SS置き場トップに戻る
 
 
 とある次元世界。基本的には無人の世界であるが、時々は管理局によって戦闘訓練に使われることがある世界。
 そこでは今日もまた、管理局の一部隊による訓練が行われていた。
 栗色の長い髪を後ろで無造作にまとめた美少女が、その外見には不釣り合いな大砲を空に向かって構えている。危なげな様子の全くない堂に入った姿勢は、彼女がその取り扱いになれていることを表していた。
 その彼女を取り囲むように立っているのは、これもまた可愛らしい少女たちが六人。そして少し離れた位置に少年が一人。
 その遥か上空では、赤に近い濃桃色の髪の少女が妙に扁平な飛行物体に乗って作業をしている。地面の少女の様子から考えると砲撃の標的を準備しているのだろうか。
「こっちは準備いいっスよ」
 妙な訛りで言う少女から少し離れた位置には、白竜に跨った龍騎士が一人。そして紫色の長髪をなびかせた美女と、彼女を守るようにしてそびえ立つ異形の戦士は自力で宙に浮いていた。
 訛りのある少女は砲を持つ少女の傍まで一気に降りると、六人の内もっとも幼く見える少女に近づいた。
 しかし、一見幼く見える少女の口調は大人びていた。
「ご苦労、ウェンディ。全員準備はいいか?」
 ボーイッシュな少女と、それとは好対照に長い髪のおしとやかな少女。二人が無言でうなずいた。
 快活そうな少女は威勢良く、
「あいよっ」と答える。
「チンク姉、こっちはいつでもいいぜっ!」
「こっちもだよっ!」
 勝ち気な赤毛の少女の言葉。それによく似た青髪の少女が返事を被せる。
 幼い少女は側に立つ少年に向かってうなずいた。見たところ、少年は小柄な少女よりは年上に見えるが、残りの少女からは年下だろうと思える姿だった。
「準備完了しました」
「うん。じゃあそろそろやろうか」
 少年はもう一度、配線を見直した。
 少年の手元、手袋状のデバイスから伸びる赤いコードは、少女たちが立っている足下へと伸びている。
「よし、ISテンプレート起動!」
 戦闘機人モードになったスバルが、ノーヴェが、チンクが、セインが、ディードが、オットーが、ウェンディが、そしてディエチが同時にテンプレートを起動させる。
 テンプレートとは魔法発動時に出現する魔法陣に酷似している。しかし、魔法陣とは異なるものだ。
 ISと呼ばれる戦闘機人独自能力の発動に付随して出現、という意味では魔法陣とほとんど同じ物と考えていいだろう。ただし、魔法ではない。言ってしまえば、魔法陣とテンプレートの明確な違いはそれくらいしかないのだ。
「ISエネルギー集束開始」
 各自のテンプレートの輝きが増す。個人によって色が違うのもまた、魔法陣に似ている特徴だ。
「ディエチさん、問題無ければ続けてください!」
「収束システム異常なし。イノーメスカノン異常なし。……ISヘビィバレル発動」
 七人分の力がディエチに、そしてディエチのIS、砲撃能力に必要な武装イノーメスカノンに集束していく。
「行きます」
 カノンの先端が過剰なエネルギーのために輝き始めた。
「バレットイメージ・スターライトブレイカー」
 光の球がカノンの先端に生まれ、膨らんでいく。
「発射シークエンス開始!」
 秒読みを始める少年。
 カウントゼロの瞬間、ターゲットとなったガジェットとディエチの間を、光の奔流が繋いだ。
「ほぉ」
 あまりの光量に驚いているフリードを制して、エリオは手をかざして目を守りつつ、ディエチを見下ろしていた。
「確かに、なのはさんのスターライトブレイカーに肉薄するかもしれない。少なくとも、ディバインバスターには勝ってる」
