SS置き場トップに戻る
 
 
主二人
9「フェルステーク」
 
 
 蒐集開始を決めた夜、光は四人に告げる。
「僕の言ってるのはムシの良すぎる話やと思う。酷い話やと思う。とてつもない手間やと思う。君らの命すら、危険にさらすかもしれへん」
 四人が頷く。
 光の言葉に、誤魔化しは一切ない。それは紛れもない事実なのだ。
 リンカーコアを集めることが第一義ならば魔道師を襲えばいい。それが最も手早く、確実で簡単な方法なのだ。
 統率のとれた集団か、極めて優秀な魔道師。そのどちらかでもなければ、ヴォルケンリッターの包囲から逃げることはできない。
 それでも、蒐集の相手は魔法生物に限定したい。
「その通りです。御尊父の言う計画はあまりにも無謀です」
 シグナムが、厳しい顔で光を見つめていた。
 しかし、光は視線を逸らさない。
 次の瞬間、シグナムは微笑んでいた。
「しかし、今の私たちにとっては妥当な計画だといえるでしょう」
「まずは、どの次元で蒐集を行うか。その計画を立てます。その前に念のため、広範囲の探索を行いたいと思います。この地での魔道師の有無によって、細かい戦略が変わりますから」
 続いてシャマルが提案する。
 管理局が辺境世界に人員配置を行っているという事実がある。それは、魔法文明のない辺境世界での魔法使用を制限するためだ。
 勿論、全ての辺境世界に配置できるほどの人員は管理局にはいない。しかし、地球に配置されていないという保証はないのだ。
 もし地球に、それも日本に人員が配置されていれば、下手に動くと発見されてしまうことになる。
 一旦発見されれば、いかなる理由があっても管理局が「闇の書」を見逃すわけがない。
 まずは足元を固めておくべきだというシャマルの提案に、シグナムも光も異はなかった。 
「探索は明日の早朝から行います。確認しますけれど、光さんの知る限り、この世界に魔法はない。間違いありませんね?」
 問われ、光は頷いた。
 魔法など、この世界にはない。そう確信して頷くが、何かが脳裏に引っかかるのもまた事実だ。しかし、その引っかかりが何であるかは説明できない。
 光はただ、この世界に対する常識として、魔法はないと決めつけている。 
「私たちが現れるまでの光さんの魔法に対する知識。それがこの世界の一般的なものであるならば、魔道師がいたとしても堂々と魔法を使うことはないでしょう」
 いたとしても、魔法を使っていないという可能性もある。シャマルも、一日二日で見つかるとは思っていない。しかし、一旦魔法の恩恵を受けた者が、使えなくなったのならまだしも、自ら長期間にわたって使用を控えることはまずないと考えていい。
「管理局に属する魔道師ならば、特にその傾向は強いはずです。彼らにとって魔法とは忌避すべきものでなく、使える限りは当然に享受すべきものなのですから」
 もっとも、管理局から身を隠している魔道師ならば話は別だろう。
 ただし、そのようなはぐれ魔道師ならば、即座にこちらに敵対するとは考えられない。なにしろ、魔法使いである限りは管理局に形式的にでも属さなければならないというのに、管理局に属していない魔道士たちだ。叩けば埃の出る身体ということなのだ。どちらかと言えばシグナム達に近い存在だろう。
 あるいは、元々魔法や管理局を知らない世界に突然変異的に現れた存在か。
 地球出身のはやてや光にはリンカーコアがあるのだ。そんな人間が他にいても、それほどの不思議ではない。
「管理局に私たち、いえ、『闇の書』が存在することを知られるのは危険です。知られれば、問答無用で戦いとなるでしょう」
 戦いを恐れているわけではない。いっそ闘うなら、相手を完全に殲滅するまで戦い続けるだろう。それは光にもよくわかった。
 恐れているのは戦いそのものではなく、戦いがはやてに及ぼす害なのだ。それだけは、絶対に避けなければならない。
「蒐集は行う」
 光は言いながらヴォルケンリッターを一人一人確認するように視線を向けた
「しかし、被害は極力避ける。はやてを護って、君らと『闇の書』の存在を隠しきる」
 無茶苦茶な条件だ。
 しかし、
「我らには、可能です」
 シグナムが端的に答えた。ヴィータがもっともだというように力強く頷く。
「あたしたちは絶対に負けねえ。はやてがいる限り、絶対に負けらんねえ」
 光は初めて、自分の魔力が無に近いことを悔やんでいた。
 共に、闘いたいと望んでいた。
 ヴォルケンリッターだけを闘わせることを、すまないと感じていた。
 どんな形にせよ、守護騎士と肩を並べたいと思った。
「僕が……強かったら……魔力があったら……君らだけを闘わせるなんて……」
「それは違います」
 シャマルが静かに言った。
 何故自分の言いたいことがわかったのかと尋ねかけ、光はようやく自分がいつの間にか想いを口にしていたことに気付く。
「光さんがそんなふうに想ってくれている。それだけで、私には充分の力になりますから」
「シャマルさん……」
「はい」
 光がシャマルの手を取り、シャマルがそれを受け入れた時。
 小さな咳払いが二つと、静かな唸り声が一つ。
「あー、シャマル。御尊父の有り難いお心は、我らにも充分な力となっているぞ」
「あのなぁ、守護騎士はシャマル一人じゃないんだけど?」
「我らヴォルケンリッター、主と御尊父への忠誠は常に揺るぎなく一つだ」
 光はそそくさとシャマルから離れると、意味不明なジェスチャーを数秒ほど繰り返し、やがて、開き直ったかのように半眼になる。
「……しばらく、大学の方は休むから。戦闘は当然無理やとしても、別の形でフォローはするで。……えーと、弁当作るとか?」
 すでにシグナムたちが転生して数ヶ月。最初に闇の書から与えられた知識もくわえると一般常識はほとんど揃っていると考えてもいい。
 だからこそ、今の光の言葉にシグナムは慌てた。
「仕事を辞めるということですか?」
 それが普通ではない重大な決断だということくらいは今のシグナムにはわかる。
「最初から、そういう契約や。はやての病状によっては、年度途中の退職もありっていう契約やったからな」
 小学校の方の特別授業は、九月いっぱいで終了している。元々、その予定で組まれていたカリキュラムなのだ。
 ちなみに十月以降の特別授業の時間は、聖祥大学教育学部の学生による教育実習に当てられるのだ。
 つまり、大学の方の授業さえクリアできれば、光は時間を全て家のことに使えるということになる。
「もっとも、今日明日にいきなりってわけにもいかへんやろから、二週間くらいは後始末に忙しいわな」
 それでも、緊急事態に備えていつでも契約を打ち切る準備はしていたのだ。次の講師さえ見つければ今日明日にでも辞められる状態ではある。
 そして光の知る限り、聖祥大学の講師職はその待遇の良さもあってとんでもない倍率なのだ。光の辞職が知れた瞬間、すぐに次の講師候補が姿を見せるだろう。
 それでも、全てがうまく言ったとしても、光は次の職を探さなければならないだろう。
「ま、はやての命と僕の職。比べるのも馬鹿馬鹿しいわな」
「いざとなればまた、発掘に行ってきます」
 すでに滅んだ次元世界に残された貴金属をこの世界に持ち込んで売りさばく。光としてはあまり好まない方法だが、当座の資金としては申し分ないだろう。
 それに、今はそれどころではないのだ。当面を乗り切り、はやてを救うこと。それが第一義なのだ。
 今夜はもう眠ろう。明日からは、きっと、忙しくなる。
 光の言葉で、全員がそれぞれの部屋へ向かった。 
 
