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最後の千年魔物
 
「マ・セシルド!」
 辛うじて、攻撃を防ぐティオの盾。
(これ以上は、保たない?)
 恵の視界に写る二人の影。
(でも、ここで退くわけには…)
「盾の呪文、そろそろ限界だねぇ…」
 千年魔物は嘲りを隠そうともしていない。
「他人を庇う余裕があるのか? 今の貴様らに」
「く…」
 しかし、恵とティオの目はまだ闘志をたたえている。
「ムカツク目だな…。まあいいさ。そろそろ潰してやるともよ!」
 魔物は飛び上がるようなポーズと共に叫ぶ。
「そろそろ決めるぞ!」
 そして振り向く。
「わかったな! 可南子!!」
「わかってるわ、ギジェム」
 恵はティオの位置を確認しながら立ち位置を変える。
(どうして…こんなことに…)
 
 
「恵が中学校のときのクラブのコーチ?」
「ええ、そうよ。私、中学校のときはバスケット部だったの。芸能活動を始めてからは止めちゃったんだけどね」
 そういえば、収録の合間に時々ボールで遊んでいるときがあるなぁ、とティオは思い出していた。
「それで、その人がどうかしたの?」
「厄介なことになっているらしいのよ」
 電車の外の景色を眺めていたティオが振り返る。その瞳にはようやく真剣な色が。
「厄介な事って…まさか…」
「ええ。魔物とその本の主よ」
 座り直すティオ。
「コーチは、私とティオのことを知っているから、相談してきたんだと思う」
「恵、その人に私たちのことを話しているの?」
 恵は言葉を止め、マジマジとティオを見つめる。
「ティオ、忘れちゃったの?」
「何を?」
 心底不思議そうな顔のティオに、恵は苦笑しつつ言う。
「私と初めて会ったときのことよ?」
「…恵と初めて…」
 マルスに追われ、夢中で海に飛び込んだ。
 次に気がついたとき、自分が何か温かい腕に抱えられていると知った。
 それが恵だった。
 ティオは、恵がロケをしていた港に打ち上げられたのだ。
「その時、近所のアパートに運び込んだのは覚えてない?」
「う…うん。そういえば…あの時は私もパニックになってて良く覚えていないから…あれ、そういえばあれは誰のアパートだったの? 恵の家じゃなかったわ」
「あれがコーチの住んでいた所よ。貴方を助けたのはいいけれど、寝かせておく所がなくて困っていたら…バスケ部時代に夕子先輩や可南子と遊びに行ったアパートを思い出したのよ」
「それで…私たちのことを…?」
「まあね。貴方のこと、説明しないわけにはいかなかったし。秘密は守ってくれると信じてたから」
「そう…。それで、そのコーチの所に魔物が現れたの?」
「ええ。それが……」
 港に近い駅で電車を降りて、恵はコーチのアパートへ向かう。
「久しぶりね、恵」
「夕子先輩…噂には聞いてましたけれど…」
「驚いた?」
 赤ん坊を抱いた、恵とほとんど年が変わらないように見える女の人の姿に、ティオは目を丸くする。
「赤ちゃん?」
「ティオちゃんもお久しぶりね。私のこと、覚えてないかも知れないけれど」
 なんとなく、見たことあるようなないような。
 混乱していたときに一度会ったきりなので、相手の顔がほとんど記憶に残っていないのだ。
「先輩。本当にコーチと結婚したんですね」
「そうよ。このアパートだって、今は只の荷物置き場みたいなものだもの。コーチの実家に引っ越したからね」
「確か…新潟でしたっけ?」
「そうだよ」
 部屋の中から、背の高い男の人が姿を見せる。
「お久しぶりです、細川コーチ」
「やあ、大海君、久しぶり。今日は済まないね、こんな所まで呼び出して」
「いいえ。どうせ今日はオフですし。それで…何があったんですか?」
 細川の説明は簡潔で要領を得たものだった。
 細川の娘、恵の中学時代の同級生でバスケット部でもあった細川可南子。
 彼女が、恵と同じような本を手にしていると言うのだ。
 共にいた小柄な少年は、見た目とは掛け違った邪悪な眼差しで辺りを見回していた。
「可南子は、お前達を憎んでいる」
 ギジェムと名乗った少年は、そう言うとひとしきり哄笑した。
「術を一通り試したら、貴様らをまず殺す。そうすれば、可南子の心は完全に俺の思うがままだからな」
 去っていく二人を追おうとした細川は、不思議な攻撃を受けたという。
 可南子が開いた本から呪文を読み上げたとき、細川は恵とティオのことを思い出したのだ。
 魔物…。
 細川の話は、紛れもなく魔物のことだった。
「ティオ…いいわね」
「うん」
「大海君…」
「恵…」
 細川夫妻に心配するなと言うようにウィンクする恵。
「大丈夫。魔物なら任せて。私とティオが必ず可南子を戻してみせるわ」
「恵…?」
 ドアを抜け、外へ出ながらティオは尋ねた。
「一体どういうことなの? よくわからないんだけど…」
「そうね。ティオにはまだ難しいかな」
 可南子の両親は離婚している。
 そして父親が、可南子の先輩である夕子と愛し合い、結婚した。その結果、夕子は高校を中退したのだが、可南子は父親が夕子を無理矢理に妻にしたと勘違いしているのだ。
 誤解されても仕方のないシチュエーションだったとはいえ、話し合えば済む問題のはずだった。
 しかし、その可南子の前に現れたのがギジェムだったのだろう。
「可南子はギジェムに操られているんだと思う」
「どうしてわかるの?」
「可南子は優しい子だった。誤解があるとしても、コーチを本当に恨むわけがない。それに…」
 細川の聞いたというギジェムの言葉『そうすれば、可南子の心は完全に俺の思うがまま』。
 裏を返せば、現段階では思うままではないと言うこと。
 少なくとも、普通に協力しているパートナーの言葉ではない。
 ガッシュと清麿、サンビームとウマゴン、フォルゴレとキャンチョメ、博士とキッド、アルベールとレイラ、リィエンとウォンレイ、そして恐らくはシェリーとブラゴの間では絶対に出ない言葉だろう。
 恵の知っている限り、その言葉が似合うのはただ一組。
 ココとゾフィスのみ。
「可南子は、心を操られているに違いないわ。ゾフィスにその能力があったと言うことは、同じ能力を持った魔物がいても不思議はないもの」
「それじゃあ恵」
「ええ。私たちは、可南子の心を取り戻すのよ、絶対にね」
 
