SS置き場トップに戻る
 
 
 
仕舞模絵の会
 
 
 
 祐麒は手紙を受け取った。
 ごく普通の平凡な封筒。
 郵便受けを覗いたらしい祐巳から受け取ると、祐麒は封筒を確認する。
 封筒の裏の差出人名は…
「仕舞模絵の会」
「なに、仕舞模絵って?」
 ひょこっと顔を出す祐巳。慌てる祐麒。
「な、なんだよ、祐巳。人の手紙を盗み見るなよ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。書いてあるんだからつい見えちゃうくらい仕方ないじゃない。なによ、仕舞って」
「仕舞って言うのは…能・芝居・舞踊などで、舞ったり、演技したりすること。あるいは、能の略式演奏の一。囃子(はやし)を伴わず、面も装束もつけず、シテ一人が紋服・袴(はかま)で、謡だけを伴奏に能の特定の一部分を舞うもの。だよ」
 一気呵成に言ってのける祐麒に、祐巳は却って呆れてしまう。
「なに、そのとってつけたような機械的な説明、というかヤフー辞書で検索してきたような説明は」
「で、それを模写した絵を皆で風流に楽しむ会だよ」
 言い終えると祐麒はとっとと自分の部屋へ入ってしまう。
「そういうわけだから、俺の風流な趣味を邪魔しないでくれ!」
「風流ね……」
 そこまで言われては仕方なく、すごすごと引き返す祐巳。
 
 その翌日。
「祐麒がなんだか渋い趣味にハマっちゃってるみたいなの」
「渋い趣味?」
 薔薇の館での茶飲み話。まだ三年生は来ていない。祐巳と由乃、そして乃梨子ちゃんと志摩子さんだけ。
 由乃さんが祐巳の話を聞いている。
「なんだっけ…えーと…あ、そうだ…仕舞模絵の会、だって。説明を聞いたけれどなんだか難しそうなことやってるのよ」
 いいながら、祐巳は目の前のメモ用紙に漢字を並べて会の名前を書く。
「あれ、これ、どこかで見たような…」
「知ってるの、由乃さん?」
 首を傾げて考える由乃さん。目を閉じて、何かを頑張って思い出そうとしている。
「あ、そうだ。令ちゃんにも同じ所から手紙が来てたわ」
「黄薔薇さまにも?」
「うん、たしか一昨日ぐらいに来てたような…テーブルの上に置いてあったから、私が令ちゃんの部屋まで持っていったのよ…」
「うーん。でも令さまだとそういうのに興味があっても不思議じゃないような気がするわ」
「私もそう思ったんだけど、祐麒君も同じ趣味なのね…」
 二人が頷きあっていると、
「あの…すいません」
「どうしたの、乃梨子ちゃん」
「いえ、なんだか聞こえてしまったんですけれど」
「今の話?」
「ええ」
「あの…」
 乃梨子ちゃんは二人の顔色を伺っている。
「今の話に出てきた仕舞模絵って…」
 そこでテーブルの上のメモに気付く。
「あ、やっぱりこの字」
「乃梨子ちゃんも知ってるの?」
「実家で見たことがあります」
「実家で?」
「確か、妹宛の手紙だったと思うんですけれど、なんか妙だったので覚えていたんですが、黄薔薇さまと祐巳さまの弟さんまで?」
 うーん、と悩む三人。と、そこへ、
「あら、それって…」
 志摩子さんがメモ用紙をつまみ上げる。
「ここね、お兄さまの通っている会合というのは?」
「ええっ!」
 驚く三人。
「お姉さまのお兄さまって…」
「一度、ウチに間違って手紙が届いたことがあるのよ。電話で伝えたら、お兄さまが珍しく血相を変えて取りに来たわ。余程重要な手紙だったのね」
 
