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「海辺の決戦」
 
 
 
 
「準備はできているのかしら?」
「はい。お嬢様。旦那様と奥方さまはこの時期は海外へ出かけられる予定です。別荘を使用する予定はありません」
「それなら、決行ね」
「幸運をお祈りいたします、祥子お嬢様」
「ありがとう」
 
 
 電話のベルが鳴る。
「はい、もしもし。福沢ですけれど」
「もしもし、小笠原と申しますが…って、可南子ちゃん?」
「あ、ごきげんよう、祥子さま。お久しぶりです」
「ごきげんよう。どうして貴方がそこにいるの?」
「そこって…」
「そこは祐巳の家でしょう?」
「ああ、そういう意味でしたか」
 可南子は笑う。
「だって、お姉さまの家ですもの。私がいても不思議はありませんわ」
「不思議よ。タヌキの王国のお城に大巨人がいるくらい不思議だわ」
「切っていいですか?」
「祐巳に替わりなさい」
「祐巳さまはお出かけ中です」
「こんな夜遅く?」
「ええ、明日の朝用のインスタントコーヒーが切れたようで」
「嘘ね」
「どういうことですか?」
「それが本当なら、貴方が替わりに買いに行くか、一緒に行っているはずでしょう?」
「……」
「お風呂にでも入っているの?」
「だったら私は電話には出ませんよ」
「どういう意味?」
「一緒に入るからです」
「………」
「………」
「可南子ちゃん?」
「はい?」
「貴方とはいずれ決着をつけなければならないと思っているのだけれど」
「同意します。が、共倒れの愚は避けたいので、今は互いに手を出さないのではありませんか?」
「…さすがね、そこまで読んでいるのね」
「ええ。貴方と共倒れになれば、佐藤聖あるいは水野蓉子がやってくるのは必定。それだけは許すわけにはいきませんから」
「だからといって、貴方ならば許すというわけではないのよ」
「当然です」
「うふふふふ」
「うふふふふ。では、祥子さま。夜も遅いですからこの辺で」
「ええ、そうね…って、待ちなさい。早く祐巳に替わりなさい。危うく誤魔化されるところだったわ」
「ちっ」
「今、『ちっ』って言った? ねえ、可南子ちゃん!?」
「……あ、お姉さま、なんでもありません。これですか? 間違い電話ですわ」
「可南子ちゃん、誰と話してるの? 祐巳なのね? 祐巳がいるのね?」
「いえ、違いますよ?」
「貴方、今、お姉さまって言ったじゃないのっ!!」
「嫌ですわ、祥子さま。聞き違えですわよ。私はお疲れさま、と言っただけです」
「さすがにそれは間違えないわよ。いいから祐巳と替わりなさい、そもそもそこは福沢家でしょう!」
「細川家です」
「嘘おっしゃい、私は祐巳の家に電話をかけたのよ」
「混線ですわ」
「もっともらしい嘘をつくの、おやめなさい。最初に貴方『福沢です』って言ったじゃないのっ!」
「実は母の旧姓が福沢で」
「嘘…とは言い切れないけど果てしなく嘘くさいわよ」
「いえ、本当ですよ?」
「じゃあ、一旦切ってもう一度かけ直すわよ、今度こそ祐巳の家に」
「どうぞ」
「…受話器を外したままにしておくつもりね」
「ちっ」
「また『ちっ』って言ったでしょう!! 可南子ちゃん!!」
「いえ、そんな、滅相もない……あ、いえ、大丈夫です。この電話セールス、しつこいんですよ」
「だから、誰と話しているのよっ!! 後ろに祐巳がいるんでしょう!! 祐巳!!! 聞こえる!? 貴方のお姉さまよっ!!!! 小笠原祥子よ!!!! お・が・さ・わ・ら・さ・ち・こ・よぉおお!!!!」
「…お姉さま?」
「…祐巳?」
「はい。可南子から替わりました。なんだか、電話が混線していたみたいで、可南子は、お姉さまの声と他の人の声が混ざって訳がわからなかったって」
「そう……NTTの地区担当者には、グループの上の方から後で厳しく言っておくわ。二度とこんなことは起こらないようにさせるから、と可南子ちゃんに言っておいてね、二度と起こらないって」
「はい。わかりました。それでお姉さま、今日はどうなさったんですか?」
「祐巳、来週から始まる夏休みのことなんだけれど」
「はい?」
「ウチの別荘に遊びに来ない?」
「え? いいんですか?」
「勿論よ。卒業してしまっても私が貴方のお姉さまであることに変わりはなくてよ、祐巳」
「はい、勿論です、お姉さま」
「では、別荘に来てくれるかしら」
「はい。お姉さま。あ、それなら、志摩子さんや由乃さんも一緒に…」
「駄目よ!」
「え?」
「ああ、ごめんなさい。残念なのだけれど、色々と都合があって、二人までしか泊まることができないのよ。二人までしか。わかるわね、祐巳。二人までよ、二人まで」
「はい、お姉さま、わかりました」
「それでは、再来週の木曜日の、昼の三時頃に車を迎えにやるわ。勿論、私も乗ってね」
「はい。ありがとう、お姉さま」
「いいのよ、祐巳。それから、くれぐれも言っておくけれど、泊まるのは二人だけよ? 二人だけ」
「はい、わかっています、お姉さま」
 
