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BITTER&MILD
(SS「BITTER→SWEET」の続編です)
 
 
 
「信じられないっ!」
 三奈子さまに、そして真美さまに憧れて入部してきたルーキーこと高知日出実は、思わずそう叫んでしまった。
「お二人で一晩かけて、原稿が一つも仕上がらないなんて」
「私たちにもスランプはあるのよ。ねえ真美」
 全く悪びれる様子もなく、三奈子さまは真美さまに同意を求める。
「え、ええ、そうですわ、お姉さま…」
 何故か頬を染めて答える真美さま。
 二人の様子に、日出実は何となく面白くなさそうにワープロに向かうのだった。
 いや、そもそも、真美さまではない。お姉さまなのだ。
 薔薇の館での茶話会で二人は姉妹になった。姉妹になったはずなのだけれど。
 新聞部姉妹と言って、リリアンの生徒全般が思い浮かべるのは築山三奈子と山口真美。確かに二人だって姉妹なのだけれど。
 だけど、日出実と真美さま、いや、お姉さまだって立派な姉妹であることに違いはないわけで。
「それじゃあ、私は、クラスに戻るわね。あとはよろしく、編集長。日出実ちゃん」
 卒業間近で何かと忙しい三奈子さまが部室を出ると、そこには日出実とお姉さまだけが残される。
 黙々とワープロのキーを叩く日出実。
 仕方ないのかな、という気持ちはある。ハッキリ言って、自分は地味だと自覚している。いや、三奈子さまがちょっと派手すぎるのではないだろうかとも思うけれど、それを差し引いたとしても自分は地味だと思う。
 お姉さまは、別に妹を見つけるために茶話会に参加していたわけではない。主目的は取材で、そのために参加者の一人となっただけなのだ。
 それを言うなら、自分も取材のために茶話会に参加していたのだけれど、姉を見つけるためではなかったのだけれど。
 けれど、自分にとっての理想の姉というものを想像してみたら、そこには山口真美……お姉さまの姿があって。だから、お姉さまのロザリオを拒まなかった。
 そこまで考えると無性にロザリオを眺めたくなって、日出実は首からかけていたロザリオを引き出した。
 どーせ私は地味だし、可愛げも無いわよ。三奈子さまみたいに離れないもの。だけど、私はお姉さまの妹だもの。お姉さまが選んで下さったのだもの。それでいいもの。
 ロザリオが所在なげに揺れている。
 