 反対側にいる、ガリューとルーテシアに声をかける。
「どう思う?」
「凄いとは思うけれど。私もガリューも、高町特佐の砲撃を直接見たことがないから、何とも言えない」
「ディエチに聞くのが手っ取り早いかな。なのはさんに手ほどきを受けているらしいから」
「ナカジマ三尉は?」
「訓練でなら受けただろうけど、砲撃は専門じゃないからね」
「実戦で受けた人がいるの?」
「フェイトさんと……確か、ヴィータさんかザフィーラさんが受けたことあるって話があったような……」
 二人は話しながら降りていく。
 そこには、ディエチが倒れていた。心配そうにのぞき込んでいる姉妹たち。
 ディエチが握りしめたままのイノーメスカノンが、煙を噴いている。
「負荷をかけすぎたんだ」
 少年がディエチを介抱している。
「デバイスまであんな事に……やっぱり、高町さんとレイジングハートは規格外ですよ」
 エリオはその言葉に心から同意した。彼にとっては、高町なのは、フェイト・スクライア、はやて・ナカジマは永遠に規格外である。なんなら、そこにシグナムとヴィータを加えてもいい。
「しかしアイデアは面白いよ。ISのエネルギーを集束するスターライトブレイカーか。高負荷を処理できれば、何とか使えるんじゃないか? 大規模破壊にはもってこいな技に見えるけど?」
「ええ。そのつもりです。しかし、もしこれが使い物になったら、お二人のどちらかには高町特佐の元祖スターライトブレイカーを覚えて欲しいですね」
「なんでまた」
 エリオとルーテシアは顔を見合わせた。
 言われても、二人とも砲撃魔道士ではないのだ。そもそも魔力放出系そのものが得意ではない
「理屈上は、戦闘終盤にスターライトブレイカーが個別で二発撃てるようになりますよ。元祖の魔力集束砲と、戦闘機人IS集束砲で」
「無茶苦茶な掃討力だな、そりゃ」
「もし同時に撃てるなら、ユーノ・スクライア級のシールド使いでも、軽く突破できます」
「考えておくが……なのはさんかヴィヴィオ…………さもなきゃティアナさん呼んできた方が早いと思うぞ。俺もルーテシアも、砲撃は苦手だ」
「あれ? ヴィヴィオって、スターライトブレイカー撃てましたっけ?」
「撃てるんじゃないかな。何しろエースofエースの愛娘だ。確か今、訓練生としての受け入れ先を探しているらしいが……」
「ディエチが目を覚ましたッスよ」
 ウェンディの声にエリオとルーテシアが駆け寄る。
 確かに、ディエチが起きあがろうとしていた。
「大丈夫か、ディエチ」
「はい、なんとか…」
「良かったッスね」
「よーし、それじゃあそろそろ」
 ウェンディとセインがなにやら荷物を広げだした。
「何をする気だ」
「あ、チンク姉はそっちに座って。ディードとオットーはそこで隣通し。ディエチはそこ、ノーヴェはここ」
「だから、何をやってるんだ」
「訓練も無事終わったし、お弁当の時間ッスよ」
「はぁ?」
「せっかくこんな無人世界に来たんだから、皆でお弁当ッス」
「ま、腹も減ったしな」
 エリオはさっさとレジャーシートに陣取った。
「隊長!?」
「まあまあ、チンクも堅いこと言わず。せっかくウェンディとセインが持ってきてくれたんだから」
「……荷物が多すぎるから、何かおかしいとは思っていたが……」
「それは仕方ないッス。スバルと隊長は無茶苦茶食うッスから」
「やぁ、ピクニックは楽しいね」
 セインの言葉にチンクがキレた。
「訓練に来たんだろっ!」
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第一話
「それでも僕は叫ぶ」
 
