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着信音
 
 
 携帯電話ぐらい持ってないの? 今時の若い子の癖に。
 あればあるで便利なんだから、持ってなさい。
 学校で禁止ったって、カバンから出さなきゃわかるわけないじゃない。
 アンタねぇ。マリアさまの園に数珠持っていくぐらい図太い癖に、なんでそういう所だけは細かいの?
 注意されたら、私が強引に持たせたって言えばいいの。
 
 と、いうわけで、菫子さんに強引に持たされた携帯電話。
 仕方なく契約すると菫子さん、「これで家族割引で安くできるのよ」と喜んでいる。おいおい…。
 
「困ったわ…」
 薔薇の館で携帯電話とにらめっこしていると、背後から声。
「携帯電話は持ち込み禁止ですわよ? 乃梨子さん」
 音を立てないで歩く特技の持ち主と言えば瞳子しかいない。
「瞳子…。これは訳ありなのよ」
「ま、実際の所は持ち込み禁止と言うよりも、校内で使用禁止なのですけれどね」
 言うと、瞳子はカバンからごそごそと携帯電話を取り出す。
「私も偶然、今日からは持ってきてますの」
「ふーん。なんだか見慣れない形だね」
「普通の携帯電話とは違いますもの」
「お金持ち専用とか?」
 冗談のつもりで言うと、瞳子は面白くもなさそうに頷く。
「そうですわ。松平家ともなると、こういう余分なものが必要ですの。正直…鬱陶しいですわ」
「余分なものって、携帯電話が?」
「ですから、普通とは違うと申し上げたでしょう?」
「わからないよ、見た目だけじゃ」
 瞳子は携帯電話をテーブルに置いた。
「それもそうですわね」
 携帯を開くと、ボタンをいくつかテキパキと押す。
「これでロックを解除しました。この状態で…」
 動きが止まる。
「乃梨子さん、耳をしっかり押さえていてください」
「?? わかったけど…」
 瞳子は握っていた携帯を落とす。
 たちまち、大音量が薔薇の館を包み込む。
「な、なにこれ!!」
「誘拐されそうになったときのための特別製大音量防犯ブザーですわ」
「これ、防犯じゃないよ、この音自体が犯罪じゃないの!?」
「かもしれませんわ!」
「そもそも、この音は武器だよ、前置き無しで聞いたら犯人倒れるよ!」
「それも狙いですわ!」
「狙いって!」
「松平家に牙を剥いた者には相応の報いを与えるのですわ!」
「わかった、わかったからこの音止めてーーー!!」
「……」
「瞳子!?」
「…止め方を忘れましたわ」
「瞳子ーーーーーーー!」
 その時、扉が開いて祥子さま。
 つかつかと歩くと、瞳子の携帯電話を取り上げて操作する。
 ピタリと止まる大音量。
「ああ…助かりました…紅薔薇さま」
「祥子お姉さま、どうして…」
「どうしてって…こんな大きな音がしていては、気付くなと言うほうが無理じゃなくて?」
「本当に迷惑な大音量でした」
 慌てていて気付かなかったけれど、祥子さまと一緒にいるのは可南子だった。
 瞳子は何も言い返せずに悔しそうに睨みつけている。
 可南子はその視線を平然と受け止めると、テーブルの上に置かれた乃梨子の携帯に気付く。
「…まあ、ちょうどいいですね」
 ポケットから出したのは携帯電話。乃梨子と同じくまだ新品のようだ。
「乃梨子さん…ついでに瞳子さんも一応、携帯の番号とメアドを教えていただけるかしら?」
「可南子も携帯買ったの?」
「ええ。特に必要もなかったのだけれど、ちょっとね…」
「どこの機種?」
「ここよ…」
 さっと携帯の画面を見せる可南子。開かなくても携帯の画面が見えるタイプのもので、何故か可南子は待ち受け画面を見せつけるように携帯を構える。
「あ……」
 つい待ち受け画面に注目する瞳子と乃梨子。
「それって……」
「あ、見えちゃった?」
 口調が既に「ニヤリ」と擬音を付けたくなる調子。
 待ち受け画面にはすやすや眠る赤ん坊の姿。そう、細川次子ちゃんである。
「次子が寝ている姿なの、可愛いでしょう? それからね、これこれ」
 携帯を操作して待ち受け画面を替えていく。
「これが起きた所。ね、ね、ぱっちり目が開いてね。この目元とかが夕子さんそっくりなの」
「あ、あの、可南子さん?」
