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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「猫耳包囲網」
 
 
 
「なにしてるの、祐巳さん…」
「あ…」
 由乃さんの呆れた声に、ゆっくり振り向く祐巳さん。
「見てた? 由乃さん」
「見てたというか…祐巳さん、それで隠れてたつもり?」
「う、うん…」
「思いっきり見えてるわよ」
 薔薇の館の片隅、椅子の陰でなにやらごそごそやっている祐巳さんは、扉を開けて入った来た由乃さんからは身体が半分以上見えている。
 猫耳装備の祐巳さんの姿を、由乃さんは渋い顔で見つめている。
「何付けてるの、祐巳さん」
「猫耳」
「いや、それは見れば判るけど…」
「ちょっとね…。可南子が猫好きだって聞いたから…」
「聞いたって…」
「元気がないらしいから、元気づけようかと」
 って、なんで猫耳?
 猫好きだからってそれは違うと思う。
 さらには猫手袋まで。
「祐巳さん…まさかその格好で外に出て行く気?」
「まさか、そこまではしないよ」
 そこへ、パタパタと階段を駆け上がる音。
 何事かと振り向くと、そこへ走ってくるのは乃梨子ちゃん。
「あ、由乃さま、ごきげんよう」
 そして横を通り過ぎると、
「祐巳さま、可南子が来ましたよ」
「ありがとう、乃梨子ちゃん」
「さあ、由乃さまはこっちに…」
「え、ちょっと、乃梨子ちゃん…」
 乃梨子ちゃんに手を引かれて、由乃さんは部屋の逆の隅へと移動する。
「何がどうなってるの?」
「祐巳さまの計画です」
「計画って?」
「可南子を励ます計画です」
「可南子ちゃん、何かあったの?」
「よくわからないんですが、朝から元気がないのは確かです」
 言っている内に、扉が開いた。
「ごきげんよう」
「にゃあ」
 祐巳さんが飛び出す。
 目を丸くする可南子ちゃん。
「ゆ、祐巳さま?」
「にゃあ」
「な、なにを」
 可南子ちゃんは励まされていると言うより、ただ驚いているようにしか見えない。
「やっぱり…」
 冷静に呟く乃梨子ちゃんに由乃さんは呆れていた。
「やっぱりって…」
「相手が祐巳さまだけにもしかして可南子は、と思っていたのですが。やっぱりあんなことされたら励まされる以前に驚きますよね」
 そう思っていたならまず止めてあげなさい、と言おうとした由乃さんだが、ああ見えて頑固な所のある祐巳さんの性格を思い出して口を閉じる。
 そのまま様子を見ていると、可南子ちゃんは無言で祐巳さんの猫耳を外していた。
「何やっているんですか、お姉さま」
「あ、可南子が元気ないって聞いたから、励まそうかと思って…」
「…お気持ちはありがとうございます。ですが、今のは励まされたと言うよりも正直呆れました。いえ、驚きました」
「駄目だった?」
「可愛いんですけど…あ、いえ、そうじゃなくて…」
「あ、可愛いのは認めてくれるんだ、可南子」
「そ、それは、そうなんですけれど…」
「それじゃあ、元気出てくれないの?」
 上目遣いの祐巳さんに、可南子ちゃんは慌てて目をそらしている。
「そ、そういう問題じゃありません」
「どうして? 私じゃ、可南子は元気出ないの?」
 じりじりと背伸びして可南子ちゃんの顔に近づいていく祐巳さん。可南子ちゃんは近づく祐巳さんから目を離すことができずに、顔を真っ赤にして首だけで後に下がろうとしている。
「可南子は陥落寸前ですね」
「冷静ね、乃梨子ちゃん」
「ええ。多分祐巳さまならこうするだろうなと思ってました」
「予想済みな訳ね」
「ええ。こうなれば可南子が抵抗できるわけもありません」
「あのさ」
「なんですか?」
「端から見ると乃梨子ちゃんも志摩子さんとあんな感じだって気付いている?」
 ぼんっ、と真っ赤になる乃梨子ちゃんを満足そうに眺め、由乃さんは隠れていた場所から出ようとした。
 と、そこへやってくる祥子さま。
 扉を開けた瞬間、抱き合うような姿の祐巳さんと可南子ちゃんが視界に入る。
 由乃さん、可南子ちゃん、祐巳さん、乃梨子ちゃんの時間が停止した。
「ああ、ごきげんよう、由乃ちゃん、乃梨子ちゃん」
 祥子さまはつかつかと移動すると椅子に座る。
「乃梨子ちゃん、悪いけど熱い紅茶を戴けるかしら」
「は、はい」
 祐巳さんはゆっくりと可南子ちゃんから離れる。
 由乃さんは恐る恐る祥子さまに尋ねた。
「あ、あの、紅薔薇さま?」
「どうかして? 由乃ちゃん」
「あの…祐巳さんと可南子ちゃんのことなんですけれど…」
