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祐巳さんと可南子ちゃん
「耳かき」
 
 
 
 残暑が厳しい。
 それでも、何とか扇風機があれば過ごせる程度には落ち着いてきたような気がする。
 薔薇の館にいるのは可南子とお姉さまだけ。
 お姉さまは、先ほどからなにやらずっと耳を気にしている。
「どうかしましたか?」
「うん。なんだか、耳が痒くて」
「見せて下さい」
 座ったままのお姉さまの横に立って、耳の中をじっと見る。
「可南子、くすぐったいよ」
「じっとしていて下さいね。暗くてよく見えませんから」
「だから、くすぐったいってば」
「よく見えません」
 可南子は椅子を引き寄せて座った。
「ついでですから、耳掃除はいかがですか? お姉さま」
「えー? そんなに汚れてる?」
「耳かきもあることですし」
 可南子はカバンの中から小さな包みを取り出す。包みの中から出てきたのは、可愛く包装された耳かきだった。
「可南子、もしかして、いつも持ち歩いてるの?」
「今日はたまたまですわ。保健の授業で保育が会ったので、次子の耳かきを持ってきたんです」
 ふーんと言いつつ、お姉さまはムッとした顔になる。
「次子ちゃんって…赤ん坊用じゃないの。私、そこまで幼くないよ」
「そういう意味じゃありません。赤ん坊用は、肌がデリケートな人も愛用しているんですよ。お姉さまが使っても、何もおかしくありません」
「そうかなぁ…」
「そうですよ。さあ、ここに頭を乗せてください」
 まだ何となく納得できない顔で、それでもお姉さまは素直に可南子の膝に頭を置く。
「それじゃあ、じっとしていて下さいね」
「ん……」
 お姉さまが目を閉じた。可南子は細心の注意を払って耳かきを動かす。
 
 扇風機の風が可南子のタイを揺らす度に、可南子は手を止める。
 気持ちよさそうなお姉さまは、まるで喉を撫でられて悦んでいる子猫のようで。可南子はうっかり頭を撫でてしまいそうになる。
 扇風機の音だけが、薔薇の館の中に聞こえている。
 風の当たる衣ずれの音。
 お姉さまの呼吸の音。
 自分の浅い息づかい。
 遠いのだろうか、外にいるはずの生徒達の声は聞こえない。
 汗がお姉さまの額に浮かんでいた。可南子は、ハンカチを取り出してお姉さまの額に当てる。
 眠ってしまったのか、お姉さまは動かない。
 お姉さまの額に当てたハンカチを、可南子は自分の額に当ててみた。
 少し休んで、また耳かきを動かす。やりすぎは良くないと判っているのだけど。
 ついで、袋の中から綿棒を取り出す。綿棒に先に肌を保護するクリームを塗って。
「お姉さま、気持ちよさそう…」
 スースーと、寝息まで聞こえてきて可南子は苦笑する。
 そして思う。このままでいたいな、と。
 お姉さまの耳を綿棒で掃除。綺麗に、だけどやりすぎないように。
 部屋は蒸し暑いのに、お姉さまの耳に触れている指は温かい。指先だけが、心地よいほど温かい。
 じっと見ていると何故か頬が熱くなってくる。
 可南子は、お姉さまを起こさないようにゆっくりと振り向いた。
 ビスケット扉は開かない。耳を澄ましてみても、階段を上がってくる音なんて聞こえない。
 誰もいない。お姉さまと自分だけ。
 二人だけの薔薇の館。
 可南子は身を屈める。
「お・ね・え・さ・ま」
 囁いて、返事を待たずに耳たぶに唇を。
 数秒おいて、
「次は反対側だね」というお姉さまの声が聞こえて、可南子は真っ赤になってしまったのだけれど。
 
 
 
「可南子、ごめんね」
「知りません! お姉さまなんて、知りません! 狸寝入りでも何でもなさっていて下さい!」
「可南子〜」
 
 
 
あとがき
 
 
 
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