと抹茶アイスとメロンアイスとストロベリーアイス。
 そしてアイスの回りにはぎっしりとチョコフレークやコーンフレーク。逆さに立てられたコーンアイスの群。バナナが丸ごと数本突き立てられているのはいっそシュールだ。
 そして、各アイス塊の上にちょこんと乗ったプリンは何かの冗談なのだろうか。
 さらに適度にばらまかれたチョコクリーム、ストロベリークリーム、ジャム。
 これがこの店の隠しメニュー、裏名物「チョモランマ」なのだ。
 瞳子が手元のスプーンを見つめた。
 細長い、救う部分が2センチ径の楕円ぐらいしかないようなデザートスプーン。
 いったいこれで食べたとしたら、どれくらいの時間がかかるのだろう。いや、そもそも食べるのか、これを。この三人で。
「…無理ですわ」
 単純計算で、一人につき業務用を二つ以上。さらにコーンアイスやバナナもある。
 よく見ると、缶詰めのミカンや桃がちりばめられている。
「そんなことはわかっているわよ、瞳子ちゃん」
「由乃さま?」
「安心しなさい。私だってそんなに無茶苦茶を言うつもりはないわよ」
 ホッと胸を撫で下ろす瞳子と令。やっぱりこれは悪戯用のよくできたダミーか何かで、お遊びに使うのだろう。
「すいませーん」
 由乃が店員に声をかけた。
 片づけてもらって何か普通の注文をするのだろう、と瞳子が思っていると、
「大きいスプーン三つ下さい」
「スプーンの問題ですの!?」
「だって、そのスプーンじゃ食べにくいでしょう?」
 
 事の起こりは少し前、このお店の特別サービス、アベック限定パフェを食べるために由乃が苦労したことから始まった。
 別に二人連れでさえあれば女同士でも構わなかったのだけれども、由乃はそれを勘違いして、祐麒を拝み倒してつきあわせたのだ。
 そこに偶然居合わせたのが、江利子と令。二人は江利子のあの二人を出汁にして(正確には江利子が二人を無理矢理連れてきて)、アベックパフェを楽しんでいたのだ。
 そして、騒動が鎮まったとき、由乃は江利子にこう言われた。
「由乃ちゃん、実は結構本気で好きなんじゃないの?」
「わ、私はただ、アベック限定パフェを食べるために祐麒君を誘っただけで、別に好きとかそんなことは…」
「何の話? 私はパフェの話をしていたのだけれど?」
 心底不思議そうに首を傾げる江利子。けれど由乃にはその笑いが見えていた。
「卑怯! 誘導尋問よ!」
「何の事かしら?」
 ますます首を傾げる江利子。その様子に由乃はさらに逆滋養する。
「うううう……」
「だからパフェの話だって言っているじゃないの」
「う……」
「由乃ちゃんがパフェ好きそうだから、とっておきの情報を教えてあげようかと思って」
「情報?」
 たしかに江利子は由乃をからかうのが大好きだ。けれど、あからさまな嘘をついてきたことはない。
 この情報も、それ自体は正しいもののはずだ。
「そう、情報。ていうほどのものじゃないかも知れないけれど」
「なんですか?」
 とりあえず聞いてみよう、と由乃は思った。あからさまな嘘は言われないはずだし、聞いてから判断しても遅くはないはずだ。
「このお店のウラメニュー」
「ウラメニュー?」
「そう。常連さんだけしか知らないウラメニューがあるのよ」
「そんなのがあったなんて…」
「まあ、常連と言っても、一人や二人で来てばかりの常連だと、教えてくれないかも知れないわね」
「江利子さまはどうしてご存じなんですか?」
「ああ、私も直接知っている訳じゃないのよ。兄から聞いたの。兄が前に一度ここで男ばっかり集まってパフェを食べまくったらしいのよ」
「うわ…」
 江利子の兄三人を思い浮かべる由乃。三人の内誰だとしても、結構な光景だっただろう、それは。
「ウラメニューの名前は『チョモランマ』」
「チョモランマ?」
「そう。最低で五人前から始まって、二十人前までオーダーできる巨大パフェよ」
「二十人前とか…」
「実際は無茶な量らしいけれども」
 江利子さまの目がキランと光った。答える由乃の目も爛々と輝いている。
「それに、十人前以上は三日前からの予約が必要らしいのよね…」
「三日前ね…」
「というわけで由乃ちゃん。一週間後にここでもう一度落ち合うって言うのはどう?」
「一週間後……三日後じゃなくて?」
「それはさすがに急すぎるんじゃない? お互い準備がいるでしょう? いろいろと」
「『チョモランマ』勝負ですか」
「勝負といえるかどうかはわからないけれど、皆でチョモランマを食べてみたいわね」
「一緒に…じゃありませんよね」
 不敵に笑う由乃に、ニヤリと笑って返す江利子。
「そうね、言うなれば、由乃ちゃんチームと江利子チームね。面白いじゃない」
 
