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姉妹贔屓
 
 
 
 それは何気ない日常会話から始まった。
「確かに、イベントとしての価値は認めるわ。けれど時期が悪すぎたわね」
「賛成。祥子の言うとおりだよ。何もこんな時にしなくてもね」
 二人の前に広げられた新聞には、自然災害に見舞われた島が、例年慣例となっているミスコンで島に活気を取り戻そうとしたという記事が載っている。ところが島側の目論見とは逆に応募者がほとんど無く、また有識者からも反対意見が出て取りやめになったという内容だった。
 令は、久しぶりに祥子の家を訪れていた。
 滅多に祥子は人を自宅に招待しない。姉妹である蓉子や祐巳、半ば押し掛けに近い聖、元々親戚関係である瞳子を除いた、数少ない例外の一人が令だ。
 令は、屋敷の大きさには気後れするタイプではない。素直に価値は認めるが、それだけのこと。
 令に言わせれば「こんな広い家に住むと自分は困る」らしい。
 どちらかと言えば、令は自分の住む場所は自分で整えたいタイプなのだ。
 久しぶりに祥子の家でお茶を飲んでいると、珍しく新聞が置かれていた。いつも整理整頓が行き届いている小笠原家では珍しいことだ。
「多分、お父様が読んでいたのだと思うわ。昨日から帰っているし、お父様は応接間で新聞を読むのが好きだから」
 二人は、何となく新聞を広げてみた。今はそこにあった記事が、話題の中心になっている。
「だけど、祥子なら、ミスコン自体が好きじゃないと思っていたけれど、違うみたいだね」
「令の言いたいことはわかるわよ? 男にとっての一方的な価値判断だけで女性の価値を決めつけるのは勿論反対よ。だけど、ミスコンだからと言って男性的価値観だけで決めるとは限らなくてよ?」
「なるほど、審査側も女性であれば問題はない?」
「ええ。そういうことよ」
「一方的な価値判断でないとわかれば、ミスコンの価値も認める訳ね」
「ええ。勿論、コンテストの優劣が人間としての優劣に結びつかないことは当然の帰結よ。それとこれとは別として、ただのお遊びとしては、そうつまらない物ではないかも知れないわね」
 そこまで言ったところで、ふと祥子は気付いて笑う。
「令のミスターリリアンは別よ。人格とも深く結びついていると思うわ」
「私が男っぽいって言うこと?」
「世間一般で言うところの男性的美徳を令も兼ね備えているという事よ。これは褒め言葉ではなくて?」
「他ならぬミスリリアンの言葉だからね。素直に受け入れるよ」
 優雅に一礼してみせる令。相手が祥子でなければ、特に下級生であれば喜悦の絶叫間違い無しの気障なポーズ。この辺り、ミスターリリアンの面目躍如である。
 勿論、気障においては令が足元にも及ばない本物、柏木で免疫のついている祥子にはどうと言うことはない。
「ミスリリアン?」
 やはりというか案の定、令の言葉の別の部分に反応している。
「そんな企画あったかしら?」
 薔薇さまといえども、さすがに校内の企画の全てに目を通しているわけではない。例えば新聞部が独自で紙上のみでやってしまえば気付かないでいるかもしれない。けれども、自分自身がその対象となると話は別だ、知らなかったでは済まされない。
「いつの間に私が選ばれていたの?」
 令は笑った。
「違う違う。もしそんなものが選出されていれば、祥子で間違いなかっただろうねって話だよ。今の三年生の中だと、祥子で決まりだよ」
「そうかしら? 他にも人気のある人はいるわよ」
「各部活の部長やレギュラーはね。だけど、まんべんなく票を集められるのは祥子だと思うよ。…ああ、静さんがいたらもしかしたら危ないかな?」
「かも知れないわね。だけど令だって、ミスリリアンで票を集めるのではないかしら?」
「祥子には及ばないから」
 令はカップを置く。
「そうだね。実際にやってみたとしたら、三年生は決まりだと思うよ。二年生は由乃だし、一年生だとどうかな……」
 令の言葉の途中で、祥子の頬がひくりとひきつる。
「令。今何かおかしな事を言わなかった?」
「何が?」
「二年生がどうしたですって?」
 一瞬令はなんのことかわからずにきょとんとするが、すぐに思い当たる。
「ああ、由乃のこと? だって、妹にしたいナンバーワンだよ? 二年生のミスリリアンと言えば、由乃になるんじゃないかな」
「…祐巳がいてよ?」
「祐巳ちゃんだって可愛らしいけれど…」
 令は目を閉じた。
「祥子には悪いけれど、これは譲れないよ。二年生のミスリリアンは由乃だもの」
「まったく…」
 祥子は苦笑しながら肩をすくめる。
「令の姉馬鹿にも困ったものね。確かに由乃ちゃんは妹にしたいナンバーワンに選ばれたこともあったわ…けれどそれは手術前のおしとやかだった時代の話ではないかしら? 今では、元気に走り回っている姿が皆に見られているのよ? 票が集まらないとは言わないけれど……」
「祥子? それ、どういう意味? 由乃が元気になったのが悪かったの?」
 令の剣幕に祥子は慌て首を振る。
「そうは言っていないわ。ただ、由乃ちゃんが皆に人気があったのは、おとなしいことが主因だったのではないかしら」
「元気な由乃には元気な由乃の魅力があるのよ。それに姉馬鹿なのは祥子の方じゃない?」
「私が?」
「そうよ。確かに祐巳ちゃんには親しみやすさや優しさがあるけれど、ミスリリアンとはちょっと違うんじゃないかな」
 今度は祥子が表情を硬くする。
「令は、祐巳より由乃ちゃんの方が人気があると思うの?」
「そんな直接的に言われると困るけれど…」
 令は一旦口を閉じると、決心したように続ける。
「そうだね。そうなってしまうかもね」
「な……」
 
