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夢から覚めたら
 
 
 
 菜々が眠っている。
 ここは薔薇の館。
 今のところ薔薇の館で唯一の一年生にして、黄薔薇のつぼみである有馬菜々は、少し遅めのお昼寝中。
 
 
 ……ここは、夢の中ですよね?
 菜々は辺りを見回した。
 綺麗な花畑。蝶々も飛んでいる。
 これが自分の夢の中、つまりは自分の脳内空間だと思うとちょっと恥ずかしい。
 なんだろう、この能天気な空間は。
 あと、気になることは、妙にお花が大きいこと。いや、よくみると蝶々も大きい。遠近感が狂っているのでなければ、自分の顔ぐらいの大きさがあるような気がする。
 それは蝶ではない。蛾だ。
 まあ、それでも、夢なんだから別にいいかな、と思う。
 現実の巨大蝶は御免蒙るけれど、夢の中ならその程度のおちゃらけは有りだろう。
 それにしても……
 菜々は辺りを見回した。よく見ると、花や蝶だけではなく全てのものが大きい。
 これはもしかすると、回りのものが大きいのではなくて自分が小さくなったということではないだろうか。
 菜々は自分の身体を見下ろした。
 全裸だった。
 慌てて服を探そうとして、もう一度自分の身体を見る。
 いや、確かに全裸なのだけど。
 こんなに私は毛深かったかな?
 毛深いとかそういうレベルじゃないよね。
 というか、これは人間の身体じゃないよね。
 これ、動物の身体じゃないの。
 少し茶色がかった毛だらけで……
 猫。
 猫の身体だ、これは。
 猫になってる。夢とはいえ、猫。
 自分の無意識の単純さに、菜々は軽く絶望した。
 なんてつまらない発想なんだ。どうせ夢なんだから、奇妙奇天烈な動物になればいいのに。
 ガラパゴスオオトカゲとか、
 ナイアルラトホテップとか
 ゴジラとか
 ニグ・ジュギペ・グァとか
 ケロン人とか
 清姫とか
 ちょっと違うのが混ざったような気がする。
 溜息をつきながら自分の身体を眺めていると、聞き覚えのある声がする。
「ちょっと貴方、見かけない顔ね」
 なんだろう、と思って振り向くと、別の猫がこちらを睨んでいた。
「ここは私たち、山猫会の縄張りと知ってのこと?」
 猫が何か言ってる。
「あの、私、道に迷って」
 我ながら独創性の欠片もない出任せだけど、他に考えつくこともない。
「そう、出口はあっちですことよ」
 くるくる巻きの妙な体毛の猫が、右の方を示す。
「早く行きなさい。ここは余所者が来ちゃ駄目なの」
 なんだか面白そうな話になってきた。流石私の夢だ。
 何とかして逆らってやろうかと考えていると、また別の聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「新入りを苛めちゃ駄目よ、乃梨子、瞳子」
 ぶはっ、と吹き出しかけて菜々は堪える。
 乃梨子と瞳子!? この二匹は乃梨子さまと瞳子さまなのか!
「あ、由乃さま」
 しかも、新しくやってきた猫は由乃さまだという。
 菜々は好奇心に負けて振り向いた。そして、絶句した。
 美人、それとも美猫?
 凛として、だからといってお高くとまっているわけではない。
 元気よく歩く姿にも気品がある。
「由乃…さま?」
「ごきげんよう。…貴方、誰だったかしら?」
 どうやら猫の、というか夢の世界では初対面のよう。
「……有馬菜々と言います」
「そう。菜々ちゃん」
 
 
 由乃は、急ぎ足で薔薇の館へと向かっていた。
 予定よりだいぶ遅れてしまった。早めに薔薇の館へ行って、菜々とお話をするつもりだったのに。これでは二人きりの時間が短くなる、どころか、二人きりになれないかも知れない。
 祥子さまがいた頃には絶対に考えられないけたたましさで、階段を駆け上がる。
 扉を開けると、乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんがビックリしていた。
「ご、ごきげんよう、由乃さま」
「ごきげんよう。早いのね、二人とも」
 いいながら見ると、二人は誰かを挟むように立っている。
 そこには、椅子に座ったまま机に突っ伏している菜々の姿が。
「菜々、どうかしたの?」
 この二人のことだ、まさか菜々を苛めていたというわけではないだろう。けれど、由乃を見てぎくりとしたのは間違いない。なにやら悪戯はしていたかも知れない。
「あの、菜々ちゃん、寝ちゃっているみたいで」
「それで、二人は何してたの?」
「起こそうと思って、それが…」
 何となく判った。起こそうとしてちょっかいを出している内に悪戯心が湧いたのだろう。良くある話と言えば良くある話だ。
 現に乃梨子ちゃんだって何度かやられている口だろう。
「正直に言ってみなさい?」
 ほっぺたをぷにぷにと。それが二人の答え。
 由乃はにんまりと笑いながら、二人の間で眠っている菜々を見下ろす。
 確かに、こんないい寝顔を見せられたら悪戯の一つもしたくなるだろう。
「うり、うり」
 指でほっぺたをツンツン。
「菜々、起きなさーい。うりうり」
 ツンツン。
 んっんーと身じろぎして、菜々が起きそうな気配。
「おっ。起きるかな? うりうり」
 調子に乗った由乃が、菜々の頬をさらに突いたとき…
 
 
 私はこの猫世界で、由乃さまに着いていくことにした。
 瞳子さまと乃梨子さまも、なんだかんだいいながら着いてきている。
 そういえばこの二人がいるのに、どうして祐巳さまと志摩子さまはいないんだろう?
 考えていると、由乃さまが何かを差し出していた。
「はい、これ」
「なんですか?」
「ご飯だよ。ササミジャーキー」
 この世界の猫、結構いい物食べているみたい。
「堅いから、ふやかしてから食べるのよ?」
「はい」
 私はササミジャーキーをパクッとくわえた。
 
 
 突然目が覚める。
 ああ、そうだ。
 薔薇の館でお昼寝してたんだ。由乃さまを待っている内にうとうとしてしまって…
 乃梨子さまと瞳子さまが私を見ている。何故だか顔が真っ赤だ。
「ふぁ、ほひ…」
 上手く喋れない。
 あ、そうだ。私はササミジャーキーをくわえたままなんだ。
 口の中のそれをはむはむと甘噛みして……え?
 なんでここにササミジャーキーが?
 咳払い。私は口の中のモノを確かめた。
 これは……誰かの指?
「えーとっ、菜々……私の指、離してくれないかなぁ」
 由乃さまの声。
 つまりこれは……由乃さまの指!
 私は寝ぼけて、由乃さまの指をくわえてしゃぶっていたのだ!
 指を離して飛び起きて、ハンカチで指を拭いて、由乃さまに謝って、寝ぼけていたんだと言い訳して、夢の内容まで説明して、とにかく私は必死になった。
「まあ、そういうことならね…別に噛まれた訳じゃないし」
「ごめんなさい」
「次からは私も気を付けるわ。寝ている菜々の頬を指でつくのは危険。ちゃんと覚えておくから」
「そうですね」
「次は…頬にキスでもしようかしら?」
「え?」
「なんでもない」
 由乃さまはそれ以上同じ事を言わなかった。
 いいですよ。私だってこの次は……
 寝ぼけた振りをしてあげますからねっ。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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