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祐巳さんと可南子ちゃん
「大掃除」
 
 
 年末は大掃除。
 当然、学校でもお掃除の時間というのが設けられている。
 普段からきちんとお掃除をしているリリアンとはいっても、やっぱり普段のお掃除では行き届かないところもある。だから、例年二学期の終業式の前日に、全校揃っての大掃除の時間というのが決められている。
 勿論、山百合会幹部と言っても例外ではなく、一緒になって自分たちのクラスや受け持ちの特別教室、運動場や中庭の掃除をすることになっている。
 そしてそれとは別に、終業式が近づくと終わるとそれぞれのクラブの部室の大掃除。冬休み中に部活動を行うところは、終業式が終わって、もっと年末に近づいてからやるところもあるのだけれど、これについてもほとんど例外はなし。部員の多いところは大勢で、少ないところでもそれなりに大掃除を行っている。
 問題は、薔薇の館だった。
 館の大きさの割には、常時使っている人間の数が圧倒的に少ない。この人数では一気に掃除をするとしてもかなりの無理がある。
 一般生徒に呼びかければ、掃除を手伝うと言い出す者達が沢山出てくるだろう。けれども、学校行事ならまだしも、単なる薔薇の館の掃除だけを手伝われるというのも問題があるような気がする。
 というわけで、例年、薔薇の館は大掃除の日程や時間を決めるようなことはしない。年末に近づくのに合わせて、少しずつ分担して掃除を進めていくのだ。
 
 今日、紅薔薇姉妹は一階の窓を掃除しようと決めた。
「私が外側を拭きますから、お姉さまは中側をお願いします」
 可南子がさっさと決めて、窓ふき用の雑巾を手に取った。
「ちょっと待って、可南子。外は私がやるから、可南子は中をやって」
 祐巳の抗議も聞こえないように、可南子はそそくさと出て行こうとする。
「可南子。外は寒いよ。風も吹いてるし」
「ええ、わかってます。だから私がやるんです」
「寒いから私がやるって」
 可南子を後ろからつかまえる祐巳。そのまま、抱きついて背中に頬をピタリとくっつける。
「可南子。だから、外は私がやるから、貴方は中をやって」
「お姉さまに寒い思いをさせたくありません」
「それは私も一緒だって。可南子だけが寒いのは嫌だよ」
「だって、どちらかは寒くなるんですよ? だったら私が行きます。部活動で、寒い中ランニングしたりするんですから、寒いのには慣れています。それに、東京の寒さなんて、新潟に比べればどうって事ありません」
 確かに可南子の田舎は新潟だけれども、別に現在も過去も住んだことはない。
「それに、私なら脚立はいりませんから」
 薔薇の館の一階の床は少し高い。
 中からだとちょうどいい位置の窓も、外からだとやや高い位置にあることになる。
 確かに、窓の外側を上まで全部拭こうとすると、祐巳では手が届かないだろう。令や祥子でギリギリ届くか届かないかの位置だ。
 だから、普段は脚立を使って窓を拭いている。
 けれど中なら、祐巳でも届くのだ。
「では、私が外を拭きますね」
 届かない、という現実を出されては祐巳はもう何も言えない。しかたなく、窓ふき雑巾を準備して中を拭くことにする。
 それでもとりあえず、可南子の拭いてる窓と同じ窓を拭くことにした。
 可南子の顔がずっと前にある。
「可南子♪」
 軽く手を振って、窓を拭く。可南子は祐巳に気付くと少し頬を染めて、窓を拭き続けた。
 息をハアッと吹いて、窓をキュッキュッと拭く。
 ハァーッ キュッキュッ
 ハァーッ キュッキュッ
 二人で一枚のガラスを挟んで磨いている。
 時々、祐巳は息を吹きかけようとしている可南子の前にワザと顔を持っていく。
 可南子は気付かずに息を吹きかける。そして気付くと「あっ」と一瞬驚いて、それから顔が赤くなる。
 面白い。
 祐巳は何度も可南子の前に顔を持っていく。
 何度目かで、たまらず可南子が窓カラスをノックした。
「どうしたの?」
 鍵を開けて窓を開くと、可南子が唇を尖らせていた。
「お姉さまは意地悪です」
「ん? どうして?」
 首を傾げる祐巳。
「私も窓ガラスを拭いているだけだよ?」
「だってお姉さま、ワザと顔を私の前に持ってきて…」
「だって可南子、同じ窓を拭いているんだから、そうなっても不思議じゃないもの」
「それは、そうですけれど……」
「それじゃあ、別にいいじゃない」
「……はい」
 渋々と窓を閉める可南子。
 うふふふ、と笑いながら、再び祐巳は可南子の向かいに顔を持っていく。
 可南子は、ムッと頬を膨らませると、プイッと横を向いて窓ふきを続けている。
 祐巳は思わず笑ってしまった。
「祐巳さま、意地が悪いですね」
 振り向くと、いつの間にか乃梨子ちゃん。
「あ、ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、祐巳さま」
「志摩子さんは?」
「お姉さまは環境整備委員会のお仕事です。大掃除が近づいているので清掃用具の一斉点検があるとか」
 乃梨子ちゃんは答えながら、てきぱきとコートを脱いで折り畳んでいる。
「ついでに瞳子は演劇部。由乃さまと令さまは剣道部です」
 考えてみると、黄薔薇姉妹は全員部活動をしている。
「紅薔薇さまはどうなされたんですか?」
「お姉さまは、どうしても抜けられない家の用事があるから早退したわ」
 年末が近づくと、小笠原家自体もかなり忙しくなるのだろう。お姉さまも忙しそうに見える。
 今日も、「祐巳と可南子ちゃんを二人きりにするのは不本意だけれども、どうしても時間を作っておけってお父さまが言うから…」と言いつつ早退してしまった。
 お姉さまが早退した、と聞いた可南子が心なしか嬉しそうに見えたのだけれど、その辺は祐巳は気にしないことにしている。
「うわ、可南子、寒そう」
 乃梨子ちゃんの言葉に祐巳は頷いて、
「うん、私もそう思うんだけれども、可南子が意地張って外を拭くって言うから」
「うーん。可南子らしいですね」
「とにかく、こうなったら早く終わらせて可南子に中に入ってもらわなくちゃ」
「それじゃあ、私も可南子を手伝います」
「それは悪いよ。窓は私たちの分担なんだから」
 祐巳は手をあげて振ってみせる。
 紅薔薇、白薔薇、黄薔薇のそれぞれで掃除の分担を決めたのだ。窓は紅薔薇の担当になっているのだ。
「いいですよ。私だって、可南子が寒いままは嫌ですし」
「ううん。分担は守ろう。それより乃梨子ちゃん、良かったらお茶を煎れてくるかな、三人分」
 三人分、と言われてニッコリ微笑む乃梨子ちゃん。
「ええ。それじゃあ三人分。熱いココアでも」
 少し前に、甘党の祐巳のためだと言って、可南子がココアの大瓶を持ってきた。それがあるはずだった。
「それじゃあ、可南子、休憩して…」
 祐巳は振り向きながら、可南子に声をかけるために窓を開けようとした。
 