 翌日から、由乃の味方探しが始まった。といっても何のことはない。山百合会とその関係者に声をかけたまでである。
 令、祥子、祐巳、志摩子、乃梨子、瞳子、可南子、蔦子、笙子、真美、三奈子、日出実。
「これで私も含めて十三人。二十人前は堅いわね」
 当然、江利子さまと勝負などとは一言も言っていない。ただ単に、「皆で大きなパフェに挑戦してみないか」と持ちかけただけである。
 
 そして当日、何故か時間通りに来たのは瞳子と令だけ。
 注文を取り消すわけにも行かず、由乃は予約していた物を出してもらった。
 目を丸くする令と瞳子。
「由乃。これ、予定通りの人数が来ても無理かも知れないよ」
「…仕方ないじゃない! どうしてみんな来ないのよっ! ちゃんと二時集合って言ったのに」
「あの、由乃さま」
 瞳子がおずおずと手をあげる。
「なによっ」
「瞳子と令さまは、直接お宅に伺って合流する予定でしたから聞いていませんでしたが、残りの皆さまはここに二時集合だったのですか?」
「………」
 由乃は記憶を探る。
「…あ」
「今、あ、と言いましたか? 由乃さま」
「いえ、言ってないわ」
 瞳子の矛先は令に向く。
「聞かれましたわよね、黄薔薇さま」
「聞いたわよ。今、よしのは『あっ』と言ったわ」
「言ってない言ってない」
「由乃、どういうこと?」
「あ…えーと…」
 お店の扉が開いて、どやどやとメンバーが入ってくる。
「あ、やっぱり由乃さんいた」
「由乃さん、勘違いしてたのね」
「まあ、由乃さんらしいというか」
「由乃ちゃん、きちんと伝えなければ駄目じゃない」
 口々に言うところによると、どうやら由乃は皆に駅前集合だと伝えていたらしい。そして、本人はそれをすっかり忘れて、令と瞳子を連れてお店に直接来てしまったと。
「ごめんなさい」
 謝る由乃に苦笑で答える一同。
「まあ、仕方ないわね。ところで、パフェってどこにあるの?」
 蔦子が尋ねた。
「まだ注文していないのかしら?」
 真美もキョロキョロと。
 常識の範疇外のパフェを視神経が認識できないらしい。
「テーブルの上にもうあるわよ」
「…え゛?」
「…う゛」
 黙り込む一同。嫌ーーーーーーな沈黙が周囲を覆う。
「これが由乃さんの言っていたパフェ?」
 祐巳の問いに頷く由乃。
「ちなみに何人前なの?」
「建前は、二十人前ね」
「二十人前…はぁ…って、今建前って?」
「ええ。実質何人前かは私にもわからない。ただ、わかっていることは一つ」
 由乃は手をあげて店員を呼ぶ。
「ちょ…由乃さん?」
「店員さん、大きなスプーンと小皿を人数分ちょうだい。あと、紙ナプキンも追加でおいといて」
「これ、食べるんですか…」
「その前に撮影よ、笙子ちゃん、比較対照にするからパフェの横に並んで」
「えー、私ですか。こういうのって普通もっと小さな小物を使いません?」
「被写体が大物だもの。それに…」
 パシャリ
「さすがにパフェに気を取られて、写真が気にならなかったでしょう」
「あ…」
 真っ赤になる笙子。
「食べるわよ」
 由乃は冷酷に告げる。とにかく食べ始めなければならない。溶けたらシャレにならないのだ。さすがに溶けたアイスの汁をすすりたくはないから。
 夏のアイスは美味しい。
 おしゃべりしながら食べているとついつい食べ過ぎることもある。
 甘くて冷たい物ならいくらでも入る。
 まあ、それはあくまで常識的な範囲の量であったときの話だと、一同は痛感した。
 減らない。
 食べているのに一向に減らない。
「…あの…」
「どうしたの、可南子ちゃん」
「なんだか味を感じなくなってきたんですけど…」
「あ、私も」
「日出実まで?」
 手をあげる乃梨子と志摩子。
「あの、私たちも…」
「アイスの冷たさで麻痺しているのよ」
 由乃がずいっと小皿を差し出す。
「麻痺したなら、多少味が落ちても食べられるわね」
「えっ!?」
「舌麻痺組はコーンフレークよろしく。バリバリと一気に行っちゃって。あと可南子ちゃん、貴方大きいんだからもっと食べなさい」
「それは関係ないような…」
「由乃さま、瞳子は小さいからもうそろそろ…」
「黙って食え」
「ううううう……」
 令がお腹を押さえる。
「駄目だ。お腹の仲まで冷たくなってきたよ」
「令ちゃん頑張って。お腹が冷えたら、家に帰ってから私がたっぷり暖めてあげるからっ!」
 がつがつがつ
「うわっ、黄薔薇さまペースアップしてる!!!」
「早っ!!! アイス消えるの早っ!!」
「スプーン二刀流よ!!」
「凄っ! 早っ!」
 