 
 
 ディエチさんのスターライトブレイカー実験から一週間が過ぎた。
 いつものようにラボに籠もっていた僕はその日、突然隊長に呼び出される。そこには、得体の知れないロストロギアが僕を待っていた。
「別任務の途中で、チンクたちが発見したものなんだが…」
 確かチンクさんたちは、JS事件とは別口の戦闘機人プロジェクトを追っていたはず。
 スバルさんたちのことからもわかるように、戦闘機人製造を計画して、さらに実行していたのはスカリエッティだけじゃない。ただ、結果的にもっとも完成されたのがナンバーズだったというだけだ。今でも、裏に回れば非合法の戦闘機人は存在しているのだ。
「これを解析してくれ」
 隊長が示したのは両手で抱えられるくらいの大きさの箱。厳重に封緘されているのが遠目からでもよくわかる。おそらくはロクなものじゃないだろう。
 しかし、隊長の性格はもうわかっている。前置きなしにいきなりこうやって言いつけてくるということは、他の手段は全て無駄に終わった後ということなのだ。
 つまり、今や隊長の頼れるのは僕の能力だけ。そうとわかっていれば断れるわけもない。いや、僕がやるべきなのだ。
 それは疲れることだけど、無理なことじゃない。そのために、僕はここにいる。
 僕は当然のようにうなずいて見せた。
「できるだけ早く解析して見せますよ」
「すまないな」
 隊長の隣に立っているアルピーノ隊長補佐……ルーテシアさんが、疑いの眼差しで言う。
「無理なら、素直にそう言って」
「それは聞き捨てなりませんよ。仮に、明日までと命令を受ければ、僕は明日までに全力を尽くします」
「無理は良くないから」
「無茶かもしれませんけど、無理じゃありません」
「……素直じゃない。そういうところはやっぱりそっくり」
 その辺にしておこう、と隊長が笑い、ルーテシアさんは頷いた。その疑いの眼差しは、いつの間にか僕を心配するような眼差しに変わっている。
 いつも思うけれど、本当に綺麗な人だ。
 エリオ隊長とルーテシアさん。この二人は付き合っているに違いない、というのがもっぱらの噂だ。もっとも、隊長にはちゃんと正妻であるキャロさんがいるのだけれど。
 一度、訓練後の食事会での酔った勢いで、ナカジマ三尉が「ルーテシアはエリオと浮気してるの?」と聞いたことがある。
「あ、私はエリオの現地妻だから」
「ちょ、ちょっと待て」
「奥さんは遠い別次元世界だから。ここの世界では私が奥さん代理」
 そう答えたルーテシアさんに一同は大いに盛り上がり、隊長は勘弁してくれと頭を下げていた。
「ねえねえエリオ。今の話、キャロとフェイトさん、どっちに内緒にしとく?」
 スバルさんのニヤニヤ笑いに隊長は顔を真っ青にして、
「勘弁してくださいよ。スバルさん……」
「よし、じゃあ二次会は隊長のおごりだよ、みんな!」
 さらに盛り上がる一同。
 あんまり可哀想なので僕はあまりお金を使わないように、と皆にお願いしてみた。もちろん密かに、隊長の顔をつぶさないように。
 でも、スバルさん一人で十人分以上は飲み食いしていたような気がするからあんまり意味がなかったのかもしれない。
「君だけだよ、この手の話題で俺の味方をしてくれるのは」
 隊長はしみじみと僕に言う。
「ま、似たもの同士ですから」
 隊長は昔の六課でほとんど黒一点状態で頑張っていたらしい。言われてデータを参照してみると確かにその通りだった。
 もっとも、それは敵対していた側も似たようなものだ。主犯以外はほぼ女性だったのだから。
 そして今の僕も、そのときの隊長と同じような立場にいる。
 この部隊の男性率は非常に低い。
「ところで、無限書庫の方は…」
 答えのわかっている問いを僕はあえて尋ねる。
「依頼は出しているが、向こうはいつものように提督からの緊急任務の真っ最中だ」
 とある提督と無限書庫司書長の仕事上での仲の良さと、それに反したプライベートでの仲悪さは有名だ。提督からの直接命令で司書長が仕事をしているときは、僕らの入る隙間はない。というより、僕らが邪魔できないほどの重要な任務ということだ。こう見えても、僕たちの依頼は無限書庫ではかなりの優先順位を持っているというのに。提督はそれ以上の優先順位を確保されているのだ。
 さて、これで無限のデータベースは活用できない。文字通り僕の徒手空拳で解決しなければならない。そしてそれは無理じゃない。可能なのだ。
「それじゃあ、僕はすぐにラボの方に籠もりますから。なにか追加事実がわかったらお願いします」
「ああ、発見現場には今、スバルたちが行っている。何かあったら直接連絡させよう」
 スバルさんが今日指揮しているのはセインさん、オットーさん、ディエチさん、ディードさんだ。
 本部に残っているのはチンクさんが指揮しているノーヴェさん、ウェンディさん。
 メンバーは流動的だけれど、基本的には二つの小隊に分けられて行動する事が多い。ただし、指揮を執るのはスバルさんかチンクさんにだいたい固定されている。
 この遊撃部隊は書類上、元々機動六課として設立されていたものの名称変更再結成ということになっているらしい。
 名称を変えた理由はわかる。なにしろ、部隊主要メンバーのほとんどが、かつての六課の敵だったのだ。名前がそのままではやりづらいだろう。
 僕は遊撃部隊のメンバーではあるけれど、魔導師でも戦闘機人でもない。ただの技術者だ。結局のところ、ちょっとばかり有能であることと、チンクさんたちに対するアドバンテージの持ち主であるから、ここに居場所を提供されているだけなのだ。
 だから、部隊長の期待には応えなきゃならない。
 そして、僕の望みのためにも。
 