「そしてこれが、お昼寝中よ。この髪質がね、私の小さいときと同じだってお父さんが言うのよ〜〜」
 なんだかもう、限りなく親バカに近い姉馬鹿がそこにいた。
「それで、この写真のときなんか、突然泣き出しちゃって…」
「あ、あの、可南子さん、携帯の番号とメアドですわね。すぐに教えますからメモしてくださいましっ!」
「うんうん。私もすぐに教えるから、可南子、メモしてよ」
 惚気を止めるには教えるしかない。二人は同時にそこに思い至った。
 渋々、メモを取る可南子。
 三人は無事に番号とメアドを交換した。
「三人とも携帯を持っているのね。これで、山百合会は全員携帯持ちになったわ」
 祥子さまの言葉に、乃梨子は頷く。
「え、みんな持っていたんですか?」
「ええ。もっとも、使う所は私もほとんど見たことがなくてよ。学校での持ち込みは禁じられているから、堂々と使うわけもないから」
「ああ。そりゃそうですね。私も、校内では使う気ないですもの」
「あの、紅薔薇さま?」
 可南子が言う。
「でしたら、紅薔薇さまは山百合会の皆さんの番号とメアドを知ってらっしゃるんですよね? よろしければ教えて頂けませんか?」
「そうですわ。連絡には必要ですし、今ならば三人とも一緒に聞くことが出来ますもの」
「それぞれに聞き回る手間は省けますね」
 乃梨子の言葉が終わらない内に、可南子と瞳子は同時にあることを思いつく。
「「でも、教えたくない人もいる」」
「でしょうね」
「かもしれませんわ」
 同時に言い、さらに同時に相手を睨みつける。
「どういう意味かしら、瞳子さん」
「そちらこそどういう意味ですの?」
「貴方みたいな馴れ馴れしい人に、うかつに番号は教えられないと言うことです」
「誰かさんに教えたら深夜の無言電話がかかってきそうで怖いですわ」
「ああ、失礼。瞳子さんの場合は電話がかけられないんですわね」
「どういう意味ですの?」
「受話器がすぐに壊れてしまいますよね。耳元のドリルのせいで」
「…そう言う可南子さんこそ、電話をかけるのが一苦労でしょう」
「…どうして」
「電話のコードがそんな高い位置まで届きませんもの」
 二人の冷たい睨み合いに、乃梨子は溜息をつきつつ間に入る。
「あのさ、絶対貴方達、私が止めに入ると思って安心して口げんか楽しんでるよね?」
「いいえ。まさかそんなこと」
「そんなことありませんわ」
 クスクス笑いながら、祥子さまは三人に山百合会メンバーの番号とメアドを教える。本人達には事後承諾だが、断る者がいるとは思えないし、あとになっても文句を言う者は出なかった。
「じゃあ試しね」
 乃梨子は瞳子の携帯に電話してみる。
『乃梨子さんですわっ』
 瞳子は口を閉じている。
『乃梨子さんですわっ』
 顔を見合わせる可南子と乃梨子。
 今度は可南子がかけてみた。
『可南子さんですわっ……可南子さんですわっ』
 乃梨子は恐る恐る瞳子を見る。瞳子は普通に見返してきた。
「瞳子…今の…着信音?」
「ええ。自分の声を録音しましたの」
「…もしかして、全員分?」
「ええ。番号を聞く前からきちんと準備しておいたのですわ。瞳子は準備万端ですの」
 祥子さまが携帯に手を伸ばす。
『祥子お姉さまですわっ……祥子お姉さまですわっ』
 携帯を置いて、額に手をやり考え込む祥子さま。
「…本当に全員分なのね」
「ごきげんよう。あれ、どうしたの、祥子。頭痛?」
「ごきげんよう。みんなで携帯握りしめて何してるの?」
 令さまと由乃さんが仲良く姿を見せる。
「…由乃ちゃん。今から言う番号に携帯かけてみて」
「携帯ですか?」
「ええ、瞳子ちゃんの番号よ」
「あら、瞳子、ついに携帯持ちになったのね」
 番号を押しながら由乃は嬉しそうに言う。
「瞳子も番号教えてね。うふふ、これで着信音が無駄にならずに済むわ」
『お姉さまですわッ♪……お姉さまですわッ♪』
 うわっ、と呟く乃梨子。
「瞳子…。明らかにテンションが違うじゃないの…」
「き、気のせいですわ、気のせい。別に、お姉さまからの着信が嬉しいとか、考えただけでうきうきしてしまったとか、そう言うわけではありませんわ!」
「ふ、瞳子ったら、困るわね」
 ニコニコと機嫌のいい由乃さんに、令さまは無言で携帯を取り出す。
 ♪パパパパーン パパパパーン パンパンッパカパパンッ パカパパンッ パカカパパカパパカッ♪
