SS置き場トップに戻る
 
 
 
Xmas
ヒメとドールとロザリオに
 
 
 いつものように、翠星石の毒舌が始まっていた。
「あんな話、翠星石にはちぃーっとも信用できねーですぅ」
「でも、いい話だと思うけどなぁ」
「蒼星石がいつもそうやって優しくするから、あのチビ人間がつけあがるのですぅ。そもそも、年に一回よい子にプレゼントを配りやがるなんて、この世知辛い世の中にどこのお大尽ですか!」
「それはそうかも知れないけれど」
「まあ、よい子にプレゼントを配るというのが本当なら、この翠星石の所にも絶対プレゼントを持ってきやがるはずですぅ。そうなったら信じてやらないこともないです」
「なんだ。翠星石もプレゼント欲しいんじゃないか」
「な、何を言うのです! 翠星石はそんな訳のわからんちんな野郎からのプレゼントなんて気味悪くて受け取れないですぅ!」
「はいはい」
 苦笑気味に受け流す蒼星石。
 桜田家からの帰り道、こうやって翠星石と話をしながら帰るのは蒼星石の楽しみだった。それに、翠星石の憎まれ口の裏にある優しさを誰よりも一番わかっているのも、蒼星石だった。
 トランクで飛んでいるのを人間に見られるかもしれないと思うと少し怖いけれど、夜のこの時間に見つかる心配はまず無い。
「なんです?」
「どうしたの? 翠星石」
「あんな所に、変な人間がいるですぅ」
「変な人間?」
 翠星石の示す先を見た蒼星石は、思わず声を上げそうになる。
 見知らぬ人間が自分たちと同じ高さに浮いているのだ。
「……何? 何々?」
 人間もこちらに気付いたようで、興味津々な様子で近づいてくる。
「人間って、飛べる奴もいるですか?」
「そんなの、聞いたことないよ!」
「おっす!」
 いきなりの豪放な挨拶に、再び呆然とした顔の蒼星石。
「お…お?」
「うーん。元気ないねぇ。日本語が通じないのかな……ハロー?」
「日本語は…わかります」
 あまりのことに、蒼星石は普通に答えてしまった。
「なーんだ。じゃあ話は早いわ。アンタ達、何者?」
「貴方こそ、何者なんですか。人間の癖に、空を飛んでいるなんて」
「ははーん。そんな言い方をするということは、アンタ達は人間じゃない訳ね」
「そんなこと見たらわかるですぅ。判りきったこと言うなですぅ」
「ちょ、ちょっと、翠星石!」
「口の悪い子ねえ。そんなことじゃあ、サンタさんは来てくれないわよ?」
「サンタさんを知ってやがるですか!」
 蒼星石を押しのける翠星石。
「……、ま、まあ、知っていると言えば知っているし…知らないと言えば知らない…かな?」
 まじまじと相手を見つめている翠星石。
「あ! トナカイですぅ!」
 翠星石の視線を追う蒼星石。確かに、謎の人物の足元に何かいる。というより、空を飛んでいたと思っていたら、謎の人物は「それ」の上に仁王立ちになっているだけだった。
「本当だ!」
 サンタは架空の存在だと、ジュンは言っていた。だから、蒼星石もそれを信じている。
 では、ここにいるのは一体?
「え? トナカイ? あ、ああ、この子か」
 謎の人物は少し考えて見せた。
「ま、いいか。そ、この子はガクテントナカイ」
 なんだかおかしな接頭語が付いているけれど、トナカイだと言っている。
「それじゃあ、おめえがサンタのおじさんなのですか!」
「おじさんじゃなくてお姉さん」
「あの、サンタのお姉さん?」
 蒼星石はおずおずと切り出した。
「何をしているんですか? クリスマスはまだですよ?」
「偵察よ。偵察」
「偵察?」
「蒼星石はそんなこともわからないんですか! あー。姉として恥ずかしいですぅ。イブの夜に密かに侵入するためには事前の準備が必要だと、どうしてわからないのですか! 見つかっては元も子もないのですぅ!」
 翠星石の言い方だとほとんど泥棒である。
「そう、その子の言う通りよ」
「凄いですぅ。明日早速チビ人間やチビ苺に自慢してやるですぅ」
 慌ててサンタは言った。
「ちょっと待った。それは秘密よ、秘密よ」
「えー。つまらないのですぅ」
「で、結局アンタ達は何者なのよ」
 