 一人、また一人と脱落していく。しかし、パフェはまだ三割ほど残っている。
「…食べなきゃ。残すわけにはいかないわ」
「どうしてそんなにこだわっているの?」
「…江利子さまとの勝負なのよ。どっちがたくさんの『チョモランマ』を制覇できるかっ!」
 またかよ、と言う目の一同。
 
「いらっしゃいませ」
 店員の声に、由乃が入り口に目をやると、江利子が兄三人と連れだって姿を見せた。
「ごきげんよう、江利子さま」
「あら、由乃ちゃん、と皆揃ってどうしたの?」
 テーブルの上の物体に気付く。
「ああ、『チョモランマ』ね。やるわね、由乃ちゃん」
 フフフフフフフ、と心の中で笑う由乃。いくら江利子さまの兄三人が男性陣とはいえ、今皆で食べた量以上が食べられるとは思えない。
 勝利だ。
 と、江利子が椅子に座ってオーダーする。
「チョモランマ、五人分」
「はぁ!?」
 思わず叫ぶ由乃。
「江利子さま、どうして!!」
 首を傾げる江利子さま。
「どうしてって、『チョモランマ』を食べるとは言ったけれど、別に大食い勝負なんて言ってないと思うけど?」
「で、でも、十人前以上は三日前から予約がいるって…」
「うん。言った。だけど十人前以上注文するとも、しろとも言ってないわよ?」
 ニコニコと笑っている江利子。
「あ…」
「由乃ちゃんが勝手に大食い勝負と勘違いしてみんなを助っ人にしたのね。でもこれだけの人間が集まるなんて、流石次期黄薔薇さま、人徳があるわね」
 あまりのことに二の句が継げない由乃。
「あらあら、まだあんなに残っているじゃない。頑張って食べないと、お店の人に悪いわよ」
 江利子は微笑んだ。
 
 
 その後一ヶ月の間、由乃はアイスクリームを見るだけで逃げ出すようになったという。
 
 
 
あとがき
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