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可南子・菜々・瞳子
 
 
 からんからん
 ドアの開いた音と共に姿を見せるのは祐巳。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、祐巳」
「久しぶりね、祐巳ちゃん」
 由乃と令と瞳子、志摩子と乃梨子、そして祥子は先に来ている。
「ごめんなさい。ちょっと遅れてしまって」
「集合時間にはまだあるから大丈夫よ」
 そういった祥子の視線が祐巳の背後に向けられる。
「そちらはどなた? 祐巳」
 振り向く祐巳。そこには、足を引きずるようにした老人がいる。
「ああ、この方は…」
 
 祐巳がこの店に向かってきている途中、車に轢かれそうになって倒れたのを助けたのだという。老人を轢きそうになった車は汚い言葉と共に走り去り、老人は転んだだけで大きな怪我はしていない。それでも、休ませなければならないと思った祐巳はすぐに近くのここまで連れてきたのだ。
 祐巳の処置に頷く一同。
 お店は今日、山百合会の同窓会のために貸しきっているのだが、この状況で足を痛めた老人に出て行けと言える者はさすがに誰もいない。もし言える者がいたら、その者が追い出されるだろう。
「お爺さま、ここにお座り下さい」
 早速瞳子が椅子を用意する。
「ありがとう瞳子ちゃん」
「気が利くでしょう」
 嬉しそうに胸を張る由乃。
「由乃が褒められた訳じゃないのに。本当に、姉馬鹿なんだから」
 令の言葉に今度は祥子が笑い出す。
「あら、姉馬鹿なら令も負けていないと思うけれど?」
「う…祥子には言われたくないなぁ」
「私は、令みたいに祐巳を甘やかしたりはしなかったわ」
「うわあ、言い切ってるね、祥子。志摩子と乃梨子ちゃんはどう思う?」
「え」
 急に話を振られて慌てる乃梨子。乃梨子の手は、志摩子にコーヒーカップを渡しているところだった。
「令ちゃん、この二人が他の姉妹のことなんて気にしていると思う? もう、この二人は在学中から二人っきりの世界作っていたんだから」
「よ、由乃さま」
 あらあら、と頬を染めて微笑む志摩子。
 乃梨子は慌てて弁解を始める。
「そ、そんなことありませんよ」
「何言ってるのよ。可哀想だったわよ、乃梨子ちゃんの妹。お姉さまがいつまで経っても志摩子志摩子ってべったりなんだもの」
「そのうえ…」
 祥子は、呆れたように額に手をやる。
「卒業後に同棲まで始めるなんて…」
「ご、誤解ですよ!」
 乃梨子はあたふたとさらなる弁解を始めた。
「志摩子さんのお兄さんが帰ってきたから、志摩子さんが家を出ることになって、ちょうど薫子さんが仕事の都合でしばらく東京を離れることになって、それでしばらくの間私が住むことになって、一人じゃ物騒だから志摩子さんに無理言って同居してもらっているんじゃないですか!」
「別にお兄さまが帰ってきたからといって、志摩子さまが家を出る理由にはなりませんわ」
 瞳子の言葉に頷く一同。
「瞳子の言うとおり。それじゃあまずは、今日はその辺りから話し始めましょうか」
「えええっ!」
 乃梨子はそこでようやく気付いた。
 ここにやってきたのは瞳子、由乃、令の黄薔薇組が一番。そして祥子。それから乃梨子と志摩子。そして今のところの一番最後は祐巳。
 実は乃梨子と志摩子がやってきたのは祐巳とほとんど変わらない時間だった。それで今まで気付いていなかったのだけれども、由乃の様子が少しおかしい。
 首を傾げる乃梨子の視界の隅で、瞳子が苦笑しながら瓶を持ち上げた。
 ワインのボトルだ。
 つまり、由乃は酔っている?
「由乃さま、酔ってますね」
「なに? 私、乃梨子ちゃんより年上だから、成人式済ませてるわよ? 何か問題が?」
「TPOっていうものがあるじゃありませんか」