 
 だが、現れたギジェムは恵とティオの想像を超えた存在だった。
「…そうか、貴様らとここで会うとはな…」
「…知っているの?」
「ああ。ゾフィスを倒してくれたらしいな…礼を言う。奴に借りがあるってのは我慢できなかったんでな」
「借り…? 貴方まさか…」
 ティオの言葉をギジェムは遮る。
「あ? ああ…貴様ら風に言えば、俺は千年魔物さ。…最強にして最悪の」
「みんな、魔界へ帰ったのよ! 貴方もさっさと帰りなさい」
「お断りだな。ってことはデモルトもゴーレンもいねぇんじゃねえか! はははっ、俺が最強最悪の魔物だってことを証明してやる! 可南子!」
「マグルガ!」
 可南子の持つ本が輝くのを見、恵も対抗する。
「マ・セシルド!」
 マグルガを辛うじて受け凌ぐが、ティオの表情は重い。
「恵…こいつ…」
「ええ…」
 千年魔物ビクトリームと同じタイプの呪文体系。
 つまり、強い。ビクトリームに勝てたのは、ビクトリーム自身のミスをついたためだった。
 もし、狡猾な魔物がビクトリーム並みの破壊力を持った術を使うなら…。
「マグルガ!」
 防御呪文で対抗しようとした恵の動きが一瞬止まる。
 一条の光芒が遥か頭上、アパートの屋根部分に直撃する。
「なにを!」
「ククククク…」
 ギジェムは笑う。
「可南子の心の歪みを俺は利用している。確かにその通りだ。だが、その歪みが決定的なものになったらどうかな? 自らの手で最愛の父親を殺す。心が耐えられるかな?」
 可南子の手を取るギジェム。
「壊れた心は、あっさりと我が物となる」
「させない。そんなこと絶対に!」
「…無理だと思うが…弱い者が懸命にあがくのを踏みつぶす。それはそれで一興だ」
 
