SS置き場トップに戻る
 
 
お洗濯
 
 
「私は平気だけど?」
 蓉子さまはそう言うと一同を見回した。
「お父さんのものなんて平気よ? だって、家族の洗濯物じゃない」
「そうですよね。私もそれが普通だと思います」
 お父さんが嫌いな娘、と言うのが今日のテーマ。と言っても、お昼ご飯を食べながらの無駄話がいつの間にかここまで発展したのだけれど。
 令さまの言葉に頷く蓉子さまは、お弁当箱にお箸を片づけながら話を続ける。。
「洗濯物が汚いのは当たり前じゃないかしら。そもそも綺麗なら洗濯する必要なんてないものね。だけど、触るのも憚るくらい汚いなんて事はないわ」
 最近のニュースによると、お父さんの下着、あるいは夫の下着を自分のものとは別の洗濯機で洗う女性が増えているという。理由は、「汚いから」
 これは祐巳にも理解の外だった。
 普段から不潔にしているお父さんならわかる。身の回りを綺麗にするのが苦手な人というのはいるのだ。だけど、普通に過ごしているお父さんの洗濯物が汚いとはどういう事なのか。いや、令さまの言うとおり、洗濯物なのだから汚いのは当たり前。だけど、一緒に洗濯したくないとはどういう事なのか。
 お父さんといえども男の人だから、男の人の下着を手に取ったりするのが恥ずかしい、と言うのならわからなくもない。それはおかしくないと思う。
 だけど、汚いと断言するのはおかしいような気がする。
「蓉子は洗濯をするの?」
 聖さまの問いに、蓉子さまは当然、と言うように頷いた。
「それはそうよ。家の手伝いくらいは当然でしょう?」
「うーん。さすが蓉子」
「そういう聖はしてないの?」
「必要があればするけれど」
 蓉子さまは家事全般もピシリとこなしてしまいそうな雰囲気があるのだけれど、聖さまには何故か家事をしている姿は似合わない、と祐巳は思った。
「正直、苦手だからね。江利子はどうなの?」
「ウチは、少し事情が違うわ」
 江利子さまの話に全員の注意が向いた。
「掃除洗濯、とにかく何かしようとするとウチの男どもが止めに入るのよ」
 えりちゃんはそんな雑事はしなくていいんだよ。というのが江利子さまの兄たちの言い分らしい。
「で、雑事とはなにごとかっ、て母に怒られるの。おかげでウチでは家事の類は男どもの仕事よ。私と母がやるのは料理ぐらいかしら?」
 ということは、いつか見たあの大きな三人が家事をこなしていると言うことか。
 想像するととても恐い。
「ちょっと待って、江利子」
「なに? 蓉子」
「それじゃあ貴方、掃除はいいとしても洗濯までお兄さん達が?」
「そうよ?」
「貴方の服……下着まで?」
「手洗いする下着は別よ、さすがに」
「…ちょっと待ちなさい、そうすると、手洗いじゃなければ下着までって言うこと?」
「そうなるわね」
 令さまがギャッと叫んで頭を抱えた。
 なんで貴方がショックを受けるのよ、と江利子さま。
「父親の下着を洗うことを嫌がる娘は糾弾する癖に、妹の下着を洗う兄は駄目なわけ?」
「洗う側が嫌がるのは問題があると思うけれど、洗われる側が嫌がるのは仕方ないと思うわよ。貴方、平気なの?」
「そりゃ、どこかの見ず知らずの男に下着を持って行かれるというのなら話は別だけれど、兄だもの。毎日一つ屋根の下で顔つき合わせているのよ? 今さら下着の一つや二つ」
 令さまが深々と頭を抱えている。
 祐巳は考えた。
 祐麒やお父さんの洗濯物を自分が洗う。……嫌じゃない。
 自分の洗濯物を祐麒やお父さんが洗う。……微妙だ。
 自分の下着を祐麒が手に取る。……微妙どころの騒ぎじゃない。というか、確実に嫌だ。
「いいじゃない。きちんと丁寧に洗ってくれるなら」
「聖、貴方まで…」
「まあ、穿かれたりしたら嫌だけどさ」
 なんてこと言うんですか、白薔薇さま。
「え、兄とはそんなことをするものなんですか?」
 何故か志摩子さんが変なところに食いついてるし。
「しないしない」
 江利子さまが真顔で手を振った。
「ウチの兄がそんなことしようものなら、残り二人に再起不能になるまでぶちのめされるわよ」
「令ちゃんは、時々私の穿いてるよね」
 由乃さんがとんでもないことをポツリと。
「それはお互い様だから」
 令さま、否定しないんですかっ!