「いいじゃない。たまにみんなに会うんだから、少しくらい」
「そうですわ」
 乃梨子はギョッと瞳子を見た。瞳子の手にはワイングラス。
「瞳子、アンタは未成年でしょうがっ!」
「まあまあ、乃梨子さん、堅いことは言いませんの。もう、高校生ではないのですから」
 頭を抱える乃梨子の横で、志摩子と祐巳は顔を合わせて苦笑する。
「相変わらずね、由乃さんも」
「うん。ところで志摩子、お店のほうには可南子から連絡なかった? 昨日電話で、遅れるみたいな事を言ってたんだけど」
「いいえ。何も聞いていないわ。だけど、祐巳さんには遅れるという連絡があったのでしょう? 可南子ちゃんが遅れると言ったのなら、本当にやむを得ない事情なのだと思うけれど?」
「それがね、夕子さんが三人目を生むために実家に帰っていて、可南子それに付き添っているって」
「まあ、おめでたいわね」
「うん。新潟に戻る前には一度会っておこうと思っているんだけど」
「それがいいわ。きっと可南子ちゃんも喜ぶわよ」
 一方、乃梨子は酔っぱらった由乃と瞳子の追求を受けている。
「それで、乃梨子さん、どこまで行ったんですか?」
「どこまでって、瞳子、貴方ちょっと下品になったんじゃない?」
「お姉さまのおかげで正直者になったんです!」
「さあ、乃梨子ちゃん、キリキリ答えなさい。貴方と志摩子の関係は今や、どの程度まで進んでいるのっ! 答え次第によっては、現白薔薇さまと聖さまに言いつけるわよっ!」
 現白薔薇さま、つまりは乃梨子の妹だ。
「どうして、その二人が出てくるんですかっ!」
「白薔薇さま、かなりの泣き虫でしたから、泣いてしまうかも知れませんわ」
「泣き虫って…瞳子が虐めていたんでしょうが!」
「まあ、人聞きの悪い。瞳子は、あの泣き虫ちゃんが山百合会でも立派にやっていけるように切磋琢磨していただけですわ」
「その泣き虫をいつも庇ってあげたのが可南子ちゃんだったよねぇ」
 由乃がニヤリと笑う。
「そっかぁ、そうしたら、白薔薇さまが好きなのは卒業したお姉さまよりも可南子ちゃんのほうかもねぇ」
「…なんですって?」
 乃梨子が由乃を睨む。
「祐巳とお姉さまみたいなものね」
 志摩子の発言に祥子が噛みついた。
「ちょっと、志摩子、どういう事。祐巳が聖さまと何かあったの?」
「あ、いえ、勿論、祐巳が好きなのは祥子さまですけれど、それとは別に、頼りになると言うか、好ましい方がいるという意味で…」
「志摩子ぉ、それは誤解を生む発言だよ…」
 今時は祐巳が頭を抱えていた。
「私が好きなのは……私が好きな上級生は小笠原祥子さまただ一人ですから」
「上級生…ね」
 祥子のこめかみが引きつる。
「うう…だって、可南子を無視するわけにも行かないじゃありませんか」
「…」
 言い争いに見えて、実は楽しくやっている一同の中に、突然令が割って入った。
「祐巳ちゃん。お爺さまがお帰りになるって」
「あ」
「いやいや、充分休ませてもらいましたよ。いやぁ、こんなべっぴんさんの中で休ませてもらって、楽しかったよ、お嬢ちゃん」
 祐巳がドアを開けると、老人はもう一度頭を下げて出て行った。
 見送って、ドアを閉める。
「どこに行くか知らないけれど、タクシーでも呼んであげた方がいいんじゃない?」
 令の言葉に頷く祥子。
「そうね。祐巳」
 言われる前に、祐巳は再びドアを開けていた。
「あれ?」
 出て行った方向に老人の姿はない。
 今のこのわずかな間にタクシーにでも乗っていったのだろうか、それとも路地に入ったか。
 クーラーの効いた室内から、直射日光を浴びる外に急に出たせいか、祐巳は一瞬目眩を覚え、少しこらえて店内に戻る。
「そういえば令、あのお爺さんとずいぶん話し込んでいたわね」
「なんだか面白い話をしてくれたからね」
「どんな話なの、令ちゃん?」
 全員の注目が集まり、令は苦笑して話し始めた。
 