 
 
 いつものように、由乃の毒舌が始まっていた。
 皆慣れたもの、というより由乃の言葉は実はそれほど辛辣ではない。きついのはきついが、相手を傷つける発言とは違うのだ。
「当然、祐巳さんはオッケーよね?」
「それはそうですわ。何しろ、祥子さまのお言葉ですもの」
 嫉妬を含んだ瞳子の言葉のほうが、祐巳にはダメージが大きかったりする。
「まあまあ、いいじゃない、瞳子」
「何がいいんですか。それじゃあ乃梨子はどうなの? もしこれが聖さまの持ってきた話で、その日に白薔薇さまとデートの先約があったとしたら?」
「それはない」
「だから、たとえばの話ですわ」
「だから、志摩子さんに限ってそれはないの」
「どうしてですの?」
「志摩子さんが私との約束を反故にするわけないもの」
 うわ、と呟く瞳子。
 菜々が驚いたように二人を見ている。
「なるほど、これが白薔薇姉妹ですか。聞きしに勝る新婚ぶりですね」
「菜々、こんなモノじゃないわよ、この二人は」
 黄薔薇姉妹のひそひそ話をじろり、と睨むのは祐巳。
「とにかく、この話自体はいいお話だと思うの。山百合会として協力するかどうかは別としても、個人としては協力してもいいと私は思っているわ」
 そこで瞳子をじっと見る。
「勿論、瞳子も同じ意見よね?」
「お姉さま……」
「同じ意見よね」
 紅薔薇さまとなってからの祐巳の強さは半端ではない。瞳子の反論は完璧に封じられてしまった。
「…はい」
「良かったぁ!」
 突然、今までの圧力は何だったのかと思うほどの口調で、祐巳は瞳子に駆け寄る。
「さすが瞳子。私の妹」
 抱き締められながらいい子いい子と頭を撫でられると、やや憮然としていた瞳子の表情も、見る間にしまりのないモノに溶けていく。
「ひゃい…勿論ですわぁ……お姉さま……」
 それを見ていた志摩子が、どことなく怯えを含んだ呟きを漏らす。
「出たわね。祐巳さんのアメとムチ」
 これが、祐巳の紅薔薇支配体制を盤石無双のモノとした究極奥義だった。この奥義によって写真部、新聞部、そして何故かバスケット部が薔薇の館臣下と言ってもいい存在と化してしまったのだ。
 そしてこの奥義には、同格の薔薇である志摩子と由乃すらも逆らえないという。
「では、ボランティアの件は終了、と」
 書類を横にわけながら、祐巳は思いついたように付け加える。
「あ、でも、これはあくまでも自由参加だから。予定のある人には強制しないわよ?」
 言葉の裏を読む必要はない。これは言葉通りの意味だ。祐巳の支配体制は絶対的なものだが、独裁とは違うのだ。
「それから…」
 次の書類をキョロキョロと探す祐巳。
「はい、祐巳さま」
 乃梨子が書類を差し出した。つぼみの中では一番事務能力に長けている乃梨子が、会議進行補佐に自然となっている。
「ああ、これね。さっきのボランティアの件にも関わっているけれど、シスター寮のゲストハウスにお客様が来られるから、歓迎セレモニーやるって」
「お客様?」
 由乃が乃梨子を見ると、書類の中身自体は読んでいない乃梨子は首を横に振る。
「うん。姉妹提携校だって。あ、違った。姉妹提携をするかも知れない相手だ」
 名門として名を知られたリリアンである。様々な形で提携を望む学校は少なくない。その中から選ばれたのだから、向こうもそれなりの名門、あるいは優秀な学校なのだろう。
「……風華学園だって」
 その名前を聞いて、瞳子が驚いたように言う。
「西日本では有数の名門学園ですわ」
 