 
 そしてその日はやってきた。
「えっと…」
 とっておきの微笑みを顔に貼りつかせたまま、車から降りた祥子は固まってしまった。
「ごきげんよう、お姉さま」
 祐巳がいる。可愛い祐巳が。私の祐巳が。
 それはいい。
「ごきげんよう、祥子さま」
 なんか、背の高いのがいる。
 髪が長くて、背が高くて、最近祐巳を独り占めしている憎き後輩が。
「可南子ちゃん?」
「はい。なにか?」
「どうして貴方がいるの?」
 可南子は、一瞬首を傾げると、ああわかったと言いたげに頷いた。
「この度はお招きにあずかり、大変恐縮に…」
「いや、挨拶はどうでもいいから」
「どうかしたんですか、お姉さま?」
 祐巳が二人の様子に気付いて、間に入った。
「祐巳。私は電話で、二人しか泊まることができない、と言ったと思うのだけれど」
「ええ」
 祐巳はきょとんとした顔で首を傾げる。
「ですから、私と可南子の二人ですけれど」
「あ…」
 そう。祥子は自分と祐巳の二人だけのつもりだった。けれども祐巳は、(招待する祥子以外に)二人が泊まるのだと思っていたのだ。
 だったら、現紅薔薇さまの自分と、そのつぼみの可南子がお泊まりに行くのが当然だろう。
「そ、そうね。二人ね。そうよ。ええ、そうよ…」
「あの、お姉さま。私何か、間違えましたか?」
「え、いいのよ。祐巳。貴方は何も間違えてないわ。大丈夫よ、大丈夫」
 実際、二人しか泊まることができないと言うのは真っ赤な嘘で、その気になれば山百合会全員が来ても困らないだけの準備はしてある。だから、今日に可南子が増えても大丈夫だと言えば大丈夫だ。
 物理的には。
「あら、そうなの、可南子ちゃん。ふふ、祐巳ったら、まだまだおっちょこちょいなのね」
 車の中で、祥子は表面上は微笑み、談笑を続けながら次の計画を練っていた。
 ……なんとかして、可南子ちゃんを弾きだして、私と祐巳だけのめくるめくプライベートビーチドキドキサマーを演出プレゼンしなければ…。
「ええ、祐巳さまったら、そんなことばっかり…」
 そして可南子も…
 ……けっして祥子さまの思い通りにはさせない。お姉さまの貞操は私のもの…じゃなかった、私が守る!!
 二人に挟まれて座る祐巳は、ニコニコと笑っていた。
 ……お姉さまと可南子もこれでもっと仲良くなってくれたらいいなぁ…
 無理です、子ダヌキさん。
 