 
 真美は振り向いてギョッとした。
 日出実がロザリオを取り出している。
 真美の頭によぎるのは、かつての大事件、島津由乃と支倉令の間に怒った破局、黄薔薇革命事件。
 後ろめたいことがあると、人間というのはどうしてもひねた考え方をしてしまう。この場合、昨夜の三奈子との秘め事が、真美の思考を歪ませていた。
「日出実、落ち着いて」
 慌てる真美の言葉に、日出実は却ってきょとんとした顔になる。
「なんでもないの。私とお姉さまはなんでもないから。貴方がそんなに怒ることはないのよ!」
 首を傾げる日出実。今の真美には、その行動すら何か意味があるものに思えてしまう。
「本当よ。本当になんでもないの。だから落ち着いて」
 そこでようやく、日出実は自分がロザリオを握っていることで真美が慌てているらしいと気付いたようだった。
 そそくさとロザリオをしまい込む。
「あの、お姉さま。一体何を慌てていらっしゃるんですか?」
 そこで、真美も自分の早とちりに気付いた。
「あ、いや、なんでもない。うん、なんでもないの」
 またもや首を傾げる日出実を置いて、真美は元の姿勢に戻った。
 危ない。さすが一年生の出世頭だけあって、日出実の勘は鋭いのだ。別に悪いことをしたという気持ちはないけれど、昨夜のことが日出実に知られるのはやっぱりばつが悪い。
 まだ日出実の性格を完全に掴んだという自信はないけれど、もし嫉妬でもされたら……。
 でも、それはそれで見たいような。
 なんだかんだ言っても、妹を弄ってみたがる姉の伝統は真美にもある。妹の嫉妬は可愛い、そんな話はいくらでも聞くことができる。もっとも、それを楽しみすぎて破局した姉妹の話も沢山知っているのだけれど。
 真美は恐い考えをとりあえず振り払う。
 そうだ。別に後ろ指をさされるようなことをはしていない。
 姉妹でイチャイチャするくらいいいじゃないの。
 もしかすると、ちょっと度を超していたかも知れないけれど。
 うん、キス……というか、チョコの受け渡しをしていたけれど……。でも、まあそれくらい、姉妹なら……うん、仲のいい姉妹なら。
 もじもじと考えていると、視界に小さな箱が入る。
 これは確か、お姉さまに渡したチョコレートの箱。
 確か、小さな箱五つをひとまとめにしたものを渡したはず。ということはそのうちの一つがここに。
 手を伸ばして箱を持ち上げてみると、まだ重みがある。中身はあるのだ。
「日出実、チョコレート食べる?」
 物で釣るというわけではないけれど、何となく微妙になった空気を変えるためには一つの手だろう。
「いただきます」
 と、こちらを向いて箱に気付いた日出実が言う。
「それは確か、三奈子さまのではなかったですか?」
「そうだけど……」
 さすがに目敏い。普段の真美はこの日出実の目敏さが好きなのだけれど、今日ばかりは少し困ってしまった。
「お姉さまのは嫌?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、三奈子さまのチョコと言うことは、ビターな物だと思うのですけれど」
 そういうこと。
 真美は思い出した。
 そうだ。チョコレートに関しては、真美と日出実の好みは一致していたのだ。
「ああ、日出実もビターな物は苦手なのね?」
「はい」
 ふと、真美の中に悪戯心が。
「どんなチョコレートでも甘くなる、ちょっとしたコツがある。なんて言わないで下さいよ」
 日出実の言葉に凍りつく真美。
「え……?」
「だから、そんなこと言わないで下さいよ。ちょっと食傷気味なんです。その台詞」
「台詞……?」
「ええ。いくらいい台詞だったからって、そんなに振り回されると、価値が下がってしまいます」
「いい台詞?」
 淡々と述べていた日出実の言葉が止まる。
「あ、ごめんなさい。お姉さま。お姉さまもてっきり知っているものだと思って」
「し、知らない」
 そう答えるのが精一杯。
「し、知らない。なんなの、それ」
 日出実は鞄の中から一冊の本を取り出した。
 コスモス文庫の最新刊。
「主人公の彼氏の台詞なんです」
 真美は愕然とその本を見る。
「主人公の……彼氏」
「ええ。それで、この台詞のあとに、チョコレートを口移しで食べさせるんです」
 ものすごい既視感に襲われる真美。
 フラフラと椅子から立ち上がると、部室の外へと向かう。
「ごめん。日出実。ちょっと用事を思い出して」
「え、お姉さま、新聞の原稿がまだ」
「うん、なんとかするから、今はちょっと……」
 