「あれ? ジュニア、まだやってるんスか」
 その夜、ラボにこもっている僕のところへ、ウェンディさんが姿を見せた。
 夕食は普通に食堂で摂ったはずだから、食事の誘いではない。
 そう考えて時計を見ると、夕食を終えてからかなりの時間が過ぎていた。
「そろそろ、寝なきゃならない時間ッスよ」
「うん。おやすみ、ウェンディさん」
「いつもの言ってるけど、呼び捨てでいいッスよ。それより、自分が寝る時間ッスよ。あたしはルーお嬢と夜間シフトッスから」
「ウェンディさんこそ、いつまでもルーお嬢なんて呼んでたら駄目だよ」
「なんか、違和感甚だしいッス」
 そんなことより早く寝ろ、とウェンディさんはしつこく言う。
「僕はまだ解析が終わってないんだ。もう少ししてから寝るよ」
「聞いたッスよ。昨日も、別口の解析があるって、セインに同じこと言ってたッスね」
「そうだったかな?」
「隊長は、ジュニアの身体を壊してまで解析させるつもりなんて無いッスよ? あの人は、そういう人ッスから」
「うん。わかってる」
「誰も、ジュニアにそこまでやれなんて言わないッス」
「うん。言われたことはないよ」
「だから、ちゃんと寝るッス」
「これが終わったらね」
 ウェンディさんはさっぱりした性格に見えて、一度決めたことにはしつこい。
 次の瞬間、僕の身体が浮いていた。
 慌てて見ると、セインさんが僕の身体を抱えている。いつの間にか、足元から現れていたのだろう。
「セイン、そのままベッドまで連れて行くッス」
「さ、お姉さんと一緒に行こうか、ジュニア」
「セインさん、何するんですか、離してくださいよ」
「だーめぇ。今夜はセインお姉さんが、ジュニアと添い寝してあげるよ」
「え、ええ!? 困る!」
「だって一人で放っておいたら寝ないでしょ?」
 確かにその通り。だけど、僕にはやらなきゃならないことがある。セインさんとウェンディさんの気持ちは嬉しいけれど。
 命令するしかないのかな。僕は命令なんてしたくないのに。だけど、僕が一度命令という形を取れば元ナンバーズは従うことになっている。スカリエッティの遺伝子とは、彼女たちにとってはそういうものらしい。
「ごめん。だけど、スカリエッティの後裔として命令するよ。セインさん、ウェンディさん、僕のことは……」
「そこまでだ。部隊長権限で命令する。ジュニア、休息を取れ」
「……隊長?」
「チンク姉?」
 隊長がチンクさんと一緒に、いつの間にかウェンディさんの後ろに立っている。
「こんなことだろうと思ったよ。俺が浅はかだった。ウェンディ、セイン。ジュニアが素直にお前達の話を聞くと思ったか?」
「そ、それは」
「ジュニア。部隊長の命令なら貴方は素直に聞くのだろう?」
 チンクさんは痛いところを突いてくる。そうだ、隊長には逆らわない。それが僕の決めごとだ。
「ウェンディ、セイン、ありがとう。気付かなかった俺も悪かった。ジュニアに無理をさせてしまったね」
「部隊長、これくらいは当然ですよ。僕は父の悪名を…」
「やめろ」
 部隊長はきっぱりと言った。
「君は君だ。その能力にかかわらず、君は君以外の何者でもない。生まれた理由や方法が何であれ、君は君だ」
「でも…」
「君は知っているはずだ、俺の生まれを。君が自分の生まれに拘るなら、俺はどうなる? 俺はただの資産家の跡取りの身代わりでいればよかったのか?」
「それは……」
 理屈では隊長の言う通りだとわかっている。僕は僕なのだ。だけど僕は……
「わかりました。休息を取ります」
「ああ、それがいい。それから……」
 隊長は笑った。
「そうだな。添い寝役を適当に指名するんだな」
「な、な……」
 ウェンディさんが手を挙げた。
「あ、あたしがやるッス」
「お前は夜間シフトだろ。ここはお姉ちゃんに任せとけ。ジュニア、ディープダイバーでベッドに沈み込むのは気持ちいいぞぉ」
「二人ともいい加減にしろ。ジュニアが嫌がってるではないか。隊長もからかいすぎです」
