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道化芝居
 
 
 シャワーの音が止んだタイミングで、私は茹であがったパスタを湯から上げる。
「ティア? 台所にいるの?」
 フェイトさんが髪を拭きながら、シャワールームから出てきた。
 私は勝手知ったる食器棚から二人分の皿を出すと、パスタを手早く盛りつけて言った。
「ちょうどいいですよ。ティアナ・ランスター特製パスタと……」
 オーブンからは香ばしい香り。
「ティアナ・ランスター特製ピザのできあがりです」
 フェイトさんは目を閉じると、小さな華をひくつかせる。
「うーん、いい匂いだね。だったら私も、とっておきを開けようかな」
 冷蔵庫の横、小型のワインセラーからフェイトさんが取り出したのは……
「それって……」
「うん。執務官になったお祝いにお兄ちゃんとお母さんから贈られたワイン。一本だけ残しておいたんだ」
 明らかに値の張りそうなワイン。それどころか、フェイトさんにとっては大切な記念のワインになる。
 勿論、私はこう言うしかない。
「え。そんなの、いいんですか?」
「こんな日のために残しておいたんだよ?」
「こんな日って…」
「いつか、私が新しい執務官を育てる日が来るかも知れないと思って。その時が来たら、その子のためにこのワインを開けようって」
「フェイトさん……」
「でも、うれしい誤算だよ。それがティアだったなんて」
 私はそれ以上何も言えず、パスタの盛りつけ作業に戻った。
 フェイトさんはいつだってそうだ。こうやって、私に嬉しい不意打ちをしてくれる。そのたびに私は、彼女との初めての夜のようにどぎまぎしてしまうのだ。
「ん。パスタ良くできてる。ピザも……」
 一口ずつ両方を口にしたフェイトさんは、何かを考えるような、思い出すような表情になっている。
 もしかして、バレたかな?
「ティア、これって……?」
 案の定、フェイトさんは悪戯っぽい顔で笑っていた。
「やっぱり、わかります?」
「懐かしいね。これ、トランザさんのピザだよ」
 私たちがまだ六課に所属していた頃、そこの食堂を仕切っていた一風変わった料理人がいた。彼、トランザという名の料理人から直接レシピを伝授されたのが、このピザというわけだ。
「あはは。実は、特製は特製でも、六課特製ピザでした」
「いつの間に習っていたの?」
「いくつか、レシピを教えてもらってたんです。もっとも、実際に作るようになったのは六課が解散してからですけれど」
「知らなかったわ。もしかして、ずっと隠してた?」
 責めるような口調が冗談だと言うことはもうわかっている。
「私だって、同じですよ」
「え?」
「こんな日のための、隠し球です。私を執務官として鍛えてくれた人へのお礼に」
「ティアは、それが私で良かったの?」
「勿論です」
 思わず熱の籠もった返答になり慌てる私を、フェイトさんは含み笑いで見つめている。
 そうしながら、さくりとピザを食べたフェイトさんの目はどこか遠くを見ていた。
「本当、懐かしいね」
「はい」
 フェイトさんの目は、私のほうにむけられている。だけど、私を見ている訳じゃない。それは今に限ったことじゃなくて。
 きっと、私が気付くもっともっと前から。
 私がフェイトさんを見ていないことを心苦しく思い始めたときよりも、もっと前から。
 きっと、初めて身体を重ねた時から。
 違う。
 きっと、初めて出会った時から。
 いや、私と出会う、遙か前から。
 フェイトさんが見ているのはいつだって一人しかいない。
 目の前にいるのが誰であろうと関係ないのだ。
 キャロであろうと、エリオであろうと。決して、フェイトさんは話している相手を、世話をする相手をないがしろにするような人じゃない。だけど、違うのだ。
 いつだって、フェイトさんがそこに見ているのはただ一人、
 
 ……なのはさん
 
 ワインのボトルが半分ほど空になったのを見計らい、私はシャワーを浴びるために立ち上がった。
 ……今は、私だけ。
 フェイトさんが見ているのがなのはさんだけだとしても、今ここにいるのは私だけ。今夜の彼女とベッドを共にしようとしているのは私だけ。
 それを哀しいと思う時期なんか、とっくに過ぎている。切ないと思うこともない。今はただ、暖かみを感じるために身体を重ねることが、私たちの暗黙の了解。
 だから、自分だけを見て欲しいなんて言わない。
 私も、同じだから。
 私もフェイトさんを見ているわけではないと、知られているから。とうに、気付かれてしまっているから。
「ティア、元気だしなよ」
 私は咄嗟に振り向いた。
 あの子の元気な声が聞こえたような気がして。いつものように、周りにお構いなく声をかけてくる子の声が。
 それでいて、私の気持ちを一番にわかってくれる子。だけど、肝心なことには気付いてくれない子。
 こんな所にいるわけがないのに。あの子にはあの子の世界があって、あの子の生活があるのに。
 いつでも帰ることのできる場所があって。たくさんの姉妹に囲まれて。優しいお父さんがいて。
 それは一面しか見ていない、ひどくわがままな憧憬だと知ってはいるけれど。それでも、私はあの子を羨むことしかできない。
 帰るところのない私は、ただあの子を羨むだけ。羨む自分の浅ましさを恥じるだけ。
 もしかしたら、私はあの子を憎んでいるのかも知れない。
 私をこんな風にしたあの子を。
 あの子には何の責任もないというのに。
 それほどに、それほどまでに私の想いは濃いのだから。
 そんなことを考えながら振り向いたままでいる私は、シャワー室の扉が開いたことに気付いた。
 そして、姿を見せたフェイトさんの足下がほんの少しふらついていることにも。
「ティア、待っててくれたんだ」
「はい」
 空耳に振り向いたら貴方がいた。そんなムードのない暴露など、何の意味もない。だから私は、彼女を待っていたかのように振る舞う。
 貴女を、心待ちにしていた、と。
 あからさまな、口の出す前から信じられないとわかっている嘘を。
 その嘘を信じるふりをして、フェイトさんは今夜のゲームを始めるのだ。
「フェイトさん」
 両手を広げて私は彼女を待つ。
 ガウンを脱ぎ捨てて、乾いたばかりの身体が再び濡れることも厭わずにシャワーの飛沫の中に入ってくる彼女を。
 口づけと愛撫。そして囁き。
「ティア。ティアは一緒にいてくれるよね」
「勿論です」
 私は唇に応え、愛撫に震え、そして囁きを返す。
「私はフェイトさんの傍にいますよ。これまでも、これからも」
 なのはさんとは違うんだ、とは言わない。私にだって、あの人には恩がある。
 だけど……
 わかっている。
 私も同じだ。
 私がなのはさんでないように。フェイトさんだってスバルとは違う。
 私の身体を這うのはフェイトさんの唇。だけど、フェイトさんは私を見ていない。
 彼女の唇に含まれるのは私の乳首。だけど、私はフェイトさんを見ていない。
 互いに互いを見ずに、それでも貪り合いながら別の人間を見ている。それが、私たちの関係。
 傷を舐めあうように身体を舐めて、癒していると思いこみながら傷つけて。
 いずれ壊れる関係だと承知していて。それでも、演じ続ける。
 
 道化芝居を続ける私たち。
 私たちは互いに道化であり女優でもあり、芝居に飽き始めたわがままな観客なのだから。
 いつの日か、カーテンコールに押しつぶされるまでは。
 
 
あとがき
 
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