 
 
 いつものように、奈緒の毒舌が始まっていた。
「ん」
 手を差し出す。
「奈緒ちゃん、この手は何かなぁ?」
 にっこり笑う碧。
「バイト料」
「なんで?」
「なんでって、どうしてアタシがアンタのためにタダ働きしなきゃならないのよ!」
「やだなぁ、奈緒ちゃん。HiME同士の仲じゃない」
「嫌だ」
「あのぉ」
 二人の遣り取りの最中、遠慮がちに手をあげる別の一人。
「杉浦先生?」
「はい、舞衣ちゃん!」
「私も、その時にはバイトの予定が…」
「私もお断りだ。付き合う義理など無い」
「ウチはなつきに従いますよって」
「舞衣ちゃん! なつきちゃんと静留ちゃんまで!」
 碧の嘆きをよそに、三人に続いて無言で席を立つ深優。
「先生、ごめんなさい。カズ君とデートなの」
「舞衣や奈緒が行かないのなら私だって」
「別に、予定はないけど…巧海が……い、ぃや、デートなんて、違う、違うからなっ!」
 あかね、命、晶が続く。
「うーん。詩帆はあんまり興味ないし」
「遥ちゃんのお家のパーティに招待されているんです」
 最後に詩帆と雪之が立ち上がったとき、碧が一同を集めていた会議室の扉が開く。
「杉浦先生。まあ、皆さんも」
 理事長とお付きのメイドが姿を見せていた。
 真白の話を引き取るように、二三が言葉を続けた。
「ちょうど良かったです。いいお知らせがあるんです」
 立ち上がっていた面々も、二三の満面の笑みに押されるように渋々席に戻る。
「これは内々のお話ですので、今は外部には出さないで欲しいんですけれど」
 頷く碧。
「あ、二三さん、もしかして、オッケーが出たの?」
「はい。その通りです。そしてですね、行く行くは姉妹校として提携しようというお話も出たんですよ」
「へー。真白ちゃんもやるじゃない。さすがは理事長ね」
「えーと。話が見えないんだけど?」
 唯一理事長にも臆さない――いや、臆さないと言う意味ではなつきや深優、命、そして静留も劣らないのだが、この状況でぬけぬけとタメで話すとなると一人しかいない――奈緒が、二三と碧の間に入る。
「なんだか、アタシたちの知らない間に勝手に話が進んでいるような気がするんだけど」
「うん。伝えてないからね」
「こら」
「え? 杉浦先生、伝えてないんですか?」
「あー。今、説得中」
「見事に失敗してるじゃないか」
「なつきちゃんのイケズ〜」
「杉浦先生? きちんと説明してくれませんやろか? ウチ、いいえ、ウチらは黙って利用されるんはもうウンザリどすえ?」
 流石に、碧は静留相手でも笑みを消さない。
「いやぁ、怒っちゃやーよ。別に、大した話じゃないのよ。説明はこれからするし、別に無理矢理協力させる気もないから」
「それやったらええんですけど」
 
 
 
「おい、性悪人形、何やってんだ?」
「チビ人間はあっちに行くです。翠星石はとーーーっても忙しいのですぅ」
「何がだよ。落書きしているだけじゃないか。雛苺の趣味が伝染したか?」
「キーーーーッ! この可愛い翠星石と、あんなへちゃむくれのチビ苺を一緒にしやがるとはなんたることですか! 翠星石は、サンタへのお願い事を書いているのです! 邪魔するなですっ!」
 自分の部屋から何故か追い出されるジュン。
「おま、そこは僕の部屋…。はぁ、ま、いいか。居間で真紅達とテレビでも見よう…」
 それにしても……。
 ジュンはクスッと笑ってしまった。
 翠星石がサンタへのお願い事を書いているのは、どう見ても七夕の短冊なのだ。
 ……あいつ、絶対勘違いしてるよ……
 