 チンクさん、困ったような顔で隊長を見上げている。
 ……どうして、フェイトお嬢様に育てられて、そんな下品なことを言うようになれるのですか?
 ……仕方ない。俺の「男」としての師匠はヴァイスさんだからね。クロノさんとユーノさんからは「毒舌」を伝授されたけど。
 ……言葉遣いまで悪くなってしまって。
 ……「僕」に戻した方がいいの?
 ……そこまでは言いませんが、せめて、ザフィーラを師とするべきでした。
 ……変身魔法で狼になって、君を背負えと?
 ……私はヴィヴィオお嬢さまではありません!
 ……わかってる。今じゃ君よりヴィヴィの方が大きいからね。
 内容は聞こえないれど、隊長との念話のせいらしく、ますます困り顔になるチンクさんに心の中で礼を言いながら、僕は部屋に戻ろうとした。
「あ、ジュニア」
 廊下に出たところにはディエチさん。スターライトブレイカー試射のダメージもとうに癒えている。
「これから、寝るの?」
「はい、これから寝て、明日は早起きしてラボに戻ってきます」
「身体は壊さないようにね。誰もそんなことは望んでいないから。私も、隊長も」
 ディエチさんは、僕に一番近いと感じてくれている。そして僕はその意見に異論などない。
 ディエチさんは僕の母ではない。だけど、僕にとっては母のような存在だ。
 前にそう言うと、ディエチさんはとても喜んでくれた。
「なのはさんにとっての陛下が、ディエチにとってのジュニアなのね」
 ディードさんが、そう教えてくれた。
 だけど僕は知っている。
 ディエチさんが僕を大事にしてくれる理由を。
「そんな風に考えるのは良くない」
 僕がその理由を呟くと、オットーさんはそう言った。
「ディエチがジュニアを気に入っている。その理由だと不満なのか?」
 ノーヴェさんが怒ったように言う。
 その日、食堂でたまたま一緒になったオットーさん、ディードさん、ノーヴェさん、そして僕、のテーブル。
「でも、僕の母親がチンクさんだったら、ノーヴェさんは僕を大事にしてくれるんじゃないですか」
「だからそういう言い方はやめろって」
 ノーヴェさんは座っていた椅子から立ち上がりそうになっている。
 だけど、僕は止まらなかった。
「オットーさんだって、僕がディードさんから生まれていれば違う意見を……」
「やめろって言ってんだろ!」
 僕は止まらなかった。いや、止められなかった。
 視界の隅に映ったのは、食堂の入り口にいるディエチさん。今から食堂に入ろうとしているのだ。
 ……聞かれる!
 それでも、僕は止められなかった。
「僕は結局……」
「ふざけろよっ!」
 ノーヴェさんの拳が僕の視界一杯に映った。
「はい、ストップ」
 気がつくと、ノーヴェさんの手首を掴んでいるのはスバルさん。
「ジュニア、そこまでだよ。誰から生まれるとか、そういうのは関係ないから」
「スバルさん、これは僕たちの……」
「無関係なんて言ったら怒るよ。ノーヴェもディエチも私の姉妹なんだからね」
 そう言われると、僕は何も言えない。
 ゲンヤ・ナカジマとスバルさん、ギンガさん。そしてナカジマ家の娘になっているチンクさんとウェンディさん。
 血の繋がりよりも濃い絆がある、という言葉を体現しているような人たちなのだから。
「さ、ご飯ご飯。今日もお腹減ったよ」
 あら、と気が抜ける。なんだろう、このタイミングの妙は。
 そうだ、スバルさんは、こういう人なのだ。僕たちの険悪になりかけた空気は一瞬で雲散霧消していた。ノーヴェさんがあきれかえった表情でスバルさんを眺めている。
 こういう人徳というか、雰囲気を醸し出せるISか魔法はないものだろうか。僕は、それが痛切に欲しいと思った。
 だけど、それは無い物ねだり。
 そんなことを思い出しながら、僕はもう一度ディエチさんにお休みを言う。
「お休みなさい、ディエチさん」
「うん。お休み、ジュニア」
 