「うわぁ…」
「へぇ…」
 さすがの別荘。
 さすがのプライベートビーチ。
 さすがの小笠原家。
 祐巳と可南子は素直に驚嘆した。
 特に、別荘と聞いて去年と同じ場所だと思っていた祐巳は余計に驚いていた。
「海辺…しかもプライベートビーチ」
「そんなに驚かないで。さあ、行きましょう」
 祥子を先頭に、三人は別荘へと入っていく。
「準備はしてあるけれど、ここで過ごすのは私たちだけよ」
「え? 私たち、だけ?」
「そう。お手伝いさんや雇いの者は誰もいないの。本当に私たちだけよ」
 祐巳の驚きに微笑んで説明する祥子。可南子がふと思いついたように言う。
「つまり、食事の準備なども自分たちでやるということですね」
「そうよ。それとも、可南子ちゃんはやりたくない?」
「いえ、そう言うことでしたら、是非腕を振るいたいと思います」
「無理はしなくてもいいのよ」
「あ、お姉さま。可南子はすっごくお料理が上手なんですよ」
「…食べてるの? 祐巳」
「はい。可南子の家にお泊まりするときは、だいたい可南子がご飯を作るんです」
 ピクッ。
 祥子の眉が心なしか上がる。
 …お泊まりですって?
 …なるほど、可南子ちゃん。純真な祐巳を食べ物で手懐け…もとい、認めさせた訳ね…。
「では、今夜も私が作りましょうか?」
「いいの、可南子?」
「ええ。材料があるかどうかわかりませんけれど、お姉さまも大好きなアレを作りますよ」
「え、アレ!?」
「はい、アレです」
 …『アレ』ってなによぉぉおお!!!!
 逆上寸前の自分を祥子は必死で押さえる。
 …可南子ちゃん、挑発に出たわね。ふっ…まあいいわ、ここは私のホーム。アウェーの可南子ちゃんには今だけ、アドバンテージをあげましょう。
 
 荷物を置いて、台所に一旦集まると、祥子は食料庫へ可南子を案内する。
 しばらく探していたが…
「これならできそうです。流石ですね、これだけの食材が常時揃っているなんて」
 実は祐巳が来ると言うわけで使用人達に命じて買いそろえておいたのだけど、それは言わなくてもいい。
「いつ来客があるかわからないもの。嗜みよ」
「なるほど。では、料理を始めましょうか?」
「ええ。ところで、アレって何?」
「アレですか?」
 可南子は首を傾げた。
「忘れました」
「なんですって?」
「お姉さまとの間では『アレ』で通じるものですから、正式名称なんかどうでもいいんです。私とお姉さまの間で通じさえすれば」
 勝ち誇った笑みと共に、可南子は食材を運ぶ。
 歯ぎしりを響かせながら、祥子はその後ろに続いた。
 
 しばらくして、出来上がったのは「麻婆春雨」だった。
「四川風麻婆春雨、祐巳スペシャルです」
「…ちょっと待って、可南子ちゃん」
 食堂で待つ祐巳の所へ運ぼうとする可南子を、祥子は止める。
「なんですか?」
「祐巳は、甘い物が好きで辛いものが苦手ではなかったかしら? あなた、そんなことも知らないの?」
「…え?」
 可南子が始めて聞いた、というように目を見開く。
「…甘い物も辛いものも好き…じゃないんですか?」
 祥子はようやく笑った。
「…そうね…祐巳は優しいから。…きっと、無理して食べていたのよ」
「そんな…」
「可南子ちゃん。どうやら、辛味は貴方の好みらしいけれど、自分の好みをお姉さまに押しつけるのは感心しないわ」
「う…そ、それは…」
 そこへ、二人が遅いので厨房を覗きに来た祐巳。
「どうしたの?」
「お姉さま…辛いものはお嫌いだったんですか?」
 突然の可南子の問いと、配膳台に置かれた麻婆春雨の姿に、祐巳は状況を理解した。
「あ…ああ…あの、最初はね」
「祐巳、無理はしなくていいわ。祐巳の好物なら、たくさん用意してあるもの」
 祥子がそう言って食料庫へ向かおうとしたとき、
「でも、私は可南子の作るものなら全部大好きだよ」
 祥子の動きが止まる。
「…祐巳?」
「勿論、お姉さまの作るものも全部好きです」
 祐巳は、真顔で視線を二人の間に往復させていた。
「だって、可南子もお姉さまも、大好きだもの」
 その瞬間、何かが音を立てて崩れた様な気がした。
 