 老人は旅人だと名乗った。
 目的地を令が尋ねると、「わからない」
 ただ、目的地に着けば、その時は自分にはわかるはずだと。
 どんな旅かと令は尋ねた。
 老人は「時間旅行」と答えた。
 令はそこで老人の表情を良く観察した。危険なもの、おかしなものは感じない。「時間旅行」というのがいかに眉唾な話であろうとも、少なくとも老人が自分たちに危害を加えるとは思えなかった。
 老人は、「時間旅行」で過去と現代を行き来しているという。
 それは機械仕掛けでも天変地異でもなく、老人が若いときに得た「超能力」だと言う。
 昔、一度の過ちで、過去を変えてしまった。そのため、自分のいた世界は激変してしまった。
 過去を修正して、元々自分のいた世界に戻りたい。
 だから、何度も過去に戻って修正しては、現代に戻る。その度に現代は少しずつ変化している。その変化は細かすぎて自分には気付かないときもある。けれども、自分の世界でないということはわかる。未だに自分の世界には戻れない。
 それでも、自分はこの旅を続ける。自分の世界をもう一度取り戻すために。
 
「面白い…というよりなんだか怖い話ね」
 祥子は呟くように言った。
「過去を変えると、それがどんな微妙な変化であっても現代に影響する。SF小説なんかのテーマではよく使われていますよね」
 乃梨子が頷きつつ言った。
「なんだか、わかりにくいね」
 祐巳が言うと、乃梨子が少し考えて言う。
「例えば…さっきのお爺さんの言うことが本当だとして、もし、小学校の時の由乃さまに出会って、手術を受けるように説得していたら。この世界の由乃さまは、中学校に入ったときから、元気な由乃さまになっていたと言うことです」
「うーん。なんとなくわかったけど…」
 祐巳は気持ち悪そうな顔になる。
「さっきお爺さんの姿が消えたんだけれど、もしかして時間旅行に行ったのかな」
「過去に戻って、何か変わってしまったのかも知れませんね」
 乃梨子と祐巳は辺りを見回す。
 溜まりかねて瞳子が言った。
「何を馬鹿なことを言っているんですか、乃梨子さん。きっと、お爺さんのジョークですわよ。さ、お姉さまもキョロキョロしないで」
「う、うん」
「それにしても、遅いわね」
 由乃が時計を見た。
「誰が?」
「誰がって祐巳さん、決まっているじゃない……」
 由乃が絶句する。
「あれ? …祥子さま、祐巳、瞳子ちゃんの紅薔薇さんち。志摩子、乃梨子ちゃんの白薔薇さんち。令ちゃんと私の黄薔薇姉妹……全員いるわね」
「まさか、由乃。菜々ちゃん呼んでいるとか?」
「呼んでないわよ。菜々は今頃、立派に黄薔薇さま二年目だもの。二年生の時は、白薔薇さまと紅薔薇さまに囲まれてきっと苦労したと思うわ」
「ウチの妹だって、瞳子にたっぷり鍛えらて苦労していたわ」
 つん、と澄ます乃梨子に、瞳子はぷうと膨れる。
「だから、瞳子は未来の白薔薇さまを鍛えようと思っただけって言っているじゃありませんか」
「おかげで何度慰めたか…」
 乃梨子の愚痴に笑う祐巳。
「あら、乃梨子ちゃん。それについては瞳子ちゃんに感謝しなきゃ。おかげで美味しい思いできたじゃない」
「泣きそうな妹を慰める白薔薇のつぼみ。あれは一時期、薔薇の館の名物だったものね」
「うん。おかげで志摩子の嫉妬って言う珍しいものも見られたし」
「そ、それは…」
「今さら否定しちゃ駄目よ、志摩子」
 同窓会は和気藹々と進んでいくのだった。
 
 
 
あとがき
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