 僕が眠っていたのは数十分程だけだった。
 けたたましい警報で目覚めた僕は、枕元に置いてあったデバイスを抱え、部屋を出た。
「グンツェグ=ローヴェン、セットアップ」
 父の使っていたデバイスであるグンツェグに、僕なりの改良を加えたストレージデバイス。ちなみに、「ローヴェン」は古代ベルカでは「ジュニア」と類似の意味を持っている。
 僕が二世ならば、デバイスも二世というわけだ。
 僕の両腕が励起したデバイスによって覆われる。
 このデバイスの特徴は攻撃能力ではない。防御と肉体強化フィールド形成に特化しているのが持ち味だ。
「ジュニア、下がっていて」
 ラボに向かう通路を走っていると、いつの間にかウェンディさんとセインさんが僕の両脇にいた。
「……チンクさんの命ですか?」
「あたしらの意志ッス。そんなことより、前線はあたしらの役目ッス。ジュニアは下がって」
「ラボに行きたいんだ。解析中の物が狙われているかもしれないからね」
「わかったっス。その代わり、あたしとセインが一緒ッスよ?」
「心強いよ」
 そしてラボに続く通路を曲がった瞬間、
「ビンゴ! あたしの勝ちだ!」
 赤い塊、に見えた物が僕の視界を覆った。
 ウェンディとセインの不審の叫びが聞こえる。
 赤い塊から伸びたハンマー状の物が僕に突きつけられる。僕はそれを受け止めるようにして横に流した。
「はいっ!?」
 改良前のグンツェグでも、フェイトさんのザンバーを受け止めたのだ。僕の手をかけたグンツェグ=ローヴェンなら、受け流せないはずがない。
 たとえそれが、グラーフアイゼンでも。
「なんでヴィータがいるッスか!」
「どういう事だよ!」
 二人の叫びを断ち切るように、高熱が僕の髪を薙いだ。
「詰めが甘いな、ヴィータ。そして、スカリエッティ」
 レヴァンティンを突きつけられた僕は動けなかった。
「シグナム……さん?」
「当代最高の科学者も、戦術眼は持ち合わせていないか。私なら、警護の一人にはディードかチンクを選ぶぞ」
 つまりは、接近戦のエキスパート。それなら、今のシグナムさんの一撃も防げたのだろう。
「それに、セインがいるなら、ディープダイバーで来るべきだったな」
 ヴィータさんがグラーフアイゼンを肩に担ぐ。
「あと、言っとくけどジュニア、あたしが本気だったらデバイスごとおめえの両腕吹っ飛んでるからな」
「フェイトさんのザンバーなら防げるんですよ!」
「あいつのは剣、あたしのは槌だ。破壊力はこっちが上なんだからな」
 僕がさらに言いかけると、ラボから人が出てくる。
「はいはい、それまで。エリオ、いまいち訓練が足りへんみたいやね。ジュニアを捕まえられるんは大きいよ?」
「ヴォルケンリッターが別格すぎるんです」
 隊長が姿を見せた。予想通りというか何というか、隊長と一緒にいるのははやてさん。
「そもそも、はやてさんはこちらの手の内を全部知っているじゃありませんか。だいたい、ジュニアとスカリエッティの関係自体、秘密なのに」
「言い訳は男らしゅないで」
「はやてさん!」
 スバルさんの声。それに合わせたかのようにあちこちから隊員たち、そしてザフィーラさん、シャマルさん、アギトさん、リインさんがやってくる。
「今の、はやてさんの仕業ですか?」
「仕業て、人聞き悪いなぁ、もしかの時の突発訓練や」
「ちなみに結果は、ジュニアさんが捕まった時点で失格ですよ?」
 リインさんは容赦ない。
「あーあー。こんなあっさり終わるとはなぁ……。ナンバーズ、弱くなってねぇか? なあ、ルールー」
「そんなことないよ、アギト」
 隊長は集まった隊員たちを見渡した。
「フォワード陣は知っているだろうが、こちらはあの六課で部隊長をなさっていた八神はやてさんだ」
「エリオ?」
 はやてさんの咎める視線に、一瞬隊長は首を傾げ、スバルさんに肘でこづかれてようやくうなずいた。
「あ、失礼。昔の癖で……。えー、はやて・ナカジマさんです」
「スバル、チンク、ディエチ、ノーヴェ、ウェンディ。お母さんやよ」
 スバルさんとノーヴェさんは引きつった笑い。
 チンクさんとディエチさんは苦笑気味に会釈。
 残ったウェンディさんは……
「ママリン♪ おひさ〜♪」
 普通に甘えている。
「ん〜。ウェンディはいっつもええ子やねぇ」
 何しに来たんだ、この人。うん、父さんとナンバーズはこの人たちに負けたんだから、凄い人だっていうのはわかっているけれど。
「さて」
 ひとしきり娘たちをいじくり回した後で、はやてさんは真面目の顔になる。
「なんや、面白いロストロギア見つけたらしいな」
 さすがに情報が早い。
 僕は隊長に許可をもらうと、問題のロストロギアをはやてさんの前に出した。出したと言っても立体写真だ。本物は厳重に保管してある。
「解析結果は?」
「まだです」
「じゃあ、予想は?」
「予想、ですか?」
「……“無限の解析者”の予想や。二流の解析よりはよっぽど信頼できるやろ?」
「わかりました」
 僕は予想を告げた。
 隊長の、そしてはやてさんの表情の変化がわかる。
 