 祥子の作った特製シーザーサラダ。
 可南子の四川風麻婆春雨。
 ついでに、祐巳が煎れたお茶。
 なんだかよくわからない食卓になったけれど、心は過剰なまでに籠もっている。
 それがいい。
 メニューは奇妙だけれど、食事はとても美味しかった。
「…辛い。美味しいけど、辛い…。辛いけど…美味しい」
 ひぃひぃ言いながら、それでも祐巳の手は春雨を自分の皿に運んでいる。
 祥子は一口食べてから敬遠している。ハッキリ言って激辛だ。
 平然と食べ続ける可南子。
 ごちそうさま。
「祐巳、大丈夫?」
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「うう、なんか今日はいつもより数倍辛かったような気がするよ…」
「ごめんなさい。気合いを入れて作りすぎてしまったみたいで」
「うん。それは嬉しいんだけど…」
「では、口直しにデザートを」
 祥子が目を瞠る。
「可南子ちゃん、いつの間に準備していたの?」
「簡単です。お姉さまのデザートは…」
 ちう
 ☆※□▽◎×♀∀◇!!!!!!!!
 祥子は、意味不明の言語を発音しながら、二人の間に入り込もうとする。
 可南子はたいした抵抗もせずにすぐに離れた。
「デザートです、祐巳さま」
「か…か…」
 何も言えない祐巳に替わって、
「可南子ちゃん、貴方ッ!!」
 祥子の怒声をするっとかわし、
「祥子さまも、シーザーサラダのデザートをお出しになっては?」
「デザート? デザート…そうね…いいわね、デザート」
「へ? お姉さままで…!?」
「祐巳、私のデザートも、無論食べてくれるわよね?」
「あ、あの、お姉さま…」
 近づく唇。
「あの、今のは不可抗力で」
「祐巳?」
「は、はい」
「貴方、なんだかんだ言いつつ、逃げる気配ないじゃない」
「あ…」
 ちう
「ん…」
「…お姉さま、デザートのお代わりはいかがですか?」
「え? ちょっ…可南…ん……」
「祐巳、私のデザートもまだまたいっぱいあるわよ」
「おね…ん……」
「お姉さま、デザートがもう三皿目ですよ?」
「ちょ、ちょっと…ん…んん…」
「まあ、祐巳がこんなに食いしん坊さんだったなんて」
「おね…んんんっ」
 
 
「明日は、水遊びをしようと思うの」
 なんとかしてお風呂に一人で入った祐巳が髪を乾かしていると、祥子がそう言った。
「あ、でも、私も可南子も水着は持ってきてないです」
「ええ。海辺の別荘だとは思わなかったので」
 そう、祐巳はてっきり去年訪れた別荘だと思いこんでいて、可南子にもそう伝えていたのだから。
「そうなの? いいわ。お客様用の替えの水着があるから、どれでも好きなものを選べばよいわ」
 ふと、言葉を途切れさせる祥子。
「いえ、待って、祐巳の水着は私が選んであげるわ」
「いえ、私が」
「可南子ちゃんは引っ込んでいなさい」
「そんな。私だって、お姉さまの水着を選びたいです」
「だからって、二着選ぶわけにはいかなくてよ? 祐巳が着るのは一着だけなんですから」
 水着の持主は祥子である。可南子はそれ以上強く言うわけにはいかず、いったんは引き下がる。
 
 寝室で一悶着起こるかと思って祐巳は身構えていたが、素直に一人一室となる。祥子さまも可南子も特に何も言うことなく、決めた就寝時間になると部屋に戻っていく。
 やや拍子抜けしながら、寝る前に鏡を見ていた祐巳は思った。
 …これ、辛さで唇が腫れてるんじゃないよね。
 …絶対、別の原因だよね。
 …でも…うん…これはこれで…
 鏡の中でにへらーと笑うタヌキ顔に、祐巳は手を振った。
 
 微かにノックの音がした
「…祥子さま?」
「…可奈子ちゃん?」
「内密にお話が」
 祥子は扉を開けて可南子を招き入れる。話の内容は予想がついていた。
「察するところ、祐巳の水着の事かしら?」
「話が早いですね。その通りです」
「それだ、貴方の薦める水着を着せろと言うのなら、聞くまでもなく却下よ。それくらいは、ホストの権限で我が侭を言わせてもらうわ」
「これを見ても、そう仰りますか?」
 可南子の差し出した紙袋の中身を覗き込む祥子。
「…これは…まさか…」
 可南子はにっこり笑って頷いた。
「そのまさかですわ。祥子さま」
 祥子は、ベッド脇の袋を差し出す。
「これが私の選んだものよ」
 今度は可南子が祥子の持った袋を覗き込む。
「…祥子さま、これ…」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「やはり、祐巳さまに似合うのは…」
「…これしかないわ」
 同じ頃、祐巳は悪夢にうなされていたりする。
「う…う…お姉さま、可南子…酷いよ……う…うう…」
 
 そしてその少し後…
「…もしもし。夜分遅く失礼します。はい、小笠原と申しますが……」
「…もしもし、細川です。はい、仰るとおりでした。はい、このままではお姉さまが…はい、そうです、お願いします…」
 二人はどこかに隠れて電話していたという。
 