 
 
「お母さま、何をなさっているの?」
 祥子は首を傾げていた。
 基本的に母清子は人畜無害である。が、何かに凝り始めると周囲の者は多大な迷惑を蒙るのだ。だから、祥子はこうやって監視しているようなことになっている。
「祐巳さん達に、預けようと思って、プレゼントを袋詰めしているのよ」
「ああ、クリスマス会の…」
 母がリリアンの頃に始めたボランティア活動は、未だに規模を変えて続けられている。
 とある孤児院への寄付活動だ。学生の頃は、クリスマスカードや作ったケーキなどを送っていたらしいが、今では年に一度のクリスマスに、サンタ代わりのプレゼントを贈っているという。
 毎年、清子が自分で出向いてプレゼントを配っているのだ。ところが、今年はどうしても所用で出向けなくなってしまった。
 それを知った祐巳が、それなら初心に返って学生のボランティア活動として、山百合会に行かせて欲しいと言い出したのだ。勿論、それで清子のプレゼントが途切れるわけではない。ただ、直接渡すのが祐巳達に変わるだけ。
 清子が昔に直接渡していた子供達は今では立派な大人で、中には自分がサンタ役になる者もいるという。
「一人は今ではどこかの学園の教師をしていてね。その話を聞いた同僚の方が、是非協力したいって言って下さったのよ」
 だから、今年はその人がその学園の生徒を連れてくるのだという。
「まあ、だったら、祐巳達まで行ってしまうと、多すぎて迷惑ではないかしら?」
 祥子の問いに清子は首を振る。
 聖夜に集う人が多すぎると言って、文句を言う人がいるのかしら?
 そう言われると、祥子も首を振るしかなかった。
 
 
 