 それが、後に「FM事件」と呼ばれる、今回の事件の始まりだった。
 
 僕は、この遊撃部隊で戦う。
 僕は、敵の戦力を解析する。作戦を、武装を、目的を。
 僕は「無限の解析者(アンリミテッド・アナライザー)」
 戦士ではないけれど、僕は僕の方法で戦う。
 そして、父を取り戻す。
 僕の方法で世界を守り、僕の守った世界で、父を迎えるために。
 父にこの世界の価値を伝えるために。
 僕が守ったこの世界の価値を認めさせるために。
 父さん、この世界には守る価値があるんです。
 たとえ貴方に届かなくても、僕は貴方に向かって叫び続ける。この世界の価値を。
 
 僕の父の名は、ジェイル・スカリエッティ。
 
 
 
 
 
 
 
  次回予告
 
オットー「旧姓八神はやて。かつて六課を率いて僕たちを捕まえた人物」
ディード「ドクターの野望を阻止した、ミッドチルダの英雄。はたして、彼女が遊撃部隊を訪れた目的は……」
オ「僕は、はやてさんの連れてきた騎士に興味がある」
デ「そうなの? オットー」
オ「あの人は、僕を力強く縛り付けてくれたから」
デ「なにそれ。何があったの、ねえ、オットー」
オ「次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS第二話『オットーの呟き、ディードの溜息』 僕たちは進む IRREGULARS ASSEMBLE!」
デ「ねえ、縛られたの?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なかがき

第二話へ

 
 
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送