 由乃さんの携帯からなり出すウエディングマーチ。
 ええっ? と全員の目が集中する。
 キョトン、と令さまを見る由乃さま。
「どうしたの? お姉さま。突然」
「ううん。なんでもない。由乃の方からも私の携帯にかけてみてくれない?」
「いいけど」
 令さまの携帯から聞こえてくるのは、これもウェディングマーチ。
 にやり。令さまは瞳子に向かって笑ってみせる。
 むう、と唇を尖らせる瞳子。そこでさっきの由乃さんの言葉を思い出す。
「…お姉さま。着信音が無駄にならないってどういうことですの?」
 チュイイイイーーーーーーーン
 歯医者のドリル音。
「こ、これは…」
 由乃さんの携帯からその音は聞こえてくる。
 呆然とそれを見つめる瞳子。
「…私の着信音、ドリルですの!?」
「あ、あの、瞳子。そんなに落ち込まないで、これはあくまでも冗談だから」
 追い打ちをかけるように、由乃さんの携帯から再びウェディングマーチ。
「あ、御免。ついうっかりリダイヤルしちゃった」
 携帯をしっかり握りしめたまま、令さまは瞳子ちゃんに頭を下げる。
 令さま、どう見てもわざとです、それは。
 その証拠に、令さまの表情はしっかりと語っている。
(瞳子ちゃん、私の由乃に手を出すなんて10年早いのよ)
 ううううう、と呻きながらがっくりと膝をつく瞳子。どうやらしばらく立ち直れそうにない。
「…瞳子ちゃんも大変ね…」
 慰めようとした祥子さまの動きが止まる。
 ゆっくりと、その視線は可南子の方へ。
「…」
 慌てて携帯を取りだした可南子の操作よりも早く、祥子さまが可南子から聞き出した番号のメモリをセットする。
 BOO BOO BOO BOO BOO BOO
 ブーイングの大合唱がどこからか聞こえてきた。
 出所は、言うまでもない。
 ニッコリと笑う祥子さまと、視線を合わせて微笑み返す可南子。
 すかさず着信履歴から電話をかける可南子。
 暗い音楽。モーツァルトの葬送行進曲だ。
 さすがに絶句する可南子。
(そ、そこまで…)
 カチャカチャと操作する可南子。
「紅薔薇さま。よろしければリダイヤルをお願いできませんか?」
「ええ。よくってよ」
 そして流れ出すのは、「自殺の聖歌」こと「暗い日曜日」
 可南子さん、それって確かに不吉ですけれど、受けて着信音聞いた側の方がダメージ大きいような気がします。
「可南子ちゃん…さすがにそれはシャレにならないような気がするのだけれど?」
「…別にシャレのつもりはありませんが?」
 気まずい沈黙。
「そう。可南子ちゃん。貴方の気持ちはよくわかったわ」
 見えない火花。さすがにこの間には乃梨子も入れない。
 けれども、
「はいはい。そこまで」
 あっさりと中に入る令さま。この辺りはさすがに黄薔薇さまの貫禄。
「可南子ちゃんはやりすぎ。祥子はもう少し大人になりなさい」
「…令。貴方に言われたくないわよ」
 確かに。さっきの瞳子ちゃんへの仕打ちをやった人にはあまり言われたくない台詞。
 そして二人は再び睨み合おうとするが、由乃さんが二人の間にはいると、
「わかったわ。紅薔薇さま、可南子ちゃん。争いを止めたらもれなく…」
 携帯を掲げると『チュイイイーーーン』
「この特製、瞳子用着信音をコピーしてあげます」
「お、お姉さま!?」
 そそくさと携帯を仕舞う可南子と祥子さま。
「えーっ。そんなにこのチュイーンが欲しいんですの!?」
「ええ。かなり」
「とっても欲しくてよ」
 二人は握手までしてみせる。そこまで欲しいか。
「あ、由乃さま。私もドリル着信音欲しいです」
「乃梨子さんまで!?」
「由乃。実は私もそれ欲しいかなって…」
「黄薔薇さま!?」
 由乃さんがうんうんと頷いて全員を見渡す。
「それじゃあ、みんなの意見が一致したようね。わかったわ。みんなにコピーしてあげる。ドリル着信音が私たちの絆よ」
「えええええええええーーーーーー!!!!!」
 
 そして山百合会は元の平和を…若干一名除いて…取り戻した。
「瞳子は納得いきませんわーーーーーー!!」
 
 
 
あとがき
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