「なつき、何してはるの?」
 静留の言葉に、なつきは手にしていたものを慌てて背後に隠す。
「な、なんでもないぞ、静留」
「なんでもないて、今、背中に隠しはったんは、お気に入りの紫の下着やおまへんの? ほら、先月に鴇羽はんらと一緒に買いに行ったやつ」
「なんでそこまで知ってるんだ!」
「ウチはなつきのことならなんでも知ってます」
 隠しても仕方がない。と言うより、隠すことは不可能だ。と、なつきは心の底から思った。
「その……なんだ…。着替えの準備をな」
「東京行きの、どすか? 下着は関係あらへんと思いますけどな」
「冷静に考えたら、私もそう思う」
「なつき、落ち着きよし。東京言うたかて、そないええもんと違いますえ?」
 碧が「東京に行くんだけど」と言ったとき、喜んだのが二人いた。
「マジ?」奈緒と、
「本当に?」舞衣である。
 さらに碧が、学園の代表として選ばれたので、旅費も宿泊費もいらない、と言うと、舞衣は小躍りまでし始めた。
「それじゃあ、舞衣ちゃんと奈緒ちゃんは行くと」
「舞衣と奈緒が行くなら私も行くぞ」
「はい、命ちゃん一名様ご案内〜」
「ちょ、ちょっと待って下さい。何か話がおかしくなってません?」
 雪之の問いはもっともだった。
 最初、碧は「ボランティアでクリスマス会」と言っていたのだ。それがいつの間にか「姉妹提携を考えている、東京のリリアン女学園に訪問」にすり替わっている。
「あー。向こうのやっているボランティアに協力するってだけの事よ」
「話の順序が無茶苦茶だな」
 愚痴る晶は、ふと舞衣を見る。
「えーと、舞衣さんが行くってことは……」
 その方をポン、と叩く詩帆。
「一緒に頑張ろうね。晶くん」
「な、何をだっ!」
「だって、舞衣さんいないんだよ? 保護者のいないときがチャンスだよ! 詩帆も、この隙にお兄ちゃんと!」
「こらこら。シスターに言いつけるよ?」
 二人を牽制しつつ、碧は残りの面々に目をやった。
「それで、どうするの?」
「そういうことやったら、ウチは外されるわけにはいかんのやろね…」
 静留が肩をすくめると、雪之は首を傾げる。
「生徒会長ですものね。あ、それじゃあ、もしかして遥ちゃんも?」
 その言葉を待っていたかのように、遥が走り込んでくる。
「話はシスターから聞いたわよ! リリアン女学園と言えば名門中の名門! 姉妹提携なんて素晴らしい話だわ! そういうことなら、全面バックアップするわよ。移動のバスくらいチャーターするわ。任せなさいっ!」
「は、遥ちゃん…」
「いいわね、雪之。執行部として貴方も参加よ」
 その後からゆっくりと歩いてくる、だけど何故か遥と同じくらいの早さのシスター紫子。
「リリアンのシスターには私の知り合いもおりますから、よろしくお願いします。私は子供の世話がありますので、代わりにシスター奈緒、シスター深優、お願いしますね」
 静かに深優が答える。
「私は、お嬢様のそばをそんなに長期間離れるわけにはいきません」
「是非、黄金の天使と呼ばれるアリッサちゃんにも会ってみたいと、先方も仰っているのよ? アリッサちゃんは、シスター深優が一緒なら構わないと言っているわ」
「なるほど。既に対応済みですか。了解した。お嬢様のお供をします」
 結局、詩帆と晶、あかねは欠席。碧、舞衣、奈緒、命、アリッサ、深優、雪之、遥、そして静留の出席が決まる。
「で、なつきちゃんは?」
 碧の問いに、独り言のように答えるなつき。
「これだけいるんだ。私一人ぐらい抜けてもどうと言うことはないだろう。それに、私が風華の代表とは思えないしな」
「ウチに、見知らぬ土地で独り寝せえって言いはるの?」
「元々独りで寝てるだろっ! 誤解されるようなことを言うなっ!」
「せっかくやし、一緒に行かへん?」
「しかしなぁ……」
「……結城はん、一緒に行きましょか」
 なつきからは見えない位置で、奈緒に合図。奈緒もこっそり頷いた。
「そうだね。藤乃とも一度ゆっくり話さないとね…」
「なんやウチ、楽しみやわ」
「行く」
 なつきが断固と言う。
「ヤッパリ私も行くことにした」
 この時、静留と奈緒は笑いを堪えるのに苦労したという。
 それを指摘すると、なつきは今になって思い出したように言う。
「上手く乗せたと思っているんだろう」
「杉浦先生がボランティアに行く言うて張るのは、孤児院なんどす」
 突然の告白に、なつきは当惑するが、静留はそのまま続けた。
「ほら、倫理の先生いはるやろ? なつきも知ってはる、あの先生が、その孤児院の出身なんどす。それで、小さい頃にどこかええとこのお嬢様がサンタ代わりに年に一度来てくれてはったんやて。そのお嬢様はまだサンタ役を続けてはるんやけど、先生は今度は自分もやって、サンタ役をしてはるんやて」
「……杉浦先生はそれで?」
「それを聞いた杉浦先生が、お手伝いしたいって言いはったんやね…」
「そう言ってくれれば、私はすぐに賛成したぞ。それに、きっと奈緒だって…」
「そんな理由で協力させるんは、杉浦先生は嫌やったんやろね」
 静留の言葉に、なつきは目を見開かされた思いだった。
「同じ境遇やから、似たような境遇やから、そないなふうに言われたから面倒見なあかん。そういうのは、ちょっと違う。杉浦先生はそう思たんやろね」
「そうか……そうかも、しれないな」
 
 
 