 
 翌日……
 薔薇の館は異様な緊張感に包まれていた。
 テーブルを挟むように向かい合って座っている祥子と令。ちなみに、この二人は薔薇の館の中ではまったく言葉を交わしていない。
 二人の横には、事情をそれぞれに聞かされた祐巳と由乃が困ったように座っている。
「…困ったね、由乃さん」
「どうしよう、祐巳さん…」
 そこへやってくる白薔薇姉妹。妙な雰囲気に、乃梨子はそっと由乃に尋ねる。
 由乃の説明を聞いた乃梨子はわかりやすく頭を抱えた。
「そんなの、簡単な話じゃありませんか。黄薔薇さまも紅薔薇さまも意地を張らないでください。二年生のミスリリアンは、お姉さま、藤堂志摩子に決まっているじゃありませんか」
 は? と黄薔薇さまと紅薔薇さま。
「の、乃梨子。二人を刺激しないで」
「でも志摩子さん。これは事実だよ」
「それはそうだけれど…」
「肯定しちゃったよ、この人!」
 叫ぶ由乃、驚く祐巳。
「だけど問題は、黄薔薇さまと紅薔薇さまが納得するかどうかなのよ」
「それはそうだけれど、どちらかがミスリリアンなんてナンセンスよ。志摩子さんに決まっているんだから」
「あのね、乃梨子ちゃん」
 立ち上がろうとする由乃を抑える祐巳。
「まあまあ、相手が志摩子さんなら仕方ないよ」
「…はぁ、そうかもね…って祐巳さん? 何か今聞き捨てならないことをさらりと言わなかった?」
「何が?」
「相手が志摩子さんなら仕方がないって言うことは、私なら仕方があるって言うことなの?」
「よ、由乃さん。そういう意味じゃないよ」
「…」
 由乃は黙って祐巳を見つめている。
「由乃さん?」
「あー、駄目。駄目よ。こんな空気耐えられない。令ちゃんと祥子さまが妙なことで争うからこんなことになるのよ。そうよ、志摩子さんの勝ちでいいじゃない。ミスリリアン二年生部門は志摩子さん。それで決定。そうよね、乃梨子ちゃん」
「当然です」
 我がことのように胸を張って答える乃梨子。
「何言ってるのよ、由乃」
「祐巳、友人を賞賛するのは褒められた行為だけれども、今回ばかりは別よ」
 令と祥子は収まりがつかない。
「第一、乃梨子ちゃんの意見できるのはおかしいじゃないの。乃梨子ちゃんはいわば関係者よ。コンテストで関係者には投票権は認められないわ」
「そうね、それに関しては令の意見に賛成よ。第一、乃梨子ちゃんの意見には客観性がないもの」
 首を傾げる祐巳。では乃梨子ちゃんの意見がもっともだと思ってしまった自分はどうなるのだろう。
「乃梨子ちゃんが志摩子をミスリリアンだと思う、それは当然だと思うわ。二人を見ていればわかる事よ」
「あの…それじゃあ、私以外の人はお姉さまをミスリリアンだとは認めないと言うことですか?」
「というより、乃梨子ちゃんは他の候補者の可能性をまったく考えていないんじゃないかしら」
「でも、それは…」
「では志摩子に聞くわ。一年生でミスリリアンを選ぶとしたら誰になると思う?」
「乃梨子です」
 間髪入れず答える志摩子。
「ほら、互いに互いを対象としているのよ」
「そもそも、自分のスールを贔屓目で見てしまうのは仕方ないことなのよね」
 令は肯きながら言う。
「私みたいに、客観性をきちんとわかった上で由乃がミスリリアンだと主張するのは別だけれど」
「だから令、貴方にも客観性が欠けていると言っているのよ」
「祥子も人のことは言えないでしょう!」
 