 
 
 
 
 光は、夢を、見ていた。
 
 長い髪を優雅にたなびかせた美しい女性がいる。
 どこか哀しげなその表情には、見覚えがある。
 ああ、と光は呻く。
 初めてではないのだ。かといって、何度目かと尋ねられれば答えられない。ただ、見覚えはある。
 特徴的な瞳の色の女性に向かって、光は語りかけていた。
「……また、会ったな」
 微かに女性は微笑んでいる。
「はい。主」
「慣れたような気もするけど、やっぱりそれははやてのことやないんかなぁ」
「まさか、こんな事態が起こりえるなどとは予想されていませんでしたからね。お二人とも立派な主ですから」
「光、でええけどな」
「では、主光」
「うわ、なんか他に言い方ないかな」
「やはり、主とお呼びしましょうか?」
「そのほうがマシやな……」
「わかりました、主」
「で、僕は君をなんて呼んでたっけ?」
 記憶が定かではない、この世界はそういうものだということはすでに割り切っている。それでも慣れることは、光にはできそうになかった。
「私に名前などありません、お好きなようにお呼びください」
「好きなようにと言われてもな……」
「主が決めた名前ならばありがたく頂戴いたします。お好きな名をおつけください」
「名前ねぇ……」
 出会うたびに、彼女との今までの出会いが思い出される。記憶は完璧ではなく、細かい部分は完全に忘れているようだが、重要だと言われたことについてはきちんと覚えている。
 正確には、彼女に会うたびに思い出すだけだ。この世界から出てしまえば、全てはおぼろげな夢のようになってしまう。
 最初に出会ったのは、ヴォルケンリッターに出会った直後のはずだ。
 ヴォルケンリッターという存在について教えられたのだ。しかし、目が覚めた時その記憶は失われていた。
 彼女によればそれは仕方のないことだという。闇の書が完全覚醒していないことがその原因だと。
「蒐集を開始するのですね」
「ああ。聞いてたんか」
「あの四人の目と耳は、私の目と耳でもあるのですよ」
 どちらにしろ、彼女が「闇の書の一部」だと言うのなら隠す必要はない。いや、それどころかこれからの指針に関して意見を聞くことができるのだ。
 だから、光は素直にそれを尋ねた。
「異論などあろう訳がありません、私は主の意志によって動くのですから」
 少なくとも、そのつもりだと彼女は言う。
 光は頷き、そして語った。
 今の段階では、蒐集の開始を決定しただけに過ぎない。どのような方法で行うかは、まだ決定していないのだ。
 簡単な話し合いで大まかな方針はだけは決まっている。
 極力人間は狙わず、他次元世界の、生まれつきリンカーコアを持った魔法生物から蒐集すると。
 蒐集のスピードは落ちるが、魔道師を狙って時空管理局に発見される危険、そして人間を襲うという問題を考えれば、それがベストなのだ。
 はやての病状は今日明日の命を争うものではない。それでも、ギリギリの賭かも知れない。もしかしたら、誰も傷つけないという誓いは守れないかも知れない。
 だからこそ、守れるのならば守りたい。はやての未来を汚したくはない。
「蒐集が進めば、君は出てこれるんやったな」
 その時は、きちんと記憶に残る出会いができるのだろうか。
「勿論です。その時を楽しみに、私は眠っています」
 その瞬間、光は脳裏に浮かんだ名前を告げる。
 