 絶対に人形だと思った。
 だから、命は何も言わず持ち上げたのだ。
「何するですぅ!」
 声を上げられても、良くできた人形だとしか思わなかった。
「あ、命ちゃん。その子、翠星石ちゃん。宜しくね」と碧に言われるまでは。
「まったく、この人間は礼儀知らずにも程があるですぅ」
「ご、ごめんなさい。知らなかったんだ」
「ゴメンで済めば警察はいらんですぅ」
「まあ、チャイルドとか使っているアタシたちが今さら驚くのもどうかと思うけど」
 でも。
「かいらし人形さんどすなぁ」
 奈緒に続けた静留の言葉で一同納得した。
 可愛い人形が話している。
 もうそれでいい。別にいい。
 そもそも、自分たちのチャイルドやエレメントのことだって理屈なんてわからないのだから。
「おめえたちはサンタの友達だから特別に教えてやるですけれど、他のチビ達には、翠星石と蒼星石は人形の振りをするです」
「はいはい。わかってる。それじゃあ協力お願いね、翠星石ちゃん、蒼星石ちゃん」
「任せるですぅ」
「はい、杉浦先生」
 エレメントやドールの力を隠れて使いながら、会場が準備されていく。
「ふえー。早いなぁ」
 途中から姿を見せた祐巳と由乃が目を丸くしている。
「どうしてこんなに早いの?」
「うふふ。こういう事には、コツがあるんどす」
「あ、えーと…藤乃静留さま?」
「まあ、さまやなんて。静留でええよ」
「それじゃあ、静留さま」
「お姉さまやったらあかんの?」
「あはは。お姉さまは決まった人の呼び方ですから」
「残念やわ。由乃ちゃんや祐巳ちゃんにお姉さまって呼ばれたかったのに」
 由乃が祐巳に耳打ちした。
「祐巳さん、この人、聖さまと同じ匂いがする」
「ううん。聖さまより数倍、数十倍濃いと思うよ」
 その横をつかつかと通っていく乃梨子。
「志摩子さん?」
「え?」
「あ、ごめんなさい。声が似てるから、こっちにいるとばかり…」
「ううん。いいの。えーと、乃梨子さん?」
「はい。えーと」
「菊川雪之です」
 
「そろそろ、ね」
 誰かが言った。
 
 空から白いものが舞い降りる頃――
 そのとき――
 アリッサが歌い始めた。
 瞳子がお姉さまの横に甘えるように座った。
 翠星石と命がテーブルの上のご馳走をゲットした。
 金糸雀が急いで帰ってきたみっちゃんに抱きついた。
 巧海と晶が手を繋いでクリスマスツリーを見上げた。
 乃梨子が志摩子のためにノンアルコールシャンパンのグラスを手に取った。
 深優が天使の歌声に耳を傾けた。
 祥子が祐巳と目を合わせて微笑んだ。
 シスター紫子が石上のためにコーヒーを煎れていた。
 どこかの異空間でラプラスが空を見上げて呟いた。
 二三が真白に紅茶を出した。
 栞が夜空に面影を追った。
 雛苺がジュンの頭に登った。
 詩帆が祐一にもたれかかった。
 由乃が菜々を見つけて真っ赤になった。
 あかねと和也がもみの木の下で唇を合わせた。
 碧が満足そうに辺りを眺めた。
 蒼星石が子供に見つかりそうになって慌てて隠れた。
 令が由乃の帰りを待ちながら編み物を始めた。
 静留がなつきに耳元で何か囁いた。
 真紅はくんくんを見ていた。
 可南子が電話口で次子の声を聞いた。
 遥と雪之がプレゼントを配った。
 なつきは頬を赤らめた。
 静が日本とイタリアの時差を思いつつ懐かしんだ。
 梅岡が二学期も桜田は来なかったと溜息をついた。
 水銀燈がめぐの病室の窓を叩いた。
「あら、水銀燈」
 窓を開き、めぐは空から舞い降りるものに気付く。
「雪、ね」
「雪が降ると、飛びにくくなるの」
「だけど、雪はキレイだわ」
 水銀燈は窓から入ろうとした一瞬、空中に止まると空を見上げた。
「……そうね。キレイなのかも」
 
 
 
 誰かが言った。
「メリークリスマス」
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送