 しかし、防御技主体のティオは技を受けきるだけで精一杯。それどころか、細川夫妻を庇うことによって確実にダメージが蓄積されていく。
 唯一のティオの攻撃技サイスでは、このレベルの千年魔物相手では棒で殴ったほどのダメージも与えられないだろう。
「ティオ…あの技を出せる?」
 チャージル・サイフォドン。術者が感じた屈辱や怒りを術の力に増幅して打ち出す技。
「恵が呪文を読めば…でも、私は何も…」
 そう。ティオ自身が何かをされたというわけではない。その状態のチャージル・サイフォドンにそれほどの威力があるとは思えない。
「それはわかっている。でもねティオ。私は、チャージル・サイフォドンには別の意味があるように思えるの」
「別の意味?」
「ティオ…私を信じて」
 恵の言葉にティオはフフッと笑う。
「何よ、今さら。そんなこと、言われなくても信じているわ」
 ギジェムは二人のやりとりを邪魔するわけでもなく見つめている。
「終わったか? 作戦など無意味だが、せめて見苦しくじたばたと抵抗して見せてくれよな」
「そうかしらね…サイス!」
 三日月型の刃がティオの両腕から放たれる。
 だが、ギジェム相手では直撃したとしても効力はほとんどない。
 それでも、ギジェムは身構えた。
 ところが、サイスの刃はギジェムの手前で失速し、地面に叩きつけられる。
 上がる土塊。
「煙幕か!?」
 視界を遮る土塊を力ずくで排除し、土煙の中から抜け出るギジェム。
 恵は可南子に近づくと、ギジェムとは反対側に突き飛ばす。
「パートナー狙いなど、予測の範囲内だな。つまらん」
 可南子はしっかりと本を掴んで離さない。
「無理に離そうとすれば舌を噛むぞ。焼こうとしても同じだ。それでいいのなら本を奪うなり焼くなりすればいいさ」
「予測の範囲内よ」
 恵の言葉にギジェムが表情を歪める。
「そうか。じゃあ当然これも予測していたんだろうなっ!」
 可南子の本が輝いた。
「破壊の魔力を右腕に!」
「チャーグル!」
 ティオの表情が変わる。
「…そんな…」
 チャーグル・イミスドン。ビクトリームの最大最強の呪文として、ティオは一度目撃している。
 しかし、今ギジェムの身体は可南子と恵に向いているのだ。
「打てっこない! 自分のパートナーにも当たるのよ!」
「自分の攻撃で本を燃やすことはできない。つまり俺は平気だ」
 ギジェムは静かに、当たり前だと言わんばかりに続けた。
「俺たちのパートナーってのは…本さえ読めればいいんだよ…そう、命と目、そして喉があればあとがどうなろうと、知ったことか」
 笑うギジェム。暖かみの欠片もない、ただ、ただ、相手を貶め、蔑むための笑い。
「殺戮の歓喜を左腕に」
「チャーグル!」
 ビクトリームのそれと同じだとすれば、五つのチャーグルが終わったとき、技は完全なものとなる。
「この女は望んでいる。俺と同じもの…死、破壊、悲鳴と嘆き。父親を信じられない思い、最愛の先輩に裏切られた思い…」
 ティオは初めて、戦う相手に恐怖以外の怯えを覚えていた。
「貴方…おかしいわ」
「認めよう。…闇の威圧を右脚に…」
「チャーグル!」
 三つ目の輝き。
「ティオ! 自分と、そして私を信じて!」
 恵の声。ティオは顔を上げた。
 本を離さない可南子。その可南子の肩に手をやる恵。
「ギジェム…貴方は人間を舐めすぎているのよ…」
 ティオの魔本が輝く。
「第六の術! チャージル・サイフォドン!」
 ギジェムはちらりとティオを見る。
「どんな技かは知らないが、俺のイミスドンが二人に当たる方が早いな」
「そう。貴方はそう思うのね」
 恵の言葉。ティオはその恵の視線を追った。そしてその先に…
「これって…」
「ティオ! 技に集中してっ!」
「う、うん。恵」
「好きにしろ…」
 ギジェムは再び視線を戻す。
「…死の息吹を左脚に」
「…チャーグル!」
「なんだと?」
 わずかなためらい。
 ギジェムの指示に従うはずの可南子の、わずかなためらい。
 そして明らかに四つ目の輝きは薄い。
「可南子! 心の力を込めろ!」
 恵がその叫びを打ち消すように睨み返す。
「言ったはずよ。人間を舐めないで!」
「貴様…何をした」
「私は何もしていない。可南子の心が貴方を否定しているだけ」
 物陰から姿を現す細川夫妻。
「お…おお…可南子…」
「可南子…」
 二人は恵もギジェムも、そして可南子すら見ていない。
 二人は、ティオの差し上げた腕の先にあるものを見ていた。
 チャージル・サイフォドンにより発生した水晶球に映し出された映像。
 そこに映っているのは、可南子の思い出。
 父親、そして夕子の姿。
「なっ…!!」
「チャージル・サイフォドンは術者の想いを映し出してパワーと代える術。そして今そこに映っているのは可南子の本当の想い。ギジェム、貴方が与えた憎しみなんて、まやかしに過ぎない! この思い出が本当の可南子の気持ち! 貴方は可南子の一瞬の迷いに取り入って心を歪めただけ!!」
「そ、それがどうした! 術を完成させればそんなもの!!」
 ギジェムは吠え、五つ目のキーワードを唱える。
「狂える意志を我が胸に!!」
「……チャー……」
 可南子は喉を押さえた。
「何をしていやがる!! 早く唱えろっ!!!」
「もう遅い。それは、貴方への可南子の怒り」
「な…」
 ティオの手から離れたチャージル・サイフォドンの剣がギジェムを襲う。
「馬鹿な!! 撃て! イミスドンを撃て!!! 撃てよ!! 撃ってくれ!! 可南子っ!!!」
 次々と消えていくチャーグルの輝き。
「何故だ、何故…お前が望んでいたのは……!!」
 
 
 洗脳されていた間のことは覚えていない。ゾフィスに操られていた人たちを助けた経験からそれはわかる。
「それじゃあ、済まないが、後を頼む」
「え?」
 立ち去ろうとする細川。
「どうしてです、コーチ」
「私たちはここにいなかった」
 細川が言うと、夕子があとを続ける。
「それに、可南子は私たちを襲わなかった。魔物同士の闘いに巻き込まれただけ」
 その言葉に、恵は頷いた。
 これなら大丈夫だ。この二人なら、きっとうまくやれる。
 可南子の誤解を解くこともできるだろう。
 その場を去る二人を見送り、恵は可南子が意識を取り戻すのを待つのだった。
 
 
 
 
あとがき
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