 フェルステーク
 
 それは自然に口をついて出た言葉だった。
「フェルステーク。君の名は、フェルステークや」
「感謝します、主よ」
 黒髪をたなびかせたフェルステークは微笑み、翠の目を大きく開くと、光に向けて飛ぶように近づいた。
 光が疑問を嘆かれる間もなく、フェステークは光を抱きしめる。まるで、娘が父親に飛びつくように。
「私はフェルステークです、主」
「ああ、そやな」
 光は抱きついた少女の頭を見下ろす。
 光からは少女の顔は見えない。当然、そこにある表情も。
 光には見えない。
 フェルステークの、歪んだ微笑みなど。
 
 
 
 
 
 目が覚めた時、光は半ば寝言のように呟いていた。
「フェルステーク?」
 寝起きではっきりとしない頭の中に、まるで他人の言葉のように空々しく響く単語。
「……フェルステークってなんや?」
 その疑問に答える者はいない。
 だが、まるで疑問に答えるようなタイミングでノックの音。
「光さん、起きてらっしゃいますか? シャマルです」
「あー。寝間着姿でも良かったら入って」
「失礼します」
 コーヒーをトレイに載せたシャマルが姿を見せる。
 眠気のとれない半眼で、光は挨拶の手を挙げた。
「おはよう」
「おはようございます。起き抜けだと思ったので、ついでに準備してきました」
「お。さすが。気が利くやん」
 サイドテーブルにコーヒーを置くと、光が一口飲んで確かめるのを待ち、シャマルは言った。
「昨夜報告した探索に、早速反応がありました」
「なんやて?」
「魔道師はこの近くに存在しています」
「……管理局なんか?」
「そこまではまだわかりません。けれど……」
 言い渋るシャマルを光は促した。
「光さんもご存じの子の可能性が高いんです」
「僕も知ってる……」
 コーヒーカップを傾ける手が止まる。
 今、シャマルはなんと?
「シャマルさん、今、『子』って言うた?」
「言いました」
「僕の知ってる子て……」
 可能性が一気に狭められる。
 仕事以外で知っている子供などいるわけがない。
 カップを置こうとして、一瞬頭の片隅に痛みが生じる。
 ……フェルステーク
 また、その名前が脳裏に浮かぶ。
「誰なんや?」
「高町なのは」
「……高町……なのは……」
 知っているどころではない。はやての親友と言ってもいい相手ではないか。
 ……フェルステーク
 ……はやてを救う
 ……魔道師のリンカーコアを蒐集
 頭痛が鋭さを増し、光は頭を押さえた。
「光さん?」
「や……なんでもない。単なる起き抜けや……」 
 ……魔道師のリンカーコア
 ……闇の書の完成
 ……奪う
 ……殺す
「高町なのはは魔道師……」
「その可能性が高いです」
「……リンカーコア奪って……殺そか……」
「光さん!?」
 シャマルの悲鳴のような言葉に、光の半眼になっていた目が開く。
「どうしたんですか、突然そんなことを」
「へ? 僕、今、なんか言うた?」
 
 
 ……私はフェルステークです。かりそめの主、八神光よ
 
 
 
 
 
感想はこちらに(メールフォームが開きます)
 
 
FRONT         NEXT
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送