「というわけなのよ」
 疲れた様子で説明を終える祐巳。その横で由乃と志摩子は恥ずかしそうに苦笑している。
「はぁ…それで、第三者の私たちの意見を聞きたいと」
 真美と蔦子は顔を見合わせる。
「でも、私たちが薔薇さまに意見なんて…せめて同じ三年生でないと……お姉さまでは駄目なの?」
 真美さんの問いに首を振る二人。
「三奈子さまだと、ミスリリアン候補に真美さんまで入り込んで、収拾がつかなくなるよ?」
「あ、それは大丈夫だと思う」
 真美は頷いた。
「お姉さまは、別に他の人に私を良く見せようなんて思っていないから。お姉さまは自分だけが私を見ていればいいって言うタイプだから」
 祐巳と由乃と志摩子はひそひそ話。
(由乃さん、これって惚気?)
(くっ…この状況を利用して惚気るとはやるわね、真美さん)
(まあ、三奈子さまと真美さんもラブラブだったのね)
「まあいいけれど、ミスリリアンは志摩子さんだって言う話には私も賛成。全校生徒で投票すると、由乃さんと祐巳さんには悪いけれどやっぱり志摩子さんになってしまうと思うわ」
 蔦子が淡々と言った。
「そうよね。二人からの意見は貴重よ」
「まあ、確かに、志摩子さんの意見自体はちょっと贔屓が過ぎると思うけれどね」
 蔦子は、話は終わった、と言うようにカメラのレンズを磨き始める。
「一年生のミスリリアンが乃梨子ちゃんだなんて、さすがの志摩子さんも妹が可愛いわけだ」
 照れたようにうつむく志摩子。由乃はそんな志摩子を見ては溜息をつく。
「まあね…でも、志摩子さんと乃梨子ちゃんはそれほど仲がいいのよ」
 祐巳も由乃の言葉に頷いた。
「ねえ、一年生には瞳子ちゃんも可南子ちゃんもいるのに」
「…まあ、二位争いは面白そうよね」
 蔦子の言葉に固まる一同。
「二位? …って?」
 きょとんとした顔で蔦子は一同を見やる。
「あれ、知らないの? 一年生にいるとびっきりの美少女」
 祐巳がえへへ、と苦笑しながら尋ねる。
「あの…まさか…笙子ちゃん?」
「他に誰がいますって」
「その…確かに笙子ちゃんは可愛いけれど…」
「…菜々が一年違いで良かったわ。乃梨子ちゃん達と同じ学年だったら、蔦子さんにも悪いものね」
「はぁ? どういう意味?」
 蔦子の言葉に由乃は悪びれず、
「だって、菜々がいればミスリリアンは決定だもの」
「何言ってるのよ。笙子は元モデルよ? 子供モデルよ? 客観的に可愛さは証明されているのよ?」
「可南子ちゃんはモデル体型だし、瞳子ちゃんだって可愛いじゃない」
 祐巳と蔦子は軽く睨み合う。
「二人ともいい加減にしなさい」
 真美が間に入った。
「二人とも何言ってるのよ。貴方達が争ってどうするのよ」
「真美さんは下がってて。笙子が一年生でもトップの可愛さだって事をきちんと証明したいの」
「瞳子ちゃんも可南子ちゃんも部活で人気があるんだよ。人気なら負けないわよ」
「いいじゃない、その3人でベストスリーで」
 由乃がつまらなそうに言う。
「…由乃さん?」
 真美がニコリと笑った。
「それはもしかして、日出実は上位3人に入らないって事かしら?」
「それは難しいかも。だって、乃梨子だっているんですもの」
「志摩子さん!?」
 由乃は思わず叫んだ。どうしてここで真美さんを刺激するの!
「…確かにね、笙子ちゃんは可愛いわよ。さすが元子供モデルだけあるわ。それは仕方ないから認めるわよ。だけど、どうして、ノッポやドリルや市松人形に日出実が負けなきゃならないわけ?」
「少なくとも、可南子ちゃんには貫禄負けしてなかったかな、取材に行った時とか」
 蔦子の言葉に真美は目を剥いた。
「それは関係ないでしょう。第一、貫禄負けってどういう事よ」
「やっぱり、彼にもつぼみの妹候補とまで言われた人と一介の新聞部員の差かしら?」
「何言ってるのよ!」
 真美の暴走が止まらない。
「山百合会関係者だからって得をしている。確かにそれは認めるわよ。山百合会って言うだけでポイントは高いよ。紅薔薇さまだって黄薔薇さまだって…必要以上に高いレベルだと思われているわよ」
 今度はこれに由乃と祐巳が噛みついた。
「聞き捨てならないわよ、真美さん!」
「お姉さまは実際に高レベルよ!」
 真美は一歩も譲らない構え。
「令さまよりも祥子さまよりも、お姉さまの方が可愛いし美人だし、薔薇さまの称号さえ持っていればミスリリアンは間違い無しよ!」
「あり得ないって!」
「三奈子さまには悪いけど…」
「だまらっしゃい!」
 