「あら、祐巳と可南子ちゃんがどうかして?」
「さっきご覧になった二人は…」
「なんの話かしら?」
「え?」
 祥子さまはニッコリと微笑む。
 祥子さま、何故かその微笑みが恐いです。
「私は二人の姿なんて見ていなくてよ?」
「え? あ、あの、祥子さま…」
「二人が抱き合っている姿なんて見ていなくてよ。そんなもの幻覚に決まっているもの。この薔薇の館でそんなふしだらな真似をするような者など、山百合会にいるわけがないわ! 私は見ていないの、わかったわね、由乃ちゃん!!」
「は、はい!」
 あまりの剣幕に直立不動で答える由乃さん。
 そこへ乃梨子ちゃんが紅茶を持ってくる。
「はい、どうぞ。紅薔薇さま」
「ありがとう、乃梨子ちゃん」
「いえ。ところで紅薔薇さま?」
「どうしたの?」
「祐巳さまと可南子が、今来たようですが…」
 由乃さんは乃梨子ちゃんをマジマジと凝視した。
(見事よ。乃梨子ちゃん。素晴らしすぎるフォローよ)
 微かに頷く乃梨子ちゃん。
(こういうときは逆らっちゃ駄目なんです)
 乃梨子ちゃんの言葉に従って、祥子さまの後ろに回る二人。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
「あら、祐巳、可南子ちゃん、ごきげんよう…」
 祥子さまの目が祐巳さんの頭の上でとまる。
 訝しげに、
「祐巳、頭の上のそれは何?」
「え? あ、これは猫耳という……髪飾りです」
「変わった髪飾りね。校則違反ではないの?」
「あ、あの、付けたまま外を歩く類の物ではありませんので…」
「そう。どちらにしろ、そういったものを学校に持ってくるのは感心しないわ」
「はい。以後気を付けます」
「ええ。それから可南子ちゃん?」
「はい?」
 立ち上がる祥子さま。
「貴方ね、もう少し私を信用してもらえないかしら?」
「え?」
「私は、貴方のお姉さまのお姉さまなのよ。貴方のお姉さまである祐巳が選んだ私が信用できなくて?」
 手を伸ばした祥子さまに、身体を倒す可南子ちゃん。
 祥子さまはダンスのパートナーのように、可南子ちゃんの身体を自然に手の中へと移す。
「もし何かあって、祐巳にも相談できないことがあったら、いつでも私の所へ来ていいのよ?」
 囁くような口調の祥子さま。端から見ていると、二人の身長やスタイル、見事な長髪も合わさってとても美しい光景。
「わかった? 可南子ちゃん」
 美しい祥子さまのアップに、可南子ちゃんも心なしか頬を染めてドギマギしているように見える。
「は、はい。紅薔薇さま」
「あ、あの、お姉さま?」
「何かしら? 祐巳」
「可南子のお姉さまは私です。可南子の相談事は私が…」
 ん? とわざとらしく首を傾げる祥子さま。
「…去年、蓉子さまや聖さま、あげくには江利子さまや静さんにまで相談に乗ってもらっていたのは誰だったかしら? 祐巳」
「そ、それは…」
「だから、可南子ちゃんが祐巳以外に相談したくなっても、止める権利はなくてよ。第一…」
「な、なんですか、お姉さま」
「相談の名を借りて、薔薇の館で妹を無理矢理抱きしめるようなお姉さまは少し心配よ」
 やっぱりしっかり見てましたね、紅薔薇さま。
「そ、そんな、私は別にそんなこと…」
「してたじゃないの。こうやって」
 可南子ちゃんをしっかと抱きしめる祥子さま。
「ロ、紅薔薇さま!?」
「お姉さまーっ!!!」
 素っ頓狂な声を上げて、祐巳さんは慌てて二人の間に入ろうとする。
「綺麗な髪…。こんな長い髪、私以外には誰もいなかったのよね、今まで」
 祥子さまは、うっとりと可南子ちゃんの髪を撫でている。
「お姉さまが祐巳を甘やかしていた気持ちがようやくわかったわ」
 可南子ちゃんは、あまりのことに固まっている。これだけの美女に目の前で艶っぽく微笑まれては、異性であろうと同性であろうと固まってしまうのは仕方のないことかもしれない。
「今の祥子の論理だと…」
 いつの間にやら令さまが二人の横に立っている。
「私も可南子ちゃんを甘やかしていいんだよね」
「令さま!」
「そういうことだから、祐巳ちゃん。ごめんね」
 祥子さまから可南子ちゃんを奪う令さま。
「可南子ちゃんと一番身長差がないのは私だから、釣り合いが取れるのも私だよね」
 ファンの下級生達がこの場にいれば、嫉妬に狂って石でも投げそうなとっておきの笑み。
「ね、可南子ちゃん」
 可南子ちゃんは訳が判らないと言うように周りをきょろきょろと眺めている。
 どうしてこんなことに?
「それでしたら、私だって、白薔薇さまですもの。権利はあると思います」