 
 翌日。ごく普通の朝食。
 シリアルと果物。カフェオレにサラダ。
 簡単なものだが、食材は超一流。サラダの野菜は手間暇かけた有機野菜だし、果物は産地直入の新鮮なもの。当然、カフェオレはコーヒー豆から挽いている。
 食べ終えて、一息ついたところで海へ行こうという話題になる。
「祐巳の水着はちゃんと用意してあるわ」
 袋を開く祥子。
「え?」
 空っぽ。
「…お姉さま、中身は?」
「お姉さま、ここは祥子さま、いえ、小笠原家のプライベートビーチですわ。部外者は一切おりません」
「う、うん」
「だからね、祐巳。産まれたままの姿で泳いでも誰にも咎められる心配はないわ」
「はい?」
「さあ、お姉さま。お召し物をお脱ぎになって」
「可南子? お姉さま?」
「祐巳。貴方が一人で恥ずかしいというのならば、私たちだって貴方と同じ姿になるのもなどやぶさかではないわ」
 え、それって乙女が三人、プライベートビーチとはいえ、素っ裸で泳ぐって事ですか?
「ええ、二人っきり、産まれたままの姿で海辺で戯れる……素敵……」
「祐巳と二人、子供に返ったように海辺で…ああ…幸せ…」
 可南子と祥子はそれぞれの妄想に浸っている。
「…えっと…ここには三人いるけれど」
 祐巳の苦し紛れの問いに、二人は同時に答えた。
「我慢ですわ。お姉さま、もうすぐ二人きりになれますから」
「大丈夫よ、祐巳。可南子ちゃんには大事な用事ができるから」
 可南子と祥子はお互いを睨みつける。
「祥子さま、何を企んでいるのですか?」
「貴方こそ、昨夜から妙に友好的だと思っていたら、何か仕込んでいるのね?」
「卑怯ですよ、元紅薔薇さまともあろう御方が」
「先輩に逆らうなんて、作法がなっていなくてよ」
「卑怯者に言われたくないです」
「不作法ものには言われたくないわね」
 ヒートアップしていく二人の舌戦。
「そもそも、もう卒業したんですから私たちの邪魔をしないでくださいっ!」
「そもそも、貴方を招待したわけじゃないのよっ!」
「あ、あの、二人ともその辺で…」
 祐巳が意を決して二人の間に入ろうとしたとき、
 突然、玄関のドアが開いた。
「ごきげんよう、お邪魔するわよ」
「失礼します」
 祥子と可南子が、入ってきた二人を見た瞬間、ギョッと立ち竦む。
「お、お姉さま……」
「……夕子さん?」
 それは、水野蓉子と細川夕子だった。そう、昨夜可南子と祥子がそれぞれ電話していた相手である。
「可南子ちゃんから相談を受けてね、祥子の所に招待されたのだけれどどうすればいいかって…。…祥子も、祐巳ちゃんの妹のことをちゃんと考えているんだなぁ…って」
 蓉子の目が据わる。
「一瞬でも思った私が甘かったようね」
「ひっ、ひぃっ!」
 夕子はニッコリと笑って可南子に駆け寄った。
「…可南子? まさか貴方、上級生に迷惑かけてるの?」
「え、あ、あの、夕子さん…」
「先輩に迷惑かけちゃいけないって、バスケ部時代からきちんと教えてなかったっけ?」
「…そ、それは運動部特有の縦社会で…」
「…何か言った?」
 夕子の冷たい目。
「い、いえ」
 祥子に、リリアンのスールの在り方というものをこんこんと説教し始める蓉子。
 そして、実は体育会系の上下にはとても厳しい人だった夕子に正座させられる可南子。
「あ、あの…蓉子さま」
 蓉子は、説教を中断するとニッコリと微笑み、西の方向を指さした。
「私たちの乗ってきた車があるわ。そこで聖が待ってるから」
「え? 聖さまが?」
「車で五分も行けば、松平家の別荘があるわ。そっちに令も志摩子も由乃ちゃんも瞳子ちゃんも、あと江利子もいるから」
 愕然とする祥子に、
「貴方、今日のこと誰にも言ってないんでしょう? 瞳子ちゃん、悔しがって急いで別荘の準備させたみたいよ?」
「あ……」
 言われてみれば、結構近いところに松平家の別荘があったような気がする。
 
 
 そして、その夜……
「…どうしてこうなるんですか?」
「食事中におしゃべりは禁物よ、可南子ちゃん」
「はい……」
 二人きりの夕食は、涙の味がしたという。
 
 
 
 
 
あとがき
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