 
 三奈子が教室を出ると、見たことのない二年生が待っていた。
 訂正。
 真美が待っていた。
 けれど、今まで見たことのない様な凄い表情をしている。
「お姉さま。ちょっとお話が」
「どうしたの、真美」
「いいから、来てください」
 三奈子は不審がりながらも着いていくことにした。
「あの、真美?」
 真美が返事をせずに黙々と進んでいくので、仕方なく三奈子も無言で着いていく。
 それにしても……
(可愛い)
 三奈子は相好が崩れそうになるのを抑えている。
 本人に言うと火に油を注いでしまうので言わないようにしているのだけれども、怒っている真美はとても可愛い。三奈子は、真美の怒っている顔や拗ねている顔がとても好きなのだ。だから時々、我慢しきれず真美を怒らせてしまう。そして三奈子に対して怒ってみせる真美は、いつにも増して可愛らしいのだ。
 そんな三奈子だから、今も少しウキウキしていた。
 思い当たる節は何もない。真美を本気で怒らせるようなことは何もしていないと断言できる。だから、これは真美の勘違いか、あるいは大したことではないかのどちらかなのだ。つまり、真美のプンプンした可愛い顔を存分に愛でることができるというわけで。
 この顔を見るだけのために、馬鹿やったこともあったわね……と、三奈子は懐かしく思い返したりしている。
 真美が立ち止まったところで辺りを見回すと、古い温室。
 ここは生徒同士の密会にもよく使われているので、時々は近くに隠れて張り込んでいる。真美にとっても三奈子にとってもお馴染みの場所だった。
「お姉さま、ひどいです」
 真美の最初の言葉に、三奈子は首を傾げる。
 最近は何をした覚えもない。まさか、昨夜のことだろうか。だとすれば、それを今さらこんな風に言われるというのは流石の三奈子も哀しい。
「どうしたのよ」
 真美はそれ以上何も言わず、一冊の文庫本を三奈子の前にかざした。
 一瞬、三奈子の顔色が変わる。
「お姉さま、この本に見覚えがありますよね?」
「あ、えーと……」
「読みましたよね」
 詰問調の真美の言葉に思わず気押される三奈子。
「え、ええ」
「日出実に教えてもらったんですけれど、この小説、面白いそうですね。中の台詞をつい使ってしまいたくなるくらいにっ!」
 日出実……。あちゃあ、と三奈子は心の中で呻いた。
 真美はこの手の本を読まないとわかっていたけれど、まさか日出実がいたとは。それにしても、真美が昨夜のことを日出実に話したのだろうか? そちらのほうが考えられないことだけれど。
「真美。貴方、もしかして昨日のことを日出実ちゃんに話したの?」
 三奈子が逆に問うと、真美が面白いように慌てる。
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「そーよねぇ。だったら、どうして日出実ちゃんがその本を出してきたのかしら」
「そ、それは……」
 三奈子はニッコリと笑った。
「真美も日出実ちゃんとチョコでキスしたんだ」
 いつの間にか立場が逆転して、三奈子が真美に詰め寄っている。
「真美もなかなかやるわね」
「ち、違いますッ!」
「何が違うのよ」
「キスなんてしてません! ちょっとした冗談のつもりで、昨日のお姉さまの言葉をそのまま言ってみたら、日出実が、小説の中にある台詞だって言うから……詳しく聞いたら、シチュエーションまでそっくりで……」
 真美の語尾が消えていく。
「ああ、それで、元ネタがわかっちゃったのね」
 三奈子が肩をすくめると、やや俯き加減だった真美が顔を上げて、キッと睨みつけてくる。
「私、お姉さまが私のために言ってくれた言葉だと思ってたのに……。そんな、借り物の言葉なんて……シチュエーションの再現がしたかったなんて……」
「ちょっと待った!」
 自分で予想していたよりも大きな声が出てしまい、三奈子は一瞬戸惑った。それ以上に驚いたのは真美で、完全にきょとんとしている。
 仕方ない。三奈子は真美の表情に構わず、そのまま言葉を続けた。
「真美。貴方は大きな勘違いをしていると思うのだけれど?」
「なにがですかっ。ちゃんと本を読みました。お姉さまが言った言葉とまったく同じ台詞も見つけましたっ」
「そこは認めるわ。確かに、その小説は読んだし、その台詞を使ってみたいななんて思ったことも認めるわ」
 三奈子はあっさりと首肯する。おかげで、真美のほうの剣幕がやや空回りしていた。
「だったら、私の何が勘違いだと言うんですか!」
 いつもなら冷静なのに、どうしてこんな剣幕なんだろう。
 けれど、それが自分のせいだと考えるとこの状況にもかかわらず笑いがこみ上げてくる。三奈子はそれを抑えられそうにない自分にも気付いていた。やっぱり、怒っている真美は可愛い。
「大きな勘違いよ。貴方、私が小説の台詞を使いたがっていると思っているんじゃない?」
「現に、使ったじゃないですか」
「ええ。使ったわよ」
「それじゃあっ!」
「真美以外には使わないわよ?」
 真美の顔が見る見る真っ赤になっていくのを見ながら、三奈子は思わずその頭を撫でるように両手を伸ばす。
「あんなこと、真美以外の誰にも言う気はないし、言いたくもないんだけれど?」
 両手をひくと、真美が素直に着いてきた。
「小説から取った台詞であろうとなんであろうと、この私があんな台詞を吐く相手は、真美以外にはいないのよ?」
 何か文句ある? と続けながら、三奈子は真美をしっかりと引き寄せた。
 そして耳元に囁きかける。
「チョコレートは、まだあるんだけど?」
 やっぱり、真美は頷くことしかできなかった。
 
 
あとがき
 
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