 ピタリ、と寄り添うように可南子ちゃんの胸元に頭を預けているのは志摩子さん。
「白薔薇さまは紅薔薇のつぼみの妹にちょっかいを出さなければならない。そういう決まりを、私のお姉さまが作ったのですから。私はそれを守るだけです」
 祥子さまと令さまに挟まれ、志摩子さまには身体を預けられ、もはやパニックに近い可南子ちゃん。
「あ、あの……」
 三人の薔薇さまに囲まれたその姿は、リリアンの生徒なら誰もが羨望する、というよりもあまりにも畏れ多すぎて想像すらできない豪華絢爛、夢の中状態。
 呼吸困難を起こした金魚のように、真っ赤になって口をパクパクさせている。
「志摩子さん!」
「令ちゃん!」
「駄目ですわ!」
 乃梨子ちゃん、由乃さん、そしていつの間にか現れた瞳子ちゃんが同時に駆け寄った。
「可南子が困ってます!」
「可南子ちゃんにちょっかいを出しちゃ駄目」
「可南子さんから離れてくださいませんかっ!」
 助けが来た、と一瞬ホッとしていた可南子ちゃん。けれども、それは単に狩人が増えただけだと知って唖然とする。
「みんないい加減にして! 可南子は私の妹だよ!」
「あら、祐巳。可南子ちゃんは私の孫でもあるのよ」
 祥子さまは可南子ちゃんの髪を撫でたまま。
「可南子ちゃんに相応しいのは、私だと思うんだけど?」
 あくまでもミスターリリアンの威厳を崩さない令さま。
「可南子ちゃん、見た目よりずいぶん柔らかくて気持ちいい…」
 胸元に顔を埋めんばかりの勢いで、志摩子さんは甘えている。
「私はクラスメートとして、可南子のお友達として…」
 乃梨子ちゃんは手をギュッと握って離そうとしない。
 由乃さんと瞳子ちゃんも同じく、可南子ちゃんから離れる素振りもない。
「あ、あの…皆さん、これは一体…」
「可南子、可南子が誰を選ぶか決めなさい。勿論、お姉さまの私を選んでくれるわよね」
 祐巳さんの真剣な眼差し。そこへ、
「可南子さん…瞳子は、可南子さんとは姉妹にはなれませんですけれど…今まで憎まれ口ばかり叩いてきましたけれども…本当は、可南子さんとお近づきになりたくて…気を引きたくてあんな事をしてしまいましたの…許してくださいまし…」
 涙目で見上げる瞳子ちゃんの眼差しに、くらっと引き込まれかける可南子ちゃん。
「あ、あの、皆さん、これは一体…どういう…」
 ようやく可南子ちゃんがそこまで言いかけたとき、
「そこまでよ!!!!」
 扉が開き、8人目が姿を見せる!
「貴方達! うちの娘から離れなさいっ!!!」
「ゆ、夕子さんっ!? って夕子さんまで猫耳ですかーーー!!!」
 その瞬間、夕子さんと祐巳さんを除く全員が一斉に、はしたなくも舌打ちを。
「ちっ、しまった、二人までもがその手を…」
 その手って…。可南子ちゃんが尋ねる暇もなく。
 6人の手に燦然と輝くそれは…
 猫耳
「えっえええええええーーーーーっ!!??」
 当然のように猫耳を装着する一同。
 そして猫手袋。
「って、準備してたんですかーーーー!!」
「当然準備していてニャ」
「無論ニャ」
「ええニャ」
「当たり前ニャ」
「当然じゃニャい」
「当然ですニャ」
「可ニャ子のためニャ」
「語尾まで変わってますよっ!!」
 
 
 ………
 ゆ、夢…
 可南子は汗まみれの額をぬぐった。
 悪夢だ。悪夢以外の何者でもない。
 なんでこんな夢を……
 時計を見るとまだ早い。もう一眠りはできそう。
 けれど、この状態で眠れるかどうか…
 
 数分後、可南子は静かな寝息を立てていた。
 
 
 
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、祐巳さま」
「あれ、どうしたの乃梨子ちゃん。なんだか心配そうな顔」
「私、というより可南子なんですけれど、なんでも変な夢を見たとかで、朝から元気がないんです」
「ふーん。…なんとか元気づけてみようかな…可南子って猫好きかな?」
「猫? 好きだったはずですけど、どうしてです?」
「猫耳と猫手袋が、薔薇の館にあったと思うんだけど」
「…どうしてそんなものが…」
「さあ? それをつけたら喜ぶかな」
「…まあ、祐巳さまのやることでしたら、大概のことは可南子は喜ぶと思いますけど」
「じゃあやってみよう。悪いけど、協力してね」
「はあ……」
 
 
 放課後、可南子の魂削るような絶叫が薔薇の館から聞こえることになるのだが、まあ、不幸な事故ということで。
 
 
 
 
あとがき
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