 
 その日曜。都内某所……
 祐麒は、用意していた覆面を被ると会場内に入った。
 中には覆面で顔を隠した者ばかり、中には剣道のお面を被っている者もいる。
「えー、それでは、恒例仕舞模絵の会を始めたいと思います」
 司会者の声に全員が思い思いの場所に陣取ると、パイプ椅子に座っていく。中には飲み物を持っている者もいるが、ほとんどは台上に注目している。
「では、恒例通り、順に行きたいと思います。えー、まずはワイズワードさん!」
 ワイズワード。無論本名ではない。この会場では、誰もが匿名である。ワイズワードというのはおそらく本名をもじった名前なのだろう。
 祐麒は壇上に立つ三十才ぐらいのがっしりとした五分刈りの男を見て思った。
 サングラスとマスク、そして三角巾で顔を隠している。けれども何故か白い割烹着。客観的に見てとても怪しい。
(ワイズ…賢い。ワード…文章。案外、本名が賢文だったりして…)
 そこまでで祐麒は考えるのをやめた。ここでは本名を探るのは規約違反なのだ。勿論本名だけではない、正体暴露に繋がるような行為は全て禁止なのだ。
 司会者がマイクをワイズワードに渡すと、自分は司会用のマイクで話し始める。
「ワイズワードさんは十歳以上離れた美少女な妹がいるそうです」
 会場から上がる溜息と賞賛、そして嫉妬と驚愕の声。
「しかも、彼のことを『お兄さま』と呼ぶ、純真無垢かつおしとやかな淑女系な女子高生だとかっ!」
 場内のざわめきが大きくなる。
「大学生の時、俺は地方に下宿していた! そしてたまに帰省した時の話だ! 風呂に入っていると、まだ小学生だったしま…もとい妹が! お兄ちゃん一緒に入ろうかと聞いてきたことがある!」
 叫ぶワイズワード。
 入ったのか! と会場から。
「俺は! 小学生の妹とはいるなんて恥ずかしいと思って拒否した!」
 会場からは怒声が上がる。「仕舞模絵道不覚悟だ!」「勿体ないオバケがでるぞっ!」
「今なら俺は絶対に断らないことをここに誓う!」
 盛大な拍手。それに答えて手をあげるワイズワード。
 祐麒も手を叩いていた。
 ……ちなみに、仕舞模絵とは正確には「姉妹萌え」と書く。
 シスコン、という言葉では計り知れない業を背負った、困った連中の巣窟である。
 要は変態集団。
「ていうか、妹ももう高校生だし、絶対誘わないと思うけどなっ! しかし、俺は夢を見る! それがいけないことかーーー!」
 否、否、と叫ぶ聴衆。
 手をあげるワイズワードとそれに答える聴衆。今、話し手と聞き手が一つになった瞬間。
 心が通った時、彼らの思いは一つ。
 姉妹萌え。
 要は馬鹿者。
「ワイズワードさん、魂の叫びありがとうございました!」
 泣きながら叫ぶ司会者。感極まっているらしい。
「では、次です。皆さんご存じの通り、姉妹萌えである限り参加資格は問わないのがこの回です! そして、それは当然性別無関係なのです! では、次の方です。『仏像になりたい』さん、どうぞ!」
「私はお姉ちゃんが大好きです!!!」
 壇上に立ったのはまだ中学生くらいの女の子だった。仏像の面を被っているので顔はわからない。
「だけど、お姉ちゃんは学校の先輩に夢中! きっと騙されているに違いないわ! 憎むべきはとうどうし…げふんげふん」
 その瞬間、ワイズワードが何かに激しく反応した。しかし、演説は続く。
「私は妹として、お姉ちゃんを取り戻す! 家庭に、我が家に、私の家に、そして私の腕の中に! なんならベッドの中までも!」
 再び盛大な拍手。
 一部の熱狂的なファンが「お姉ちゃんっ子な妹萌え〜〜!」とアイドル親衛隊よろしく叫んでいる。
 なんだかもう、この世の風景ではない。
 続いて壇上に立つのは、祐麒も最初に驚いた、剣道の面を着けた女性。
 司会者が紹介する。
「次の方も女性、お名前は『へたれ』だそうです」
 剣道の面はやおらマイクを取り上げると叫んだ。
「日本の法律ではっ!!」
 彼女の迫力に静まりかえる会場。
「従姉妹は結婚できるんだーーーーー!!!!」
 おおおおっ、と真理を告げられた教徒のように感嘆する聴衆。
「なのに同性婚が駄目なんて、これじゃあ蛇の生殺しじゃないのっ!」
 言葉に泣き声が混じり、聴衆の中にはもらい泣きを始めた者まで出てきた。
「だけど、私は負けない」
 祐麒はその声に聞き覚えがあったが忘れることにした。
 リリアンで聞いたなんて。
 山百合会で聞いたなんて。
 黄薔薇さまの声で聞いたなんて。
「あとは、同性婚だけクリアすればいいのよっーーーー!!」
 会場のあちこちから「頑張れ!」と声がかかる。
 手を振って答える剣道面。
 彼女が降りると、なんと、三人の男性が同時に壇上に立った。
「バードワン!」
「バードツー!」
「バードスリー!」
「われら、バード三兄弟! 心の底からえりちゃ…ごほっごほっ、妹を愛する!」
「クマ許すまじっ!」
「クマ退散!」
「ヒゲしばく!」
「白衣ごと簀巻きにして冬の海へ!」
「講師クビにしてしまえ!」
「なーにが化石だ! ロマンチストだ!」
「一生仲良く暮らそう!」
「お兄ちゃん達が一生守ってあげるよ!」
 なんだか剣道面ががたがたと震えているような気がするが、またも祐麒は無視を決め込んだ。この場ではプライベートに踏み込むことは一切禁止なのだ。
 
 その後、祐麒の番が回り、祐麒も思うさま叫び、満足のまま終幕に至った。
「いゃあ、いい会だ」
「まったく。我々は兄として、弟として、或いは従姉妹として妹として、姉や妹を純粋に、心から、下心の一片もなく真心で愛しているというのに、世の愚か者達は変態呼ばわりしてきますからなぁ」
「ええ、心外以外の何者でもありませんよ」
「日本ももう少し進歩的になるべきだ」
「さて、次の会合は来月ですかな?」
「そうですね。次の幹事は…ワイズワードさんでしたな」
「お願いしますよ」
 満足げな笑顔のまま、それぞれの方角へと別れる一同。
 彼ら彼女らの思いは一つ。純粋に姉妹を愛すること。
 
 
 
 
 いや、立派にヤバいですから。
 
 
 
 
あとがき
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送