「時々本気で間違えるのよ、令ちゃんってば」
「由乃がむやみやたらと脱ぎ散らかすから、わからなくなるんじゃないか」
 何の話を始めますか、この二人は。
「令ちゃんみたいにグズグズしてたら湯船に浸かる前に風邪を引いてしまうわ」
 ああ、お風呂の話だったのか。と祐巳は胸を撫で下ろす。
 二人は一つ屋根の下に住んでいると言ってもいいくらいの関係なのだから、別に一緒にお風呂に入っているくらいでは今さら祐巳も驚かない。
 薔薇さま方三人は、まだ洗濯物の話を続けている。
「祐巳ちゃんはどうなの?」
 突然、蓉子さまが話を振ってきた。
「洗濯物はどうしているの?」
「え、あの、お母さんが…」
「男の人の下着を洗ったり、逆に洗われたりするのは平気?」
 いつの間にか、とてもダイレクトな話になってしまっているらしい。
「あ、男って言っても家族だよ? 祐巳ちゃんの場合は、祐麒君かお父さんになるのかな」
 聖さまが言うと、江利子さまも続けて、
「だから、男といっても家族なら平気じゃない? 蓉子が気にしすぎなのよ」
「あの、私は祐麒やお父さんの洗濯物を洗うのは別に構わないですけれど…。やっぱり、私の下着を祐麒やお父さんに洗ってもらうのには抵抗が…」
「ほら。やっぱり」
 蓉子さまが勝ち誇ったように言った。
「祐巳ちゃんの感覚が普通なの。聖と江利子は大雑把すぎなのよ」
「まあ、それでも私は実際に男の人に洗わせているわけじゃないもの」
 聖さまの言葉に江利子さまが眉を上げる。
「聖、この期に及んで裏切ったわね?」
「裏切ったというか、そもそも我が家にはシスコン兄貴なんていないし」
 たじろぐ江利子さま。鳥居三兄弟は江利子さまにとってもやっぱり頭痛の種なのだ。
「いいじゃない、家族なんだから。他人の家族の事情に口出しするのははしたないわよ」
 そういう問題ではないような気がする。
「あ、でも、家族じゃなくても、蓉子と祐巳ちゃんの下着なら、洗濯してあげてもいいよ」
 聖さまが妙なことを言い出した。
 祐巳はため息を心の中でつきながら、蓉子さまのツッコミを待つ。
 が、待てど暮らせどツッコミがない。
 見ると――
 蓉子さま、なんで顔を赤らめているんですか?
「ば、馬鹿なこと言わないでよ。聖ったら」
 蓉子さま、意識しすぎです。
「いやいや、遠慮せずに」
 調子に乗って続ける聖さまの言葉が止まる。その制服の裾を遠慮がちにおずおずと引っ張る、白くて細い指。
 聖さまは振り向いてニッコリと、
「……。うん。勿論、志摩子の下着もね」
 志摩子さん、頬を赤らめてこっくり頷いちゃった。
 なんだろうなぁ、と思いながら祐巳は気付いた。
 そういえば、この一連の会話にお姉さまはまったく参加していない。
 どうしたのかと思って目をやると、興味なさげにお弁当をつついている。話題を振られなかったから怒っているのかと祐巳は思った。
「そういえば、お姉さまのところはどうなさっているんですか?」
 祐巳は話を振ってみた。
「お洗濯の事かしら?」
 この反応からすると、話は聞いていたけれどただ単に内容に興味がなかった様子。それでも、祐巳は会話を続ける。
「ええ」
「そうね……」
 お姉さまは少し考えて、答える。
「考えたこともないわ。多分、担当の者がいるのだろうけれど」
 担当の者、ときた。
 そういえばここにいるのは紛れもない本物のお嬢様だったのだなぁ、と祐巳は改めて思うのだった。
「やっぱり自分のものくらいは自分で洗ったほうがいいのかしら?」
  自信なさげに首を傾げるお姉さまの姿に祐巳は思わず、
「お姉さまの下着なら、私喜んで洗濯します。手洗いもします」
「あらあら」
 聖さまが目を丸くしているけれど、祐巳は気にしないことにした。
「それじゃあ、お願いしようかしら?」
 蓉子さまが何か言いかけて、聖さまに宥められている。
 そんなことも気にならないほど、祐巳は喜んでいたわけで。
 
 
 翌日、喜び勇んで小さな洗濯物入れ袋を持参した祐巳は、
「……本当に持ってきたの?」
 とお姉さまに呆れられることになるのだけれど。
 
 
あとがき
 
 
 
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送