 
 祥子と令、そして乃梨子は無言で二年生達の帰りを待っていた。
 客観的な意見を携えて、二年のミスリリアンは誰であるかとの結論を携えて戻ってくるのを。
 けれど、あまりにも遅い。
 三人は連れだって様子を見に行くことにした。仲良く、と言うわけではなく、誰かが抜け駆けして結果を改竄しないようにするためだった。
 そして三人が見たのは……
 
「だから、真のミスリリアンはお姉さまなのよっ!」
「馬鹿言わないで! 実際問題ミスターリリアンは令ちゃんなのよ!」
「ミスターだからってミスとは限らないの。考えるまでもなく紅薔薇さまであるお姉さまに決まっているじゃないの」
「いい加減にしなさいよ。二年や三年なんてどうでもいいわよ。どうせ、来年再来年と、いいえ、ミスリリアンは笙子を最後に二度と現れないんだから。笙子が永代ミスリリアンね」
「写真嫌いだから資料なんて残らないわよ! 写真写りなら日出実だってなかなかのものよ!」
「だから、可南子ちゃんと瞳子ちゃんを忘れちゃ駄目!」
「何が永代よ! 来年菜々が入ってきたら一瞬にして崩れる砂上の楼閣じゃない!」
「乃梨子の妹は乃梨子似だと聞くから、きっととても可愛いわ。ミスリリアン一年部門は二代続けて二条家で独占ね」
「ほんわかしながら馬鹿なこと言わないのっ!」
「由乃さん! 竹刀を持ち出すのは卑怯よ!」
「蔦子さんこそ、カメラのフラッシュで目つぶしなんて姑息じゃないかしら!」
「臭っ! 誰、銀杏の汁撒き散らしているのは!」
「聞くまでもないでしょう!」
「こうなったら、スキャンダルで全員コンテスト失格にしてあげるわ! お姉さま譲りの偽証記事で全員失格よ!」
「何考えてるのよ! この七三!」
「うっさい、メガネ!」
「タヌキは黙ってなさい!」
「なによ、ちょっと改造されたからって!」
 
「……醜い争いですね…」
 乃梨子がポツリと、白けた口調で言った。
「ええ」
 令が肯き、祥子が答える。
「本当に醜いわ」
 乃梨子が続ける。
「…ミスリリアン、どうでも良くなっちゃいましたね」
「ええ、そうね」
「どうでもいい、というか、どうしてあんな事で争っていたのかしら」
「きっと、疲れていたんですよ、紅薔薇さまも黄薔薇さまも」
 乃梨子の言葉に祥子はゆっくり頷く。
「そうね、薔薇の館で少し休みましょうか」
「そうだね。あ、そうだ、美味しいクッキーがあるんだよ。昨日家で焼いて持ってきたんだ」
 令が言うと、祥子は微笑んだ。
「まあ、それじゃあ、今日は久しぶりに私がお茶を煎れようかしら。乃梨子ちゃんにもご馳走するわ」
「ええ! 黄薔薇さまのクッキーに紅薔薇さまのお茶…。素敵です」
 三人は仲良く、薔薇の館へ戻っていった。
 
 
 
あとがき
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