 
 可南子はふてくされたふりをしつつ、ちゃっかり中の様子を目に留めていた。
(あ、乃梨子さん……)
 何か祐巳さまに話しかけているのだが、何を言っているかまでは判らない。
 祐巳さまも乃梨子さんも笑っている。
(乃梨子さん、どうしてあんなにお姉さまと親しそうに…)
 乃梨子が手をあげて可南子の方を指さした。
 祐巳が手を振って何かいう。
 締め切っている上に風の音もあって全部は聞こえないけれど、どうやらお茶を煎れてくれと言ってるように聞こえる。
 笑って頷く乃梨子。
(乃梨子さんがお姉さまにお茶を?)
 と、そこまで考えて可南子は自分の邪推に気付いた。
(ああ、私ったら何考えているんだろう。もう一人合点はしないって決めたのに。やだやだ)
 うん、と一つ頷いて、再び作業に戻る。
 それでもなんとなく視線は乃梨子から外れない。そのまま、ガラスに息を吹きかけようとすると。
 ガラスがない?
 驚いた可南子はそのまま前のめりになり、そこにあったのは、振り向きざまに声をかけようとして窓を開けた祐巳さまの顔。
 
 
 祐巳は驚いた。窓を開けた瞬間、その目の前に可南子がいたのだ。
「可南……!?」
 慌てて肩を抱きとめる。けれども急には止まらない。
 頭を祐巳の頬に当てるようにしてようやく止まる可南子。
「ビックリするじゃない…」
 といいながら、祐巳は可南子の肌の冷たさに気付く。
「うわっ、冷たいね、可南子…」
 さすがに外は寒い。祐巳はそれを実感していた。
「すいません、お姉さま。急に窓が開いていたので」
「ああ、ごめんね。今可南子を呼ぼうとして開けたんだけれども…それにしても、外は寒いね。可南子、こんなに冷たくなってる」
「大丈夫です、私は寒いのはそんなに苦じゃないですから」
「でも、冷たいね」
 祐巳は可南子の肩と頬に手を伸ばすと上向かせる。
「こうすると、温かいかな?」
 前髪をかきあげて、額に口づけ。
「ここも」
 右頬。
「こっちも冷たいよ」
 左頬。
「こんな所も」
 鼻。
 可南子は真っ赤になって何も言えない。
 さらに長い髪を持ち上げて、
 両の耳たぶにキス。
「可南子、目を閉じて」
「お姉さま…」
 そして瞼にも。
 背後で咳払いの音がして、祐巳は可南子の頭を抱いたまま振り向く。
「…熱いお茶は必要ないみたいですね」
 乃梨子ちゃんが半ば呆れたように笑いながら、それでも頬を染めて立っている。
「あの、私、用事を思い出したので、教室に戻りますね」
 そそくさと、追い立てられるように乃梨子ちゃんは館を出て行く。
「あ、乃梨子ちゃん!」
「急ぎますから!」
 余程急いでいるのか、畳んだコートを置いたまま出て行ってしまった。
 祐巳は、乃梨子ちゃんの背中を見送ると、可南子に再び向き直った。
「可南子…他に冷たいところ、ある?」
 ぼうっとした目で自分を見つめる可南子がとても可愛らしくて、祐巳は返事を待たずに唇に手を置いた。
 自分でも過激かなとは思うけれど、これはこれで、もう止まらない。
「ここは…冷たいの?」
 今までがなんだったのかと思うほど、可南子の顔が紅くなる。
 可南子は無言で頷いた。
「そう。それじゃあ……暖めないとね?」
「お姉さま…」
 
 
 翌日……
「祐巳さん。お願いがあるのだけれど」
「なに、志摩子さん?」
「薔薇の館の大掃除の分担、替わってもらえないかしら」
「? 別にいいけれどどうして?」
「乃梨子がなんだか、窓ふきがしたいって……」
 
 
 
あとがき
 
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